私の病気が治ってこれからは毎日学校で祐一さんに会える……そう思っていた春。

祐一さんは引っ越す事になり、水瀬先輩のお家で送別会を開く事になりました。

祐一さんは私の手作りのアイスクリームをおいしそうに食べてくれました。

それに、もうすっかり暖かくなってしまったのに私の手編みのマフラーを喜んでくれました。

でも、やっぱりお別れは寂しいです……

そしてお姉ちゃんと潤さんと私の3人で家路を歩いていたときのことでした。

バシャ!

「きゃっ!」 「やだぁ!」 「やんっ…!」

猛スピードで走ってきた車が雪解け水で出来た水たまりに突っ込んで、飛んだ泥水を見事にかぶり私たちはずぶ濡れになってしまいました。

ひどいです……

        秘められた想い

        作者 OLSON         原作 Key

私たちの家が一番近いので、そこで着替える事になりました。

着替え……サイズが潤さんに合うといいのですが。

………。

……。

…。

潤「待たせたな」

潤さんはあまり袖を通す事がなかった私の制服を借りる事になりました。

こんな時に限ってお母さんが溜まってた洗濯物を一気に洗ってしまい、サイズに余裕があるものとなるとそれくらいしかなかったんです。

潤「栞ちゃん、ありがとな」

香里「潤がスカート履いてるの見るのも久しぶりね」

潤「そうだな…って、この面子の前なら素でいいか。この格好でこの喋り方じゃ変だもんな」

潤さんはそう言って顔をぱんぱんっ! と叩きました。

潤「北川スマイル終了」

栞「凄いです。本当に男の人みたいでした」

潤「ふふっ、ありがとう」

香里「本当に大したものね。まさか、本気で男と偽って進学するとは思わなかったわ」

潤「宝塚が私の夢だからね、その為ならなんでもするよ」

栞「演技の特訓のためとはいえ凄いです〜」

香里「男でも女でも使えるあんたの潤って名前、親は初めからそういう風に仕向けるためにつけたのかしらね」

潤「そうかもね、私が男として進学するのを反対しなかったくらいだもの」

香里「まったく、あんたが学校で男のフリしてる時は本当にお調子者の軽薄な男に見えるわ」

香里「今の方がずっとしっかりしてて頼もしいくらいよ」

潤「…ひどいなぁ。ポーカーフェイスのクールなナイスガイを演じてるつもりなんだけど」

香里「クールかどうかはともかくとして、男に見えるのは確かよ」

栞「学校では、体育の着替えはどうしてるんですか?」

潤「どうしてるって…普通に更衣室だけど?」

香里「…呆れたものよね。本当に男子に混じって堂々と着替えちゃうんだもの」

栞「え…だ、大丈夫なんですか?」

潤「胸にはサラシ巻いて体型隠してるから大丈夫。それに、さすがに裸にはならないよ」

潤「なんか酷い怪我してて人に見せたくない傷があるんじゃないかって、みんなは勝手に気を使ってるけどね」

栞「…怖くないんですか?」

潤「平気平気。自分は男なんだ、って思い込めば気にならなくなっちゃう」

潤「物怖じせず堂々としてれば案外疑われたりはしないものよ」

香里「そうね。男子達は少なくともあんたが女だと疑ってはいないみたい」

潤「え?」

香里「あんたの着替え見てドキドキしちゃって、自分はホモなんじゃないかって悩んでいる男子って結構いるのよ?」

潤「はっはっは! 悩め悩め青少年!」

栞「罪なオンナなんですねぇ〜」

潤「でも、普通は自分がホモである可能性よりも北川潤の正体が女である可能性を疑わないかしら?」

栞「それだけ男の人の演技が板についてるんですよ」

潤「素直に喜べないよ……」

潤「……大体、私はサラシを巻いたりしなければプロポーションはなかなかのものなのよ?」

潤「今だってちょっと胸がきつい……」

潤「って、あ、栞ちゃん、ごめんなさい」

…何だか聞き捨てなりませんが、悔しいけど事実です。

香里「自分は本当は女だってこと忘れつつあるんじゃないの? 送別会のときだって大胆に相沢君に抱きついたりしちゃって」

潤「…気さくな友人ならあのくらい普通でしょ?」

香里「…第一、栞に編み物教えたのはあんたじゃない」

香里「それなのに栞からマフラー貰った相沢君を羨ましがる振りしたりして、演技どころか多重人格になってるんじゃない?」

潤「ふふっ、近いかもね。別の人間を演じるのって本当に面白いんだ。でも、そのうち演技でなくなったりして」

栞「…もしかして、祐一さんに抱きついたのも、花束持って行ったのも、演技じゃないんじゃないですか?」

潤「…え?」

栞「前に見たんです。潤さんがたくさん毛糸買ってるの。潤さんも、祐一さんに何か編んでたんじゃ……」

香里「そういえば、前に相沢君の探し物を手伝ったとき、何だかんだ言ってもあんたが一番頑張っていたわね」

潤「…確かに、あの時の相沢君は本当に大変そうだった。だから何か力になってあげたいって考えてたの」

栞「潤さん……」

潤「でも、どうしようもないわよ」

香里「もうお別れなのに、気持ち伝えておかなくてよかったの?」

潤「……ふたりとも、ちょっと手を出してみて」

そう言って、潤さんは私とお姉ちゃんの手を取って、自分の胸へと押し当てました。

ふにっ

柔らかい感触。悔しいけどやっぱり私のより大きいです。

……って、

栞「え? え? ……あれ?」

潤「今日は、サラシ巻いてなかったの」

潤「この状態で相沢君に抱きついたのに、私が女だって気づいてくれなかった。きっと、他の人のことで頭がいっぱいだったのよ」

潤「だから、私が出る幕はないのよ」

潤さんは、そう言って俯きました。

香里「潤……」

…と、そのとき潤さんはパッと頭を上げ、満面の笑顔で微笑みました。

潤「ふふっ、どうだったかしら? 女優のタマゴが演じる奇妙で切ない物語」

香里「えっ……?」

潤「それなりに伏線はバラ撒いておいたんだけど、こうも信じられるとは私の演技力もなかなかのものね」

唖然としていた私たちを尻目に、潤さんは不敵な笑みを浮かべていました。

乾燥機の電子音が鳴ったのは、ちょうどそのときでした。

………。

……。

…。

潤「女子の制服は、一度でいいから着てみたいと思ってたから嬉しかった。ありがとうね」

香里「…本当に演技だったの?」

潤「…本当よ。ふたりを騙すみたいな事したのは謝るけど、相沢君は演技の研究の対象…それ以上でも以下でもないわ」

潤「…って、この格好でこの言葉遣いは変だね」

そう言って咳払いした潤さんは……

潤「では、そろそろオレは帰る。じゃあな」

ポーカーフェイスのクールなナイスガイに戻った潤さんはそう言って……

舞台でのお芝居が終わった後の俳優さんみたいに大げさに礼をして帰っていきました。

でも、私は見逃しませんでした。

目に光るものが見えたことを。

………。

……。

…。

香里「盛大に送別会開いたのに、その送り出した相手が結局は戻ってくるのって何とも間抜けね」

栞「お姉ちゃんは嬉しくないんですか?」

香里「そりゃあ、嬉しいわよ? 栞が嬉しそうにしてるのが私は嬉しいの」

栞「……」

すっごく照れくさいです。

潤「恋ってのは奪い取るもんだ。今からでも争奪戦に参加すりゃいいじゃないか」

栞「え、あ、いや、その、そ、そう言う潤さんはどうなんですか!」

香里「そうよね、あんな大胆な事やってのけたんだから奪い取るバイタリティくらいあるんじゃない?」

潤「……なに言ってんだか、オレは男だ」

香里「無理言っちゃって」

潤「無理でもなんでもない。色恋にうつつを抜かしながら目指せるほど宝塚は甘くない」

潤「まあ、騙せるところまで騙してやるさ」

香里「いつまでよ?」

潤「……そうだな。卒業式までかな。そのときは奇麗な袴姿で参加してやるさ」

香里「……で、その勢いで告白する、と」

潤「…だから、しないっての」

そう言った潤さんは、オーバーオールを着たあゆさんと一緒にいる祐一さんを見て不敵に微笑むのでした。

……私も、負けてはいられません!

勝負は、スタートラインについたこれからなんです!

           完