周りを見回すがロープを伝って颯爽と現れた怪人が誰かをさらっていく光景は見受けられない。

当然だ、きっと魔物だ。くそ、こんな所にも現れるのか?

          がぐっ!

鈍い打撃音、その瞬間、

和弥「うわっ!」

何やら柔らかくそれなりに重量がある(失礼だが質量ゼロと言うわけにもいかない)物体が突っ込んできた。

飛来してきた方向には、物体に加速度を与えたと思われる人物はいない。

そのかわりに、床がきしむあの音が接近し、僕をすり抜け中央部へと向かった。

僕にぶつかった物体は水色のドレスを身に着けた女生徒……佐祐理さん!?

僕が佐祐理さんを助け起こしている間に、祐一が川澄さんに何かを話しかけるが呆然とした彼女の耳には入っていないようだ。

そして、川澄さんは会場を飛び出し、更衣室へと向かった。

ここで戦うというのか? まずい! この状況では誤魔化せない。

どうすればいい? どうすれば……

そうだ! 避難だ。

少しでも目撃者を減らし、怪我人も出さなければ、ウケ狙いの余興……少々悪ノリしすぎた、ということにできないか?

避難経路……あ、受付のテーブルが邪魔になる!

傍にいた役員と共にテーブルをどけてスペースを広げた。

この出入り口の他には……グラウンドに面した扉があるか。あそこも開放……。

駄目だ、あそこは屋根からの落雪で塞がっている。後は……

中庭に面した非常口があるか。

でもあれは狭い、大量に人を通すことはできない。

慌しい足音。

ああ、来てしまった。

ドレス姿のまま、あの剣を手にした川澄さんだった。

祐一「舞、やめておけ!」

祐一の制止の声も届かない。

戦闘が始まった。

常人には見えない魔物がいる空間へと繰り出される斬撃。

勢いあまった剣によって両断されるテーブル。

落下するシャンデリア。

見るべき人間が見れば、破壊は彼女だけの仕業ではないと判るだろう。

だが、多くの者が彼女に対して抱いている先入観と、この恐慌状態では絶望的だ。

パニックに陥った群衆が出入り口になだれ込む。

案の定、講堂の奥の方にいた群衆はグラウンド向けの扉に殺到して立ち往生している。

この受付があったところは……特に誘導は要らないか。

     「こっちにもう一つあるぞ!」

誰かが中庭に面した非常口に気付き、その方向になだれ込む。

だが、そこでもなぜか立ち往生していた。

なぜだ?

先頭の女子が押しているがドアはびくともしない。

……! 何で非常口を内開きにするんだ! この講堂を設計した『有名な人』とやらは馬鹿か?

先頭の女子はドアが内開きであることに気付くが、後続の連中が押しかけていて扉を引いても動かない。

体育の教諭や運動部員に動員をかけ、群集の元へ向かう。

そのとき、一組の男女が駆けて来るのが見えた。

ここは狭い、受付があった入り口に回って欲しいが、こっちの方が近いから仕方ないか。

そのふたりは……栞さんと褐色の髪の彼氏だった。

          ドカッ!

栞さんが不自然なジャンプをし、着地に失敗して派手に転倒した。

いや、彼女は佐祐理さんと同様に魔物の攻撃を受けたのだろう。

栞さんを突き飛ばせる位置に人影は無かった。

彼女を助け起こした褐色の髪の彼氏も魔物の攻撃により吹っ飛ばされ、倒れたテーブルにぶつかり動かなくなった。気絶したようだ。

群集が邪魔で駆け寄ることもできない。まずは、この状況をどうにかせねば!

動員したメンバーで一旦、群集を散らせる。

   「おい! 自分だけ先に逃げる気か?」

以下、似た様な不平不満が飛び出す。

……黙ってろ馬鹿。

先頭に立ってドアを開けようとしていた女子は、青い顔をしてふらつきながら壁にもたれかかった。

力任せに群集を蹴散らせていた柔道部員が彼女を支える。

ぞっとした。

押し寄せる群集の圧力が彼女の体にかかり、一歩間違えば圧死しかねない状況だったのだ。

彼女はどうにか自力で立って歩いている。軽症ですんだようだ。

僕が扉を開けてようやく群集が脱出を始める。

……と思ったら、また立ち往生。

外に出た奴は、そこで安心して立ち止まっているため後続の人間の邪魔になっていた。

和弥「こっちだ! 立ち止まるな!」

中庭の中心部まで誘導する。

そして人の流れがある程度鎮静化したとき、会場は燦々たる有様だった。

内部に残っていたのは、ごく一部の教師や生徒、そして佐祐理さんと、祐一と……。

剣を手に呆然と立ちすくむ川澄さんだった。

駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

こんな有様じゃ、もう絶対に誤魔化せない。

川澄さん…あなたにとって、この学校は何だったんですか?

退学になってもかまわない程度の代物ですか?

一体、何のために戦ってるんですか?

僕がこれまでしてきた事は……ただの自己満足だったんですか?

くそ、くそ、くそ! 畜生! 何だったんだ! 僕がこれまでしてきた事は!

もういい、どうにでもなれ! 退学にでも、いや、銃刀法違反で逮捕されてしまえばいい!

和弥「問題だぞ、これは! ただで済むと思うなっ!!」

………。

……。

…。

生徒会と教師たちを交えた緊急会議が進む。

当然ながら、川澄さんを退学にすることが前提となっている。

変に反論されても面倒なので川澄さんたちは帰宅させられていた。

銃刀法違反の件で警察が呼ばれることはなかった。

とりあえず表沙汰にはしないでおきたいのだろう。

僕も、もう弁護する気にならなかったし、弁護の余地もないので沈黙していた。

だから会議そのものはあっさりと終了し、会場を片付けることになった。

ほとんどの生徒は帰宅している。

幸いに病院に行くほどの大怪我をした者はいなかった。

栞さんと共にいた褐色の髪の彼が叩きつけられていたテーブルの辺りからは、大きめの血痕が点々と非常口に続いていたが途中で消失していた。

幸い、大した怪我ではなかったのだろう。

倒れたテーブルを起こす。

破壊されたテーブル等はレンタルの際に保険に入っていたから、弁償にかかる金額はさほどかからないだろう。

だが、その申請などのために早めに片付けて破損状況を調べておく必要があった。

単調な作業を繰り返す。

そのうち頭は冷え、自棄になって川澄さんを激しく罵ってしまった事を後悔し始めていた。

祐一と踊る川澄さんは、表情こそ大した変化は見受けられなかったのだが楽しそうだった。

決して、この学園生活はどうでもいいものではないのだ。

好きな(友達か恋人かはさておき!)相手と共に過ごしたくないわけがないのだ。

だが、それでも戦わねばならない使命があるのだろう。

何か、彼女がここにいられる方法はないのか?

今からでもできる方法は?

例えば……。

職員室になぐり込みでもかけるか?

祐一も目的は一緒のはずだ。だから協力してもらえないだろうか?

……阿呆か。

職員室になぐり込みをかけて、僕の背後に迫った教師を祐一が返り討ちにしてみせ…

教師「生徒会のあいつ…寝返ったか!? くそ、何で警察に電話が繋がらないんだ!」

和弥「電話線は切らせていただいた。携帯も妨害電波で不通だ。さあ祐一! 存分にやれ!」

…なんて展開になるわけもない。

他には……佐祐理さんが色仕掛けで校長に迫る。

彼女も親友である川澄さんのためなら……って、そんな事させるわけにはいかない。

何を考えてる。僕は最低だ。

それくらいなら、いっそ僕が……。

和弥「ボク、あれ欲しいな」

校長「なに、あれか。和弥はおませだな」

和弥「……だめ?」

校長「なにを。儂が和弥のお願いを聞かなかったことがあるか?」

祐一「だよね。ふふっ、ボク、パパ、大好き」

校長「よっしゃよっしゃ。その代わり、今夜は儂の言うことを聞いてもらうぞ」

和弥「やだぁ、パパのエッチ」

和弥「だあああああああぁぁーーっ!」

却下だ却下! 却下却下!

ぶんぶんっ! と激しく頭を振る。

過激な内容ゆえに没収された漫研のマニアックな同人誌を、この前怖い物見たさで読んでしまった影響だろうか?

妄想の中では僕の服装はストッキングとガーターのみ。一人称が漢字の『僕』ではなくカタカナの『ボク』になっていたあたりは影響大である。

幼少期、真琴姉さんに女装させられた頃の顔ならともかく、今のごつい顔ではどうにもならない。

いや、校長の嗜好によっては今の顔の方が……

和弥「って、何を考えてるんだ僕はあああああああぁぁーーっ!」

……刺すような視線を感じた。

気にしないように努力しながら片付けを再開する。

片付けているうちに気付いたが、やはり不自然な壊れ方の物が多数見受けられた。

テーブルは刃物ではなく強力な鈍器で殴られたように割れ、材木がグズグズに破砕されていた。

ガラスの破片からは案の定、製図機を使ったかのように正確な円や多角形の形跡が伺える。そして磨かれたかのような断面。

当然ながら剣が届くわけがない高さから落下したシャンデリアの鎖の断面は強い力で無理矢理引きちぎられたようになっていた。

食器は『コ』、というより『ム』の字型の断面で欠けていた。どうやればこんな風にくり抜けるというのか。

これらの証拠から彼女だけが破壊したわけではないと証明……

できないだろうな。

彼女が壊したものも多い。これは紛れもない事実だ。

目撃者も多数いる。これらの不自然な破壊も全て、何らかの方法で彼女がやったと判断するだろう。

特に、生活指導のオカルト馬鹿教師ならば喜々として『超能力少女川澄舞』が超能力を使って破壊した何よりの証拠だと言い出すだろう。

動機も……特異な能力ゆえに周りから奇異の目で見られるうっぷんを爆発させた。とでも解釈して納得するだろう。

……解釈!?

そうだ、彼女がやったわけではないと解釈するよう誘導できないか?

……無理か。彼女以上にインパクトのある存在はない。

そういった正攻法では駄目だ。

何か他に……

そうだ。もう、彼女の仕業である、この点を揺るがすことはできない。

ならば、その上でもなお彼女をここにいさせる。この一件を事実として処理するよりは、隠蔽してさっさと卒業させてしまうほうが楽だ。

卒業生の動向など当校は感知しない…という方向なら!

科学では説明できない怪奇現象が多発する学園。

幼少期にオカルト物の番組に出演していた生徒を、番組の内容を真に受けた教師が退学に追い込んだ。

デザインを重視した結果、主要な出入り口の一つが屋根からの落雪で塞がれる講堂。

内開きの非常口、危機管理にかかわる場所の設計が欠陥だらけであり、その結果、女生徒がひとり圧死しかけた。

そして……生徒が銃刀法違反で逮捕されること。

どれも、マスコミに嗅ぎつかれたら学園の評判を落とすものばかりだ。

さて、いかにしてこのことを知らしめ、揺さぶりをかけるかだが……。

………。

……。

…。


3話
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