1月 26日 火曜日

放課後にタライやバケツを持って歩いている女の子がいる、という噂を聞く。

非常に嫌な予感がする。

そして放課後……。

やっぱりー!

川澄さんが今度は消火器を持って歩いている。

当然ながら火災報知器は作動していない。

彼女は学食の方から歩いてきた。

そっちに走ると……

学食の前の消火器があった場所には台座しかなかった。

まずい! 安全に関する設備を悪戯した。なんてことになったら……!

階段の下、備品の倉庫に走る。

予備の消火器を引っ張り出し、学食へ走る。

後で帳簿を改ざんして帳尻を合わせておかねば。

その途中で中庭の前を通りがかると、そこに祐一と川澄さんがいた。

祐一は木刀の素振りをしている。

何故…訓練? 祐一も魔物と戦うのか? 戦えるのか!?

素振りを続ける祐一の後ろから川澄さんが近づく。そして、さっきの消火器を祐一めがけて放り投げた。

祐一は木刀でその消火器に切りつける。

     ボオウウゥゥゥゥンッッ!!

大爆発。

木刀で鉄製の消火器をぶった切るとは!

祐一にも何らかの『力』があるのか!?

祐一は川澄さんの『戦友』になれる選ばれし剣士なのだろうか。

………。

……。

…。

       1月 28日 木曜日

今日は日直。昼休みの間に5時限目の授業の資料を取りに職員室へ行く。

そこには佐祐理さんもいて、プリントの束を受け取っていた。

彼女も日直のようだ。

佐祐理「……」

目が合った。

僕は速やかに職員室を離脱する。

久瀬権力闘争物語の設定では、僕は議員のお嬢様を生徒会に引きずり込む事には成功したが……

お嬢様の親友の不良学生に怯えて手出しできなくなっていなくてはならない。

従って……僕は佐祐理さんと川澄さんから接触を絶たねば茶番だとばれてしまう。

……それなのに。

佐祐理「久瀬…ううん、…和弥、まってくださいーっ」

僕の名前を緊張しながら呼んで追いかけてくる!

客観的にこの状況を見て考えうる解釈…。

名字ではなく名前で呼ぶ関係、しかも少々ぎこちない。

……。

恋仲になりたて!?

いかん! 久瀬権力闘争物語の設定で佐祐理さんと僕との接触をあえて考えるなら……

僕が佐祐理さんにしつこく付きまとい、彼女が嫌がっていなくてはならないのだ!

それなのに佐祐理さんが僕を追いかけてくる!

しかも、彼女の表情は決して嫌がっているものではない!

佐祐理「あははーっ、どうしたんですかーっ」

佐祐理「…和…弥」

ああっ、僕の名前呼ぶ所で緊張しないでー!!

どうすればいい? どうすれば? 久瀬権力闘争物語の設定と矛盾しないようにするには……

そうだ!

急ブレーキ!

佐祐理「…ふぇっ!?」

すかさず、ぶつかりそうになった彼女の手を取る。

和弥「ふたりっきりでじっくり話し合いましょう」

佐祐理「は、はぇ〜っ?」

歯がキラ! と輝きそうな笑みをうかべてキザったらしく言い、強引に空き教室まで引っ張っていく。

『権力のために何でも利用する最低の男』ならば、川澄さんがいない隙をついて佐祐理さんに強引に接触しようとしてもおかしくないだろう。

ドアを閉める。

佐祐理「あ、あははーっ、びっくりしましたーっ」

和弥「はぁ…はぁ…佐祐理さん…困ります…」

佐祐理「…ふぇ?」

久瀬権力闘争物語完全版の設定について説明する。

佐祐理「はぇ〜、和弥…は、佐祐理をつけねらうストーカーさんなんですか…」

新しく思いついた設定がそれだった。

僕が勝手に妄想を膨らませ、そんな関係になったと思い込んで佐祐理さんに名前で呼ぶよう強要した。……という事にする。

少々無理があるが、この昼休みの接触を誤魔化すにはそれしかないだろう。

和弥「でないと、川澄さんを復学させつつ佐祐理さんが生徒会に行かなくても済む状況に、説得力がなくなってしまいます」

佐祐理「ふぇ? 佐祐理は生徒会のお手伝いさせてもらえないんですか?」

和弥「……いいんです。川澄さんや相沢君と残り少ない学園生活を有意義に過ごしてください」

はっきり言って『あははーっ』が生徒会に来たら困る。

佐祐理「でも……和弥……が、悪役だとしたら、舞の誕生会には参加していただけないんですか?」

和弥「…誕生会?」

川澄さんの誕生日が近い? 僕を誘おうとして、話しかけてきたのか?

佐祐理「はい、明日なんで…」

佐祐理「あ……」

佐祐理「明日な…の」

咳払いして言い直した。頑張って敬語を使わないようにしているようだ。

和弥「参加するわけにはいきませんよ、ふたりには嫌われてるし」

佐祐理「…だからこそ、誤解を解いて仲直りするいい機会じゃないですか」

仲直り……。

今更、そんな事してどうする。

川澄さんの隣に祐一がいる。それでいいじゃないか。

和弥「…そんな事しても仕方ありません」

佐祐理「そんな……」

和弥「第一、僕達が馴れ合っていたらこの茶番は台無しだ。これからは自重してください」

そう言って彼女を残して教室を出た。

佐祐理「……和弥…」

………。

……。

…。

 ……そして、僕が誕生会に参加する事はなかった。
 そもそも、誕生会は開かれなかった。
 当日の夜、佐祐理さんは大怪我したのだから。
 一階の廊下には大きな血溜まりがあった。
 佐祐理さんのものだった。
 彼女は、川澄さんが夜の校舎に出向いている事を知ってはいたのだろう。
 でも、魔物の事は知らなかった。
 だから、抜き打ちのパーティーを夜の校舎で開こうと考えていたのだろう。
 僕は誕生会の参加を拒んだ事を後悔していた。
 魔物の存在を知っている僕なら、止められたのだから。
 …ならば、祐一は何をやっていたんだ!?

 生徒会や一般生徒の間で様々な噂が飛び交う。
『犯人は誰だ?』
『やっぱりあの川澄舞か?』
『そもそも倉田佐祐理は何で夜の校舎にいた?』
 無責任な噂をする連中に胸くそが悪いものを感じる。
 そんな時だった。

        ガシャ―ン!

ガラスが割れる音が鳴り響く。

音は断続的に続き、騒ぎ声が広がってゆく。

廊下に出ると、階段を駆け下りてゆく生徒が数名。

音は階下から。

つまり彼らは逃走しているのではなく野次馬だ。

これにも胸くそが悪いものを感じる。

階段を下りると、人ごみの中から破壊音が鳴り響く。

……やはりそうだったか。

和弥「危ない! 下がれ!」

怪我人が出たらまずい。野次馬を散らさなければ。

人ごみを掻き分けると、凄惨な光景が広がっていた。

川澄さんが、剣を手に暴れていた。

剣を滅茶苦茶に振り回し、周りの物を破壊し続けている。

回りを見回すが、彼女がいない所での破壊は見うけられない。ここに魔物はいない。それだけは判る。

これは戦闘ではなく、ただの破壊だ。

佐祐理さんを護れなかった彼女は自暴自棄の行動に出る。その予想は見事に的中してしまっていた。

どんな感情も、全て自分の中に溜め込もうとする。

誰にも理解を求めず、助けを求めず、ただ自分を罰し続ける孤独な剣士。

そんな事で誰を救える、誰を守れる?

自分を大事にできない者が他の人を大事にできるわけがない。

だが、僕の言葉は届きはしまい。

あいつでなければ……

人ごみを牽制して、とにかく取り返しのつかない被害だけでも防ぐ。

       「通してくれっ…!」

    「このっ、どけってんだよっ!」

祐一の声で安堵した。

声のあたりの人ごみを重点的に散らし、通り道を作ってやる。

祐一「舞っ!!」

僕の横をすり抜け、川澄さんの前に飛び出す。

だが、彼女の破壊活動は止まらない。

再び、剣が窓ガラスに振り下ろされる…まさに、その瞬間。

祐一が彼女の真正面から飛びついた。

          ドグッ!

鈍く、大きな音に思わず目を瞑る。

そして、静寂が訪れる。

目を開けると…剣の柄が祐一の腰に当たっていた。

祐一はうめき声を上げ、崩れ落ちそうになる。

…が、持ち直し、川澄さんに囁く。

そうだ。祐一なら言葉は届くんだ。

祐一「馬鹿か…何度同じことを繰り返すんだ、おまえは…」

彼女自身がガラスを割ったのはこれが初めてのはずだが……そう思ったが、そこで誤解に気づく。

繰り返したのは自虐だ。

ただ魔物の討伐のみを自らに課し、その為に全てをなげうつうちに自分の立場がどうなろうと気にしなくなった。

その行為を責めているのだ。

祐一が息を荒くしたままうつむく彼女の顔を強引に引き寄せ、正面から向き合った。

祐一の言葉は続く。

祐一「失いたいのかっ…!」

そうだ、川澄さん、あなたは失いたいんですか?

この学校での暮らし、思い出、友達、全てはどうでもいいものなんですか?

しばしの沈黙の後、祐一は剣を握ったままの彼女の手を離した。

群集は、自由になったその手が再び剣を振り回す可能性に怯える。

だが。

彼女は、ふらふらとした足取りで僕の…いや、僕の周りに広がる群集の前まで歩みより……

深々と頭を下げた。

川澄「…お騒がせしました。ごめんなさい」

異様などよめきが上がる。

そして、祐一が彼女の肩を支えながら去っていった。

よし、よくやった。次は僕の番だ。

和弥「さあ、野次馬は散れ! 片付けの邪魔だ!」

今頃になってようやく他の役員が駆け寄る。

役員「彼女、さすがに今度はまずいんじゃないのか?」

憔悴した顔で言う。

本来は彼女を追い出す格好の機会だ。嬉々としている筈なのだ。

あのスレッドで、川澄さんが出て行けばまずい事になると書き込んだ『名無しさん』の内のひとりは彼なのだろう。

……よし。

和弥「役員を集める。中庭と、中庭に面した廊下は封鎖だ」

役員「解った。まずは片付けだな」

和弥「違うよ、人払いだ。亀裂が入って前々から剥落が危惧されてた旧校舎2階のベランダがついに落下したんだ」

役員「……え?」

和弥「その破片が飛んできて窓やドアが壊れた。不良生徒が剣を振り回すなんてマンガみたいな話などあるわけがない」

役員「……??」

『名無しさん』は僕の発言についていけないようだ。さすがに説明不足か。

和弥「不良生徒の仕業って事実を真実として処理して誰が得をする?」

和弥「この廊下はボロ旧校舎を放置してたせいで滅茶苦茶になった。って事にするんだ」

『って事にするんだ』は、小声でささやく。

役員「……解った!」

合点がいった彼は走ってゆく。

 そして……。
 凶悪な大きさのバールを手に、ベランダに降り立つ。
 前々からこのベランダには亀裂が入っていた。
 それは紛れもない事実だ。
 だからそこにバールを刺し込み、こじれば剥落するのではないか?
 そう思ったのだが、亀裂は思っていたより小さかった。
 ……くそ、甘かった。
 苛立ちをバールに託してベランダにぶつける。
 室内に戻った。
 さて『老朽化していた旧校舎の一部がついに剥落し、飛び散った破片で新校舎の一部が壊れた』という物語が駄目なら他に何があるだろう?
 ギシッ……
 床がきしむ音。
 これまでの記憶をたどると、魔物による校舎の破損は新校舎のみだったはずだ。
 旧校舎にも現れるのか?
 攻撃に身構える。
 その時、背後からゴカッ! という鈍い音がした。
 その直後に轟音、そして振動。
 振り向くと、なにやら見晴らしがよくなったような気がする。
 何か違和感がある。何故だ?
 ……って、あれ?
 さっきまで僕が落とそうとしていたベランダはどこへ行った?
 周りを見渡すが見つからない。
 真下を見ると……。

 中庭に落下していた。
 破片は、先ほどの川澄さんによる廊下の破壊を充分に責任転嫁できそうなくらいに広範囲に飛び散っていた。
 さっきまでベランダがあった付け根を見ると……
 コンクリートの断面は、ほぼ全面が赤茶色だった。
 つまり…鉄筋がだいぶ前から完全に腐食している?
 作戦第一段階成功の喜びを、飛び上がって表現したい衝動はあっさりと霧散した。
 代わりに芽生えた全力疾走したい衝動を必死で堪え、抜き足差し足で旧校舎を脱出したのだった。

新校舎に戻ったとき……

祐一が歩いてきた。手に持った学食のトレーには2つの牛丼が乗っている。

彼の後を、旧校舎から脱出するときのような抜き足差し足で追う。

屋上へと抜ける階段最上部の踊り場に、ふたりは居る。

よくない事とは思うが、二人の死角から聞き耳を立てる。

ぐちゅぐちゅ…

さっきの牛丼を食べるにしては音が大きい。かき混ぜるだけで口にはしていないようだ。

彼女の言葉はない。

先ほど自棄になって暴れてしまった事を後悔しているのだろうか。

川澄「祐一…」

かすかに彼女の声が聞こえた。

川澄「…今夜、すべてを終わらせる」

……そうか。今夜が決戦か。

ふたりの邪魔はすまい、と、その場を去る。

生徒会では、再び夜間の見回りが提案された。

迷うことなく僕が立候補した。

もう、夜の校舎に場違いな人間は立ち入らせない。

夜の校舎に立つ資格があるのは、魔物と戦う力を持った選ばれし剣士だけなのだ。

………。

……。

…。

校門に目を光らせる。

そこに一人目の剣士が立つ。

せっかく門の鍵を開けておいたのに、川澄さんは傍にある塀を乗り越えて新校舎へ侵入していった。

彼女は、見覚えのある剣とは別に日本刀を持っていた。

もうひとりの剣士のための得物なのだろう。

しばらくした後、もう一人の剣士が現れる。

彼は何も疑わず門を開け新校舎に入っていった。

それから僕が門のかんぬきをかける。

選ばれし剣士以外は立ち入らせない。

それからしばらくして、戦闘が始まった。

時折聞こえる足音や打撃音に耳を傾け続ける。

僕がいる場所は旧校舎。

戦場への侵入者を防ぐ番人が剣士の足を引っ張るわけにはいかない。

だからといって、さっさとこの学園を離脱して、安全な場所でふたりの無事を祈るだけなんて卑怯な気がした。

だからせめて、崩落の危険性がある旧校舎の中にたたずむ。

自分もまた、危険に身を晒す。

はっきり言って無意味なのだが……そうせずにはいられなかった。

傍には3パックの牛丼弁当。

ひとつはねぎ多目、もうひとつは汁多目、最後のひとつが普通盛り。(しまった、玉子を忘れた)

それと、剣士たちの冷え切った体を温めるための熱湯が入った魔法瓶とインスタント味噌汁。

そして……日本酒。

戦いが終わった暁にはこれを差し入れだ。

戦勝会と佐祐理さんの快気祈願を兼ねたささやかな夜食会としゃれ込もう。

………。

……。

…。

和弥「ん……!?」

世界が横転していた。

……いや、違う。僕が横転している。……って言うか僕は横たわっていた。

頬に冷たい感触。床、そして何らかの液体……涎?

僕はいつの間にか寝ていたようだ。

まったく呑気なものだ。

耳を澄ます。

静寂。

……戦いは終わった!?

夜食を持って駆け出…そうとして、崩落の可能性を思い出し、ゆっくりと歩く。

渡り廊下から新校舎に入り、ふたりの剣士の姿を求めて走る。

空振りした剣による壁や床の傷。

床一面に広がる蛍光灯や窓ガラスの破片。

それを僕の足が踏み鳴らす音だけが響く。

壮絶な戦闘の痕跡……はたして、中庭に落下した旧校舎のベランダにどこまで責任転嫁できるだろう?

相変わらず、ふたりの姿は見つからない。

とっくの昔に帰ってしまったのだろうか?

だとしたら……ここで3人分の夜食を持って走り回る僕はただの馬鹿じゃないか。

そう考え苦笑したとき、視界に入ったものは……。

床にぶちまけられた2パックの牛丼弁当。

祐一も考える事は一緒か。

そう考えた時に気づく。

そもそも、なぜぶちまけられた?

戦闘の合間に休憩して食べようとしていた?

ならば、これは放置して改めて店で食べているのだろう。

殺伐としてるべき吉○屋で、Uの字テーブルに隣り合って座り、牛丼を食べているふたりの剣士の姿を想像した。

しかし……何かが変だ。

……湯気?

ぶちまけられたのはごく最近? まだ戦闘は継続しているのか?

だが、夜の校舎は相変わらず静寂を保っている。

戦闘ではないが、並々ならぬ事態が発生しているのかもしれない。

僕も夜食を放り投げ、走り出す。

和弥「川澄さーん! 祐一ーっ!」

声をからさんばかりに叫びながらひた走る。

戦闘の痕跡、血痕、雪の跡、それらを参考に祐一と川澄さんの行き先を推測し、走る。

そして、扉が開いた教室。

そこで、見つけてしまった。

床に広がる深紅の液体

見覚えのあるウサ耳のカチューシャ

横たわる少女

虚ろな目で「舞…舞…」と呟き続ける血まみれの祐一

そして……

川澄さんの腹に深々と刺さった剣

柄は彼女の手が掴んでいた。

彼女が自分で刺した!?

ふたりの剣士の物語はどのような結末を迎えたんだ?

彼女の腹から、ごぼ、と血が流れた。

まだ生きている! 結末じゃない!

震えながら剣の柄に手を伸ばす祐一を慌てて制止する。

刺さったままだからこそ出血はこの程度で済んでいたのだ。

携帯電話で救急車を呼ぶ。

祐一に剣を抜かないよう言い聞かせた後、少しでも早く搬出できるように机などの障害物をどける。

職員室に駆け込み、すぐ献血を募れるようにするため生徒の名簿を引っ掴んだ。

救急隊員を案内するため校門へと駆け出しながら、自分以外の人の血で血まみれになり、虚ろな目をした祐一の姿に遠い昔の事を思い出していた。

 

 


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