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母さんの葬式のあいだ、父さんは何も言わなかった。 固い顔をして、俯いていた。 そうして沈黙を保ったまま式は進行していった。 もめている親戚達。 父さんの元に俺や妹を置いて大丈夫なのか、だれかが引き取るべきではないか、ではだれが引き取るのか。 たらい回しにする親戚の醜い光景に耐えかね妹が飛び出しても、父さんの態度は変わらなかった。 俺が街中を探し回り、夕方頃にようやく商店街で妹を見つけた。 口元に少しアンコがついていたのを覚えている。 今後どうするかはまだはっきりしていなかったけど、母さんが暮らしていた家に妹をひとりで置くわけにはいかないので一緒に暮らすことになった。 俺と父さんとで隣町にある母さんの家の片づけをしている間に、いつのまにか妹はどこかに出かけていた。 これから俺たちがどうなるのか不安だったけど、妹は少しづつだが笑顔を取り戻していったのがせめてもの救いだった。 そしてあの日……。 俺と父さんは森の中にいた。 他にも大人の人が何人かいる中、大きな木を見上げていた。 ヘルメットを被った人がチェーンソーを持って大木に近づく。 そのとき、これまで何も言わずに俯いていた父さんがそれを取り上げた。 そして、父さんがチェーンソーを大木にあてがう。 やりきれない顔で、何かに取り付かれたように作業を続ける。 轟音と共に大木は倒れた。 チェーンソーを落とした父さんは切り株にすがりつき……。 泣いた。 これまで内側に溜め込んだものを吐き出すように泣いた。 父さんは、どうしていいかわからなかったんだろう。 離婚したときから、いや、離婚する頃から。 あの頃の俺には…いや、今の俺でもわからないような重いものを両親は背負っていたんだと思う。 ただ、どうしても釈然としないため、責めこそしないものの許すこともできず、今に至る。 だから両親が背負っていたものを俺は何も知らない。 美坂姉妹と一緒だ。お互い、決して相手のことを想っていないわけではなかったんだ。 でもわだかまりが残っていて、どうしても踏み込んだ会話ができない。 それゆえの行き違いや遠回り、そして、それが更なる苦悩をもたらしているのだろう。 落ち着いたら、父さんとは腹を割って話してみよう。 そうすれば、前に進めると思う。 そんなことを考えながら、この並木道の地面を掘り返していた。 相沢も、水瀬も、美坂も、頼んだ俺自身がよくわからない理由で呼びかけた協力に応じてくれていた。 だが、それは4人いても気の遠くなるような作業だった。 木の根本に、針金を差し込んで、手応えがあれば掘り返す。 ひたすらその繰り返しだった。 体調が不安だったので栞ちゃんは帰らせていた。 だが、焼きたてのクッキーと温かい紅茶というありがたい差し入れを持ってきて、疲れきった俺達の気力を取り戻してくれた。 姉の手助け抜きのためか味は今ひとつだったが。 ……あいつと7年前に作った碁石クッキーよりはマシか。 初めは怪訝そうな顔をしていた相沢も、真剣な顔で作業に打ち込み始めていた。 それは、美坂や水瀬以上だった。 相沢も、ここに何か感じるものがあるのだろうか? もうすぐ、冬休みも終わりという日のことだった。 妹が帰ってきた。とても機嫌がよさそうだ。 父さんと母さんがまだ仲がよかった頃の元気な笑顔だった。 「お帰り、ご飯できてるぞ」 「わぁ、お腹ぺこぺこだったんだ」 「元気そうだな。もう大丈夫なのか?」 「……ううん、悲しい気持ちはまだ吹っ切れないよ」 そう言って俯くが力強く続ける 「でも大丈夫。ボクは一人ぼっちなんかじゃなかったんだよね。お父さんや、お兄ちゃんがいてくれるんだもの」 「それに友達もできたんだ。冬休みの間この街に遊びに来てるだけだからもう帰っちゃうんだけど、また来年遊びに来るって約束したんだ」 「そっか、約束、守ってくれるといいな」 「大丈夫、この人形にお願いしたんだもの」 そう言いながらポケットをまさぐり、なにかを取り出した。 持ち主の願いを叶えてくれる、不思議な人形なんだ 今、俺と相沢が何かに導かれるように掘り出したこれは、ボロボロに朽ちているが、あの時の人形で間違いなかった。 相沢と顔を見合わせる。 「これでいいの?」 「ああ、間違いない」 相沢が断言した。これを知っている? 妹のことを知っているのか? 相沢が……あのときの妹が言っていた友達だったのか? 俺たちにどんな物語があるというのだろう。 能天気な顔をした天使の人形が取り持つ不思議な縁で築かれた、冬の街で起きた奇跡の物語……。 ……そんなマンガみたいな話あるはずが、 でも、俺と美坂は既にそのマンガみたいな出来事を体験していた。 ……もしかしたら! 「…祐一、わたしが直そうか?」 「できるのか?」 「うん。ほとんど作り直しってことになると思うけど…」 「だったら、頼む」 「うん。頼まれたよ」 「ちょっと待ってくれ!」 「……え? どうして? 北川君、このままじゃかわいそうだよ」 「説明は後だ、とにかく走れ!」 みんなを引き連れ、病院へとひた走る。 あの事故からこれまでの7年間、妹はずっと昏睡していた。 そして、何の変化もなく睡眠状態を示していた妹の脳波が覚醒時のそれを見せるようになったのは、奇しくも相沢がこの街に来てからだった。 それから、ふたたび睡眠時のそればかりになったのは栞ちゃんが峠を越してからだった。 これはきっと俺だけの物語じゃない。ここにいるみんなの物語なんだ。 この四角い部屋の中で 季節のない時間の中で ボクは、ずっとひとりぼっちだった そう思っていたけど ときどきボクの傍にくるひとがいた そうだ、ボクは一人ぼっちじゃなかった お父さんとお母さんが一緒に暮らしてたとき よくけんかしててこわかった そんなとき、お兄ちゃんがそばにいてくれた お兄ちゃんは優しかった お…兄ちゃ…ん……? そうだ、いつも一緒にいられることになったんだ お兄ちゃん また会いたいな 一緒に住んでたとき、お兄ちゃんはかばんの用意してなくて学校行く時間になってから慌てて、いつもこんなふうにバタバタ走って騒がしかった。 お兄ちゃん、相変わらずみたい。 もっと寝ていたい気がするし、逆にもうこれ以上寝ていられない感じもする。 なんだかすっごく体が重い。 でも、もう起きなきゃ。 目を開けると、真っ白な部屋。 そして……。 「お……兄……ちゃん?」 「お薬の副作用で髪が抜けやすくなってたから全然なでなでしてくれなかったんです。だから久しぶりで嬉しかったです」 そうか、あの時の俺の危惧はあながち間違いでもなかったんだな。 またも新生美坂チームで下校している。 俺たちは、長期にわたる昏睡により筋力が衰えてリハビリに打ち込む妹の見舞いに寄っていた。 いまはもう、ぎこちない空気はない。 栞ちゃんは、あの夜のことを嬉しそうに話す。 姉妹の溝が少しは埋まった大事な思い出なのだろう。 この面子の前にいるためか、きわどい発言はない。 ……今のところは。 「夏になったらみんなで海に行きましょうか」 「いいわね。でも……」 「…大丈夫ですよ。どうせ私にはスクール水着ぐらいしか似合いませんから。 そうですよね? 北川さん」 「……なぜ俺に同意を求めるんだ?」 「秘密です」 非常に嫌な予感を抱かせる悪戯っぽい笑顔で言う。 「あの日は久々にお姉ちゃんに思いっきり甘える事ができました」 「そっか、よかったな」 嫌がってはいなかったか。それは何よりだ。 「ああいうお姉ちゃんも新鮮でよかったです。 おっぱいつつかれたのには驚きましたけど」 「……ごめん、軽率だった」 ……はっ!? 「……」 にこにこ 「なっ……!!」 横で沈黙を保つ美坂の顔は怖くて見ることができない。 「女同士だから気にしませんけど。 ……あの時は」 不敵な笑みで付け加える。 ……嫌な汗が止まらない。 「お姉ちゃん、ベッドの上でも積極的で嬉しかったです」 ……その言い方はやめて。 って、明らかに美坂ではなく俺に向かって言っている!? 「……あの、気付いてた?」 「何のことでしょう?」 にこにこ 口調が丁寧語だったのもそのためか? 本当に姉妹の間だったらもっと違った話し方だったんだろうか? あの積極的に甘えてきたのは全部演技!? …もしかして、風呂や寝床をご一緒しようと働きかけてきたタイミングも狙っていた!? あの直前に俺がしようとしていたことといったら……。 「……いつから?」 「秘密です」 俺が散々行った栞ちゃんに対する抱擁その他もろもろ……もしかして俺、試された? 姉妹が背負ったものを俺に知らせた上でどうするかを見抜こうとした? 「栞ちゃん……怖い子だ」 「そんなこと言うおにいちゃん、嫌いです」 そう言って相沢の腕に組み付いていった。 …相沢、恐ろしい女を彼女にしたな。 …でも、俺は俺で恐ろしい女を彼女にするのかもしれない。 俺の襟首を掴んだ美坂は、あの体でどうやったら出せるのかさっぱりわからない腕力で路地裏に引っ張っていく。 妹よ、俺もお前と共にリハビリに励むことになりそうだ……。 『紅い瞳に映るもの』 完 戻る |