【第一話 吉本な真琴】

少女「…あなただけは許さないから」

少女「…覚悟!」

少女が固めた拳を後ろに引き、間合いを一気に詰めた。

唸りをあげた拳が顎にするどく入る瞬間、俺は目を閉じた。

ぽこっ。

祐一「はい?」

少女「このっ」

ぽこっ、ぺちっ、ぽこっ、ぺちっ!

手で叩いたり足で蹴ったりもされるが、わざわざよけるまでもないような、やわなものだった。

少女「はーー…ぜーー…ぜーー…!」

祐一「なにやってんの、おまえ」

真に迫った言動とは裏腹に、少女はあまりに喧嘩慣れしていない。

少女「あぅーっ…」

さらには子供のように地団駄を踏んでさえ見せている。

祐一「大体おまえ、頭押さえられたら手が届かないんじゃないのか?」

俺は試しに少女の額を手のひらで押さえつけてみる。

ぶんぶんぶんっ!

空を切るばかりで、実際全然届かない。

少女「今日はこの辺にしといたる!」

そう言って逃げて行った。

俺や、その場にいた野次馬は一斉にこけていた。

祐一「一体…何だったんだ?」

 

 

【第二話 食事】

あの後、少女は突然ぶっ倒れて気絶した。

…そういう運命だったのかもしれない。

仕方なく連れ帰ると…

名雪「人間…?」

祐一「そうだ。人間だ。しかも女の子だ」

祐一「あー、困ったな…悪いけど布団の用意してくれないか?」

名雪「うん」

慌てる様子もなく部屋を出てゆく、名雪。

だが途中で引き返して…

名雪「お風呂も沸かす?」

祐一「いや、こいつの体は冷え切ってるだろうけど、起きない事には…」

名雪「…Hするのは、互いにもっと理解しあってからの方がいいと思うよ?」

祐一「違うっ!」

そして夕食になった

秋子「きっかけとかあるでしょう? ぶつかったとか、知らないうちに迷惑かけてたとか」

祐一「それがまったく思い当たらないから、辟易してるんですよ」

秋子「顔に覚えは?」

祐一「あったら、押し倒してますよ」

名雪「手当たり次第にHしない」

祐一「俺の主義では、人様に迷惑かける奴は男女問わず、平等に押し倒すんだよっ」

…て俺はバイセクシャルか?

秋子「あの子なりの理由があるのよ」

…突っ込んでください。

祐一「よく考えたら勘違いだった、と向こうから切り出してくるさ」

祐一「そうなったら、一発お見舞いして、おしまいだ」

名雪「見ず知らずの子とHしないのっ」

祐一「じゃあ、お前とならいいのか?」

はっ! 思わず口に出してしまった! …秋子さんの前なのに…

名雪「うんっ、一発と言わず何発でもいいよ♪」

ぐあ…恥かしがりもせず頷きやがったよ、こいつは。

祐一「なんにしろ、もう遅いから、帰してやらないとな」

名雪の言葉を無視して、そう俺は締めくくった。

秋子「そうね」

秋子さんも納得したように頷き、ようやく飯にありつけることになった。

秋子さん…納得していいの?

…結局あいつはここに居候する事になった。

 

 

【第三話 収入源?】

真琴は肉まんと出会った。

真琴「買えるかなぁ、真琴でも…」

祐一「金あるんだろ? 商店街まで出れば、買えるよ」

真琴「………」

真琴は上着のポケットから財布を取り出すと、中身と睨めっこし始める。

真琴「…いってくる、商店街」

祐一「ああ、いってこい」

それだけ言うと、真琴は一目散に駆けて、部屋を出ていった。

それから…

北川「よう、美坂、部活の帰りか?」

香里「ええ、北川君はバイトの帰り?」

北川「おう。そこで余った肉まんを貰った、良かったら食うか?」

香里「美味しそうね、遠慮無く頂くわ」

香里「所でコンビニのバイトは順調?」

北川「順調…と、言いたい所だが…」

香里「どうしたの? 顔の割には深刻みたい」

北川「顔については…ほっといてくれ」

北川「…どうやら万引きがあった…らしい」

香里「万引き? 嫌ね」

北川「ああ、集計が合わなかった…それと」

香里「それと?」

北川「レジスターの中にどう言う訳か葉っぱが入っていた」

香里「何それ? 狐に化かされたのかしら?」

そう言って笑い合うイイ雰囲気の二人だった。

北川(そう言えば…今日肉まん買った客の中に、店に入るなり転んで『あうーっ』て泣いてた変な女の子がいたな)

 

真琴「クチュン!」

真琴「あうー…風邪引いたかな…?」

真琴「って、あれ? 祐一?」

そこには肉まみれになった祐一が、肉まんの袋に手を突っ込んだまま固まっていた。

 

 

【第四話 目覚め】

……

真琴「あぅ、ういんなー…」

祐一「ぅぎゃーーっ!!」

股間の激痛に目を覚ますと、寝ぼけた真琴が俺の息子に噛みついていた。

俺はその『ういんなー』と言う言葉を聞いて、涙が出そうになった。

朝だから戦闘体勢になっているにも関わらず、こんな表現をされるなんて。

 

 

【第五話 ともだち】

……発熱した真琴は、物静かになってしまった。

祐一「会ってやってくれないか、あいつに」

天野「………」

天野「…はい」

天野「はじめまして。天野といいます」

真琴「………」

そして、真琴の挨拶を待った。

俺には天野の意図するところがわからない。

それはまるで、自分自身に対する当てつけのような、そんな気がした。

真琴は自分の名を名乗ることができない。

それを彼女は真琴の様子を一目見て、理解していたはずだったからだ。

天野「ほら、お名前は?」

真琴「あぅ…」

何を訊かれているのかもわからないのだろう。

真琴は口ごもって、ただ天野の顔を見返すばかりだ。

天野「お名前は?」

天野は質問を繰り返した。

語調は優しく、焦れったい反応を見せる真琴を前にしても、終始穏やかなままだった。

そしてそれは、相手のことを一から十まで理解している者の優しさだった。

決して自虐的になっているわけでもなく、真琴に対して辛辣にあたっているわけでもない。

言うなれば、見守る者、母の優しさだった。

そのことを悟ったとき、俺の天野に対する疑念は立ち消えていた。

やはり、天野でよかった。

天野「お名前は?」

真琴「あ、あぅ…」

天野「お名前は?」

真琴「あぅーっ…」

天野「ほら、頑張って」

天野「お名前は?」

真琴「うーっ…」

天野「お名前は?」

天野「ほら、お名前は?」

真琴「あぅ……ま…」

天野「ま?」

こくり、と真琴が頷く。

天野「まの次は?」

真琴「こ…」

天野「まこ? まこでいいの?」

ぷるぷると顔を横に振る。

天野「名字がまこなの?」

……!?

真琴はぷるぷると激しく顔を横に振る。

天野「もう一度訊きます、あなたのお名前は?」

真琴「あぅ……ま……こ……」

しびれを切らしたのか、真琴がまだ言い終ってないうちに次の質問をした。

天野「それで名字は?」

真琴「うーっ……」

天野「もしかして、名字もまこなのですか? だったらかなり変な名前ですね」

真琴「あぅ…」

…やっぱり当てつけなのか?

天野「おいで、まこまこ」

真琴「あぅーっ!」

悔しそうに、真琴は手をぐーにして振り上げた。

言葉を発することができない本人の代わりに、その手首に巻かれた鈴が、ちりんちりんと威嚇していた。

天野は、人間になった真琴に出会った時の俺のように、真琴の額に手を当てておちょくっていた。

安らかに微笑みながら。

そんなふたりの姿を見て、俺もつられて笑っていた。

何だかもう、力無く笑うしかなかった。

自分の迂闊さをあざ笑っていた。

止めておけばよかった。ふたりを引き合わせるべきではなかった。

…そうでもないか。

言葉こそないが元気に殴りかかる様になったのだ。

そんなこと俺にはできなかっただろう。

天野「………」

いつの間にか天野は真琴の両方のこめかみに拳をゴリゴリと当てていた。俗に言うウメボシだ。

天野「こうしたら、落ち着くんです」

俺のほうも振り返らず、天野は小声で説明した。

それは違うぞ天野。

真琴「あうう……」

真琴はあまりの痛みに動けなくなっていた。

抵抗できないだけだぞ、天野

天野「お名前は?」

頭をゴリゴリしながら、天野はそう繰り返した。

真琴「うーっ」

天野「ほら、まこまこ」

…やっぱり止めておけばよかった。

 

 

真琴は俺達の家族になり…

俺の妻になり…

ものみの丘で一度消えてしまったが

復活し

再びここに戻ってきた

名雪「おはようございます…」

いつものように名雪の眠そうな声が聞こえる。

それと…俺が嬉しさで泣き出しそうになる程に、元気で騒がしい声が聞こえる。

祐一「早く食べて…おわっ!」

名雪「…うにゅ?」
真琴「下ろしてようーっ!」

祐一「…何やってんだ? お前ら」

名雪は、巨大なおでん種…もとい、俺の最愛の妻を抱きかかえていた。

名雪「まこぴー」

真琴「え?」

祐一「そうじゃなくて、なんでそいつを抱きかかえてんだっ!」

名雪「まこぴー」

祐一「……」
真琴「……」

どうやら、完全に寝ぼけているようだった。

名雪「…まこぴーは、ここ」

自分の膝の上に、真琴を座らせる。

真琴「わあっ!」

名雪「…くー」

それで満足したのか、名雪はそのまま眠っていた…

祐一「…変なやつ」

普段もどこか浮き世離れした雰囲気のある名雪だが、朝はそれが1.5倍くらいになる。

真琴「……」

真琴は怪訝な顔で、自分を乗せている名雪を見ている。

秋子「名雪。早く食べてしまわないと、時間なくなるわよ」

名雪「…う…ん」

間違いなく半分以上寝ているといった感じのゆっくりとした動作で、トーストにジャムを塗っている。

いつもは一緒には食べない秋子さんも、今日は俺たちと食卓を囲んでいる。

4人の、不思議な食卓風景だった。

秋子「家族が増えて嬉しいわ」

のんびりと頬に手を当てて、穏やかに微笑む秋子さん。

そうなのだ。家族が増えた。真琴が戻って来たのだから。

真琴「あぅ…」

幸せそうだった。こいつが求めていた温もりがここにあったのだ。

名雪「…いちごじゃむ…」

真琴「もがが〜!」

まるで二人羽織のように真琴の口にトーストがねじ込まれる。

そのパンには…禍禍しいオレンジ色のジャムが塗られていた。

 

 

【第七話 その後のともだち】

天野「こんにちわ、まこまこ」

真琴「……あ」

天野「ごめんなさい、待ちましたか?」

真琴「…まこまこじゃないもん」

天野「まだちゃんとお名前聞いていませんから」

真琴「…真琴」

天野「名字は?」

真琴「…沢渡」

天野「沢渡真琴ですか…普通の名前ですね」

真琴「……」

天野「私は天野美汐です。よろしくお願いします」

真琴「…うん」

きっと、天野は真琴の悪友でいてくれる。

今日から、ずっとこれからも。

 

 

【第八話 出てこない】

真琴「うーっ…」

出てこない。

秋子「……」

秋子さんは偶然トイレの前を歩いていた。

秋子「真琴は、お野菜が嫌いなようですから…」

秋子「食物繊維は他の物で補わねばなりませんね」

 

 

【第九話 お使い】

商店街へ行く途中でばったり出くわしたのは、真琴だった。

祐一「お、真琴。どこいくんだ?」

真琴「おつかい。お豆腐買いに行くの」

祐一「そうか。ひとりで買えるか?」

真琴「子供じゃないんだから、買えるっ!」

祐一「どう見たって子供じゃないか、おまえ」

真琴「大人よっ!」

そう言ってムキになるのは子供だろ…

祐一「じゃあ…ついでにピンクローターも頼む」

真琴「ピンクローター?」

祐一「知らないのか、ピンクローターを」

祐一「大人のおもちゃだ」

真琴「どんなおもちゃ? 面白い?」

…本当に知らんのか?

祐一「面白いというか、振動するな。ブルブルする」

真琴「買ってきていいの?」

祐一「そうだな。金渡すよ」

俺は小銭を数枚取り出すと、それを真琴の手のひらにのせてやる。

祐一「ビルの2階にある何の看板も無い店だ、商店街の本屋と判子屋の間にある細い道の奥にある」

祐一「店長に、ピンクローターください、って言え。たくさんあったら、店長のお勧めでいいからな」

真琴「うん、真琴も遊んでいいよね?」

祐一「おまえが大人だったらな」

真琴「うん、真琴、大人だよ」

祐一「じゃ、家戻ってるから」

真琴「うん」

ぱたぱた…

嬉々として駆けてゆく真琴。

…前にも、この手口でエロ本買わされそうになったのに…

あいつに学習能力は無いのか?

 

声「祐一ーーーーーっ!!」

遠くで怒声がする。

ということは、真琴が帰ってきた他に考えられない。

大人のおもちゃの買い付けを頼んでおいて…

真琴「祐一、帰ったよーっ♪」

なんて愛想良く帰ってこられても、それはそれで問題だ。

どんどんどんどんっ!

階段を勢いよくのぼる音まで聞こえてくる。

どかどかどかどかっ!

ばんっ!!

すべての行動が、音だけでわかる。最後の、ばんっ!!は、当然この部屋のドアを開け放った音である。

祐一「よぉ、真琴」

真琴「よぉ、じゃないーーーっ!! 真琴になんて物買わせる気だったのーーーっ!!」

祐一「買えたか?」

真琴「買えないっ、買わないっ、買えるかっ!」

祐一「久し振りの、すごい三段活用だな…」

真琴「ものすっごい恥かいちゃったんだからぁっ!」

真琴「大体お金が全っ全足りなかったわようっ!」

それもそうだ、いくらなんでも小銭では買えん。

真琴「店員のひとに説明されちゃったのよっ!」

おいおい、真琴にどう説明したんだ?

祐一「そりゃおまえが子供の証拠だ」

真琴「そんなことないわよぅっ、女性が買う物じゃなかったもん!」

祐一「いや、大人の女性なら平気で買えるはずだぞ」

普通は女性が(女性に?)使う物だ。

真琴「うそだぁ…」

祐一「これでわかったろ。公の場で証明されたんだから、自覚しろよな」

真琴「あぅーっ…」

真琴「み、見かけが子供っぽいだけよっ!」

負け惜しみのようなことを言って、ドアを思い切り閉めていった。

 

祐一「………」

眠っていたが尿意を催して目覚めた。

廊下に出ると…

声「んっ…はっ…」

……!?

声「ふうっ…く……う…」

真琴の部屋から聞こえる。

声「あぅ…う……く…」

…まさか…また発熱してるのか?

 また居なくなってしまうのか?

声「…ゆう…いち…」

俺は居ても立っても居られなくなり真琴の部屋に駆け込んだ。

祐一「大丈夫かっ! 真琴っ!」

真琴「あうぅっ!」

相当苦しいのか、大きなうめき声を上げた。

真琴「…いっちゃった」

祐一「いっちゃった…」

祐一「…だってぇっ!? なにやってんだよ、おまえはぁっ!」

俺は焦りに任せて、真琴のパジャマの襟元をひっ掴む。

真琴「わっ!」

顔は火照って赤くなり、息も荒い。

発熱して苦しいだろうに、布団も被らず、漫画を持っている。

祐一「漫画なんて読んでないで寝てなきゃ駄目だろ!」

その上にずいぶん薄着だ。

上半身はパジャマだけ、

下半身に至っては、一糸まとわぬすっぽんぽんのあられもない姿だった。

祐一「なんて格好だ! もっと節制しろよ!」

…すっぽんぽん?

…そう言えば、うめき声は苦痛……にしては妙になまめかしかったような……?

持ってた漫画も……何やらいかがわしい絵だったような気がする…

真琴「何やってるって…一人H…」

…ぐあ。

絶頂に達して恍惚としているのか、素直に凄い事を言った。

真琴「って…」

真琴「わっ! 痴漢っ! って、わっ! 祐一!」

真琴「何見てるのようっ!」

真琴「勝手に入ってこないでっ!」

悲鳴と共に、ぴろやレディースコミック(少女マンガとはちと違う)が飛んできた。

祐一「痛てててて…」

祐一「バカ! アレはもっと静かにやれ!」

全く人騒がせな…

お使いの悪戯(セクハラ?)で変な刺激を与えてしまったようだ。

…取り越し苦労で良かった。

真琴が消えてしまう訳じゃなくて良かった。

それに…アレをするのは健康の証拠…だよな?

しかし…俺達は夫婦なんだよな…?

夫婦なんだから…なあ?

これがセックスレスって奴か…?

祐一「………」

くい。

不意にパジャマの裾が引っ張られた。

祐一「ん?」

振り返ると、そこにあられもない姿のままの真琴がちょこんと立っていた。

祐一「…さっきはすまなかった……でも…その…見えてるけどいいのか?」

真琴「………」

じっと俺の顔を見ていた。何か、考え事でもしているように黙ったままだった。

祐一「真琴…」

じっと真琴の顔を見つめた。

いつまでも一緒にいたかった、こいつの顔をじっと見つめていた。

真琴「祐一…」

祐一「…いいんだな? 真琴」

こく

真琴は顔を赤らめて頷いた。

そして俺達は朝まで一緒にいたのだった。

 

 

翌朝。

真琴が再び、熱を出した。

それがどういうことか、痛いほどにわかっていたから、俺はただ打ちひしがれるだけだった。

真琴は俺のベッドに横になっている。

その目が薄く開かれ、こっちを向いていた。

すぐにも寝入ってしまいそうだった。

祐一「大丈夫か、真琴」

真琴「………」

ただじっと、俺の顔だけを見ている。

祐一「何か…して欲しいことあるか」

真琴「………」

俺が指を差し出すと、真琴がそれを小さな左手で握った。

そして…

真琴「クチュンッ!」

祐一「……」

真琴「うーっ…」

俺は顔中鼻水と唾にまみれていた。

発熱…そして鼻水、くしゃみ、咳、食欲不振、倦怠感…

典型的な、只の風邪であった。

朝までふたりでやりまくった後、絶頂の余韻に浸りながら素っ裸で寝てしまったのが原因であった。

後先考えない自分の浅はかさには、ほとほと呆れる。

幸い…と言うか俺は風邪引かなかった。

だからこうして真琴の面倒を見てやれる。

ティッシュを真琴に渡し、俺も顔を拭く。

祐一「ほら、ちゃんと鼻をかめよ」

だが、真琴は鼻から鼻水を垂らしたままだった。

祐一「おい…真琴?」

戦慄する。

発熱して、まるで赤ん坊の様になっていたあの頃に戻ってしまったのか?

真琴は俺に手を差し出した。

俺は震えながらもその手を優しく握ってやろうとした…が。

真琴「グワシ」

親指と小指を立てた奇妙な握り拳を突き出していた。

鼻水垂らしたままで。

枕元には…謀図かずおの漫画があった。

体を張ったギャグをかます真琴。

そこまで元気になった事が幸いしているのか、それともそれこそが不幸なのか、よくわからなくなってきた。

 

 

【第十一話 名雪の災厄】

名雪「おはようございます…」

そして、いつものように名雪の眠そうな声が聞こえる。

祐一「早く食べて…おわっ!」

名雪「…うにゅ?」

祐一「どうしたんだ?」

名雪は、右腕を激しく掻きむしっていた。

名雪「あとぴー」

祐一「……え?」

名雪「あとぴー」

祐一「……」

どうやら、完全に寝ぼけて無意識のうちに掻きむしっているようだった。

名雪「…あとぴーは、ここ」

そう言って袖をまくると、ひどい湿疹ができていた。

真琴「わっ! 名雪、どうしたの、それ?」

祐一「わっ! 血が出てるじゃないか!」

再び掻こうとする名雪の左手を慌てて取り押さえた。

名雪「祐一、放して」

祐一「放すとまた掻きむしるだろ。お前は」

名雪「うー、痒いおー」

祐一「痒くても駄目だ! 益々悪化するぞ!」

と言っても我慢できたら苦労はしないんだよな…

名雪「祐一嫌いっ、放してっ」

祐一「最近はぴろに触ってもくしゃみしなくなったから、アレルギーは治ったかと思ったんだが…皮フに出ちまったか…」

名雪「うー」

真琴「真琴のせい…?」

祐一「お前は悪くないしぴろも…誰も悪くない」

真琴「でも…」

祐一「だが、こうなったら仕方ない。ぴろは天野ん家に引き取ってもらおう、な?」

真琴「あぅ…」

名雪「ねこさん…いっちゃヤダよ…」

俺達の前途は多難であった。

でも、力を合わせて何とかしていけるだろう。

俺達は…家族なんだから。

俺達の元に真琴が現れた。

これは神様が見せてくれたおとぎ話だったんだろう。

だが、おとぎ話の結末はこうでなくちゃいけない。

『末永く幸せに暮らしましたとさ』

『めでたしめでたし』…と。




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