――極東支部長官室 珠瀬長官の前に一人の青年がいた。 厳しい目つきにスキの無い佇まい。 黙っていても彼が歴戦の勇であることは誰も疑いようが無い。 「すまないな石橋君。急な呼び出しで」 「いえお気になさらずに」 彼の名は石橋剛三、老けて見えるが実際は27歳だ。 連邦軍で教官として実演を兼ねた演習を行っている。 階級は少佐だ。 「君にはこれからエクシードブレイブスのカノン・バンガードに所属してもらいたい」 石橋は驚かない。長官に呼ばれていた時点で予測はしていたからだ。 「やはりそうでしたか。ここのところの連邦内部の動きは明らかにおかしいですから」 「うむ…出来る限り君の様な優秀な人材は上層部の手の届かないところに 置きたいのでね」 「長官も上層部を疑っておいででしたか」 珠瀬は黙ってうなずいた。 「あまりに遅い対応、R・Gや他勢力に対する不可思議な動き。おそらく 内部に内通者がいるだろう…。密偵を出して探らせてはいるが…。 下手をすると後手に回る可能性があるのでな」 「自分も同感です。打てる手は打てるべきに打つべきでしょう。 特に今のような不安定なときこそ付け入る絶好のチャンスです」 「特にエクシードブレイブスは若手の者がほとんどだ。水瀬君や月詠君だけでは 読みきれない事態も起きることもあるだろう。どうか君の力を貸してやってくれ」 「承知しました。長官もお気をつけて。最近、風間を中心とした 過激派が幅を利かせているようです。この混乱した時期に動く男とも思えませんが 注意が必要でしょう」 「そうだな、彼は特に狡猾な手段を用いることが多い。少しずつ自分の勢力を伸ばしているからな」 「ええ。スキを見せればこれ見よがしに食いつくでしょう。油断なさらぬよう」 「了解した。君のほうも気をつけてくれたまえ」 「はっ。では自分はこれにて」 ドアに手をかけて石橋は一度珠瀬に敬礼をしてから部屋を出た。 「まさかとは思うが…過激派に加えて長老派が動いているのかもしれんな… やはり石橋君を外に出しておいてよかったようだ」 その珠瀬のつぶやきは三枚の報告書に向かって放たれていた。 エクシードブレイブス 第25話 出発のための休息 ――倉田研究所 ノアシップの宇宙航行用への改良のため、エクシードブレイブスは一路 倉田研究所へと向かっていた。 倉田研究所は、倉田財閥の抱える研究所でロボット開発が開放されてからは 若き研究者倉田一弥を中心に、MSやPTの開発を積極的に行っている。 この派閥は倉田財閥総帥の倉田亮輔の直属の研究所のため、 現在R・Gを支援している倉田良哉の派閥とは別物だ。 もっとも良哉の方も独自に研究所を構えたらしい。 研究所は切り立った山の中腹にあり、資源の運びなどを全て 専用の輸送機を使うことで周囲を森林のまま施設として成り立たせた。 研究所というのは性質上軍事的にも狙われる傾向があるので あえて人里から離してあるのだった。 エクシードブレイブスのメンバーは着陸後、自由解散となった。 思い思いの時間を過ごす中、佐祐理の案内の元、開発用の格納庫に向かう一団があった。 佐祐理は知人と顔を合わせながら、現場の指揮を取っている弟を探しながら 何人かつい来た見学者を案内していた。 何台ものMSやPTが立ち並ぶ風景、鉄骨で作られた足場に囲まれたPT。 個人所有の研究所としてはおそらく生産ラインはトップクラスであろう。 現場では一台のガンダムの作業に細かに指示を出す少年の姿があった。 佐祐理と同じ髪の色に、白衣を着込んだ温厚そうな顔立ちにやや女顔のようだ。 少年は佐祐理に気がつくと、そばに立っていた助手に一声かけて佐祐理のほうへと走っていく。 「姉さん、来てたんですね」 「一弥〜元気にしてましたか? 体は壊してませんか?」 「あはは、大丈夫だよ。相変わらず心配性だなあ」 そうやって屈託なく笑うその顔は年相応の少年の一弥。 後ろにいる姉の友人達に気がつき、自己紹介をする。 「初めまして皆さん。倉田一弥と申します。姉が世話になっています」 「あはは〜こう見えても一弥はPTの研究に余念がないんですよ。 浩平さんのガンダムのE・システムの考案者も一弥なんですよ」 「あれは浩平さんの能力があまりにすごかったから出来たわけですし…。 僕だけの力じゃありません」 「頭脳明晰で美少年。佐祐理の自慢の弟です。でも女性の皆さん? 可愛いからって食べないでくださいね?」 一瞬爆弾的発言に時が止まった気がした。 佐祐理はにこやかに言ったが目が笑っていない。 「と、ところで、今新しく作業に入ったあのガンダムって、 ずっとカノン・バンガードの格納庫にあった奴よね?」 場の雰囲気を変えようと雪見がすかさず一弥に質問する。 それに一弥も取り繕うようにのってくる。 「え、ええ。細かい調整を相良さんに頼んでいたんです。 こっちで開発中の新兵器を積むのにちょっと軽量化の作業を頼んでいたんです」 言われてみれば、そのガンダムは通常のMSに比べて一回りくらい細身に見える。 「あれって確か試作1号機とかっていう機体をベースにしているのよね?」 聞いたのはひかりだった。 一弥は黙ってうなずいた。 「ええ、色々試すのに丁度特に特徴がなかったのが幸いしました。 おかげでパイロットの方の特性に合わせて仕上げることが出来そうです」 「あれ? あのガンダムって確か…」 その名前をひかりが言う前に少年が一人、一弥の後ろから現れた。 「僕ですよ、結城先輩」 「よ、マックスじゃないの」 つばさが軽いノリで挨拶をする。 牧島麦兵衛。舞人たちと同郷でつばさがつけたあだ名「カミソリマックス」が エクシードブレイブス内でも定着している。 「ああやっぱり牧島が乗るんだったよね」 ひかりが言うと牧島はうなずいて、 「ええ、相楽先輩に細かな調整を頼んでいたんで。一弥さんもうすぐ 終わりますよね」 「ああ、すぐに仕上げてしまうつもりだよ」 見てわかるとおり紳士で、礼儀も正しい熱血漢なのだが 小町のことでひと悶着あってから舞人には憮然とした態度で接する。 だがまあ本人達の本質が引き合うのか普通に会話すれば キャッチボールのようにぽんぽん弾むので喧嘩するほど仲がいいというのが 彼らを表現するのにあっているようだ。 「じゃ、マックスも戦線復帰ってことだね」 「はい、頑張ります。ところで八重樫さん、桜井…さんは?」 取ってつけたように「さん」をつけたことが面白かったのか つばさは笑いながら、 「さっきロビーのほうでゾンミと話してんの見たよ」 「すいません」 そう言って牧島は格納庫を出て廊下へと向かった。 後ろのほうでは、何かあるのかとつばさに詰め寄るメンバー達の姿があったという。 ――倉田研究所 廊下 廊下を歩いていると一人で歩く舞人の姿を見つけた牧島。 その姿を舞人も見つけたようで別段気にせず歩いていくる。 「よう牧島」 「久しぶりだな。アンタに少し聞きたいことがある」 「何だ? 言っておくが俺のスリーサイズは秘密だぞ」 「ふん、そうやってふざけて話をはぐらかすつもりか? …小町さんのことだ」 「何かというとお前の話題は雪村のことばかりだな。 俺にかまってないであいつに声かければいいだろう」 そう言うと牧島は少し舞人から目をそらす。 「…けじめはつけたんだろうな」 「お前の言うけじめがどういう方法かは知らないが一応な」 「ふーん…アンタにも男らしい部分があったのか」 「失礼な奴だな。このジェントル桜井を捕まえて」 「まあいい、俺は俺なりに小町さんを守るだけだ」 「だったら最初から俺にかまうなよ…」 「アンタが最低な奴だったら一発ぶん殴ってた」 「最低ってどういう基準だ」 「自分で考えろ。少なくともマシな部類だったってことは間違いないけどな」 そう言って牧島は少し笑った。 舞人は不服そうに、 「ちっ、何が悲しくてお前好みの雰囲気の会話を演出しなければならんのだ。 俺はもう行くからな」 「ああ、好きにしろ」 どうも完全にペースに飲まれたようで舞人は面白くなかった。 が、それよりも不思議と落ち着いた何かがあるのも確かだった。 それが何なのかは舞人にはわからなかったが。 ――倉田研究所ミーティングルーム どうしてもミーティングルームというのはどこも同じような作りらしい。 長い長方形テーブルに囲むように配置された椅子。モニターの設置された白い壁。 そこにエクシードブレイブスのメンバーは集められていた。 中央には秋子の隣に見慣れない青年が立っていた。 「全員そろいましたね、では紹介します。連邦軍所属の石橋剛三少佐です。 本日付でエクシードブレイブスに参加してもらうことになりました」 おお〜と声があちこちから上がる。 「石橋だ、よろしく頼む。もっとも初めてじゃない顔も何人かいるようだがな」 「お久しぶりです、石橋先生」 名雪が立ち上がって頭を下げる。 真琴やあゆもそれに続く。 「ああ、久しぶりだな水瀬、月宮、沢渡。お前達も壮健そうで何よりだ」 少し顔に笑みが浮かんだ石橋。それは付き合いの長い彼女達でなければ わからない程度の変化であった。 突然席を立って頭を下げるものがいた。七瀬だ。 勢いよくツインテールが揺れる。 「師範! 久しぶりにまた稽古をつけてください!」 「七瀬か。わかった後で剣道場に来い」 どうやら七瀬も個人的に石橋とは面識があるようだ。 しかしそこで住井が別の質問を掲げた。 「ところで少佐。あの黒いグルンガストは少佐のですか?」 「ああ。グルンガスト・クロガネ、俺の命を預ける相棒だ」 「あのでかい刀…振れるんですか?」 「無論だ。あのグルンガストは剣撃モーションデータを搭載した特別機だ。 もっとも剣の心得のないものには上手く扱えんがな」 そこで舞が尋ねる。 「…少佐、私でも無理?」 「お前の剣は見たところ技の剣であろう。俺の剣は眼前を断ち切る剛の剣だからな。 少なくともタイプが違う」 「…そう」 少しがっかりしたように舞はうなずいた。 「ふぇ、舞、佐祐理と乗るのが嫌なの?」 「…そうじゃない。ただ興味があっただけ」 舞は少し泣きそうな佐祐理をなだめている。 昔は立場が逆だったそうだが変われば変わるものだ。 「ではこれにてミーティングを終わります」 秋子の号令でその場で解散となった。 皆が談笑に老ける中、浩平は一人格納庫へと向かった。 ――倉田研究所 格納庫 浩平は作業の続いている格納庫へとやってきた。 そしてすでにオーバーホールが終わり積み込み作業に入っている、 黄色いガンダムを見上げる。 ライトニングガンダム。 正式には自分のE・ガンダムの量産機らしい。 さすがにE・システムはないがスペックはかなり高性能らしい。 「ったく柚木の奴も少しましな名前にしろっての」 「…本当ですよね」 浩平はその声にびっくりして振り返った。 そこには三つ編みをたらした少女、里村茜が立っていた。 永遠に消えてもなお、自分を思い続けた愛しい少女。 自分が宇宙に上がった後ここで訓練を続けていたがニュータイプ適正があることがわかり 急遽この量産型に乗ることが決定したことは手紙で知っていた。 だが浩平は茜をあの戦場に送ることにためらいがあった。 虫のいい話かもしれない、他にも女の子が戦っているのに茜だけがダメのように思うのは。 そんな風に考える自分に嫌気が差しながらも浩平は尋ねた。 「茜、本当に乗るのか?」 「ええ、そうすれば浩平を守ってあげられます」 「…俺は死なないって」 「…でも突然消えてしまうかもしれません」 それを言われると返す言葉がなくなる浩平。 「…もう掴んだ手を二度と離したくない。貴方のそばにいたい。 たとえそれがどんな場所でも浩平…貴方のいない場所より怖い場所はないから… 突然、貴方の存在がなくなったあの世界よりも怖い場所は…」 「…わかったよ。でも…絶対死ぬなよ約束だ」 「…浩平は遅れても約束は守りますよね」 「ああ、約束だ」 「それじゃ約束…」 二人は小指を絡ませて何も言わずにそっと指を切った。 作業の音や指示を出す人々の声。 とても愛を語らう場所ではなかったが、久しぶりに出会った恋人達に 場所も言葉も時間も関係なかった。 ただ相手がそばにいる、それだけが二人にとっての真実だった。 「行くか。まだ時間はある、二人でもう少し話をしよう」 「…はい浩平」 そして二人は格納庫を出て行った。 どんな現実でも、どんなことがあろうと。 二人を一度引き裂いた力に比べれば まだ逆らえるだけ戦場のほうが遥かにマシだった。 「ふんふんふ〜ん♪」 そこには栗色のセミロングの女性が鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。 「あら? 柚木さん?」 少女の名は柚木詩子。茜の親友でノリと勢いで行動する少女だ。 良くも悪くもムードメーカーである。 「…ご機嫌だね」 そこには眼鏡をかけた少女と無表情…というより無気力な感じの少女がベンチに腰掛けていた。 「あっれ? 彩峰さんに榊さん。二人ともどうしたの?」 「私は一応草薙の最終点検を…彩峰さんは知らないけど」 「…道に迷った」 「うそおっしゃい。どうしたらこんなところで迷うのよ」 「…そうだね」 「棒読みで言わないで」 榊千鶴と彩峰慧。二人は元々は犬猿の仲だし今でもそれほど変わってない。 だが昔を知る人物達からすれば随分やりとりがやわらかくなったらしい。 「なんか私達が手間取ってる間に戦局が随分動いているね」 「そうね。遅れた分取り戻さないとね」 「…そうね」 今度ばかりはふざけずに返事をした彩峰。 すっくと立ち上がると二人を振り返り 「…じゃ」 手を上げて立ち去った。 「彩峰さん?」 「大丈夫よ、何だかんだ言って自分の機体が気になるんでしょ? 口ではああいっててもやることはやる人だから」 そう言って千鶴は少し笑った。 それを見て少女も笑う。 「それより柚木さんも準備をしておいたら? いつ出撃になるか わからないんだから」 「あっとそうだった〜。じゃ行ってきます〜」 詩子はお茶らけながら格納庫へと向かった。 ふうと千鶴はため息をついた。 本当に手間のかかる隊員が多い部隊だと思っていた。 だが打ち解け、話をすると自分が頭ごなしに否定していただけのような気がする。 どんな場所でも自分は自分であることを貫くものが多いからだった。 だから自分も沿うであろうと思ったとき、千鶴は少しだけ気が楽になった。 皆と同じだ。そう思えることが。 すでに準備を終えた榊千鶴専用戦術機『草薙』は、 同じく準備を進めている彩峰慧専用戦術機『金剛』の隣で 静かに主の搭乗を待っていた。 こうして倉田研究所での一日は過ぎていった。 続く
後書き 祐一 「よりにもよってあのグルンガストか…」 栞 「作者が人目でえらく気に入ったらしいです」 彩峰 「…ようやく出番」 榊 「そういえばやっと主要メンバーが出揃ったんじゃないかしら?」 祐一 「時間かかったなあ…」 SSのTOPに戻る