「………あるよ」

 その少年はその言葉に一歩、また一歩と足を進めた。

 「……にあるよ」

 少年の胸中には消えようのない悲しみがあった。

 少年の両親は共働きで、滅多に少年と会うことがない。

 そんな少年の生活を共に過ごしてきた、唯一の存在であった

 ペットの犬。

 しかし、その犬はもういない。

 そのことは少年が現実を拒絶するには十分だった。

 少年はフラフラと道なき道を歩いていく。

 「えいえんは…」

 男でも女でもない、子供で大人でもないそんな不思議な声に導かれて

 少年は声の先に向かって歩いていく。

 少しずつ近づいてくる、見覚えのあるその姿に向かって。

 「……バート…」

 少年はペットの名を呼んだ。

 バートがいればいい。広いだけの誰もいない家に帰りたくない。

 少年は心の底からそう願った。

 「えいえんはあるよ。ここにあるよ」

 その瞬間、少年は現実から消えた。












 エクシードブレイブス 第56話

 失われた時











 ――街 繁華街

 「!」

 「…!」

 その瞬間、浩平と茜は例えようのない感覚を感じた。

 しかしそれは決して正体不明の物ではない。

 以前に自分達はこれと似たような事を感じたことがあったからだ。

 茜はガクガクと体を震わせて怯えた瞳で浩平を見た。

 「…浩平…今の…今のは」

 「わかってる。この感じ忘れもしない…!」

 接近しているのに気がつかなかったのか?

 浩平は自問自答したが、今はそんな事を考えている場合ではなかった。

 神経を集中させて何とかその出所を探る。

 わずかな空間の乱れ、場の違う空気の流れを浩平は感じる。

 それは極東支部に少しずつ近づいているようだった。

 「桜井! 星崎! 敵だ!」

 「え? どこどこ?」

 希望は空を見上げたり、周りを見回したりとのんきな物だった。

 「……基地の方に向かっています。急ぎましょう」

 「何かよくよくわからんが、折原が言うんだから間違いないだろ。
 
  戻るぞ、希望!」

 「あっ、う、うん」

 タッタッタ…

 四人は休憩していたカフェでの支払いを済ませると基地に向かって

 走り出した。

 流れるような景色の中を、人を掻き分け掻き分け

 浩平たちは走る。

 「……それでそれがどうしても思い出せなくてねえ」

 「お宅のうちは一人っ子でしょ?」

 浩平はふと気になる台詞に立ち止まった。

 そこではスーパーの前で主婦が二人立ち話をしている。

 何故そんな会話が気になったのかは自分でもわからなかった。

 「でも妙に生活感が残っててねえ…でも家の子も

  知らないって…」

 「いつの間にか家にあった子供部屋ですか…。

  不思議なこともあるもんですねえ…」

 覚えのない部屋。

 生活感はあるが、家の誰も知らない部屋。
 
 浩平は聞くに堪えず、その場から再び駆け出した。

 それはかつての自分を思い起こさせる会話だったから。







 ――極東支部 

 ビービービー!

 「敵襲! 敵襲! 支部より北西の方面に飛行機体を確認!」

 オペレーターの緊急連絡が司令室に入り、

 秋子と珠瀬は頭を切り替えた。

 「敵の所属は! 数は!?」

 「機体識別照合確認…「えいえん」の勢力と思われます!

  その数20! すでにこちらに真っ直ぐ向かっています!」

 「ぬう…彼らの話をしていると現れるとは…」

 「人の噂をすればなんとやら、ですね」

 秋子はふうとため息をつきながらそう言った。

 「水瀬艦長、すぐに待機班を出撃させてくれ。

  奴らの目的はわからんが、街に被害を出したくはない」

 「了解しました」

 秋子は一つ敬礼をすると司令室を出た。




 ――極東支部 格納庫

 「パーツ取り付け完了、各部チェックオールグリーン!

 山彦の声が詩子の機体の調整の完了を告げる。

 「柚木さん、初の戦闘での使用になるけど…大丈夫か?」

 「任せて、任せて。フライヤーなら一番訓練したから」

 詩子は手をひらひらと振って華麗にコックピットに乗り込んだ。

 グラムナート・フライヤー(F)。

 空戦専用の換装パーツを取り付けた、高機動射撃型である。

 格闘系の武器は実装しておらず、全て射撃武器を搭載している。

 もっとも、それは実弾、ENが切れたら戦闘においては何の

 役にも立たないので、確実な攻撃が求められる機体である。

 一方、雪見の方は自分の機体を見て声を失っていた。

 いや、かつて自分の機体であった物、だろうか。

 雪見のディープスノーは、脚部が取り払われ変わりに

 砲門を取り付けた大型のアーマード・モジュールが取り付けられていたからだ。

 「これ…ガンナーパーツ?」

 「そうです、俺と相楽の二人で設計した奴です。簡易型ですんで武装は少なめですが

  機動力は大幅に上がっていますよ」

 住井が後ろから声をかけた。その後ろには一弥もついてきている。

 「住井も無茶をさせるよ…大変だったんだぜ

  パーツをそろえるのは」

 山彦がやれやれと言うポーズをしてそう言った。

 「…住井君もたまには役に立つ驚かせ方をするじゃない」

 「うわっ、ひでえ」

 しかし事実なのでそれ以上は突っ込むのをやめた。

 「俺のも隠し玉がつきましたからね、行くぞS−3!」

 そう言って住井は何故か「とうっ!」と右手を掲げて

 コックピットに乗り込んだ。

 「…相楽君、今の掛け声に意味はあるのかしら?」

 「ノリっすよ、ノリ」

 二人は呆れたように呟いた。

 「よし! 準備の整った物から順次出撃しろ!」

 石橋の号令を合図に、格納庫のハッチが開き機体が次々と

 飛び立っていく。





 ――極東支部 北西の平地

 それは行進と呼べばいいだろうか。

 槍を構えた兵士のような機体が数機地を歩き、

 翼の生えた天使は空を舞う。
 
 そしてその中心に、片翼の天使が、そしてもう一つは

 男性型のデザインのもう一人の天使。

 だがその翼は黒く、堕ちた天使を思わせる。

 その場へいち早く到達したのはグラムナートとディープスノーガンナーである。

 「えいえんか…といっても兵士には折原君のような能力はないんですよね?」

 「ええ、まずは邪魔な天使から落とすわよ。地上のは他の人たちに任せましょう!」

 「了解〜!」

 フライヤーは敵を認識し、接近してくる天使の頭上を一気に取る。

 その動きは急加速で、追い越してしまいそうな雰囲気すらあったが

 的確に敵の頭上でフライヤーは停止した。
 
 「Wアームマシンガン! おっちろー!」

 ガガガガガガガガ!!

 両腕に仕込まれたマシンガンを雨のように降らせるフライヤー。

 天使型は装甲がさほど丈夫ではないようで、反撃すらままならず

 フライヤーを頭上から遠ざけるように引いた。

 ズドオン!

 ところが、引いて一旦停止した天使を的確に狙撃した一発の弾丸。
 
 「中々いい精度ね…前より遠距離の射撃も出来るみたい」

 煙を上げる銃口を構えていたのは雪見のディープスノー。

 中心を射抜かれた天使は派手な爆音と共に地上へと落ちていく。

 「よっし! この調子でガンガン行きましょう!」

 「ええ!」

 ディープスノーとフライヤーは縦横無尽に空を飛び回り、
 
 敵を翻弄しつつ天使を落とし始めた。

 一方、地上の方もすでに交戦が始まっていた。

 「ふん…人の意思宿らぬ剣に我らが負ける道理なし!
 
  耳があるなら聞くがいい! 我は石橋剛三!

  世の不条理を断つ者なり!」

 ガキン!

 その巨大な軍神剣を構え、クロガネは一歩も引かずにその太刀を振るう。
 
 「軍神剣・天地二文字!!」

 ズシャ! ザン!

 左から右へと上段を斬り、そしてそのまま流れるように右から左へと

 下段を切り裂く、必殺の二文字斬り。

 「我に断てぬ物なし!!」

 ズガアアアア!!

 三等分された兵士型の機体は、あっという間に切り裂かれ爆発した。

 それでもなおクロガネは引くことなく次の兵士へと向かっていく。

 猛進するクロガネを止められる機体はそうないのだ。

 「ひええ…さすがは歴戦の猛者。っと俺も負けてらんねえな」

 一方その上空のほうにはヒュッケバインS−3を駆る住井が到着していた。

 「こいつを手に入れるのには骨を折ったからな…相楽に感謝、だな」

 ガキン! ガキガキン!

 S−3は正面に巨大な砲門を備えたパーツを取り付けた。

 「Gインパクトキャノン、ゲットセット!」

 そう言って住井はやや離れた天使を狙う。

 「シューッ!」

 ズガアアアアアアア!!

 普段使用しているライフルとは比べ物にならないほどの出力の

 重力波が砲門から放たれる。

 飛ぶ物を落とす重力の力。

 天使にとってこれほど皮肉な力もないだろう。

 ズガガガガガガガ!!
 
 発生した重力震に機体を破壊された天使はなす術もなく爆発して消えた。

 「……あるよ」

 と、そんな時謎の声が響いた。

 誰もが一瞬、その動きを止めてその声を聞いた。

 「えいえんは…あるよ…ここにあるよ」

 「そう…あるんだえいえんはここに」

 先ほどの、正体不明な声とは違い、明らかに男とわかる

 声が続いて聞こえた。

 「誰もが…不幸を嫌い、幸せが永遠に続くことを願う。

  それは摂理なんだ」

 「南…お前何を…」

 住井は呼びかけるように問いかけたが返事はない。

 「この先に幸せがあるなど、誰が保障できる?

  あるかどうかわからない先の幸せより、過去の幸せだった頃を

  望む方がずっと確実だ。そしてえいえんは…それを

  与えることが出来る」

 「えいえんは…あるよ。ここにあるよ」

 抑揚のないまるで誘うようなその声。

 「さあ…願うんだ。今を生きることが苦痛な者たちよ。

  俺たちはお前たちに永久不変の幸福を与えられる。
 
  誰もが望むえいえんを…」



















 「そんな戯言は聞き飽きた」



















 ズドオン!!

 その一閃は南の全てを否定するに等しかった。
 
 たった一発のビームライフル。

 だが、その機体は空を駆け銃口を南の駆る男性型の天使の機体に

 向けていた。

 「折原…折原か」

 空を駆けるはミノフスキークラフトを積んだEガンダム。

 いやこれはただのEガンダムではない。

 「過去にとどまり続けることのどこが幸せだって言うんだ…」

 進化した浩平の力に耐えられるようにさらに上を設計した

 Hi-Eガンダム。

 「南! お前たちはっ!!」

 ズドオオオ!!

 ブースターを利かせて一気に囲みを抜け南の機体のところまで

 詰める浩平。

 「それを幸せなんて言うのかよっ!?」

 えいえんを巡り、変わらぬ幸せを求める者と、未来に歩いていける強さを

 得た者との戦いが今始まった。


                                続く

  

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