――R・G駐屯地

 「お呼びですか、総帥」

 敬礼をしながら香里は、久瀬の待つ司令室に入室した。

 きりっとした表情は、もはや単なる一兵のそれではなく

 歴戦の猛者としての雰囲気をかもし出している。

 「美坂君、周りに誰もいない時は北川君同様総帥と呼ぶのは
  
  よせと言ったと思うが…」

 「はあ…しかし雇われ主に敬意を払わないのは抵抗が…」

 「気さくに話すのが敬意を払っていない、というわけではないだろう?

  君とは同い年だ。いつもそう肩肘を張っては疲れないか?」

 「慣れました」

 「まあ、無理にとは言わないがせめて総帥はやめてくれないかな」

 「わかったわ、久瀬君。…これでいいかしら?」

 「ああ、話しやすくなったよ。それで用件なんだが

  例の勢力が極東支部に現れたらしい」

 先ほどとは打って変わって表情が柔らかくなる久瀬。

 だが、表情とは裏腹にその話の内容は対照的だった。

 「…もう動き出したというの?」

 「あれは常にデュランダルの折原という少年を視点において動いているらしい

  彼らの行くところに現れるのは至極当然といえる」

 「それで?」

 「疲弊したデュランダルの隙をついて極東支部を攻撃して欲しい。
  
  ただし出来るだけ長く交戦し、時間を稼ぐのが目的だ」

 香里はじっと考えて立ち止まる。

 久瀬も次の言葉を待っているのか何も言わない。

 妙な沈黙があたりに漂い始めた。

 「…いよいよ例の計画の始動?」

 「ああ、機は熟した。そのためにもデュランダルにすぐさま

  行動に移られては困るんだ」

 「わかったわ。強化人間の部隊を借りてもいいかしら?」

 「三部隊までなら許可しよう。キュベレイも各部隊の指揮官にそれぞれ

  用意させる」

 「ありがとう、それだけあれば最低でも二時間以上は交戦して見せるわ」

 「頼もしい限りだ。だが無理だと思ったら必ず撤退してくれ。

  まだ作戦は続く。君に抜けられると支障が出るのでね」

 「了解」

 香里はそう言うと、久瀬に背を向けて扉に向けて歩き出した。

 だがその思考にはある思惑があった。

 (諜報部の調査によれば栞がデュランダルにいるのは間違いない。

  …あたしを止めるためか…それともあの子の…)

 それでも香里は歩みを止めはしなかった。












 エクシードブレイブス 第57話

 誰の手の上で踊る











 ――R・G駐屯地基地内廊下

 その一室は他に誰もいなかった。

 北川はある目的のために美汐を呼びつけここで待っていた。

 (もう時間がない、打つべき手は打っておかないとな…)

 そう思ったとき、ドアが開いた。

 「北川さん、お待たせしました」

 「ああ、急な呼び付けですまない。実はお前に頼みたいことがあってな」

 北川は神妙な顔つきで美汐を見た。

 その目には妙なほど迫力があり、美汐は目を逸らすことが出来なかった。

 「この手紙を持ってデュランダルに投降しろ」
 
 「なっ!? 北川さん、何を…!」

 怒鳴りかけた美汐の口を北川は慌ててふさいだ。

 北川はさらに強い語調で言った。

 「時間がない、よく聞け。久瀬のやろうとしていることは…」

 北川は、己が探り出したR・Gの真の姿を美汐に話した。

 その内容は美汐の信じてきた物を根底から覆し、あまりに大きな
 
 ショックを与えた。

 「俺もお前と同じでコロニーの生まれだ。けどな、だからと言って

  俺はアースノイド全てが敵だと思ったことはない」
 
 「…それはあの人のことですか」

 「相沢か? まあそれもあるけど要は、同じ人なんだから

  もっといろんな手段でわかりあうことも出来るって言いたいのさ。

  お互いを拒絶しあうだけじゃ何も変わらない。けど、じゃあ

  俺たちを弊害する奴らを全部消せば俺たちの地位は向上するのか?

  答えはノーだ。今度は俺たちスペースノイドがアースノイドを見下すに

  決まっている。それじゃ意味がない」

 「それは…」

 「だから俺は久瀬を止める。だがお前は関係ない、俺と行動を共にしてきたからな
  
  俺が逆らえば間違いなく、R・Gにお前の場所はなくなる。だから

  そうなる前にデュランダルに行け。あそこなら悪いようにはしないはずだ。

  少なくとも連邦に投降するよりマシなはずだ」

 「北川さん…でも」

 「こうなる予感がしたから俺に関わるなと言ったのにな…。

  けど、お前もわかっているはずだ。本当に必要なことって何なのかがな」

 「貴方は…貴方はどうするんですか?」

 「俺は俺にできる事をする」

 北川はそれだけ言うと、美汐の手に手紙を握らせた。

 「俺からの用事で偵察任務を出してある。ファルケンに乗って

  そのまま極東支部へ向かえ。美坂たちの部隊に鉢合わせないようにな」

 そう言うと北川は部屋を出ようとドアを開けた。

 「北川さん!」
 
 「…そんな死にに逝くような奴を見るような目で見るな。

  俺はまだ死ねないんだ、それよりも手紙の件、頼んだぞ。

  必ず相沢に渡してくれ」

 バタン。

 そういい残してドアは閉じた。

 美汐は何もいえなかった。決意は固い。

 北川は何を言っても考えを変えなかっただろう。

 それでも、それでも何か言うべきではなかったのか。

 美汐は自問自答を繰り返しながらただ、託された手紙を

 ポケットにしまった。

 その数分後、基地から一機のPTが極東支部へと飛び立っていった…。
 
 それを屋上から見送る少年の後姿を尻目に…。






 ――極東支部 北西の平地

 「今日こそ完全に消してやるぞ、えいえんッ!」

 浩平のE・ガンダムは高速飛行で真正面から片翼の天使へと向かっていく。

 女性型の天使と男性型の天使。

 それらは両方とも片翼で二人でバランスを取っているようにも見えるが

 翼自体が浮力を生み出しているわけではないらしい。

 「折原…このえいえんを壊せる唯一の存在…。

  お前がえいえんを拒絶するなら俺は…

  俺の幸福を守るために貴様を殺すっ!!」

 「黙れっ! 偽りの幸福に無関係の人間を巻き込むようなことしやがって…

  絶対に許さねえっ!!」

 E・ガンダムは右手のライフルの銃口を天使に向けた。

 素早くその引き金を引き、ビームが二発天使に向けて発射される。

 それを天使は持っていた槍を目の前で回転させて弾いた。

 浩平はそのままE・ガンダムを天使の上空を通り過ぎ背後に回らせ、

 そこから一気にビームサーベルで斬りつける。

 だが、そこでもまた南の反応の方が若干早く、E・ガンダムの一撃は

 天使の槍によって難なく止められた。

 E・ガンダムは少し下がり距離を取った。

 「フィン・ファンネル!」

 ビームライフルを撃ちつつ、浩平はそれにフィン・ファンネルを

 射出した。

 数機のフィンが飛び交い、縦横無尽に襲い掛かる。

 「くっ!」

 南は天使に槍を振るわせて切り払おうとするが、

 全てを落とすのは無理だった。

 フィンから放たれたメガ粒子砲は、天使の体に大分ダメージを与えたようだ。

 崩れ落ちた肉体の破片が、地に落ちることなく空中で霧散する。

 「何故だ…お前には…お前は何故この幸せを認めようとしない!?」

 「それが過ぎ去った過去だからだ。後ろを向いたまま歩みを止めることが

  俺は正しいと思えないそれだけだ!」

 「皆が皆、お前みたいに思わないんだよ! お前はいいさ! 今が、この時を

  幸せに生きているんだからな! だがそうではない人間が、過去の幸せを

  望み、そこに留まる事を選んで何が悪い!?」

 「…変わらない幸せはそれ以上でもそれ以下でもない。

  そして歩みを止めた人間が迎えるのは…退廃だ。

  どんなに辛くても、現実から目を背けたらそれは…」

 「だから! お前の理屈はどうでもいい! 俺たちはそれでいいんだ

  お前の奇麗事を俺たちに押し付けるな!!」

 その言葉に浩平は感情をむき出しにした。

 「過去に留まるのは勝手だ! だけどなえいえんは俺が作り出し、

  俺が消しきれなかった物だ! 現実で過去を見続けるならまだしも

  えいえんはそれを不変の物にするんだ! いつか歩き出すことを望んでも

  それを許さない、そういう世界なんだよ!!」

 「俺たちはそれでいいんだ! 何度も言わせるな!!」

 「人は変われるんだ! だから一時は悲しみに身をおいて全てを

  捨ててもいい! けど必ず人は歩き出せるようになる! 

  えいえんはそれのチャンスを失くしてしまうんだ…だからッ!」

 浩平は手元のスイッチを見た。

 「俺はなんと言われようとえいえんを消すッ! それが作り出してしまった俺の

  責任だ!」

 そしてためらわずにそのスイッチを押した。

 ―E・システムフルコンタクトモードへ移行

 E・ガンダムの周囲の空気が変わったことを敏感に感じ取ったのは

 地上でその戦いを見守っていた茜だった。

 「これは…浩平?」

 「何だ…この折原から放たれる凄まじいプレッシャーは…?」

 南は戦慄を覚えていた。浩平から放たれるかつてない威圧感に。
 
 それは天使の中にあってもひしひしと感じられた。

 「行くぞ…覚悟はいいな南」

 ブゥン

 ズギャアアアア!

 それはまさしく瞬きするかの一瞬。

 南の視界からE・ガンダムが消えたと思った次の瞬間には

 南の乗る天使は上半身を思いっきり斬られていた。

 E・ガンダムはすでに天使の後ろへと抜けていた。

 「なっ…!?」
 
 「まだまだぁッ!!」

 ズガガガガガガ!

 ザンザンザン!

 フィン・ファンネルとビームサーベルによる無数の連撃。

 周囲を飛び交うファンネルの合間に斬撃を放ち、

 上へ下へと飛び回るE・ガンダム。

 「くあっ…これは一体…」

 「南…えいえんに過去にしがみつくなんて…ダメなんだ。

  どんなに辛くてもどんなに逃げたくても…止まった時の中へは

  逃げてはいけない…」

 E・ガンダムは銃口を天使に向けた。

 「里村さん…俺は…お…れは…」

 「さよなら」







 その一言を最後に浩平はE・ガンダムの引き金を引かせた。









 ズドオオオオオオ!!












 天使はその最後は他の機体と変わらずに爆発した。

 浩平はその爆発が収まるまで決してその視線を逸らすことはしなかった。

 まるで何かを噛みしめるように。

 そして、最後に残った女性型の天使はどこか物悲しげに

 浩平の駆るE・ガンダムを見つめていた。
 
 「悪いな…えいえんはやっぱり必要ないんだ。

  お前がどんなに求めても、俺はこの先、現実をしっかり生きていくよ」

 物言わぬ天使は何も言わない。

 だが、せめてけじめはつけろといわんばかりにその場から動こうとはしない。

 浩平はだから彼も何も言わず、その引き金を引いた。

 天使は…胸を打ちぬかれ光の粒子となり

 その場で少しずつ霧散し始めた。

 その光は、日本のあちこちに散り始めやがて最後の一つが

 極東支部の近くにある町へと向かっていく。

 そして空には何も残らなかった。

 「終わりましたね浩平」

 茜は未だ動こうとしないE・ガンダムの浩平に通信を送った。

 「…ああ」

 浩平はそれだけ返事をした。

 茜には気づかれたくなかった。

 「…浩平、泣きたいときは…泣いたほうがいいですよ」

 「…ああ」

 その言葉がきっかけになった。

 もう抱えた想いも言葉にならない。

 ただ浩平は声を押し殺して一筋の涙を流した。

 それは何を思ってのことだったのか。

 誰も聞かないし彼も話さないだろう。

 今、少年は決して戻れない過去にけじめをつけた。

 何が正しかったのか、誰も教えてくれることはなかったが。

                                続く

  

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