PowderSnow Fairy 街のちいさな妖精さん
(18〜31)

アバン10
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31



これまではこっちだよ(1〜17)


                ☆     18     ☆
 きぃ……。
 きょろきょろと、すこし開けたドアから中をのぞきこむ。
「すごい……ほんとにねてる」
 リビングのソファーには、かおりのお母さんがすやすや気持ちよさそうにお昼寝していた。
「なゆき、妖気がしとるのこっちやないで」
「うん。わかってるけど、お台所見てこなきゃ」
 肌に感じるピリピリしたのは上からきてる。
 でも、お台所の火がついてたりしたら大変だよ。
「マメやなあ。まあ、万一ってこともあるし、一応見とこか」
「うん」
 いっしょにクッキー作ってみたりしたこともあるから、お台所の場所は覚えてる。
 迷わず、リビングの奥のドアを開けた。
 かおりのおうちって、わたしの家とよく似てるんだよね。
「なゆき、このうち来たことあるんか?」
「うん、あるよー。でも、あんまり来ないかな……わたしのおうちにかおりが来ることの方が多いかも」
「そうなんか。いや、なんとなく勝手知りたる家っちゅう感じで台所入りよったからな」
「うーん……そうでもないんだけど。かおりの家、勝手にあっちこっち入っちゃダメみたいだから、かおりのお部屋とこのあたりくらいだよ」
「……まあ、壊されたら困るもんとか、金置いとるとことか、寝室とか、客に『どうぞ』っちゅうワケにはいかへんところはあるわな」
「わたしの家はそんなことないけど」
 お台所を見回して、においもかいでみたけど火もガスも大丈夫みたい。
 他も、危なそうなものはない……かな?
「大丈夫みたいやな。ほな、のんびりしとらんと妖気の方を調査や。ここのモンが寝とるのは一時間くらいやからな」
「うん。じゃ、二階行こっか」
 そう言って、わたしたちはぬき足さし足で二階に向かったのでした。

「ううっ、ぴろちゃん。これってなんだか泥棒さんみたいだよー」
「……言うな、なゆき。それを気にしたら負けや」

 ぴろちゃんの力でおうちの人たち眠らせて、ぴろちゃんの力で玄関のカギ開けちゃって……。
 やっぱり、かおりに言わないで入るのは良くなかったかも。
 たぶん、良心の火薬とかいうのに火がついてるんだよね。
(それ、火薬やのうて呵責やで)
(うにゅっ!?)
 階段でこけた。


 二階に上ると、もうはっきり分かるくらいにピリピリしたものがお肌にふきつけてきた。
 方向は……あ、あの部屋って。
「どうやら、あの部屋からみたいやな」
「うん。ピリピリしてるよ、すっごく」
「あの部屋は何なんや?」
「えっと、分からない」
「なんやて?」
「分からないの。あの部屋、入っちゃいけないって言われてたから。あと、あっちとこっちも」
 そう言って、他のドアも指さしてみる。
 よく考えると、二階はかおりのお部屋くらいしか入ったことないんだよね。
「ふーむ。となると、姐さんの親の寝室とか物置とかやろか……」
「……たぶん」
「よっしゃ。せっかくやし、この機会に禁断の扉は全部開けてまおかー」
 とことこと、なんだかうれしそうに歩き出すぴろちゃん。
 うんうん、開けちゃいけないって言われてると、よけいに中が見たくなっちゃうよね。
 って、そうじゃなくて。
「ダメだよ、ぴろちゃん!」
「おうわっ!?」
 あわてて、目的のドアから一番離れた方のドアに向かったぴろちゃんの尻尾をつかむ。
 そのまま、……ぐいって宙ぶらりんにしちゃった。
「こら、なゆき! どこ持って引っ張りあげとるねん!」
「わわっ!? ごめんー」
 どうしよ、どうしよ。
 こんなところ持って持ち上げちゃったら……。
「痛たたたた! 振り回すな、切れてまう!」
「で、でもどうすればいいの!?」
 じたばたしながら、ぴろちゃんがふりこみたいにゆれている
「パニくるな! 持ってる手を離せばええだけ……ひぎっ!」

 ブチッ!

「……え?」
 い、今の音。
 おそるおそる手を見てみる。
 そこにはぴろちゃんのちぎれた尻尾が……あれ?
「ない?」
「あってたまるかドアホッ!」
 手には、なんだか茶色いものがたくさんあった。
 えっと、これって……毛?
「あーもう、今日は水難ならぬ毛難の日なんか? こんなとこ禿たんはじめてやで……」 床ではぴろちゃんが、泣きながら毛のなくなっちゃった尻尾の先をなめていた。
「よかった。尻尾無事だったよー」
「ようないわっ! こんだけ一気に毛抜かれてみい。どれだけ痛い思てるねん」
「ご、ごめんなさい」
 悪いのは人のぷらいばしーをのぞこうとしたぴろちゃんだと思うけど。


 だけど……。
「しかし姐さんも、寝顔だけは子供らしくてかわいいなあ」
「……うん」
 寝てるか確認って言って、かおりのお部屋に先に入ったわたしもぴろちゃんと同じかも。
 ごめんね、かおり。
 見るつもりじゃなかったけど、いっしょにおふとんで寝てたクマさんのヌイグルミ、かわいかったよ。
 でも、わたしが前に来た時はこんなクマさんいなかったし……やっぱりこのクマさん、かおりの秘密なんだよね。
 誰かに言っちゃわないようにこれから気をつけなきゃ。
 うにゅう。

「何や? 疲れた顔して?」
「ぴろちゃん。人はみんな、上手にウソをつけるようになって大人になっていくんだよ」
「……は? いきなり何言うてんのや? アタマ健康か?」






                ☆     19     ☆
 ビリビリしたものを感じるドアのドアノブに手をおいて、ごくっと息を飲みこむ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「開けるよ?」
 ぴろちゃんが、こくってうなづくのを見て、ノブを回した。

 きぃ……。

 えっと、おじゃまします。
 と、心の中でつぶやきながらお部屋の中をのぞきこむ。
 かおりのと似た感じの普通の部屋……だよね。あれ?
 ビリビリの感じる方に歩いていくと、ベッドの上に寝ている女の子がいた。
「誰や、これ?」
「……知らない」
 誰なんだろう、この子?
 まっくろな髪のおかっぱで、多分わたしより年下の小さな女の子。
 わたしはその子にまったく見覚えがなかった。
「姐さんの妹とかか?」
「わからないよ。だって、かおりは一人っ子だと思ってたし……」
「ふーむ……妹おるなら、なゆきに言うてもええやろうに。遊びにきとる親戚の子とかやろか」
 じーっと、その子の顔を見てみる。
 やっぱり、かおりには似てないかなぁ……。
「よく分からないけど、見なかったことにした方がいいかな?」
「どうやろうな。まあ、何か事情あるかもしれへんし、黙っといてやるのもええんとちゃうか?」
「うん、そうだね」
 気にならないって言ったらウソだけど、でも、今はもっと大切なことがあるよね。
 ぎゅっと手をにぎって、自分にうなづく。


 ベットで寝てる女の子からは、よく分からないけどもすごくイヤな感じがする。
 それに、女の子も何だかヘン。
 なんていうか、普通な感じがしない。
 さわったらこわれちゃいそうな、そんな危ない感じがするんだよ。
「ぴろちゃん、この子どうなってるの?」
「なゆきも薄々気付いたか。どうやら、何かに取り憑かれとるな」
「取りつく? ときどき聞くけど、悪い幽霊さんのノロイみたいな?」
「まあそんなとこやな」
 このヘンな感じ、そういうことだったんだ。
 あれ? でも、それじゃこの子って。
「ぴろちゃん、じゃあこの子はかおりの妹じゃないの?」
「は? 何でや?」
「だって、かおりってそういうのに取りつかれたりしないって言わなかった?」
 お守りみたいなものだから大丈夫だって言ってたよね?
 ミコさんの一族っていうのだったら、かおりの妹だって……。
「んー、それなんやがな……」
「うん」
「この娘、どうも姐さんの妹っぽいんや」
「えっ?」
 かおりの、妹?
 ちょっとびっくりして、もう一度その子の顔を見てみる。
 でも、やっぱり似てるようには見えない。
 かおりの髪はカールしてるけど、この子はさらっとした髪だし。
 それに、かおりより……おとなしそうな顔?
 なんて思ってたら、ぴろちゃんが横からにゅっと顔を出した。
「ちゃうちゃう。見た目やのうて、なんちゅうか雰囲気みたいなモンがよく似てるんや。ま、分かり易う言うと、姐さんや、さっき下におった姐さんのおかんと同じ巫女の力があるってことやな」
「で、でも、妹さんでミコさんならどうして取りつかれてるの?」
 ちょっとパニック。
 ううっ、そんなに一気に言われたら考えるのが大変だよ。
「普通ならそうなんやけど、どうもこの娘、体が弱いみたいやな」
「えっ?」
「ほれ、なゆきでも分かるやろ。疲れてるときとか、体が弱っとると病気にかかりやすいやないか」
「うん」
 言われてみると、なんだかその子が普通じゃない感じがもっとはっきり分かった気がする。
 クラスにもちょっと体の弱い子がいるけど、その子と同じで、この子の顔はあまり元気がないように見えるんだ。
「まあ、巫女さんの力があっても、それが弱っとったら取り憑くスキもできるっちゅうことや。ただ……」
「ただ? どうしたの?」
 ぴろちゃんの顔にシワができる。
 たぶん、あまりよくないことがあるんだ。
「ちょっとヤバいで。この娘、元々相当体弱いところに取り憑かれて命吸われとるみたいや」
「命を吸われてるって、じゃあこの子……」
「ああ、このままほっといたら数日中に死ぬかもしれへん」
 し、死ぬ? この子が?
 この子がもうすぐ死んじゃうの?
 そう言われてその子の顔を見てみると、なんだか寝顔も苦しそうで、顔色もさっきのかおりと全然ちがう。
「そんなのダメだよ! どうにかできないのぴろちゃん?」
 助けてあげたい。
 大切な友達の妹さんだし、こんなの苦しそうな顔してるの見てられないよ。

「分かっとる」

 びくっ。
 ぴろちゃんの方を見ると同時に、ちょっと寒気がした。
 先のハゲちゃった尻尾が二つに分かれて、ぴんと立っていた。
 ひょっとして、ぴろちゃん怒ってる?
「このイカれたガキが……何考えとるんや」
「ご、ごめんなさいっ!」
「あ、いやいや、なゆきやのうて、この娘に取り憑いとる妖怪のことや」
 よ、よかった。ガキって言われたからわたしだと思ったよー。
 さっきも怖かったけど、ぴろちゃんって本当に怒るとものすごく怖いかも。
「どうやら、こっちに出てくる気配はないみたいやな。現実世界ではろくな姿も取れへんヘタレか。まあええ。そんならこっちから行ったろう」
 ぴろちゃんは、そう言って女の子のそばに立つと、くるくる右手(前足)を顔の前で回し始めた。
 ちょっとして、みょわーんって黒い輪っかみたいなのがそこにできる。
 輪っか、じゃなくて穴……かも。
「なゆき、入るで」
「えっ、その穴に?」
 その子を助けるためだっていうのは分かるけど。
 でも、何の穴か分からないのに入るのはこわいよ。
 それに……入れるの、その穴?
 ぴろちゃんが右手回して開けただけだから、みょわんみょわんしてるその穴はねこさんサイズくらいしかなかった。
 たぶん、片足を入れるのが限界……。
「安心せえ。夢空間……簡単に言うと夢の世界に入るだけや。それに、なゆきはどうしたいねん」
 じっとぴろちゃんがこっちを見てる。
 うん、そうだね。
 胸の前でぐっと両手を握りしめて、おっきくうなづく。
 そうだよね。迷うことなんかないんだよ。
「わたしはその子を助けたい。それに、ぴろちゃんを信じるよ」
「せやせや、それでこそなゆきやで」
 ぴろちゃんはにこって笑ってくれた。


 ぴろちゃんが穴をのぞきこむと、するっとぴろちゃんの体が穴の中に吸い込まれる。
 わたしも、その穴の中をゆっくりのぞきこんで見た。

 ぐるぐるぐる〜。

 え、えっと、あれ、あれれれれ?
 景色が回って、わたしが回って……うにゅ、なんだか気持ちいい、かも。
 どんどん回って、まわりが何もかも分からなくなって、わたしは眠ちゃったのでした。






                ☆     20     ☆
 えっと、あれ?
 わたし寝ちゃったはずなのに、起きてる?
 まわりをきょろきょろ見回してみる。
 さっきと同じ部屋、ベッドにはあの子が寝てて、枕元にはぴろちゃんもいて……。
 でも、ちょっとヘン。
 まわりが全部白黒で、女の子も白黒。息もしてない……というよりは、止まってる。
 女の子だけじゃなくて、カベにかかってる時計も。
 いつもと同じ色で動いているのは、わたしとぴろちゃんだけだった。
「なゆき、意識ははっきりしとるか?」
「あ、うん。大丈夫だよ。ぴろちゃん、これってどうなってるの?」
 よかった、ぴろちゃんとは普通にお話できるよ。
「ここは夢空間。現実と幻想の狭間の世界や」
「はざま……?」
「ま、ぶっちゃけてまうと、夢が作られる一歩手前の世界やな。さっきまでの世界がそのまんま白黒コピーされとるやろ」
「うん」
「一番浅い精神世界とか、まあ言い方は色々あるが分からんでもええ。なゆきにはまだ難しすぎるやろ。それよりも」
「うん、あの子を助けなきゃ」
 なんだか、頭悪いって言われたみたいで気になるけど、そんな場合じゃないよね。
 女の子から、元の世界で感じたのよりもっとすごいビリビリを感じる。
 たぶん……中に何かいる。
「なゆき、今日朝に話とったグレムリン、覚えとるか?」
「え? あ、うん、覚えてるよ」
「グレムリンっちゅうのはヨーロッパの妖怪でな、機械に取り憑いて悪さをする小悪魔や」
「機械をおかしくしちゃうなんて、困った妖怪さんだね」
「まあ、連中のほとんどは大事になる悪戯はせえへんし、時々事故に繋がる故障をこっそり直したりするええ奴もいるからええねんけど」
「そうなんだ」
 よかった。テレビとかトースターが爆発したらどうしようって思っちゃったよ。
 あ、でも、この前まで変な音出してた暖房が元に戻ってたのって、ひょっとしてそのグレムリンさんのおかげなのかな?
 うん、感謝しとこう。ありがとう、グレムリンさん。


 あれ? でも、それってこの子と何か関係あるのかな?
「世の中にはグレムリンみたいに何かに取り憑く小悪魔も色々おってな、中には夢に取り憑いて悪戯しよるやつもおる」
「あっ、ひょっとして……」
 ぽんっ、と手を打つとぴろちゃんがこくんとうなづいた。
「そういうこっちゃ。それ系の妖怪がこの娘に取り憑いて、命を吸っとるんや」
「命って……そんな!」
 大変だよ、そんなの吸われたら、この子本当に死んじゃう。
 じゃなくって、この苦しそうな顔、きっともう危ないところまで……。
「止めさせなきゃ!」
「そや。そのために、夢の世界に入ったんやからな」
 ぴろちゃんが後ろをむいて、寝ている女の子の頭をにらみつける。
 一瞬、女の子から出ていたビリビリが消えて、ぴろちゃんからビリリッってしたものがふき出した。
 何となく分かってきたよ。
 きっとこのビリビリって、妖怪さんから出るこわい力を感じてるのかも。
「おい、そこのクソガキ。わざわざワイらから出向いてやったんや、いい加減出てこんかい」
 ぴろちゃんが女の子の頭に向かって怖い声を出す。
 すると、ちょっとの間をおいて、女の子の頭から何かが出てきた。

 ビリリッ!

「なゆき、危ない!」
「わわっ!?」

 ひゅんっ、って何かが顔の前を通りすぎた。
 び、びっくりした。後ろに飛ぶのがおくれてたら、当たってたよ。
 目の前を通りすぎていったのは、カマみたいなツメ。
 緑色とオレンジのだんだらな服を着た、体の色がなんだか毒っぽく見える紫をしているピエロさんみたいな何かが、女の子のお腹から生えていた。

「ナンダヨー。ヒトが気持ちよくマズい汁吸ってたのに」
「お前、何モンや? 出てくるや否や、攻撃しかけるとはご挨拶やな」

 ウエッ、ウエッ、ウエッって紫ピエロさんが何だかヘンな声を出す。
 もしかして、これ笑い声なの?
 ベロはとがってるし、青色だし、気持ち悪いよー。






                ☆     21     ☆
「ウエッ、ウエッ、ウエッ。オイラか? オイラは病魔モールド」
「病魔? 夢魔とちゃうんか?」
「どうだったかナア。そうだった気もするナア」
「混血……いや、ハイブリットか」
「用は済んだナ。じゃ、帰れ。食事のジャマする奴イケてない。帰れ帰れ。ウイッ、ウエッ、ウオッ」
 んと……。
 つんつん、とぴろちゃんの背中をつつく。
 『はてな』って顔をして、ぴろちゃんがふり返った。
「何や?」
「帰っていいのかな?」

 すぱーんっ!

 問答無用ではたかれた。
 い、今どこからスリッパが出たの?
「いたいー。何するのー」
「アホか! 向こう、命吸うの止める気ナシやろ。帰れるかい!」
「えっ? そうなの?」
「そうなのやないで。しっかりしてくれや」
 だ、だってお食事のジャマするのは失礼だし、帰れって言ってるし……。
 帰った方がいいのかなって。
 でも、止める気ないなら止めさせなきゃ。
「ったく、馬鹿がつくほどの正直もんやな。まあ、それはともかくとして、用はまだ済んどらん」
「オイラは済んだ。おマエ、ジャマ。まずいメシ、もっとマズくなる。邪魔。帰れ、カエレ」
「それや。一体何考えとるんや? 一人の人間がこんなになるまで生気吸って、宿主を殺す気か? それだけやない。そんな巫女の力持ってる奴の生気なんか美味くないやろ。そんな妖怪にとって毒みたいなモン溜め込んだら、ワレが消滅するかもしれへんのやぞ」
「こいつ、病弱。オイラ病魔。居心地イイ。トッテモいい。でも、メシ不味い。マズいメシ、腹膨れナイ。だからイッパイ食う。カエレ、カエレ」
「この横着モンが。居着くなら居着くで、宿主のことも考えんかい! なんちゅうふてぶてしい寄生虫や」
 な、なんだろう。
 さっきからヘンだって思ってたけど、この妖怪さんなんだかおかしいよ。
 声が普通の時と、なんだかテレビのノイズみたいなのが混ざった声になる時あるし……それに、言ってることがむちゃくちゃな気がする。
「ぴろちゃん、この妖怪さん、何かヘンだよ」
「格の低い妖怪やからな。テケテケよりは上やから、なんとか喋るくらいの知能あるみたいやけど、こらあかんな。会話がほとんどなりたたんわ」
「うん……それになんだか感じ悪い」
 テケテケさんはしゃべれなかったけど、素直ないい子だった。
 でも、なんかこの妖怪さん、モールドさんだったかな?
「ぴろちゃんの話を聞く気なさそうで、『あまのじゃく』って感じがする」
「天邪鬼、か。知ってるんか?」
「うん。人の言うことを聞かない小さな鬼さんだよね」
 ちいさいころ絵本で読んだんだよ。
「ま、あれも天邪鬼もよくにたもんや。頭悪いから人の言うことろくに聞きやせえへん」
「どうするの? このまま、あのモールドさんがいたらあの子死んじゃうんだよね」
「一応、説得やな。ま、いきなりツメ立ててくる奴や、まず聞きやせんやろうけど」
「聞いてくれなかったら?」
「実力行使でシバきたおす」
「え……でも……」
「なゆき、こいつはテケテケとはちゃう。悪いの自覚して居座っとるんや。さて問題。悪い子には何が必要や?」
「えっと……怒る?」
 前に祐一と遊んでて、おとなりさんの窓を割っちゃったとき、お母さんに怒られた。
 学校でも、悪いことをした子は先生に怒られる。
「微妙にずれとるな。ほな、ペットが人様に迷惑かけたり、家の中でフンしたりせんようにする時、何が必要や?」
「しつけをする?」
「そういうこっちゃ。人間優しいだけではあかん。悪いことしとる奴は、躾やお仕置きやって止めさせる必要があるんや。そうせえへんと、他のたくさんの人が迷惑する。」
「うん、そうだよね」
 こらしめる、なんてかわいそうだと思ってたけど……悪いことは悪い、やっちゃいけないって教えてあげるのも大事なんだよね。
 うんうん、ってうなづいてると、ぴろちゃんは恥ずかしそうに頭をかいた。
「って、ワイは猫やのに、何偉そうに人間語ってるんやろ」
 ……そういえば、そうかも。
 でも、わたしはうれしいよぴろちゃん。
 なんだか、そういうきびしいことを教えてくれるぴろちゃんって、お父さんみたいな感じがするから。


 すーっと、大きく深呼吸してぴろちゃんが女の子の体から生えてるモールドさんをにらみつけた。
 わたしも、胸のところで手をぎゅっとして気合を入れる。
「さてと、おとなしく娘に余分に奪った命返してやるなら見逃したるが、言うこと聞かんのやったら痛い目見てもらうで」
 モールドさんは何も言わない。
 ただ、チキチキとカマみたいなツメを鳴らしてこっちをじーっと見てる。
「どうなんや?」

 チキキキキ……。

 音が止まった。
 ビリリって感じがモールドさんからふき出してくる。
 これって……。
「オマエら、やっぱ帰っちゃダメ。ウェッ、ウェッ、おいしそ……チカラ、いっぱいいっぱい」
「このクソガキ、トチ狂ったか!? 言葉もろくに話せない下等妖怪の分際でワイらに喧嘩売る気かい!」
「バカ、オマエ? ここ、オイラの絶対領域。わざわざ来てくれてご苦労さんダヨ、ウェッ、ウェッ、ウェッ」
「ちぃっ、なゆき!」
 うん、わかってるよ。
 わたしたちをやっつける気持ちになってたの感じたから。

「雪の精霊さん、力を貸して!」

 体のまわりに、白い優しい感じの粉雪がただよいはじめる。
 よかった、ここにも妖精さんたち来てくれた。
「よっしゃあ、パウダースノーフェアリー起動完了や。行くでなゆき」
「うんっ」






                ☆     21     ☆
「えーいっ!」
 思いっきり手を前に出して叫んで……。
 どうするんだっけ?

 ずしゃーーっ!

 あ、ぴろちゃんがコケた。
「このアホ娘ーっ! いつも通りやればええんや」
「え、でも、魔法で攻撃したら死んじゃうんじゃ……」
 前のテケテケさんは、わたし達にそうして欲しいってお願いしてたけど、このモールドさんはそんなんじゃないし。
 無理矢理攻撃しちゃったら、殺しちゃうんじゃないの?
「だから、言うてるやろ。魔法っちゅうのは殺すつもりでやれば……って、うおっ!?」
「きゃっ!?」
 ぶんっ、って目の前をツメが通りすぎる。
 後ろを見て、ぎょっとした。
 カベに二本のすごい傷ができてる。こんなの、もし当たったら……。
「悩んどる場合やない。こっちが殺されてまうで!」
「で、でもー」
「ウェッ、ウェッ、ウェッ、血を散らセェー!」
 ぶんぶん、ムチみたいにのびたツメが飛んでくる。
 ビリリって感じでどこに来るかわかるからよけられるけど、このままじゃ疲れちゃってそのうち……。
 その先を想像して、ごくっとつばを飲みこむ。
 ううっ、スプラッタだよー。
「ええか、なゆき。なゆきは、テケテケの時に、相手を活かす心を学んだんや。その気持ちがあれば……ぐぁっ!」
 空中に飛んでツメをよけたぴろちゃんを、返ってきたツメがはたき落とした。
 すごい勢いでカベに叩きつけられるぴろちゃん。
「ぴろちゃん!?」
「く、くそったれ、三番と四番持ってかれた」
 よ、よかった。生きてる。
 ふり回されたツメの裏側だったから助かったんだ。
 すごく痛そうだけど。
「なゆき、ぼさっとすんな! 来るで!」
「わわっ!」
 あわてて地面に転がって、ぴろちゃんをかばうようにおおいかぶさる。
 さっき立っていたところは、ツメが通りすぎて、先にあったカーテンがズタズタに。
「アホ! なんで転がったんや!」
「だって、このままじゃぴろちゃんが」
「ふたりとも一緒にやられてまうかもしれへんかったやろ!」
 苦しんでて動けないぴろちゃんほっとくなんてできないよ。
「その怯み……」
「やばっ! なゆき!」
 足は、まだ地面にヒザがついたまま。
 これじゃよけられないよ。
「イタダキだ!」
 耳までさけた口をうれしそうに開いて、モールドさんのツメがふり上げられた。






                ☆     22     ☆
 手を前に出す。
 あのツメよりも早く飛ぶもの。
 そう思いつくのは一つだけ。
 反射的に叫んでいた。
「鳴り響け浄霊の鈴!」
「クケッ!?」
 一瞬、びくんとモールドさんの動きが止まった。
 今なら先にとどく!
「ふりーじんぐ……」
「あかーんっ!」
 べるっ! と続けるつもりだった手に、すごい痛みが走る。
 ぴろちゃんが、わたしの右手に思いっきりかみついていた。

「何するの!?」

 ううっ、ものすごく痛いよー。血もどくどく出てる……。
「す、すまん。他に止めようがなかったんや、許してくれ」
 お座りして土下座みたいに頭を下げるぴろちゃん。
 どうしたんだろ。ここまでして止めなきゃいけなかったって……。
「……あれ?」
 そういえば、モールドさんは? そう思ってベッドを見てみると、モールドさんの姿はなかった。
「あれれ? モールドさんがいない」
「やから止めたんや。よく見てみ、あの子の腹んとこ」
「おなか? ああっ!」
 ぴろちゃんの言う通りに、女の子のおなかのあたりを見てみると、もこっと目が出ている。
 あの、ランランとした大きい目、モールドさんの……だよね。
「見たか?」
「うん。どうなってるの?」
 ビリリってした感じはまだ続いてる。
 ってことは、あそこにいるんだよね。
「悪質なやっちゃ。なゆきの魔法感知して、あの娘の体に逃げ込みおったわ」
 やっぱり。
 じゃあ、ぴろちゃんがわたしを止めたのは……。
「ぴろちゃん。だいたいわかるけど、もしさっき魔法使ってたらどうなってたの?」
「モールドは無傷で逃げおおせて、魔法はあの子に直撃やな」
「でも、わたしの魔法ってモールドさんを殺しちゃったりしないんだよね? じゃあ、あの子も大丈夫じゃないのかな?」
 そうだったら止めないと思うけど、もしぴろちゃんの言ってたことがウソだったらモールドさんが死んじゃうようなことをしてたことになっちゃう。
 だったらやっぱり魔法なんて使えないよ。
「いや、相手が妖怪やったらええねんけどな。魔法の物理作用はあんまし効果ないから、殺す気で魔法っちゅうか妖術かけん限りまず死なん。ただ、相手が魔のモノやなかったら、冷却効果の物理作用モロ受けてまうから……」
 そこまでしゃべって、ぴろちゃんは顔を洗った。

「意味分かるか?」
「ううん、ぜんぜん」

 ふるふると首を横にふる。
 かおりだったら、分かるのかなあ今の。
「とにかく、妖怪以外に例のふりーじんぐべる使たら、凍死させかねへんってことや。あれ、見た目通り極寒の吹雪吹き付ける魔法やからな」

「…………」
「大丈夫か?」
「うん、なんとか。女の子に当てちゃいけないってことだよね?」
「色々はしょりすぎとるが、まあそういうことや」
 あれ?
 でも、よく考えたらここ夢の世界で、あの子は息もしてないよね。
「念のために言うとくが……。確かにここで攻撃あの子に加えても、現実のあの子が即死ぬとは限らん。せやけどここがあの子の体と繋がってるのを忘れたらあかんで」
 はううっ、心読まれてるよー。
「ここであの子の体に攻撃するっちゅうのは、あの子の命削るのと同じやからな。助けに入ってトドメ刺したら洒落にならんやろ」
「うう、今のはよーっく分かったよ。ちゃんと覚えとく」
 『笑えない冗談』って言葉がこんなにぴったり当てはまる状況、はじめてだよ。
 それに、テレビで時々見る『武器を捨てろ。そうしなければ、こいつを撃つ』なんて状況を目の前にするのも。
 おまわりさんになって、そんなことになったらどうしようとか考えたことはあるけど……こんなに早く、本当に『そんなこと』になるなんて。

「ウェッ、ウェッ、ルールは分かったカナ? オイラ、アタマいい。クレバー、ベーリー、クレバー」
「このくされ外道が。恥を知れ、はじ……ふがっ!?」
 あわててぴろちゃんを抱き上げて口をふさぐ。
「何するんやっ!」
「人質とってる犯人を挑発しないの!」
「あ、そか。すんまへん」
 心臓に悪いことしないでね、ぴろちゃん。
 でも、どうしよう。
 セキニンジュウダイって書かれた岩がずっしりと頭の上に乗ってる気がしてきたよ。
 うにゅう。






                ☆     23     ☆
 ぞろりぞろりと、モールドさんが女の子の体から出てくる。
 キノコみたい……って、そんなこと考えてる場合じゃないよ。
「よくも、驚かしてクレタな。オイラの本当の力を見せてヤル」
 ゾゾゾって、なんだか今までに感じたことのない不気味な感覚がお肌にまとわりつく。
「な、なに? なにが起きるの?」
「なんなんやこの妖気は!? 低級妖怪のレベルやないぞ」
 ウェッ、ウェッ、ウェッ、と笑い声が白黒のお部屋にひびく。
「オイラの力を信じてないな。正真正銘、本当のチカラだ」

 カタ、カタ、カタ……。

 カタカタカタカタカタカタ――ッ!

「お部屋が、ゆれてる!?」
「ヤバい、なゆきしゃがめ!」
 あわててしゃがむと、頭の上を通りすぎた目覚ましがカベにぶつかってすごい音を立てた。
 もし今のが頭に当たってたら……。
 なんて考えてる場合じゃなかった。
 モールドさんの周りには、イスとか机とか植木鉢、小さいのだとハサミとかシャーペンとかまで浮いていたんだよ。
 それを見たぴろちゃんが、びっくりして叫んだ。
「サイコキネシスやと!?」
「ぴろちゃん、何それ?」
「超能力や。しかも、こんなにたくさん宙に浮かすなんて」
 ぴろちゃんの説明も終わらないうちに、モールドさんが右手を上げる。
 ビリリって、体に感じる危険信号がおっきくなた。
 え、そんな、ウソ……。
「イッツア、イリュージョン! ファンタジック! ウヒャヒャヒャヒャ!」
 イスが机が、植木鉢が、みんないっせいに飛んでくる。
 こ、こんなにたくさんよけられないよ。
 それに、あんなスピードで当たったら、死んじゃう!?
「このクソがぁっ!」
 二つに割れたしっぽをピンと立てて、ぴろちゃんがわたしの前に立つ。
 その瞬間、もう少しでわたしにぶつかるイスがこなごなに爆発した。
 す、すごい……。ぴろちゃんの念力ってこんなことまでできるなんて。
「アジな真似ヲ。オマエから死ぬっす」
「はしゃぐな若僧! ワイをナメんやないで!」
 わたしに向かって落ちてくるはずだった机が、ぴろちゃんに方向を変える。
 机って言っても、ちゃぶ台じゃなくておっきな勉強机。
 あんなのが、こねこのぴろちゃんの上に落ちたら、ぺっしゃんこになっちゃう。
「ツブれろー。ツブれちゃえー。ツブれちまえー」
「上等や、木っ端微塵にしたる」
 モールドさんが手をふり下ろすと、勉強机がぴろちゃんめがけてまっさかさまに落ちていく。
 ぴろちゃん、ほんとに大丈夫なの!?
「念動集中! 破を念じて……くっ!?」
 ぺたん、とぴろちゃんがよこに倒れる。
「きゃあっ!?」
 ぴろちゃんの力で、こなごなにはならなかったけど、横にはじけて飛んだ机がわたしのそばをごとんごとんってすごい音を立てて転がった。
 危なかった……。今が当たってたら大けがだよ。
 って、ぴろちゃん!

 浮いてるのは机だけじゃない。
 植木鉢、花びん、ハサミ、今度はそんなのがぴろちゃんをねらってる。
 でも、ぴろちゃんは、倒れたままで……。

「くそっ……催眠術に力使いすぎた。ここまで非力なんか、今のワイは……!」
「ぴろちゃん!」
「来るななゆき! ここから出たいって念じるんや! なゆきは生き……」

 言い終わるより前に、わたしは飛びこみジャンプしてた。
 右肩で地面に着地しながら、ぴろちゃんをかかえて、ごろんと一回転。
 その勢いを使って、すぐに立ち上がった。
 ふり返ると、わたしの今さっき通りすぎたところ目がけて、植木鉢と花びんがすごい勢いでぶつかって、ハサミが床につきささった。
 よかった、今ちょっとでもためらったらふたりともやられてたよ。
「ぴろちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫や。しかし、どこで回転受け身なんか覚えとったんや? 柔道でやることやで」
「柔道習ってるいとこの男の子に見せてもらったの」
「そうやったんか」
 できたのははじめてだったけど。
 ありがとう祐一。祐一があの時自慢して見せてくれたおかげで、ふたりとも助かったよ。
 頭から地面に飛びこむなんてさっきやろうとしても怖くて出来なかったけど、勇気があればできるんだね。
「すまん、ワイなんかのために危ないことさせて」

 わたしの手の中で、気まずそうに目をそらすぴろちゃん。
 なんだか、いつもより小さく見える。
 ううん、抱いたらよくわかるけど、ぴろちゃんってほんとうに小さいんだよね。
 こんなに小さい体で、あんな大きな机が降ってくるのを見上げてもこわがらないなんて、どんなに勇気がいるのかな。
「気にしないでぴろちゃん。わたしたち、親友だもん」
「なゆき……、ワイはな、ワイはそんなこと言われる資格ない畜生なんや、ワイなんかのために死ぬようなことせんでええ……って、ヤバい!」
「えっ!?」
 ぴろちゃんが、目をまんまるに開いて右手を前に出した。
 その方向を見て、ぞくっとした。
 タンス、それも重そうなタンスの棚がガタガタ震えて飛び出そうとしてる。
「ウェッ、ウェッ、ウェッ、だーるまさんがこーろんだッ。あれー? だーるまさんが落っこちただったかな? まあいいっす、ダルマ落とし砲ファイヤッ」
 モールドさんの合図と同時に、六段のタンスがもの凄いスピードでいっせいに飛び出した。
 ダメッ! 横にジャンプする前に当たっちゃう!






                ☆     24     ☆
 ジャンプは間に合わない。
 足を折ってのばしきる前にタンスの棚が来る。
 しゃがむのが精一杯。
 でも、タンスの棚は足元にも飛んでくる。
 だったら、だったら……さっきのぴろちゃんみたいに壊すかそらすかするしかない!
 反射的に体が動いていた。
 地面に手をついて、まわりをただよう粉雪さんたちに呼びかける。

 ――お願い、力をかして!

 その瞬間、まわりが光に包まれた。
 ちがう、これ……輝いてるカベ?
 その輝きの目の前で、ガンガンガンって激しい音がした。
 よく見ると、輝くカベの向こうでタンスの棚が全部はね返されていた。
 ひょっとして、このキレイなカベって……。

 コンコン。

 ちょっと握り拳でノックしてみる。
 固くて……冷たい。
 ひょっとしてこれって……。
「たまげたな、こんなもん作れるんかなゆきは」
「あ、ぴろちゃん」
 気がつくと、足元に下りてたぴろちゃんが輝くカベをさわって感心してる。
「凄い密度で固められた氷の柱やな。こら、大砲でも壊せへんかも。まるでダイヤモンドや」
「うん、びっくり」
 地面から出てきた、四つの氷の柱がわたし達のまわりを囲んでいる。
 とても太くて頑丈だけど、ガラスみたいに透き通ってるのに、なんだかキラキラ輝いててとってもキレイな柱。
 粉雪さんたち、守ってくれたんだ。

 ガン! ガン! ガン!
 ガリガリガリ……!

 氷の外から、モノをぶつける音と、ひっかく音が聞こえてくる。
「ヒキョウだぞ! 出てコイ!」
 それと、モールドさんの怒った声も。
「卑怯はどっちやねん。人質取っといてからに」
「……うん」
 とりあえず、ここに入ってれば安全かな。


 でも、どうしよう。このままここにいても、あの子を助けるのは無理だし、やっぱり出て行ってどうにかしないといけないよね。
 だけど、ふりーじんぐべるは使えないし、このカベは避難にしか使えないし……ううっ、人質はやっぱりひきょうだよー。
 って、あれ?
「どないした、なゆき? 真剣な表情しとったかと思ったら、今度はきょとんとしおって」
「えっと、その……、わたし達ここからどうやって出るのかな?」
「はぁっ!?」

 コンコン。
 叩いてみても……。

 ガリガリ。
 ひっかいてみても……。

 グイグイ。
 押してみても……。

 天井までびっしりつまった氷のカベは、傷一つつかなくて、ビクともしないのでした。
「ウェーハッハッハ。バカ、おバカ、おーバカ。アヒャヒャヒャヒャヒャ! 窒息しちまえ、ヒキョーモノ」
 氷の向こうから、のぞけりながら手を叩いてモールドさんが大笑いしている。
 ちっそく……?
 あ、ほんとだ、すき間が全然ない……。
 って、ええええええっ!?
「ぴろちゃん、大変だよ! わたし達大ピンチ」
「じょ、冗談やないで! バリア張って自滅なんて、ワイらマヌケもええとこやないか。なゆき、なんとかせえ」
「な、なんとかって言われても……」
 ど、どうしよう?
 わたし、世界一おマヌケさんな魔法少女になっちゃうの!?






                ☆     25     ☆
「どうにかできへんのか、この氷」
「わからないよ、そんなこと言われても」
 はじめてやったことだし、わたし雪ん子さんだから火を出すのもムリ。
 何かないかな……。
 ごそごそとポケットの中をしらべてみる。
 ランドセルは玄関においてきたから、持ってない。
「えっと……ハンカチとティッシュならあるけど」
「どないすんねん、そんなもん」
 どうするんだろ? うーん。

 キュッキュッキュッ――

「氷磨いとる場合か、このアホォ!」
「いたっ!」
 たん、たん、たん、と氷をけって、頭の上からぴろちゃんの飛びげりが脳天直撃。
 うう、こんなのねこさんのやることじゃないよ〜。

 チャリン――

「あれ?」
「ん?」
 何かが床に落ちた。
 これって……十円玉?
「なんや、それ? なんでそんなん一枚だけ持っとるねん」
「えーっと、多分何かあったときに公衆電話で使えるようにってお母さんがわたしてくれた十円玉だと思うけど」
 おかしいなあ。
 さっきポケットしらべた時はなかったのに。
 あっ、そうか。ポケットティッシュの間にはさまってたのかも。
「ふむ。せやけど、ここ公衆電話なんかない密室やし、意味ないなあ」
「そんなことないよ。だって、十円玉だよ」
「なにがだってやねん……。そんな十円玉で何するっちゅうんや」
 もうっ、ぴろちゃんのいじわる。
 十円玉は銅でできてるから、いま持ってるものの中では一番かたいんだよ。
 だから……。

 ガリガリガリ――

「こないに分厚い氷に十円パンチしてどないすんねん、このドアホ!」
「あいたっ!」
 今度は三角とび回転キック。持ってた十円玉がちゃりーんと床に落ちた。
 ううっ、もうねこさんのかけらもないよー。
 だいたい、何でこんなにけとばされなきゃいけないの?
 そう考えると、ちょっと腹が立った。
「ぴろちゃん!」
「な、なんや!?」
 びくっと、体をふるわせておすわりするぴろちゃん。
 うにゅ、なんだか弱いものいじめしてるみたい。
 ぴろちゃん体重軽いし、いきなり飛んでくるからびっくりしただけで、ほんとはあんまり痛くないんだよね。
 うん、やっぱり怒るのやめとこう。
「ううん、やっぱりいい」
「む、なんや、怒ったと思たらいきなりションボリしおって……うっ」
 複雑な顔をしてわたしを見ていたぴろちゃんが、またさっきみたいにぺたんと横に倒れた。
 あわてて、ぴろちゃんをだきあげる。
 な、なにこれ? ぴろちゃん、ふるえてる?
「ぴろちゃん! ぴろちゃん!」
「騒ぐな……。ちょいとばかし疲れただけや。催眠術とか、イスぶっ壊したりで力使いすぎた。電池切れみたいなもんや」
「でも、でも……なんだか体がつめたいよ。だいじょうぶなの!?」
「大丈夫や。一晩寝とれば回復するやろ。それに、こんな天然冷房の中におったら体も冷えるわ」
 そう言って、ぴろちゃんはだるそうにまわりを見まわした。
 まわりには、ぶあつい氷のカベ。
「もっとも、このままやったら一晩待たずに窒息してまうやろうけどな」
 ううっ、そうだったよ。
「でも、どうしようもないよ。このカベ、十円玉でもキズ一つつかないもん」
「まったく、なんでそないなもん隙間なく四方向に作るねん。少し穴開けときゃよかったやないか」
「だって、だって……」
 あわててたからそんなの考えられなかったんだよー。
 でも、それで死にそうになってるわたしって……すっごいおマヌケ?
「やれやれ。このままこうしとっても埒開かん。なゆき、ワイ降ろしてんか。この壁破壊するさかい」
「えっ? でも、ぴろちゃん疲れてたんじゃ」
「本当の姿になったらこんなんなんてことないわい。まあ……なゆきを助けるためやったらおてんと様も許してくれるやろ」
 それって、どういうこと?
 そう思う間もなく、ぴろちゃんはわたしの手から飛び下りていた。
「なゆき、目ぇつぶっといてや。ワイのほんとの姿……なゆきには見られとうない」
「えっ、えっ? ぴろちゃん……?」
 悲しそうに後ろをふり返りながらそう言ったぴろちゃんの目には、涙が見えたんだよ。
 ごうっと、ぴろちゃんの体からふきだす、黒くて焼けそうな力の流れ。
 いったい、ぴろちゃんどうなっちゃうの!?

「ん、待てよ」

 と、思ったら、ぴろちゃんから出る怖い感じがふっと消えた。
 ふり返ったぴろちゃんは……やさしそうなねこさんの顔をしている。
 よかった。いつものかわいいぴろちゃんだよ。
「なゆき。さっき、十円パンチ氷にかましてたよな」
「十円パンチって、これ?」

 ガリガリガリ――

「せや、それ。車なんかにやったらあかんで。ヤーさんの車にやったら命ないと思いや」
「そんなことしないよっ!」
「十円玉いきなりそないなことに使うあたり、ワルになれる素質はあると思うけどなあ……」
「ならないから」
「わかったわかった。睨まんでもええやろ。それはともかく、ちょいワイ抱いてくれんか」
「うん」
 よく分からないけど、ぴろちゃんを抱いてあげる。
 ついでに、なんとなくのどのところをなでなで。こうするとねこさんは喜ぶんだよね。
「うにゃー、そこやそこや、気持ちええにゃ〜……って、ゴルァ! 何やらせとるねん!」
「わっ、ごめんー。……気持ちよさそうだったのに」
「うっ、それは否定せんが……いや、そうやなくて状況を考えんかい」
 うん、わかってるよ。
 でも、ぴろちゃん、なんだかまだトゲトゲしてたし、いつものねこさんに戻ってほしかったから。
「とりあえず、ワイの前でもう一度氷ひっかいてみてくれ。思いっきりな」
「うん。いいけど、何か意味があるの?」
「意味があるかどうかを今から確かめるんや。ほれ、こんなとこで窒息したないやろ。早くせえ」


 どういうことなんだろう?
 でも、ぴろちゃんの声は何だか心強い。
 きっと、何かわかったんだ。
 うん。信じてるよ、ぴろちゃん。






                ☆     26     ☆
「いくよー」
「おう、思いっきりガリガリやったれ」
 指におもいっきり力をいれて。

 ガリガリガリ――

 十円玉がバターになりそうなくらいに、強くこすってみる。
 でも、カベにはぜんぜんキズなんかつかない。
「ダメだよ。やっぱりこんなのじゃムリ」
「いや、それでええ。予想通りや」
 はうう、って感じでぴろちゃんの方を見ると、ぴろちゃんは満足そうにうなづいてる。
「どういうことなの?」
「おかしいやないか。明らかに削れる音しとるのに、傷が付かへんなんて」
「えっ?」
 じーっと氷のカベを見てみる。
 そういえば、手ごたえはあったのに、ぜんぜん……。
「ほんとだ。キズがない。でも、どうして?」
「この頑丈な氷、氷を圧縮してガチガチにしたんかと思ってたんやけど、そうやないみたいやな。正真正銘ただの氷や」
「ごめん、ぴろちゃんもうちょっと分かりやすく……」
「説明しがいのないやっちゃなあ」
 ううっ、ぴろちゃんがため息つく理由はよくわかるけど、分からないものは分からないんだよー。
「この氷、傷ついても瞬時に再生しとるんや。やから、傷を付けても、それが見えへんね。付けた瞬間に元通りになっとるからな」
「それで、この氷じょうぶなんだ」
「感心しとるバヤイか、なゆき」
「えっ?」
「何かおかしい思わへんのか?」
「なにが?」
「ただの氷にそんな再生能力あると思うか?」
「ないよね?」
「まだわからんのか?」
 ……なんだか、すっごくあきれた目で見られてる気がする。
 必死にどういうことなのか考えてみるけど、やっぱりわからない。
 しかたないので、首をふるふる横にふった。
「つまりな……」
「うん」
「なゆきが氷にそうさせとんや!」
 えっ?
 わたし……?

 ――お願い、力をかして!

 あっ。
 あっ、あっ。
「あーーっ!」
「ようやく気付いたか、この鈍ちん」
 そうだったよ。
 わたしが、粉雪さんたちに絶対こわれない何かを作ってってたのんでたんだ。
「じゃあ、このカベって……」
「なゆきが『溶けろ』とか『消えろ』て作ったときと同じくらい強く念じたら、溶けたり消えたりするやろな。この壁維持しとるのなゆきの力やし」
 ってことは……。
「自分の力使って、死にたくもないくせに自殺装置守り続けてたってことやな。こんなマヌケはじめて見たわ」
「はううっ!」
 トドメにマヌケって言われたー。
 なんだか情けなくて涙が出てくる。
「そんなこと言ったって、わたしこの前までふつうの女の子だったんだもん」
「ふつう……か?」
「うっ。それは、その、ちょっとはどんくさいかもしれないけど……」
「ちょっと、なあ……。認めたのは立派やけど、素直に『壊滅的に鈍くさい』ってとこまで認めたほうがええんとちゃうか?」
 ぴろちゃんのいじわる。
 そこまで言わなくても……うー、今回のは言われても言い返せないよ。
 うにゅう。
「ちょっといじめ過ぎたか、すまん」
「ううん、いいよ。わたし、もっとしっかりしなきゃ」
「そういう前向きなとこは……大人よりも一人前なんやけどなあ」
「えっ?」
「いや、何でもない。やっぱ、なゆきは将来きっと素敵な子になるやろなって。がんばりや」
 なんだかよく分からないけど、にこにこしてるぴろちゃんの顔を見てると、わたしもうれしくなってくる。
 だから、わたしはおっきくうなづいた。

「うんっ」

 って、なんだか少し息が苦しくなってきたかも。
 はやく、粉雪さんたちにこの氷作るのやめてもらわないと。
 目の前の氷に手をあてて、心の中で強く思う。
 『ありがとう、もういいよ』って。






                ☆     27     ☆
「待った、なゆき」
「えっ?」
 氷のカベにどいてもらおうとして手を出すと、ぴろちゃんに止められた。
「その氷、溶かすこと出来るか?」
 とかす?
「うーん、『とかす』のも『どかす』のもやったことないからわからないよ」
「ふむ。なら、とかす方で試してくれへんか」
 どうして? ってきこうとすると、ぴろちゃんは右手を口に当ててシーッってする。
「ちょい耳貸し」
「う、うん」
 ぴろちゃんを抱き上げて、耳の横に口を持ってくる。
 おひげが耳をさわさわしてくすぐったいかも。

 ごにょごにょごにょ。
「で、でも、そんなことしたらあの子が。それにわたしたちも」
「いや、それは……」
 ごにょごにょ。
「ほんとにやれるの?」
「大丈夫や。それくらいの力なら残っとる」

 ぴろちゃんが教えてくれたのは、モールドさんを倒す作戦だった。
 それと……新しい魔法の呪文と名前。

「ヲイヲイ、いつまで隠れてんだ? 出られるってのは聞こえてるんだぞ。おら、出てコイヨ。ダルマ落とし砲、もう一度くれてやるヨー」

 外からモールドさんのイライラした声がする。
 そっか、モールドさん耳がいいんだ。
 だから、作戦聞かれないようにコソコソ話で……。

「うっさいやっちゃな。今、正面から出てったるわい」
「やるよ、ぴろちゃん」

 失敗したらアウト。
 チャンスは一回きり。
 ぐっと手をにぎって、おなかに力を入れる。
 うん、ふぁいとっ。

「やれ、なゆき。それが出来んことには始まらへん」
「うんっ」

 目の前に氷のカベに手を当てる。
 わたし達を守ってくれてありがとう。
 そして、もうちょっとだけ手伝って!

「あふれて、霜の巨人さん!」

 ピカッと熱い光が手から出て、氷につたっていく。
 光に包まれた氷は、次の瞬間、ざっばーんと水になってわたしの足首のところまでお部屋を水びたしにした。
 足の方はぬれたけど、顔はだいじょうぶ。
 目は開けてられる。
 ぴろちゃんが、念力で顔のまわりをおおってくれてたから。

「ウエッ、ウエッ、ウエッ、待ってたヨー。ダルマ落とし砲……もういーや。メンドクセー、全部いっちまえ、ヒャッハー!」

 わたしたちを守ってる前の氷をとかした。
 だから、モールドさんはそこに攻撃してくる。
 うん、ぴろちゃんの予想したとおり。
 机が浮いてたって、植木ばちが飛んできたって、タンスの棚が飛んできたってこわくない。
 飛んでくるのは前からだけ。
 それに、わたしには心強い味方がついてるもん。

「来るで、なゆき!」
「うんっ」

 床に手をつく。

「立って、霜の巨人さん!」

 手にあったかくて、心強い力を感じる。
 わたしのまわりの粉雪さんたちが、たくさんふわふわ飛んではげましてくれてる。
 これが、わたしの新しい魔法――

「ぴらーおぶふろすと!」

 どんっ! って音といっしょに、今までで一番の大きさの氷の柱が目の前にできた。
 わたし達に飛んできていた机とかは……。
「あ、あはは、これって結果オーライかな?」
「ま、まあ、ええんとちゃうか。もう少しであの子のベッドも氷づけやったけど」
「うっ、だって思いっきりやれって……」
「力のコントロールに難あり、か」
「うにゅう」
 柱の中で完全にかちんこちんになってしまってる机とか植木ばちとかタンスの棚とか。
 家具の水族館みたい……。
「しかし、なんちゅうケタ外れの妖力量しとんねん。なゆきのレベルでここまでやったら、普通バテるで。ワイみたいに」
「そうなの?」
 手と足を見てみる。
 うーん、さっきから飛んだり転がったりしてるからちょっとつかれてるかな?
「やっぱジョギングで鍛えられとんのやろうかなあ」
「ぴろちゃんもジョギングする?」
「いや、ワイのガス欠はそういう問題やないから……まあ、した方が少しは変わるんかなあ。猫がジョギングっちゅうのも変やけど」

 ガンガンガン!
 ガリガリガリ!

「ウラァ! 何のマネだ! オイラに失礼だぞ。ああ、怖いんすね? こんな甲羅にこもってオマエら亀か? マ・サ・ニ、手も足も出ない! オイラの勝ち!? ウヒャハアアアッ!」

 ガンガンガン!
 ガリガリガリ!

「怒ってるのか、よろこんでるのかどっちかなあ?」
「それ以前にロレツが回っとらんぞ。ワケ分からん」

 顔を見合わせながら、うにゅうな顔のわたしたち。

「まあ、このまま暴れさせとくわけにもいかんやろ。アイツが暴れるだけ、寄生されとるあの子の命が吸われるんやからな」
 そうだよね、ここまできたんだからやらなきゃ。
「次でケリを付けるで、なゆき。ふぁいとっ、や」
「うんっ。ふぁいとっ、だよ」






                ☆     28     ☆
 あの子を助けるために――
 これがわたしたちの、らすとあたっく!

「あふれて、霜の巨人さん!」

 ぴかっと、氷のカベが輝きだす。

「ウヘヘヘヘー、待ってたよー」

 氷のカベが、ざっぱーんとくずれて水になっていく。
 今か今かって待ちかまえていたモールドさんが右手を振り上げる。
 それを見て、ぴろちゃんがニヤって笑った。

「アホウが。かかったな」
「何言ってんだ仔猫ちゅあん。ウエッ、ウェッ、ウェッ、心理的作戦というやつダロー? そんなものに引っかかるオイラではなーい……ウエップ!?」

 モールドさんが、かっと目を見開いてきょろきょろする。
 やっぱり驚くよね。
 あれだけの氷を一瞬でとかしちゃったんだから……お部屋はわたしのおなかくらいまでプールになってる。
 ぴろちゃんはわたしの頭の上、女の子は完全に水の中、女の子のおなかから生えてるモールドさんは胸の下まで水につかってる。
 そんな中で、わたしと、ベッドの女の子だけがぬれないように空気のマクにつつまれていた。
「なゆき、今や!」
 うんっ。
「集まって、霜の巨人さん!」
 お水に手を当てて、粉雪さんに呼びかける。
 今度は横で、人に注意しないといけないけど……お願い!

「ぴらーおぶふろすと!」

 たぷんたぷんしている水に手をおいてさけんだ。
 その瞬間、部屋にたまっていた水が一瞬で氷に変わる。

「できたよ、ぴろちゃん!」
「よっしゃあっ! ようやったで、なゆき」

 ぴろちゃんの作戦。
 一気に氷の柱をとかして、お部屋をプールにしてしまってから、今度はその水を一気に凍らせること。
 その目的は……。

「ナ、ナンダコレハ!? カラダガウゴカナイ!? ウワアア、ウワアアア!」

 モールドさんの体を氷づけににして、女の子の体にかくれられないようにすること!

「ざまあ、みさらせ……くうっ」
「大丈夫、ぴろちゃん?」
「……限界…ギリギリで間におうたわ。あの子も無事やで」
「よかった……」

 モールドさんは動けないけど、わたしたちは動ける。
 ベッドの女の子もカチンコチンにはなってない。
 ぴろちゃんが念力を使って作った空気のマクで、水をはじいてくれたから。
 だから、モールドさんと家具が氷づけになってても、わたしたちはだいじょうぶ。
 ほとんどぬれてもいないんだよ。

「ま、マテ。もうこいつ吸わない。別のヤツとこいくから。オマエらも食わないよ。だから、慈愛の心で赦すべきっす」

 キッ、とモールドさんをにらみつける。
「ヒッ! 許してたもれ! イヤァァ、イヤァァァ!」
 ジタバタと必死になって、おなかの下の氷をどかそうとしていた。

「今更遅いわ、タコ」
「うん、それに……」

 ごめんね、モールドさん。
 わたし、どんなにたのまれたって今のモールドさんを許すことはできないよ。
 だって……。

「『ごめんなさい』がないよ」
「『反省しました、もうしません』もな」

 手に力をこめる。
 わたしのまわりをただよう粉雪さんたちが、うずを巻きはじめる。

「鳴り響け浄霊の鈴! ふりーじんぐべる!」

 うず巻く吹雪が、逃げられないモールドさんを直撃。
 紫色のピエロさんをが、どんどん真っ白に染まっていって……。

「ぎょえええええ!」

 叫び声を最後に、モールドさんはこなごなにくだけちった。
 ぼんっ! って爆発して。
 やっと、終わったんだね。
 ほっとして、わたしは肩の力をぬいた。


 あれ?
 なんか、ヘンだよ。
 女の子はこれで助かったし、わたしたちも無事だった。
 めでたしめでたし、だよね。
 でも、なんだかヘンな気がする。
 なんだろ……?

 考え中…………。
 考え中……。

「あっ。あーっ!」
「ど、どないしたなゆき!?」
「モールドさん、こっぱみじんになっちゃったよ!?」
「ありゃ? そういえば、最後爆発しよったな、アイツ」
 ど、どうしよう。
 わたし、妖怪さんをばらばら殺人しちゃったの!?

「勝手にスプラッタ死体にしないでくれっす。生きてるっすよ。ゲプゥ」
「えっ?」

 天井から陽気な声がふってくる。
 わたしたちは、顔を上にあげた。






                ☆     29     ☆
 天井には、ぷっくり太ったザリガニみたいなヘンなのが浮かんでいました。
 体は緑だし、ザリダニみたいに足はたくさんなくてどっちかというと人間に似てて……。
 だけど、手の部分がザリガニみたいに大きなハサミだったりする。
 うちゅう、どう説明すればいいのか分からないよ。
 幽霊さんみたいに足がなくて、上の体ははげたおじさん、でも手はザリガニ、そんな感じ、かなあ?
 顔はおだやかで、ビリリって感じもないけど。
「誰や、お前は?」
「オイラは黒髪切りの石尾っす。さきほどは、このハサミが貴方様達にとんだご迷惑を。申し訳ないっす」
 ハサミ、迷惑?
 あっ、そういえばあのハサミ。
 よく見たら、モールドさんのツメにそっくりだよ。
 うん、曲がってなかったら、あのおおきくて先がとんがってるところなんかはそのまんま。
「黒髪切り? どういうこっちゃ? 病魔モールドやなかったんか?」
「それがですねー、あっしらもよく分かんないっすよ。気がついたら、ミックスジュースされて、あんなマッドピエロになっちまってて。雪ん子さんがぶっ壊してくれて、みんな感謝してるっす」
「……みんな?」
「ほら、ちっこいですけど、そこにたくさん。耳を澄ませばっす」
 クロカミキリさんの言う通りに、静かにして耳をすましてみる。
 あれ? 何か、ざわざわしてる?
 しばらく待ってると、ざわざわは一つの声にまとまりはじめた。

「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」

 ありがとう、そう聞こえた。
 どこからだろ、ときょろきょろしてると、耳をぴんと立てたぴろちゃんがわたしの頭から飛び下りた。
 あ、頭ふったらなんか重いって思ったけど、ぴろちゃん乗せたままだったんだ。
「なゆき、ここやここや。よう見てみ」
「えっ? あ……」


「雪ん子さん、ありがとう」
「雪ん子さん、ありがとう」
「雪ん子さん、ありがとう」
「雪ん子さん、ありがとう」

 いた。
 ハムスターさんくらいの子もいるけど、中にはアリさんみたいなのまで。
 色はたくさん、中にはとうめいに近くて見えにくい子もいる。
 お部屋には、一つ目の小鬼さんとか、妖精さんみたいなのとか、よくわからないのとか、とにかくたくさんの小さな妖怪さんがいた。

「ゴブリンに疫鬼、餓鬼、天邪鬼、エルフ、夢魔、騒霊……ポルターガイストまでおるんかいな。なんやねん、この小妖怪詰め合わせバリューセットみたいなのは」
「よく分からないんすよ。オイラたちも気がついたら一つにさせられて、モールドとかいうヤツにさせられてて。窮屈でしかたなかったっす」
「どうりで、人格ばらばらで能力も無節操なわけや」
 えっと、じゃあ……。
「モールドさんは死んでないの?」
「そんなヤツもとからいないっす。雪ん子さんが、倒してくれたおかげで、みんなやっと自由になれたんすよ」
「じゃあ、わたし……」
「ま、結局、人助けも妖怪助けもでけたってことやな」

 こくこくとうなづきながら、ぴろちゃんがにっこり笑った。
 そっか、よかった。

「モールドの核になってたのはオイラですし、他のみんなそろそろ帰してやってもいいっすか? そろそろ、この氷のけた方がその子のためっすよ」
 ふわふわと宙から、ベッドの女の子をハサミで指さす(指でいいのかな?)クロカミキリさん。
 あ、そうだ。このままじゃ、氷で女の子がこごえちゃうよ。
 雪の中で寝てるのと同じだもんね。
「せやな。氷どかす邪魔にもなるし、帰ってもらおか。石尾、お前さんは残っときや」
「あいあいさーっす。みんな、もう帰っていいっすよ」
 クロカミキリさんがそう言うと、『ありがとう』って言い続けてた小さな妖怪さんたちは、わあわあきゃあきゃあ言いながら、わたしたちがここに来る時に入った穴みたいなのをあけて飛びこんでいった。
 よーく見ると、なんだか気持ち悪い姿の子もいるけど、なんだかみんな楽しそうかも。
 ちょっといいかなあ、って思っちゃった。

「うきゃっ!?」
「ふげっ!?」
「フガー!」
「コノヤロー!」

 って、わわっ、将棋だおしになって、ケンカ!?
「こらこら。焦らんでも待っといたるから、我先にと出て行こうとするな。って、なゆきも何笑っとるねん」
「ごめん。でも、なんだかケンカしてても楽しそうだったから。妖怪さんって楽しいヒトも多いんだね」
「何言うてるねん。ほとんどの妖怪は、みんなこういう微笑ましいやっちゃやで」
 十分くらいして、ぴろちゃんが何度言っても将棋だおしとケンカが起きたけど、小さな妖怪さんたちはみんな穴から出ていった。
 あたりを見回して、もう誰もいないことをたしかめる。
 うん、誰もいないね。
 ぴろちゃんと、クロカミキリさんを見ると、ふたりともこくってうなづいてくれた。
 よし、っと。
 息を大きく吸いこんで、集中する。
 寒い中で待たせてごめんね、ってベッドの女の子に心の中であやまった。

「ありがとう、霜の巨人さん」

 こんなに大きい氷なのにだいじょうぶかなあ、ってちょっと心配だったけど……。
 わたしのおなかの高さまであった氷は、それだけで何もなかったかのように消えていきました。
 ちょっとびっくり、かも。
 でも、今日はほんとにありがとう、粉雪さんたち。






                ☆     30     ☆
「さてと、石尾やったな。なんで残されたか分かっとるな?」
「わかってるっす。この子のことっすよね? ゲプゥ」
 クロカミキリ……イシオさんは、ベッドの女の子を見ながらゲップをした。
 さっきもゲップしてたけど、あんなにおなかふくれてるし、やっぱり食べすぎ、なのかなあ?
「オイラの命、この子にあげるっす。吸い込んだ聖気ごと、オイラを送ってくれないっすか? あなたならできるっすよね? えっと……」
「ピロスケや」
「ああ、ピロスケさん。しかし、不思議っすねえ。猫股なんて、オイラと変わらない下っ端妖怪なのに、ピロスケさんは何か違う気がするっす。どこかのやんごとなきお方っすか?」
「いらん詮索するんやない。用意はええか?」
「も、申し訳ないっす! 用意も覚悟もできてるっす。どどーんと送ってくれっす」
 命をあげる、用意、覚悟……それって……。
 なにか、イヤな予感がするよ。
「ちょっと待って。イシオさんをどうするの?」
 死んじゃイヤだよ。
 せっかく助かったのに、どうして?
「雪ん子さん、ありがとうっす。でも、オイラはやらなきゃならないっすよ」
「どうして!?」
「操られてたって、オイラは悪いことしたっす。迷惑かけたっす。オイラ、頭は悪いけど、責任は取らなきゃいけないって思うっす」
 クロカミキリのイシオさんは、そう言って耳までさけた口を少し開いてほほえんだ。
 不気味でこわいのに、でもなんだかやさしい感じがする。

「悪いことして迷惑かけたら責任取る。これ、当たり前のことっすよ」

 それでも、それでも死んじゃうなんて……。

「ぴろちゃん、どうにかできないの?」

 こんなとき、たよれるのはぴろちゃんだけ。
 ぴろちゃんならきっと……。


 でも、ぴろちゃんは首を横にふったのでした。
「無理や。ワイにそこまでの技術はないし、イシオが溜めこんでしもうとるの、弱いとゆうても姐さんと同じ巫女さんの力や。妖怪のワイなんかが下手に手出ししたら、反発起こして消えてまうかもしれん。それに――」
 ぴろちゃんの次の言葉は、もうどうしようもないことをわからせてくれるには十分でした。
「その子の命、もう尽きかけとる。時間もないんや」
「そんな……」
 わたし、みんなを助けるためにがんばったのに……。
 女の子も、モールドさんも、小さな妖怪さんたちも、もちろんイシオさんだって。
 なのに、なのに……。
「こんなのって……ないよ……」
 目から、じわーって涙があふれてくる。
 ぬぐってもぬぐっても、次から次に。
「ありがとうっす。オイラみたいな下っ端妖怪のために泣いてくれるなんて、雪ん子さんがはじめてっす」
「だって、だって……!」
 もう言葉にならないよ。
 何を言えばいいの?


 困った顔をして、イシオさんは頭をかきながら横を見ていました。
 泣きやまなきゃいけない、そう思っていても涙がとまりません。
 わたしが泣いてたら、イシオさんは困ったままで、女の子も助からないのに。
「あ、そうだ。オイラが何で黒髪切りって呼ばれてるか知ってるっすか?」
「えっ?」
「知らないみたいっすね。なら、お見せするっす。アーティスト石尾の一世一代の匠の技!」
「えっ? わっ!」
 イタズラっぽくわらったイシオさんが、すごい勢いで天井からわたしに飛びかかってくる。
 びっくりして、思わず目をつぶった。

 チョキン! チョキン! チョキン!
 パラパラパラ――

 ハサミで何かを切る音、それと……何かが落ちる感じの音。
 ゆっくり目を開けると、ハサミを胸の前に立てて、満足そうな顔をしてるイシオさんがいた。
 その横で、ぴろちゃんが感心したような顔でこっちを見て、そしてわらった。
「よかったな、なゆき。かわいさ20%アップやで」
「えっ?」
 ちょんちょん、と鏡をぴろちゃんが指す。
 なんだろ? と思ってのぞいてみると……。

「……あ」

 髪が切られてる。
 でも、前よりさっぱりしたかも。
「オイラ、女の人の髪を切って、そこからちょこっと生きる力をいただく妖怪なんすよ。時々、ついでにヘアメイクしたり、枝毛切ったりとオプションサービスも付けるっすけどね」
「生きる力って、わたしの命?」
「そうとも言うっす」
 そうとも言う……って、ええっ!?
「ぴ、ぴろちゃん! わたし、命吸われちゃった。もうすぐ死んじゃうかも。わわっ、なんだか腰が曲がってきた気がするよー」
 どうしよう、もうおばあちゃんになってきちゃった。
「ごめんなさい、お母さん。先立つフコウをおゆるしください」
「思い込みの激しい女の子っすねえ」
「えーい、落ち着かんかい!」

 スパーン!

「あいたっ!?」
 ま、またスリッパハリセン。
 ぴろちゃん、もう力残ってなかったんじゃないの?
「ええか、なゆき。兼好という昔の坊主がこう言い残しとる」
 ケンコウさんってお坊さん?
 どんな人なんだろう?
 健康さんって言うくらいだから、お経をあげるだけで病気を治したりしたすごい人なのかもしれない。
「なんか、勘違いしてるようやけど、続きゆうてええか?」
「あ、うん。聞かせて」
 かんちがい……ってことは『健康さん』じゃないのかなあ?
 って、ぴろちゃんの話ちゃんと聞かなきゃ。
「その坊さんが言うには、『全く病気しない奴は大きな病気にかかるところっと死ぬ。だが、普段から病気をしとる奴はしぶとく長生きする』っちゅうことや」
「えっと、つまり?」
「つまりや、ちょっとだけなら命吸われるのはかえってええことかもしれへんってことや。もっと簡単に言うと、ジョギングとかと同じや。寝て食べてばっかりで長距離走れるか?」
 ジョギング?
 あ、そういえば……前に綾お姉さんに教えてもらったかも。
 つかれるくらいに走ってたら、体がつかれないようにがんばってくれるから、そのうちどんどん長い距離走れるようになるって。
「この子みたいに回復できへんところまで吸われたらともかく、少し吸われるくらいやったら、命ががんばろうってくらいの刺激になって、かえって寿命が延びるんや」
「そうなんだ。あっ、じゃあ……」
「ん?」
 ちょっと疑問に思ってた。
 モールドさんみたいな人の命吸う妖怪さんは、退治するしかないのかなあ、なんて。
 でも……。
「命を吸う妖怪さんみんなが悪いわけじゃないんだね」
 そう言うと、ぴろちゃんはにこっと笑ってくれた。
「ま、そういうこっちゃ。でもな、なゆき。誰が悪くて誰がええなんてのは誰にも決められるもんでもないんや」
「うにゅ?」
「まあ、ワイが説教垂れられることでもあらへんし、そのうちなゆきも考え始めるやろう。いまはまだ、見かけだけでいい悪い判断したらあかんってことだけ知ってれば十分や」
「う、うん」
 よく分からないけど、いいとか悪いってのを決めるのは難しいってことかな。
 みんなが笑えるなら、それはいいことだって思うけど……。


 そこまで考えたとき、イシオさんの姿が目に入った。
 あっ!
 そうだったよ。イシオさんは……。
 イシオさんを助けられなかったのに、わたしは本当にいいことをしたの?
 わからない、わからないよ。
 わたし、本当に正しかったの?
「笑ったほうがかわいいっすよ、雪ん子さん」
「えっ?」
 おろおろしてると、イシオさんがわたしの目の前におりてきた。
「頭悪いけど、オイラはこれが正しい方法だと思ってるっす。この子、まだ死んじゃいけないっす。この子若いし、家族ってのもいるし、うまくいえないけどやっぱりまだ死ぬべきじゃないっすよ」
 とん、とクロカミキリのイシオさんのハサミがわたしの両肩におかれる。
 近くでみるとこわい顔だけど、わたしは顔をそむけられなかった。
 だって、これだけは聞いてって顔をしてたんだよ。

「雪ん子さん。そのうち、雪ん子さんにも選ばなきゃいけない時は来るっす。でも、今は笑ってオイラを送ってくれると嬉しいっす」

 やっぱり、お別れ。
 とってもつらい。
 でも、わらわなきゃ。
 わたしは、なみだを必死にこらえてわらおうとがんばりました。

「ありがとうっす。先に行って待ってるっす。雪ん子さんは、焦らないでゆっくり来てくださいっす」

 ぴろちゃんが、イシオさんの体のはしにさわる。
 すると、イシオさんは、ばらばらにくずれて光の玉だけが残って……その、きっと命の光は女の子の体に吸い込まれていった。


 もう、何も見えない、聞こえない。
 不気味だったけど、なんだかやさしかったクロカミキリのイシオさんの顔も、声も。
「ううっ……」
「なゆき、大丈夫か? もう泣いてもええで」


『そのうち、雪ん子さんにも選ばなきゃいけない時は来るっす。でも、今は笑ってオイラを送ってくれると嬉しいっす』


 正しいこと、悪いこと、やっぱりよくわからない。
 でも、わたしにもそのうち選ばないといけない時が来るって言われた。
 なにを選ばないといけないの?
 たぶん……それは正しいこと。
 わたしが正しいと信じられること。
 今はイシオさんが選んでくれた。
 でも、いつかわたしが選ぶしかない時がくる。
 きっと、イシオさんはそう言いたかったんだと思う。
 うん、わかったよ。

「ううん、ぴろちゃん。わたしは泣かないよ」
「なゆき、おまえ……」
「わたし、もっと強くならなきゃ」


 いつかくる、選ばなきゃいけない時のために。
 わたしは、強くなっていく。
 そう、心にちかったのでした。






                ☆     31     ☆

 ガラガラガラ――

「おはようございます」
「おはよー」
「なゆちゃん、おはよう」

 てくてくてく。
 どさっ。

 ……うにゅう。

「どうしたの? 珍しく元気ないじゃない」
「あ、かおり。おはよ〜」
「おはよ。で、風邪?」
 席について、ちょっとぐったりしてると、あとから来たかおりに声をかけられた。
 声ははずんでて、今日は機嫌がいいみたい。
 やっぱり、昨日のあの子……妹さんだったのかな?
「ううん、風邪じゃないよー。ぴろちゃんのお手伝いでちょっとがんばりすぎちゃったみたい」
「ああ、そうなの。考えてみれば、確かに魔法少女ってハードなお仕事よね。表と裏の生活があるんだから」
「なんだか、最後の表現は気になるけど……うん、けっこう大変かも」
 つかれてるのはウソじゃないよ。
 わたし、ぴろちゃんが言うみたいに魔法をたくさん使えるガソリンみたいなのはたくさんあるみたい。
 でも……さすがに昨日はちょっと使いすぎちゃったみたいで、筋肉痛みたいに頭と体がちょっとフラフラ。
 だから、つかれてるのは本当のこと。
 だけど……やっぱり、一番つらいのは……。

 ぶんぶんぶんっ!

 手をぎゅっとにぎって胸の前に。
 うん。
「ふぁいとっ」
 おまじないをして、気合を入れる。
「ど、どうしたのいきなり?」
「あ、ごめん。こういうときは気合だな、って思ったんだよ」
「……なんか、なゆきの行動は時々突拍子がないのよねえ。脈絡が抜けてるというか。まあ、しんどかったら遠慮なく言いなさいよ。保健室連れてってあげるから」
「うん。ありがとうだよ、かおり」
 あきれた顔をしながら、かおりはランドセルを机におろして一時間目の準備を始めた。
 もう一度、胸に手を当てて、心の中でおまじない。

 ――ふぁいとっ、だよ

 そうだよね、イシオさん。
 わたしが悲しんでたら、イシオさんはよろこんでくれないから。
 それに、わたしは悲しんでないで、がんばらなきゃいけないんだよね?


「あ、かおり」
 ふり返って、うしろの席のかおりに話しかける。
「何?」
「うん。ぴろちゃんから伝言があるの」

「ぴろさんから? 何かしら」
「えっとね、わたしは何のことかよく分からなかったけど、『大事なモンがあったら、傍離れたらあかんで。姐さんの力は効き目バッチリの御守りなんやからな』だって」
 ほんとうは、何のことかわかってるけどね。
 でも、勝手におうちに入ったなんて言えないからそこはないしょだよ。
 かおりは、少しきょとんとして、それからうれしそうにわらった。
「そうね。覚えておくわ。ありがとう、ってぴろさんに言っておいて」
「うん」
 ……やっぱり、バレてるかなあ?
 かおりってそういうところ鋭いし。

「あ、なゆき」
「うにゅっ!?」

 やっぱりお見通し!?
「なんでそんなに驚いてるのよ」
「え、えっと、なんでだろ?」
「やっぱり脈絡が抜けてるわねえ、あなた」
 うっ、ほんとは複雑な事情があるんだよ。
「そ、それより、なあに?」
「ううん、別に大したことじゃないんだけど……」
 そう言って、かおりはくすっとほほえみながらわたしの髪を指差した。
「髪型ちょっと変えた? 昨日よりいい感じに見えるわよ」
「あ、うん。通りすがりの美容師見習いさんにやってもらったの」
「へえ、変わった人がいるのねえ。まあ、通りすがりの美容師さんに任せるなゆきの方が変わってるけど」
 あはははは、とかおりが笑う。
 うにゅう、だってそういいわけするしかなかったんだもん。
 ……お母さんにも。


 でも、かおり明るくなってくれてよかった。
 妹さんも、いつか紹介してもらえたらうれしいな。





「ただいまー」
「おー、おかえりやなゆき。おつとめごくろーさん」
 ベッドの上でぐてーっとのびてたぴろちゃんが、ぐぐっとそりかえってこっちに顔を向ける。
 昨日あれだけフラフラになってたから、やっぱり今日もつかれてるみたい。
「姐さんに言っといてくれたか?」
「うん。ありがとうって言っておいて、って言われたよ」
「そかそか」
 うなづくかわりに、目をぱちぱちして、ぴろちゃんはねこさん眠りの格好になった。
「ねえ、ぴろちゃん。これで、あの子だいじょうぶなの?」
「体弱いみたいやからなあ……。欲張りなモールドみたいなんに取り憑かれたら危ないのは変わらへんし、ああいう連中にも居心地はええやろう。まあ、姐さんが傍におったらそんな連中も近寄りたくなくなるはずや」
「ふーん。でも……」
 言っていいのかなあ、これ?
 たぶん、誰でも気になると思うんだけど。
「でも、なんや?」
「それだったら、わたしたちあんなことしなくてもよかったんじゃ?」
 かおりにお話して、妹さんのそばに行ってもらえば……。
 と、思ってたらぴろちゃんが手をあげて『ちゃうちゃう』って感じにふる。
「言うたやろ、時間がなかったって。姐さんがモールド引っ張り出したりできるならともかく、傍にいるだけやったら効果期待できるまで一週間以上はかかったと思うで」
「そうなんだ」
「いま、『何でこんなにしんどい目する必要があったんだろう』とか思ったな?」
 ぎくっ!
「そ、そんなことないよ〜」
「目が泳いどるわ、アホタレ」

 ポテッ!

「あいたっ!」
 もう、今度はなにー?
 上から落っこちてきたのをひろってみる。
 手に乗る、まんまるな目がかわいい小さなカエルさんのキーホルダー。
 あ、これって……。
「けろちゃん」
「……は?」
「うん、だからけろちゃん。こんなところにあったんだ」
「なんや、ワイのことやないんか。で、なんやそのブサイクな埃だらけのカエル」
「ブサイクじゃないよ。かわいいよ」
 ほこりだらけなのは、たぶんタンスの裏かどこかに落っこちてたから。
「よう分からんなあ、人間ってやつは。ワイみたいにキュートな猫をかわいい言うのはともかく、犬とか鳥とか、挙句には蛇とか蜘蛛まで好きなやつおるし」
「犬さんもかわいいよ」
「そうか? ワイ、猫やからようわからんわ」
 それ以前に……どうして自分がかわいいってあんなに自信があるんだろ?
 見た目はかわいいけど、やってることとか言葉はぜんぜんかわいくないのに。
「何や? 何か言いたいことあるんか?」
「な、何も!」
 うう、そうだったよ。
 ぴろちゃん、気をつけてないと心読んじゃうんだった。
「んで、そのカエル、何か大事なもんなんか?」
「うーん、宝物っていえば宝物なんだけど」
「なんや、その微妙な言い回し」
「がちゃがちゃって知ってる?」
「ああ、あれか。百円入れて、ハンドル回したらカプセルが出てくるやつやな。最近は二百円とか三百円のもあるみたいやけど」
「うん、あれ。あれの景品なの」
「なゆき、あんなんに興味あったんか?」
「ううん。冬休みに遊びに来るいとこの男の子が取ったものなの」
「ははーん、読めたで。さては、ハズレでそのカエル引いて、いらんからなゆきに押し付けたって寸法やな」
「押し付けられてないよ。一応もらったんだよー」
 当たってるけど、そんな言われかたされたら、ぜんぜん価値がないみたいに見えてくるよ、もうっ。
 わたしが『いらない』って言ってたら、祐一に捨てられてたのはまちがいないけど。
「ま、そんな大事なもんやったら、ランドセルにでもつけといたらどうや? それキーホルダーやろ、タンスの上に飾っとくもんやないで」
「そうだね、うん」
 雨とかでよごれると思って家においてたけど、こんなほこりだらけになっちゃったらかわいそうだよね。
 よごれたら洗ってあげて、やぶれたら直してあげよう。
 そう思って、わたしはランドセルのフックにカエルさんのキーホルダーをくっつけた。
 お弁当、巾着にして手に持つようになってからここ使ってなかったし、これでこれから毎日一緒だよ。
 そう思うと、明日からの学校がちょっと楽しみになってきた。
「ほな、ワイ疲れてるし、また寝るなー。ああ、夕飯なくても構わへんで。多分寝とるやろうし」
「わかったよ。でも、できるなら持ってくるから、わたしが寝てても気にしないで食べてね。やっぱり、疲れてるなら食べないと元気でないよ」
「おおきに。期待しとくで。ほな、お休みや」
「うん、おやすみなさい」


 くかー、くかーとぴろちゃんのいびきを背中に学校の宿題。
 気持ちよさそうに、ねこさん眠りしてるよ。
「ふああああ……」
 わたしも眠くなってきちゃった。
 あとひとふんばり。
 そう思って、のびをするとランドセルのカエルさんが目に入った。
「明日もいいことあるといいね」
 明日は明日の風がふく。
 昨日はイシオさんとの悲しいお別れがあったけど、今日はかおりが元気になって一ヶ月前からいなくなってたけろちゃんも見つかった。
 ぱうだーすのーふぇありー明日もがんばりますっ。





「…………」
 うにゅ。
 なんだろう、声が聞こえる。
 眠い目をちょっと開けてみた。
「……モールド、まずい飯とか言いながら聖気をあんなにためこむなんて普通じゃ考えられへん」
 ぴろちゃん?
 起きたんだ。晩ご飯、おいといたけど食べてくれたかな?
 窓から外を見ながら何かひとりごとを言ってるみたい。
「下級妖怪を意に反して支配するあの力……やっぱり、ヤツか? まさか、ここまでとは予想外や」
 うにゅう、眠い。
 話しかけようと思ったけど、もうダメ……。
 だから、最後にぴろちゃんが言ったことはよく分からなかった。


「それでも、お前の思い通りにはさせるわけにはいかへんのや……グレイ……!」







     【おまけ:ぴろちゃんにおまかせ!】
 うなー、暗いなあ……げっ、深夜二時かい。
「あかんなあ、やっぱ昼寝とると夜寝られへん」
 癖になってまうとやばいし、こら今日明日はだるいの覚悟で昼起きとくしかないなあ。
 なゆきは学校あるから、夜行性にするわけにもいかへんし。
 ふと、勉強机のイスにかかってる猫の半纏が目に入る。
「そういえば、今回は小学校の制服で戦っとったんやな」
 黒基調のセーラー服。
 結構似合っとったなあ。
「ふむ」
 ステレオタイプな雪ん子とはかなりちゃうけど、なゆきの力に遜色なかったし、この服装もOKっちゅうことか。
 確かに、妖怪の格好かて時代によって変わっていく。
 この黒基調のセーラー服に長靴・ブーツでもはいとったら、不思議と現代風な雪ん子って感じもしてくるもんやな。
「街中をパジャマ着て歩くような奴は死んで良かった、なんて言われる時勢やし、普段はこの格好の方がええかもしれんな」
 私服代わりに着とったって、そんな違和感無いし、なゆきもOKするやろう。
 しかし……。
「お嬢の羽織袴と違って、なんとも乳臭いガキにしか見えんのはなんでやろう……」
 同じ学生服やのに、こうもイメージが違うっちゅうのもいかがなもんやろうか。
 背もちっこいし、ちんちくりんやし、美人になるて言うたものの不安になってくるなぁ。
「まあ、あのやさしさだけはお嬢に瓜二つやけど……」
 ぼーっと、することもないので窓の外をながめる。
 星がキラキラ輝いとってキレイやった。


 なあ、お嬢……この空の星のどこかにおるんか?
 ワイはまだがんばっとるよ。
 それとな、とってもええ子に出会えたんや。
 例えて言うなら、そうやなあ……街のちいさな妖精さんって感じで、とってもかわいい子やで。


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【あとがき】
終わったー。
今回は本当に大変でした。
第一期の二倍増しって、ありえない(汗)
途中で切った方がよかったと後悔してます。
まあ、何はともあれこれで第二期も終了。
意味ありげに終わってますが、第一期同様今回もこれまでということで第三期の予定は未定です。
もちろん、リクエストや感想が多ければ前向きに善処、なのは確実ですが。
ぶっちゃけこのSS、書いてる本人としては面白いのかよく分からないんです。
なので、反応がないと続き書くべきか否かで『躊躇』が生まれてしまうのが実情でして……。
どんな作品でも、反応いただけたほうが嬉しいのですが、作者的に達成感が微妙なこういう作品では特にウエイトが大きいです。

と、それはともかく内容に。
今回、名雪のコスチュームは原作のちびなゆ立ち絵のアレです。
本来作中で語った方がいいのですけど、何分このSSは名雪の一人称。
普段着慣れてる制服を詳しく語らせるのは違和感ありまくりで、やむを得ず『ぴろちゃんにおまかせ!』で語る事になりました。
んで、件の新魔法は『ピラァ・オブ・バーン』が名前の元ネタです。
防御魔法として今回は使ってますが、実際はかなり多目的に使える魔法だったりします。
それが活用されるかどうかは、今後の メディア展開 次期以降次第ということで。

とりあえず、 アニメ化 魔法少女的に考えると、魔法アイテム無しもまずい気がするので、次期を作るなら杖とか出したいところですね。
というわけで、お付き合い下さりありがとうございましたー。

あ、余談ですが今回は栞シナリオを変な方向から補完してみました。
姉との和解が病気回復に繋がった理由、ですね。
「じゃあ、なんで香里はそんな大事なことを忘れてしまったの?」って疑問は今後の展開で明らかになるかも。
今後の展開、あるのかなあ?




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