トラミミモード♪



        ゆういちは虎になる

 名雪と添い遂げて以来、常々思っていたことがある。
 秋子さんの事故とか、入院とか色々あって春まではとてもそんなことを考えている余裕がなかった。
 しかし、えてして男というものはケダモノである。
 いつの時代も、小学生にも、小学生だって性欲を持て余す。
 ぶっちゃけて言おう。

 や ら せ ろ !

 ……は、いつものことなので置いておこう。
 俺の性欲はもはやその程度では収まらない。
 童貞、石の上にも十七年。
 禁オナニーマラソン大会連続タイトルホルダーの俺がただの性欲で終わらせて良いものか?
 否! 断じて否!
 世界を数度滅ぼしても飽きたらぬほどの性欲を俺は名雪に叩きつけなければならない。
 神よ! 俺は貴方が憎い!
 何故、貴方は名雪という、かくも美くかわゆい女性を俺に遣わしたのか!
 そう、俺がこうなってしまったのも……。

 全 て 名 雪 が か わ い い せ い だ !



 と、いうわけで名雪さんのお部屋に侵入。
 名雪さんと言えば誰でもご存知、よく寝る女の子である。
 深夜二時ともなれば、それはもうぐっすりとお眠りになっていて、生半可なことでは起きない。
 そこで俺は考えに考え抜いた。
 俺の溢れんばかりの性欲を名雪に全て叩きつけていては、名雪の体がもたない。
 そこで俺は何らかの代案を練らねばならないわけだ。
 ソープランドを初め風俗は論外である。
 俺は名雪しか愛せない。名雪でなければダメだ。
 名雪以外で俺の性欲を満たせるものか!


 さて、ハッスルして少し冷静になった。
 ようは、どうもここんところ夜中に目が冴えて退屈というわけだ。
 まさか夜中に一人でモンキーダンス踊って楽しむ訳にもいかないし、我ながら嫌すぎる。
 ここは一つ、恋人の特権としてすけべぇな悪戯を楽しもうと思い立った。


 窓から差し込む月と星の光で名雪の寝顔が青白く闇に浮かび上がる。
 俺はその光景に思わず詩人になってしまった。

「びゅーてぃふぉー」
「くー」

 ……やはり詩人は向いていない。
 名雪の寝息と並べて、寝言と見分けがつかない程度だというのが悲しすぎる。
 もういい、男は理屈ぬきに行動あるのみ。
 というわけでお題はこれだ!


『いかに名雪を起こさずに、服を剥ぎ取れるか?』


 実に難問である。
 名雪もやはり女の子。
 服を脱がすという行為には、深い眠りにあっても非常に敏感である。
 だが、それでも俺は極めねばなるまい。
 それを極めなくては、名雪を愛しているといえようか?
 恋人たるもの、相手のツボを熟知し、感づかれずに服を脱がすことくらいマスターして然るべきなのだ。
 よし、というわけで正攻法でシャツから剥ぐべし。
 上からボタンを一つ、二つ。
 よしよし……あと少しで胸がはだけ……。

「何してるの祐一?」

 頭の中で何かの効果音が鳴った気がした。
 きっと俺の頭上には赤いビックリマーク『!』が出ていたことだろう。
「いや、その……これは……」
「もうっ……いいよ。今日はだいじょうぶだから」
 しどろもどろ言い訳する俺に名雪は一つ溜息をついたかと思うと、次の瞬間起き上がって俺に抱きつき、俺をベッドへと誘い込む。
 そして、とっても明るい笑顔を浮かべてこう言った。
「えへへ、ほんとはそろそろ誘ってくれないかなって待ってたんだよ」
 不沈艦相沢祐一、この会心の一撃で即撃沈。
 やっぱり名雪は最強だった。


 結局その日は朝まで名雪と過ごした。
 くそう、いつもはあんなに熱く求めるこの胸の柔らかさと温もりがなんだか悔しい。





 時にはブルーデイの名雪に怒られ、時には秋子さんにまで咎められ、時にはそのまま寝過ごしてしまい、時には隣家の火事に邪魔をされ……。
 ちょっと最後のは洒落になってないな。嘘みたいな実話だが。
 だが、それでも! それでも俺はここに立っている。
 幾千幾夜の時を超え、今日も俺はここに帰ってきた。
 今日が初めの日から三十夜目。
 ここには譲れない何かがある。
 名雪を愛しているという証明に欠かせない何かがあるのが俺には分かるんだ。
 さあ行くぜ!


 まず、就寝中の名雪の服を剥ぎ取る際、留意しておかないといけないことがある。
 名雪の上着に手をかけてはいけない。
 意外かもしれないが、そこは非常に敏感なのである。
 名雪を脱がす時に重要なのは下から……つまり寝間着のズボンからということになる。
 この時も注意が必要で、ゆっくりこっそり脱がそうとすると感付かれる。
 男なら一気に引き抜くべし。
 これに気付くまで五夜を要した。
 しかし、名雪とはなんと奥の深いことか。
 次の攻略法を見つけるのには、なんと十五夜もかかってしまった。
 おそらく、これが最難関だったと思う。
 ズボンの後に上着と思ったのが間違いだった。
 やはり名雪の上半身へのガードは固いらしく、どのボタンから始めても気付かれてしまった。
 知れば知るほど名雪というのは不思議で、惹かれていく。
 このことに気付いた時には、本人に理由を訊いてみたくなったほどだ。
 が、睡眠中のこと、名雪自身自覚もないことに説明を求めるのは全くもって無理なことと分かっているので訊かない。
 なんと、上半身へのガードに対し、秘部のガードは恐ろしいほどに甘いのである。
 甘いとは言っても、そこは女性。
 常人の感覚でこれを見つけるのは不可能。
 恋人でもなければ、見つける前に本人に見つかって警察行きである。
 驚愕かつ、大胆なその攻略法は……なんと、ズボンと同時に一気に引き抜くである。
 シンプルにしてディープ、ヤケになってやってみなければ気付きもしなかっただろう。


 ……という経緯を経て、残るは上着という状況にある今夜。
 確かに、最重要点である秘部を暴いた今、上着を脱がせることに何の意味があるかという気もしないでもない。
 だが、ここで最後まで脱がさずしてそれが男か?
 俺は初心を忘れない。
 全ては名雪を極めるためだった。
 だから、俺はこの上着も名雪を起こさずに脱がさなければならない。
 それをしなければ、俺は強姦魔や変質者といったクズと何ら変わらないだろう。
 露わになった名雪の女の子を前に欲望を抑えるのは並々ならぬ気力を要する。
 足を窓に向けて眠っているために月と星の光がそこを神々しく照らし、おいでおいでと呼んでいるようだ。
 耐えろ、耐えるんだ相沢祐一。
 ここで踏ん張るのが男勝負の分かれ道だ。
 あの苦しかった禁オナニーマラソンにもお前は耐え抜いたじゃないか。
 でも無理だ。あんなものは全て児戯だったんだ。
 名雪という、この世で最も美しいものを前には五分と欲望を抑えることが出来ない。
 それでも、それでも俺はやらなければならないんだ。
 男に生まれるというのは、こうも辛いものなのか。
 さあ、名雪……今日こそ俺はお前を極めてみせる。


 震える指で、上着の下のボタンから外していく。
 爆弾の解体は恐怖との戦いだと言うが、これはそれ以上だろう。
 いや、爆弾よりも恐ろしい。
 一度目覚めたら、自分が自分であると信じられないくらい病み付きになってしまうんだ。
 嘘だと思うなら試してみろ、やってみないで分かったつもりになるな。
 三つ……二つ……一つ……よし、全て外した。
 はだけた寝間着の上着から覗く二つの膨らみに理性が飛びそうになる。
 だが、まだだ、まだ……ゆっくりと名雪の体を両手で抱き上げ、腕を片方下ろしては袖をするっと抜く。
 右手、左手……最後の袖を抜いた瞬間、床に名雪を覆っていた布がはらりと音を立てて舞い落ちた。
 そして、俺の腕には生まれたままの姿で抱きかかえられ眠っている愛しき人。
 窓から差し込む光に照らされる体の各所は、どれも口で言い表せるものではない。
 ただ一言。美しい、心からそう思った。
 それと同時に、あれほど燃え盛っていた欲望がすうっと消えていく。
 不思議なくらいに、純粋な気分、そうとしか思えない心地を俺は感じていた。
 今、俺の腕の中の名雪は、まさにだた裸で眠っているだけなのだ。
 そんなものを相手に、どうして劣情を持てるだろうか?
 俺の今までの行動は、きっとそんな名雪のピュアなところに触れたかったから。
 今なら俺は誓える。
 この腕の中の名雪を一切の邪念を捨てて愛せると。
 名雪……俺は、俺はお前がどこまでも好きだ!




―――後日談

 まあ、もっとも……。
「あれ?」
「どうした名雪」
「なんだかお腹が……きゃっ!?」
「ふっ、パンツを抜かれているのにも気付かないとはな」
「ゆーいちー、家だからいいけど、外ではそういうの絶対やめてよね」
「善処する、ほれ」
「わっ、投げないで。それお気に入りなんだから」
 せっかく習得した秘技を悪戯に使わないほど俺はおとなしくはないがな。
 ほくそ笑む俺の横で、宙に舞ったイチゴを名雪が飛び上がって捕まえていた。










        なゆきは目覚める

 明るい。朝だ、起きなきゃ……。
 今日も朝ご飯食べて学校行くよー。
 目をごしごしとこすりながら体を起こす。
 あれ? まだ目覚まし鳴ってないよね? あれれ?
 何だか違和感を感じた。
 祐一のあの目覚ましなしで目が覚めるなんて……。
 まさか、これって。
 慌てて布団をはねのける。


 やっぱり、『また』服がなくなっていた。
 ちなみにこれで五度目。


 祐一が悪戯好きなのはよく分かってる。
 そんな祐一は嫌いじゃない。むしろ大好き。
 でも、脱がすだけじゃなくてちゃんと服を着させて欲しい。
 まだそんなに暖かくなってないし、こんな格好で寝ていたら風邪をひいちゃう。

 ……じゃないよ!
 おかしい! 祐一はおかしいよ!
 寝ている女の子の服を脱がして遊ぶなんて絶対おかしい。
 何でそんなことするの? って訊いたら、「名雪が好きだから」って言われて嬉しくなっちゃったけど。
 って、そうじゃなくて。
 とてもじゃないけど、祐一がそんな趣味を持ってるなんて人には言えないよ。
 決めた。仕返しに祐一が寝ている間に服とっちゃおう。
 朝起きたら裸になっててびっくりして、そしたらわたしがどれだけ困ってるか祐一だって分かるはず。
 ふぁいと、だよ。


 夕御飯を食べてすぐにベッドでおやすみなさい。
 おかげで四時でも目はしっかり覚めてる。
 抜き足差し足、こっそり歩いて祐一の部屋に侵入した。
 祐一は……寝てるね。
 とりあえず、祐一に見つかっちゃったら意味がないので、様子をちゃんと伺おう。
 ぐっすり、寝てるかな……。
 じーっと、祐一の顔を覗き込む。
 えっ? えーっと……。
 ど、どどど、どうしようっ。
 祐一の寝顔、物凄くかわいいよ。
 ダメ、だまされちゃダメ。
 こんな顔してても夜な夜なわたしの服を脱がしに来るケダモノなんだから。
 でもっ、でもっ……キス、したくなっちゃった。
 ちょっと、ちょっとだけなら……バレないよね……?
 そーっと唇を近づけて……。

 どっきん、どっきん。

 わ、わわっ、心臓の音が聞こえちゃう。
 駄目っ、祐一起きちゃうっ、起きちゃうよぉっ。


 ――ちゅ


 すーはー、すーはー。胸を押さえて深呼吸。
 一生分緊張したかもしれない。
 どうしよう、これ癖になっちゃいそう。
 大好きな人の寝顔にキスするのって、こんなにどきどきするものだったんだ。


 と、とりあえず祐一は起きる気配ないよね。
 仕返しはちゃんとやらないと、うん。
 上着を取ると、祐一の男の子らしい筋肉質な体が目の前に現れる。
 祐一の上半身って、実は結構力強いんだよね。
 どんな勢いで抱きついても受け止めてくれそうで……って、ダメ!
 今飛び込んだら祐一が起きちゃう。
 早く裸にして何事も無かったように部屋に戻らなきゃ。
 するするっと、パジャマのズボンを引き抜く。
 Gパンとか制服みたいにベルトやチャックつきのものじゃないので上着より楽だった。
 うーん、こうしてじっくり見ると祐一って下半身もしっかりしてるよね。
 陸上部とかに入ったら結構走れると思うけど。
 昔はわたしより走るの速かったし。
 つーっと、太腿を指でなぞってみる。
 弾力があって、それでいて硬い。
 いい筋肉……って、わたしそんな変な趣味ないない!
 ぶんぶんぶんと頭を振って、目覚めかけた何かを振り払う。
 こんなことしてないで、早く目的を済ませないと。
 残りはトランクスだけだし。
 がりっ!

「あっ!」

 ゴムに指をかけようとしたら、勢い余って爪を立ててしまった。
 それも結構きつく。
「ゆ、祐一……?」
 恐る恐る呼びかけてみる。
 だけど、祐一はぐっすりと眠っていた。
「……え? これでも起きないの?」
 なんだか別の興味が湧いてきてしまった。
 男の子って、そういう警戒心が薄いのかな?
 いつも隙がないように見えるのに、寝ているとこんなに無防備だなんて。


 最後に残ったトランクスを脱がせて、余計にどきどきしてきちゃった。
 あ、あんなところも無防備だなんて。
 ど、どうしよう。なんだかものすごくかわいいよ。
 ちょっと、先っぽを触ってみたりして……わ、わわっ、ぷるんっていった。
 ていうか、、何だろ。胸が、むずむずしてきたかも。
 そうだ、うん。何だか、悪戯してみたくてたまらない感じ。
 だって、今の祐一は無防備で、わたしの思うままなんだもん。
 ずーっと祐一を見てきたけど、そんな状況はこれが初めてだった。
 今の祐一は……わ・た・し・の・し・も・べ。
 なんて、起きてる時に言ったら絶対ぶたれるよね。
 いっつも意地悪されてる分、今日はわたしが意地悪しちゃおう。


 例えば、祐一の机の上に乗ってた洗濯バサミをほっぺたにくっつけてみたりして……。
 ぷっ、あはははは、凄い顔。
 でも祐一は全く起きる気配がない。こんなことしても起きないなんて、びっくり。
 それにしても、何で洗濯バサミなんか机に置いてあったんだろう?
 バネが緩んでて、あんまり挟む力は強くない。
 こんなので洗濯物を止めていたら、大風で飛んでしまうと思う。
 それ以前に、祐一は洗濯物を干したりはしてない。
 じゃあ、何で? うーん。まさか、わたしに使う気……なのかな?
 ……かなり嫌な予感がする。
 これは帰り際に没収しておこう。
 とりあえず、ほっぺたにつけた洗濯バサミを取る。
 今度はこんなところにつけてみたりして……。
 こ、これでも起きないの!?
 じゃ、じゃあ、こんなとことか……わ、わわ、凄い。
 なんだか、祐一の気持ちが少し分かってきたかも。
 うん……仕返しはやめとこう。
 服はもう一度着せておいて、バレるまでは知らんぷりしておいて……。
 わたしだけしか知らない、祐一のかわいいところをもっとたくさん見ちゃおうっと。
 その日から、わたしにひそかな夜の楽しみが増えたりしたかもしれない。




―――後日談

 休み時間、香里とお喋りしてると祐一と北川君が何か真剣に話しているのが聞こえた。
 何だか気になるので、ちょっと聞き耳立ててみる。
 やっぱり祐一が何か悩んでるんだったら力になってあげたいもんね。
「変な夢を見たって?」
「ああ、何故かはよく分からないんだが、ハトに左の睾丸をついばまれる夢を……」
「あの呑気そうで、平和の象徴だったりするハトが、か?」
「そう、そのハト。しかも起きたら現実でも痛かったりするし」
「泌尿器科に行った方がいいんじゃないか? そっちの病気って大変らしいぞ」
「うーん……」
 小声だけど、はっきりとわたし達にも聞こえた。
 香里は腕を組んで呆れてる。
「何の話してるのかしら?」
「わ、わたし何も知らない」
 愛し合う二人には、他の人には言えないような秘密があるんだよ。
 ……多分。



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