事の始まりはシエルからの教会への連絡が途絶えたことからだった。
 東の最果ての地、日本で二十七祖の一人と、それに並ぶアカシャの蛇が同時に消滅したという報告は埋葬機関に大きな衝撃を与えた。
 彼らは事の詳細報告を現地のシエルに求めたが、シエルは二死徒消滅の報告を最後に逐電。
 何が起きたかさっぱり掴めず、機関はパニックに陥った。
 おまけに、その街に真祖アルクェイドだの直死の魔眼だのがいるだのあるだの、それらが死徒を倒しただの、未整理のまま送られた断片情報だけが届いたのだからタチが悪い。
 調査員を送ろうにも、そんな物騒な街に好んで行きたがる馬鹿はいなくて当然だろう。
 加えて、そこは極東の小さな国だ。
 そこに飛ばされるのは、左遷もいいところなので尚の事誰も腰を上げたがらないというわけである。
 事件の関係者に協力を得なくてはならないという要素もあって、埋葬機関側の調査は完全に頓挫。
 最終的に魔術協会を通じて、過去にその街を訪れたことがある私に調査の『依頼』が回ってくることになった。
 幸い、報告書にあった『直死の魔眼』なる人物は私の知り合いで、懐かしさもあった私はその『依頼』を受けた。


 難航が危惧された調査だったが、『直死の魔眼』なる人物として報告されていた、私にとっては旧知である遠野志貴の協力により意外に早く情報は集まった。
 まあ、シエルとアルクェイドには私の知名度も役に立ったようだが。
 ゴネると思った二人も、私が彼女達の生活を壊すつもりはないこと、最大限教会には無干渉を呼びかけることを強調すると折れてくれた。
 私で妥協したのか、私を敵に回したくなかったのか、多分色々思惑があってのことだろうが、結果オーライなのでそこは気にしないことにする。


 事件から――
 死徒二十七祖第十位ネロ・カオスと、アカシャの蛇ミハイル・ロア・バルダムヨォンがこの世から消滅して三ヶ月がたった。
 街には活気が戻り、それまでごく普通にあったいつもの営みへと還ってゆく。
 調査の締めくくりとして、事件に関わった彼らのその後を簡単に記しておくとしよう。










最果てより世界におくる、この物語を

Page 7 「終わらない世界へ解き放とう 世界の果てでめぐり逢うまで」











「おはよう、遠野くん」
「ん、ああ。おはよう、弓塚」
「何してるの?」
「見て分かるだろ? 将棋だよ」
「……一人で?」
「いや、有彦と今日の昼飯を賭けて」
「乾くん、いないみたいだけど」
「あいつは今……」
「はっはっは、朝は早飯早グソに限るね。あの芸術的なとぐろを遠野にも見せてやりたかったぞ。お、来てたのか弓塚?」
「……一度死んで来い」
「乾くん……下品だよ」

 ―――遠野志貴
 モノの死が見えること以外はごく普通の男子学生。
 事件が過ぎ去ってからは、いつもの学生生活に戻る。
 実家における、口うるさい妹との同居生活が悩みの種だが、それ以外はすこぶる順調のようだ。
 弓塚さつきとはこれといった進展はないものの、顔を会わせる度に、あの日抱きつかれた感触を思い出しては動揺しているという。
 まあ、彼が落ちるのは時間の問題だろう。
 これは女の勘だ。








「そういや、弓塚」
「何、乾くん」
「そろそろ遠野との仲は進んだのか?」
「ぜーんぜん。遠野くんは、いっつもあの調子だもん」
「マジかよ。毎日一緒に帰ってて、何もなしって……はぁ、やれやれ。弓塚に同情するぜ」
「ほんとに困るよね、はぁ」
「……そういう話は俺のいないところでやれ」

 ―――弓塚さつき
 ネロ・カオスによりサツキ・カオスという『作品』のベースとされるも、奇跡的な生還を遂げた少女。
 魔術的な素養はかなりあるようだが、彼女がその道を目指すことはないと思われる。
 彼女が今後どのような人生を送るかは、神のみぞ知るといったところだろう。
 志貴と同じく学生生活に戻った彼女は、以前と違って随分積極的な性格に変わったと言われている。
 やはり、人間一度死を実感してみると心境にも色々と変化が生じるということだろうか?
 が、依然として彼女のクラス内での人気は衰えず、むしろ以前よりも好感を持つ人間が増えたのだとか。
 その中には志貴の悪友、乾有彦も含まれる。
 はじめはどこかソリが合わなかった二人も、今ではすっかりいいコンビになっていた。
 志貴にとってはあまりありがたくない話だろうが。
 まあ、敵を作らない性格というのは長所と言っていいだろう。
 ……と、どこかの組織に猛省を促すために一応メモしておく。
 ちなみに、最近のさつきの悩みは相変わらずの志貴の性格だそうだ。
 もう少し積極的に行くべきか、このまま普通でいるべきか、恋する女の子の道は前途多難である。








「はいはーい、全員席について。授業始めるよ。ん、そこの君」
「は、はい」
「まだお弁当の時間じゃないでしょ」
「すみません、朝食べてなくて……」
「問答無用、没収。これはわたしがいただきます。ん、このハンバーグなかなかいけるわね」
「そ、そんなぁ。僕、今日お金持って来てないのに」
「仕方ないわねえ、昼休み調理実習室に来なさい。わたしが何か作ってあげるわ。これだけじゃ足りないでしょう?」
「あ、ありがとうございます。アルクェイド先生」
(……口元緩んでるぞアルクェイド)
(遠野くん、あの人いつまでこの学校にいるつもりなのかな?)
(少なくても俺達が卒業するまではいるつもり……らしい)
「はい、そこ私語しない。罰として遠野君、教科書58ページを正確な発音で読むように。その次のページは弓塚さんね」

 ―――アルクェイド・ブリュンスタッド
 吸血種の頂点に立つ真祖の最後の生き残り。
 真祖に関する詳しい説明は……長くなるので割愛。
 事件以降、人間社会に興味を持ち、どういうわけか遠野志貴や弓塚さつきの通う学校に英語教師として潜り込む。
 かなり破天荒なGT(グレートティーチャー)ぶりを見せているが、生徒達の人気はそこそこ高いらしい。
 ロアから力を取り戻したことで、吸血衝動に目覚める心配は当面ないと予測される。
 また彼女自身、自分の始末は自分でつけるとも話していた。
 無闇に刺激しない方が得策だと思われる。
 いや、力を取り戻した現状では絶対に止めた方がいい。
 無駄な血の雨が降るだけだ。
 尚、今回の調査において、彼女は私に協力的だったことを参考までに付け加えておく。







「いらっしゃいま……げ、アルクェイド」
「げ、って何よ。お客さんにはスマイルでしょー?」
「お生憎様。食パンを生噛りして味がないだの、フランスパンが固いだの文句を言う客はパン屋のお客様じゃありません。コロッケ屋でもあたってください」
「あー、もう、ごめんごめん。謝るからパンを売ってよ、シエル」
「……棚にたくさん並んでるのをトレーに入れて持って来ればいいじゃないですか。レジの拒否まではしませんよ」
「あー、うん、そのね……並んでないからシエルに作ってもらおうと思って」
「並んでないもの? 他ならぬ貴女の頼みですから、『パン』なら作ってあげますけど」
「ほんと?」
「作れるものなら、ですよ」
「じゃ、テリヤキバーガー三つお願い」
「……帰って下さい、馬鹿吸血鬼」

 ―――シエル(エレイシア)
 当人物の経歴については詳しく語る必要はないだろう。
 ロアからある種の呪いを受けて、埋葬機関で飼われていた女性とだけ記しておく。
 事件の後、二死徒消滅の報告を教会に送って以降連絡を断つ。
 かねてより教会にいい印象を持っていなかった彼女のこと、ロアが消滅した今、法衣を脱ぎ捨てることに躊躇いはなかったようだ。
 現在は、連絡を絶った任地にそのまま居住し、いつかのパン屋で働いている。
 聞けば、ロアに乗り移られる前の彼女はただのパン屋の娘だったらしく、本人に言わせればあるべき姿に戻っただけということだった。
 教会内では彼女を処罰しようという動きがあるようだが、そっとしておいてやって欲しい。
 彼女のささやかな幸せが続くことを祈るばかりである。








 ――さて、と。
 最後の一枚をトランクに収め私は立ち上がる。
 まだ未整理のままの情報もたくさんあるけれど、資料のないここではこれ以上の作業は無理だ。
 一つの確たる筋書きが出来たところでよしとすべきだろう。
 協会に戻りがてら、この街で起こったことをどんな形にまとめるか夢想して楽しむとしよう。
 最果ての地で起こった不思議な物語を世界へとおくるために。
 立ち上がった私を見上げて少年が言った。
 ありがとう。先生に会えて、良かった――と。
 でも、そう言いたいのは私の方だ。
 彼は私の言葉を忘れずに、予想以上の素敵な男の子になってくれていた。
 遠野志貴という人間と知り合えて本当によかった、と思う。
 だけどありがとうはまだ言わない。
 それは次の機会にとっておくことにしよう。
 だから私は、答える。
 元気でね、志貴。縁があったらまた会いましょう――と。
 そこはいつかの街の外れにある野原。
 別れ際、私は地面に座ったままの彼の頭をそっと撫でた。


 ―――がんばりなさい、男の子。






(『最果てより世界におくる、この物語を』 完)

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