引き続き飛翔の光を使い、汐は人目につかぬよう迂回しつつ、ゆっくりと空を飛んでいた。今回は気配を辿れるので、ミンクとマロンも姿を現し、汐をナビゲートしている。
光の気配も大分近づいてきたその時、不意にマロンが怪訝そうな表情を浮かべた。残る二人も同じだ。三人は顔を見合わせると、建物の影に入り一旦足を止めた。
「何、これ……こんなことあるはずが……」
「……ねぇ、ミンク、これって」
「ええ、間違いありません……。光の気配が、消えました」
遠ざかるわけでもない、弱まったわけでもない。完全に、消えたのだ。
続けざまに起きる想定外の事態に、一同は戸惑いの色を隠せない。
「……とにかく、今は急ぎましょう」
先へと誘うミンクの言葉を最後に、無言のまま汐たちは前へと進む。ほどなくして、汐たちは反応が消えた地点にたどり着いた。
周囲に目を向ける汐たちの視界に入ったのは、宙に浮かぶ何かのシルエット。
遠目ではっきりとはよく見えないが、何故か汐には確信できた。
「あれは、人の影だ……」
慎重に人影に近づいていく汐。だんだんとはっきりと見えるまでに近づいていく。
人影の正体は、汐と同世代ほどの少女だった。
亜麻色の長髪を風になびかせながら、斜め右下に顔をうつむかせている。
純白のワンピースの上にブラウンのマントをまとい、手に持つのは恐らく杖。
空を飛んでいることからして、目の前の少女が魔法士であることは間違いない。となると、衣服はバトルジャケットなのだろう。
汐らが近づき、停止すると、少女は静かにこちらへと顔を向けた。
そして汐をその視界へと入れると、少女ははっと、軽く驚いた様子を見せた。
「君は……」
少女から思わずもれた言葉。それはどこか聞いたことのあるような、そんな声色だと、汐は感じた。
汐がぼーっと少女を見つめていると、不意に少女は灰色の光に包まれ、身を翻しそのまま空へと飛び去った。
「あっ――待って!」
思わず手を伸ばすが、既に遠ざかる少女の姿に汐はぎゅっと手を握り締め、飛翔の光の出力を増大し、少女を追いかけ飛んだ。
「汐!」
「ちょっと、置いてかないで汐ちゃ――きゃっ!」
汐を追いかけ飛び出したミンクとマロンは、しかし、透明な壁にぶつかって阻まれた。
「これは、結界!? そんな、こんな強力な結界を逃げ出す一瞬で張ったの!?」
「そんなはずはありません。これほどの結界を、しかも私たちに気づかれないようになどと、早々張れるものではありません。きっと、どこかに術者がいるはずです」
「もしかして、あの子の式?」
「その可能性が高いでしょう。ちょうど汐が通り抜けた後に発動したんですね……」
「どうしよう……ねえどうしよう……?」
「……術者を見つけるか、この結界を破るか、何とかしてここを突破する方法を探しましょう。早く汐に追いつかないと……」
「うん……そうだね。とにかく片っ端から試して見よう!」
「無事でいてください…汐…」
ミンクは汐が消え去った方向を見つめ、ただそれだけを祈った。
住み慣れた町の上空で、汐と少女は合わせ鏡のように向かい合っていた。
結界が張られたのは汐も承知していたため、もう人目は気にせず、堂々と宙を飛んでいた。
無表情で正面に浮かぶ少女の姿に、汐の心の奥で何かがざわめいていた。
「あなたは、誰? 誰なの?」
「……答える必要はない」
汐の問いかけに、少女は感情の感じられない冷たい声で返す。
今まで聞いたことのないその声の冷たさに、汐はぞっと体を震わせた。
「あなたも光を集めてる……んだよね……?」
「………」
「どうして光を集めてるの? その……もしよければ、一緒に集められたらなー……なんて……」
二度目の返事はない。その代わり少女は、これが答えだとばかりに、無言で杖を汐に突きつけた。
汐は少女の持つ杖に視線を向ける。先端に不ぞろいの塊が集まってできたような杖だ。
「邪魔をするなら、排除する……!」
無感動に言い放つと、少女はおもむろに左手を突き出した。
「……ファイアっ!!」
「っ!」
そして少女が叫んだと同時、その小さく白い手から魔力砲が放たれた。汐目掛け一線の光が走る。
ぎりぎり汐は急上昇してその弾道からさけた。魔力砲は汐の真下、つまり先ほどまで汐がいた場所を通り抜けていった。
ふう、と息をつくと、汐は足元に走る魔力光の跡を見やる。
「射撃の光は私が持ってる……。ってことは、光を使わずにこの力なの……?」
こちらをじっと見据える少女は、左手を下ろすと、杖を両手で握り、正面に構えた。
先ほどの魔力砲は馬鹿正直に汐がその時いた場所へと狙っていた。つまり多分、あれは力を見せ付けるための脅し。
でも汐はひるまない。わかった上で、退かなかった。少女もそれを悟ったか、杖を身体の前に平行に差し出した。
「………」
少女が何か呪文を唱えると、杖から機械的な音が聞こえ、先端のがらくたが変形し始めた。
変形した杖の形状は……
「あれは……槍っ!?」
先端部分が針のように尖った杖を軽く振り回し、少女が杖を構える。
それを見届けた汐もまた、前かがみになり杖を構えた。
しばし、お互いの間に静寂と緊張が満ちる。
「……くるっ!」
少女が加速し、汐もまた翼をはためかせ迎え撃つ。
そして、平和な町の上で人知れず、二人の少女が激突した。
「いない、いないよミンク!」
術者を探しに周囲を探索していたマロンは、ミンクの元に戻ると開口一番にそう叫んだ。
「もう、大分時間が過ぎてしまいました。結界を破るのは、もう得策じゃないかもしれませんね……」
汐が飛び去ってから既に十数分、結界が維持されているということは、恐らくまだ二人が中にいるということだ。
仮に結界を破れたとして、中にいる二人が解除されるタイミングをわからない以上、汐と少女を一般人に目撃されてしまう可能性は高い。
「私たちは相手を甘く見すぎたのかもしれません。迂闊でした。まさか私たちに探知されないほどの術者だったなんて……」
「ねえ、どうするの……?」
ミンクが悔しげに口元を歪め、それでも尚頭だけは回転させる。
逃げ出した少女がまだ結界を維持しているということは、中で何かがあったに違いない。それは間違いなく、汐が関係しているだろう。
それは不安材料でもあるが、同時にまだ汐は無事だということの証明でもある。全てが片付くまで、きっと結界は解除されない。
結界を破ろうとしているのに、自動的に解除されたらそれは終わりを示すなどと、なんとも腹の立つ話だ。
「あせってはいけません。もう少しで結界に穴をあけられます、マロンはすぐに飛び込める準備を」
「うん。ねえ……汐ちゃん、大丈夫だよね」
不安げに呟くマロンの言葉に、ミンクは何も答えられなかった。
杖と杖が交わり、二人の少女の飛ぶ軌跡が、汐の金色の翼と少女が放つ灰色の光によって生まれる魔力光によって描かれ、消えていく。
もう何度目のつばぜり合いだろうか。互いに弾き合うといくらかの距離をとり、少女たちは静止した。
十数分の短い攻防ではあったが既に二人の息は荒く、しかし、それでも視線はお互いに相手から外さなかった。
(今のところは互角かな……。空での動きにもうちょっと慣れれば、何とかなりそうなんだけど……)
少女が何かを呟き、杖のがらくた部分を槍の形状から元の状態に戻すのを見て、汐が苦笑いを浮かべる。
「どのみち、もう付き合ってくれる様子じゃなさそうだね……」
「……ロッド、展開!」
少女の呼び声と共に、再びがらくたが解体される。そして、その形状がまるで剣山のように展開した。
その内側、がらくたの中心に、汐は思わず視線をひきつけられる。そこには、赤く光る四角い物体があった。
「あれは……もしかして、あれがあの子の杖のコア……?」
放心のままコアをじっと見つめていると、赤いコアがだんだんとその光を強くしていくのに気づき、はっと我に返る。
(これ……ミンクのハイドロプレッシャーと同じ感じ……魔力が集めてるの? いけないっ!)
「サウザンド…アロー!」
展開されたがらくたの各先端からマシンガンのように、汐へ向けて無数の魔力弾が発射された。
「きゃあああ!!」
迫る弾幕に汐はなすすべもなく身体を打ち付けられ、その衝撃に汐は意識を手放した。
「………」
先ほどまで戦いが起こっていた町の上空。風にマントをはためかせ、少女は腕の中で気を失っている汐を見つめる。
気を失い地面へと落下し始めた汐を、少女はすぐに受け止めていたのだ。
汐を抱きながら、少女はゆっくりと手近にあるビルの屋上に降り立ち、地面に汐を横たえる。
そして少女は無言のまま、汐の持つ杖に手を伸ばした……。
「ぎぎ……」
聞きなれた声に少女が動きを止め、声がした方向を振り返る。そこには、古いからくり人形のような、がらくたが立っていた。
「……もう、時間切れ?」
「ぎ」
がらくたはぎこちない動きでこくりと頷く。
「そう……」
少女は伸ばしかけた手を下ろし、汐を無表情で見おろすと、そのまま空へと飛び立った。
「汐っ!」
「汐ちゃんっ!」
体が揺さぶられる感覚に、意識がゆっくりと覚醒する。
「あれ……ミンク、マロン?」
まず汐の視界に入ったのは、自分を覗き込んでいるミンクとマロンの心配そうな顔。続けて周りを見回すと、そこはビルの屋上のようで、汐はミンクの腕の中にいた。
「大丈夫、汐ちゃん?」
「……うん、大丈夫」
「すみません。本当はきちんと寝かせられるところに連れて行きたかったのですが、結界が解かれたから堂々と飛ぶわけにもいかなくて、移動もできず…」
「ううん、十分だよ。ありがとう」
汐はミンクの詫びを途中で切って、なんとか笑顔を作り、立ち上がろうと身体を起こす。
「っ……!」
しかし両足を地面についたところで膝が崩れた。すかさずマロンが汐を支える。
「駄目だよ、まだダメージが残ってるんだから無理しちゃっ」
「ごめん……そういえば、あの子は?」
「わかりません……私たちが汐を見つけた時にはもう姿はありませんでした。そのすぐ後結界がとかれたことからして、きっと私たちが汐を助けるのを待っていたんでしょう。騒ぎになったら向こうも困るのは目に見えてますし」
「一体何が目的なんだろーね。光を集めてるのには違いないんだろーけどさ、ならわざわざ戦う必要も逃げる必要もないじゃん?」
「あの子、敵……なのかな……」
「今のところはそう見たほうが良さそうですね。あちらも光を集めていて、既にいくつかの光を手に入れているようです。となれば、いずれまた戦わなければならない相手でしょう」
「戦う……」
改めて言葉として聞いたその物騒な単語を、無意識のうちに汐は復唱した。
(そうだ。私、あの子と戦ってたんだ……)
誰か人と戦うという事実。そして、これからもきっと戦わなければならないだろう事に、汐は身震いを隠せなかった。
それに気づいたミンクは声のトーンを抑え、優しく語りかける。
「大丈夫ですか? ……もし辛いのなら、遠慮なく」
「……うん」
汐は顔をうつむかせ、小さく返事をした。
古河家に戻った三人を迎えたのは、汐の様子を見るなり慌て始めた秋生だった。
すぐさま布団を敷いた部屋に通され、皮肉にも汐は実際に寝込むことになってしまった。
しばらくあたふたと体温を測ったり問答をした後、詳しい事情を話すために秋生たちは居間へと移動した。
電気が消された暗い部屋の中で、汐は布団に包まり、天井を見つめながら物思いにふけっていた。
頭に浮かぶのは、当然あの少女のこと……。
少女の姿を目にし、その声を聞いてから、汐の心の奥でずっと言葉に出来ぬ不思議な感覚が渦巻いていた。
「あの子……見覚えがある。私は、あの子を知ってる……?」
誰もいない部屋で一人ぽつりと呟く。しかし、口に出したところで答えは出てくるはずもない。
どこかもやもやとする感覚を抱きながら、汐は押し寄せる睡魔に身を任せ、眠りについた。
第七話
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