――決戦前夜

 エクシードブレイブスのメンバーは、極東支部でそれぞれの時間を
 
 過ごしていた。

 焦る気持ちもあるが、激戦続きで気づかないところで疲労は溜まっている。

 そう思い、彼らはそれぞれの休息を取っていた。

 浩平は、茜に誘われて街の公園に出てきていた。

 手には激甘で知られる練乳がけワッフルである。

 「……浩平、食べないのですか」

 「い、いや食べる、食べるさ」

 茜の静かな、けれでも確固たる重さを感じた浩平は

 もはや逃げ場無しと悟った。

 事実、浩平があれやこれやと手を尽くして、このワッフルを

 逃れようとしてきたのは一度や二度ではない。

 が、最終決戦、しかも本人達に死ぬ気はないとはいえ

 今までのどの戦いよりも無事でいられる確率は低い。

 ならば、恋人の茜が最後になるかもしれないという時に

 このワッフルを二人で食べようと言うのは必然なわけで、

 (こ、ここで逃げたら男…いや漢じゃない…!)

 浩平は覚悟を決めた。

 出来るだけ練乳の少ない部分を目掛けて一口、本当に

 一口だけそのワッフルをかじる。
 
 (あ…甘ッ…!)

 表情には出さないよう努力しつつも、その味覚を破壊するかのような

 甘さのワッフルを何とか飲み込む浩平。

 そんな浩平の姿を微笑みながら眺め、自分は平然とそれを口にする茜。

 傍目にはほんわかカップルなのだが、爽やかな笑顔を浮かべつつ

 ワッフルを食べる浩平の心の中は、

 (て、敵は本能寺にあり…)

 戦う前からすでに負けていた。









 エクシードブレイブス 第75話

 それぞれの今











 ――極東支部 屋上

 往人は特に意識して何かをすることはなかった。

 いつものように飯を食べ、それが終われば空に近い場所で昼寝をする。

 軍に入ってからも変わらなかった日常。

 今は隣で寝息を立てる少女が、その証。

 彼はここにきて何かが変わったわけではない。
 
 ただ、約束を終えた自分に残された物が旅とこの少女だっただけだ。

 薄々感じている、まだあの翼は飛ぶ事を求めている。

 戦場ではなく、この世に存在する空を目指して。

 だから、往人は決めていた。

 この戦いが終わった時、自分がどうするのかを。

 だから今はこの日常を楽しもう。

 何も特別な事は必要がない、ただ隣にいる少女がいれば。

 「…フッ…俺も無欲になったもんだ」



 ――街

 そもそも彼らの始まりは彼女の一言から始まった。


 『諸君、あたし達に残された時間は少ない』

 『遊びに、行くぞー!』

 八重樫つばさの有無を言わさぬ号令で、

 街へと駆り出す事になった舞人、希望、山彦の三人。

 無論、この四人が向かう場所は一つしかない。

 「ものども! 元気力が足りーん!」

 ノリノリでマイクを掴み、熱唱するつばさ。

 それに拍手喝采を送る希望。

 呆れたように相づちを打つ舞人&山彦。

 「ねえ、ねえ八重ちゃん八重ちゃん。次はこれ行こうよ、これ」

 「ん、あたしにまっかせなさい! 一番! 八重樫つばさ、いっきまーす!」

 セレクトされた曲を熱唱するつばさ。

 希望の元気もそうだが、つばさの体力もどこから来るのか。

 かれこれ二時間は歌い続けのはずだが。

 「なあ舞人」
 
 「ふっ…俺は今悟りを開くべく瞑想しているんだ。邪魔しないでくれ」

 「いや、こんな場所で悟りなんか一生開けないから話を聞け」

 女性陣のパワーについていけず蚊帳の外の男二人。

 哀愁漂う二人の背中はなぜか、いつものニ割り増しで

 寂しげだったという…。



 ――極東支部

 あゆは、格納庫にいた。

 整備班が忙しそうにあちこち駆け回る姿を見ながら

 彼女は愛機を見上げた。

 自分の代わりに傷つき、その翼を広げているガンダムを。

 あの少年がいなくなってからの時間は空虚なものになると思っていた。

 だが、あまりに急な戦闘が続きすぎたためか、悲しみに浸る時間はなかった。

 そのおかげだろうか、名雪も真琴も、
 
 同じような思いで何とか立ち直る事が出来た。

 あの時ほど強い悲しみはないが、何かが抜け落ちたかのような

 焦燥が胸の中にある。

 それも仕方がない、わずかな時ではあったが

 失われたものが帰り、そしてまた失った。

 二度目の喪失は、何をもってしても癒せはしない。

 けれどこの痛みがあるうちはきっと、忘れる事はないだろう、とも

 あゆは思っていた。

 前へ進む事を諦めはしない、少年はそんなものを望まない。

 それは、あゆたちが誰より知っているのだから。

 けれど、この戦いが終わった時、彼女達は二度と戦う事はないだろう。

 最初から、彼女達の目的は決まっていたのだから。

 生きても死んでもこれが最後の戦い。

 その思いを刻むため、あゆは一人格納庫にたたずんでいる。




 ――極東支部

 武は、ある話をするために純夏と冥夜を呼んだ。

 基地の裏手、特に人通りの少ないこの場所ならちゃんと言える。

 武はそう思った。

 「あーっと…多分二人とも気づいているとは思うんだが」

 困ったように武は話し始めた。

 「俺としては今すぐにでも答えを出したい。けど、それが

  少なからず次の戦いに影響を与えるかもしれない」

 けれどその言葉に冥夜が、

 「武、私たちを甘く見ないで欲しい。そこまで純夏も私も
   
  弱くはない」

 「そうだよ、タケルちゃん! 構わないから聞かせてよ!」

 「二人の事だからそう言うとは思った。けどな、わかってても

  必ず影響は出るんだ。どんなに些細な事でもこの作戦に
 
  支障を出したくない。だから…約束する、この戦いが終わった時

  二人に必ず答えを出す」

 武は偽りのない、真っ直ぐな目でそう言った。

 「…タケル、いつも思うがそなたはずるい。そのような目をされては

  何も言えぬではないか」

 「そうだよ冥夜、タケルちゃんはね肝心な事はいつもそうなんだから」

 二人とも言葉では不平を言っているが本心ではない事が

 その吹っ切れたような笑顔からわかる。

 「よいだろう、タケル。此度の戦いが終わった後、そなたの答えを

  聞かせてくれ」

 「約束だからね、タケルちゃん」

 「ああ、約束だ」

 それは決して破る事の許されぬ約束。

 そして三者が生き残らねば成立しない約束。

 遠まわしだが、武はこのような思いを込めていた。

  生きて帰ってこよう、と。



 ――街外れ

 極東支部の外れには小高い丘がある。

 夕日の沈む頃、信哉はそこに一人たたずんでいた。

 いや、今まで一人でいたわけではない。

 この戦いで出会い、苦楽を共にした仲間たちとの時間を

 しばし楽しんできた後、ここへと訪れた。

 真っ赤なコントラストが街を覆う。

 静かに、だが止むことなく風が吹く。

 心地よいと呼べる夕方の風が信哉の頬を撫でていく。
 
 ここに来るまでに、信哉はアザゼルからの因縁を断ち切る事が出来た。

 アグマイヤ、神に固執し、その狂った信念の果てに

 自らの創造物に命を奪われた老人。

 その死に際に、信哉は不思議なほど何も感じなかった。

 怒りも、悲しみも、失った物に対する憤りも、

 狂信とも呼べる満足げな笑みを浮かべた死に様の前に消し去られてしまった。

 一瞬、空虚な思いが心を突いただけだった。

 ザッ…
 
 後ろの方から草を踏み分ける音がする。

 なんとなく、誰が来たのかがわかる。

 「信哉」

 その声に信哉は無言で振り返る。

 「どうしたのこんなところで」

 笑顔で駆け寄る少女はそんなことを尋ねた。

 「どうしたの、と言えば真理奈だってそうだ。

  どうしてこんなところに来たんだ」

 「えへへ…なんとなく信哉がここにいるような気がして」

 「ものすごいカンだな。ここに何か縁があるわけでもない。

  ただ来たくなっただけだっていうのに」

 「そうなんだ、凄いね私。愛のテレパシー?」

 言ってろ、と信哉はぶっきらぼうに真理奈からそっぽを向く。

 何のことはない、笑顔で愛などと言った真理奈に照れただけだ。

 それがわかるから真理奈も何も言わず、いや少し笑顔を浮かべながら

 信哉の隣に並ぶ。

 「綺麗だね」

 「夕焼けを綺麗だというのは、みさきさんの特権だぞ」

 「あははっ、そうだね」

 そんな何でもない会話。

 けれど数年前までそんな当たり前の会話すら二人はかわすことが出来なかった。

 「最後の戦いが、あのジジイの尻拭いってのは気に入らないけど

  やらなきゃな」

 「そうだね、そして…火星に行くんだよね、信哉は」

 「ああ、ここに俺の居場所は無い。無理に作る気もしないからな」

 そう言って信哉は空を見上げた。

 「真理奈は、一緒に来てはくれないのか?」

 「え?」

 「俺はお前に来て欲しい、けど無理強いはしない。

  だから俺はこう言うんだ」

 一時の呼吸の後、

 
 
 「俺と一緒に来ないか」



 その短い言葉にどれだけの意味が込められているのか。

 けれども真理奈は悩まずに真っ直ぐにその言葉に答えた。

 「うん、信哉と一緒に行く」

 何の躊躇もせず、そう答えた真理奈に信哉は驚いたが、

 「…ありがとう」

 そう言って信哉はその腕の中に真理奈を抱きしめる。
 
 失ったぬくもり、暖かな場所。

 かつて失われた物はここにようやく返ってきたのだと実感して。

 彼の中に迷いはない。

 道を誤った神を名乗る器に剣を突き立てるのみ。

 決戦前夜、それぞれの思いは様々で、

 けれど目指すものは唯一つ。

 この戦いの終幕は彼らの手に委ねられた。

                             続く


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