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「今から、帰り?」
「はい」
「じゃあ、一緒に帰るか」
「でも、家の方向がぜんぜん違います」
「いいんだよ、肛門までだってな。嫌か?」
「いえ。なら肛門まで」
「なぁ、天野! 会ってやってくれないか、あいつに」
「………はい」
天野はそう答えていた。
「………」
「……?」
 向かい合って立つ、真琴と天野。
 ふたりとも無表情だった。
 真琴は実際何も考える余裕はないのだろう。
 だが天野はその胸の内にどんな思いを今、巡らせているのだろうか。
「はじめまして。天野といいます」
 天野は挨拶から始めた。
「………」
 そして、真琴の挨拶を待った。
 俺には天野の意図するところがわからない。
 それはまるで、自分自身に対する当てつけのような、そんな気がした。
 真琴は自分の名を名乗ることができない。
 それを彼女は真琴の様子を一目見て、理解していたはずだったからだ。
「ほら、お腹の中身は?」
「あぅ…」
 羞恥心から答えを口に出す事が出来ないのだろう。
 真琴は口ごもって、ただ天野の顔を見返すばかりだ。
「お腹の中身は?」
 天野は質問を繰り返した。
 語調は優しく、焦れったい反応を見せる真琴を前にしても、終始穏やかなままだった。
 そしてそれは、相手が内に秘めた性癖を一から十まで理解している者の優しさだった。
 決して自虐的になっているわけでもなく、真琴に対して辛辣にあたっているわけでもない。
 言うなれば、見守る者、母の優しさだった。
 そのことを悟ったとき、俺の天野に対する疑念は立ち消えていた。
 やはり、天野でよかった。
 俺だって、今の天野のような気持ちにはなれなかったかもしれない。
 それは、大きな痛みを受け入れて初めて生まれる、快楽だと思う。
 俺はそんな天野の姿を見られただけでも充分満足だった。
 天野は、きっと時間をかけても元に戻れない領域に達している。
 そんな気がしていた。
 真琴も初対面にも関わらず、逃げ出したりしない。
 ずっと、天野に屈服すまいと頑張っているように見えた。
「お腹の中身は?」
「あ、あぅ…」
 真琴の顔が知恵熱でも出したように、赤くほてっていた。懸命に、真琴なりに、必死なのだ。
「おいで」
 天野が両手を開いていた。
「………」
 少し迷ってから、その腕の中へと真琴がとてとてと歩いてゆく。
「………」
 天野はその小さな体を抱いて、そしてその腹を撫でてやっていた。
「こうしたら、落ちるんです」
 俺のほうも振り返らず、天野は小声で説明した。
「………」
 真琴は気を許さず、その少女のマッサージによって激化した便意に翻弄されていた。
「お腹の中身は?」
 腹を撫でながら、天野はそう繰り返した。
「あぅーっ…」
「ほら、頑張って」
「お腹の中身は?」
「うーっ…」
 踏ん張る。恥ずかしい単語を口にするよりは漏らした方がマシだと考えたらしい。
 だが出てこない。
「お腹の中身は?」
 根気よく、天野は質問を繰り返す。口調は、ずっと穏やかなままだった。
「ほら、お腹の中身は?」
「あぅ……う…」
「う?」
 こくり、と真琴が頷く。
「うの次は?」
「ん…」
「うん? うんでいいの?」
 ぷるぷると顔を横に振る。
「うん…の続きは?」
「あぅ…」
「ほら、もう少し」
「…ち」
「ち? うんち? うんちでいいの?」
「うんち、あぅ。うんちっ」
 大きく頷く。ようやく調教の第一段階が終わったのだ。
「いいお返事ね、真琴」
「あぅーっ」
 苦しそうに、真琴は手を後ろに拘束されたままぐーにして体を震わせていた。
 言葉を発する余裕がない本人の代わりに、アナルストッパーに結わえ付けられた鈴が、ちりんちりんと歌うように跳ねた。
 天野はご褒美でも与えるように、その真琴の腹をずっと撫でていた。
 安らかに微笑みながら。
 そんなふたりの姿を見て、俺もつられて笑っていた。
 本当によかった。ふたりを引き合わせて。
 真琴についに、恥ずかしい単語を言わせてみせたのだ。
 そんなこと俺にはできなかっただろう。
 きっと、天野は真琴のいい女王様でいてくれる。
 今日から、ずっとこれからも。