流れていく日々は早い。
すでに夏は終わり、秋が始まっている。
「綺麗ですね」
線香花火が光をとばし、ぱちぱちと音を立てている。
わたしとユキは、近くの河原に来ていた。
夜の散歩である。
線香花火は部屋に余っていたので、ついでにと、ユキが持ってきのだ。
「月も綺麗だぞ」
そう言って、ユキは川の水面を指差す。
そちらを見ると、川の水面に映ったとぎれとぎれの月が、ゆらゆらと揺れている。
背の高いススキも水面に映っている。
線香花火が終わり、わたしは立ち上がる。
わたしとユキの影が、川の水面で揺れている。
「夏に見た月とは少し違いますね」
涼しさや前に見た風景との違いに、過ぎ去っていった季節を感じる。
その感覚と重なるように、わたしとユキの歩んできた季節を思い出す。
「いろいろありましたね」
「そうだな」
光に暖かみが増していく季節。
新緑の葉の間からこぼれる光の中を、ユキと話しながら歩いたこと。
雨の降る季節。
雨宿りをした屋根の下で、ユキへの想いを言葉にしたこと。
入道雲が水溜りに映る季節。
水溜りを覗き込むと、そこにはいつもユキの笑顔が映っていたこと。
終わり行く時を知らせる虫達が、一斉に騒ぎ出す季節。
月の光がすべてを覆うなか、ユキがそばにいてほしいと言ってくれたこと。
それらの季節のすべてが、わたしの思い出の中にある。
「そろそろ帰ろうか」
今まで水面を見ていたユキが、歩道に向かって歩き出した。
わたしは線香花火を片付けてから、後を追う。
ユキはゆっくり歩いていたので、すぐに追いつく。
「捕まえました」
ユキの腕をとり、一緒に歩く。
二人の足音が夜空に響く。
「かまくらの中にいるときに俺が言ったこと、憶えてる?」
「ええ。もちろんです」
「二人でかまくらの中でずっと一緒に住むんだって」
「そう、その通りになってますね」
「かまくらでは、ないけどな」
今、わたしとユキは一緒に住んでいる。
だから帰り道も一緒。
「かまくらが壊れてしまって、言ったことを憶えていますか」
「ああ。よく憶えてる。
俺が、『かまくらを作り直す』って言って」
「わたしが、『どうせ冬だけしか住めないのならいいよ』と言って」
「そしたら俺が、『家を建てる』って言いだしたんだよな」
「ユキは昔から変わりませんね」
そんな子供の頃の思い出話をしながら歩いたら、もうユキの部屋に着いていた。
ユキが思い出話に笑いながら、ドアの鍵を開けて部屋の中に入る。
「ただいま」
「おかえりなさい、ユキ」
昼はわたしが一人で留守番をしていたので、一応おかえりなさいで合っていると思う。
「布団、干しておきました」
「そんなに毎日干さんでも」
「今日は特に良いお天気だったので」
わたしはユキの上着を受け取る。
「お風呂にしますか、それともご飯にしますか」
「…ちょっと恥ずかしいな」
「一度言ってみたかったんです」
「一度と言わずに、何度でも言ってくれてもかまわないけどな」
「はい」
「でも、今日はその前に…」
どん。
と、わたしの前に大きいガラスの瓶を置く。
「これは…」
わたしは知っている。
この瓶の中身はわたしが作ったものだ。
「前に、わたしが初めて作ったジャムですね」
朝食のとき手作りのジャムを、ユキに食べてもらおうと思って作ったものだ。
食べられないような失敗作だったのに、ユキは、
「俺がうまくしてやる」
そう言って、どこかへ持って行っていた。
「お前があんなに一生懸命だったからな。
捨てるわけにも、腐らすわけにもいかないんだ、このジャムは」
「ありがとう、ユキ」
「できる限り手を加えてみた。俺と秋子の合作だな」
「では、さっそく」
ユキが瓶の中身をすくいとって、舐める。
わたしも少し舐めてみる。
「うーん」
「…」
「まずい」
「おいしい」
「どこがだ」
「とっても、おいしいですよ」
「俺に気を使ってるのなら遠慮しなくても、いいぞ」
「気なんて使ってません」
「どう考えても、まずいだろ」
ユキの口調が強まる。
「誰がなんと言おうと、おいしいと思います」
「あのなあっ!」
怒鳴り気味になるユキ。
その後、言い争いになってしまった。
そう言えば、
わたしたちがした喧嘩は、この一度きりだった。
「強情なやつ」
「だって、おいしいですから」
「よし、こうしよう。
俺とお前の間に子供ができたら、その子供にうまいかまずいかを判断させる。
そうすればお互い納得できるだろう」
「ええ。いいですよ」
「……おいおい、こんなことにまで即答しないでくれよ」
「今日、病院に行ったのですが……
もう、赤ちゃんいるよって言われました」
突然のわたしの言葉に、ユキも驚いていた。
わたしも初めて聞いたときには驚いた。
でも、わたしはすぐに決断していた。
お掃除も終了。
これで、引越しの準備はすべて終わり。
あとは、ユキが帰ってくるのを待つだけだ。
空気の入れ換えのために開けていた窓を閉めようとした。
そのとき窓の外に目がいく。
あの後、いろいろ大変だった。
だけど、わたしとユキが出した答え。
それは、二人でユキの故郷に向かうことだった。
秋の夕暮れは早く、冬が近付いていることがわかる。
ユキと出会って、どのくらい経つのだろうか。
早い季節の流れにそんな疑問が思い浮かぶ。
そうだな。
いろいろなことがあった。
変わらない毎日の中に、いろいろなことがあった。
わたしは思い出す。
ユキとの変わらない毎日の中の、特別な日々を。
瞬く間に過ぎ去って行った日々。
果たしていった約束と深まっていった想い。
本当に早かった。
その一瞬の時のすべてが、わたしの中にある。
だけど、
ユキとの一瞬の連続は、
特別な日常は、
続いていくはずである。
「反対とかなかったんですか」
「されましたが…」
そう。
わたしは、猛烈に反対された。
当然だ。
せっかく名門の高校に入ったのに、と嘆かれた。
それに将来を捨てるなとも言われたが…。
「わたしの選択は正しかったと思っていますよ」
「おう、命をかけて守ってやるぞ」
ユキも胸を張ってそう言ってくれた。
時計に目がいく。
「名雪、起きてこないわね」
「起こしてきましょうか?」
「いえ、そのうち、起きてくるでしょう」
「……そうですか」
「続きを話しましょう」
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