第二話:すれ違う運命

 プロローグ/ジオン前線基地

「もう一度訊くわよ、名雪。本当に、間違いなく、相沢君と……北川君だったの?」
 ジオン前線基地内、人通りのない通路奥。二人の女性が、なにやら深刻な顔つきで向かい合っていた。
 詰問するように一歩前に踏み出した女性――美坂香里中尉が、向かい合った少女をするどい眼で睨む。そうすることで少女の心を見通せる、とでも言うように。
「本当だよ。間違うわけないよ……だって祐一だよ?」
 名雪と呼ばれた少女もまた、軍服に身を包んでいる。聞くものが聞けば、その声の主がモビルスーツという兵器に搭乗していたことを思い出すだろう。モビルスーツのパイロットにして中尉の階級をもつ軍人。それがジオン軍においての少女――水瀬名雪の立場だ。
「わかったわ。信じる。名雪の言葉を信じるわ、ええ。だからこそ、もう一度、今度は別のことを訊かせてもらうわ」
 落ち着きを取りも出したのか、一歩後ろに下がる美坂。
「名雪、あなた本当に相沢君と戦えるの? いいえ、相沢君を殺せるの?」
「お、お姉ちゃん、そんな言い方って」
 美坂の後ろに控えていた女性、美坂香里の妹の美坂栞准尉が非難がましく口を開いた。こちらも水瀬同様、少女という形容が似合いそうだが、年齢は水瀬の一つ下にすぎない。
「大丈夫、だよ……うん」
 美坂の身も蓋もない言い方に、水瀬はうなずいた。
 相沢祐一。いとこにして幼馴染。共に幼少期を過ごした、家族。それを殺せるか、と美坂は言うのだ。
 死んでほしいわけがない。殺したいわけがない。けれど、殺さないわけにはいかない。ジオン軍と連邦軍、敵と味方に別れた以上、戦場で出会ってしまえば命を懸けるしかない。でなければ、殺されるのだから。
 この前の戦闘はイレギュラーだった。だから、相沢も水瀬も互いに生存している。けれど、次はない。生死は別にして、殺しあうことだけは確実だった。そうしなければ、自分も、自分の周りの人間も死ぬのだから。
 水瀬はそう、思う。割り切ろうと。奥歯を噛み締めながら。
 その姿を見て美坂は、
「ま、いいわ。次はあたしたちが行くから。新型の慣らし運転には調度いいでしょ」
「お姉ちゃん……」
 切り捨てるような姉の言い方が気になるのか、栞はまたも姉を呼んだ。水瀬のいとこである相沢祐一、そして、「北川」と呼ばれた人物は美坂姉妹も知らぬ顔ではなかった。どころか、北川は――
「美坂准尉」
 短く、そして鋭く、妹を呼ぶ姉。けれど、そこには姉妹という関係を感じさせない圧力めいたものが存在した。
「了解です、隊長……」
 有無を言わせぬその調子に栞は頷くしかなかった。
「あなたの隊を負かすほどの腕前なら、相沢君たちはいずれジオンの脅威になるわ。なんとしてもここで潰しておかないとね」
 首肯する水瀬の姿を認めて、美坂は歩き出す。その後ろを栞がついていく。何か言いたそうに、姉のほうばかり見ていた。
 美坂には妹が何を言いたいのかわかっていた。だから、あえて声には出さず、口の中だけで妹の疑問に答える。
「あたしは、とうに覚悟を決めているのよ。あの時からね」

 1/里村茜の憂鬱

 里村茜は思う。どちらにすればいいのかと。
 まるで鏡の前に立ち、着ていく服を決めるように。
 けれど茜が立っているのは扉の前で、決めるべくは立場である。
 上官である里村茜か、一人の――北川潤を心配する里村茜か。
「考えるだけ無駄ですね……」
 本人を前にすれば、どちらかに傾くだろう。そう思って茜は開閉スウィッチへと手を伸ばした。
「あれ、茜ちゃん。俺に何か用?」
 茜が扉を開けるより速く、中から北川が出てきた。
 咄嗟に引っ込めた指を見られていないだろうか、と思いつつ、茜は、
「いえ、ただ通りかかっただけですが」
 そんなことを言っていた。
 しまった、と思う。いくらなんでも、こんな言い訳が通じるわけがない。そもそも言い訳をしなければならないようなことは何一つしていない。もっと堂々としていればいいものを、なんてひねくれた物言いをしたのだろう。
「香里、と栞でしたか。先ほどの」
 だと言うのに、続けた言葉は北川の胸をえぐるような話題。
「それが?」
 扉にもたれかかるようにして北川が先を促す。
「その名前が出た途端、顔が強張っていましたから」
「ただの昔馴染みさ。ただの、ね」
 いつもと違う、少なくとも茜の知る北川潤という青年とは違う態度に、茜の胸はチリチリと焦げ付くような思いがした。
「恋人、ですか」
 震えないように、なんでもないように言えただろうか。
「今となっては、その方がよかったのか、悪かったのか。ま、何も言えずに終わって今がある以上、良いも悪いもないんだろうけどね」
「あの小隊を取り逃した以上、リマまで無事にたどり着ける保障はありません。北川――」
 片手を突き出し、北川は茜の言葉を遮った。
「戦うよ、オレは。何も言わなくて後悔したんだ。今度は、何もせずに終わらせるのはゴメンだよ」
 まっすぐに見つめられ、茜は戸惑う。
(結局私は、北川にどんな立場で接したというの? 叱咤も激励もせず、ただ傷つけただけのようで。これでは、なんのために……)
 身を乗り出すようにして、茜は口を開いた。
「北川、私は――」

 ――――――――――――っ!

 突如として鳴り響いたアラームによって茜の言葉は遮られた。
「敵襲っ!」
 こんな時に。
「艦長、すぐにブリッジへ来てください! 各パイロットは機体の発信準備を行ってください! 繰り返します――」
 オペレーターのアナウンスが響き渡る。
「茜ちゃん」
「……」
「いつか、話すから。絶対に」
 茜は一度頷いてブリッジへと駆け出した。何かをする時間が与えられているのなら、せめて選択と行動ぐらいはしてみようと思いながら。

 3/すれ違う運命

「総員戦闘配備! モビルスーツは出撃してください」
 茜は声を張り上げつつ、現状の把握に努めた。
 敵は部隊を二つに分け、ホライゾンへと迫っている。確認できるだけでも、モビルスーツが五機。ドップ二機、マゼラトップ二機。このぶんだと、まだまだ出てきそうな気配だった。
「これはまた、ずいぶんと……」
「どうする、茜ちゃん。打って出るには頭数足りないし、守るだけじゃジリ貧だ」
「ええ、わかっています」
 敵が一箇所に固まっているのならやりようがある。けれど数的優位を理解した上で、相手は部隊を分けている。これがまだ、先手を取られていないのであれば、なんとかなるのだろうが、相手はすでに、部隊を同時に推し進めている。これでは各個撃破も難しい。一方に戦力を向ければあっさりと挟撃をされる。挟撃を警戒して、こちらが部隊をわければ、逆に各個撃破されてしまうだろう。
 ひらけた場所であることも、茜たちにとって不利だった。身を隠す事ができる遮蔽物がない。相手の数が多ければ、当然火力も増える。このままではただの的になってしまう。
 どうすればいい?
 茜は思考をめぐらせる。最早一刻の猶予もない。
「北川少尉をホライゾンに残し、相沢、七瀬両名は左手の敵機を撃破してください」
「茜ちゃん、オレはっ!」
「わかっています。不満だと言うのなら、成果をあげてください」
「隊長、どういうことだ?」
「それを今から説明します。まず――」
 茜の作戦に従い、相沢、七瀬のモビルスーツを前衛に左手に展開された部隊の撃破を目指す。ドップとザクを一機ずつ撃破しつつ、さらに前進。その間、ホライゾンと北川機が前方からやってくるザク一機とマゼラトップ二機を相手にする。
 火力という点において、こと戦艦は他の追随を許さない。加えて北川の射撃精度は小隊でもずば抜けている。
「オレはっ……」
 北川が引き金を引くたびに敵機は破壊されていった。彼は確かに、茜の言葉に応えていた。けれど、引き金を引くたびに、声にならない叫びをあげているような、ここにはいない誰かに、なにかを伝えようとしているような、そんな気迫が込められているように茜には感じられるのだった。
 しかし、前を向いていても、どこか遠くを見ているようでは死を招きかねない。目の前に集中しなければ、戦場で生き残ることなどできはしないのだ。
(北川……)
 何か言うべきか、茜が迷っていると、先行していたモビルスーツから連絡が入った。
「本当にうまくいくのかしら」
「どっちにしろ、やってみるしかないだろ。こちら相沢、目標ポイントに到達」
「相沢少尉は対岸にて待機、その場で応戦してください」
「了解」
 ホライゾンもすぐさま合流すべく、目標ポイントである橋へと向かった。その間に敵機の後続が目前に迫る。
「敵の増援ですっ! 数、四!」
 加えて新手の出現。このままでは挟撃されるのは目に見えていた。敵はいまや、左右から橋へと目掛けて押し寄せている。中には川の中を歩くものさえいた。
 各機応戦はしているものの、戦況は圧倒的に不利。このまま力押しで攻められたら、数分と立たぬうちに全滅するだろう。
「このままじゃもたねーっ!」
「北川少尉、準備はよろしいですか?」
「ああ」
 ホライゾンの上でロングビームライフルを構える北川。
 狙うのは川。より正確に言えば、水中のモビルスーツである。
 一条の光が水面へと吸い込まれる。狙い違わずモビルスーツを撃ち抜く。途端、融解した金属と高温となった川の水、低温の川の水が合わさり、水蒸気爆発をおこす。
 橋を目指し、川沿いを進んでいたモビルスーツはひとたまりもなかった。突如上がった爆炎は一瞬にして膨れ上がり、辺り一面を焼き尽くした。
 ホライゾンに肉薄していたわずかな敵機も、突然の事態に反応が遅れ進行を止めてしまう。そのすきを逃す里村小隊のパイロットたちではなかった。
 一瞬にして攻守が逆転した戦場だったが、ジオン側の戦力は依然として残っている。その中でも指揮官クラスと思われるモビルスーツが二体、川から離れながらも、ホライゾン目掛けて突撃を仕掛けてきた。
「あの角付きは……」
「うぐぅ、祐一くん……」
 左前方からやってくる緑色の機体は、前回の戦闘で相沢たちを苦しめたものに酷似していた。同一であるのなら、あのモビルスーツに乗っている人物は相沢のいとこ、ということになる。
「七瀬、そっちの青いヤツを頼む! 俺は、あのザクをやるっ!」
「了解。あれはザク? にしてはずいぶんと速いわね……」
「おそらくジオンの新型モビルスーツでしょう。くれぐれも油断しないでください」

 4/She In 青

 ジオンの青きモビルスーツ――グフがホライゾンへと右手より攻めあがっていた。片手に構えたナタのような近接武器以外に、これといった装備は見当たらない。対する七瀬の搭乗する機体、ガンキャノンはマシンガンを持ち、背中には二百四十ミリのキャノン砲を背負っている。そのせいでスピードはないものの、火力では圧倒しているように思われた。
「なんであんなところからマシンガンが出てくるのよっ!」
 ナタしか持っていないように見えたグフだが、片手にマシンガンが仕込まれていたのだった。
 七瀬としては、火力に物を言わせて相手を近づかせないように立ち回りたいのだが、このグフという機体は、七瀬の知るザクよりも数段素早かった。いや、性能は確かにザクより上だが、数段、というほどではない。パイロットの力量がそう思わせるほど高いのだ。
 七瀬の銃撃を巧みにかわし、グフは確実に距離を詰めていた。背後にホライゾンが存在する以上、七瀬は、その場を離れて間合いをとるわけにはいかない。なんとしてもその場で相手を押し止めなくてはならないのだ。
 しかし、相手は七瀬の予想を上回り、ついには眼前へとその姿を現し、腕からひも状の物質――ヒートロッドを発射した。
 咄嗟に回避する七瀬。ヒートロッドはガンキャノンを捕らえることはなかったが、その手に持ったマシンガンに絡み付いて、
「なっ」
 七瀬がマシンガンから手を離すよりほんの一瞬速く、ヒートロッドから電気が流されていた。
「うぎゃああああああああああああああああ」
 およそ乙女らしくない悲鳴を上げる七瀬。ヒートロッドの電流を喰らったその時にマシンガンを掴む手のロックを解除していなかったら、完全に破壊されていた。それでも一時的とはいえ行動不能に陥ってしまえば、命を奪われるのに十分な時間である。
 まさにグフがナタを振り上げ七瀬を両断しようとした刹那。
「オレは、何もしないで後悔するのは、もうたくさんなんだっ!」
 北川が放ったビームが、グフの肩を貫いた。すぐさま北川が第二射を放つ。
しかしながら敵も然る者。よろけながら、その反動を利用して後方へと跳び、後部スラスタを吹かせ態勢を整え、それをかわす。が、片腕を損傷しているためうまくバランスが取れず、動きに停滞が生まれる。その時、
「北川君、いるんでしょう?」
 グフのスピーカーから漏れた声に、北川の反応が一瞬遅れた。
「くっ、そっ!」
 グフはその一瞬でバランスを整え、北川の第三射をギリギリでかわすと、そのまま素早く撤退を開始した。
「敵機、撤退を始めています!」
「相沢、七瀬両名帰還してください」

 エピローグ/いま、あいにきたがわ

 北川はコクピットから出る事もせず、ただ呆然としていた。
 北川君、いるんでしょう
 先ほどの、青いモビルスーツが発した――いや、パイロットが発した声が耳から離れないでいた。
「美坂……」
 たった名前を呼ばれただけで、
「なぁに動揺してんだか……」

 これじゃあ、茜ちゃんに合わせる顔ねぇや……


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