原作 Key
今日も病状に変化は無し。
言葉を交わすことはなく、ただ病室にしばらくの間たたずみ、立ち去る。
これまで、何度繰り返したことだろう。
あの子とは血の繋がりなどない。我が家には何の義務もなかった。
しかし、さまざまな縁で家族になった。
少なくとも、自分ではそう考えている。
「家族……か」
たまには隣町の実家に顔を出すか。
のどが渇いたので何か飲み物を買おうと自販機に足を運ぶと……
リボンの色は赤、同学年だ。
今日はまだ冬休みだ。彼女はどうやら部活の帰りらしい。
彼女が手にしたのはHOTの缶コーヒーと…COLDの苺カルピス?
この寒空の下、何とも奇妙な取り合わせだった。
自分もHOTの缶コーヒーを買い、冷え切った手を温めながら何となく彼女を目で追う。
ベンチには同年代と思われる男が座っていた。
ふたりはどうやら待ち合わせをしていたらしい。
ベンチの前のふたりの光景が、なぜか昔の記憶をくすぐったが何らかの形を成す前に消えてしまった。
気にしていても仕方ないので券売機へと向かう。
……。
…。
パンを咥えながら着替えを済ませ魚肉ソーセージを齧りながら鞄の用意をして、トマトジュースで流し込む。
角チーズをアルミの包装ごと4つ口に放り込み、舌でより分けながら新聞に目を通す。
アルミ箔だけ器用に舌で丸めてゴミ箱に吐き出し、アパートを出る。
なにやら話し込む男女。
やはり、あのふたりは昔にも会った覚えがある。
話をしてみれば疑問は解消するかもしれないが、あまりにも理由が怪しすぎるので断念する。
……。
…。
今日は特に用事も無いのでまっすぐ…いや、病院に顔出していくか。
一体なぜあんな所に?
迷ったのか? 旧校舎じゃあるまいし。
旧校舎は、今となっては一部の部が部室として使用する程度だった。
そもそも、校舎を設計した『有名な人』とやらは南国生まれの南国育ち南国在住雪国知らず。
耐震性にも疑問が出ているのだが、基本設計に余裕が無く補強もままならない。
生徒や教員といった当事者不在のまま……
だから新校舎の設計が父さんの建設会社に発注されたとき、父さんは仇を討つかのように喜々として(いや、鬼気として)仕事に打ち込んでいた。
……空腹。
病院行く前に駅の近くのパン屋で何か買って食べるか。
賞味期限がサインペンで消してあるが、そのためか不自然に安い。懐が寒いので他に選択の余地は無い。
まあ胃腸が丈夫だから問題なかろう。
過去へ飛んでいた意識は突然の呼びかけに現在に戻る。
和弥「こんにちは、先生」
緑色の波形が表示されるモニターをしばらく凝視していたが……
聖先生は僕の襟首を引っつかんでモニターに肉薄させた。
和弥「な、何なんです?」
……何だその呼び方は。
和弥「……え?」
さまざまな専門用語と共に波線のグラフが書かれていた。
グラフの横軸は時間、そして日付けは昨日だった。
具体的に何を意味するか解らないが、確かに波形は違って見えた。
そして、今モニターに出ている波形と同じだった。
聖先生は僕がその事に気づいたのを察したのか、得意げに言葉を続ける。
和弥「……え?」
沢山のチューブとコードが繋がれた痛々しい姿。
閉じられたまぶたが動く気配は無い。
本当に? 起きているというのか?
和弥「…あゆちゃん? 僕だ。和弥だ。解るか?」
枕元に立ち、呼びかけてみる。だが反応は一向に無い。
先生は眠り続けるあゆとモニターを見て軽くため息をつく。
和弥「どういうことなんです?」
和弥「そうですか……」
和弥「
そんな、そんなのって…。
そう言って笑う。
和弥「……そんな馬鹿な」
あの日からかれこれ7年。
あゆの命はこの中の液体によって維持されていた。
こんな液体でもあゆの糧となり、ある程度は肉体を成長させてもいた。
こんなになっても生きている生命力に畏怖の念を抱くとともに、哀れみも抱いてしまった。
和弥「……そうですか。でも……」
和弥「そうなんだ……元気になるんだ……」
思わずあゆの手を握っていた手に力がこもる。
なお、それからしばらくして同様の現象が発生し、僕を驚かせ、聖先生を大いに悩ませるのだった。
この謎の現象はこれからも時折発生することになる。
……。
…。
講堂と同様、旧校舎も有名な人(少なくとも僕は見たことも聞いたこともないのだが有名なんだそうだ)が建てたとかで文化財としての保存運動が活発になり、最近まで校舎の更新は行われていなかったらしい。
無計画に増築を繰り返したわけではないのだが間取りが独創的過ぎて道に迷う。
老朽化で扉のたてつけが悪いし隙間風もひどい。
たまに見に行くくらいならいいだろうが、そこを継続して使用し、掃除させられる身になれば堪ったものではないだろう。
新校舎は全ての部を収容するだけの余裕があるのだが……
OBの『部員を鍛えた旧校舎を大事にしよう』という意向で旧校舎に残る部も少なくない。
設計には暖房や降雪という概念がすっぽりと抜け落ちていたらしい。
それなりに改修はされたものの所詮は付け焼き刃。
基本設計の無茶さはいかんともしがたく、近代化を試みるも、美観を損ねてはいけない、という制約があったため相当な無理があった。
例えば増設された電線は見えづらいところに配線され、掃除が行き届かずネズミが齧ったり埃が積もったりで、発火するわ修理は困難だわで散々だったらしい。
今でも問題なく立っているから大丈夫……などというおめでたい意見があるが、これまでは幸運にも大地震がなかっただけに過ぎない。
デザインの優美さを評価する者はともかくとして肝心の建物の利用者の評判は最低。
あの校舎を肯定的に捉える者はごく一部の少数派で、美化された思い出によるものか……
ただ単に『有名な人が設計した』事をありがたがっているだけ……だったらしい。
あの校舎に通うことがない赤の他人のロマンと郷愁と『有名な人』へのファン心理といったエゴで結成された『伝統ある旧校舎を守る会』の圧力によって存続され、下手すれば新築した方が遥かに安く上がるくらい膨大な維持管理費用を(税金から)つぎ込まれながら、生徒達に不便な学園生活を強いていたのが…
同僚で父さんの同期生でもある月宮のおじさんはその設計図を見せてくれたりした。
父さん達が作ったこの学校にあの子と一緒に通うのが僕の夢だった。
あの日から時が止まったままの病室に入る。
ダッフルコートと羽の飾りが付いたリュックが、壁にかけられていた。
昨日はあの子の誕生日だった。
あれは両親からのプレゼントなのだろう。
だが、僕は誕生会に参加する気になれなかった。
肝心の主役の笑顔を見ることのできない誕生会なんて辛すぎる。
外国人である母親譲りの綺麗な褐色の髪と赤い瞳は、天使のイメージに合うかもしれない。
父さんの同僚である『月宮のおじさん』の娘。
彼女の両親は揃って父さんの会社で働いていて、仕事が忙しいときは、娘のあゆは僕の家に預けられることがあった。
逆に、僕があゆのアパートに預けられることもよくあった。
2話
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