今になって思うことがある。
 互いに、庇護する対象を求めていたのだと。
 双方、どのような形であれ身近に大切な人が存在しているはずだった。
 しかし、それを失い、行き場を失った思いが自分を苦しめていた。
 だから、その思いをぶつける対象を欲していたのだと思う。
 だが、出会ったとき、そのやり方や双方の状況ゆえにぶつかり合ってしまった。
 状況が許せば、いや、自分がもっとうまく立ち回れば、より良い関係を築けたかもしれない。
 しかし、時を巻き戻すすべなど無いのだ。
 では今、何ができるだろう?

        まもるべきもの         一章 その対象

        作者 OLSON

        原作 Key            清水マリコ

       1月 6日 水曜日

あの子の見舞いに行く。

今日も病状に変化は無し。

言葉を交わすことはなく、ただ病室にしばらくの間たたずみ、立ち去る。

これまで、何度繰り返したことだろう。

あの子とは血の繋がりなどない。我が家には何の義務もなかった。

しかし、さまざまな縁で家族になった。

少なくとも、自分ではそう考えている。

「家族……か」

たまには隣町の実家に顔を出すか。

そう思い、駅に向かう。

のどが渇いたので何か飲み物を買おうと自販機に足を運ぶと……

見慣れた制服を着込んだ女の子がいた。

リボンの色は赤、同学年だ。

今日はまだ冬休みだ。彼女はどうやら部活の帰りらしい。

彼女が手にしたのはHOTの缶コーヒーと…COLDの苺カルピス?

この寒空の下、何とも奇妙な取り合わせだった。

彼女はしばらくそこに立ったまま逡巡していたが……

やがて、意を決して駅前のベンチへ向かった。

自分もHOTの缶コーヒーを買い、冷え切った手を温めながら何となく彼女を目で追う。

ベンチには同年代と思われる男が座っていた。

ふたりはどうやら待ち合わせをしていたらしい。

ベンチの前のふたりの光景が、なぜか昔の記憶をくすぐったが何らかの形を成す前に消えてしまった。

気にしていても仕方ないので券売機へと向かう。

あの子の病状について、これまでと全く同じ報告をしなければならない事に気を重くしながら改札をくぐった。

………。

……。

…。

       1月 8日 金曜日

今日から新学期。

パンを咥えながら着替えを済ませ魚肉ソーセージを齧りながら鞄の用意をして、トマトジュースで流し込む。

角チーズをアルミの包装ごと4つ口に放り込み、舌でより分けながら新聞に目を通す。

アルミ箔だけ器用に舌で丸めてゴミ箱に吐き出し、アパートを出る。

寝坊して遅くなってしまった。今朝は何も無ければいいのだが。

校門を通る。

なにやら話し込む男女。

ひとりは学年一位の女、どうしても追い抜けない我がライバル(と、勝手に認定)美坂香里。

そして…この前、駅前で缶コーヒーと苺カルピスを買っていた女生徒と、彼女と待ち合わせていた男だった。

やはり、あのふたりは昔にも会った覚えがある。

とても古い記憶を刺激するのだが、どうしても形にならず消えてしまった。

話をしてみれば疑問は解消するかもしれないが、あまりにも理由が怪しすぎるので断念する。

ぼけっとしていても仕方ないので教室に向かう。

幸い、今朝は危惧していた問題は見つからなかった。

………。

……。

…。

放課後……。

今日は特に用事も無いのでまっすぐ…いや、病院に顔出していくか。

そう思いながら廊下を歩いていると、中庭に人影が見えた。

校門で見かけたあの男子生徒だった。

一体なぜあんな所に?

迷ったのか? 旧校舎じゃあるまいし。

 旧校舎……戦前の代物だ。
 講堂と同様、旧校舎も有名な人(少なくとも僕は見たことも聞いたこともないのだが有名なんだそうだ)が建てたとかで文化財としての保存運動が活発になり、最近まで校舎の更新は行われていなかったらしい。
 もっとも、そこに通う事になる肝心の生徒にとってはただの『ボロい建物』でしかなく、その生徒の一人であった父さんは酷評していた。

 曰く……
 デザインに懲りすぎて階段の手すりなどの形状が複雑になったり彫像やら何やらが所々にあったりで、掃除が滅茶苦茶面倒。
 無計画に増築を繰り返したわけではないのだが間取りが独創的過ぎて道に迷う。
 老朽化で扉のたてつけが悪いし隙間風もひどい。 etc…。

 旧校舎は、今となっては一部の部が部室として使用する程度だった。
 たまに見に行くくらいならいいだろうが、そこを継続して使用し、掃除させられる身になれば堪ったものではないだろう。
 新校舎は全ての部を収容するだけの余裕があるのだが……
 OBの『部員を鍛えた旧校舎を大事にしよう』という意向で旧校舎に残る部も少なくない。
 もっとも、OBの本音は……
『我々がこんなに不便な思いをしたのだから、後輩達も同じ思いをしないと不公平だ』という理屈らしい。

 そもそも、校舎を設計した『有名な人』とやらは南国生まれの南国育ち南国在住雪国知らず。
 設計には暖房や降雪という概念がすっぽりと抜け落ちていたらしい。
 それなりに改修はされたものの所詮は付け焼き刃。
 基本設計の無茶さはいかんともしがたく、近代化を試みるも、美観を損ねてはいけない、という制約があったため相当な無理があった。
 例えば増設された電線は見えづらいところに配線され、掃除が行き届かずネズミが齧ったり埃が積もったりで、発火するわ修理は困難だわで散々だったらしい。
 父いわく……
   『そのまま全焼してくれればよかったのに』
 と言われる程の代物だったようだ。

 耐震性にも疑問が出ているのだが、基本設計に余裕が無く補強もままならない。
 今でも問題なく立っているから大丈夫……などというおめでたい意見があるが、これまでは幸運にも大地震がなかっただけに過ぎない。
 デザインの優美さを評価する者はともかくとして肝心の建物の利用者の評判は最低。
 あの校舎を肯定的に捉える者はごく一部の少数派で、美化された思い出によるものか……
 ただ単に『有名な人が設計した』事をありがたがっているだけ……だったらしい。

 生徒や教員といった当事者不在のまま……
 あの校舎に通うことがない赤の他人のロマンと郷愁と『有名な人』へのファン心理といったエゴで結成された『伝統ある旧校舎を守る会』の圧力によって存続され、下手すれば新築した方が遥かに安く上がるくらい膨大な維持管理費用を(税金から)つぎ込まれながら、生徒達に不便な学園生活を強いていたのが…
 あの旧校舎だった。

 だから新校舎の設計が父さんの建設会社に発注されたとき、父さんは仇を討つかのように喜々として(いや、鬼気として)仕事に打ち込んでいた。
 同僚で父さんの同期生でもある月宮のおじさんはその設計図を見せてくれたりした。
 父さん達が作ったこの学校にあの子と一緒に通うのが僕の夢だった。

鉄扉が開く音。

物思いに耽っているうちに、彼は靴の泥を落としながら廊下に戻ってきていた。

        「相沢君っ!」

廊下に戻った彼に話しかけたのは、学年一位の女、我がライバル、美坂香里だった。

何やら親しげに話しこんでいる。

           ぐぅ

……空腹。

病院行く前に駅の近くのパン屋で何か買って食べるか。

賞味期限がサインペンで消してあるが、そのためか不自然に安い。懐が寒いので他に選択の余地は無い。

まあ胃腸が丈夫だから問題なかろう。

 腹を膨らまし、病院へ。
 あの日から時が止まったままの病室に入る。
 ダッフルコートと羽の飾りが付いたリュックが、壁にかけられていた。
 昨日はあの子の誕生日だった。
 あれは両親からのプレゼントなのだろう。
 だが、僕は誕生会に参加する気になれなかった。
 当然だ。
 肝心の主役の笑顔を見ることのできない誕生会なんて辛すぎる。

 羽リュック……彼女があれを背負ったら、まるで天使のように見えるだろう。
 外国人である母親譲りの綺麗な褐色の髪と赤い瞳は、天使のイメージに合うかもしれない。
 しかし、天使は死者を連想させるためリュックに視線を合わせたくはなかった。

 月宮あゆ…僕の妹と表現して差し支えはない女の子。
 父さんの同僚である『月宮のおじさん』の娘。
 彼女の両親は揃って父さんの会社で働いていて、仕事が忙しいときは、娘のあゆは僕の家に預けられることがあった。
 逆に、僕があゆのアパートに預けられることもよくあった。

 そして…事故で月宮のおじさんが亡くなってからは、預けられる頻度が増えた。
 しばらくは落ち込んでいるばかりだったが……
 徐々に立ち直り、時折笑顔を見せるようになった。
 その矢先……

   「おや、和弥(かずや)君ではないか」

過去へ飛んでいた意識は突然の呼びかけに現在に戻る。

いつの間にか、主治医である聖先生が来ていた。

和弥「こんにちは、先生」

聖「うむ、ちょっと失礼」

そう言って僕の横をすり抜け、あゆの体に繋がれていた機械のうちの一つに向かう。

緑色の波形が表示されるモニターをしばらく凝視していたが……

聖「喜べ! 和弥君」

和弥「うわっ!」

聖先生は僕の襟首を引っつかんでモニターに肉薄させた。

和弥「な、何なんです?」

聖「解らんか? 青少年」

……何だその呼び方は。

聖「脳波がな、これまでと違うんだ」

和弥「……え?」

聖「彼女の見た目はこれまで通り、ただ眠っているように見える。だが」

そう言って持っていた紙を見せる。

さまざまな専門用語と共に波線のグラフが書かれていた。

グラフの横軸は時間、そして日付けは昨日だった。

聖「昨日の昼過ぎから夕方にかけて、パターンが違っているだろう?」

具体的に何を意味するか解らないが、確かに波形は違って見えた。

そして、今モニターに出ている波形と同じだった。

聖先生は僕がその事に気づいたのを察したのか、得意げに言葉を続ける。

聖「……これはな、覚醒時のパターンなんだ」

和弥「……え?」

ベッドで眠るあゆを見る。

沢山のチューブとコードが繋がれた痛々しい姿。

閉じられたまぶたが動く気配は無い。

本当に? 起きているというのか?

和弥「…あゆちゃん? 僕だ。和弥だ。解るか?」

枕元に立ち、呼びかけてみる。だが反応は一向に無い。

先生は眠り続けるあゆとモニターを見て軽くため息をつく。

聖「やはり、外界の刺激に反応しているわけではないようだな」

和弥「どういうことなんです?」

聖「初めはな、昨日、君のご両親が見舞いに来たのがきっかけだと思っていたんだ」

聖「だが、言うまでもない事だがこれまでだって何回も何回も来ていただろう?」

聖「第一、昨日来ていたのは午前中、時間が合わないんだ」

聖「今みたいに話しかけてみても、検査や処置のために体に触れても変化は無かった」

和弥「そうですか……」

聖「…ただな、夕方ごろ、まるで激しい運動でもしているかのように呼吸数や脈拍が速まったんだ」

和弥「それって、体が相当弱ってるってことですか?」

そんな、そんなのって…。

聖「……私もそう思って色々調べてみたんだが、これといって異常は見受けられなかった」

聖「更には、採血してみたら甘いものでも食べたかのように不自然な血糖値の上昇が確認された」

聖「好物のたい焼きでも食い逃げして、店の親父に追いかけられてたのかも知れないな」

そう言って笑う。

和弥「……そんな馬鹿な」

あゆの腕に繋がれた点滴のパックを見る。

あの日からかれこれ7年。

あゆの命はこの中の液体によって維持されていた。

こんな液体でもあゆの糧となり、ある程度は肉体を成長させてもいた。

こんなになっても生きている生命力に畏怖の念を抱くとともに、哀れみも抱いてしまった。

聖「まあ、たい焼き云々は冗談として、呼吸数や脈拍が速まったり血糖値が上がったのは事実なんだ」

聖「当然ながら、この有様で買い食いできるわけがない。全くわけ解らんよ」

和弥「……そうですか。でも……」

聖「……?」

和弥「覚醒時の脳波が出るようになったって事は、治りつつあるってことですよね?」

聖「ああ、そう考えて間違いないだろうな」

和弥「そうなんだ……元気になるんだ……」

思わずあゆの手を握っていた手に力がこもる。

聖「希望を捨てず、頑張った甲斐があったな」

僕に言ったのか、あゆに言ったのか、自分自身に言ったのか、あるいは全てに対してなのかは判らないが、そう言って僕の肩をぽん、と叩いた。

なお、それからしばらくして同様の現象が発生し、僕を驚かせ、聖先生を大いに悩ませるのだった。

この謎の現象はこれからも時折発生することになる。

………。

……。

…。


2話
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