1月 9日 土曜日

退屈な授業が続く。

気分転換のつもりで窓の外に目をやると、雪に覆われた中庭に一本の線が見えた。

線……足跡を目で追うと人影。

ストールをまとった小柄な体つきの少女がいた。

あの距離では顔がよく見えない。

この学校の生徒なのだろうか? ではなぜ私服であんな所に居るのだろう?

気になるのだが教師の視線を感じ授業に集中する。

その後も少女のことが気になり、時折中庭に目を向けると相変わらずそこに居た。

そして4時間目……なおもそこにいる少女を見ていたら終了のチャイムが鳴る。

少女はそれを合図にするように、この教室…とは少しずれた所を見上げた。

やはり顔は良く見えない。この学校の生徒に用があるのだろうか?

HRが始まる。

担任が来週の行事の説明をしているが、僕が今更聞いても仕方がないので再び中庭に目を向ける。

すると、いつの間にか少女の前にひとりの男子生徒が立っていた。

男子生徒の褐色の髪がベッドで眠るあゆを連想させ、胸が締め付けられる。

視線を教室に戻す、担任の説明はほぼ終わりかけていた。

今日も用事はないのでまっすぐ帰ろうと昇降口に向かうと、中庭に出る鉄扉が開く。

そこから入ってきたのは……

先ほど中庭で少女と会っていた褐色の髪の男子生徒だった。

一体何だったのだろう?

………。

……。

…。

商店街の銀行に向かう。

あゆに良い兆候が出てきたお祝いなのか、仕送りは増額されていた。

そこで、贅沢して牛丼特盛り玉子とお新香追加で食べようと思いたつ。

ゲーセンの前に通りがかる。食った後でたまには遊んでいくかと思って目を向けると……。

プリント機に並ぶ女生徒の列を見つめる少女が居た。

彼女も褐色の髪だった。今日はずいぶんとあの色の髪に縁があるな。

彼女はプリント機の行列を羨望のまなざしで見ていた。

彼女に見覚えがあると思ったら……

 いとこの真琴姉さん!?

 父さんは、なぜか子供の頃の話はあまりしたがらなかった。
 自分で色々調べて知った事だが、父さんは子供の頃、この街から離れた山奥に位置する古い村に住んでいた。
 そこでは、時代にそぐわない古く馬鹿げたしきたりや差別的な因習が『伝統』という言葉で思考停止し、脈々と受け継がれてきた。
 父の家系は、狐の神様に守護されていたのだそうだ。
 それにより当時営んでいた事業は成功していたらしい。
 もっとも、実態はその逆だった。

 閉鎖的なムラ社会の中で、実力で事業に成功し急激に財をなした父の一族に対する村人のひがみから嫌がらせがあった。
 他の村人から『狐がついてるから成功した』と言われ、いわゆる『村八分』に遭ったのである。
 それによる心労から今で言うノイローゼになった祖母を、村人は『狐憑き』などと言いだした。
 やがて嫌がらせにより事業は破綻した。すると村人は『狐が出ていったから没落したんだ』等と心底嬉しそうに言ったのだそうだ。
 父の一族は、そんな卑しい村に嫌気が差してこの街に出てきたのだった。
 こういった家系は珍しくなく、土地を離れてしまえば表向きは問題なく見えるが結婚等の際に家系を探られ、蒸し返されることがある。

 叔父の結婚がそうだった。
 結婚……というか、婿養子という運びになって挨拶に行った時、家系の事に気づいた沢渡家の者に難癖つけられたのだ。
 もっとも……
「なに非科学的な事言ってるのよ! みっともない! そんな馬鹿とは親子の縁切るぞゴルァア!」
 そう言って自分の両親を鉄拳制裁した後、呆然とした叔父や挨拶に同伴した叔父の両親、つまり僕の祖父母を見回した後……

「あ…はしたない所お見せしましたわ。お、おほほほほ………」
 と、たおやかに微笑んで見せた女傑が産んだ女児が、いとこの真琴姉さんであった。

 常にいたずらっぽい笑みを浮かべていた彼女。
 当時は同年代の男子と比べても小柄だった僕は彼女にとって体のいいおもちゃだったらしく、着せ替え人形にされていた。
 僕は母親似で、幼少期は顔つきが女の子のようだったため悪ノリした彼女の手で女装させられた事すらあった。
 悲しいことに、妙な嗜好の持ち主が見れば鼻息を荒くしかねないくらいには似合っていたりした。
 しかも父さんまで悪ノリして僕の女装姿の写真を大量に撮った。
 悔し涙に枕を濡らし、ぐれてやる……と誓ったものである。
 もっとも、事故で父親を亡くして悲しみに暮れていたあゆに笑顔を取り戻させたのは、その写真だったのだから人生何が幸いするかは解らない。

 あの頃、あゆと共に、後に学校の新校舎となる麦畑に父さんに連れられて行った。
 あゆを元気付けようと、話しかけたり遊びを提案するが泣いているばかりだった。
 その時、父さんがおもむろに懐から取り出したのが件の写真だった。

 父さんが見せ付ける写真と、それを奪い取ろうと必死になる僕を交互に見たあゆは窒息しそうなくらい笑い出した。
 男としての自尊人は粉々に打ち砕かれた……が。
 あゆはこれまで感じることのできなかった楽しい思いを全て取り戻すかのように笑ったのだ。
 そして、我に返ったあゆは笑ったことを済まなそうにうつむいた。

和弥「気にしなくてもいいよ、あゆちゃんが笑えるようになったなら、それでいい」
あゆ「でも……」
和弥「悲しいことがあっても、自分に都合のいいように考えて、いつも前向きに……」
 俯いたままのあゆに、本か何かで見た台詞を、あゆ…ではなく、むしろ自分自身に言い聞かせるように呟くのだった。

 真琴姉さんは7年前までこの街に住んでいたが、遠くの高校への進学で離れていった。
 今では一児の母である。
 この前、出産のお祝いで久々に会ったら……
「時の流れって残酷…あんなに可愛かった和弥ちゃんがこんなごつい顔になっちゃった」
 …等と、大いに嘆かれたものである。せめて男らしくなったと言って欲しかった。

今ここでプリント機を見つめる彼女は、この街に住んでいた頃の真琴姉さんそっくりだった。

真琴姉さんに妹が居たなんて聞いたことがない。

他人のそら似……なのだろうか?

やがて3人組の女生徒が去り、並ぶ者が居なくなったプリント機の前に彼女が小走りで駆けつける。

しばらく機械をあちこち見たあと硬貨を投入し、ひとりきりで撮影した。

何が悲しくて、あんなものをひとりで撮る気になったんだろう?

          ぐぅ〜

空腹。さてと、牛丼牛丼。

………。

……。

…。

       1月 11日 月曜日

相変わらず退屈な授業も終了し昼休み。

学食へ向かうと……カツサンドが一つだけ残っていた。

大好物という訳ではないが、こうやってポツンと取り残されていると激しく購買意欲をくすぐられる。

だが、手を伸ばすと…横から突き出た腕に奪い取られた。

どうでも良かった筈なのに、一旦ロックオンした獲物を先取りされると妙に悔しい。

腕の持ち主を見ると……

おととい、中庭でストールの女の子と会っていた褐色の髪の男子生徒だった。

信じられない事に彼はアイスも買い、極寒の中庭へと歩いていった。

そこにはこの前のストールの少女が居た。

あの子は……

春に入学してきた美坂栞さん、我がライバル美坂香里の妹じゃないか。(珍しい名字だから間違いなかろう)

入学初日に倒れた彼女は体が弱いと聞き、それをヒントに応急処置の講習会の開催を思いついた。

目的はあくまでも役員選挙の際の人気取りだ。

案の定、反生徒会の連中が『売名行為』『偽善者』などと言い出したものだ。

それでもイメージアップには成功した。

僕の今の地位は彼女のおかげと言っても過言ではないだろう。

残念ながら、休学期間が長すぎて留年は免れないだろうが、登校できる体調になったのだろうか?

しかしなぜ私服? ずっと休んでいたから教室に顔を出しづらいのか?

しかも、信じがたい事に栞さんはあの寒空の下で旨そうにアイスを食べている。

そんじょそこらの健康体であんな暴挙はできまい。健康面にはもう不安はないのだろう。

栞さんの隣で青い顔をして震えながらカツサンドを齧る彼が、彼女の学業復帰の手助けになれるといいのだが。

          ぐぅ〜

……!!

僕はまだ何も買っていなかった。

学食には……もう何も残っていなかった。

………。

……。

…。


3話
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