彼も父さんやあゆの父と同じあの村の出身であり、父さん達と同期生、そもそも、舞踏会の盛装を禁止しようとしたのが他ならぬ彼だったそうだ。
『昼に佐祐理から電話があって、知り合いの子で学園の生徒会に入った人がいなかったかと訊いてきたから君の事を話しておいた』
『わかった。おーい、佐祐理ー!』
風呂上りに年頃の娘の前をフリ○ンで闊歩し、
学園のOBに『議員』になった者がいる
夫婦で営む倉田衣装店の仕事は多忙なのだが、彼女は極度のお父さんっ子だったため他所(例えば僕の所)に預けることができなかったらしい。
『息子には可哀想な事をしてしまった。佐祐理も私も、優しさと甘さ、厳しさと冷たさを履き違えていたんだ』
僕と同じ名を持つ男の子が、声を上げることもできずしゃくりあげる姿を想像するといたたまれなくなった。
『お父様ーっ、はい、パンツ…って、は、はえ〜っ!?ま、丸出しのまんま……』
彼女が息を呑む気配を感じるが構わず、力強く続ける。
だが、その亡くなった弟と、僕の名が同じだったのが問題だった。
一緒に水鉄砲で遊んだり駄菓子を食べたりする交流の日々が続いたが、亡くなったばかりである弟、『一弥』の名の由来を倉田のおじさんから聞いた僕はこう言って倉田邸を飛び出した。
『ふぇ〜、全然気づきませんでした……』
和弥「川澄さーん」
返事なし。
和弥「夜食ですよー」
返事なし。
……。
和弥「
そう言って、ちちち……と舌を鳴らしたところで我に返る。
うちの猫の舞を呼ぶわけじゃないんだから……。
第一、先輩をこんな呼び方しちゃ失礼だろう。
……まあ、彼女の不必要に人に媚びようとしないツン、とすましたマイペースな態度は猫のソレを連想させ、それはそれで可愛いと感じるのだが…
…って、そ、そういう問題じゃない!
階段の下に川澄さんが飛び降りた格好で現れた。
……しかもこっち来るし。
和弥「あなたは猫ですかっ!」
頭痛を堪えつつ一応突っ込んでおく。
和弥「いや、いーです」
静寂に満たされた夜の校舎に、彼女の状態を如実に表す切ない音が響き渡った。
和弥「あなたの星の夜の挨拶は腹の虫ですかっ!」
激化した頭痛を堪えつつ一応突っ込んでおく。
和弥「
くそ、僕も真似して割り箸を咥えて割ってみたが、きれいに割り損ねて上部は繋がったままだ。
双方、しばらく無言で食べる。
和弥「……あの」
和弥「退学処分、取り消せそうです」
彼女の箸が止まる。
和弥「
何かがきしむ音。
川澄さんが牛丼から手を放す。
僕はそれを慌てて受け止める。
川澄「…頑張って」
和弥「え? またですか?」
昨日と同じか……。
でも、魔物が来る直前に彼女が言いかけた言葉は……。
なぜか、心は弾んでいた。
静寂。
耳を澄ますと、走る音、そして何かにぶつかる音が遠くから時折聞こえる。
その時、目の前の空間がきしんだ。
川澄さんが戦う音は相変わらず遠くから聞こえる。
……魔物は複数いる!?
同時に、醤油と生姜の効いた肉汁の匂いが漂った。
床に突き立てていた剣を抜いた川澄さんは振り向き、歩み寄ってきた。
和弥「済みません。今夜も守りきれませんでした」
川澄「……こっちは無事」
なんとまあ、大したマイペースぶりである。
…って、あれ? 確か川澄さんは玉子を入れてたよな? 一個しか買ってなかった玉子。
なのに、玉子と思われる黄色い物体は丼の中ではなく、丼の外側を濡らす汁に混じっていた。
そして、丼の中は妙に汁気が多いように見える。
更に、彼女が持つ箸は割り損ねで上部が繋がったままであった。…って。
和弥「わ、わわわ!」
左右の長さが違う割り箸の先を咥えたままの川澄さんが僕の顔を見る。
和弥「
か、かかかか間接キス……!
川澄「………」
それだけを言って、再び牛丼をつつき始める。
頭痛がしてきた。この人にはそういう概念はないのか?
そう言って丼を差し出してきた。
間接キス返し!?
和弥「…いや、いーです」
やっぱり、そういう概念はないらしい。
この人には年頃の乙女としてあるべきものが色々と欠落している……。
激化した頭痛を堪えながらこぼれた牛丼を片付けている間に彼女は食べ終え、
明日の作戦の事を彼女に説明しておくのを忘れていたのだ。
彼女の大胆な行動(本人に自覚はないようだが)に今夜も惑わされて話すべき事を話しそびれてしまった。
……まあいい、むしろ、この方が好都合だ。
川澄さんも、祐一も、作戦は知らない方がうまくいくだろう。
これでいいんだ。これで。
………。
……。
…。
そんなこんなで父さん達とは奇妙な縁があった。
件の盛装騒ぎがきっかけなのか卒業後はこの街で貸し衣装店を営んでいる。
事業は拡大し、衣装だけではなくパーティー用品等のイベント関連のレンタルを手がけるようになった。
イベント等の際に貸し出し品の搬入に回ったり衣装の仕立て直しを行う職人になったのだ。
仕立て直しの腕は一流で、モノがよければ下手に新品作るよりも上等な仕上がりを実現している。
舞踏会で着た父さんのお下がりのタキシードを仕立て直したのも彼だった。
その舞踏会を開く当校も、お得意先のひとつだったりする。
ちなみに、OBゆえにあの学園の名を出すと盛装販売部門を担当する彼の弟さんが値引きしてくれたり、商店街に顔が利くので資金調達に向けたバイトを斡旋してくれたりする。
そんなレンタルショップ倉田衣装店を営む傍ら、何を血迷ったのか故郷の村の村会議員になってしまった。
彼は彼なりのやり方で、あの村を何とかしようとしているのだろうか?
父さんから倉田のおじさん経由で、僕が生徒会に入ったと耳に挟んだんだろうな。
「いえ、それでいいです」
『あ、あははーっ、ま、間違いではないですけどーっ』
『そうそう。佐祐理、私のパンツはどこだ』
『あ、取ってきますねーっ』
電話に出たときの轟音は、風呂上りで手が濡れていたために受話器を落とした音らしい。
趣味で奇妙な置物を多数製作し、
どこかから割と上等な椅子を拾ってきて書斎と称する散らかりまくった自室に据え付け、
カレーは、ご飯とルーを完全に混ぜた餅にしてからでないと食べず、
冗談が受けなかったら捨てられた子犬のような切ない瞳で見つめ、
新型の水虫薬の効き目に一喜一憂し、
『書斎』の本棚の奥にこっそりとエロ本を隠しておいて、父さんに連れられ遊びに行った僕にこっそり見せてくれた。
本業である倉田衣装店を営むついでに故郷のあの村の村会議員になった男。
それが倉田佐祐理の父、『倉田のおじさん』だった。
なお、住所は故郷の村で登録。この街には、ほぼ年中『宿泊』しているだけらしい。
村会議員だろうが議員は議員で間違いではないのだが…生徒会の連中は、こんなおっさんに何を期待していたのやら。
『議員のお嬢様』である倉田佐祐理が入学したのがきっかけで、そういう話が広まった。
あらゆる人間が、『議員』という肩書きだけで勝手にあれこれ想像を膨らませ、彼女の父親は絶大な権力を有していると考えていた。
彼女が役員として舞踏会の準備を行う際、
そのため、止むを得ずお得意先のパーティー会場まで連れて行くことになり、粗相をしないように礼儀作法は厳しく躾けられていた。
父の真似でお得意先に『ありがとうございます』と頭を下げてるうちに、彼女は『倉田衣装店』のマスコットガールになっていた。
『済まない。どうしても息子のことを思い出してしまってね』
倉田のおじさんは父さんから聞いた僕の名が気に入り、うちも男の子が生まれたら『かずや』にしようと言い出したらしい。
『他の子と同様に普通に扱おうと考え、特別学級に入れなかったのも息子にとっては苦痛でしかなかったのかもしれない』
『専門的な知識や技術を持った教師の元で息子のペースに合わせた適切な教育を受けさせて、変に焦らず成長をゆっくりと見守っていればよかったんだ』
それ故に苛められたのか、周りから孤立してしまったのか、自分自身に対する劣等感によるものかは不明だが、幼稚園では泣いてばかりだったらしい。
「いえ、そんな…」
『そのためか君を息子の代わりであるかのように扱ってしまった。本当に、申し訳なく思っている』
こうして佐祐理さんと出会ったのだが……
「こんばんわ、倉田さん」
『こんばんわ、今日は無理言って済みませんでした』
「いえ、こちらこそ力になれなくて済みません。それで、そのことで話があるんです」
『話……ですか?』
「はい、倉田さんに協力してほしいことがあるんです」
『協力…と、言うことは、まだ方法があるんですか?』
『それでは……』
「卒業まで時間がありません。川澄さんのことを周りの人間に理解してもらった上で復学させるのは無理です」
「でも、要は結果です。卒業までの短い時間、大好きな人と学園の思い出が共有できれば、それでいいではないですか」
『それは、そうですけど……』
「正攻法でなければ、何とかなります」
『……』
「それと、これは『生徒会の人間』という肩書き抜きの一個人、久瀬和弥としてのお願いです」
『くぜ、かずや……?』
あ、フルネームで名乗ってしまった。おじさんの配慮を無駄にしてどうする! 思い出してしまったかな?
『は、はぇ〜っ? か、かずや!?』
家もそんなに遠くはないのだから、きっかけさえあれば、娘の佐祐理さんとはあゆと同様に仲良くなっていたかもしれない。
そして、彼女の誕生会への招待がそのきっかけとなった訳だ。
僕も、病院のベッドで眠ったままのあゆの事を考えて落ち込むばかりだったから、その陰鬱な気分が癒されるかもしれない。
それなりに整理がつきかけていた佐祐理さんの感情をかき乱し、混乱を招いたのだ。
当時の僕は背が低く、実年齢より幼く見られることがよくあった。そのせいなのだろうか……? と、考えていた。
優しかった彼女に僕は淡い恋心を抱いていたのだ。
僕を一人の男として見てほしい。そんなませた思考があった。
そして、あゆがあんな事になっているのに他の女性にそんな感情を抱いた自分自身に激しい怒りを感じていた。
そうして連絡を絶ち、かれこれ7年。佐祐理さんは、あの頃の僕との思い出は『一弥』のそれと混同して記憶しているのかもしれない。
「…まあ、仕方ないでしょう。7年ぶりだし、顔つきはすっかり変わってしまっていますから」
『……済みませんでした、あの頃は……』
「…いいんです。お互い子供だったし、色々あって余裕なかったんですから」
だが僕は年下だし子供だった。変にプライドを持って跳ね除けず、素直に佐祐理さんに甘えて癒されていたらよかったのだ。
そうする事で佐祐理さんも癒されていたのだと思う。
僕と『一弥』の区別だって、すぐについていたのかもしれない。
……今からでも、遅くはないのかもしれない。
『はい、そうで……そう、だね。…かずや』
8話
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