1月 23日 土曜日

和弥「生徒会に新しく加わりました生徒をご紹介しましょう」

和弥「倉田佐祐理さんです。間もなく卒業という身ながら、我々と意志を共にしてくれるのだそうです」

和弥「我々は彼女を名誉会員とし、卒業後も、御指南仰ごうという考えであります」

自分で言っておいてなんだが、『あははーっ』な佐祐理さんに生徒会に入られても困る。

集った群衆はあれこれ勝手に推測した内容を口にしている。

その中には、僕達が恋仲の関係になったためだ、というものまで含まれていた。

もうね、アホかと。馬鹿かと。

お前らな、男の隣に女が立ってるごときで恋仲かと短絡的なこと言ってんじゃねーよ、ボケが。

等と内心で吉○家な悪態をついておく。

この短絡的な推測は予想外だが、これも僕の茶番に説得力を持たせる材料になるだろう。

隣に立っている佐祐理さんには適当に愛想笑いを浮かべるように言ってある。だが「あははーっ」にはいつものキレが無い。

恋仲か? という発言が聞こえたのか、それともこれだけの注目を浴びると平常心は保てないのか。

        「佐祐理さん!」

祐一が人ごみを掻き分けて飛び出してきた。

よしよし、いいぞ。僕の読みどおりだ。

相沢「こいつは佐祐理さんを利用してるだけだぜっ」

ああ、その通りさ。それを印象付けられるように視線を集めてくれ。

佐祐理「ほんの少しの間ですよ」

 そう、ほんの少し、この茶番劇の上演の間だけだ。
 今朝、僕は生徒会の連中を集めて『倉田佐祐理を懐柔できた』と宣言した。
 昨夜、佐祐理さんに生徒会入会と交換条件に川澄さんの復学を要求するよう頼んだのだ。
 佐祐理さんが詳しく質問を受けたら、僕が川澄さんを人質に取って生徒会入会を迫った……と、答えるようにしてもらっている。
 その質問が、例え川澄さんや祐一からのものだったとしてもだ。

 生徒会の連中は、未だに『倉田議員』があのおっさんである事を知らない。
 連中が夢想する『倉田議員の権力』が利用できるなら、『あははーっ』な佐祐理さんが入会しても生徒会は構わないという予測は的中した。

 それに、本心では魔物から学園を守ってもらうために川澄さんを復学させたいと思っている連中にとっては、願ってもない事だった。
 元々、事実として処理したら学園側が困ることになる数多くの問題の中心人物である川澄さんは、退学処分にするよりもさっさと卒業させてしまった方が楽だ。
 ……という方向に誘導してきたのだ。
 後は、対外的にも納得させやすい
『議員のお嬢様の倉田佐祐理が生徒会入会と交換条件に、親友である川澄舞の復学を迫った』
 という物語を与えてやればいい。
 魔女狩りや狐憑きと一緒だ。どうにもならない問題を納得するためには『そういう事なんだ』と信じ込む物語が必要なのだ。
 ただし、その物語には悪役が必要だ。
 全てを責任転嫁するために、良心の呵責に苦しむ事もなく憎める悪役が。

周囲がざわめいた。

川澄さんだった。

よし、計算どおりだ。

彼女とは差し入れやら何やらで、それなりに打ち解けている。そんな僕がいきなりこんな事をしているのだ。

ここで止めとなる言葉を発してやればいい。

一旦深呼吸し、覚悟を決めて口を開いた。

和弥「彼女の親友である川澄さん、あなたのこともこれで少しは理解できるようになりますかね」

さあ『不良学生川澄舞』! 権力の為ならあなたの親友ですら利用するこの最低な男、久瀬和弥を大いに責めろ!

          ビュッ!

空が切れる音。

水平に薙がれていた川澄さんの手。

川澄さんの目の下は、風圧なのか『力』によるものかは不明だが切れていた。

まるで涙のように血が流れ出る。

さっきの手刀は硬く握られ拳になる。

川澄「…許さないから」

そうだ! その気迫で大いに僕を怯えさせろ!

川澄「佐祐理を悲しませたら、絶対に許さないから!」

僕があなたに怯えていれば、生徒会が佐祐理さんに干渉しなくなっても変に思うものはいなくなる。

しかし……

彼女は泣いていた。

佐祐理さんが辛い目にあう(と思い込み)それに対し、何も出来ない自分自身に対して悔し涙を。

そして、裏切り者の僕に対する怒りの涙を。

どんな理由があったとしても、例え、これが最良の方法だったとしても、彼女を泣かせてしまったという事実は僕の胸を締め付けた。

周りは水を打ったように静まり返っている。

やがて、川澄さんが身を翻した。

そして、祐一が それを追っていく。

和弥「…主演女優さん、お疲れ様」

佐祐理「うん……和弥」

話し方がぎこちない。

7年前のあの一件以来、佐祐理さんは自分のことを名前で呼ぶようになっていた。

自分自身が他人のように、客観的にしか捉えられなくなったためらしい。

それに、厳しく礼儀作法を躾けられた彼女が敬語を使わずに接した唯一の男性が、弟の『かずや』だったそうだ。

そんな彼女にとって、男性に対して敬語を使わず話すという行為は特別な意味を持つ。

……まして、僕も『かずや』なのだ。

和弥「無理しないで、それに、今は生徒会の人間として接して下さい」

佐祐理「…解りました。では」

そう言って咳払いした。

佐祐理「はい。久瀬さんもお疲れ様」

こういう言い方でなら、はきはきと言える彼女が痛々しかった。

佐祐理「色々とありがとうございました」

そう言って一礼した。

佐祐理「あ、待ってよ、舞っ」

一旦追おうとするが…

立ち止まり、僕を見た。

和弥「さあ、行ってください」

佐祐理「でも……」

和弥「いいんです。さあ!」

佐祐理「わかり…ました…」

後ろめたい思いを抱きながらも、彼女は川澄さんたちを追った。

くそ、何もかもうまくいったのに、何でこんなに辛いんだ!

これでいいんだ、これで。それなのに、それなのに……

仲良く歩く3人を見る。

佐祐理さんは、血が伝う川澄さんの頬に真っ白なハンカチを宛っていた。

それを見てあることを思い出し、ポケットをまさぐる。

佐祐理さんの物と同様に、かつては真っ白だったハンカチ。

染み込んだ僕の血がこげ茶色に変色した川澄さんのハンカチ。

祐一の代わりに夜食の差し入れに出向き、彼女とささやかな時間を共有した夜。

もしかしたら、これからも共有できたかもしれない時間を僕はどう過ごしていくのだろう…。

 あれから僕は……
 廊下などで佐祐理さんと川澄さんに会っても、逃げるように身を隠すことにしている。
 僕が考えた『久瀬権力闘争物語』は……
『権力のために議員のお嬢様を懐柔しようとした男は、彼女の親友の不良生徒に脅されて手を出せなくなった』
 そういうオチにしてあるのだから。
 それに川澄さんの視界にいるのは僕が辛いし、佐祐理さんにとっても『かずや』を見るのは辛いだろう。
 生徒会に佐祐理さんが呼ばれることはなかった。
 やはり『あははーっ』に来られても困るし、実際問題として『倉田議員の権力』が必要な事態など無かったのだ。
 何か更なる問題が発生する時まで『倉田議員』が只のおっさんである事は黙っておこう。

 反生徒会の連中がふたりに接触するのではないか、と危惧していたのだが、このところ連中は大人しい。
 所詮は大した志もなく、とにかく体制に逆えばかっこいいと考えている反抗期のガキの集まりだったからなのだろうか?
 後に北川君から聞いた壊滅の真相は、グループの一人が舞踏会参加者の机にエロ小説を入れるという嫌がらせを行ったのがきっかけらしい。
 舞踏会は生徒会主催だから、参加者も生徒会側で敵だ。という短絡的な思考回路。
 そして、嫌がらせの手段の頭の悪さが連中のレベルの低さを知らしめたらしい。
 しかも、祐一は仕掛けられたエロ小説を授業中に読破して見せたそうだ。
 様々な意味で、彼にはかなわないと思った。

       1月 25日 月曜日

教室移動の際に何気なく中庭を覗くと……人影。

川澄さんが一人で立っていた。

側にいる山犬は大きな弁当の重箱に顔を突っ込んでいる。

山犬がまた山から降りてきたらしく、弁当を餌にあげたようだ。

やっぱり川澄さんは優しいんだな…とは思うのだが、山犬の餌付けはまずい。何とか誤魔化す方法を考えておかねば。

………。

……。

…。

昼休み。

学食で鮭と梅干しのおにぎりとアンパンを購入。

さて食べようかと思っていたら、祐一と川澄さんがいた。

佐祐理さんの姿は無い。あのふたりだけでここに来るとは珍しいな。

……やっぱり、そういう事なんだな。

…よし。

和弥「あー、うー。うん」

発声練習、そして……。

和弥「お、倉田は身を引いて、晴れて堂々恋人同士か」

声色を使って茶化してやる。これをきっかけに、どんどん意識して仲良くなってしまえ。

その後、人ごみに隠れる。

……この際だ、精一杯応援してやるさ。

祐一は狼狽しながらパンを握り締めて赤くなり、声の主を求め左右を見回している。

あ、パンに挟んであるコロッケが破裂した。

川澄さんは牛丼の乗ったトレイを手にしていた。

やっぱり牛丼が好物なんだな。

 「よう! 相沢! 先輩も一緒にどうです?」

祐一を呼ぶ声。その方向には…

駅前で見た女生徒と我がライバル。

そして北川君と栞さんがいた。

2、3言葉を交わした後、川澄さんが祐一の手を引っぱり、人混みの間を縫って素早く歩き始めた。

祐一は回りの生徒にぶつかり、顔面に肘鉄を食らう。

そんな人ごみに突っ込めば牛丼がこぼれる!

…はずなのに。

牛丼は無事に着席(いや、着卓か)し、祐一達は楽しそうに食事を始めた。

川澄さんが祐一にチョップを入れる。

仲良く戯れあうふたり。

……これでいいんだ。これで。

しかし、さっきからアンパンが妙にしょっぱいのは何故だろう?

………。

……。

…。


9話
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