2日後。
 今日はこれといった用事が無かったため、自由な時間ができてしまった。
 だから嫌でもこの病院に入院している少女たちのことを考えてしまい、辛くなる。
『人間は自由の刑に処せられている』とは、誰の言葉だっただろう……。
 佐祐理さんや川澄さんの病室に足を運んでみたけど、相変わらず面会は許されない状態だった。
 そして祐一の顔を見る事もなかった。
 いとこの水瀬さんの母親が交通事故に遭ったと言っていた。だから彼女の傍にいるのだろうか?

 あゆの病室に戻る。
 静寂の中、あゆの命を繋ぎ止めるための機械の音だけが聞こえる。
 脳波は、覚醒時のものになっていた。
「あゆちゃん……」
「雪が降ってるぞ。厚着してさ、一緒に遊ぼうよ」
「頑張ってさ…父さんたちが作った学校に行こうよ」
「変な人がたくさんいるけど、いい人もたくさんいるよ。きっと仲のいい友達になれるぞ」
 やはり反応は無い。
 いつもそうだ。僕の言葉は届かないんだ。
 僕はただ、点滴のチューブが繋がれたあゆの手を握るしかなかった。

……。

いつの間にか静寂に満たされた麦畑にいた。

見覚えのある麦畑。

そこに、ウサ耳のカチューシャをつけた少女……子供時代の川澄さんが、狐の群れと共にいた。

その傍にいる少女は…ダッフルコートと羽の飾りがついたリュックを身に着けている。

病室にかけられていた、両親からあゆへの誕生日プレゼント……。

あの褐色の髪、そして赤い瞳。まさか……!?

北川君がなぜかここにいて、少女は彼に話しかけている。

少女に声をかける。

だが、声を出している筈なのに僕の耳は何の音も、自分自身の声も拾わない。

どういうことだ、この状況は夢なのか?

夢の中でも僕の声は届かないというのか?

何もできない自分が口惜しい。

どうして、自分には力が無いんだ。

例え、川澄さんのように迫害される事になったって構わない。

大事な人を助ける力が欲しい。

力が! 力が……。

         ちりん……

鈴の音が聞こえた。

狐の群れと共に、幼い川澄さんが僕の元に歩いて来た。

   あたしたちの力があれば、大丈夫だから。

脳裏に、そんな言葉が響き渡る。

どういうことだ?

だが、相変わらず僕は声が出せない。

彼女の笑顔が、突如広がった光に包まれる。

そして、その光の中で見えたもの。それは……

背負ったリュックの羽が大きな翼となって空高く舞い上がってゆく少女の姿だった。

………。

……。

…。

          ぼとっ

和弥「……はっ!?」

頭に何か柔らかく軽い物が当たって飛び起きる。

和弥「なっ……! え? あれ?」

周りを見回す。

そこは、機械のかすかな音以外は相変わらず静寂に満たされたあゆの病室だった。

和弥「寝てたのか……」

ベッドの傍らで椅子に座ってるうちに眠ってしまったようだ。呑気な話である。

頭を掻いたとき、床に転がった物体が目に入る。

見覚えのある天使の人形……

7年前のあの冬休み、あゆが満面の笑顔で見つめていた天使の人形だった。

どうしてここに……?

そのとき、さっきの夢を思い出す。

ダッフルコートを着て、羽のリュックを背負った褐色の髪の少女が天使となって舞い上がってゆく光景。

まさか…予知夢!? そんな非科学的な話なんてあるわけがない。しかし……

ベッドで眠るあゆを見る。

……!!

激しい感情がこみ上げてくる中、ナースコールのボタンに僕は飛びついていた。

………。

……。

…。

実家から電話があった。

愛猫、舞が妊娠したとの事。

いつぞやのシャムが近所をうろついていたそうだ。

あの猫が父親なのだろうか?

とりあえずネットで里親を募集するサイトを探しておく。

生まれてくる子猫は、あのシャムと舞に似て美猫になるだろうから里親はすぐに見つかるだろう。

………。

……。

…。

ドアを押すと共に軽やかなベルが鳴る。そして、店内からは暖かい空気が流れてきた。

彼女から百花屋への呼び出しを受けたのは卒業式も間近に迫った暖かい日だった。

店内を見渡すが彼女の姿は無い。

席に座り、とりあえず珈琲を注文しておく。

彼女の目的に考えを巡らせる。

もう、それなりにけじめはつけた筈だ。いまさら何なのだろう?

珈琲が置かれる。まだ熱そうなので香りだけを楽しんでおく。

    「すみませーん、待ちましたか?」

息せき切って駆け込んできたのは佐祐理さんだった。

和弥「いえ、ついさっき来たところです」

佐祐理「そうですか、良かったです」

こんな会話……まるでデートみたいだな。

和弥「退院おめでとうございます。で、早速なんですけど、話って何なんです?」

佐祐理「それはですね…舞の復学で色々してもらったときの件です」

……やはり、その事か。

佐祐理「…和弥…は、本当にあれでいいんですか?いや……あれでいいの?」

これまでどおりの敬語は使わず、後輩の男に話すように頑張って話している。

まあ、確かに僕は佐祐理さんから見れば後輩の男だから間違いは無いのだが。

和弥「いいんです。前も言ったように僕達が馴れ合っていたら茶番だとばれてしまいます」

和弥「それに、今更ふたりの前に立つ資格なんて僕には無いです」

佐祐理「和弥……」

和弥「現時点ではうまくもみ消してあるけど、何がきっかけで蒸し返されるか判らない」

和弥「僕が悪役を演じておくのが一番つじつまが合う。これが、八方丸く収まる唯一の方法なんですよ」

ぶっきらぼうにそう言い放ち、口に珈琲を流し込む。

カップの内容物は予想以上の熱さを保っていたが、吐き出す訳にもいかず根性で飲み込んだ。

佐祐理「……もう、頑固なんだから」

本当に姉のような言い方になる。敬語を使わない会話がだいぶさまになってきていた。

佐祐理「でも、それは佐祐…私達のためでしょう?そう思うなら、やっぱり仲直りして欲しいです」

佐祐理「祐一さんと舞に隠し事を続けるのは辛いです」

確かに、彼女の性格はそういう事に向いていない。だが……そうしてもらうしかない。

佐祐理「それに、もしばれてしまったらどうします?」

佐祐理「私達の為によくしてくれた和弥を逆恨みしていた事に気づいたとき、苦しむのは誰ですか?」

和弥「……苦しむ?」

佐祐理「はい、気づかずにいた時間が長ければ、それだけ激しく罪の意識にさいなまれます」

佐祐理「和弥は、ふたりにそんな思いをさせたいの?」

まるで姉が弟を諭すように言った。

確かに、ずっと知られず墓の中まで持っていければいいが、何かの拍子に知られる可能性がある。

応急処置の講習会の件が美坂さんに知られていたのがいい例だ。

それに、逆恨みしていた事に気付いたときの辛さは他ならぬ僕が身に染みて体験していた。

しかし……。

…。

……。

………。

…確かに、あんな思いはさせられないな。

和弥「……解りました」

佐祐理「和弥……」

彼女は安堵の笑みを浮かべる。

和弥「……だけど、お願いがあります」

佐祐理「ふぇ?」

和弥「説明は、佐祐理さんがしてください。僕はやっぱり顔をあわせづらいです」

和弥「大体かっこ悪いでしょう? あなたたちに僕はこれこれこうしてやったんだ、などと恩着せがましく言うなんて」

佐祐理「はぇ? そうなの?」

和弥「そうなんです。少なくとも、僕の美学には反します」

佐祐理「はぇ…よく解りませんが、分かりました」

佐祐理お姉さんモードと敬語モードがごっちゃになっている。

そのうち慣れるだろうか?

和弥「……でも祐一には、この件とは別に話しておく事があるんで呼び出してもらえますか?」

佐祐理「ふぇ?」

『逆恨み』という言葉であの冬、最後に祐一の顔を見たときのことを思い出していた。
 あゆと祐一が入院した翌朝、『秘密の場所』へと向かってみた。
 昨日から雪は降っていなかった。だから足跡はそのまま保存されている。
 むしろ雪が降っていない分、肺が凍りそうなくらいに冷たい空気を吸いながら、足跡を辿って森の奥へ奥へと歩いてゆく。
 葉が落ちてしまっても空間を占める枝の密度が高いのか、森の中は朝なのに薄暗かった。

 救急隊員の大きな足跡とは別の小さな足跡。
 それは、ある一点を境に歩幅が大きく広がっていた。
 露出した切り株。ここまでは全力で走っていた?
 昨夜の、祐一がはめていたギプスを思い出す。
 骨折か、捻挫か、脱臼か。
 いずれにせよ、ここで転倒して切り株にぶつかった時の怪我の痛みを堪えながら、少しでも早く森を出ようとしていたのだろう。
 ……助けを呼ぶために。
 僕はここまで相当な距離を歩いていた。
 昨日父さんに殴られた頬は今でも足を進める度に振動を拾い、痛みを走らせていた。
 殴られただけでもこれだけ痛いのだ。まして、ギプスをはめるほどの怪我ともなれば、どれほどの苦痛だっただろう。
 祐一は、劇痛を堪えながらこの距離を歩いていたのだ。
 膨らみつつある感情を抑えながら歩みを進める。

 そして視界が開けた。
 駅前からでも見えた森の中の大木。
 その周りに広がる広場のような空間。
 ここが『秘密の場所』に違いない。
 そして……血に染まった赤い雪。
 あゆは、ここで……?
 その時、赤いリボン…で、縛られた紙袋が視界に入る。

 リボン留めには『A』の刻印が入っていた。
 A……あゆのイニシャル?
 あゆへのプレゼント?
 それを引っつかんだ僕は全力疾走で森の出口へと向かった。

 祐一への怒りはとっくの昔に消えうせ、とてつもない後悔に囚われていた。
 あの夜、父さんからあゆの状態について聞かされていた。
 あゆは木から落ちたことで、首を中心に脊椎から脳にかけて酷いダメージを受けた。
 だが、祐一があゆを無理に運ぼうとはしなかったからこそ、神経の損傷は最小限で済んでいた。
 何の知識も技術も装備もない素人が動かしていたら、あゆは助からなかった。
 そして、雪で体温を奪われる事は凍死ではなく、基礎代謝を下げることで神経細胞の損傷が進行するのを食い止める奇跡をもたらしていたのだ。

 祐一があゆをその場に置いて助けを呼びにいったのは(知識があったわけではないだろうけど)正解だった。
 そのときできた最善の方法だっただろうし、それこそが最良の方法であり、あゆを救っていたのだ。
 それなのに、僕はなんてことを……!!
 息も絶え絶えになりながら病院に駆け込む。
 だが、祐一はついさっき退院し、駅に向かったそうだ。
 祐一は、冬休みの間はこの街に住んでるいとこ(昨夜の三つ編みの少女)の家に遊びに来ていた。
 そして、当然ながら冬休みはもう終わるので自分の街に帰るのだった。

 駅へとひた走る。
 駅前広場のベンチに昨夜の三つ編みの少女が見えたがそれどころではなかった。
 券売機や売店や通行人の間を駆け抜ける。
 発車のアナウンスが流れた。
 改札の柵越しに見回す。
 特急列車のドアへと向かう親子が目に入った。
 母親と思われる深刻な表情の女性に手を引かれた少年の右腕にはギプスが見える。
「祐一!」
 だが、祐一は呼びかけに反応しない。
 その代わりに傍に居る母親が怪訝な顔で僕を見る。

 柵から身を乗り出して叫ぶ。
「あゆは生きてる! きっと元気になる!」
 だが、やはり祐一に反応は無い。
 それでも、少し明るくなった表情の母親は祐一の顔をこっちに向けさせた。
「だからまたこの街に来い!」
 プレゼントの包みを掲げる。
 祐一の目に、これは映っているだろうか?
 祐一の心に、言葉は届いているだろうか?
「これはそれまで預かってる! 君の手で渡してやれ!」
 列車のドアが閉まった。

祐一「……」

祐一は僕の話をただじっと聞いていた。

祐一が百花屋に到着した時の、茶番に対する彼の感謝と謝罪の言葉の後、僕が始めた7年前の話。

あゆの名を僕の口から聞いたときの驚き、そして『あれ』からどうなった? と言う彼の問いかけを考えると……

祐一は、ある程度は覚えていたか自力で思い出していたようだ。

祐一「……今、あゆはどうしている?」

この質問を出すのにどれほどの勇気が要ったかは想像に難くない。

祐一がこの街に戻ってきたとき、すぐに知らせてやれば、ここまで遠回りする事は無かっただろう。

だが、その遠回りで得たもの、もたらされたものは決して小さくは無い。

そうだよな、あゆ?

深呼吸して、口を開く。

和弥「……頑張ってるよ」

祐一「え!?」

和弥「自分の足で歩いて君に会いに行くって意地張って、一所懸命リハビリしてる」

和弥「でも、いくらなんでも無理しすぎだ。あれじゃ体を壊してしまう」

和弥「乙女の意地を尊重してやりたいが、ゴールを近づけてやってもいいだろう」

和弥「これが、預かっていた落し物だ。君の手で渡してやれ!」

そう言って、Aのイニシャルのリボン留めがついた紙袋を取り出した。

………。

……。

…。

聖「お前が行きたい所は?」

あゆ「うぐぅ…んっ…はっ…」

聖「ほら、頑張れ」

あゆ「うぐぅ…体が…重い〜!」

聖「こらこら、甘えた事を言うな。そんなんじゃいつまでたっても人並みには歩けんぞ」

あゆ「だけど…少しぐらい休んでも…」

聖「何か言ったかな? 月宮君?」

聖先生はどこからともなくメスを取り出した。

あゆ「な、何でもない!」

あゆは再び手すりに掴まる手に力を込め、懸命に歩く。

手助けしてやりたい衝動を抑え、後ろからあゆを見守る。

あゆは自分の意思で無理しているように祐一には話したが、聖先生のスパルタによる所も大きいようだ。

聖「会いに行きたい人がいるのだろう?」

あゆの動きは力強くなる。やはり、恋する乙女の力は絶大だ。

でも、祐一には川澄さんがいる。かなわぬ恋……いや、これから奪いとる可能性もあるか。

応援してやりたいが、素直にそうする気にもなれない。

あゆが歩いている。そのことは喜ぶべきなのに、寂しさも感じてしまう。

妹を取られる兄の心境…なのだろうか。

あゆの歩みが止まり、聖先生が着ている怪しげなTシャツを見る。

聖「何か言ったかな? 月宮君?」

あゆ「な、何でもない!」

どこからともなく、今度は4本もメスを出した。あゆは何やらよからぬ事でも考えたのだろうか?

リハビリの為には心を鬼にする必要があるのかも知れない。だが、いくらなんでもメスをちらつかせるのはやりすぎだと思う。

そのとき、聖先生が遠くを見て狼狽する。

聖「水瀬さん! まだ無理なさらないで下さい!」

その方向を見ると……

水瀬さんと、その母親と思われる女性がいた。

交通事故に遭ったと聞いた。そのためか松葉杖をつき、まだ包帯も残ってるが軽症ですんでいるようだ。

水瀬「あゆちゃん、リハビリ頑張ってる〜?」

彼女は花束を手に駆け寄ってきた。

…? あゆの友達なのか? ではなぜ、これまでは見舞いに来なかったのだろう?

水瀬「あゆちゃん、お久しぶり」

水瀬「……かな? それとも……初めまして……なのかな?」

……!? どういう事だ?

あゆ「う〜ん…どっちだろ?」

まして本人ですら判らないのに、僕に判るはずもない。

あゆ「…名雪さん」

水瀬「……」

あゆ「……」

しばしの沈黙の後……

水瀬「あははっ、あゆちゃん、お久しぶり」

あゆ「お久しぶり、名雪さん、あはは」

笑いあうふたり。友人で間違いないようだが……年頃の女の子の会話ってのはさっぱり解らない。

水瀬「あ、祐一! こっちこっち!」

お、ようやく来たか。

直接ここまで案内しようとしたが、祐一はあゆとの約束があると言って商店街に寄っていた。

祐一は、あのAのイニシャルのリボン留めがついたプレゼントの包みと共に、湯気を立てる大きな紙袋を持っている。

なるほど、好物のたい焼きか。

彼を見たあゆは、目の輝きが一気に変わる。

ちぇっ、祐一はひと目で判るんだな。僕の事は判らなかったのに。

……もしかしたら、たい焼きに反応しただけかもしれないけど。

あゆは掴まっていた手すりから手を離して駆け出した。

やはり、恋する乙女の力は絶大だ。

だが、あゆの足は3歩も持たずよろけ出す。

7年間の昏睡による筋力低下の前には乙女パワーも太刀打ちできないようだ。

そして……

あゆ「うぐぅ!」

祐一(が持った紙袋)に突っ込むように倒れこんだ。

祐一「お、食い意地は相変わらずだな、あゆあゆ」

あゆ「うぐぅ〜! 違うもん!」

祐一「全く……お前は、俺にぶつからなきゃ気が済まんのか?」

あゆ「うん! だって、ボクたち腐れ縁だもん!」

感動の再会シーン…の筈なのに、どうもコミカルな会話である。

元気に話すあゆと憎まれ口を叩く祐一の姿を見ると、どうしても寂しく、切なく感じる。

やはり、妹を奪われる兄の心境……なのだろうか?

………。

……。

…。

一仕事終えた達成感と共に講堂の演壇から降りる。

じっくりと考え、構想を練り上げて、一言一句に至るまで徹底的に推敲に推敲を重ねた送辞を読み上げた。

今日は卒業式。川澄さんと佐祐理さんを送り出す日だ。

今はもう、はっきりと認める事ができる。

僕は、川澄さんが好きなのだと。

だが、それを口にすることなどないだろう。

川澄さんの傍には、祐一がいる。僕がしゃしゃり出る余地などない。

ここは、黙って身を引くのが男というものだ。

この思いは一生、心の奥底にしまわれるのだろう。

そしてホロ苦い青春の1ページとして僕の人生を彩る事になるのだろう。

講堂から一歩足を踏み出し。暖かくなった春の風に身を晒す。

       川澄さん、さようなら

…等と、桜の花びらが舞い散る中で感慨に浸ろうとしている僕に無粋な邪魔が入る。

北川君だった。

しばらくひとりでいたいのに、首根っこを掴んでどこかへ引っ張ってゆく。

和弥「……一体何なんだ」

北川「お前はこれでいいのか?」

…いいんだよ。

和弥「君は勘違いしている。僕は別に川澄さんの事など、どうとも思ってはいない」

冷静にそう言い放つ。あれだけ悪役を演じた僕にはこの程度の演技は朝飯前だ。

北川「……」

北川君は沈黙した。ようやく誤解だと理解したか。

北川「別に、誰がどうとも言ってないんだがな」

小松製作所製、超弩級パワーショベルPC1800-6のような怒涛の出力で墓穴を掘った。

北川「とにかく、あれを見ろ」

そう言って指差す先には、袴姿のふたりと、祐一がいた。

祐一は川澄さんにチョップを食らっている。

無邪気に戯れあっているふたり。ほら、やっぱりお似合いじゃないか。僕が出る余地なんて……

……?

いつぞやの真琴姉さんそっくりの少女が、祐一に蹴りを入れて壮絶な喧嘩を始めた。

いつか見た栞さんの友人が、そのふたりを優しい瞳で見守っている。

少し離れた所では水瀬さんと、ようやく松葉杖で長距離を歩けるようになったあゆがふくれっ面で祐一を見ている。

…ほう。ずいぶんと、女性に縁があるじゃないか。

何だか、腹が立ってきた。

北川「あの女たらしに、川澄先輩はふさわしいのか?」

……。

確かに、疑問に思えてきた。

だが。

和弥「川澄さんの気持ちってのがあるだろう?」

彼女が退学になってる間は僕が差し入れに行った。彼女は『祐一は嫌いじゃない』と言っていたのだ。

…しかし、牛丼も嫌いじゃないし、ねぎ多目玉子付きは相当に嫌いじゃないとの事。

…更に、差し入れをしてくれるなら彼女は誰でも『嫌いじゃない』可能性がある。

彼女の言う『嫌いじゃない』がどういう形なのか確認したわけではない。

しかし……しかしだ。

北川「だぁっ! まだるっこしい!」

ふたたび僕の首根っこを引っつかんだ北川君は、川澄さんの所に歩き出した。

和弥「な、何をする!」

北川「ほら、これが最後のチャンスかも知れないんだぞ!」

和弥「わ、わ、ぼ、僕は…」

って、何のチャンスだ! 何の!

救いを求めるように佐祐理さんを見るが……

悪戯っぽい笑みを返すだけだった。

北川「ほら、行け!」

和弥「まだ、こ、心の準備が〜!」

…って、何の準備だ! 何の!

北川「当たって砕け散れ!」

突き飛ばされた。

そして川澄さんにぶつかるまでの時の流れが非常にゆっくりと感じられる。

卒業式の後に告白なんてベタベタだ!

……でも、そんなお約束も悪くないか。

しかし……何て言おう?



最後まで読んでくださりありがとうございました。
後書
SSTOPへ戻る