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美坂チームに栞ちゃんを加えて下校する。 「…ようやく春になったってのになんなんだこの雪は」 「この辺はこういうこともたまにあるよ」 「…俺、国に帰る」 「私のことをご両親に紹介してくださるんですか?」 「……」 栞ちゃんの悪戯っぽい表情に対し、美坂のそれは渋いものだった。 「ほ、ほら、あなたにはまだ早いとかなんとか言いなよ、香里」 水瀬が美坂を肘でつつきながら言う。 「……」 「いや、北川に突っ込みを期待してたんだが」 「……」 「おーい……」 相沢からは、このごろ暗いとよく言われる。 だがそれは違う。 相沢が知っている3学期の俺は、本来の俺ではない。 いまの俺こそが本来の俺…いや、そうでもないか。 俺には妹がいる。 あいつは昔から入院しっぱなしだった。 真っ白な部屋でひとりぼっちで。なにもできなかった。 しかし、冬休みの終わりごろから良い兆候が出てきた。 これからは普通のことができるようになる。あの笑顔が見られる。一緒にいられる。そんな希望が出てきた。 それが嬉しくて浮かれていただけなのだ。 だが、妹の病状は春を境にこれまで通りの状態に戻ってしまった。 浮かれていた俺がそれまでにやらかしたバカ騒ぎに対する自己嫌悪が加わって、ますます暗くなった気がしないでもない。 更に、美坂にも妹がいて病弱だったと聞いた。 今、俺の目の前で相沢とともにいる栞ちゃん。 俺が見つけた中庭の少女は、あの頃には既に死を宣告されていたという。 俺の妹は妹であんな状態だから、美坂の気持ちは痛いほどよくわかる。 だが、大切な妹を失うのが辛いからといって、その残された時間が少ない妹の存在を無視していたという話を聞いて俺は引いていた。 こうして、一見すると和やかに見える新生美坂チームは少々ぎこちない空気をまとっていた。 「そこの人っ!」 「…え!?」 突然の声。意識が現実に引き戻される。 「どいてっ! どいてっ!」 その声の方向に振り向こうとしたが時すでに遅く、激突したらしく全身に衝撃が走る。 視界に入っていたものの中で認識できたのは……。 接近しつつある美坂の顔、手袋をした手で持たれた紙袋、白い羽。 …って、羽? 紅い瞳に映るもの 作者 OLSON 原作 Key 清水マリコ 「あいててて……」 ……? なんだか違和感を感じた。 声が変だ、体の感覚もおかしい。まるで自分の体じゃないみたいだ。 体を酷く打ちつけたせいだろうか? それに、髪の毛全てを引っ張られるような感覚は……? 「あいたたた……。あら? 栞はどうしたの?」 聞き覚えがあるような、ないような男の声に目がはっきりと開く。 「栞……ちゃん? ぶつかってきた女の子を祐一と一緒に追いかけていっちゃったけど……」 「……そう、ほっとかれたの」 見覚えがある褐色の髪の男は、なんだか女みたいな口ぶりだった。 「……あたしがあの子にした仕打ちを考えれば当然よね」 そいつはまたも女言葉で呟き俯いた。 「ちょ、ちょっと、どうしたの? 栞ちゃんは…栞ちゃんだってふたりのことすっごく心配してたよ?」 「…でも、どうしても会って話をしなければならないんだって言って」 「そう……」 水瀬のフォローを聞いても、その男の表情は優れない。 その男に見覚えがあると思っていたら……。 ……俺!? ぼうっとしていた意識がはっきりと覚醒する。 「え? わ!? ど、どうなってるんだ!?」 「あ、香里。大丈夫?」 香里……って、なぜ俺がそう呼ばれる!? 「……あたし?」 俺を見て呆然としながら、『あたし』と呟くもうひとりの俺。 視線を下に向ける。 大きな膨らみに押し上げられた紅いライン、女子の制服に付属のケープだ。 こころなしかスースーする下半身。 少なくとも俺には女装の趣味などない。 うむ、絶対にない。 ではなぜ? 気絶している間に着替えさせられた? んなアホな。 では、まさか…そんなマンガみたいな話が現実にあるはずが。 改めて視線をもうひとりの俺に向けると、そいつは何やら神妙な顔つきで体をまさぐっている。 考える事は同じらしい。 わ、あんな所に手を伸ばしやがった。 「つ、ついてる……」 ツイてるわけないよな、こんな厄介な事態が発生したんだから。 当然ながら憑いてるわけでもないだろうし。 というわけで、アレが付いてるという意味だろう。 俺も真似というか仕返しで体をまさぐる。 「んふっ……」 掌に、ふにっとした柔らかい感触と重み。そして胸からはむず痒いような心地よい感覚が伝わってきた。 「ちょ、ちょっと何やってるのよ!?」 そいつは俺の手を掴んできた。 うわ、俺の手すっげー細い。まるで……って、 「痛て! 思いっきり掴むな!」 振りほどこうとするが、男の手はびくともしない。 「あ、ごめんなさい」 あっさりと解放される。 俺とそいつとは腕力が全然違っていた。 これまでに観察して確認した要素から導き出された結論は……。 「あの……ふたりとも何してるのかな?」 赤面した水瀬の声で我に帰る。 「……と、とりあえずこっち来て!」 水瀬から離れた路地裏へと引っ張り込まれる。 荒くなっていた呼吸が落ち着くと、そいつは俺が持っていたカバンに手を伸ばした。 俺のカバンは古びたボストンバッグだったはずだが、無意識のうちに拾い上げ、ごく自然に持っていたカバンは皮の薄っぺらいものだった。 それこそ女子が持つような。 男は手馴れた感じでカバンの停め具をはずして、手鏡を取り出す。 それをしばらく凝視した後、俺に向けてきた。 それに写っていた顔は……。 「……」 「……」 「……」 俺が動かすとおりに変化する鏡の中の顔。波打った長い髪の女。 案の定、美坂のものだった。 ………。 ……。 …。 「……ごめんなさい」 栞ちゃんは心底済まなそうな顔で俺に謝罪する。 俺は栞ちゃんとふたりで並木道を歩いていた。 「ぶつかってきた人は、私がどうしても会ってお礼を言いたかった人に見えたから……」 美坂の家を俺は知らない。だから栞ちゃんの後をついていくことになった。 「ごめんなさい……」 さっきから栞ちゃんはずっと謝りっぱなしだった。 水瀬の台詞を考えると、姉の介抱もせず激突してきた者の追跡を行ったことを悔やんでいるようだ。 俺が沈黙を保っているため、まだ怒っていると思ったらしい。 俺と入れ替わった美坂からは、不用意に妹と話すなと釘を刺されていた。 確かにボロが出たらまずいし、例の無視の一件が今だに尾を引いていて、姉妹の間でわだかまりになっているようだ。 俺が勝手なまねをするわけにはいかない。 だが、罪の意識に苦しむ栞ちゃんをこれ以上無視できない。 姉から無視されることは、あの頃に戻ったような不安感を与えてしまうのだろうから。 どこか怯えたような栞ちゃんの顔は俺の妹を思い出させ、居ても立ってもいられなくなる。 ぽふ…… 「わっ……」 かつて俺の妹にしてやったように手を頭にのせ、軽く髪をかき回してやる。 こうしてやるとあいつは恥ずかしがって逃げようとしたけど、強引に撫で続けると心地よさそうに身を任せてたっけ。 「大丈夫だ……あ、いや、大丈夫……よ」 「お……お姉ちゃ……ん?」 不審の目、やはりボロが出てしまうか。 俺たちが入れ替わったことは隠すしかないという結論に達した。 しかし、お互いの状況を話し合う暇もなく相沢と栞ちゃんが戻ってきてしまい、怪しまれないためにそのまま帰ることになってしまった。 美坂に伝えることができた唯一の情報は、父さんとふたり暮らしだし、元々会話は大してなかったから気負う必要はない。というものだった。 考えてみれば、俺んちっていわゆる崩壊家庭ってやつなんだな。 でも自分を不幸とは思わない。家族だろうが親子だろうがお互い干渉しない関係が気楽……という感覚が定着してしまっている。 だが、栞ちゃんと美坂の関係は少なくとも我が家のそれとは違うようだ。 そうでなければ、こうも不安そうな顔で話しかけてきたりはしないだろう。 こういうとき、『お姉ちゃん』は『妹』に対してどうしてやるべきなんだろう? 頭に手をやったときに見せた戸惑い、ともすると怯えにも見えた表情に、俺は無神経なことをしてしまったかと思った。 この前、化学療法により髪の毛が全て抜け落ちてしまったガンの少年を扱ったドキュメンタリーを見た。 少年が回復して学校に復帰するとき、笑われたりしないかと不安だったが、クラスメートは少年が気にしないようにと全員で頭を剃っていた。 という話だった。 もしかしたら栞ちゃんもそんな状態で、カツラをかぶってるのか? 姉の美坂と髪の感じが違うのはそのためなのか? などと不安になってしまったが、栞ちゃんは表情を緩めてくれた。 杞憂ですんだようだ。 当然ながら触った頭の感触はカツラのものではなかった。 俺の妹と同様に、心地よさそうな顔で俺が撫でるに任せきっている。 俺や妹のくせ毛と違い、さらっとした栞ちゃんの髪は俺の攻撃がやんだらあっさりと元に戻った。 「あ……あたしなら大丈夫だから安心して」 更に安心させるため胸板を叩いた…つもりだったのだが。 ふにょん 掌に伝わる柔らかく温かい感触。それと共に、胸にふたつの膨らみがあることを実感してしまった。 「んっ……」 下着と思われる布地に突起が擦れたのか、甘い痺れが走る。 栞ちゃんは再び怪訝な顔で俺を見つめてきた。 「……」 「……」 「あの、栞ちゃ……いや、栞?」 「……」 「どうせ私の胸は小さいですよ」 「……え?」 「見せ付けなくてもいいじゃないですか」 「……」 そうか、栞ちゃんの胸は小さいのか。 いや、そんなことを納得している場合じゃなくて。 とりあえず苦笑しながら、ぽん、と栞ちゃんの背中を叩く。 そして栞ちゃんは笑顔で返し、歩みを再開した。 しかし……。 振り向く。 この並木道。 ここに来るのは初めてのはずだ。 だが、何だか概視感を感じる。 ここが大切な場所のような、いや、大事なものがあるような気がする。 だが、その感覚はどうしても形にならなかった。 ………。 ……。 …。 次へ 戻る |