「どうすりゃいいんだ……」
 想像してた女の子の部屋のイメージからかけ離れた、よく言えばシンプル、悪く言えばファンシーな品があまりない殺風景な部屋。
 俺はいま、そんな美坂の部屋にいる。
 帰ってきたのだからさっさと制服脱いで着替えるべきだろうが、着替えるからには当然ながら服を脱ぐわけで。
「うーむ、まずいよな……」
 それに帰宅早々尿意にせかされトイレに駆け込み、否応なしに男女の体の違いを突きつけられた。
 更に、ケツ拭く感覚で敏感な所を無造作に拭ってしまって、未知なる強烈な感覚が股間から背筋を電流のように駆け抜けた。
 痛みとむず痒さが入り混じった刺激により、艶かしい声を漏らしてしまって気まずかった。
 落ち着いてゆっくり拭いてみると、尿が出た辺りにイボのような突起を感じた。さっきの刺激はそこから伝わってきたようだ。
 おそらく……アレだろう。
 変な事を考えないように気をつけながら力加減をどうにか身に付けて拭き終え、トイレを脱出したのがついさっきのことだった。
 ……惜しいことをしてしまったような気がしないでもない。
 なんだか下腹部全体が妙に火照り、切なくなってきた。
 更なる刺激を自らの手で与えたい衝動を堪えていたが、このままだとどうも落ち着かない。
 だが、当然ながら女体の感覚に慣れているはずもなく、どうにも勝手がわからない。
 この感覚は、たぶん女の性欲なんだろう。それを紛らわそうにも、意識はどうしても自分には存在しないはずの器官へと向かう。

「大佐、性欲をもてあます」

 ……違う。
「……許せ、美坂」
 ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る股間に手を伸ばす。さらさらとしたスカートの生地を掻き分け、奥のほうへ進入させ……。
「あんっ……」
 下着越しに触れた部分から甘美な刺激が走り、前かがみになる。
 今の声…やっぱり俺が出したんだよな?
 出したというか漏らしたというか、まるっきり女の喘ぎ声だ。俺……本当に女なんだな。
 普通の女ならこのくらい慣れてるから平気なんだろうけど、なりたての俺にはこれでも 堪えきれず、どうしても変な声が漏れる。
 ここをゆっくりと擦って……。

 ノックの音

 強張っていた体が跳ね上がると共に、股間に這わせていた手を慌てて引き抜いたため敏感な部分を思い切り擦り上げてしまい……、
「くうっ……!!」
 強烈な刺激が走った。
「お姉ちゃん、入っていいですか?」
「はっ……はひ!」
 腰全体に走った刺激の余波を堪えながら、どうにか返事をすることに成功した。


「お風呂、沸きました」
「そ……そう」
 風呂……入らないわけにはいかないよな。
 美坂だって自分の体を不潔にされたら困るだろうから許してくれるよな?
「……」
 なにやら浮かない顔で俺を見る。
「どうしたんだ? いや、どうした……の?」
 やっぱり、異変に気付いたのだろうか?
「その……」
 まずい、まずいぞ。
「久しぶりに、一緒に入りませんか?」
「……へ!?」
「……嫌、ですか?」
 別に、俺が美坂と入れ替わった事に気付いたわけではないようだ。
 風呂……か。
 なるほど、言われてみれば栞ちゃんは着替えと思われるパジャマや下着を抱えていた。
 美坂が身につけていた黒のセクシーな下着と違い、栞ちゃんのは純白で小さなリボンの飾りがついた可愛いものだった。
 これは栞ちゃんの大人しめなイメージによく合っていた……って、観察しちゃまずいだろ。
 それにしてもパジャマ……?
 なんなんだ、ひらひらのフリルがついた少女趣味全開の、どピンクなパジャマ(らしきモノ)は?
 フリル付きワンピースって、まるでどこかのお姫様が着るナイトドレス……栞ちゃんの趣味なんだろうか?
 それにしても風呂か、俺の妹ともあの頃は一緒に入ってたな。懐かしい。
 ……って、やっぱりまずいだろ。
 ただでさえトイレ、着替え、入浴、パジャマ姿と乙女の秘密に思いっきり踏み込んでしまうのだ。
 まして、美坂の妹にして親友の彼女と一緒なんて……。
 でも。
「お姉ちゃん……」
 もう、栞ちゃんにこんな顔はさせたくない。
 美坂だってそうだろう?
 一旦深呼吸して口を開く。
「そう……ね、久しぶりにご一緒しよっか」
「はいっ」
 この笑顔をみて胸に温かいものが広がった。


 それからタンスの中を物色したが、妙な感覚を抱くこともなく着替えを用意できた。
 この胸の温かさがスケベ心を押し流してしまったようだ。
 それにしても…栞ちゃんのセンスがアレだから、もしかして美坂もああなのかと危惧していたが、タンスの中身は……。
 なぜにジャージ?
 タンスの中に衣類はさほどなく、色々な小物も収納されている。
 普段着と思われる服は数少なく、その内訳の大半はジャージだった。
 赤いのがせめてものおしゃれ……なんだろうか?
 まあ、穿くだけなのだから中身が男でもあれこれ気にしなくてすんで、この場合は助かるのだが。
 だけど毛玉はなんとかしろ、毛玉は。
 物持ちがいいのは美徳かもしれないが。
 でも、せめてスパッツなら…いや、そういう問題じゃない。




 脱衣所に向かう。
 脱ぎ方や外し方で試行錯誤しながら、妙な事を考えないよう自分自身に言い聞かせて脱いでゆく。
「……お姉ちゃん」
 不安そうな声。
 目をそらしているため、やっぱり嫌がられていると思ったらしい。
 仕方ない。覚悟を決めて正面から栞ちゃんに向き合おう。
 役得だなんて考えてない。俺は純粋に栞ちゃんの不安を取り除いてやりたいんだ。
 本当だ。女の子と風呂をご一緒する事に高揚感を感じているような気がしないでもないが、それでも、純粋に安心させてやりたいだけなんだ。
 視線を栞ちゃんに向ける。
 栞ちゃんは体を隠そうともせず腕を後ろで組み、むしろ体全体を見せつけるように胸をそらせていた。
 可愛らしいふたつの膨らみ。そして、その下に…。
「……栞」
 雪のように白い肌に走る数本の線。
「あは…手術難しかったから、どうしても傷跡は小さくまとめられなかったそうです」
 一本はわき腹からえぐるように、一本はへその脇を縦に、一本はささやかな茂みの上を横に。
 死を宣告されていた少女が未来を取り戻すために受けた過酷な試練の証だった。
 この手術の苦痛。そして、これほどの手術を受けねばならないほどの病魔がもたらした苦痛。


「上級生のみなさんに囲まれて緊張します…」
「大丈夫だよ。俺だろ? 名雪に、香里もいるし」
 学食で固くなっている栞ちゃんの髪を相沢がくしゃっとかき混ぜながら言った。
「オレもいるしな」
「北川は初対面だろう」
「けど、最初に中庭にいる栞ちゃんを見つけたのはオレだぞ。
 あのとき相沢に言わないで、オレが栞ちゃんに会いに行けばよかったなあ」
 冗談めかしてそう言った俺に対し、
「結果はいまと同じだと思うけどね」
 と、美坂からクールな突っ込みが入ってテーブルについたみんなが笑った。


 あの時の栞ちゃんは、病魔がもたらす苦痛と試練に対する覚悟を背負っていた。
 この小さな体でその全てを受け止めて、それでもなお元気に笑っていたんだ。
 傷跡が縦横に走る栞ちゃんのお腹に手を伸ばす。
「お姉……ちゃん?」
 病魔は、この肌をも蝕んでいたに違いない。にもかかわらず雪のように白く、すべすべとした感触。
 栞ちゃんが健康を回復した…試練に打ち勝った証だった。
「よく、頑張ったね」
「…はい。これまでできなかったこともできるようになりました。
 でも、ビキニで海水浴は無理ですね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
 強いな。女の子が背負うには大きすぎるものなのに、笑顔でこんなふうに言えるなんて。
「栞ちゃ…なら、そういうのよりワンピース、それこそスクール水着のほうがずっと似合うんじゃない?」
「あ、確かにあれなら大丈夫……
 …って、私が子供みたいな体型ってことですか!?」
「大丈夫だって、そういう体型のほうがいいって男もいるんだから」
 少なくとも俺はそう……かもしれない。
 今こうして俺も裸になっている。
 美坂の豊満な胸には当然ながら激しくそそられて、思い切り揉みしだきたい衝動にかられたものだが…。
 小ぶりで女の掌にもすっぽり収まってしまいそうな栞ちゃんの可愛い胸もこれはこれで捨てがたい。
 って、俺は一体何を考えている!?
「そんなこと言うお姉ちゃん、嫌いです」
 拗ねてそっぽを向いた。……可愛い。


 ふたりで湯船に入る。
 肩を寄せ合い、ゆっくりと温まる。
 昔は、妹ともよくこうしてたな。
 体が女なためか、栞ちゃんが背負っていたものに改めて気付いて厳粛な気持ちになっているせいか、不思議といやらしい気持ちは涌かない。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「だから、もういいってば。気にしてない…わ」
 やっぱり女言葉は抵抗がある。いいかげんボロが出そうな気がするが、栞ちゃんは怪しむそぶりがない。
 この姉妹の会話は、普段からこんなにぎこちないものだったのだろうか?
 それだけ、無視の一件がもたらしたわだかまりは深いものだったのだろう。
「今日のことだけじゃなくて、私のためにお姉ちゃんはいろいろな事を我慢してきて、無理してきて」
「オ…いや、あたしが姉なんだもの、当たり前よ」
 俺だって『お兄ちゃんなんだから』と色々我慢することがあったが、別に嫌じゃなかった。むしろ、その我慢が誇らしかった。
「でも、私の治療費のためにお父さんもお母さんもお仕事無理してきたし、
 お姉ちゃんの進学費用も出せなくなっちゃって、
 奨学金をもらえるだけの成績出すために無理してて
 私なんかいなければ、もっともっと学園生活を楽しめたのに」
「栞……」
 そうか、俺とは境遇が違ったな。
 俺んとこだって妹の入院費用により家計は決して豊かではない。
 だが俺は、はなから進学など考えてなかったし、そんなに成績もよくなかった。
 だが、美坂はなまじ勉強ができる分諦めきれず、それがお互いに大きな苦悩を生み出していたんだろう。
 栞ちゃんが俺たちに対してだけじゃなく、姉妹の間でも丁寧語で話すのはこのためかもしれない。
 自分の病気で家族に迷惑をかけてしまっている、という負い目がこういう話し方にさせてしまうのだろう。
 でも、健気じゃないか。こんないい子を無視するなんて。
 ……いや、だからこそなんだろうな。
 俺だって、あれからずっと妹と一緒にいる時間を得られたら、その上で失ってしまうとしたら。
 美坂が妹を無視していたという話を聞いて引いていた自分を恥じた。
 俺は美坂が背負ったものを知っていただけだった。ちっともわかってなかったんだ。
「バカね……栞抜きの学園生活なんて意味ない……わ」
 少なくとも俺としてはそうだ。そしてきっと美坂としてもそうだと思う。
 栞ちゃんの強さ、そして心の美しさを知った今、この子が欠けた美坂チームも、そんなチームで過ごす学園生活も考えたくなんてない。
 ひし、と抱きしめていた。
「……お、お姉ちゃん?」
「ごめん…ごめん…ね、何もしてやれなくて」
 栞ちゃんに対してだけじゃない。
 美坂と相沢に対しての謝罪でもあった。
 この姉妹と相沢が背負っていたものに気付けなかった自分が情けなかった。
 死を本気で正面から見据えた人間と付き合うには、その相手にもそれ相応の強さが要ると思う。
 そして相沢は、栞ちゃんが手術を受ける前の死を見据えていたころから付き合っていた。
 それだけの強さを相沢は持っていたのだ。
 転校してきてからほんの数週間の付き合いで、これだけのものを背負っていた栞ちゃんを支えることができた相沢に嫉妬した。
 そして、相沢が背負っているものを何も知らずに、舞踏会のときのタキシードをからかわれてブチ切れそうになった自分が恥ずかしかった。
 相沢は、学校の思い出を姉妹で共有させてやりたかったんだと思う。
 当然ながら舞踏会にも参加させようとしただろう。
 だが、あのときの栞ちゃんの体では叶わなかったに違いない。
 そんなときに、呑気に美坂だけを誘おうと考えていた俺の姿はさぞかし腹立たしく映ったことだろう。
 この姉妹が背負っていたものをもう少し早く知ることができていれば、もっともっと沢山の時間を共有させてやれたかもしれない。
 いや、俺なんかにはそれすらも無理だ。
 恋人……いや、友人や妹のような感覚の付き合いだったとしても、栞ちゃんを受け入れる強さなど俺にはない。
 この子が背負った運命の重さに耐え切れず、あっさりと逃げていただろう。
 こんな俺が美坂を好きでいる資格なんてない。
 抱きしめる力を強める。
 俺にはこんなことをする資格もないのに。
「あの……お姉ちゃん」
 これが姉としてなのか、兄としてなのか、異性としてなのか、そもそも自分の妹と重ねて見ているだけなのか、よくわからない。
 ただひたすらに、いとおしい。
「もう……駄……目……」

 ぶくぶくぶく

「わっ!? 栞? 栞ーっ!」




 ………。
 ……。
 …。





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