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新生美坂チームで帰宅する。 栞ちゃんがクッキー焼いてみんなでお茶したいというので美坂家に総出で遊びに行くことになった。 なんでも、美坂がお菓子焼いては入院してる栞ちゃんの見舞いに持ち込んでいて、その流れで作り方を教えたらしい。 ってことは、俺が手伝うんだろうか? 普通の料理はそこそこできるがお菓子作りは無理だぞ。 メシ作るのとお菓子作りとではまた別のスキルが要求されるのだ。 昔、妹が作るのを手伝ったことがあるんだが、どうもよくわからない部分はテレビ…それも、よりにもよってCMの中で見た光景で補っていた。 当然ながら結果は散々。それ以来お菓子作りは鬼門だった。どうすりゃいいんだろう。 ……。 一眠りしたら元に戻る、なんて都合のいい展開もなく、俺が美坂で美坂が俺なままだった。 お互い色々ありすぎて、栞ちゃんの状況以外に言葉を交わせなかった。 栞ちゃんは元気だ。 病院の検査でも無事が確認されたようだ。 栞ちゃんがのぼせて倒れた事を知った両親が、大事を取って午前中は病院に連れて行ったのだ。 美坂は頭打ってたってのにこの扱いの差。 病弱な妹にかかりきりで頑丈な姉はほったらかしか。 美坂は妹に嫉妬する事はあったんだろうか? ……俺の妹も、そんな気持ちだったんだろうか。 妹…とは言ったものの、ある意味では姉だったりする。 俺には誕生日がふたつある。 双子で俺が先に生まれたから兄で間違いないのだが、俺だけ超未熟児で発育が非常に遅れていたため一旦母体に戻され、安全な状態まで発育させてから改めて出産していたらしい。 だから双子にも関わらず誕生日が違うんだそうだ。 思い出を共有させてやりたい、という配慮から戸籍上の誕生日は妹と一緒になり、学年は一緒になった。 ……だが、その配慮があんな形で無駄になってしまうとは。 母体に戻して産みなおす処置をしてもなお、生まれたばかりの俺は非常に体が弱かったらしい。 そのなごりか俺の体は色素が薄く、妹に比べ髪や瞳の色が薄く見える。 俺は、それこそ死にかけたこともよくあったそうだ。そのため、両親は妹よりも俺の事ばかり気にかけていたらしい。 そんなのが嘘のように俺は丈夫になり背もぐんぐんと伸びていった。 それに対し妹の発育は伸び悩んでいた。 なんだか、妹が本来得るはずだったものを俺が奪っていったようで負い目に感じていたものだ。 だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あいつは屈託のない笑顔で俺と元気に駆け回っていた。 それこそ見ている者がはらはらするほどに。 俺がまだ小さいうちに両親は離婚し、俺は父さんに、妹は母さんに育てられる事になった。 父さんと母さんがなぜ別れたのかはよくわからない。 でも、母さんの病気があんなにひどくなっても連絡をとらなかったし、父さんは葬式のときも泣かなかったくらいだ。 両親が抱えていた問題は相当に深刻なものだったのだろう。 「お兄ちゃん♪」 「はうっ」 甚だしくあまやかな呼称で我に帰る。 「な、ななな…」 俺な美坂は呆然としていた。美坂な俺も同様であろう。 「……なんて呼ぶ関係になって欲しいです」 悪戯っぽい顔で俺を見た。 「お姉ちゃん、私のためにいろいろな事を我慢してきたけど、もうそんなことすることないよ」 悪戯っぽさは抜けた、真剣な、そして温かい笑顔で言う。 昨夜もそんなことを言って、美坂には好きな人がいると言ってたな。 それにしても、栞ちゃんが俺を兄と呼ぶ関係ってどういうことだ? いつの間にかそれくらいに慕うようになったのか? 美坂、その妹の栞ちゃん、そして俺。 俺が栞ちゃんの兄になる関係といったら……? と、そのとき俺な美坂に襟首をつかまれ、 わき道に引きずり込まれた。 「あんた、栞になに吹き込んだのよ!?」 俺な美坂はなぜか赤面している。 「いや、俺にもなにがなんだか……」 そのとき、俺という精神が宿った学年一位の頭脳はこれまでに得た情報を多角的に分析して、 ある結論を導き出し、栞ちゃんが発言した内容の漢字を再変換した。
つまり……!? 「そこの人っ!」 「…え?」 突然の声。 そして、意識が現実に引き戻される。 「どいてっ! どいてっ!」 なにやら切羽詰まった声。 「うぐぅ…どいて〜」 聞き覚えのあるうめき声。 そうだ、あいつの口癖……。 全身に衝撃が走る。 その中で認識できたもの。 接近する美坂の顔、手袋をした手で持たれた紙袋、白い羽。 …またも羽? たったひとつの願い 誰かからもらった、どんなことでもかなえられる願い それで、ひとりの重い病気の女の子を助けた でも、本当に助けられたんだろうか? まだダメだと思う ただ生きてるだけではダメなんだと思う 病気の女の子が望んでいた事、それは…… ボクに、なにかできることはないだろうか? 突然、真っ白な視界が晴れていた どこだろう、ここ なんだかお腹すいた あれ? ボク、何しようとしてたんだっけ よくわからない そのとき、とてもいい匂いがしてきた そして、ボクは走っている たい焼き屋のおじさんに追いかけられて 昨日も、同じことをしていた気がする その先に、見覚えのある人がいた ………。 ……。 …。 「あいててて……」 ……? なんだかしっくりとする。 声も、体の感覚も懐かしい。 周りを見回す。 さっきまでいた相変わらずの並木道だった。 そして……。 体をまさぐっている波打った髪の女。 俺も真似して体をまさぐる。 ぐに、と固い胸板の感触、そして股間は……。 「……ある」 「…無い。あっさりと元に戻っちゃったわね」 気が抜けた顔の美坂。 俺の顔ではなく、美坂の顔をした美坂だった。 「もっと嬉しそうな顔したらどうだ? 元に戻れたんだから」 「あんたが何やらかしたのか考えたら頭が痛いわ」 「…こっちだって痛いぞ。いったい何発やったんだ?」 一日ぶりのナニは、懐かしさではなく鈍い痛みを訴えてきた。 「あ、その……」 「サルみたいに癖になったか?」 「だ、だって、何回してもすぐ大きくなるんだもの。 もし、人前で元気になったらって考えたら不安で」 …で、徹底的に処理しまくったってわけね。そういうことにしておいてやるよ。 災難だったな。わが愚息よ。 しっかし、溜まっていたとはいえ何回もしたのか。俺って絶倫だったか? 美坂にとっては様々な意味で新鮮だったからか。 やっぱりサル状態だ。 それにしても、ぶつかってきた子になんだか見覚えがあった。 俺のより少し濃い褐色の髪。それまた、俺のより少し濃い紅の瞳。 そういえば、俺と妹の髪や瞳はハーフである母さんの遺伝であんな色だったな。 なぜかピンポイントで存在していた父さん譲りの尋常ではないクセ毛も共通だった。 あいつはそれを物凄く恥ずかしがって、髪をリボンでまとめていたっけ。 長く伸ばして自重を稼いだぐらいじゃ完全には収まらなかったのだ。 ふざけてあいつのリボンを解いたら、ぴょこん! と元気に跳ね上がり爆笑してしまった。 あのときはなだめるのに苦労したっけ。 あの後、お仕置きとして母さんの手で殿様ヘアーにされた。どうにか五部刈りにされるのは勘弁してもらったが。 それから、妹の髪も切ることになった。 「大人しくしてるんやで」 「うん」 「でも、あんた、じっとしてるん苦手やからなぁ」 母さんは色々な話をしながら妹の髪をゆっくりと丁寧に漉いてゆく。 学校のこと。昼ごはん。食べ物の好き嫌い。俺と妹がもっと小さかった頃の話。生まれたばかりの頃……。 俺は自力でちょんまげを解きながら、その光景を見物していた。 「くー…」 「寝てしもた…」 「そのほうが、動かんでええけどな」 「さくさく〜っと」 ざく。 「わ…えらい切ってもた…」 「このハサミ、お母さんもびっくり、プロの切れ味や」 「調理ばさみやけどな」 「うーん…」 「これに合わせなしゃあないな…」 ざくざく… 「やば…今度は反対側が短くなってしもた…」 ざくざく…じょきじょき… 「これで左右の釣り合いはとれたんちゃうかな…」 「ていうか、全体がごっつ短こなってしもとるやん!」 「ていうか、さすがは双子、うりふたつや」 そこには兄妹の証にして父さんと母さんの子である証、リボンの圧迫と自重から解放されて夏の風にそよぐ褐色でピンポイントのクセ毛があった。 そうだ、それを見て父さんも笑っていたっけ。 あの頃は仲良く四人で暮らしてたのに、どうしてこうなっちゃったんだろうな……。 ……!! なぜか、あいつの気配をここに感じた。 改めて回りを見回す。 美坂家に行く途中の並木道。 きのう、栞ちゃんと共に歩いているときに概視感を感じた場所。 元の体に戻ると、きのう感じた感覚は倍増していた。 ここは大事な場所だ。なにか、大切なものがある。間違いない! 相沢と栞ちゃんが戻ってきた。 どうやらぶつかってきた子は昨日の子と同一人物であり、栞ちゃんの恩人のひとりだったようだ。 浮かない顔を見ると、結局は掴まらなかったらしい。 ふたりとも走り回って疲れてるだろうけど、今は人手が必要だ。 「なあ、相沢、悪いんだけど、ちょっとつき合ってもらえるか?」 次へ 戻る |