2.モノミの家

 蜩がモノミに案内された家は、どこにでもある藁葺の一軒家だった。
 家の中には藁が敷いてあって、真ん中には粗末な囲炉裏がある。
「あ、そろそろ暗くなるから火を起こすよ」
 そう言ってモノミは囲炉裏の鍋をのけて火打石を持ってくる。
 なにやら、たぷんたぷんと音がするので不思議に思った蜩はその鍋の蓋を開けてみた。
 そして、その中の物を見て沈黙する。
「あ、勝手にその蓋を開けないでおくれよ。大事な物が入っているんだからさ」
「モノミ殿……何故、鍋の中に油揚げなどを漬けているのだ?」
「そりゃ好きだからさ。それに日持ちするだろ?」
「違う、そうではない。鍋は煮物に使うものであろう?」
 蜩が面食らうのも無理はない。
 鍋の中には、何かのダシに漬けられた油揚げがびっしりと浮かんでいた。
「んー、そういう使い方もあるみたいだね。アタシは使ったことないけど」
「この鍋はいつもこういう状態なのか?」
「そうだよ。もうずっと漬けてるからね、いいダシが出てると思うよ」
 確かにそれは否定しない。
 蜩も先ほど口にした油揚げがいい味を出していたことを知っている。
 しかし、これはいくらなんでも異常だった。
 それに、このようなものがこんな農村の小さな家にあるのも変ではないだろうか?
 油揚げを揚げる菜種の油も、味をつけるためのダシも全て嗜好品である。
 加えて、鍋がこの有様では揚げようがない。
「モノミ殿、この油揚げはどこから手に入れたのだ?」
「あ、これ? 村長さんに年貢を出してもらってるんだ。ついでにダシもね」
「年貢の見返りに油揚げ……?」
 ますますもってわけが分からない蜩だった。
 モノミは不思議を通り越して何かが変だ。
 しかし、出会ったばかりでそのようなことを口にするのは失礼であろう。
 蜩はそう思って、その場は追及を止めることにした。
「さてと、火もついたし晩御飯にしよっか」
 鍋から油揚げを数枚取り出し、端にある釜戸に向かうモノミ。
 そして、油揚げに小刀を走らせると、袋状になったそれに釜の中の飯粒を丸めて押し込んだ。
 先ほど蜩に差し出された奇妙な料理である。
「ソレガシさん、冷めてるのは我慢しておくれよ」
「……いつ炊いたのだ、その米は」
「一刻(現代の二時間に相当)ほど前かな。アタシ熱いの苦手なんだよ」
 どうやら、炊いた米を冷ましがてら散歩をしている途中に行き倒れの蜩を見つけたらしい。
「夏はいいよね。冬は米を炊いてから一刻も待ってたら真っ暗なんだから。まあ、でも冬は寒いから一刻も待たなくてもいいから好きだな」
「結局、どっちが好きなのだお主は」
「もちろん両方さ。一番好きなのは秋だけどね」
「そうか、もうすぐ秋だな」
「うん、とても楽しみだよ」
 再び差し出された稲荷寿司を口にしながら二人はそんな会話を交わす。
 一方は常に楽しげに、一方は極めて素朴に。
「ところでさ。その握り飯、どうかな?」
「腹が減っている時は何でも美味いというのは本当だと実感しておる」
「な、ななな……」
「が、同時にこれほど美味い握り飯を食ったことがないとも感じておる」
 大きく目を見開いて顔を引きつらせたモノミは、蜩の続く言葉を聞いて胸を撫で下ろす。
「ソレガシさん。アンタって人が悪いよ」
「人が悪い? 某がか?」
「そうだよ」
 人が悪いと言われたのが相当意外だったのか、呆然とした面持ちでモノミを見つめる蜩。
「美味しかったのならさ、こう!」
 すくっと、モノミがその場で立ち上がり、両手をぐっ前に突き出して握る。
「美味い!」
 高らかに宣言した後、腰に左手を当てて胸を張る。
 どうやらそれが癖らしい。と、蜩はどうでもよいところに注目していた。
「ってさ。そんな風にもっと喜びを出すべきだよ。そんな仏頂面で淡々と言われても作った方は嬉しくないじゃないか」
「すまぬな。某は疲れていて、そのようなことをする気力はござらん」
「あはは、そりゃ悪かった。じゃ、それ食べたら今日はお休みよ」
「うむ、何から何までかたじけない」
 恭しく頭を下げると、最後の一口を腹に納めて蜩は横になる。
 蜩はとにかく、飾らず、必要なことしか言わぬ、そんな素朴な男だった。
 だから、モノミは彼の笑う姿が好きだと思ったのかもしれない。


 蜩が眠りに落ち、日も落ちてからしばらく後。
 家の戸を小さく叩く音に、モノミは鍋の油揚げを二枚掴んで立ち上がった。
 そして、格子の枠を棒切れで叩いて下を覗き込む。
「モノミさまー、お腹減ったー」
「減ったー」
「サナ、ウル……アンタたち里から出てくるなって言ってるだろ」
「だってー」
「モノミさまの油揚げおいしいもん」
「お供え物で我慢しなよ。そんな格好でこんなとこほっつき歩いて、取っ捕まっても知らないよ」
「へーきへーき」
「モノミさまが、ここに住んでから誰も矢の一本も射かけられたことないもん」
「はぁ、まったくアタシも結局甘いんだから。今、格子から落としてあげるよ」
「わーい」
「油揚げー」
「ここで食べるんじゃないよ。持って帰って食べな」
「うん。ねえ、モノミさまは今度いつ帰ってくるの?」
「ミワナさまが心配してたよ」
「里はつまらないんだ。けど、ミワナに心配かけちゃ悪いし、近いうちに顔出すよ」
「うん、お土産に油揚げ!」
「ウルのも!」
「アンタたち、本当はミワナの心配なんてどうでもいいんだろ。毛皮にされたくなかったらさっさと帰りな」
「わ、わわわ、ごめんなさいー」
「サナ、待ってー」


 格子の下から駆け出す小さな足音が遠ざかっていくのを確認して、モノミは溜息をついた。
「まったく、あの子たちは……」
「誰かいたのか?」
「ひゃっ!? そ、ソレガシさん起きたのかい!?」
 奥で寝ていたはずの蜩が体を起こしているのを見て慌てふためくモノミ。
 様子を不思議に思っている様子の蜩だが、目は虚ろではっきりと起きているわけではないようだ。
「あ、あはは、起こして悪いね。近くの子供達が油揚げをねだりに来たんだ」
「そうか。モノミ殿はやさしいから、子供達にはさぞ好かれているのだろうな」
 それだけ言うと、蜩は意識を手放し再び眠りに落ちた。
 それを見て、モノミは額の汗を拭う。
「まったく、冷や冷やものだよ。でも……これじゃバレるのも時間の問題か」
 奥に上がって、蜩の寝顔を観察する。
 退魔士の修行のためか、過酷な旅のためか、その顔は非常に厳しい。
 しかし、頼りがいのありそうな力強さにも溢れている。
「話したら分かってくれるかな? ううん、きっと分かってくれるさ。村の人だって分かってくれたんだから」
 誰に聞かせるでもない、自分自身に言いきかせる様にモノミは呟いた。
 寝床に潜り込んだ彼女の目に格子の外の青白い月が映る。
 きっと、この月を里の者も見ているだろう。
「本当に悪い人なんていないってアタシは信じたいんだよ、ミワナ」






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