PowderSnow Fairy 空飛ぶ雪ん子
(16〜30)
アバン
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これまではこっちだよ(1〜15)
☆ 16 ☆
「何だ!?」
一斉に振り返る空飛ぶタオルさん達。
ううっ、そんなに集中して見つめられると、ちょっと緊張するよ。
「……誰だい、あいつ?」
「さあ、どこかで見た気はするが……誰だっけ?」
え? えっと、その……。
「ま、また忘れられてるーっ!?」
「……なんか、哀れに思えてくる存在感の薄さやね」
冷静に言わないでよ、ぴろちゃん。
ほんとに泣きたくなるから。
「あー、思い出した。あいつ、あの退魔士のガキと仲間割れしてた奴だ」
「裏切り小僧……もとい小娘か」
思い出してくれたのは嬉しいけど、嬉しいけど……。
(イメージが悪くなってる……)
(ど、どんまいや! ふぁいとやで、なゆき!)
こ、こんなのでめげちゃダメ。
ふぁいとっ、たよ。うん。
まずは、プリムローズさんとお話を……。
「ったく、なんて厄日だい。あのジャリガキをまいたと思ったら、今度はとんだみそっかすが追いついて来るなんて」
する前に、向こうから目の前に出てきてくれました。
「み、みそっかす……」
「ああああっ、こらなゆき。そんなくらいで落ち込むな!」
「そんなこと言われても、わたしの存在価値って……ううっ」
ずーん、と重い石が背中に乗っかったような悲しい気分。
わたしはみそっかす……みそっかす……。
「クイーン、ちょっと言い過ぎじゃないですか?」
「何か、もの凄く傷ついてますよ、あの子」
「ちょ、ちょっと待ちなよ。まるで私が悪いことしたみたいじゃないか」
「したみたい、じゃなくてしたんですよ! じゃなきゃ、あんなに落ち込みませんって!」
「謝っときましょうよ。ああいう子、拗ねて喚き出したら後が怖いです」
「そういうものなのかい? なんか、やりにくいねえ……。おい、そこのみそっかす」
ま、またみそっかす。うにゅう。
「姉御、余計に傷つけてどーすんですかっ!」
「そんなこと言ったって、私はあいつの名前知らないんだよ!」
「粉雪が周り飛んでますし、雪ん子でいいんじゃないですか?」
「……雪ん子って、猫の耳と尻尾が生えてて空飛ぶ妖怪だったか?」
「いや、それ雪ん子違うだろ」
「じゃあ、ありゃ何だ?」
うっ、今度は見つめられてる!?
じーっと穴が開くほど……実際一反木綿さん達の目の穴が空いてるけど、穴が開くほど見つめられて……。
「空飛ぶ奇人変人28号、というコード名で一つ」
「ああ、それ分かりやすい」
「おい、そこの空飛ぶ奇人変人28号」
さっきよりマシになった気はするけど……。
「……うにゅう、奇人変人」
「あー、もうっ! いちいち落胆すな! 話したいことあるんやろ、さっさと話し!」
すぱーんっ!
「あいたっ」
頭からにゅっと飛び出て、ぴろちゃんのねこパンチがわたしの頭に炸裂。
ううっ、憑依中は中に入ってるから、叩かれないと思って安心してたのにー。
体半分だけ出して、叩いて戻るなんて反則だよ。
とりあえず、大きく息を吸って、吐く。
深呼吸で落ち着いたところで、右手のけろぴーを胸に当てながら自己紹介。
「わたしは、ぱすだーすのーふぇありー、みなせなゆき。妖怪さんの名前なら、雪ん子」
「で、その雪ん子が何の用だ? あのトロトロ飛んでるお友達に代わって、私達とやり合いに来たのかい?」
ぎろっとプリムローズさんがにらみつけてくる。
うっ、大きいし、前から直接にらまれると、横で見ていた時よりもっと怖い。
「私達に追いついたってことは、どうやらあんたからは簡単に逃げられないようだ。やるってんなら、受けて立とうじゃないか」
「ち、違うよ! ……あまり違わないかも、だけど」
「どっちなんだい!?」
「うにゅっ!」
うにゅう、怒鳴り声も怖い。
こんなプリムローズさんと話してて平気なかおりって凄いよ。
でも、勇気を出さなきゃ。
言いたいこと、ちゃんと言わないと……!
「あ、あのね、戦わないで済む方法って本当にないかな? もしあるんだったら……わたしは、戦いたくない」
じっ、とプリムローズさんから目を逸らさない。
やっと言えたよ、言いたかったこと。
だけど、ほんとにがんばらなきゃいけないのはここから。
ふぁいとっ、だよ。
☆ 17 ☆
「戦わないで済む方法だって? そんなのがあるのかい?」
「えっと、それを一緒に考えようってお話を……」
「寝言は他所で言うんだね。交渉の余地はない。さあ、行くよ!」
「うにゅっ!」
こ、この人、ひょっとしなくてもかおりと同じタイプの人!?
「待たんかい!」
どうしよう、どうしよう、って思ってたら、頭の中からぴろちゃんがピシャリと一言。
突撃寸前の一反木綿さん達の動きが止まる。
「こっちの鈍いのに代わって、ワイが交渉の代弁したる」
「鈍いのって……」
「ええから黙っとれ。なゆきは、気になるところでツッコミ入れ。お前に任せとると話が進まへん」
「だ、だけど鈍いって……」
「そっちもそれでええな、プリムローズ」
「ああ、仔細ない。もっとも、そんな都合のいい話があるとは思えないけどね。まあ、同じ化物同士だ。付き合ってはやるよ」
「……化物同士って、うにゅう」
話まとめてくれたのは嬉しいけど……。
全然喜べないし、泣きたくなってくるのは気のせいじゃないよね。
うにゅう。
「さて、まずはお前の目的や。他の奴はともかく、ヘッドのお前までただ暴れたいだけってのはないやろ。そんなアホに、これだけの数が従うとは思えへんしな」
「ああ、そうだ。私達の目的は、王国を作ること」
王国、前も『王国のために』とか言ってたけど、それって何なんだろう?
聞いてみよう。
「王国って何なのかな?」
「分からないのか? 王国とは文化の証だ。私達は人間のように文明が欲しい。文明的な、誰にも侵されない私達だけの国。それが王国だ」
「いまいち理解できへんな。何でその王国作るために、人間を襲って力を奪う必要があるねん」
「なら、この体を見ろ」
そう言って、プリムローズさんはふわふわと右に左に飛んでみせる。
うーん、どういう意味だろう?
「平べったいな」
「ふわふわしてるね」
とりあえず、二人で思ったことを言ってみる。
そしたら、プリムローズさんはかっと目を大っきく開いて怒鳴った。
「違う! そこじゃない、手だ!」
「手……?」
「そうだ。人間にあって、私達にないもの、それは自由に動く手だ」
手を見てみる。
自由に動く五本の指。でも、一反木綿さんの体には手も足もない。
「文明とは何だ? 人間の文明の起源は何だ?」
「道具を作り出す『手』やな」
「そうだ。忌まわしいこの体。胴体だけでどのような文明が作れる? 私達は自由に動く『手』が欲しい。そのためには力が必要だ」
「なるほどな、力を集めて回ればそのうち手が生えるかもしれへんってことか」
「ああ、そうさ。まあ、半分賭けだったけどね。だけど、それは証明された」
「何やて?」
「見てみな、これが進化の兆しだ!」
いっせいに一反木綿さん達が縦に伸び上がる。
私達の感覚だと『起立』してるって言うのかな?
たくさんの柄が、あたり一面に並んでてちょっときれいかも。
「カラフルなタオル市やな」
「違う! 柄じゃない、体の下の方をよく見ろ!」
「下の方やて……?」
じーっと体を乗り出して、一反木綿さん達の体(タオル)を見つめてみる。
下の方を見ろって言われたけど……何があるんだろう? よく見えない。
あれ? タオルの下の方の両側に、何か小っさな……出っ張り?
「あ……足があるよ」
「ほんまや」
ほんとに小っちゃな足だったけど、一反木綿さんの体の下の両側から、それは生えていたのでした。
わたし達が気付いたのに満足したのか、一反木綿さん達はまたいっせいに『伏せ』ていつもの飛行状態に戻る。
「見たかい? この通り、足が生えたんだ。このまま行けば、いずれ手も生える」
「……足から生えて次に手が生えるって、オタマジャクシかいな。気色悪いやっちゃ」
「聞こえてるぞ、猫。喋ったり、その雪ん子の頭から生えたりする貴様の方が、よっぽど気色悪い」
「だ、誰が気色悪いやと!? このキュートな猫捕まえて、何っちゅう暴言や!」
頭の中で『ぷちん』って音がして、ぴろちゃんが頭から飛び出した。
あわてて、ぴろちゃんの頭を押さえつける。
「ぴろちゃん、説得しにきてるんだよ!」
「離せなゆき。こいつら、ワイに言うてはならんこと言いよった」
「先に悪口言ったのは、ぴろちゃんだよ!」
「せやけど……」
「もういいから落ち着いて!」
「むぎゅっ!?」
わたしの頭から顔を出してたぴろちゃんを、無理矢理頭の中に押し込んだ。
もうっ、なんでぴろちゃんって怒りっぽいんだろ。
とりあえず、プリムローズさん達の方を向いて、ぺこっとお辞儀。
「ぴろちゃんが悪口言って、ごめんなさい」
「ふん、まあいいさ。で、雪ん子、あんたがご希望の平和的解決とやらは見つかったのかい?」
「え? う、うーん」
何かあるのかな……。
一反木綿さん達も、わたしたちも悲しい思いをしないで済む方法って。
☆ 18 ☆
「平和的解決も何もあるかい。暴走族ごっこはもうしまいや」
わたしが考え込んでると、ぴろちゃんが不機嫌そうにそんなことを言いました。
って、また挑発してるーっ。
「ぴろちゃん、どうして人を怒らせることを言うの!」
「ええから黙っとれ。考えがまとまらんのなら、ワイからこいつらに言うておくことがある」
「うー……いいけど、もう怒っちゃだめだよ」
「分かっとるわ。せやけど、ワイは『かわいくない』言われるのは一番嫌いやねん。それを、あのアホタオルときたらキモいとかぬかしお……」
「ぴ・ろ・ち・ゃ・ん?」
「……すんまへん」
まったく、もう。
でも、ぴろちゃんが一反木綿さん達に言っておくことって何だろ?
「プリムローズ、ワレは王国を作るために、人間襲って生気吸いまくっとるんやな?」
「ああ、そうさ。それがどうした?」
「ほんなら訊くけどな、ワレはそれを自分の意思でやっとるんか?」
「当たり前だろう? 王国への願いは、私達自身の意思だ」
「ちゃうな。それはお前さんらの意思やない」
「何が言いたい!?」
プリムローズさんと、一反木綿さん達がぎろっとこちらをにらむ。
うう、ぴろちゃん……ほんとに怒らせてないんだよね?
「ワレが自分の意思で願ったという王国も、そのための力集めも、全部奴の手の内で踊らされとるに過ぎん」
「奴? 奴って何だい?」
「気付いとるんやろ? 大した年数も経てないタオルのお前さんらに命を与えた、大きな力の存在を」
「すると何かい? 私達は、その『奴』のために王国を作らされてると言うのかい?」
「そうや。お前さんらは言うてみれば、奴の働き蜂……力を集めるための、な」
「そんなので騙されるものか! そんな証拠、どこにある!?」
「まだ分からへんのか! 生まれたばかりのお前らが、何で『雪ん子』を知っとる? 『退魔士』っちゅう言葉を知っとるのも変やろ!」
ぴろちゃんの怒鳴り声に、プリムローズさんがびくんと体を震わせる。
ぶるぶる震えながら仲間の一反木綿さんの方を振り返ると、一反木綿さん達はみんな不安そうに震え始めた。
「そ、そうだ……何で私達は、会った事もないはずの物を知っている? 物心がついて一週間だというのに……」
「クイーン、その『一週間』なんて言葉も、タオルだった俺達は知らなかったはずです」
「じゃあ、じゃあ俺達は……!」
うろたえる一反木綿さん達に、ぴろちゃんはぶっきらぼうに言い放ちました。
冷たくて、厳しい声で。
「それが証拠や。お前さんらは、物心ついたばかりにしては物を知りすぎとる。奴の知識を共有しとるんや」
「そんな、そんなことって……」
「もう暴走族ごっこは終わりや。この町から離れて静かに暮らし。奴のエサになるために生きていたくはないやろ」
「ううっ、うっうっ……」
落ち込んだプリムローズさんは、ついに泣き出してしまった。
だけど……これってぴろちゃんの説得が通じたってことだよね。
じゃあ、もう……。
「うっうっ、ううう、あ……あは……あはははは!」
「えっ!?」
安心、と思った瞬間、プリムローズさんは大っきく反り返って大笑いし始めた。
嫌な感じの笑い声。
これって、馬鹿にしてる時の笑い方だよ。
「なんてね。そんなことは、薄々気付いていたさ」
「何やと!?」
びっくりするぴろちゃんの声に、プリムローズさんは『ハッ』って笑い飛ばしながら、刺々しい視線をこっちに飛ばす。
後ろに並んでる一反木綿さん達も、それにならって『ハッ』。
うう、感じ悪い連鎖反応……。
「気付いとんなら、何でこんなこと続けとんや。利用されて、搾り取られるのがオチなんやで!」
「だから力が必要だ。そいつに負けない絶対的な力……その力で、私達を利用したのが間違いだったと後悔させてやる!」
「その反骨心も、奴から逃げられへんよう植え付けられたもんやて、何で気付かへんのや!?」
「うるさい! 戯言もいい加減にしろ!」
ぴろちゃんの必死の訴えも、プリムローズさんには届かない。
ううん、逆に頑固にしちゃってる。
「例え、ワイの言ってることが戯言やったとしても、こんな横暴がいつまでも罷り通る思たら大間違いやで」
「へえ、そりゃどういうことだい?」
「こんだけ人間に迷惑かけてるんや。妖怪退治屋の退魔士連中が黙っとら……」
「あははははは」
話を遮って、プリムローズさんが大笑いを始める。
反り返って、お腹を丸出しにしながら、上下に揺れていた。
「何がおかしいんや!?」
馬鹿にされたって思ったぴろちゃんが怒るけど、そんな私達にプリムローズさんは見下ろす視線をぎろりと向けてきた。
「もう聞き飽きたよ。あんたの話は全部嘘っぱちもいいところだ」
「ワイの言葉が嘘やと? 強がるんやない。お前の知識は嘘やないことを告げてるはずや」
「ああ、そうだね。そういう退治屋がいるって知識はある。だけど、実際はどうだい? 既にさんざん暴れているのに、私達を退治にしにきた人間は、あのお粗末なジャリガキがただ一人。つまり……」
そこで言葉を切って、プリムローズさんはぞっとするような笑みを浮かべた。
つまらないものでも見てるような冷たい視線に、胸が締めつけられる。
「もうそんな奴らはいないってことだ。昔はいたとしてもね」
かちかちに固まった一反木綿さん達の心。
その言葉は、ぴろちゃんの説得なんてもう通じないって言ってるようでした。
☆ 19 ☆
(……確かに、どないなっとんや? いくら数が減ったとはいえ、ここまで妖怪が暴れとるのを退魔士が見逃すわけあらへん。かおりの姐はんはただのボランティアやし)
(ぴろちゃん?)
(ん、ああ。どうもおかしいんや。人間の方には、退魔士って妖怪退治屋がおるって言ってたやろ、ワイ)
(あ、うん。そんな話してたような気がするよ)
(あいつら、ここまで暴れてるのに、そいつらとまったく会ってないなんておかしすぎるで)
(それって、そんなに変なことなの?)
(考えてもみい。こんだけ妖怪が派手に暴れてるの放置しとったら、なゆきの学校でも妖怪がおるのは常識になってるやろ)
(あ……そうかも)
そうだよね。
一反木綿さん達はあっちこっちで人を襲ってる。
作り話ならたくさんあるけど、本当に見たって話が、もうたくさん出てるみたいだし……こんなこと起きてたら、妖怪はいないだなんて思わないよね。
(ホンマ、どないなっとるんや……?)
そのままぴろちゃんは黙り込んでしまった。
多分、言葉で説得してももう無理。
一反木綿さん達は聞いてくれない。
だったら……。
「プリムローズさん」
ごくっと唾を飲み込んで、胸に握り拳を当てる。
危険なことだって分かってるけど、勇気を出さなきゃ。
どっちかがいなくならなきゃいけない、なんて結末は嫌だもん。
「わたしが力をあげるって言ったら、もう町の人を酷い目にあわせたりしない?」
「んが!? ちょい待ち、なゆき! お前何言っとるのか分かっとるんか!?」
「分かってるつもりだよ。だから、わたしに任せて」
「いや、せやけど……」
「お願い、ぴろちゃん」
歯をぐっと食いしばりながら、息を飲み込む。
頭の中で、ぴろちゃんの溜息が聞こえた。
「言って止められる雰囲気やなさそうやな。分かった、ワイは黙っとく」
「うん……ごめん」
「気にせんでええ。なゆきは、なゆきや。やりたいことがあるなら、信じて突っ走り」
こくんと頷いて、一反木綿さん達の方に向きなおる。
「プリムローズさん、どうなの?」
「確かに、あんたの妖力は私達から見れば凄まじい量だ。あんたが日々私達の糧になってくれるというなら、町の人間を危険な目に遭わせることもなくなるだろう」
「それと、もう一つ。力を集めるのを我慢すれば、今みたいなことしないでも生きていけるんだよね?」
「ああ。私達付喪神は、存在するだけなら、ほとんどエネルギーはいらない。誰も襲わなくても生きていけないことはない」
「じゃあ……」
けろぴーをびしっと一反木綿さん達の前に突き出す。
これは、わたしの決意の気持ち。
ずっと悩んでた。
だけど、悩んで止まってるだけじゃ、何も起こせない。
少しでもわたしに出来ることをするために、前に進まなきゃ。
「わたしとお空の競走で勝負だよ」
「何……?
「わたしが勝ったら、一反木綿さん達は町の人を襲わない。だけど、一反木綿さんが勝ったら……わたしとぴろちゃんを好きにしていいよ」
「ぶふぅっ!?」
突然頭の中から、凄い噴射音。
次の瞬間、ぴろちゃんの怒鳴り声が響きました。
「くぉら、なんでワイまで好きにされなあかんねん!」
「……え? だって、一身同体だしいいかなって」
「よくないわ。勝手に決めるな、ドアホ!」
すぱーんっ、と体を半分だけ出してのねこぱんち炸裂。
うう、いたい……。
「ごめん、ぴろちゃんはダメだって」
「別にいらないよ、そんなカスみたいな猫。大した妖力持ってないし、腹の足しにもならない。あんただけで十分だ」
「あ、そうなんだ。ありがとー」
よかった、文句言われたらどうしようかと思ったよ。
じゃあ……。
「待て待て待てい! 異議あり、異議大有りや!」
うにゅう。
「なんで、ぴろちゃんから文句が出るの?」
「出すわ! 誰がカスやねん。人が弱っちいみたいな言い方しよって、そんなに言うならワイも乗ったろやないか。なゆきが負けたら好きにせえ!」
「ぴろちゃん、何だかヤケになってるよ」
「誰のせいやと思ってんねん!」
……なんでこんなに怒ってるんだろ。
とりあえず、一蓮托生ってことでいいんだよね、うん。
「って、言ってるんだけど……」
「まあ、どっちでもいいさ」
「それで、受けてくれるかな? わたしと競走」
「私達だってゾクだ。レースを挑まれて、逃げるのは癪だね」
「じゃあ……!」
「ただし! あんたが、さっきの約束を守るって保証はどこにある? 私達に負けたら、逃げたり、攻撃してきたりしないって約束出来るかい?」
「もちろん、約束するよ」
「……ふん」
よかった、話がまとまって……って、そう思ったのに。
プリムローズさんは、つまらなそうに鼻を鳴らしました。
「信じられないね。多かれ少なかれ、私達は人間に裏切られてきたんだ。感じで分かる。あんた、半分は人間だろ? それに、人間の肩を持つのが何より気に食わない」
「一ヶ月前はお気に入り、五日前はゴミ袋、そして今はやさぐれ妖怪」
「それが俺達……」
「いったーーん」
「もめんっ」
一斉にお尻をくりんっ。
……えっと、悲しい話しているのか、楽しい話しているのか、どっちなんだろ?
「もう、つっこむ気にもならへんわ」
「ぴろちゃん、そんな投げ遣りに……えっ!?」
びりり、と背中に嫌な感じ。
何かの危険が後ろから迫ってきてる。
慌てて振り向くと、そこには……。
☆ 20 ☆
「見つけた!」
「かおり!?」
ぐんぐんこっちに迫ってくるのは、一反木綿さんをげしげし踏みつけてるかおり。
広げた左手は、もう一反木綿さん達の中心に向けられている。
きいいいん、と力の集束する音がはっきりと聞こえた。
「これで終わりよ!」
「だめっ!」
急いで、一反木綿さん達の中心に向かって飛ぶ。
絶対に止めなきゃ。
ここで爆発したら、また悲しい気持ちが溢れちゃう。
そんなのは、もう嫌。
「美坂流練氣術、空鳴!」
「立って、霜の巨人さん! ぴらーおぶふろすと!」
ぴかっと閃光と、爆発の大きな音が響く。
だけど、一反木綿さん達は全員無事。
ぱらぱら落ちてくる小さな氷のかけらと、湯気が立ち込める中、群れの真ん中に飛び込んだわたしを、驚いた様子で眺めていた。
(空中でピラァオブフロストなんて危ないことすな! 姐さんの爆発で相殺できたからよかったものの、下手すれば氷柱が街に降っとったぞ!)
(ご、ごめん。あの爆弾を閉じ込める方法、それしか思いつかなかったから)
(って、それどころやない。姐さんお怒りやで)
爆発の力が集中しているところに、ぴらーおぶふろすと。
氷の柱でかおりの爆弾を凍結したのまではよかったけど……。
これって、またかおりの邪魔をしたことになるんだよね。
「なゆき! 何度も何度も邪魔して、あなたどっちの味方よ!?」
「ど、どっちの味方でもないよ。でも、もうちょっと穏やかに……」
「そいつらは、何人もの人を危ない目に遭わせてる妖怪よ。話し合う余地なんかもうないの。それとも、あなた、身も心も妖怪に染まったわけ?」
「そういうわけじゃないよ。妖怪さんの力は使えるけど、わたしは人間だよ。一反木綿さん達が、誰かを酷い目に遭わせるのは良くないって思うし」
「だったら、そこを退きなさい。ちょっと空を飛べるだけで調子に乗ってるそいつら、一匹ずつでも落としてやるんだから!」
「だめだよ。そんなことしたら……」
「もういいわ。この先邪魔されても面倒臭いし、痛い目見て家に引きこもってもらうわよ」
「……え?」
それって、どういう意味? と聞く前に、かおりが肩に背負ってた野太刀を振る。
慌てて近くの一反木綿さん達と、右に飛んだけど……すぐ傍を衝撃波が飛んでいった。
「ちょ、ちょっとかおり!?」
「問答無用! 痛い目に遭いたくなければ、さっさと帰りなさい!」
続けざまに、縦に横にと衝撃波が飛んでくる。
一反木綿さん達と一緒になって、ひょいひょいって避けてるけど……。
(何で、わたしが攻撃されてるのっ!?)
(あかん……姐さん、いっぺん熱くなると周り見えへんタイプや)
(えっと、それって……?)
(何度も何度もなゆきが邪魔するから、プッツンきて本来の目的忘れてもうたんや。なゆきを病院送りにする気やで!)
(えええええっ!?)
避けながらぴろちゃんと念話。
攻撃は雑だから、十分見て避けられるけど……けど……。
うう、カンカンに怒ってる顔が怖い。
(どうしよう?)
(フリージングベルで頭冷やしたったらどうや?)
(そんなことして、大丈夫かな?)
(さあ……。行き過ぎて凍死するかもしれへんし、避けられたら、完璧に怒るかもしれへんな)
(ぴろちゃん、他人事みたいに言わないで)
(いや、せやけど、ああもおかんむりやし……って、やばい!)
背中にビリリって危険の合図が入る。
慌ててしゃがんだら、髪の毛の先っぽが光の衝撃波に持っていかれた。
(距離を取るんや、なゆき! 近いと正確に飛んでくるで!)
(うん)
かおりは、前進しながら刀を振ってる。
さっきより近くなってたから、衝撃波が避けにくくなったんだね。
急いで後ろに下がって、かおりとの距離を……。
「え!?」
後ろに下がる途中、ちらっと横目に入ったもの。
それは、わたしとかおりのお騒がせに釘付けになって、その場を動かないでいた六枚の一反木綿さん達でした。
わたしが後ろに下がるのを見て、我に返ったみたいだけど、その一反木綿さん達の位置はわたしとかおりの丁度真ん中。
でも、かおりはもうわたししか見えてなくて、間の一反木綿さんなんかお構い無しって感じに野太刀を振り上げた。
「美坂流格闘術、参破閃!」
乱れ飛ぶ、三つの光の衝撃波。
一反木綿さん達は、いきなりのことで気が動転してるのか、まったく動く気配なし。
だめっ、このままじゃ!
「けろぴー!」
けろぴーに力を込めて、全速力で衝撃波に向かって飛ぶ。
ぴらーおぶふろすとじゃ間に合わない。
もし氷の柱で防いでも、爆発みたいに粉々になってくれないから、下の民家いる人が危険。
だけど、防がなかったら、一反木綿さん達が落とされちゃう。
「止まって!」
前傾姿勢のまま、目をつむって無我夢中でけろぴーを振り回した
そしたら、手に何かを思いっきり叩く感じと、周りでばちんばちん、って弾ける音がして……。
「嘘!?」
目を開けると、びっくりしてるかおりの顔。
え? これってひょっとして。
「このっ、追風!」
ぶんっ、と横薙ぎに飛んでくる大きな衝撃波。
反射的にけろぴーを脇に構えて、衝撃波に向かって叩きつける。
光の衝撃波は、ガラスみたいな音を立てて砕け散った。
そのままかおりの隣をすり抜けて、すぐ後ろで停止。
魔法を防がれたかおりは、目を思いっきり開けて、肩を震わせながらこっちを振り返りました。
「あたしの魔法が、あんなふざけた杖で切り払われたっていうの……!? 信じられない」
かおりの目には、もうわたししか映ってない。
よかった、これで一反木綿さんはひとまず安心だよね。
☆ 21 ☆
「えっと、かおり、そろそろ落ち着いてくれない……かな?」
「……さない」
「うにゅ?」
「あたしを邪魔するわ、あたしの魔法をコケにするわ、もう許さない!」
「えええええっ!?」
驚いてる暇もなく、衝撃波がまた一つ飛んでくる。
だけど、今度もけろぴーを叩きつけて、やりすごした。
あんな痛そうな衝撃波を叩くだけで砕いちゃうなんて、けろぴーってもの凄く頑丈なのかな?
って、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ。
(ど、どうしちゃったのかな、かおり)
(……プッツンきてるところに、プライドまで傷つけたもんやから、マジギレいってもたなぁ)
(ぴろちゃん、そんな他人事みたいに……)
(ワイは何もしとらへんし)
(そんな、無責任だよ。せめて、どうしたらいいのかくらい……)
(錯乱しとるんやし、ぶん殴って大人しくさせたらええんとちゃう?)
ぶん殴って大人しく……。
(うん、分かったよ、ぴろちゃん)
(まあ、なゆきがそんな暴力的なことやるとは思わへんけどな……って、何やて!?)
けろぴーに力を込めて、かおりに向かって全速力で飛ぶ。
飛んでくる衝撃波は、けろぴーで切り払って、一気にかおりの目の前へ!
「い゛っ!?」
「行くよー、かおり。痛かったらごめんねー」
斧みたいに、両手でぐっと背中の後ろまでけろぴーを振りかぶって……。
「ジョニー、退避して!」
「はいいいいっ!」
「えーいっ!」
思いっきり振り下ろした。
その結果は……。
ボキリ!
って、凄い音でした。
何だかヘンなので、まわりをきょろきょろ見回してみる。
上の方に逃げてた、プリムローズさん達がわたしを見ていた。
かおりを乗せてる一反木綿さんも、わたしを見ていた。
折れた刀を手に一反木綿さんに乗ってるかおりも、わたしを見ていた。
だけど、みんなヘン。
「うにゅ? わたし、何かヘンなことしたかな?」
かおりの刀を折って、もう暴れられないようにしたんだよ。
なのに……。
なんで、みんな震えながらわたしを見てるのかな?
かおりは青い顔してるし。
「こ……」
「こ?」
沈黙の中、最初に口を開いたのはかおり。
ぜーぜーはーはー、って胸を押さえながら凄く苦しそうに息をしてる。
汗もかいてるみたいだし、どうしたのかな?
「殺す気!?」
「ええっ!?」
そ、そんな、いきなり殺す気だなんて。
「かおりー、いくらなんでもそんな危ないことはしないよー」
「どこがよ!? さっき、ジョニーに退避させてなかったら、刀ごと頭まで叩き割られてたわ!」
「え? でも、けろぴーって杖だし、当たってもたんこぶくらいで……」
って、言った瞬間、かおりが頭に被っていたカブトが木っ端微塵に爆発した。
ぱらぱらと落ちていく破片に、かおりがこめかみをひくひくさせて言いました。
うにゅう、もしかしなくても怒ってる……よね。今度は静かに。
「頭に当たってたら、素敵なことになってたわね……」
「え、えーっと……」
髪についた破片を落としながら、かおりが冷たい視線を向けてくる。
かおりの乗ってる一反木綿さんも。
「……仲間にあんな容赦ない攻撃ができるなんて」
「鬼だあの雪ん子」
うう、上のプリムローズさん達からも。
視線が辛いよ。こ、こういうときは……。
(ぴ、ぴろちゃん、みんなに何か言……)
(……恐ろしい。かつて、これほどまでに恐ろしいと思うたことがあったやろうか。悪意のまるでない、素の行動だけでここまで恐ろしい奴は初めてや)
こ、心の奥に閉じこもって震えてるーーっ!?
「え、えっと、その……」
みんな、ぶるぶる震えながらこっちを見てる。
何か明るいこと言って、場を和ませないと。
こういう時って、何て言うんだっけ。
えーっと、たしか……ど、ど、ど……。
「どんまいっ、だよ」
「お前が言うな、ドアホ!」
すぱーんっ!
みんながずっこける中、ぴろちゃんに叩かれたわたしでした。
☆ 22 ☆
「とりあえず、姐さんも頭が冷えたところで……」
「冷えたのは頭じゃなくて肝よ」
「ふむ。まあ、姐さんも肝が冷えたところで、理解したやろ。地上ならともかく、そんな不安定な足場でなゆきと喧嘩するなんて無謀や」
「そう……ね。分かったわ。どういうつもりか知らないけど、なゆきに従うわよ」
かおりは溜息をつきながら肩の力を抜いて、折れた刀をだらりと降ろす。
よかった。なんとか落ち着いてくれて。
「それとプリムローズ。もう分かったやろ。こいつは約束破ったりせえへん」
「何でそう言える?」
「何の疑いもなく、敵のお前らに背を向けて守るような馬鹿正直や。それでも信じられへんか?」
空の上で、プリムローズさんが後ろの仲間達の方を振り返る。
仲間の一反木綿さん達は、一斉にこくりと頷いた。
「こいつらも納得してるようだ。いいだろう、あんたの挑戦を受けてやる」
「ありがとう、プリムローズさん」
「礼はいい。戦わないというだけで、敵であることには変わりないんだからね」
ふいっと横を向いて視線を逸らされる。
まだぎすぎすしてるし、本当に戦わないってわけじゃないけれど……。
でも、傷つけ合わないで済むのはいいんじゃないかなって思う。
だから、話を聞いてくれてありがとうなんだよ。
「それはそうと、レースと言ってもどんなレースにするんだい?」
「……え?」
「コースとルールだよ。それに、誰が判定をする?」
「あ、そうだよね。えっと……」
ど、どうしよう。
ただ、びゅーんって飛ぶくらいしか考えてなかったよ。
「まさか、何も考えてない……ってわけじゃないだろうね?」
「も、もちろんだよ」
「汗流しながら言うても説得力ないで」
「ぴろちゃん、余計なこと言わないで」
レースのコースなんて、今考えちゃえばいいんだよ。
たとえば、ものみの丘に一番最初に着くとか。
うん、それでいいよね。あそこなら分かりやすいし。
「えっと、じゃあ、ものみの丘に一番最初に……」
「待て!」
最初に着いた方の勝ち、って言おうとしたら、横から野太い声に遮られた。
みんなで声のした方に振りかえると、そこにいたのは雲に乗ったダンディおじさん、大臣禅爺さんでした。
「ぜ、禅爺はん!? 何でこんなところにおるねん!?」
「俺は風だ。風はどこにだっていける。そして、風を聞けば、全てを知れる」
「なるほど」
「具体的には、そのカエルに仕込んでおいた盗聴器によって」
「待たんかい」
と、盗聴器って……。
けろぴーにはそんなのが入ってるの!?
「ステルス性の妖力起動式盗聴器だ。肉眼では見えない。カエルのデザインは寸分足りとも崩れていない、安心しろ」
「いや、そうゆう問題やのうて、プライバシーってもんがやな」
「妖力起動式と言っただろう。盗聴器が作動するのはお嬢ちゃんが、そいつを杖にしている時だけだ。俺は紳士だからな。プライベートまで盗み聞きせんよ」
「ていうか、なんでそないなもん付けとるねん。気味悪いから、さっさと外さんかい」
「そう言うな。付けておけば、こういう時に俺が来てやれんこともない」
「禅爺はん、単に事件が起きたら見物しにきたいだけとちゃうんか?」
「それもある」
そう言って、にやりと笑う禅爺さん。
見物って……見せ物じゃないのに。うにゅう。
「それより、その金斗雲みたいな雲は何? そんな便利なモノ持ってるなら、くれたっていいじゃない。あたしたちが一反木綿に苦労してるのは知ってたんでしょう?」
「ああ、こいつか?」
禅爺さんが、足元の薄い灰色のもくもくした雲をとんとんと足でつついてみせる。
かおりの一反木綿さんみたいに狭くないし、乗り心地はよさそう。
あんなの持ってるなら欲しかったかも。
「知り合いの風神が『風邪引いてまんねん』とか言って寝込んでたので、拝借してきた。奴の乗り物を勝手にくれてやるわけにはいくまい」
「風神って……雨雲に乗って空を飛ぶ風の神様?」
「ああ。まあ、神という名前を付けられているだけで、鬼に分類される妖怪の仲間だ。俺の愉快な飲み仲間でもある」
「……そ、そう」
なんだか複雑な表情を浮かべてるかおり。
たぶん、なんだか色々とゲンメツして疲れた顔だよね。
「おい、オッサン。いきなり出てきて、何だいあんたは?」
「いきなりオッサンとは、口の聞き方を知らんな若いの。俺は大臣禅爺。世界で最高の妖だ」
「何……?」
「あー、プリムローズ。後半部分は無視して適当に聞き流しとき」
「何だ、つれないなピロスケ。俺はお前の大ファンだというのに」
「話進まへんから、用をちゃっちゃと済ませてや。ワイ腹減ってるねん」
頭の中から、ぐぅとお腹の音がする、
うう、頭の中で変な音鳴らさないでよー。
わたしも、お腹減ってきてるけど。
「ふむ、それならば仕方ない。では本題に入ろう」
首元の蝶ネクタイを締め直して、禅爺さんが姿勢を正す。
そして、手を上げてパチンと指を弾いた。
「来い、鬼火!」
おにび?
おにびって何?
って思った瞬間、禅爺さんの周りに、ぼぼぼっとたくさんの火の玉が出現。
人の頭くらいの大きさの火の玉が、めらめら尾を引いて燃えてる。
これって……。
「ひ、ヒトダマ!?」
「……もう妖怪なんて見慣れてるくせに、鬼火くらいで驚かんでもええやろ」
だって、ほんとに不気味に燃えてるんだもん。
☆ 23 ☆
めらめら赤く燃える火の玉が、四つ、五つ、六つ。
そうかと思ったら、青い火の玉、黄色い火の玉も右に左に燃え始める。
あっという間に、わたし達のまわりは色んな色の火の玉で囲まれてしまいました。
「紹介しよう。こいつらは鬼火。見ての通り、空間を彷徨う魔力や妖力に火がついたものだ」
「おにびって?」
「火の玉の正しい呼び名だ。ヒトダマと呼んでもいいが、それは厳密には総称ではない。覚えておいた方が……いや、覚えておいても特に意味はないな」
ヒトダマって言葉なら聞いたことがある。
鬼火って呼び方もあるんだ。そっちの方が正しい名前みたいだけど。
「なあ……触れたら燃えちまいそうでおっかない。どっか行って欲しいんだけどね」
「安心しろ。そいつらの炎に熱はない。この通りだ」
「あら、ほんと。通り抜けても何ともない」
「まあ、怒らせると本当の火になる奴もいるから、攻撃は薦めんぞ。特に、よく燃えそうなタオル諸君にはな」
禅爺さんが火の玉に手を入れるのを見て、プリムローズさんも火の玉をすいっと通り抜けてみせる。
それを見て、わたしもすぐ傍の青い火の玉にそーっと触ってみた。
あ、ほんとに熱くない。光ってるだけなんだ。
「それで、こんなに鬼火を呼んでどうしようって言うんだい?」
「話は聞いていた。せっかくの大空レースだ。趣向を凝らそう」
「趣向、だって?」
「お誂え向きに、日も落ちた。こいつらの炎は闇によく見えるだろう?」
「ああ……」
気が付いたら、お日様は山の向こう。
まだ少し明るいけど、もう少ししたらお星様とお月様がお空に輝きだすんだと思う。
そんな薄暗い中で、鬼火さん達はめらめらと明るくまわりを照らしてました。
下に見える街にも明かりが点き始めて、キラキラ光ってます。
なんだか、とってもきれいかも。
こんな風景をきれいって思えるのも、今わたしが空を飛んでるからなんだよね。
なんて思っていたら、禅爺さんがパチンとまた指を鳴らした。
その瞬間、あたりでめらめら燃えていた鬼火さんたちがまた一斉に消える。
でも、いなくなったんじゃない。
周りから、かすかに何かがいるって感じがする。
多分、燃えるのを止めただけ。
もとから存在感が薄いけど、この何かがいるって感じは……多分、もの凄い数の鬼火さんたちが周りにいるってことだよね。
いったい、何をするんだろう?
「鬼火達よ、俺のイメージは伝わったな。次の合図で一斉に火を灯し、空に道をかけてくれ!」
禅爺さんが両手を広げて、周りに呼びかける。
道? 道って、もしかして……!
「さあ、行くぞ。スリー、トゥー、ワン……!」
指を数に合わせて折ってく。
最後に、『ゼロ』の代わりにパチン、とまた指を鳴らした。
そしたら……。
ぼっ、と禅爺さんの浮いてる足元に色の違う七つの鬼火が点火。
それに続いて、ぼぼぼぼぼっ、とそこからドミノ倒しみたいに火が並んでく。
これって、やっぱり……うん。
「ぴろちゃん、見て。鬼火さんが道を作ってるよ」
「道……いや、ただの道とちゃうで。炎の色見てみい」
「色……えっと、赤と橙色と黄色と……」
「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色ね」
指を指しながら色を思い出してると、かおりが横から色を全部教えてくれた。
驚いてる間にも、あっという間に鬼火さん達は点火していく。
まっすぐだったり、カーブを描いたり、ジグザグだったり、ループだったり、色んな軌跡を描きながら、もうあんな向こうまで。
それは道だった。
お空に浮かんだ、一色の道。
七色だけど、わたし達はこれが一つの色だって知っている。
「……きれい」
「虹色の道……レインボーロード」
わたし達の目の前に現れた道。
夜空に浮かぶ、その長い長い道は、七色に燃える虹色のレインボーロードでした。
かおりも、一反木綿さん達も、びっくりして道の先を見つめるばかり。
わたしとぴろちゃんも、なんだかもう凄すぎて一言いうのが精一杯でした。
「それなりのコースを用意してやった。完全に日が落ちたらレース開始と行こうじゃないか」
道の先を見つめてぼーぜんとしてるわたし達の前に浮かんで、誇らしげに両手を広げてみせる禅爺さん。
妖怪の大旦那さんって、こんなに凄い人だったんだ……。
☆ 24 ☆
ざわざわ、ざわざわ、あちこちから話し声が聞こえる。。
レースまであと十五分くらい。
みんなお空にかかったレインボーロードの前で、めいめいにおしゃべりしていました。
わたしは、かおりにこれまでの経緯を説明中です。
「……というわけなんだよ」
「はぁ。空のレースだなんて、何でそんなメンドウなことするのよ。ちゃっちゃと退治してしまえばいいのに」
「諦めるんや、姐さん。なゆきはこういうやっちゃ」
うー、そんなに面倒臭そうな顔しなくてもいいのに。
なんだか、いたたまれなくなって頭の耳をぺたん。
「で、姐さんはどないするんや? コース外で見学やろか?」
「一応、なゆきの側で参加するわ。ジョニーじゃあんまり当てにならないでしょうけど」
「あひんっ!」
はぁ、って溜息をつきながら、足元のピンクタオルさんをどかっと踏みつける。
かわいそうなはずなのに、ぜんぜんそう思えないのは……たぶんピンクタオルさんが垂れ目になって喜んでるように見えるから。
ううっ、あんまり近寄りたくないかも。
「あ、そういえばごめんねかおり。刀、壊しちゃって」
「刀? ああ、これのこと?」
わたしの視線の先には、折れた刀を握ったままのかおりの右手。
それに、立派な角付きカブト(ユニコーンさんみたいなカブト?)も壊しちゃったんだよね。
「気にしないで。これ、本物の刀じゃないから。あと兜も」
「え? そうなの?」
「氣を固めて作った道具よ。言い方変えれば物質化魔法ね。だから、力を込めれば……」
かおりが目を閉じて『んー』って力んでみせると、きらきらとかおりの体が輝き始める。
特に、兜のあった頭と、折れた剣が光に包まれて……。
ぴかっと、強く光ったと思ったら、元通り。
変身したばっかりの、きれいピカピカなかおりが目の前にいました。
「この通りいつでも修復可能。ま、なゆきに壊されちゃうあたり、まだまだ練氣がなってないのね。ようはあたしの修行不足」
「そうなんだ。ちょっと意外かも」
「そう?」
「だって、かおりって何でもできるイメージあるから」
「あたしだって神様じゃないわよ。まあ、でも、何でもできなきゃって気持ちはあるかもしれないわね。あたしを見てる子がいるから……そう」
「うにゅ?」
「あ……何でもないわ。気にしないで」
どこか遠くを見つめながらそう呟いたかおりは、だけどすぐに首を振って愛想笑いをしました。
あたしを見てる子がいるから何でもできなきゃいけない……って、どういうことなんだろう。
あ、ひょっとして……。
頭に浮かんだのは、この前病魔モールドさんから守ったあの子の顔。
その顔をイメージしながら、心の中でぴろちゃんに話しかけてみる。
(ねえ、ぴろちゃん。かおりのあの子って)
(妹のことやろな。ま、よーわからんけど、妹に憧れられとんのとちゃう? 姐さんには姐さんの強がらなあかん事情ってのがあるんやろ)
(うん、そうだよね)
あの子のことを知ってるのは、かおりには内緒。
わたしには妹なんていないから分からないけど、もしわたしがお姉さんだったら、やっぱり妹には強いお姉さんだってとこ見せたいよね。
かおりがちょっと乱暴なところあるのは、それでなのかも。
「何? なに人の顔見て笑ってるの?」
「あ、ううん。何でもないよー」
「……なんかむかつくわね。何か考えてるのがバレバレの顔だし」
はうっ。
な、何か話題そらさないと……かおりの左手が今にもわたしのほっぺに伸びそう。
えーと、えーと、あっ、そうだ!
「そ、そういえば、かおりのそのヨロイの下に着てる服って、あの高校の制服なんだよねっ!」
「あ、気が付いた? 結構気に入ってるのよね、あそこの制服」
むっとしてたのに、服のことを言った瞬間、かおりは嬉しそうに顔をほころばせました。
たぶん、これって聞いてもらうのをずっと待ってたって顔……。
「ぱっと思いつくデザインもこれだったのよね」
「やっぱり、かおりもあの学校行きたいの?」
「まあね。自分で作った偽物じゃなくて、本物の制服を着てみたいし」
「……いいなあ。本物じゃなくても着れるんだから」
あの学校の制服は、このあたりの女の子の憧れ。
だから、かおりが自慢したがるのも分かるよ。
「もうすぐ、日が落ちるわね」
「うん」
お日様が落ちたらレース開始。
山のはしっこに見えるだけで、もうあと少しで夜が来る。
「なゆきは、あいつらが約束守らなかったらどうするつもり?」
「え?」
「え? じゃないわよ。勝ってもあいつらが約束を守る保証、あると思う?」
「守ってくれるよ。約束したし」
「本当になゆきは甘いわね。口先だけかもしれないじゃない」
そんなこと言ったって、約束したんだもん。
どうしてかおりはそんなこと言うの?
「まあ、いいわ。もしもの話よ。あいつらが約束守らなかったら、なゆきはどうするつもり?」
「どうするって?」
「単刀直入に言うわ。今度こそあいつらを退治するわよね?」
え? うーん……。
約束守ってもらえなかったら、どうしよう。
退治……はダメ。それは本当に話し合いにならなくなった時。
お話を聞いてくれるなら……うん。
よく考えたけど、わたしにはこれしか考えられないよ。
「もし、守ってくれないなら悲しいよ。でも……その時は、約束守ってくれるまで何度でもお話するし、競走もするよ」
わたしがそう言うと、かおりは顔をしかめて頭に手を当てました。
そんなにヘンなこと言ったかな?
「……ついていけないわ、この子のマイペースには」
「まあ、そう言うな姐さん。こういう奴やで、なゆきは。せやけど、こういう奴やからこそ出来る戦いもある」
「そうね。こういうタイプを敵に回すと、本気で嫌になりそうだわ。あの一反木綿達、最悪の疫病神に取り付かれたのかもしれないわね」
や、疫病神って……。
「そんなひどい言葉、笑顔をこっち向けながら言わないでよ〜」
「あはは、ごめんごめん。で、このレース、何か勝算はあるの?」
「え? 勝算……?」
「勝ち目のことよ。何かあるからレースを選んだんでしょ?」
え、えーっと……。
なんでレースの話になったのかな?
「空飛べるようになったから、もっとたくさん飛んでみたいし、一反木綿さん達は暴走族だから、わたしも走るの好きだし一反木綿さん達も走るの好きかなとか……」
「つまり、何も考えてなかった……と」
必死に考えこんでるわたしに、ぴしゃりとかおりの冷たい声が降ってきました。
「はぁ、やっぱりなゆきはなゆきね。凄いこと考えてるようで、本当は何も考えてない」
おまけに、トドメのシンラツな一言。
ううっ、全然何も考えてないわけじゃないもん。
「が、がんばって何とかするよ、うん」
「……はぁ、ワイももうアカン気がしてきた」
「ぴろちゃん!」
人がやる気出そうとしてるのに、ふたりともひどいよ。
でも、勝てるのかな……わたし。
負けちゃったら、これから一生一反木綿さん達のエサに……。
「さあ時間だ。参加者はスタート地点に集まれ」
うにゅうううう!? 始まっちゃったよ。
わ、わたし、まだ心の準備が……。
☆ 25 ☆
レインボーロードの最前列、そこにわたしは並んでいました。
隣では、プリムローズさんが不敵な笑みを浮かべてます。
「どうした? 今更怖気づいたってワケじゃないだろうね?」
「そ、そんなことないよ」
「最前列の真ん中をくれてやったんだ。これで、あんたと私にハンデはない。負けても言い訳するんじゃないよ」
「う、うん。ありがとう……」
うう、ますます追いつめられてるよー。
(ぴろちゃん、どうしよう)
(言い出したんはなゆきやし、どうもこうもないやろ。こうなったら、運を天に任せて頑張るしかあらへん)
(そんな投げ遣りな……)
(考え無しに勝負挑んだんはなゆきやろ! ちゅうか、ワイの命もかかってんねんで。しっかりしてくれホンマ)
(うにゅう、それを言われると辛い……)
一反木綿さん達が本気で飛んだら、どれくらい早いのか分からない。
もし、わたしなんかよりもっと速かったら、どうやっても勝ち目なんかなくて……うにゅう。
もう、エサ確定かも……。
「さて、日も暮れて、全員位置についたところで、ルールを説明しよう。おっと、難しいルールではない。そう構えないでくれ」
風神さんの雲に乗った禅爺さんが、ふわりとコースの真ん中に踊り出る。
キラキラ蝶ネクタイにマイクまで持ってノリノリだよ。
「何やねん。あの場違いも甚だしいチンドン屋っぽいレフェリーは。センス最悪やな」
「聞こえてるぞ、ピロスケ。レース前に審判侮辱で失格にされたいのか?」
「わ、わわっ、ごめんなさい! ぴろちゃん、余計なこと言わないで!」
もうっ、今はわたしの頭の中にいるから、ぴろちゃんの悪口のせいで睨まれるのはわたしなんだよ。
なんだかわたしが悪いこと言ったみたいで、居心地悪くなっちゃう。
「ルールは簡単だ。この虹が描く軌跡の上を、一番速く通り抜けたものが勝者となる。ただし……」
言葉を切って、禅爺さんが雲を右へ動かしていく。
禅爺さんがレインボーロードの外に出た瞬間、ぼっと何もない空中から火の玉が現れて禅爺さんのお尻に引っ付いて、赤く光りながらプップーって音を鳴らした。
「この通り、コースから外れて飛ぶと尻に火がつく。こいつを連れたままゴールしても無効だ」
めらめら燃え上がるお尻を、こっちに向けて見せる禅爺さん。
熱くないのかな? って、あれも燃えない鬼火なんだよね。
「で、この尻についた火の消し方だが」
今度は左に移動して、禅爺さんがさっきまでいた所へ戻る。
虹の道の上に入った瞬間、お尻についてた火は何もなかったように消えちゃいました。「コースアウトした場所からコースに復帰することで解除される。厳密には、飛び出した所より前ならどこから入ってもいいが……まあ、ずるをするなということだな」
えっと、つまり……。
鬼火さん達が作ってる虹色の道の上を飛んで、先に最後まで着いた方が勝ちってことだよね。
それで、虹の上から出ちゃダメで、飛び出しちゃったら飛び出した所に戻らないとお尻に火がついちゃう。
うん、運動会のかけっことかとほとんど同じかな。
かけっことかリレーでも、トラックの内側に入ってずるしたら失格だもんね。
「だいたい、ルールは理解出来たようだな。質問はあるか?」
スタート地点のわたし達を見回して、おっきく頷いたあと、禅爺さんが訊ねました。
最初に手を挙げたのは、真ん中の列に待機してるかおり。
「いいかしら?」
「退魔士のお嬢ちゃんか。なんだ?」
「こんなド派手な道を空に作って、街の人たち大騒ぎにならないのかしら? 今のところ下は静かだけど」
そういえば……。
はるか向こうまで伸びる虹色の道。
こんなの、下から見てる人がいたら大騒ぎだよね。
って、じゃあ誰かがビデオ撮影してたら、わたし達映っちゃう!?
「安心しろ。この鬼火達は、お前達にしか見えないように特殊な発光をしている。まあ、退魔士や他の妖怪には見える奴もいるだろうが、それも些細な数だ。気にすることはない」
「ビデオとかカメラは?」
「普通のカメラやビデオでは映らない。例え映ったところで、合成と言われるのがオチだ。そうでなくても、インチキの心霊写真は溢れているからな。普通の人間は誰も信じんよ」
「そう。じゃあ、安心してレースに集中できるってわけね」
「そう思ってくれていい」
よかった。
空でレースしてるところを誰かに見られたら、どうしようって不安になったよ。
でも、誰も本当だって思わないなら大丈夫だよね。
「こっちからも、一ついいかい?」
「何だ?」
今度は、一反木綿さんを代表でプリムローズさんが質問。
あ、小さな足がちょこっと上がってる……。
「コースアウトのことだけど、コースの下を飛んだらどうなる?」
「形は変わるが、これはバイクレースと趣旨は同じだ。バイクレース中に、地中を走る変態はいるまい」
「つまり、コースアウト扱いってことかい」
「そういうことだ」
道があるから、それに沿って飛べばいいって思ってたけど、そっか。
飛ぼうと思ったら、道の下も飛べるんだよね。
膝から下がゆらゆら揺れて、道の上に出たり、下に沈んだりしてる。
粉雪飛行だから揺れるのは仕方ないけど、道の下に沈まないように気をつけないと。
「質問はそんなところか?」
しばらく誰も何も言わないのを確認して、禅爺さんがもう一度周りを見回しました。
答える人は誰もいません。
禅爺さんは頷いて、右手を斜めに振り上げました。
「では、始めるとするか! 位置について、用意……」
え? わわっ。集中しなきゃ。
赤赤緑の薄暗い鬼火さんが、上から禅爺さんの横に降りてくる。
多分、あれは信号。
ピッ、ピッ、と電子音を奏でながら、赤の二つが鮮やかに燃え上がる。
だけど、もう泣いても笑ってもいられない。
もうすぐ始まっちゃうから。
集中……集中……。
そして、ピーンという音がして、緑の炎が灯って、同時に掲げられた禅爺さんの右腕が横に振り下ろされました。
「始めっ!」
☆ 26 ☆
スタートと同時に、けろぴーに思いっきり力をこめる。
ぶわっと周りに風が吹き出して、わたしを包み込む。
「はじめから全力で行くよ! けろぴー!」
けろぴーの輝きと同時に渦を巻く風。
あっという間にわたしの体はコースの真ん中を走っていました。
「おっしゃ! 頭一つ抜けたで。このままゴールまでぶっ飛ばせ」
「うんっ!」
一番先頭を飛ぶのはわたし。
一反木綿さん達はかなり後ろ。
これって、本気で飛べばわたしの方が速いってことだよね。
これなら勝てる……よ!?
ファンファンファン、パラリラパラリラ!
「え? なに、音が近……」
鳴り始めは小さかった騒音なのに、どんどん大きくなってくる。
じゃなくて、どんどん近づいてくる。
あっ、と思ったときにはニヤリと横目に微笑むプリプローズさんの横顔が傍にありました。
「な、なんやて!? あの距離を一瞬で詰めてきたやと!?」
「甘いね。初速で勝ったからって勝ちを確信なんて、これだから子供は……」
「くそっ、なゆき! 飛ばせ、飛ばすんや!」
「全力で飛ばしてるよー」
少しずつ、少しずつ、プリムローズさんの頭がわたしの前に出て行く。
周りを見ると、他の一反木綿さんもわたしに並んでいた。
そのみんなが、少しずつ……だけど、どんどん速くなっていく。
だめっ、追いつけない!
「あはははは、ごきげんよう!」
プリプローズさんの高笑いが聞こえたと思ったら、一反木綿さん達の先頭集団はさらに加速してわたしから遠ざかっていきました。
周りを飛んでる一反木綿さんも、一枚、また一枚とわたしを追い抜いていきます。
「けろぴー!」
もう一度、思いっきりけろぴーに力を込めてみたけど、けろぴーはもう全力で風を起こしてくれてる。
これ以上速くなんて飛べない。
「あ、あかん。どんどん離されとるで。なゆき、どうにかするんや」
「無理。もう全力で飛んでるよー」
「努力と根性出してきばらんかい! だいたい、なんやねんその脱力系ボイスは!」
「こ、声は関係ないよ。それに無理なものは無理だもん」
「ああ……まずいで。プリムローズがもうあんな遠くに」
うにゅう、どんどん離されていくよ。
あ、そうだ。
「ぴろちゃん、しっぽ二つにできる!?」
「は? なんやて?」
「しっぽ。猫又さんなら二本に出来るでしょ!?」
「あー、できんこともないけど、そんなんしてどないする気や?」
「いい考えがあるの。二つにして」
「ん。わかった。ほれ、これでええか」
お尻の先が二つに分かれる感触。
力を入れてみると、二本のしっぽが動くのを感じた。
「よーし、いくよー」
「おう、ぶっちぎったれ!」
しっぽに思い切り力を入れて。
バババババババッ!
うっ、お尻に力入れるのって難しい。
でも、がんばらなきゃ。
バババババババッ!
必死にしっぽを振り回す。
「なあ」
「何、ぴろちゃん。今必死なんだけど」
「いや、しっぽ振り回して何やっとん?」
「ぷ、プロペラにしたら早くなると思って……うう、お尻がちぎれそう」
バババババババッ!
「速くなってる思うか?」
「す、少しは。ごめん、い、今話しかけないで。おしりの先が吊りそう」
「……前見てみい」
「うにゅ?」
前って?
目を開けて前を見てみる。
一反木綿さん達はぜんぜん近くなってない。
というより、プリムローズさんがもう点に見える……かも。
「あ」
「『あ』やないわ! やる前に無駄やって気付けアホ!」
スパーン!
「うー、必死にがんばってるのに叩かないでよー」
「やかましい、必死ならクロールでもせんかい。猫のしっぽは犬みたいに振り回すようには出来とらへんのや。他人のモンやからって無茶な使い方しよって」
うにゅう、お尻から先がじんじん痛い。
たぶんしっぽの筋肉痛。
――その頃のかおり。
「何やってるのよ、もう誰もいないじゃない!」
「あひっ。姐さん乗せてちゃ最高速の半分も出ないですよ、あひん」
「死ぬ気で何とかしないさい! このままじゃ、参加した意味もないわよ!」
「あ、だめ、そこは……あべし」
ひゅるるるるー。
「こら、落ちるんじゃないわよ! 危ないでしょう!」
「姐さんがツボを踏み抜いたんですよー」
わたしよりも、もっと後ろでジョニーさんと大騒ぎしてたみたいです。
☆ 27 ☆
「くそ、やばいで。どんどん離れていく一方や!」
「分かってるよー」
しっぽプロペラは諦めて、今は必死にクロール。
……してるんだけど、けろぴー持ったままじゃうまくクロールできない。
それに、ぜんぜん早くなってる気が……。
ゴツッ!
「いたっ!」
「何やってんねん! 自分でドタマ自分の殴るアホがおるか!」
うう、クロールしてたらけろぴーが頭に当たった。
もう止めよう。
「クロールなんかしても体力の無駄や。どうもそのカエル、なゆきの周りの風の膜張ってるみたいやからな。その中でジタバタしたってスピードは変わらへん」
「そ、そんなぁ。じゃあ、しっぽプロペラにクロールでがんばったわたしの苦労って……」
「無意味やな」
「うにゅう」
そんなハッキリ言わないでも……。
腕は痛いし、お尻の先っぽはつっちゃってふるふる震えてるのに。
「落ち込んどるバヤイか! なんか他のプランはないんかい!」
「そんなこと言われても、すぐには思いつかないよー」
「ええい、もう最終手段や。今ならあいつら背中向けとるし、フリージングベルで一網打尽にしたれ!」
「そ、それだけはダメーーっ!」
そんなことしたら、何のためにかおりを止めたのか分からなくなるよ。
レースは戦うのを止めるためにやってるんだから。
卑怯なことをやるのは絶対ダメ。
「そんなこと言うても、このままじゃ勝ち目なんて……」
「それでも、最後の最後まであきらめちゃダメなんだよ。競走は最後まで何が起こるか分からないから」
「せやけど、そんな都合のええ展開……」
ぴろちゃんがブツブツ文句を言おうとした時でした。
突然、前の方でチカチカっと赤い光がいくつも点灯したのは。
「な、なんや!?」
少しだけ光ったと思ったら、今度は十、二十、三十、あっという間に凄い数の赤い光が向こうに現れました。
次の瞬間……。
プップー。
プププププーッ!
幾つもの『プップー』の音が重なって響いてきました。
「ぴろちゃん、これって……!」
「コースアウトや! この鬼火の数、一反木綿の連中全員尻に火がつきよったな!」
「で、でも、何で?」
「あそこ、コースが急カーブになっとる。あのスピードで突っ込んで曲がれるわけないやろ」
「あ、そっかー」
「ん? どうやら、向こうはなかなか笑える状況なっとるようやで。なゆき、頭の耳立てて聞いてみい」
「え? う、うん」
頭の上の猫さん耳をぴんと立ててみる。
周りからは風の音、下からは街のざわめきや車の排気音。
あたり一帯のいろんな音が耳に届く。
一反木綿さん達の声は……あった、あっちだね。
たくさんの鬼火さんが点灯してる、急カーブの向こうに向かって少し耳を倒してみる。
すると、大騒ぎしてる一反木綿さん達の声が聞こえてきました。
『と、止まれない! うわあああ、減速不能! 減速不能!』
『急激なターンを切るな、風のあおりで失速するぞ!』
『あ、姐御、止めてくださいっ!』
『三番隊がキリモミ落下中です! う、うああああ、俺達も!?』
『うごがぁっ!?』
『こんな広い場所でぶつかってくる奴があるか、ボケ!』
うわぁ、すごい大混乱。
どんどん近づいているから、ぶつかったりキリモミ落下したりしてる一反木綿さん達の姿が見えるようにようになりました。
みんなお尻に火をつけて慌てふためいてるって、なんかすごい光景かも……。
「なんか、三流コメディみたいな光景やな」
「ぴろちゃん、それ言っちゃダメだよ。一反木綿さん達は真剣なんだから」
「まあ、笑っとる場合やない。スピード落とすんや。あのアホな姿の仲間入りしたくはないやろ」
「うん、そうだね」
けろぴーにスピードを落としてって念じる。
半分くらいまで落とせば、コースから出ないで曲がれるかな……?
「えっ!?」
「どないした? スピード落ちとらんで?」
「わたしじゃないよ、けろぴーが……」
このまま飛べ?
でも、どうして?
きらっ、と光ったけろぴーからイメージが伝わってくる。
「え? ほんとに大丈夫なの?」
「なんや、何話しとるねん」
「けろぴーがこのまま飛べって」
「な、何やて!? 一反木綿ほどやないにしても、時速100キロ以上で直角カーブに突っ込む気か!?」
いくらなんでも無理だよ。
そんなことしたら、コースアウト……。
「……え? ……うん。分かったよけろぴー。信じるよ。ううん、きっとできるよ」
わたしの疑問に、けろぴーがあるイメージを送ってきてくれました。
これならきっと行ける。
わたしの雪ん子の力と、けろぴーの風を起こす力を合わせればきっとできる。
ううん、できるって信じなきゃ。
「お、おい、なゆき!」
「ぴろちゃん。わたし、言ったよね。競走は最後まで分からないんだよ」
「何をワケわからんこと言っとるねん。自爆する気か、スピード落とせアホーッ!」
コースに戻ろうとしてる、お尻が火事のプリムローズさん達と目が合う。
全速力で突っ込んでくるわたしに驚いたのか、目はまん丸に開かれていた。
「な、何だ!? あいつ、全速力で突っ込んでくるぞ」
「馬鹿な。私達がコースアウトしたのを見ていなかったのか?」
見えてたよ。見えてたけど……。
速い一反木綿さん達に勝つにはこれしかないから。
だから、お願い。けろぴー、粉雪さん、わたしに勇気を!
「ふぁいとっ」
☆ 28 ☆
状況は絶体絶命のピンチ。
猛スピードで迫る急カーブ。
「なゆき、止まらんかい。軽いコースアウトじゃ済まへんで! 大オーバーランや!」
「いいの、このままでいくよ!」
信じてるよ、けろぴー。
さん、に、いち、ここっ!
「えいっ!」
コースアウト寸前に、けろぴーをカーブの逆方向に向かってスイング。
瞬間、言葉にならないような浮遊感がわたしを包みこむ。
全身から風を感じる。
それはまるで、360度全てに広がる空。
何なのかは分からないけど……なんだかとっても気持ちがいい。
あ、次のカーブなんだね。
その次もカーブ。カミナリみたいなジグザグ。
うん、分かってるよけろぴー。
またわたしに、全部が空になるあの感じを楽しませて。
きらっと、光るけろぴーを横目に杖を構える。
コースは右、左、右、左だから、けろぴーを振るのはその逆だね。
「えいっ、えいっ、えいっ、とぉっ!」
全身に感じるお空の感覚。
飛ぶのって、こんなに気持ちよかったんだ。
「ら、ら、ら……」
うにゅ?
ぴろちゃんの声?
そういえば、一反木綿さん達が周りにいない。
ひょっとして、わたし今イチバン?
「螺旋にぶっ飛んで、しかも加速しおった!?」
「わっ!? ぴろちゃんいきなり大声出さないでよー」
「これが驚かずにいられるかい。空であんな滅茶苦茶な旋回する奴、はじめて見たわ。UFOかいお前は」
「別に変じゃないよ。けろぴーって風を起こせるから、思いっきり振ったらその分だけそっちの方向に強い風を起こせるんだよ」
「理屈はわかるわい。せやけど、なんちゅう変態的な飛行するねんお前は」
「へ、変態的って……」
せっかく気持ちよく飛んでるのに、変態的なんてひどいよ。
「でも、気持ちいいよ。カーブを切った瞬間、広い空に舞い上がる感じがして」
「確かに、あの重力から投げ出されるような未確認浮遊感覚、パウダースノーフェアリーならではの飛び方かもしれへんな」
「うん。でも、こんなに気持ちよく飛べるのはぴろちゃんのおかげだよ」
「へ? ワイ」
「うん、だってぴろちゃんがいなかったら、ぐるぐる目が回っちゃうもん」
「あ、そか」
「だから、ありがとうぴろちゃん」
「いやいや、ワイもなゆきに憑依したおかげで空飛ぶ猫になれたわけや。こんな体験、普通の猫にはできへんやろ。おおきにやで」
「うん、それとけろぴーもね」
「あー、そういやお前もおったんやな。おおきに、カエル」
「……愛がこもってないよー」
「やかましい。そいつはワイの永遠のライバルなんや。虎視眈々とワイからマスコットの座を取り上げようと狙っとる野心家なんや。そのとぼけた面に騙されるんやないで、なゆき」
「とぼけたなんて失礼なこと言っちゃダメだよー」
うにゅう、ぴろちゃん何でけろぴーにそんな対抗心燃やしてるんだろう。
「あの雪ん子、やってくれる」
ぴくくっ、と頭の上の耳をぴんと立てる。
後ろの方でプリムローズさんの声をキャッチ。
「あのジグザグをたった三秒で抜けるとはね。だけど、面白い!」
「姐御!」
「気合入れて行きな! 二度とこんなヘマ踏むんじゃないよ!」
「了解です!」
あわわわわ、なんだかものすごくやる気になってるよ〜。
「くっちゃべっとる場合やないで、なゆき。次のカーブ抜けたらまた長い直線や。直線では勝負にならへん。旋回能力で勝負するんや」
「うんっ、カーブで勝負だね!」
一反木綿さん達は曲がるのが苦手だけど、まっすぐに飛んだらとても速い。
わたしはまっすぐは遅いけど、曲がるのはあっという間。
だから、まっすぐをできるだけ急いで飛んで次のカーブに行かなきゃ……!
「ちっ……」
「うにゅ?」
なんて思ってたら、ぴろちゃんがなんだか悔しそうに舌打ち。
何だろ?
「いや、あのおっさんに貸しが出来てもうたと思ってな」
「おっさんって、禅爺さん?」
「直線勝負ではなゆきに勝ち目ないの分かっとったんやろ。やから、このぐちゃぐちゃなコースを用意しおったんや」
「え? あ、そうなんだ」
もしレースの方法をわたしが考えてたら、まっすぐに飛ぶだけのコースしか考えなかったかもしれなかったんだよね。
そんなレースやってたら、わたしに勝ち目なんか絶対なくて……。
「ふっ、分かりきった勝負などつまらんだろう」
「あ、禅爺さん」
横からダンディボイスが聞こえてきたので振り返ってみると、わたしたちに並んでコースの外を飛んでる禅爺さんがいました。
空飛ぶ雲の上であぐらをかいて、片手にはタバコ……うにゅう、お気楽観戦モードだよ。
「禅爺はん、もう追いついてきたんか?」
「そのレインボーロードは無駄に蛇行しているからな。コース外を飛べば、追いつくのはそう難しくはない」
「禅爺さん、ありがとう。レース、わたしにチャンスをくれて」
「ああ、礼には及ばん。本来路上レースというものはこういうものだし、お前達を有利にしてやったわけでもないからな」
「……え? それって」
「俺は実力伯仲のシチュエーションを用意したまでだ。後は成し遂げるまでの意志の強さだ」
「えーっと……」
どういうことなのかな?
「ようは、気を抜かんと最後までがんばれってことや」
「あ、そうなんだ」
「まあ、そういうことだ。じゃあな、俺は一足先にゴールに行かせてもらう。幸運を祈ろう、パウダースノーフェアリー」
「え? あっ!」
禅爺さんはにやっと笑って右手を振ると、コースとは全然違う方向へ飛んでいってしまいました。
ううん、よく見たら遠い向こうには虹の道が見えます。
そっちに繋がってるコースの方は……。
「うにゅう、コース外を飛べるって何だかずるい……」
「ワイはむしろあのくつろいだ姿がムカつく……っと、なゆき!」
「あっ、うん!」
すぐ目の前に次のカーブ。
それに……。
「待ちな雪ん子!」
すぐ後ろに、もうプリムローズさん達が!
「ちぃっ、もう追いついてきよった! なゆき、カーブで突き離すんや!」
「うん、そのつもりだよ」
そうだよ、ぼーっとなんかしてられない。
最後まで気を抜かないでがんばらないと。
だから、お願い……けろぴー!
「とぉっ!」
☆ 29 ☆
直線で追いつかれそうになって、カーブで引き離して、時々直線で少し追い抜かれたり、カーブ前で抜き返したり。
もう何度も何度もそんなのを繰り返して、見覚えのある景色のところまで飛んできました。
「あ……。あの向こうに見えるのって……」
「ものみの丘とかいうやつか。このコース、どこまで続くんや?」
「向こう、もっと先だけど道が切れてるよ」
「丘を越えた向こうか。っちゅうことは、終点はなゆきの済んどる街か」
ゴールはやっと見えたけど……。
レインボーロードは寄り道ロード。
ゴールが見えても、コースの半分をやっとすぎたところ。
「ちっ、邪魔だよ。のきな雪ん子!」
「わ、ごめんなさいっ」
「のかんでええ! 体で進路妨害せえ! レースの基本や!」
はううう、またすぐ後ろまで追いつかれてる。
道はまだまだ長いのに、このまま逃げ切れるの!?
「このやろう、姐御の邪魔するんじゃねえ! 落ちろ!」
「えっ!?」
「ヤバい! 絡み付いて落とす気や。避けろなゆき!」
「そ、そんなこと言われても、後ろはよく見えないよ」
「やっちまいな、タカシ! トーマス!」
「了解。両名、突貫します!」
だ、誰かが後ろから突っ込んでくるよ。
「なゆき、左……あ、あかん、両側からきおった」
「ダメッ、避けられない!」
両側から来てる嫌な感じは分かるけど、ほとんど同じスピードで並んでるから避けられない。
「そや、カエルを上か下に振るんや。急上昇か急降下で……」
「ダメだよ、コースアウトしちゃう……!」
「上ならなんとかなるやろ。上や!」
「ダメッ。あんまり高く飛んだら、どこがコースの上か分からないの!」
「このまま絡みつかれて落とされるよりはマシや!」
「……でも!」
コースアウトなんかしちゃったら、もう勝てないかもしれない。
そうでなくてももう抜かれそうなのに。
「はっはっは、ゴートゥーヘル!」
「地獄で会おうぜベイビー!」
うにゅっ、もう真後ろ!?
「もうあかん、なゆき! 緊急回避や!」
焦ったぴろちゃんの声。
わたしも諦めて、けろぴーを振り下ろそうと目をつぶった時でした。
「あれぇー!?」
「ほげぇっ!?」
うにゅ、悲鳴?
おそるおそる目を開いて後ろを見てみる。
迫ってたはずの二枚の一反木綿さん達の姿はなかった。
代わりに……よれよれになって後ろにはじき飛ばされてる二枚のタオルが……。
「何やってんだい、このアホども!」
「す、すみません姐御!」
「そいつの周り、風が吹いてて近寄れません。こんなタオルキャットボディじゃムリです!」
「タオルケットな」
「あ、そうそう、タオルケットボディ」
「どっちでもいいよ! 風がどうしたんだい!?」
「と、とにかく、そいつに近寄っちゃ駄目です! 風のバリアみたいなのが張られてて、吹き飛ばされてしまいます!」
「ちっ、ウインドバリアだって? 小癪な……!」
えっと、バリアっていうと周りを守ってくれる透明の壁みたいなのだよね。
そういえば、よくは見えないけど速く飛べば飛ぶほど周りで空気が渦巻いてるような気がする。
「けろぴー、わたしを守ってくれてるの?」
手元でけろぴーがきらっと頼もしく光ってみせる。
「ありがとう」
ぴろちゃんみたいにおしゃべりできないのは残念だけど、それでも守ってくれてるんだよね。
あんな小さなキーホルダーだったけろちゃんが。
ぴろちゃんも体はわたしよりずっと小さいのに、わたしを守ろうとしてくれてる。
体だけは一番おっきいんだから、わたしも頑張らなきゃ。
「のきな、雪ん子!」
「なゆき、右や! 進路塞げ!」
「うんっ!」
腰の高さまで前に出てきたプリムローズさんを通せんぼするように右移動。
「ちっ、ふざけた真似を。これじゃ追い抜けないじゃないか!」
「ええぞなゆき! 風に邪魔されて、プリムローズは前に出られへん」
はたはたと体が仰向けにひっくり返る寸前で、プリムローズさんはスピードを落として後ろに下がりました。
「ぴろちゃん、後ろ任せるよ!」
「おう、背中は任せとき。なゆきは飛ぶのに集中してええよ」
またカーブ。
けろぴーを左に振って、右に広がる360度空の旅。
お尻に引っ付かれてたけど、これで……。
「くそ、たいして引き離せてへん。連中もコーナリングに慣れてきおったな」
「う、うそ」
ぴろちゃんの声にちらっと後ろを振り返ると、プリムローズさん達先頭の一反木綿さん達は、きれいな弧を描いてカーブを切っていました。
まるで車のレースのように。
そんな中、カーブを曲がりきった一反木綿さんが三枚、すごいスピードで追い上げてくるのが見える。
「オラァ! 当たって砕けろ、行ったらぁ!」
「なゆき、左や!」
「うん!」
びりりと感じる危険のアラーム。多分、そこだね。
けろぴーを右手に持ちかえる。
強く振っちゃダメ。横に飛びすぎてコースから出ちゃう。
「えいっ!」
「あがぁっ!」
プップー。
一反木綿さんの悲鳴と同時に、後ろで鳴る警告の音。
「なゆき、次右や! そんでまた次左!」
「うんっ! とぉっ!」
「うごっ!?」
プップー。
「たぁっ!」
「あれええぇぇ!」
プップー。
後ろに遠ざかっていく二つの警告音。
なんとか抜かれるのを防いだけど……でも、これって反則だったらどうしよう……。
「ぴろちゃん、競走相手を跳ね飛ばしてコースアウトって反則にならないかな……?」
「連中が勝手にケツにぶつかってふっ飛んでるだけや。ボディを使っての進路妨害はレースの基本やから安心してふっ飛ばしまくったれ」
「そ、そうなの?」
「例えて言うなら、2トントラックとレーシングカーのレースで、2トントラックにレーシングカーがケンカ売ってるんや。ぶっ飛ばされて当たり前やろ」
「……ぴろちゃん、わたしそんなに重くないよ」
「あ、すまん。ちょっと例えが悪かったか」
いくらなんでも女の子に2トンはあんまりだよ。
もうっ。
「とにかく、向こうは平べったい小さな体とスピードがウリなんや。こっちは巨体活かした戦法とって対抗せなあかんやろ」
「うー……」
「ん? なんや?」
「一反木綿さんとぴろちゃん達に比べたら間違ってないけど、『巨体』なんてうれしくないよー」
「いつまでも下らんことにこだわっとる場合か、このアホなゆ!」
スパーン!
「うにゅう……」
うー、下らなくなんかないのに……。
☆ 30 ☆
「うわぁー!」
「やっぱり駄目かーっ!」
追い抜こうとする一反木綿さん達を、何度も何度も後ろに押し戻す。
今のでもう18回目。
「くそっ、何やってんだい」
「無理ですクイーン。雪ん子に邪魔されて前に出られません!」
「このまままじゃ負けちまいますよ、姐御」
すぐ後ろからプリムローズさん達のイライラした声。
怖いけど、集中しないと。
油断したら通り抜けられちゃう。
「諦めるんじゃねえ! これだけの数を何度も防げるものか!」
「三番隊、広がって敵の守りを突破せよ!」
「了解! 行け! 行け!」
今度はコース全体に広がって追い上げてくる気配!
「ったく、想像以上にガッツ溢れる暴走族やな。なゆき、今度は6枚のお客さんや」
「6枚だね。大丈夫。一番近いのは?」
「左や」
体を倒して左に。
足のあたりに何かがひらひら。
ちらっと後ろを見ると、一列に並んで飛ぶ一反木綿さん達がいた。
ちょっと難しいけど……うん。
けろぴーに力を込めて……。
「今だ! 中央と右、突破しろ!」
ここ!
「ぬあっ!?」
「うわああっ」
「おうっ!?」
左スイングで右に飛んで、コースアウト寸前の右スイングで真ん中に戻る。
お尻をかすらせるつもりで描いた弧は、後ろの一反木綿さん達をきれいに押し戻しました。
「おー、やるやないか、なゆき。ホーキでさーっと掃いたみたいで爽快やったで」
「うん。右に左にふわふわ飛ばされる感じ、とっても気持ちいよ」
「この不思議な浮遊感、目が回らなければ癖になるなあ」
雪が風に舞うように。
きっとこれが粉雪さんの見てる世界なんだよね。
風に揺られてあっちに飛ばされたり、こっちに飛ばされたり。
飛ばされた先にはいつも広い世界が広がってる。
だから、粉雪さんの飛び方はとっても気持ちがいいんだよ。
「次は右上に3、右下に2、左に2や」
「おっけーだよ、任せて」
指揮棒みたいにけろぴーを振れば、ふわふわどこにでも飛んでいける。
右に左に、自由自在。
そのふわーって感じと、そこから見える景色がとても楽しい。
掴もうとしても掴めない、きっと今のわたしはそんな感じ。
「ち、畜生! あのガキ、捌きに慣れてきやがった!」
「飛ぶのにも慣れてきてる。なんて気持ちよさそうに飛ぶんだ」
「これじゃ何度やっても突破できないぜ!」
「クイーン、このままじゃあ……」
「くっ、忌々しいコースだ。カーブがなけりゃ全力で飛べるのに!」
そうなんだよね。
一反木綿さん達はわたしなんかよりもっと速い。
だけど、全速力で飛んだらコースアウトしちゃうから。
今は直線でもわたしよりちょっとだけ速いくらいのスピードしか出せてない。
だから、横に並ぼうとしてる間に進路妨害ができちゃう。
「よっしゃ、ええ感じやでなゆき。このまま気を緩めんとゴールまで行くで」
「うん、ぴろちゃんも後ろしっかり見張っててね」
「任せとき!」
最初スピードで勝てないのが分かった時は、もうダメかなってちょっと思ったけど……。
あきらめないでよかった。
綾お姉さんも言ってたけど、長距離は最後まで何があるか分からないって本当だよ。
このままいけば……。
……あれ?
でも、それって一反木綿さん達もそうなんだよね。
もし一反木綿さん達が諦めてなかったら……ううん、絶対一反木綿さん達は諦めてない。
ちらっと後ろを見たときの一反木綿さん達は、みんな目が光ってた。
……本当はただ穴が空いてるだけだけど。
と、とにかく、目が輝いてるような感じがした。
一反木綿さん達も勝負を捨ててなんかいない。
びくっ!
そう思った瞬間、背中にびりりっと嫌な感じが走った。
後ろをちらっと見ると、負けてるはずなのににまーっと笑みを浮かべたプリムローズさんの姿が。
その視線の先は、コースの向こうを見ている。
ゴール……はもう近くなってきてるけど、そっちじゃないよね。
見ているのは次のカーブの先あたり……?
「あはははは、勝負は分からないもんだねえ。どうやら私達にもツキが回ってきたようじゃないか」
え? どういうことなの?
カーブの向こうは直線のコースが続いてるだけ。
でも、進路妨害してるから、もう直線でも抜かれないし……。
「や、やばい!」
「えっ!?」
首をかしげるわたし。
でも、ぴろちゃんはプリムローズさんが笑ってる理由に気付いたみたいでした。
「気付いたようだねえ。そうさ、次のカーブを曲がったらお前達の負けだよ!」
え? ええっ!?
なんで!?
続くよー(31〜42)
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