PowderSnow Fairy 空飛ぶ雪ん子
(31〜42)

アバン10
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31323334353637383940
4142



これまではこっちだよ(16〜30)



☆     31     ☆

 どういうことなの?
 って、聞く前に問題のカーブを通過。
 カーブの加速でまた一反木綿さん達を引き離したし、どうしてこれで負けちゃうの?
 コースもまっすぐなだけの長い道。
 一反木綿さん達には有利だけど、前に進めないように通せんぼすれば……。

「よし、直線来たよ! 今までのウサ晴らすつもりで風になりな!」
「その言葉、待ってました姐御!」
「フォーメーションデルタ! フルスロットルで雪ん子を抜きされ! 抜いたら減速を忘れるな!」
「イエッサー!」

 後ろの明るい一反木綿さん達の声に不安になる。
 さっきまであんなに悔しがってたのに、今の声はそんな気持ちが全然なかった。
 絶対に追い抜けるって自信に満ちてる。
「くっ、なゆき全力で飛ぶんや! こうなったら、差が出来るだけ開かんようにするしかない。この先はイナズマカーブや。挽回できんこともない!」
「だ、だめ。もう全速力だよ」
 スピードは一度も落としてない。
 ちょっとでも落としたら一反木綿さん達に追い抜かれるから。
 だから、もっと速く飛べなんて言われても無理。
 あとわたしにできるのは、一反木綿さん達を通せんぼするだけ。

「クイーン、号令を!」
「ああ! 総員突撃!」

 来る……!
 それもみんな一斉に。
 止めなきゃ。

「えっ!?」

 でも、けろぴーを握りしめて待ち構えたわたしを待っていた次の光景は、最初何が起きたのか分かりませんでした。
「な、なんで……?」
 あっという間に傍を抜けて、前からわたしを見返して不敵な笑みを浮かべてるプリムローズさん。
 周りには同じようにあっという間に前に出た一反木綿さん達。
 それも、どんどん離されてく。
 どうして? どうして、こんな簡単に抜けられたの?
「残念だったね、雪ん子。なんで私達があんたと同レベルのスピードで飛んでたのか……分からなかったのかい?」
「え……? あーっ!」
 そ、そうだったんだ。
 今、わたしたちが飛んでるところって、とても長い直線コース。
 だから……。
「これだけ直線距離があれば、真ん中までは全力で飛んでも問題ないのさ。まあ、勝利の確信はそれだけじゃあないけどね」
「何? それはどういう意味や?」
「じゃあね、雪ん子。あんたはよくやったよ。あーっはっは!」
「あ、おい、待たんかい!」
 ぴろちゃんの言葉を無視して飛び去っていくプリムローズさん。
 うう、ダメ。全速力勝負になったら全然スピードが違うよ。
 どんどん離されてく。
「どういうことや? まだ何か隠し玉があるんか? いや、既に抜かれとるこの状況で十分ヤバいけど」
「こうなったら……」
「おい、なゆき。後ろ向いてどないする気や!?」
「こうするんだよ!」
 後ろを向いて、けろぴーを振り下ろす。
 カーブじゃないけど、こうやったら加速できるはず……!
「お、おお、加速しよった!」
「どんどん行くよ!」
 けろぴーに力を込めて……えいっ!
「って、のああああ! 止めるんやなゆき! 斜めにぶっ飛んどる!」
「え? ええっ!?」
「螺旋にぶっ飛んでる状態からまた杖振るからや!」
「で、でも、もうこうするしか……」
「それでもあいつらよりは遅いやろ。コースアウトのリスクが大きすぎる。うおあっ、今度は下に飛んどる!」
「え? わわわっ!?」
 あわてて前を向いてけろぴーを下に振り下ろす。
 レインボーロードにめり込む直前で急上昇。
「あ、危なかったよー」
「後ろ向いてそのカエル振るのは危険すぎるで。止めるんや」
「う、うん。背泳ぎみたいにどこに飛んでるのか分からなくなっちゃった」
 よく考えると、さっきまでカーブを曲がってきた時はコースを見ながら体勢に合わせて振ってたんだよね。
 ぴろちゃんに後ろを見てもらってても、言われてから振ってたら、たぶんぐちゃぐちゃ。
「だいたい上下にブレとるし、普通に飛ぶのとあんまし変わってへんで」
「そうなんだよね……」
 けろぴーは団扇みたいだから、横はほとんど狙い通りに飛べても、縦は振り下ろしたら上にあがっちゃうし、振り上げたら下に下がっちゃう。
「捉えられない旋回能力はええけど、本人も扱いに困る旋回能力……ホンマなゆきらしいわ」
「……うにゅう」
 うう、もうプリムローズさん達があんなに小さく……。
 このままじゃ……。
「ん? なんや?」
「どうしたのぴろちゃん?」
「いや、ワイの錯覚か? なんか加速しとる気がする」
「……え?」
 そういえば、何だか前を行く一反木綿さん達がまた近くなってきてる……かも。

 ミシッ!

「何? 今の音!?」
 手元から、何かがきしむ音。

 ミシッ!

 視線を下ろして見ると、その音はけろぴーから出ていました。
 杖の先に付いてるカエルさんが、苦しそうに震えてます。
 そして、もう一つ分かるのは……音が大きくなるたびに、わたしのスピードが速くなってること。
「け、けろぴー!?」
「何や? どないした?」
「けろぴーが……」
「ん? おお、なんや? 心なしか便秘三週間目のような面構えに見えるで」
「ぴろちゃん、変な例えはやめて」
「いや、それぐらい苦しそうやってことやけど……。って、まさかこいつ、リミッターカットしよったんか?」
「りみったーかっと?」
「限界突破っちゅうことや。本来の能力越えて力出しとる」
 限界突破……?

 ミシッ! ミシッ!

 手元からものすごく嫌な音響いてくる。
 大切なものが壊れてく、そんな音。
 そういえば、綾お姉さんが言ってた。
 マラソンは昔鎧を着た兵士さんが、国の人に戦争に勝ったって伝えるために限界を越えてとても長い距離を走ったところから始まった競技だって。
 でも、その限界を越えて走り続けた兵士さんはゴールで死んじゃったって。
 じゃあ、けろぴーは……?
 このまま限界突破してたら、けろぴーも壊れちゃう。
「けろぴー、もうやめて! こんな無茶やってたら壊れちゃうよ!」

 ミシッ! ミシッ!

 けろぴーは止まってくれない。
 逆に、また早くなった。
 どんどん一反木綿さん達が近くなってくる。
「けろぴーお願い! もうやめて!」
 それでもけろぴーは聞いてくれません。
 今にも砕けそうな音を立てながら、必死に風を送り出してます。
「けろぴー!」
「やめとき、なゆき」
「で、でも!」
「ワイにはそいつの気持ちがようわかる」
「え?」
「カエル、ワイ初めてお前を尊敬したわ。ご主人様のために命張れる、そんな奴やったんやな。何も喋れん鉄面皮思っとったけど、今はそのグリーンフェイスがとてもクールに見えるわ」
 ぴろちゃんの言葉にけろぴーが、ぼうっとかすかに光る。
 もうとっても辛いって感じの薄暗い光。
 このままじゃ、ほんとうにけろぴーが壊れちゃう。
「けどな、カエル。お前が壊れたら、ご主人様が悲しむってこと忘れるんやないで」

 ミシッ……。

 けろぴーのきしむ音が小さくなる。
 同時にスピードも落ちてきました。
 でも、一反木綿さん達との距離はどんどん近くなっています。
「ようやったな、カエル。連中はカーブに備えて減速始めよった。これなら次のイナズマカーブで追いつけるで」
「けろぴー……」
「なゆき、そいつの覚悟見届けたやろ。その覚悟に応えたれ」
「うん、そうだよね。ありがとう、けろぴー」
 わたしのためにそこまでしてくれて。
 負けられない。絶対に勝たなきゃ。

「ふぁいとっ、だよ」






☆     32     ☆

 一反木綿さん達まであと少し。
 これぐらいの距離なら、次のジグザグカーブで追い越せるよね……うん。

「あ、姐御! 後ろ見て下せえ!」
「何だい?」
「雪ん子のジャリガキです!」
「何だって!? なんであいつがこんなに近くに!?」

 うにゅっ、気付かれた。
 別に悪いことはしてないけど、いきなりにらまれるのはやっぱりちょっと怖いよ。
「ちっ、何をやったか知らないけど、あの目は気に食わないねえ」
「勝負を捨ててない。まだ希望があるって目ですね」
 じろじろとたくさんの目がこっちを見てる。
 ううっ、嫌な感じ。
「どうします、クイーン?」
「ふん。私達の勝ちに違いはないだろうが、万一に万一ってこともある。手を打っておこうか」
「あ、アレをやるんですかい?」
「ああ。私の隊と二番隊だけ残りな。残りはオメガサーティーンだ。行け!」
「全隊に告ぐ! オメガサーティーン発動!」
「了解! オメガサーティーンを実行します!」
 突然、プリムローズさんの周辺十枚の一反木綿さんを残して、他の一反木綿さん達が加速しはじめました。
 あっという間に距離を離して向こうの方に……。
「何や? 何をする気や? あんなスピードで飛んだら、連中はカーブ曲がれんやろ」
「分からない。でも……何だかもの凄く嫌な予感がするよ」
「ワイもや。気をつけろ、なゆき」
「う、うん」
 ぎゅっとけろぴーを握りしめる。
 一体何が来るの?
 背中はビリビリ、心のシグナルはずっと警報を鳴らしてる。
「雪ん子。残念だけど、お別れね」
「えっ!?」
 後ろを振り返りながら、にまぁーと嫌な笑みを浮かべるプリムローズさん。
「さっきまで散々私達を邪魔してくれた、あんたのその図太い図体が仇になる」
「ふ、太くなんかないもん。クラスでは小っさい方だもん!」
「私達から見れば十分太いよ。ずんぐりむっくりだ」
 そうだけど……。
 うー、やっぱり納得いかないよー。
「ふふふ、のん気だね。まあ、せいぜい気をつけな。ティッシュペイパーのように引き裂かれたくなかったらね」
「ティッシュペーパー……?」
「クイーン、オメガサーティーン来ます!」
「よし、あとは見物だ。グッドラック、雪ん子」
 来るって、何が来るの?
 そう思った瞬間、びりっと背中に電気が走る。
 反射的にけろぴーを右にスイング!
 左に反れると同時に、さっきまでいた場所を白い光が通り過ぎました。
「い、今の何!?」
「あっはっは、よく避けた。だ・け・ど! 今の一発は挨拶代わりだ。スピード落とした方がいいんじゃないかい?」
「それってどういう……って、わわっ!?」
 右、左、下、上とあわてて体を移動。
 青とか赤とか黄色とか、いろんな色の光がすぐ傍をかすめていきました。
 というより……。
「いたっ」
「どないしたなゆき!?」
「だ、だいじょうぶ。左手をちょっと切っただけ」
「なに? ホンマや、血が出とる……って、まさか! ヤバい、なゆき! スピード落とせ!」
「え? ええっ!?」
 全速力で飛んでもちょっと負けてるのに、スピード落としたりなんかしたら絶対に勝てなくなっちゃうよ。
 けろぴーがせっかくがんばってくれたのに、そんなこと……。

 シュン!

「わっ!?」
 ま、また!?
 鋭い風を切る音と、通り過ぎていく光の矢。
 何が飛んできてるのかも分からないよ。
「くぉら、プリムローズ! これは完全な反則やろ!」
 え? 反則?
 反則って、どういうこと……?
「はっ、誰に向かって言ってるんだい。こっちはゾクだよ。ゾクのレースに反則なんざあるもんかい。例外はコース無視だけさ!」
「く、クソッタレ!」
「ほらほら、スピード落とさないと本当にズタズタになっちまうよ。死なれたら私達も困るんだ。大人しくしてな!」
 話してる間にも、光線が五つ傍をかすめてく。
 まるでとっても危ない流れ星。
「ぴ、ぴろちゃん。何が起こってるの!?」
「向こうに飛んでった奴らがUターンして、全力で突っ込んで来とるんや!」
「え? えええええっ!?」
 そ、そういえば、よく見たら光のように見えるのはもの凄いスピードで突撃してくる一反木綿さんかも。
「スピード落とすんや、なゆき!」
「で、でも……!」
「お互いに全速力なんやで! なゆきの時速100キロ、一反木綿の時速200キロ、それが向かい合って飛んだらどないなる?」
「……さ、さんびゃくキロ?」
「今の計算はだいたいや。下手すれば400近いかもしれへん。とても見切れる速さやないし、ちんけなウインドバリアなんか一瞬で貫通や。スピード落とせ!」
「だけど、そんなことしたら……わっ!?」
 目の前に嫌な感じが一気に五つ。
 あわててけろぴーを思いっきり振った瞬間……。






☆     33     ☆


 プップー。

「おわぁっ!? なゆき、急いで戻せ! コースアウトや!」
「え? わ、お尻に火がついてるよー!」
 勢い余ってコースアウト。
 出ちゃった位置にまで戻らないといけないから、大幅なタイムロス。
 はうう、プリムローズさん達がどんどん先にいっちゃう。

「あーっはっは、だから忠告してやっただろ」
「姐御、オメガサーティーン最終猛攻来ます」
「残弾40余枚によるプライドかけた流星雨。舞台は夜空に輝くレインボーロード。こいつは見物ですぜ」
「いいねえ。一度見てみたかったんだ。さあ、雪ん子、痛い目見たくなかったらそのままコース外で大人しくしてな! 今度こそサヨナラだ!」

 コースアウトに驚いてわたし達がまごまごしている間に、プリムローズさん達は向こうに見えていたジグザグカーブの方まで飛び去っていっちゃいました。
 わたし達の逆転チャンスになるはずだったカーブへ。
 今からコースに戻って急いで飛んでも追いつけるかな……?
 ダメ! 最後まで諦めちゃダメ!
 競走は最後の最後まで何があるか分からないんだから。
 だけど……。
「気をつけ、なゆき! オメガサーティーンとやらが大量に来るで!」
 全速力で追いかけたりなんかしたら、今度こそビリビリのティッシュペーパーになっちゃう。
 でも、全速力で飛ばないと、勝ち目なんかなくなっちゃう。
 けろぴーが、あれだけがんばってくれたのに。
 ど、どうすればいいの!?
「どうしよう、ぴろちゃん」
「スピード落とすしかないやろ。400キロでクロスしたら今のなゆきには避け切れん」
「でも、スピード落としたら……」
「やったら、フリージングベルを前に発射したれ。激突前に撃ち落すしかあらへん」
「そ、それはもっとダメ! 攻撃しちゃったら、もうレースじゃないよ!」
「向こうが先にケンカレースしかけてきたんや。問題あらへん」
「だけど、ふりーじんぐべるはダメだよ」
「駄目て、何でやねん」
「ふりーじんぐべるを前に撃ったら、風が出てスピード落ちちゃうもん」
「八方塞やないか。無事で乗り切るにはスピード落とすしかあらへん」
 だけど、そうなんだけど……でもスピードはもう落とせないんだよ。
「あ、そうだ。けろぴー……」
 かおりの刀も壊したけろぴーで防げば……ってけろぴーを両手で前に構えた瞬間、何か凄い衝撃を受けて後ろにふっ飛ばされる。

「はっはっは、ヒット一番乗りぃ!」
「う、うにゅううう!?」
「アホ! 時速400キロの衝突やねんで! 受け止めたらふっ飛ばされるわい! 下手すればその杖ごと真っ二つや!」

 ぶつかってきたのは一枚の一反木綿さん。
 後ろにくるくる飛ばされるわたし。
 うう、今のでもう完全にプリムローズさん達が向こうに行っちゃったよ。
 追いかけなきゃ……。
「待て、なゆき! 今進んだら二の舞やで! 連中が全部通り過ぎるまで待つんや!」
「全部通り過ぎるまでって、あとどれくらい?」
「知らん。5秒以内に一気に来るかもしれへんし、一分近くぶっ続けかもしれへん」
「そ、そんなに待ってられないよー」
 ぴろちゃんには悪いけど、プリムローズさん達の背中を追いかけて飛び始める。
 もう止まってなんかいられないから。
「待て、なゆき! そのラインはヤバ……」
「えっ!?」
 空の向こうに何かの影。
 あっ、と思った時にはもう手遅れでした。
 プリムローズさん達に気を取られたスキに、危険は目の前に迫っていたのです。
 ダメ、間に合わない。まっぷたつにされちゃう……!?






☆     34     ☆

 迫ってくる一反木綿さんがゆっくりと見える。
 水色で、ニマァと笑いながら頭を倒してぶつかろうとしてるところまではっきりわかるくらい。
 まっぷたつって、やっぱり痛いのかな?
 そんなことを考えにぶるっと身震いをして。
 怖くなったわたしは、思わず目を閉じました。

「追風!」
「ひゃっ!?」

 うにゅ?
 まっぷたつにならない……?
 それに、今の声って。
 そっと目を開けてみると、そこには……。
「あーれー!」
 よれよれになって落ちていく一反木綿さんの姿がありました。
 何を避けようとして急ブレーキをかけてバランスを崩したみたい。
 そして、その何かを放った人はわたしの後ろで、きっと自信たっぷりに笑いながら武器を構えてる。
 わたしは嬉しくなって振り返りました。
「随分面白そうな障害物競走やってるじゃない。あたしも混ぜて」
「かおりー!」
 やっぱり、かおり。
 そこにいたのは、わたしの大事なお友達。
 光る矢を大弓にあてがって、自信たっぷりに向こうを見据えているかおりでした。
「友人の危機に颯爽登場! 姐さん、最高のタイミングです! 決まってますよ! オイラ、惚れ直しました!」
「ありがとジョニー」
「で、でも、どうしてかおりが?」
「いくらなゆきが馬鹿正直でも、レース相手は暴走族よ。ゾクの正々堂々ほど信用できないものはないわ」
「しかし、姐さんどっから出てきたんや? 最下位確定やと思っとったけど」
 そういえば、ジョニーさんはかおり乗せてるせいでもの凄く遅かったよね。
 どうして追いつけたんだろ?
 えすぱー?
「コース無視して飛んできたのよ。ジョニーのスピードじゃ勝負にもならないし」
「もう尻に火がつきまくりですっ」
「あ、ほんとだ。火がついてる」
 よく見るとジョニーさんの後ろには、コースアウトを示す火がついてました。
「さあ、無駄話してる場合じゃないでしょ。せっかく来てあげたんだから、なゆきはレースに集中して。露払いはあたしがしてあげるわ」
「あ、うん。でも……」
「当てはしないわ。こんな馬鹿げた勝負に全て賭けた誰かさんに免じて、最後まで付き合ってあげるわ。さあ、行って! ぼーっとしてる場合じゃないでしょう?」
 がんばってくれたけろぴー。
 わたしのために、ここまで来てくれたかおり。
 そうだよね。止まってなんかいられない。
 みんなのためにもわたしは進まないと。
「うんっ。ありがとう、かおり!」
 けろぴーに力を入れて頭を前に。
 もう止まらない。
 ゴールまで全速力で駆け抜けるよ。
「なゆき、オメガなんとかの本命や。一気に来るで!」
「だいじょうぶ。このまま突っ込むよ!」
 わたしの背中にはとっても心強い味方がついてるから。
 だから、時速400キロで飛んでくるカッターだって怖くない。

「そこの突っ込んでくるバカタオル達、これは最後通告よ! 避けなければ当たるわ。だから、道を開けてすっこんでなさい!」

 後ろに感じる強い力。
 ありがとう、かおり。
「姐さん、ホントにやるんで?」
「警告はしたわ。当たるのは聞かない相手が悪いのよ」
 本当はこんなやり方好きじゃないのに、それでもわたしに合わせてくれて。
 いっつもいっつも心配してくれてごめんね。
 なんだか胸がじーんと熱くなってきて、涙があふれそうになりました。
「まだ修練中だけど、見せてあげるわ! 美坂流奥義、六砕閃!」
 かおりがそう叫んだ瞬間、わたしの背中の方から光の弾が6つ飛び出して、生き物のように一反木綿さん達に襲いかかりました。
 その光は、まるで空を泳ぐお魚。

「ひいっ!?」
「うわわわっ!?」

 光弾に驚いた一反木綿さん達は、避けようとしてバランスを崩してみんなよれよれに。

「まだまだ行くわよ。六砕閃!」

 次の光の弾も、わたしに直撃コースをとっていた一反木綿さん達を落としていきます。
 でも、当たってるんじゃなくて、バランスを崩して飛べなくなってるだけ。
 きっとかおりは、できるだけ当たらないように考えて魔法を使ってくれてる。
「よっしゃ、オモロイように道が開いてくで。さすが姐さんや」
「うん、ほんとにありがとう。かおり」
 後ろをちらっと見ると、また光の矢を弓にあてがってるかおりの姿がありました。
 今わたしの目の前には最後のイナズマカーブ。プリムローズさん達はその真ん中。
 本当なら、わたしがここに着くまでにプリムローズさん達はゴールしてたかもしれないんだよね。
 ここまで来られたのは、かおりのおかげだよ。
「ぴろちゃん、この距離だったら……」
「せや、プリムローズに追いつける。まだ望みはあるで。ふぁいとや、なゆき!」
「うんっ!」
 大好きだよ、かおり。


 ――その頃のかおり。
「あ、ああああ、雪ん子が行ってしまった!」
「すみません、クイーン! ジャリガキ阻止失敗です!」
「こんなところで叫んでも聞こえねーっての」
 カーブを通り過ぎたわたしをぼーぜんと見送る一反木綿さん達。
 よれよれになって落ちた一反木綿さんも、体勢を戻してコースの上に浮かんでいます。

 チャキ。

 そんな一反木綿さん達の背中から、甲高い金属音が一つ。
 一反木綿さん達が振り返ると、そこには弓をあのながーい野太刀に持ちかえて不気味に微笑んでいるかおりがいました。
「さてと、あんた達の妨害工作はほとんど失敗に終わったみたいだけど……あたしにお礼参りするなら歓迎するわよ」
 肩でトントンと野太刀を遊ばせながら、左手で来い来いと挑発。
 それを見て一反木綿さん達の顔色が一斉に変わりました。
 ……たぶん青い色に。
「あ、その、用事思い出したんでオレはこれで……」
「さ、さあ、姐御の勝利を祝いにゴールで待つぞ。おー」
「し、失礼しましたーっ!」
 振り返らず、一目散に背中を見せて逃げ出す一反木綿さん達。
 根性のない暴走族さんだったそうです。
「友達甲斐のありそうなお仲間ね、ジョニー」
「……プリムローズの姐御がいないからって、あの情けなさはゾクとしてどうかと思うですよ。はぁ〜、元仲間というのが恥ずかしいです」
「まあ、決着を見届けに行きましょ。ほら、ゴールに急いで向かってちょうだい」
「あひっ! ああ、はい、今すぐ〜」
 ……情けないのはどっちもどっちだと思うよ、ジョニーさん。






☆     35     ☆

 けろぴーを指揮棒のように振って、ジグザグカーブをひとっ飛び。
 カーブの切れるところで、プリムローズさんの背中に追いつきました。

「プリムローズさん!」
「なっ、雪ん子!? どうしてここに!?」
「残念やったなプリムローズ! お前さんの切り札、オメガサーティーンとやらは不発に終わったわい!」
「バカな! さっきは確かに……」
「頼りになる友達のおかげだよ」
 次のカーブを切ればもう……!
「けろぴー!」
 これが最後のカーブ。
 あとはゴールまで一直線。
 くるんと体を回転させて、一気に最後の直線に踊り出ました。
「クイーン!」
「ちぃっ、何やってたんだい後ろの連中は。ジャリガキ一人も足止めできないなんて、情けない!」
 距離はさっきの直線の半分。
 後ろを振り返ると、プリムローズさんと仲間の一反木綿さん十枚が悔しそうな顔をしてこっちを睨みつけてました。
 だけど、もう負けないよ。
 けろぴーが、かおりが、ここまでの道をつないでくれたから。
 集中、集中……。
 絶対に前に出しちゃダメ。
 このままゴールまで一番前をキープ。
「くっくっく、あーっはっは!」
 だけど、後ろから響いてきたのはプリムローズさんの笑い声。
 だけど、これって今までの笑い方と違う。
 この笑い声は本当の喜び……?
「何嬉しそうに笑っとるねん。逆転負け確定に狂ったか?」
「予想外だったよ。ここまで白熱したレースにしてくれるなんてね。礼を言うよ、雪ん子。とても楽しかった」
 白熱したレース。
 あ、うん。そうだよね。
 抜いたり抜き返したり、何度も逆転があってここまできて。
「うん、わたしも楽しかったよ。最後までがんばろうね」
「あほっ、何スポーツマンなコメント返しとるねん!」
 スパーンッ!
「あいたっ! 何でぶつのー?」
「考えてみい。コイツがこんなこと言うなんて何かある。騙されるんやない!」
「え、でも……」
 そんなヒキョウなことしようって雰囲気は感じないけど。
 うーん、やっぱり何かあるのかな?
 お話に集中させて、その間に抜けていこうって感じにも見えないし。
「疑り深いね。今のは嘘偽りない本心さ。もう下らない小細工はない」
「ほう、殊勝な心がけやな。ゾクのヘッドが」
「ああ、そうさ。もう下らない小細工はないんだ。あんた達の進路妨害って小細工もね!」
「えっ!?」
 それって、どういうこと?
 そういえば、さっきから追い抜こうともしてないけど……どうして?
「私がいつオメガサーティーンを切り札だと言ったんだい? あれは保険、つまり『念のため』というヤツさ」
「何やと? それはどういうことや!?」
「言っただろう? もう小細工はいらないって。コースをよく見てみな」
「コースやと……」
 くいっと顔を前にやってみせるプリムローズさん。
 つられて前を見てみる。
 残ってるのは、ゴールまであと一直線。
 もう三分もかからないと思うけど。
「ゴールまで一直線……?」
「ま、まさか!?」
「そのまさかだよ! この先にはカーブなんてものはない。ただ全力でぶつかるだけの直線があるだけだ!」
 え? あ……。
「あーっ!」
 そうだよ。ゴールまでは一直線。
 直線はさっきの直線コースの半分だけど、この先にはもうカーブはなくて……。
 ゴールは全速力で駆け抜けても問題なし。
 だから、一反木綿さん達はまた全力で飛んでいける。
 それも今度は手加減なしの本気の本気で。

「よく戦ったよ雪ん子。だけど、最後に勝つのは私達だ!」
「イヤッホーーー!」

 一気に飛び出すプリムローズさん達。
 だ、ダメ! 全然スピードが違う。
 まるで最後の突進のために力を溜めていたみたい。
 さっき追い抜かれた時よりももっと速い。
「くそっ、これがホンマの切り札か! 最後のブーストに体力温存しとったな!」
「あ、あんなの追いつけないよ」
 全速力で飛んでるのに、どんどん離れてく。
 多分スピードはわたしの二倍以上。
 これじゃ、けろぴーを連続で振っても全然足りない。

 ミシッ!

「けろぴー!?」
「止めえ、カエル! お前が本気出したってあのスピードにはかなわへんわ!」
 ぴろちゃんが止めるけども、けろぴーは止まらない。
 また限界突破で凄いスピードを出そうとしてる。
 だけど、ダメ。
 それでも一反木綿さん達の方が速いんだから。

 ビキッ!

 けろぴーのきしむ音が、さっきまでの音よりもっと嫌な音になる。
 手元を見たら、けろぴーの顔にヒビが……!
「止めんかカエル! それでも無理や! カエルのくせに犬死にする気か、そんな笑えん冗談はやめろアホ!」
「ぴろちゃん! 止めるんなら真面目に止め……とめて……ふぇ、ふぇ」
「お、おい、なゆき、どないした?」
 う、うにゅ……粉雪が鼻に……。
 あ、ダメ、鼻がムズムズして……。

「へぷちっ!」
「この非常時にくしゃみする奴があるか、ドアホ!」

 スパーンッ!

「うう、そんなこと言ったって。粉雪が鼻に入ったんだもんー」
 くしゃみしてる場合じゃないのは分かってるけど、出るものは仕方ないんだもん。
 うにゅう。






☆     36     ☆

「呆れた。ごっつ呆れた。お前どこまでアホやねん」
「だから、わざとじゃないんだってばー」
「何考えてたらこの重要な局面でくしゃみなんかするねん。カエルまで白けてとるわ。マジになってたのがアホらしいて顔しとる」
 うっ、それは……。
 けろぴーからきしむ音がしなくなってるし、スピードもいつも通りに戻ってるけど。
「そ、そんなことないよね、けろぴー」
 顔の前にけろぴーを持ってきて質問。
 わたしがやめてって言ったから限界突破はやめたんだよね?

 …………。
 ……。

 ひ、光ってもくれないーっ!?
「代弁するならノーコメントってとこやな」
 ううう、やっぱりーっ!?
「あ、あれは不可抗力だったんだよ。周りの粉雪さんが鼻に入って……」
「自分で出しとる粉雪吸ってくしゃみする雪ん子がおるかい。ホンマのアホかお前は」
「何度もアホアホ言わないでよー」
「アホにアホ言うて何が悪いねん、アホ!」
「ま、またアホって言っ……ふぇ、ふぇ……」
 う、うにゅ、また鼻に粉雪さんが……。
 あ……ダメ……。

「へぷちっ!」

 や、やっちゃった。
「え、えっと、その……」
「オノレはスカかぁっ!」
「うにゅっ!」
 うう、返す言葉もないよ。
 真剣勝負の最中にくしゃみなんかしちゃって、しかもそれで怒られてる時に二回目まで。
 恥ずかしくて泣いちゃいそう。
「わ、悪気はないんだよ。いまのは、その、たまたま……」
「悪気があってやってんなら、それこそ最悪や」
「うっ、それはそうだけど、こんなの今までなかったし」
「言い訳になっとらんわ! 真剣勝負の真っ最中に二度もくしゃみなんて、集中力に欠けとる証拠や。集中せえ、アホ!」
「集中してるもん、ほんとに……」
「ホンマに集中してたら、自分の粉雪を鼻に入れるなんてギャグがやれるかいっ!」
「ううっ、そうだけど……」
 言い訳するたびに状況が悪化してる気がするよ。
 だけど、ほんとに集中してるんだよ。
 勝ちたいって思ってるし……。
「え? あれ?」
「今度はなんやねん」
「あ、ううん、ちょっと……」
 こんなの今までなかった。
 うん、わたしの周りを舞ってる粉雪さんを吸ってくしゃみなんて、今までなかったよね。
 本当の粉雪だったら目に入って困るのに、目に入ったこともない。
 だから、くしゃみをするなんて本当にはじめて。
 それって……粉雪さん達が、わざとわたしにくしゃみをさせてるってことなのかな?
「くしゃみに意味があるの……?」
「は? ぼけーっとして何言うてるねん! もうあいつらゴールしてまうで、しっかりしてくれーな!」
 くしゃみ……くしゃみ……。
 くしゃみの意味ってなんだろ?
 粉雪さんが鼻に入ってきて、鼻をモゾモゾ。
 わざとわたしにくしゃみをさせて。
 あれ? この状況って、どこかで……?


『まあ、それなら簡単だよ。ほたる、ちょっとこっち来て』
『うん、いいけど? 何するの?』
『いーからいーから。ほたる、顔出して』
『ほたる、顔出して』
『こう?』
『ん、おっけ』
『ふぇっ?』
 くしゅん。
『ちょっと、ハナちゃん! ほたるの鼻に何するの!』
『まあまあ、こんな風にくしゃみの爆発力があれば飛べるよー』
『そういう問題じゃなくて、黙ってこんなことしないでよ!』


 あ、あっ……。
「あーーーーっ!」
「な、何やねん。ぼーっとしとるかと思たら、今度は大声上げて。ビビらすな」
 粉雪さんは見えない時もわたしの心の中にいる。
 だから、見てたんだね。
 あの時のハナちゃんとほたるちゃんのこと。
 わたしに伝えたかったのは、これなんだよね?
 うん、これならいけるかも。ううん、絶対成功するよ。

「けろぴー、止まって!」
「な、なななっ!? レース中に止まれなんて、っちゅうか、おまけに後ろ向いて何考えとるねん!?」
「いいの、これで!」
 ゴールに背中を向けて、地面に突き立てるようにけろぴーを縦に構える。
 イチかバチか、これがわたしの最後の切り札。
 コースアウトがないのはわたしも同じ。
 あとはゴールを全速力で通り過ぎる、それだけ。

「何をする気や、なゆき!?」
「けろぴーに思いっきりくしゃみしてもらうの!」
「は……? はぁ!?」

 お母さん、ぴろちゃん、けろぴー、かおり、粉雪さん、ハナちゃん、ほたるちゃん。
 わたしは今、とってもたくさんのものに見守られてる。
 だから、わたしは一人なんかじゃない。
 この胸に湧いてくる熱いキモチを力に。
 わたしの魔法に込めるよ。

 だから、届いて。一反木綿さん達に……!






☆     37     ☆

「くしゃみて、何するんや?」
「ぴろちゃん、ものみの丘で最初に飛んだときのこと覚えてる?」
「ん? ああ、あのロケット噴射……って、またアレをやるんか!?」
「そうだよ。だけど、今度はあれよりもっとすごいほんとのくしゃみ」
「あれより凄いて……どないするねん?」
「今からそれをやるんだよ。見てて」
 まっすぐに立てたけろぴーを左手で押さえながら、右手をけろぴーの頭に合わせる。
 ここがけろぴーの中心。風の一番集まる場所。
 ここに力を込めれば……!
「けろぴー、わたしの力を押さえ込んで!」
 きらっと光るけろぴー。
 風がけろぴーの前に渦を巻いて、竜巻のように集まり始める。
 同時に、わたしの周りに螺旋を描いて一気に溢れ出る粉雪さん達。
 その粉雪さん達が、どんどんけろぴーの前に出来た渦へと吸い込まれてく。
 渦の中に、白い光が灯って一気に輝きだしました。
「こ、これは!? 風で力の解放を押さえつけとる……つまり、チャージしとんのか!?」
「難しいことはよく分からないけど、これならふりーじんぐべる十回分を一気に使えるはずだよ」
 けろぴーは小さい範囲に限定すればするほど、強い風を起こすことが出来る。
 だから、自分の頭くらいの範囲なら、ふりーじんぐべる十回分を押さえつけるくらいの風を起こせるはず。
 それとけろぴーの力を合わせれば……きっと奇跡の風だって起こせるよ
「ちょ、ちょっと待て。いくらなんでも、これはヤバないか?」
「それでも、もうこれしかないんだよ」
 ちらっと背中の方を見る。
 プリムローズさん達がゴールするまで、あと一分あるかないか。
 え? こっち見た……?

「姐御! ジャリガキが何かしようとしてます!」
「なんだアイツ? 後ろ向いて何やってんだ」
「くくっ、あははははっ!」
「く、クイーン!?」
「楽しいねえ! 本当に楽しい! まだ何か見せてくれるのかい!」
 わたしの方を見ながら、本当におかしそうに笑うプリムローズさん。
 周りを飛んでる一反木綿さん達はきょとんとするばかり。

「クイーン!」
「姐御〜!」

 その笑い声に反応するように、ゴールを目指して飛んでるプリムローズさん達の下からたくさんの火の玉が浮かんできました。
 みんなお尻に火がついた一反木綿さん達です。
 あれは……オメガサーティーンの一反木綿さんたちなのかな?
「ふふふ、おあつらえ向きに全隊合流か。いいねえ、本当にいい……」
「姐御!?」
「どうしたんですか、クイーン!?」
「どうもしてないよ。これがフィナーレだ。全員で風になろうじゃないか。今までにない神風に。ねえ!」
 そう言って、プリムローズさんは更に加速。
 取り残された一反木綿さん達は、みんなできょとんと顔を見合わせたあと……。
 こくりと小さく頷きあって歓声を上げました。
「一生ついていきやす、姐御!」
「急げ急げ急げ!」
「ハットハットハット!」
 ど、どこにあんな力があったの!?
 今にも流れ星のように燃え尽きてしまいそうな、そんなもの凄いスピードで一反木綿さん達は飛び始めました。
 ゴールへ向かって突き進む幾筋もの閃光。
 その一番前で、プリムローズさんが笑みを浮かべながら呟くのが聞こえました。
「雪ん子。あんたとなら、まっ白な灰も残らないくらいにいけそうだ。さあ、来な……!」
 一反木綿さん達がゴールを抜けるまでは、あと十秒……!

「くそったれ、ワイも腹くくったわ! ぶちかませなゆき!」
「うんっ!」
 わたしとけろぴー、二つの心を一つに。
 みんなの力をこの魔法に込めるよ。
「鳴り響け浄霊の鈴……!」
 行くよ、今まででとびっきり最大級の……。

「ふりーじんぐべるっ!」

 弾ける光球。飛び出す竜巻のような猛吹雪。
 急激に後ろに引っ張られる体。
 レインボーロードが、景色が、何もかもが飛んでく。
 こ、これって……。
「ぬ、ぬがっ、なんちゅうスピードや!? ま、マッハ突入しとらんか!?」
「う、うぐぐ……」
「お、おい、なゆき!?」
「い、息が……」
 息が出来ないよ。
 ど、どうなってるの……?
「や、ヤバい! 空気抵抗がウインドバリアの許容量突破しとる。このままやとカニみたいに潰れてまうぞ! なゆき、もう止めえ!」
「だ、ダメ……! まだレースは……」
 う、ううっ、頭が……。
 体もみしみし、苦しい。

「あ、姐御! 何かとんでもねえのが!」
「上等だよ! そう来ないとね!」

 ゴールまであと……に……いち……。
 ぜろ!
 や、やったよ、ゴールしたよ……。

「お、おい、なゆき! しっかりせえ、なゆき!」

 うにゅう、何?
 なんかくらいよ……?
 わたし、勝ったのかな? それとも負けちゃった?
 だめ……もう何も考えられない……。

「ああああ、あかん! 完全に意識失なっとる! 起きろ、起きるんや、なゆき! 覚醒が解けとる! 粉雪なしで地面に激突したら死ぬで!」

 なんだろ……?
 誰かが叫んでる。
 ひゅうひゅう耳が鳴ってるけど……風の音?
 どんどん音が大きくなってく。
 どこかに引っぱられてるみたいだけど。
 引っぱられてるのは、下?
 わたし……地面に向かって落ちてる……?
 た、大変だよ、
 目を開けなきゃ……。

「……なゆき! ……ゆき!!」

 ダメ……。もう何がなんだか分からないよ。
 もう、落ちるしかないのかな……。

「たくっ……!」

 遠のく意識の中、誰かの不満声が耳に響きました。
 同時に誰かに引っぱり上げられる感覚。
 その震動で胸に詰まった空気が抜けて、咳き込みながらゆっくり目を開けると……。
「いつも余計な世話焼かせるんだから!」
「か、かおりー」
 そこには、わたしの右手をぎゅっとしっかり掴んでくれた力強い温もりがあって。
 呆れた顔をしながら、だけど、どこかほっとした様子のかおりがわたしを見下ろしていたのでした。






☆     38     ☆

「ほら、とりあえずこっちに乗って」
「うん……ありがと」
 ぐいっと引っぱりあげられて、ジョニーさんの上に。
 しがみつくと、かおりの髪からとてもいいにおいがしました。
 いいなあ、長い髪。
 わたしもいつかこんな風にロングにしようかな。
「ちょっと、なゆき」
「え?」
「恥ずかしいんだけど。あと、頭の耳が鼻の先に当たってこそばゆい」
「あっ、ご、ごめん。せまかったからつい」
 うう、はずみで抱きついちゃった。
 それも思いっきり。
「あっ……二人分、計四本の足が背中に食い込……」
「あんたは黙ってなさい」
「げふっ!」
 わ、忘れてた。
 今乗ってるのってジョニーさんだったんだ。
「まったく、雰囲気ってのを理解しないんだから。なゆき、一人で飛べる」
「あ、うん。大丈夫だよ」
 とん、と後ろに向かって小さくジャンプ。
 粉雪さんがわたしを包み込んで、ふんわりお空に浮きました。
 あたりを見回すと、街からは家とかビルの灯り、電車とか車のちかちかする灯りが明るくて、空は月灯りと星のまたたきがとってもきれい。
 この夜空は、上と下からたくさんの光に包まれてる場所。
 なんだかとってもあったかいと思いました。
 周りにはかおりもいるし、一反木綿さん達も飛んでるし……。
 え? 一反木綿さん?

「って、レースはどうなったの!?」

 そうだったよ、ゴールして気を失っちゃったんだよ。
 レース、どっちが勝ったの?
「んー、それなんやが……」
「ぴろちゃん。ぴろちゃんは見てたんだよね。どうなったの?」
「分からへんねん」
「え?」
 わからない……?
 わからない、ってどうして?
「ほとんど同時にゴール入ったんや。見てみい、プリムローズ達も戸惑っとる」
「あ、ほんとだ……」
 耳を澄ましてみると、一反木綿さん達の『どっちが勝った?』『姐御が』『雪ん子が』なんてささやきが聞こえてきました。
「えっと、こういう場合ってどうなるの?」
 ぴろちゃんからはノーコメント。
 かおりに顔を向けると、小さく首を振られました『あたしも分からないわよ』って。
 じゃあ、どうするんだろ……?

「安心しろ。こんなこともあろうかと俺がゴール前にいたんじゃないか」

 ふわふわと上から降りてきたのは、雲に乗った禅爺さん。
 その肩にはおっきなカメラを担いでます。
「あ、禅爺はん。今までどこおってん?」
「上だ。上空からこの特製カメラで撮影していた。もっとも、最後に雪ん子のお嬢ちゃんがマッハで飛び出した時にはさすがに焦ったがな。こいつをゴールに向けていなかったら撮り損ねるところだった」
 禅爺さんはそう言って肩のカメラをこんこん叩きました。
 かなり重そうなのに、ぜんぜんそんな風に見えないのは禅爺さんが力持ちだからなのかな。
「そんなことより、レフェリー。早くカメラ出してくれよ」
「俺は見てた。姐御の方がちょっとだけ先にゴール切ってた!」
 と、今度はプリムローズさんの周りにいた一反木綿さん達が騒ぎ始めました。
 他の一反木綿さん達もそれにつられて、『早く出せ』コールが始まります。
 プリムローズさんの方が先だったって、本当なのかな?
 もしそうだったらわたし、一反木綿さん達のエサなんだよね。
 毎日毎日、あの綾お姉さんみたいに一反木綿さん達に吸われて……ううっ、想像したら震えてきちゃった。
 わたし、ひょっとしたらとんでもない約束しちゃったのかも。
「大丈夫よ」
 そっと肩に置かれる手。
 振り返ると、かおりが真面目な顔をして頷いてくれました。
「あたしはなゆきが先にゴールするのを見たわ。あいつらの言ってることなんてデタラメよ」
「そや。ワイもなゆきが先やった気がするで」
 ふたりとも……。
「んー、オイラは同時に見えましたけどねー」
 ジョニーさん……。

「空気読みなさいよ、このアホタオル!」
「あひゃっ! す、スミマセン。で、でもプリムローズの姐御が先だったってことはないですよ、ハイ。……多分」
「多分は余計やっちゅうねん。もっぺん踏んだれ、姐さん」
「おっけぃ」
「あ、あだだだだっ!? 何でワイの耳引っ張るねん!」
「なーんか、ぴろさんに上から命令されると反抗したくなるのよね」
「そんな無茶苦茶な。ワイが何した言うねん」
「強いて言うなら態度が大きい、かしら?」
「あ゛、やめえ、耳の中指つっこむな。頭の中が痒なるー」

 あ、あはは、またジョニーさん踏まれてる。
 ぴろちゃんも相変わらずだし。
「もーかおり、やめてよー。このねこさんの耳、今はわたしも痛いんだから」
「あ、そっか。一身同体なのよね。ごめんごめん」
 もう、笑いながら謝られても困るよ。
 でも、うん……。
「ありがとう、みんな。もう覚悟はできたよ」
「なゆき……本当にそれでいいの?」
「うん。約束したんだもん。守らなきゃ」
 かおりは顔をしかめながら、わたしの顔をじーっと見つめてきました。
 しばらく見つめて、はぁって溜息をついて表情を緩めます。
「分かった。もう、何も言わない。ただ祈ってるわ。なゆきが勝ってること」
「うん、ありがと。それで十分だよ」
「ワイも覚悟完了や。ドンとこい」
 後悔はしないよ。
 わたしが自分で選んだことだから。
 だから禅爺さん、結果を言って。
 目の合った禅爺さんに、そう伝えるつもりで頷きました。
「よし、準備が出来た。鬼火達、スクリーン代わりを頼む」
 禅爺さんの声に、今度は映画のスクリーンみたいに広がった鬼火さん達がぼっと一斉にまっ白に燃え上がりました
 あそこにビデオが映るのかな?
「では、ゴールのスローを再生す……」
「ちょっと待ちな! そんな下らないことはもう止めてくれよ!」
「……む?」
 誰かの大声。
 空に浮いてるみんなが、一斉にそちらの方を向きます。
 気の強そうな叫び声、ちょっと怖い感じの口調。
 視線の先にいたのは、ベビースターフィッシュちゃんのドデカタオル。
 ゴールしてから今まで一度も口を開いてなかったプリムローズさんでした。






☆     39     ☆

「ビデオ確認しないとどっちが勝ったか分からないぞ」
「だからだよ。そんな下らないのはもうやめな」
 え? えええっ!?
 どうして!?
 ビデオ確認が下らないって……。
(まさかあいつ、負けてるの知っとって、勝負は無効やとかいちゃもんつける気か?)
(ええっ!? そんなひどいことしないと思うよ……うん)
(レース中、あんな反則やってきた奴やで。信用できるかい)
(でも、最後の時のレースにかけるプリムローズさんの目……本当に真剣だったよ。あれが嘘だなんて思いたくないよ)
(……やと、ええけどな。チンピラならともかく、仮にもゾクのヘッド張っとるヤツがそんなスジ通らん真似するとはワイも思いたくないわ)
 そんなことないよね?
 頷いてくれそうな誰かを探して周りを見ました。
 だけど、かおりはプリムローズさんをにらみつけてるし……仲間の一反木綿さん達まで不安そうにプリムローズさんを見ています。
 そこにいるみんなが、プリムローズさんの次の言葉を緊張した表情で見守っていました。
「どうでもいいじゃないか。どっちが勝ったかなんて」
 え?
 伏せていた顔を起こすと、プリムローズさんからは今までの何か不愉快そうな雰囲気が消えていて、何だかとっても晴れやかな表情をしていました。
 そんなプリムローズさんがわたしの方にくるりと顔を向けてきます。
 なんだか、こっちも微笑んじゃいそうな明るい感じで。
「雪ん子。あんた最高だよ」
 体の脇から伸びた手で、親指を立ててみせるプリムローズさん。
 え? 指……?
 うそ、手が生えてるよ。
「なあ! 全力で風を切るあの悦び、楽しいじゃないか! お前達、私は存分に満足したよ!」
 大きなヒトデさんが、両手を広げて色とりどりのタオルさん達の間を飛んで回ります。
 ヒトデさんが傍を泳ぐたびに、ぽんっ、また一つぽんっ、って一反木綿さん達に生えていく手。
 それは一反木綿さん達がずっと欲しがってたもの。
 一枚、また一枚と大空を舞うヒトデさんに、両手を広げてタオルさん達が続いていきます。
「楽しかったです、クイーン!」
「俺も満足です!」
「オレも!」
「オレもです、姐御!」
 どんどん続いていく一反木綿さん達。
 まるでパレードのように、たくさんの色が列を組んで空を右へ左へ。
 全部の一反木綿さんたちがお空の行進に加わったところで、先頭を飛ぶプリムローズさんがこちらに向かって飛んできました。
 そして、わたしの前で全体止まれっ。
 プリムローズさんが、後ろに整列した一反木綿さん達が……みんな両手で親指を立てて前に。
 これって、『ぐーっ!』ってことだよね。それが二つ。
 わたし、褒められてるのかな?
 うん、きっとそうだよね。
 だから、わたしはニヤリと笑みを浮かべてるプリムローズさんに『ありがとう』ってつもりでぺこっとお辞儀をしました。
「今度会うときは白黒つけようじゃないか、雪ん子。楽しみにしてるよ」
 そんなわたしにプリムローズさんは悪戯っぽく微笑んで、ゆっくりと後ろへ下がっていきました。
 他の一反木綿さん達も、お互いの間隔を広げながらゆっくりとバック。
 ちょっと下がったところで、一反木綿さん達は体をねじります。
 くりくりくりっと体をねじったこのポーズは……。
「いったーーん」
 やっぱり。
 わたしも一緒にやっちゃお。
「もめんっ」
 一反木綿さん達のターンに合わせて、くりんっとお尻を回転。
 うんっ、やっぱりこれって楽しいね。
 ……うにゅ? 何だか後ろから何かが刺さってくる感じするよ。
「……楽しい?」
「そ、そんな冷静な顔でコメントしないでよー」
 うー、かおりの意地悪。
「いや、ワイも姐さんに同意やねんけど。何が楽しいねん、そのケツふり……って、おい、なゆき後ろ見てみい!」
「え? なに? あ、あれ……?」
 後ろを振り返ると、そこにいたはずの一反木綿さん達はいなくなっていました。
 代わりにあったのは、色とりどりのタオル。
 一反木綿さんじゃなくて、タオルです。
 目も口も、手も足もなくて、飛んだりしゃべったりなんかしない普通のタオル。
 それがひらひらと地面に向かって落ちていく光景でした。
「ど、どうなっちゃったの!? 一反木綿さんたちが、ただのタオルに戻っちゃってる!?」
「あるべき形に戻ったのだ」
「えっ?」
 ぱんぱんぱん、と手を上下に叩きながら禅爺さんが降りてきます。
 あるべき形って、どういうことなのかな?
「あのタオル達は、ある者……前に言ったヤツの支配を受けて一反木綿となり、人を襲っていた。だが、あいつらは雪ん子とのレースの中で本当の望みを見つけたのだ。空を自由に駆け巡りたい、という望みをな」
「え、えっと……それっていいことなのかな?」
「もちろんだ。お前の心が連中をヤツの支配から断ち切ったのだ。そして、無理矢理一反木綿にされていたことに気付いた連中は、元のタオルに戻ったというわけだ」
「また、会えるのかな?」
「死んだわけじゃない。連中の魂は今もそこにある。何十年後かは分からんが、本当の一反木綿となって戻ってくる者もいるかもしれんな」
「そう、なんだ……」
 約束したもんね、またレースしようって。
「だが、忘れるな」
「え?」
「誰もが望んで妖怪になるわけじゃない。道具として大事に使われる方が、道具の幸せでもある。一反木綿も『化けて出た』存在に代わりはないのだからな」
「あ……そっか」
 忘れてた。
 一反木綿さん達は楽しそうに騒いでたけど、ほんとは悲しい命なんだよね。
 ぴろちゃんも『ただのねこさんのままがよかった』みたいに言ってたし、タオルさん達もそうなのかな……?
 でも、どうしたら一反木綿さんにならないで済むようにできるんだろ?

「ともかく、いいレースを見せてもらった。礼を言うぞ、小さな魔法使い達。このビデオはいい値がつきそうだ」
「……うにゅ?」
「……はい!?」

 真剣に考え始めたところで、禅爺さんがなんだか変なことを言いました。
 かおりの方を見ると、驚いてるを通り過ぎて怒ってる感じ。
「ちょっと禅爺さん、それどういうこと!?」
「俺のように長生きしてる妖怪達は、とかく暇を持て余しがちでな。面白いネタを欲しがる者は多いのだよ」
「そういう意味じゃないわよ! 勝手にあたし達のビデオ撮ってお金儲けって、どういうつもり!?」
「細かいことは気にするな。じゃあな、お嬢ちゃん達。そろそろ帰らないと親が心配するぞ」
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
 怒ってカメラを壊そうとしたかおりでしたが、それより前に禅爺さんはふっと煙のように消えてしまいました。
 うにゅう、ほんとにぬらりひょんさんって神出鬼没だよ。
「ちょっと、もう信じられない! 公平な審判ボランティアだと思ってたら、あんなことしてたなんて!」
「あーゆー人やねん。気にしとったら血管切れるで。ギブ&テイクの範疇やないか」
「そうだったとしても、最初に言ってくれたっていいじゃない。なゆき、あんたも腹立つでしょ!?」
 え? わたし?
 う、うーん。
「かっこよく撮れてるかな? ちょっと心配」
「大丈夫や。なゆきは光ってたからな、人気爆発間違いなしや」
「ほんと? よかったよー」
 見られて恥ずかしい映り方してたら嫌だもんね。
 うん、ちゃんとかっこよく映ってるならおっけーだよ。
 うにゅ? かおり、なんでぷるぷる震えてるの?

「あたしは絶対納得できないわよ!」
「姐さんとオイラの勇姿が永久保存されるなんて感激です。もうサイコー!」
「だから空気読みなさいって言ってるでしょ、このバカタオルは!」
「あぎゃん!」

 ……あ、まだ残ってたんだジョニーさん。






☆     40     ☆

 ふわっと地面に着地。
 同時にぴろちゃんが体から飛び出して、けろぴーは元のキーホルダーに戻りました。
 うーん、ずっと浮いてたから、地面に足がついてる感じが懐かしいよ。
 しんこきゅー。
「お疲れ、なゆき」
「あ、うん。かおりもお疲れだよー」
 すとん、とかおりもわたしの隣に着地。
「それにしても、まさかゴールがなゆきの家やったとはな」
「うん、降りてビックリだよ」
「まあ、禅爺はん目印になるとこ、ここしか知らへんのやし当然といえば当然か」
 お空にかかっていたレインボーロード。
 その終着点は、わたしのお家の真上だったのです。
 降りてきたら、そのままお庭に着地でびっくり。
「でも……」
「ん?」
「降りたらお家だったって、なんだかうれしいよ。お腹もうぺっこぺこだし」
 知らない場所だったらきっと困ってたもん。
 って……うにゅう、非難の視線を感じるよ。
「いいわねえ、なゆきは。あたしもお腹減ってるのに、家から離れたこんな場所に下りちゃって。おまけに夕飯の時間過ぎてたら怒られるかもしれないわ。はぁ〜あ」
「ご、ごめんね、かおり」
 どうしよう。かおり、落ち込んじゃってる。
 わたしが余計なこと言っちゃったから。
 でも、どうしよ、どうしよう。うう、何だかにらんでるし。
「冗談よ」
 何を言ったらいいのか迷ってると、ぽんと頭の上に手を置かれました。
 見上げると、いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべてるかおりがいました。
 もうっ、いっつもこうなんだからひどいよ。
「…………」
「…………」
 見つめ合うふたり。視線はぴったりど真ん中。
 え、えーっと……。
「あのー、かおり。そろそろ頭においてる手、のけてくれないかな?」
 そんな真顔でじーっと見つめられたら照れちゃうよ。
 しかも頭に手を置かれたままだし……。
「……はぁ」
 ええっ、今度は溜息!?
 なんだか目元が緩んで、あきれてるようにも見えるし。
 わたし、何かしたの?
「あたし、コイツのこと随分見くびってたみたいね」
「え……?」
「実際、大したものだわ。一度も攻撃しないであの大軍を全部倒した……いえ、鎮めちゃったんだものね。あんなこと、あたしにはとても無理だわ」
 ……あ。
 これって、その……そう思ったところで頭をわしゃわしゃ。
 何するんだよー、と抗議しようとしたらかおりの笑顔がすぐ目の前に。
 わ、わわっ、唇合っちゃうってかおり!
「ほんと、こんなとぼけた顔して凄いヤツなんだからっ!」
「ちょ、ちょっとかおりー」
 今度はぎゅーっと頭を押さえつけられてわしゃわしゃ。
 でも、なんだかあったかくて嬉しいよ。
 認めてくれたんだよね、わたしのこと。
 あまり人のこと認めないかおりが、わたしのこと認めてくれた。
 それが今とってもうれしいんだよ。
「じゃあね、なゆき」
 ひょいっと頭の手をのけて、わたしが顔を起こすより先にかおりは背中を向けて右手をひらひら振ってました。
 顔をこっちに向けないのは、きっと照れ隠し。慣れないことしたら恥ずかしいもんね。
 なんて思ってたら、いきなりきらっと光って変身。
 さっきまで手を振ってた右手にはあのながーい刀が握られていました。
「か、かおり……?」
「あたし、決めたわ。この力、これからはなゆきのためだけに振るうってね」
「うにゅ?」
「これからもこういうことを続けるなら、なゆきにはきっとたくさんの妨害が待ってるわ。あたしは、そんな理不尽な暴力からなゆきを守る剣になりたい。だから……」
 変身をといて、いつもの小学校の制服に。
 そして、くるっと半身にふり返って笑顔でVサイン。
「助けが必要ならいつでも呼んで。あたしはいつでも駆けつけるわ。それじゃね、なゆき」
 そう言って、かおりは今度は振り返らずに歩き出しました。
 その後を最後のタオル一反木綿のジョニーさんがふよふよ追いかけていきます。

「姐さん、待ってくださいよー」
「何? ジョニー、あんたまだいたの?」
「そんな冷たいこといいっこなしですよ」
「だいたい、あんたの仲間はみんなタオルに戻ったじゃない。なんであんたはまだ一反木綿やってるのよ」
「あ、いや、そのですね、戻ってもいいんですけど、もう少し姐さんとご一緒したく……」
「好きにすれば?」
「そこをなんとか……って、ほんとですか!?」
「空飛ぶのは気持ちいいしね。あなたが望むなら、もう少し使ってあげてもいいわ」
「サイコーです姐さん。ずっと付いて行きますっ!」
「ああ、もうっ! どうでもいいから離れて飛びなさいよ! 他の人が見たら驚くでしょうが! 気が利かないわね!」
「あひんっ! 石投げないで下さい、氣弾はもっとノーセンキューですーっ!」
「だったら何で寄って来るのよ、このお馬鹿!」

 おっきく息をすって、ゆっくりはいて。
 ちょっとたそがれてみたり……。
「いいのかなあ、あのふたり」
「まあ、ええんとちゃう? 意外に仲よさそうやし」
 うにゅう、あんまり理解したくないかも。
 でも……かおりとはもっといいお友達になれそうだし、いいかな。
 うん、そうだよね。
 今日は一反木綿さん達と分かり合えた日。
 それと……かおりと、もっと分かり合えた日だったのかもしれません。






☆     41     ☆

「しかし……」
「うん」
 お庭の周りとお空を眺めて溜息。
「再就職先の決まったジョニーはともかく、これどないすんねん」
「うーん、どうしよう……」
 わたしたちの周りには、何枚ものタオルが落ちてます。
 そして今も上からひらひら。
 みんな一反木綿さんだったタオルが、次から次へとわたしのお家に。
「とりあえず、集めよっか。このままじゃご近所迷惑だし」
「そやなー」
 タオルはわたしのお家のまわりに落っこちてきてる。
 お隣の家とか道路にも落ちてると思うし、片付けなきゃ。
「じゃあ、ぴろちゃんあっちお願いするよ。あとお隣のおうちのも」
「おっけーや。こういう時、猫って気軽でええな。ついでに隣の犬も可愛がってきたるか」
「ぴろちゃん、おとなりのコロちゃんいじめちゃダメだからね!」
「わ、わかっとるがな。ちょっとしたジョークやないか、そんなムキにならんでも。さー、タオル回収いこかー」
 ピーピッピピッピピピー、と口笛吹きながら塀を登ってお隣に飛び込むぴろちゃん。
 ……絶対ちょっかい出す気だったよね。
 念押ししといてよかった。
 コロちゃん、いい番犬さんだったのに、ぴろちゃんにいじめられてから犬小屋に引きこもっちゃってかわいそうだよ。
 最近きゅーん、きゅーんってしか鳴かなくなっちゃったし。
 とりあえず、おとなりはぴろちゃんに任せて……。
「よーし、わたしもがんばるよー」
 胸にぎゅっと握った手を当てて、ふぁいとっ。
 お腹はぺこぺこだけどもうひとがんばりだよ。


 十五分くらいして……。
「さてと、これで全部やろか」
「うん、多分」
 数えてないけど、集まったタオルは大小色とりどりの80枚くらい。
 風でどこか別のとこに飛んでちゃったのもあるかもしれないけど、それは仕方ないよね。
「しかし、どないすんねん、これだけのゴミ」
「うーん……こんなにたくさんのタオルを捨てたら、お母さん不思議がると思うし、一反木綿さんたちの体だったって思うと捨てられないよね」
「いい加減に捨てられたから連中も一反木綿になったんやしなあ……」
 どうにかしてあげたいけど、わたしに何かできるかな?
「んー? んー? 感じるぞ、感じるぞ。悲しいなったら悲しいな」
「歌うものではないと我輩は思う。が、興味深い」
「お? お? マンショにびびっとくる何かがあるのか? 知りたいな、マンタローはマンショの感じたことを知りたいなったら」
 うにゅ?
 今、地面から声が……。
「なんや、まだおったんかマンドレイクブラザーズ」
「あったりめえだ! ここにマンドレイク帝国を建国すると決めたからな!」
 あ、そうだ。
 うちのお庭の花壇にオレンジ色のカブ……じゃなくてマンドレイクさん達が住み着いちゃったんだ。
「そんなせいぜい2か3平方メートルの花壇で帝国築いて楽しいか? いや、まあそらええとして何の用やねん。野菜がしゃべるな、キモいから」
「しゃべる猫に言われたくねーよ」
「なんやと!?」
「ぴろちゃん! 余計なこと言わないの!」
「いや、せやけどこいつが……ふががっ!」
 抱き上げて無理矢理タオルでラッピング。
 まったくもう、すぐに誰かと口喧嘩するんだから。
「ごめんね、ぴろちゃんが余計なこと言って」
「気にするない。口喧嘩は野菜の嗜みだ。野菜たる者、嗜みを一つ持て。これマンドレイクが教える家訓です」
 そ、そうなの……?
「それで雪ん子、マンショが何か話あるみたいだぞ」
「うにゅ? お話?」
「左様である。我輩、降霊術の嗜みがあるが、雪ん子殿が今持っているタオルに強く惹かれるものがある。少し心を読ませてもらえぬだろうか」
「今持ってるタオルって、これかな?」
「うむ」
 ぴろちゃんが中でもがもが暴れてるタオル。
 ぴろちゃんを包んでも余るくらい大きなそのタオルは……ベビースターフィッシュちゃんのドデカタオル、あのプリムローズさんだったタオルでした。
「心を読むって何をするのかな?」
「その物の辿った道筋、何故そこに至ったかを……」
「つまり、どーしてそいつが捨てられたかってことだな。見るからにプレミアっぽいし、あんまりボロでもないじゃんそのデカタオル」
「マンタローよ。人の台詞を取るものではないぞ」
「いいんだよ。マンショの説明は回りくどいから」
「回りくどいとは心外。懇切丁寧と言ってもらいたいものである」
「だーかーらー、その口調がそもそも……」
 そういえば、このプリムローズさんって不思議だよね。
 このタオルってそんな簡単に手に入らないし、破れてもいないのに捨てちゃうなんて……。
 いったいどんな人……じゃなくてタオルさんだったんだろ?
「えっと、マンショさん?」
 色々言い合いをしてるマンドレイクさんのうち、左側のマンドレイクさんの前で中腰。
 わたしが話しかけると、ふたりは言い争いをぴたっと止めてこっちを見ました。
 ……うにゅう、野菜に目がついてて見上げられるってやっぱり慣れない。
「あの、それお願いできるかな? わたしも知りたい。プリムローズさんのこと」
「あい分かった。では目を閉じるのである。雪ん子殿にも中継して進ぜよう」
「うん。目を閉じるんだね」
 言われたように目を閉じる。
 しばらくすると、真っ暗なまぶたに何かの光が映りました。


 見えてきたのは何かの光景。
 これ、どこかのお庭?
 雪が降ってて、どんよりとした午後のお庭……みたいな気がする。
 それと誰かの泣き声が聞こえる。
 子供……男の子の泣き声。
 何かを叫びながら、泣き崩れてる。
 男の子の後ろには、お父さんとお母さんがいて……泣いてる男の子の肩に手を置いていて、だけどその二人も泣いていた。
 男の子は、倒れてる黒と白の混ざった何かに抱きついて泣いている。
 あれは……いぬさん?
 お隣のコロちゃんと同じ、狼みたいで怖いけどほんとは優しいシベリアンハスキーさん。
 でも、ぐったりしてて目は閉じてる。
 もう動かない。
 たぶん、死んじゃってるから。
 男の子と、なぐさめようとしてるお父さんお母さんが泣いてるのは、そのシベリアンハスキーさんが大事な家族だったってことだよね。
 あ……あれ……。
 もう目を開かないシベリアンハスキーさんの背中から見えるもの。
 シベリアンハスキーさんの背中に敷かれてるものって……。


 目を開くと、涙で周りがぼやけてました。
 拭いても拭いても、涙がぼろぼろこぼれてきます。
「……悲しいね。その記憶と別れるため、タオルは捨てられたのであるな」
「知らなかった……。今のがプリムローズさんの昔だったなんて」
 見ると思い出しちゃうから。
 思い出すと悲しいから。
 だから、プリムローズさんは捨てられた。
 そんなの、悲しすぎるよ……。
「他人の人生なんて分からんもんや。そいつがどんなもん背負ってるかも知らんで、ワイらは笑ったり泣いたり怒ったりしとるんや」
「あ、ぴろちゃん……」
「やから、知ってしまうと無神経やった自分に涙が止まらんくなることもある。そいつ……そんな奴やってんな」
 するっとタオルのすき間から飛び出たぴろちゃんは、やっぱり泣いていました。
 うにゅう、ぴろちゃんまで泣いてるから、せっかく涙止まりそうだったのにまたもらい泣きだよ。
「……んっ!? ヤバい、なゆき涙拭け! それと、体に隠れさせてもらうで!」
「えっ!?」
 突然、耳をぴくっとさせてぴろちゃんが振り返りました。
 そのままわたしに向かってダイブ。
 ごっつんこ……じゃなくて、するっと憑依されちゃいました。
 どうしたんだろ、いきなり。それに涙を拭けって……?

「あら、なゆき。こんなところにいたのね。お部屋にいないから探したのよ」
「うにゅっ!?」

 背中からの声にびっくりして振り返ると、そこに立っていたのはお母さん。
 どこかほっとした様子でわたしを見つめてる。
 そっか、ぴろちゃんが隠れたのってお母さんに気付いたからなんだ。
「あ、お母さん。お帰りなさい。帰ってたの?」
「ええ。ちょっと前にね。今日はお仕事が早く終わったのよ」
 お母さんが帰ってくるのは、いつもはほんとに夜遅く。
 今は七時半くらいかな……?
 そんな時間にお母さんが帰ってくるのは、一週間に一度あるかないかなんだよね。
「あら……?」
「どうしたの、お母さん」
 今度はほっぺたに手を当てて、わたしを不思議そうに見るお母さん。
 視線の先は、わたしのあたま……?
「なゆき、その頭……」
「うにゅ?」
 頭に手を置いてみる。
 ふさふさ。
 あったかーいねこさんの耳がそこに……。
(って、わわわ!? ぴろちゃん、耳! 耳!)
(ん……? おうわっ、慌てとって引っ込めるの忘れとった!)
 ひゅん、と髪の毛の中に引っ込む耳。
 よかった、これで……。

 ふりふり。

 えーっと、このお尻の先で揺れてるのは……。
(ぴろちゃん、しっぽも!)
(わ、わわわ、わかっとる!)
 分かってるのに何でそんなにパニック起こしてるのかな?
 とりあえず、しっぽも引っ込んで一安心。
「気のせいかしら? なゆきの頭に猫の耳が見えた気がするんだけど」
「き、気のせいだよお母さん」
「そうね。タマネギ切ってたから目がぼやけてたみたい」
「う、うん、きっとそうだよ。でも、タマネギって、今日の夕ご飯、お母さんが作ってるの?」
「ええ。せっかく早く帰れたんだから、いつも作ってあげられない分腕によりをかけて作ったのよ。なゆきはお夕飯まだよね?」
「うん、もうお腹ぺっこぺこ」
「そう、ちょうどよかったわ。今出来たところよ。早く上がってらっしゃい」
「うんっ。楽しみだよー」
 お母さんのあったかい夕ご飯。
 このいいにおいはシチューかな?
 シチューじゃなくてもお母さんはお料理おいしいから、ほんとに楽しみだよ。
 何なのかなー? なんて、ちょっとスキップ気分。
「ところでなゆき」
「うにゅ? なに、お母さん?」
「そのタオルの山、どうしたの?」
 ……うにゅう、忘れてた。
 えっと、その……。
「お、お家の前に置かれてたの。ゴミ捨て場間違ったんじゃないかな」
「まあ……」
 ちょっとびっくり、だけど顔をしかめるお母さん。
 この顔、絶対ヘンに思ってるよー。
(アホかお前は。もうちょい気の利いた言い訳できへんのかい)
 うー、ほっといてよー。
 はうっ、お母さんこっち睨んでるように見えるし。
 怒られる……かな?
「人の家の玄関にゴミを捨てるなんて困った人ね。なゆきは真似しちゃ駄目よ」
 え……?
 怒られると思って目をつぶったのに、聞こえてきたのはお母さんの優しい声。
 目を開けると、ほっぺたに手を当てて微笑んでるお母さんがいました。
「でも、ちょうど良かったわ。大掃除も近いし、これだけあれば雑巾にはしばらく困らないわね」
「あ……」
 捨てるしかないかなって思ってた、ぼろぼろで汚れたタオルさん達。
 そうだよね、雑巾にすればまだ使えるんだよね。
 うん、きっとタオルさん達も喜んでくれるよ。
 また使ってくれてありがとう、って。
 だから、わたしはお母さんに力強く頷きました。
「うんっ!」
 わたしのお母さんはきれいで優しくて、大好きです。
「それにしても、今日は早く帰れて、雑巾も手に入って、新しいジャムの材料も見つかって、いいことばっかりね」
「そうなんだ。お母さんの新作ジャム楽しみだよ」
 お母さんの趣味はジャム作り。
 新しいジャムの材料が見つかったら、ご機嫌なんだよね。
 なんだかこっちもうれしくなっちゃう。
「そう言ってくれるとうれしいわ。あのオレンジ色のカブみたいなの、どんなジャムが出来るかしら」
「……え?」
「あら? どうしたのなゆき?」
 お、オレンジ色のカブ……?
 ぎぎぎぎっ、と首を恐る恐るお庭の花壇に向けて確認。
 マンドレイクさんの数は……二本。
 へ、減ってる。真ん中が減ってるよー。
「う、ううん。何でもないよ。先にお家入ってて。すぐに行くから」
「そう? じゃあ、ご飯用意して待ってるわよ」
「うん」
 そう言ってお母さんはお家の中に戻っていきました。
 扉が閉まる音を聞いてから、お庭の方にそろそろ。
「あの、マンドレイクさん」
「おう、どうした?」
「真ん中のマンドレイクさんはどうしたの?」
 い、いなくなっただけだよね?
 どこかお散歩中とか。
「ああ、マンジローならいないぜ」
「奴は果報者であった。まさか、あのような食通に巡り合えるとは……」
「安心しろ。根っこの先は残ってるからな、三日もあればまた元通りになってる」
「次は我輩が収穫されたいものである。あの奥方に収穫されるなら、野菜冥利につきるというもの!」
 お母さん、こんな不気味なオレンジ色のカブ持ってたんだ……。
 どうしよう、楽しみって言っちゃったよ。
 お母さんあんなにうれしそうにしてたし、マンドレイクジャム食べなきゃいけないのかな?
「……こいつらに認められるグルメやなんて、なゆきのおかんも凄いやっちゃな」
 凄いことは凄いけど。
 うにゅう。今からユーウツだよ……。


 でも、心配は残るけど、もう体はくたくた。お腹もペコペコ。
 とりあえず今日はしっかり食べて、お休みなさいしよっと。
「あら、なゆき。ニンジン、平気になったの?」
「食べ残しはよくないもん。わたし、ニンジンも食べられるよ」
「そう。好き嫌いをなくすのはいいことよ。偉いわなゆき」
「えへへ、照れちゃうよお母さん」
 こんな会話を交わしながら……。
 一反木綿さんに会えて、何か変わったかもと思うわたしでした。






☆     42     ☆

「おはようございます」
「あ、なゆちゃんおはよ〜」
 色々あったけど、今日も学校。
 祐一に会える冬休みまでは、あとちょっと。
 今から待ち遠しいよー。
「あ、ほたるちゃん。プレゼントしたいものがあるんだけど」
「え? ほたるに? 何かな?」
 いつも通り元気な挨拶を返してくれたほたるちゃんに、ランドセルの中からあるものを取り出す。
 開いてシワを伸ばして、うんおっけー。
 これだよー、とほたるちゃんに言おうとすると、それよりも早くほたるちゃんが目をキュピーンって光らして身を乗り出してきました。
「これ、ベビースターフィッシュちゃんのドデカタオル!?」
「う、うん」
 かわいいグッズハンターの血が騒ぐのか、もの凄く興奮気味のほたるちゃん。
 うにゅう、予想はしてたけどちょっと怖い。
「欲しかったんだよ、これ。何度も何度も応募したのに当たらないし」
「そ、そうなんだ」
「ほんとにこれ、ほたるにくれるの?」
 はじめからそのつもりだけど、そんなに目をキラキラさせて言われたら何にも言えないよ。
 と、とりあえず。
「うん」
 と一言お返事。
 きっとこれが一番だよね。
 他のタオルさんと違って、変わった形のタオルだから雑巾にはしにくかったし……。
 ほたるちゃんって大事にしてくれる子がいるなら、その子に上げたほうがプリムローズさんも喜ぶよね。
「でも、ほんとにいいの? せっかくなゆちゃんがゲットしたのに」
「あ、うん。そのタオルね、わたしのお家の前に誰かが捨ててたタオルの一枚なの。他は雑巾にしようって思ったんだけど、それだけはきれいだったし、よかったらどうかなって」
 ゴミをあげるってちょっと抵抗あるけど、他に上手く説明出来ないんだよね。
 やっぱり、怒るかな……。
 って、怒ってる。ほたるちゃんほっぺた膨らましてるよ。
 謝らなきゃ。
「ご、ごめん。やっぱりゴミなんて……」
「信じられない! こんな珍しいタオルを捨てちゃうなんて。ちょっと汚れてるけど、お風呂場の足ふきマットになら十分使えるよ。捨てるなら、ほたるにくれればいいのに。なゆちゃんもそう思うよね!?」
「え、あ……うん。そうだよね」
 ぷんすか怒るほたるちゃんに、とりあえず頷くしかないわたし。
 ほんとはいらないから捨てられたんじゃないんだけどね、そのドデカタオルさんは。
「なゆちゃんありがとー。何かお返しにいい物ないかな……」
「いいよ、お返しなんて」
「だって、もらうだけじゃ悪いよ。あ、そうだ。かわいいアヒルのオモチャがあるの」
「アヒルのオモチャ……?」
「そうなの。お風呂に浮いてかわいいんだよー」
「……ほ、欲しいかも」
「よかった。じゃあ来週持ってくるねっ」
「あ、うん。楽しみにしてるよ」
 でも、言わなくていいよね。
 プリムローズさんにとっても、ほたるちゃんにとってもそれが一番と思うから。

「じゅうぞう君ー、見てこれ。なゆちゃんがくれたんだよー」
「うおっ、すげえ! ベビースターフィッシュラーメンの懸賞じゃん!」

 喜んで愛しの斉藤君に報告にいくほたるちゃんを見てると、やっぱりこれでいいよねって頷くわたしでした。
「……レア物を簡単に手放すあたり、あれは曰く付きのタオルかな。それを押し付けるなんて、なゆきも黒くなったね」
「は、ハナちゃん。そういうのじゃないよ。……そういうのかもしれないけど」
「いいっていいって。ほたるには黙っておいてあげるから。うふふふふ」
 机に長い髪をばらまいていつも通りお休み中のハナちゃんが、そのままの体勢で肩を揺らして笑ってます。
 うう、何考えてるのか分からないから余計怖いよ。
 それに、机にうつぶせのままなのに見てたの今の?
 ……相変わらずハナちゃんだけは分からないです。
「おはよ、なゆき。それと、今日もおやすみひばり」
「あ、かおり。おはようございますだよ〜」
 右手を軽く上げながら、かおりが教室に入ってきました。
 いつも授業の始まるぴったり十分前。
 規則正しくて、かおりらしいなって思います。
「はい、お休みなさいデス。ZZZ……」
「ついに嫌味も通じないときたか、コイツは。しかも言ってるそばから普通熟睡する?」
 顔を起こす気もないハナちゃんにかおりが呆れるのもいつも通り。
 ……ハナちゃん、もうちょっとやる気だそうよ。
 ハナちゃんが寝てると、授業中銀子先生がこっちばっかり睨むから怖いんだよ。
 って、言っても聞いてくれないんだよね。これもいつも通り。
 とにかく、今日も一日がんばろっと。
「……あれ?」
「どうしたの、なゆき? 人の顔覗き込んで」
「ううん。かおり、今日もあんまり寝てないの?」
 なんだか目がちょっと赤いし、ちょっと疲れてる感じ。
「ん、まあね。予習復習の後、おばあちゃんに氣のレッスン受けて、それから深夜と早朝にものみの丘までのジョギングと基礎体力作りを……」
「ちょ、ちょっと待って。昨日の今日だよ!?」
 昨日、一反木綿さんとあれだけ長い間レースしたりしてたのに……。
 わたしなんか、帰ったらお腹ペコペコのくたくたですぐにばたんきゅーだったのに。
 あの後にトレーニングなんかしてたの!?
「そうだけど、それがどうしたの? 今のあたしじゃ上級妖怪にはまるで太刀打ち出来ないし、なゆきの足手まといにはなりたくないもの」
 でも、かおりは顔色も変えずにけろりとそう言いました。
 わたしなんて学校の復習と宿題くらいしかしてないし、魔法使いの特訓なんか全然してないよ。
 ぴろちゃんが追いかけてる妖怪さんは、一反木綿さんなんかよりもっととんでもない妖怪さんだって言ってたのに。
 このままじゃわたし……いつか死んじゃう?
「ごめんなさい。もっとがんばります……」
「なんでそんなしょんぼりして、あたしに謝ってるの?」
 空を飛べるようになったり、魔法を色んな使い方出来るようになったりしてちょっと自信がついたと思ったけど……。
 わたしは魔法使いとしてまだまだみたいです。
 うにゅう。


 ただいまー、とお家の門をくぐる。
 今日も学校はお昼で終了。明日は日曜日でお休み。
 待ち遠しい冬休みまではあと一週間です。
「あれ? なんだろこれ」
 いつもの習慣でポストをのぞくと、なんだかおっきな物が入ってました。
 取り出してみると、ぶ厚くてずっしり重い茶封筒。
 なんだろこれ?
「おー、なゆき。お帰りや。そんなとこで突っ立ってどないした。はよ昼飯にしようや」
 とんとん、ってお空から降りてきたのはぴろちゃん。
 屋根に登ってたのかな?
「ん? なんや、そのえらいずんぐりむっくりした封筒」
「分からないよ」
「……不気味やな。爆弾やったら危ないし、開けん方がええんとちゃう?」
「ば、バクダン!?」
「いや、例えばの話や。差出人とか書いてないんか?」
「えーっと……」
 今見てるほうには何も書いてない。
 裏には……。
「あ、名前が書いてる。えーっとたしかこれ、大臣禅爺って読むんだよね」
「何? 差出人は禅爺はんかい」
「みたい」
「何やろな。とりあえずこんなとこで立ち話もなんやし、部屋の中で開けてみよか」
「うん、そうだね」
 ポケットから合鍵を出して、玄関に。
「ただいまー」
「おー、おかえりやでー」
 いままでなら誰もいなかったお家。
 でも、今は『おかえり』って言ってくれる人(ねこさん)がいてちょっとうれしいかも。


「妖怪百選?」
 ダイニングのテーブルで封筒を開けると、包みが二つ。
 片方を開けると、黒い装丁の本と手紙が入っていました。
 編集者の欄には『大臣禅爺』ってあって、その下には『日本語版』って文字も。
「なんや、これか……」
「ぴろちゃん知ってるの?」
「ああ。禅爺はんが妖怪とかそっち方面の連中に売ってる本や。注目妖怪とか注目事件を紹介しとる雑誌やな」
「そうなんだ。でも、なんでそんなの送ってきたんだろ」
「手紙同封されてなかったか? それ読んでみ」
「あ、うん」
 封筒の中に入っていた手紙にはこう書いてありました。
『昨日のレースは楽しませてもらった。礼にその本をやろう。本来なら相応の代金をいただく物だが、特別だぞ。真心を込めて大事に扱うように』
 本来のお値段ってどれくらいなんだろ?
 って、気にしちゃ駄目だよね。せっかくプレゼントしてくれたんだから、価値を考えるなんて失礼だもん。
 大事にしなきゃ。
「でも、どうしてこの本くれたんだろ?」
「さあなあ。前にも言ったことあるけど、あの人知ってること全部話せるわけやないし、何かのヒントをさりげなくくれとんのかもな」
「ふーん……」
 とりあえず、ちょっと見てみようかな……。
 ぴらっと一ページ目をめくってみる。


<No.1 大臣禅爺>
 言わずと知れたこの本の編集者にして、妖怪世界の顔役である。
 詳しい説明は不要であろう。
 ちなみに種族はヌラリヒョン。
 一言で言って、最も偉大な妖怪だ。


「……えーっと」
「ああ、それ気にすんな。編集者やからって、普通自分をナンバー1にするかっちゅうねん。妖怪百選は失笑と生暖かい笑みを浮かべるところから始まる、とはよく言うたもんやで」
「そ、そうなんだ」
 よく分からないけど、気を取り直して次……。
 No2、No3、写真入りで妖怪さんの紹介がされてる。
「ねえ、ぴろちゃん。これって妖怪世界の有名人紹介の本なのかな?」
「なゆきにしては鋭いな。その通りやで」
「なんだか今バカにされた気がするけど……」
「そうか? まあ、細かいことは気にせんとき。はっはっは」
 もう、いつも調子いいんだから……あれ?
 ぴらぴらめくる手を止めて、ページを戻す。
 あれれ? やっぱりヘンだよ、これ。
 落丁とかいうのなのかな?
「ねえ、ぴろちゃん。これ、No.5が抜けてるよ」
「ん?」
「ほら、No.4の次がNo.6になってる。普通は5が間に入るよね?」
「ああ、それは……」
 突然、ぴろちゃんの表情が険しくなりました。
 どうしたの? わたし、何かヘンなこと言った?
「そういうことか。禅爺はん、なゆきに『ヤツ』に立ち向かう事の重みを理解させたかったんやな」
「うにゅ?」
「なゆき、よう覚えとき。No.5が抜けとるのは落丁でも、ましてや編集ミスでもあらへん。その抜けているページに入る妖怪こそ、ワイがこの前語とった『ヤツ』や」
「えっ!?」
 な、ナンバー5って、すごい有名人ってことだよね。
 でも、そのページが抜けてるのはわざとって、どういうことなの?
 なんだか、とても嫌な感じがする。
「名前を語ることさえ忌み嫌われとる。それだけ恐れられとる存在でもあるってことや」
 や、やっぱり。
 なんだか怖いよ。
 名前も姿も分からないのに、、知ってる人たちには名前を忘れたいくらいにまで嫌われてるなんて。
 いったい、どんな妖怪さんなの?
「わたし、怖い……。このまま魔法使い続けてたら、そのうちこの妖怪さんに会うんだよね」
「そうや。いつになるかは分からへんけど、そう遠くはないやろ」
 ぴろちゃんは誤魔化さない。
 この妖怪さんと会うまであとどれくらいなんだろ?
 今のままじゃ、わたし……わたし、本当に死んじゃうよ。
 そんなに危険な妖怪さんだったなんて……。
 何も分からない。全部隠されてる。
 だから、余計に怖いよ。
 あと何日で来るのかなんて考えたら、胸が締め付けられて苦しくなってくる。
「ぴろちゃん……?」
 ぽん、と手ににくきゅーの柔らかい感触。
 ぴろちゃんの前足が『落ち着け』っていいたそうにそこに乗っていました。
「深刻に考えんでええ。その時が来たからゆうて、なゆきに強要はせえへん。ヤツと戦うかはなゆきの自由や」
「……うん」
「せやけど、これだけは覚えといてくれ。なゆきは、悲しみの連鎖を終わらせるかもしれへんワイらの希望でもある」
「……うん」
 これだけは確かなこと。
 そのヤツって妖怪さんのために、たくさんの悲しみが生まれた。
 ぴろちゃんはそれを止めに来てる。
 わたしも、力になれるなら力になってあげたい。
 悲しいのは嫌だもん。怖い。
「ぴろちゃん、わたしがんばるよ。だから、これからも力を貸してね」
「ん? ああ、もちろんやで。にしても、随分切り替え早くなったな」
「怖いよ。でも……怖がってるだけじゃ何も変わらないから。見てるだけしか出来ないのはもっと辛いから」
 それが、一反木綿さんの事件で思ったこと。
 強くならなきゃ。
 心も体も、魔法使いとしても。
「そか。ちょっとはなゆきも頼もしくなってきたな。また一つ大人らしくなって、かっこええで」
「そ、そうかな。えへへ」
 手をぽんぽんとにくきゅーで叩かれる。
 大人らしくてかっこいいだなんて、照れちゃうよ。

 ドサッ!

「あっ!」
「って、褒めてる傍から何やってんねん!」
「わ、わざとじゃないよ。手が滑ったんだよ」
 本を閉じようとして、床に落っことしちゃいました。
 禅爺さんに『大事に扱え』って言われたばっかりなのに、うにゅう。
 とりあえず拾って、机の上に乗せて……。

 ズキッ!

「……うっ!」
 な、なに、今の!?
 本を戻した瞬間、背中がぶるっと震えました。
 でも、いつもの危険のシグナルじゃない。
 それより先に、胸にズキッと何かがつき刺さるような痛み。
 なんなの、この感じ……。
 落ちてたまたま開かれた本のページ。
「どないした、なゆき?」
「わ、わからない。このページ見た瞬間、すごい寒気が……」
 それは不思議なページでした。
 写ってる写真は後姿。
 それもちゃんと撮れてなくてぼやけた……ピンボケ写真っていうのかな。
 なのに、白の中に浮かぶ黒がはっきり見えるという、そんな不思議な写真のページ。
 妖怪さんの紹介文には、こう書かれてありました。


<No.64 シッケンケン=ユキ>
 近頃世界各地で目撃され、話題となっていた雪女。
 勝手にテリトリーに入り込まれて気分を害する者もいるだろうが、非常に危険なため手を出さないこと。
 返り討ちに遭い、命を落とした妖怪は数多い。
 何故彼女がそのような挑発行為を繰り返すのかは、依然謎のままである。
 数年前より目撃情報はなくなっているが、退治されたという情報も入っていない。
 本書を手にした者は、十分に警戒して欲しい。
 誰が言ったか『黒衣の雪女』とは、なんとも薄気味悪いこの妖怪にぴったりの呼び名である。


「……なんや、こいつ? 雪女やのに黒い衣なんか着て、気味悪いやっちゃな」
「ぴろちゃん、この妖怪さん知ってる?」
「いや、前にこの本見たときはおらんかったはずやで。だいたい、こんなUMA丸出しの気味悪い写真、一度見たら忘れられへんて」
「……うん、そうだよね」
 わずかに振り向いた顔はまっ白。
 表情は写真もボケててよく見えないけど、なんだかわたしの心までじっと見透かしてくるように見えます。
 何なんだろう、この妖怪さん。
「いつまで見とんねん。こんな葬式通いが趣味みたいな陰気な奴見とったら、気が滅入ってくるだけや。はよ閉じ」
「う、うん。でも」
「でも……なんや?」
 うっ、睨まないでもいいのに……。
 ほんとに見ていたくなさそうだよ、ぴろちゃん。
「あのね、気味は悪いなって思うんだけど、そんなに怖いって感じもしないんだよ」
「紹介文には危険極まりない説明があったけどな」
「わ、分かってるよ。でもそんなに怖くないから不思議だなって」
「同族意識っちゅうやつやろ。雪ん子は雪女の子供やからな。似たもんどうし警戒が薄れるのはよくあるこっちゃ。もう閉じるで」
「あ、うーん……そうなのかな」
 首を傾げて考えてる最中に、パタンと本の閉じる音。
 ぴろちゃんが念力で妖怪百選を閉じちゃいました。
「んで、こっちの包みは何や。開けてまお」
「あ、ぴろちゃん!」
 次のことを考える前に、びりびりびりーっともう一つの包みを破いちゃうぴろちゃん。
 あーあ、包装紙をひっかいて破いちゃったよ。
 あっちこっちに紙くず飛び散っちゃって、お掃除が大変そう……。
「んー? 何や、これ? ビデオか? ケースの中に手紙も入ってるな」
「え? そっちにも?」
 今度は何の手紙だろ?
 ケースから取り出して読んでみる。

『ついでに昨日のレースのビデオも送る。それと、そこから決定的瞬間を写真に撮っておいた』

 うにゅ? 写真?
 と思った瞬間、手紙からはらりと何かが落ちました。
 たぶん、手紙の裏に張り付いてた写真。
 それを拾いながら、手紙の続きを読みます。

『さて、この場合はどちらの勝ちとするべきだろうな?』

 写真に写っていたのは、夢中になってゴールに手を伸ばすわたしと、ゴールを切るプリムローズさんの姿。
 体だけならプリムローズさんの方が先にゴールを切っています。
 でも、それより先にわたしの手の先にあったけろぴーがゴールを切ってて……。
「ねえ、ぴろちゃん。これってどうなんだろ?」
「難しいなあ。カエルがなゆきの一部やったらなゆきの勝ちやし、杖で体長稼ぐのは反則やったらプリムローズの勝ちやし……」
「プリムローズさんが白黒つけようって言ってたのはこういうことだったのかな?」
「今となっては分からへんなあ」
 最後の最後にモヤモヤした悩みを抱えてしまうわたし達でした。




     【おまけ:新たなる戦いの予感……?】
 ――街外れの森にて。

 どさりと重々しい音を立てて、木に積もった雪が全て落ちる。
 木の根元には、法衣姿の人間が転がされ痙攣していた。
 見回すと、他にも同じように気を失っている同じ出で立ちの人間が数名。
 その仲間であろう最後の二人は、身を寄せ合いながら彼らをこんな目に合わせた者を見上げていた。
 月に輝く銀の体毛。
 雄雄しく白い息を噴出し、残る二人を視界に収めたその者は、身長三メートルはあろうかという狼の姿をした人型だった。
「き、聞いてないぞ。こんな所に何故こいつがいる!?」
「それだけじゃない。他の奴らも見覚えがあるぞ。奴の奥にいるのは、巷で噂の黒衣の雪女じゃないか」
「百選にも名を連ねる大妖怪が、こんな所で集まって何をしている? いや、何を企んでいる!?」
 彼らを見下ろす銀狼は何も答えない。
 代わりに、その様子を眺めていた黒き衣をまとった女が前に進み出る。
「アレは我々が狩ります。人間は黙っていてもらいたいのですよ。うろちょろされると目障りですからね」
「貴様らがアレを狩るだと!? 妖怪風情が何をほざく!」
 窮地にあるというにも関わらず、人間は黒衣の女を怒鳴りつけた。
 両者の間に理解などない。
 あるのはただ激しい敵意のみだ。
「グレイ・フォックスは我々妖怪にも仇成す存在です。別におかしいことでもないでしょう。こちらできっちり始末して差し上げますよ。ですから一言『邪魔をするな』そうあなた達の組織に伝えなさい」
 それだけ言うと、黒衣の女は身を翻して後ろを向く。
 呼応するかのように、銀狼がゴキリと拳を鳴らした。
「ユキさん、どうしましょうか?」
「彼らはわたしの顔を見ました。そのまま返すわけには行きません」
「分かりました。彼らの無残な姿をもって私達のメッセージとしましょう」
「手早く済ませてくださいね」
「はい」
 後ろの女に向かって、小さく頷く銀狼。
 同時に、震える二人に向かって一歩を踏み出した。
 叩き潰す? 捻り潰す? へし折る? ねじ切る?
 そのような光景しか浮かばない、丸太のような腕をゴキリゴキリと鳴らしながら銀狼は一歩一歩ゆっくりと歩を進める。
 しかし恐怖に震える彼らとて、ただ指をくわえているわけではない。
 無駄死になどするものか。
 死しても呪いを刻まんとばかりに、なにやら印を組んだ。
 それを見て、ぴくりと銀狼が眉をひそめる。
「止めなさい。一文節でも詠唱あれば、この左脚をその胸にねじ込むことになる。命の保証はできないわ」
「貴様らの命の保証など……!」
「忠告はしたわよ」
「虚空に刻みし痕は、主の御名の元……がはっ!」
 だがしかし、詠唱は最後まで唱えられることはなかった。
 傍らで胸から血を噴出して倒れる仲間に、自らの胸を貫く鉛色の杭。
 法衣の男は胸に刺さった杭をカリカリとひっかきながら、薄れゆく意識の中自分を見下ろす銀狼の姿を目に焼き付ける。
 そして、一言その者の名を呟いた。
「クロス……シルヴァ…ニア……」
 銀狼が、深々と突き刺した鉛色に光る義足を引き抜くと、男は力なく崩れ落ちた。
 出血はない。貫かれた胸を氷が覆っている。
 銀狼、クロス=シルヴァニアはそれが誰の手によるものか悟り、無言で黒衣の女に頭を下げた。
「愚かな連中だ。せっかくクロス殿が忠告をしてやったというのに!」
 ばさばさ、と大きな羽音を伴い、銀狼と黒衣の女の間に黒い何かが降りてくる。
 山伏姿のカラス、すなわち烏天狗だ。
「黒羽。この者達に見覚えは?」
「ないでござる」
「クロスは?」
「西洋……服装から見ても、おそらく私の祖国に近いどこかの退魔組織の者でしょう」
 銀狼が黒衣の女の質問にそう答えると、烏天狗は途端に不機嫌そうに足元で気絶している法衣姿の男を蹴り飛ばした。
「西洋人か! この忌々しい白んぼどもめ!」
「どうしたのですか、黒羽? 何か気に入らないことでも?」
「ああ、気に入らん。白色人種は人間の中でも一番嫌いだ。奴らは自然を支配したとかぬかす最も思い上がった下衆な人種だ。同情に値せん! このまま素っ首斬り落として……」
「黒羽」
「はっ!?」
「誰がそんなことをしろと言いましたか? わたしが指示しましたか?」
「も、申し訳ありません、つい!」
 黒衣の女から発せられる極寒の視線に、烏天狗は腰の刀にかけた手を慌てて離す。
 口調は穏やかだが、その響きは心臓を凍りつかせるほどに冷たい何かを含んでいた。
「こ、この愚か者どもの処遇はいかが致しましょうか!? ユキ殿」
「功欲しさに、人間社会で平穏に生活中のクロス=シルヴァニアを襲って返り討ち。そんなシナリオが妥当でしょう。それでよろしいですね、クロス?」
「はい」
「グレイ=フォックスはクロス=シルヴァニアが討ち取るため退魔士の手出しは不要。邪魔をするならば五体満足に帰す保証はしない。それを盛り込みつつ、いつも通り記憶操作を。頼りにしてますよ、黒羽」
「御意に」
「しかし、ユキさん。多少過激ではないでしょうか? この地に入ってきた古今東西の退魔組織の者を排除し続けて一ヶ月。いい加減彼らも黙っているとは思えません」
「団結という言葉も知らず、派閥争いを続け、あのような狂い狐に関わりたくないという保身こそ本心……クロス=シルヴァニアともあろう者がそんな退魔組織に恐怖を?」
「……いえ」
「引き続き潜伏を続け、黒羽の網にかかった退魔士の排除をお願いします」
「わかりました。では、私はこれで」
 夜の闇に銀狼は消えてゆく。
 黒衣の女と烏天狗がそれを無言で見送った。
「そういえばユキ殿、一つ耳に入れておきたいことがござった」
「何ですか?」
「グレイ様に力を供給していた末端が完全に消失したのだ。それも百単位で」
「……それはいつです?」
「ユキ殿も見ていたであろう。あの空にかかった鬼火の虹が消えた直後でござる」
「完全に消失とはありえないことですね。どう考えますか、黒羽?」
「百程度の末端が消えたところでグレイ様の復活に遅れが出るとは思えぬが……実は既に二度同じ異常を感知している」
「二度? そのような報告、受けてませんよ?」
「あまりに規模が小さく何かの間違いかと思っていたのだ。だが、回を重ねるごとに規模が大きくなっている。一回目から二回目で二倍、今回に至っては百倍でござる」
「どうやら、調査の必要がありそうですね。万一ということもあります」
「しかし、あのグレイ様の支配を完全に消し去る力など、下品な退魔士どもにあるとは思えませぬ。一体、どのような術を……」
 首を傾げる烏天狗に、黒衣の雪女はくるりと踵を返して告げた。

「引き続き監視を続けなさい。末端に異常があれば念話で招集を」
「御意」



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【あとがき】
長いお付き合いありがとうございました。
第四期もこれで終了です。
そして、今回は一つの終わりともなりました。
頼りないなゆきも、ついに空を飛んだり合体で大幅スペックアップしたり、共に戦う仲間ができたり。
一方で、これまで目的がバラバラだった敵にも、ついに一つの目的に繋がる四天王格が姿を見せたり。
そんなこんなで、次期以降があるとすれば、初心者モードのなゆきはいなくなります。
RPGで言うなら、システムを理解し出来る行動の幅が増えて世界が変わって見え出す……そんな感覚でしょうか。
ではでは、そんなところで次期開幕をお楽しみに。
と言っても、例によって視聴率と制作側の気力次第ですが(ぉぃ)

おまけ:魔法少女仕様紹介

※作中の詠唱はworldさんに考えていただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。
詠唱は途中で途切れていますが、全文戴けたので一応ご紹介。
『虚空に刻みし痕は、主の御名の元に封と為す。封は印と結びて焔となり、白き剣は邪に塗れし汝を断つ――退け! ディバイン・ジャッジメント!』



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