いもーと?

1.ムスコの価値は角折れバファロー




 のんびりとした初夏の日曜日。
 俺は従兄妹の名雪とリビングのソファーでだれていた。
「ヒマだなあ」
「そうだねー」
 本当にヒマなワケじゃない。
 俺にとってはもうすぐ試験があるから、のんびりできる最後の休日。
 名雪もそれは同じなのだが、こっちはそれにプラス最後の陸上大会に向けて前日猛練習してぐったりという状況。
 まあ、なんていうか二人ともこのままダラダラしてたい気分。
 あーあ、なんか面白いテレビでもやってないかなあ。
 なんて思いながらチャンネルをいじっても、たいしたものは何もやってない。
「ほい、名雪」
「うん」
 あくびをしながらリモコンを名雪に投げる。
 カチカチと画面が変わるが、やはり面白い番組はない。
「はい、祐一」
「ん? おっと」
 リモコンを投げ返される。
 カチカチ。いや、俺が持ったからって面白い番組がやってくるわけじゃないけどさ。
 というわけでまた投げる。
「ほれ、名雪」
「えっ? わ、ちょっと」
「あ、まず……」
 目算狂ってソファーの向こうに飛んでいくリモコン。
 あーあ、という感じに二人で見送る。
「もう、駄目だよ祐一。リモコン投げちゃ」
「悪い……って、お前も投げてただろうが」
 と言いつつも、名雪はすぐに腰を上げている。
 つまり、俺の負け。
 拾いに行ってる者にそれ以上非難できるワケありません。
 ミスったの俺だし。
「えーっと。どこ行ったかな?」
「もうちょっと向こうに飛んでったぞ。そう、そっち。その棚の下入ったかもしれない」
「わかった。探して見るよー」
 四つんばいになって、名雪が棚の下を覗き込む。
 んー、気づいてないのかな?
 こっちから見てると、結構ウホッなアングルなんだが。
 まあいいや。ここは黙って目の保養といきますか。
「あ、あった。うー、奥まで入っちゃってるよ」
 身をさらに屈めて、棚の下に手を突っ込む名雪。
 よし、頑張れ名雪。あとちょっとだ。
 あとちょっと尻が上がれば、今でも決壊寸前なスカートの端がいい具合にまくれ……。
「祐一さん」
「ん? 何ですか?」
 寝っ転がったソファーから見上げると、秋子さんが俺を見下ろしていた。
 何だか意味深な笑みを浮かべてる。
「お邪魔でした?」
「いえ、非常に微細かつ淡い期待しか抱いてませんでしたから大丈夫です」
「あらあら。あれで中々めくれないものなんですよね、スカートは」
「そうなんですよねー。うちの学校の制服なんて、いつ見えてもおかしくないのにあれでガード固いんです」
「ふふ、女の子はそういうものですよ。服で警戒レベルを変えられるんです」
 叔母となんちゅう会話してんねんって感じだけど、秋子さんも俺が本気じゃないのは分かってる。
 ていうか、そもそも恋人いるしな。
 本気で名雪に期待してたら色々まずい。
 え? 何で恋人いるのに家でゴロゴロかだって?
 仕方ないじゃん、今週は用事があるって言われたんだから。
 そうじゃなかったら、こんなところで無意味な時間を過ごしてるもんかい。くそったれ。
「ご指名は俺ですか?」
 さっき電話のコール音が聞こえていた。
 で、それを取った秋子さんが俺のところに来てるってことは、俺への電話ってことだろう。
「ええ。お休みのところ悪いですけど、出てもらえます? 義兄さんからです」
「へー、父さんが? 珍しい。んじゃ、適当にあしらってきます」
「あしらっちゃ駄目ですよ」
 もちろん冗談なのは二人とも分かってる。
 よっ、とソファーから身を起こして軽く背伸び。
 ま、こうもヒマだと久々の家族の声ってのもいいものだ。
「よしっ、取れたよ。はい、祐一」
「いてっ!」
 起き上がりざまにリモコンが頭を直撃。
 火が出た。目から。いや、出たのは星か?
 とりあえず、ふり返って怒鳴る。
「こら、名雪! お前どんなノーコンしてたら、立ってる俺の頭に直撃コースで投げられるんだよ!」
「え? わ、ごめんっ!」
 あー、もう。マジで痛い。モロ脳天だし。
 邪な目で名雪見てたのと、親父殿に無礼な発言してた天罰か?
 床に転がったリモコンは何も語らず、静かに裏面を向けているのだった。
「名雪、リモコン投げちゃ駄目でしょう?」
「ご、ごめんなさい……」
「いい? これはテレビのチャンネルを変えるものなの。人に投げるものじゃないし、投げたら危険なのよ?」
「うう、分かってます」
 え、えーっと、まあ名雪。その、がんばれ。
 どう考えても高校生が受けるとは思えない内容のお説教に顔を真っ赤にして頭垂れてる名雪を尻目に、俺はリビングを逃げ出した。
 許せ。俺にはパパンの電話に出るという、俺にしか出来ない使命があるんだ。



 しかし、父さんの声を聞くのも久しぶりだな。
 普段ならかけてくるのは母さんだし。
「はいはい、オレオレ」
「にゃー」
 ん? なんだ?
 受話器から猫の泣き声?
「なんで猫が……?」
「にゃー、にゃおーん、うなー」
「こ、こいつ……俺を誘ってるのか? そんななまめかしい声出したって騙されないぞ」
「にゃー?」
「いや、『にゃー?』じゃなくてね」
「にゃー……」
 なんなんだこの勘違いな発情プッシー(仔猫)は。
 そんな悲しそうな声を出されると撫でてやりたくなっちゃうじゃないか。
「ははは、なんてな。どうだ、上手かっただろう? 今度の宴会で披露するつもりなんだ」
「って、父さんかい!」
 最悪だ。
 よりによってオヤジの猫真似に胸キュンしてただなんて。
 想像しておえーっと来た。
 撫でてやりたくなったなんて、口が裂けてもいえない。
「いや、元気そうでなにより。さて、まずは何から話したものかな。何しろ急なことで父さんも困ってるんだ」
「何が?」
 まるで話が見えない。
 いきなり猫真似で話始めたり、要領得ないしで、なんかえらい動転してるというか……何があったんだ?
「いいか。私はお前を愛している。最愛の息子だ。それだけは忘れないでくれ」
「父さん……」
 いきなりそんなこと言われると照れるじゃないか。
「だから、断じて角折れバファローマンに釣られたなんてことはない。断じてだ」
「はぁ……」
 なんか話の雲行きが怪しくなってきたな。
 角折れバファローっていうと……ああ、あれか。
 父さんが昔集めてて、それだけ足りないとか言ってた消しゴム人形(本当は塩ビのフィギュア)だっけか。
「確かに角折れバファローマンは魅力的だった。だが、だがな……父さんはお前の未来を考えて決断をしたんだ。信じてくれ。断じてお前を角折れバファローマン以下だと思ったわけではない。本当だ」
「いや、それ誰が聞いても本心は裏返しにあると思うぞ」
 『信じてくれ』とか『本当だ』なんて強調されてもな。
 余計ウソくさい。
「う、うぬ。信じてもらえないのは悲しいことだが、伝えるべきことは伝えておかねばな。いいか、祐一。我が息子よ」
「いちいち芝居がからなくてもいいから」
 初めて見るテンパりようだな。
 本当に何があったんだ?
「実は……お前に妹が出来た」
「……へ?」
 今、なんて?
 いもうと? 妹!?
「そ、そうか。父さん頑張ったんだな。いや、うん、もう俺も子供じゃないし、赤ん坊はコウノトリが運んでくるとかはぐらかさなくてもいいぞ」
「いや、そっちの妹じゃない。母さんの腹は膨らんでいるが、あれはただのビール腹だ」
「はぁ……」
 太ったのか、母さん。
 息子としてはあんまり見たくないな。
 って、そうじゃなくて父さんはいったい何を言ってるんだろうか?
「と、とにかくお前に妹が出来たんだ。詳しい事情は本人から聞いてくれ」
「本人?」
「今日の夕飯前くらいにはそちらに着くと言っていた。じゃ、そういうことで伝えたから父さんはこれで……」
 プツッ。
「って、おい! 父さん、父さん!?」
 ……何だったんだ、いったい。
 それに『妹が出来た』ってどういうことだよ?



「いもーと?」
「ああ」
「祐一の?」
「……らしい」
 リビングに戻って、事の顛末を名雪に伝える。
 というか、俺も理解不能で誰かに聞いてもらわないと頭が変になりそうだ。
「何かあの父さんのうろたえぶりが気になるんだよなあ」
「浮気ってこと?」
「意外にズバっとストレートに来るな、名雪。でも、それじゃ『角折れバファローマン』とか俺の『未来を考えて』がよく分からないし」
「うーん、どういうことなのかな?」
「さあ……。今日中には来るらしいけど」
 相談して名雪まで五里霧中に巻き込んでしまってる俺だった。
「ところで、その子はここ分かってるのかな?」
「そういや、来るって言ってただけだな」
「道が分からなかったら困ると思うよ」
 それもそうだ。
 じゃあ、迎えにいってやるべきなんだろうか?
「しかし、どこに迎えに行けばいいんだ?」
「えっと、駅じゃないかな?」
「そもそも、俺は妹の容姿知らんぞ。年齢も身長も性別も」
「妹なんだから女の子だと思うよ。それとも、性別の分からない妹がいいの?」
「……そうだった。そしてそんな妹はいらない」
 いかん。俺も動転してきてる。
 性別の分からない妹ってどんな奴だよ。
「うーん、でもそれじゃ迎えにもいけないよね」
「だな」
「ちょっと心配」
「確かになあ。俺も名雪の出迎えなかったら絶対迷ってたし」
「結構分かりにくいんだよね、ここって。目印になるのがあんまりないから」
「同じような家ばっかだしな」
 ……すごく不安になってきた。
 これじゃその妹の方向感覚に期待するよりない。
「秋子さん、出迎えについて何か聞いてませんか?」
「いえ、わたしも聞いてませんね。外国暮らしは困るからこちらに住ませてくれ、としか」
 秋子さんは俺に代わる前に『妹が来る』ということと、居候の許可について父さんと話してたらしい。
 が、やっぱり肝心なところは聞いてないようだった。
 ていうか、詳しく聞かずに居候を『了承』する秋子さんもある意味凄いけど。
 まあ、秋子さんのは人柄だな。
「ねえ、祐一。お父さんに電話して訊いてみたら?」
「そうだなあ。面倒臭いけどそうするか。妹に遭難されても夢見悪いし」
 心配しようにもどうも実感が伴わない。
 相手がどんなのか知らないからなあ。
 とりあえず、父さんか母さんに電話だな。

 ピンポーン。

「ん?」
「あら」
「来たのかな?」
 三人同時に玄関の方を見る。
 ここは兄として真っ先に出迎えてやるべきだよな。
 襟を正して、髪をさっとかき上げて……うむ、よし。
「あ、俺出てきます。二人はここで待っててください」
「よろしくお願いしますね。それでは、ついでにこれも」
 秋子さんから何かを手渡される。
 えーっと、ハンコ?
「宅急便でしたら、そっちもよろしくお願いしますね」
「あ、はい」
 なんか変なところで手際のいいというか、マイペースな秋子さんに緊張が抜けた。
 まあ、夕飯前にしちゃまだ早いし、宅急便の可能性が大か。
「んじゃ、行ってきます」
 リビングを抜けて玄関に。
 そして、その先にある扉を開くと逆光の中誰かがちょこんと頭を下げていた
 この子が、俺の妹……?
 身長は名雪より一回り低い。結構小柄だ。
 目がチカチカしてよく見えないが、かわいらしい感じがする。
 瞬き数度。目が光に慣れてくる。
 同時に、女の子がそろそろと控えめに顔を上げた。

「は、はじめましてお兄ちゃん」
「なんでやねん!」

 顔を赤らめたその女の子と顔が合った瞬間、反射的に関西弁を叫んでいた。
 なんでやねん、なんでやねん、なんでやねん。
 心の中に響くエコー付で。



NEXT
戻る


【後書】
 とりあえず、『何でこんなことになったのか?』までは連載形式。
 以降は気分次第の短編連作ってことで、いちおー短編連作ってことにします。
 あと、書く気になった元が『妹は思春期』って漫画なので、かなり卑猥かも。
 具体的には『精液』なんて単語が素で出るレベル。
 あ、本番はないです。なのでそういう意味ではご安心(?)下さい。


感想いただけると嬉しいです(完全匿名・全角1000文字まで)