「えっと、これどういうことなの?」
「知らん。俺が知るわけない。俺に訊くな。むしろ俺が訊きたい」
 自称俺の妹を名乗る少女をリビングに連れて行くと、名雪はぽかんと口を開けるばかりだった。
 あ、さすがの秋子さんも表情が凍り付いてる。
 状況を説明してくれるかと期待したけど、やはり無理だったようだ。
 まあ、そりゃそうだろうな。

「はじめまして。私は祐一お兄ちゃんの妹で……相沢栞って言います」

 俺の彼女だったはずの女の子が『妹』名乗って押しかけてきてるんだから。
 ていうか、本当にどういう状況なんだこれ?






いもーと?

2.妹出現! 水瀬名雪最後の日!






「OK。色々言いたいことはあるが妹者よ、『はじめまして』は変じゃないのか?」
「相沢栞としてははじめましてです。挨拶はきちんとしないといけません」
 あ、うん、そうだね。
 しかも、しっかり相沢姓になってるんだ。
「で……何でお前が妹?」
「いやですね。私の家族における地位はなんですか?」
「ジージョ。もとい、次女です」
「次女の別名は?」
「いもうと」
「ほら、問題なしですー」
 にこー、と満面の笑顔で両手を広げる栞。
 どっからその自信が湧いて来るんだ?
「美坂家の妹であっても、相沢家の妹じゃないだろ。さっさと巣に戻れ」
「ひ、ひどいです。せっかく会えた兄妹なのに、出て行けだなんて」
 うっ、そんな涙目でこっち見るなよ。
「私、お兄ちゃんの言う通りにしたんですよ。お兄ちゃんが妹になっていいって言ったから頑張ったのにあんまりです」
「いや、俺がいつそんなことを言ったっけ?」
「忘れたんですか!?」
 え、いや、その……。
 な、なんか凄い非難の視線が突き刺さってるのは何故?
「以前、お兄ちゃんは言いましたよね。『遠慮なくお兄ちゃんと呼んでいいぞ』って」
 たらり、と背中に冷や汗。
 言った。言ってた。
 確かにずーっと前、会って間もない頃に言った。
「だから、私は頑張ってお兄ちゃんの妹になったのに……いきなり帰れなんてあんまりですっ!」
「ちょっと待て。あんなの冗談に決まって……」
 びくぅっ! や、やばい、何か非難の視線が増えてる。
 名雪と秋子さんが俺を訝しんでるのがひしひしと感じられる。
「祐一さん。そんなこと言ってたんですか?」
「女の子の純情もてあそんじゃダメだよ」
 いや、そんなこと言われましても……。
 だ、駄目だ。そんな反論できる雰囲気じゃない。
「お兄ちゃん……私、悲しいです」
 こっちはこっちで泣きながらうなだれてしまってるし。
 ああ、空気が重い。めちゃ重い。
 口は災いの元ってことわざ、あれ本当だね。
 俺に拒否する余地まるでなし。
 ていうか、どうやらこれは俺が望んだ結果らしいし。
 頼む。悪い夢なら覚めて……。
「悪かったよ栞。せっかくの兄妹対面だっていうのに冷たく当たって」
 あー、こんな台詞でいいんだろうか?
 何言ってるんだろ、俺。自分で言ってて頭がおかしくなりそう。
「じゃあ、これから兄妹一緒にいてもいいですか?」
「遠慮するなよ。たった二人の兄妹じゃないか」
 そうなんだろうか?
 なんか違う気もする。いや、多分かなり違う。
「大好きです、お兄ちゃん」
「うおっ!?」
 ぎゅーっと抱きつかれる。
 あの控えめな胸なんかもふにーと感じられるくらいの密着。
 まさにほんとにぎゅーっとだ。
「せ、積極的だな栞。ちょっと恥ずかしいぞ」
「どうしてですか?」
 どうして、ってそんなきょとんとした顔で言われても……。
 昨日までは俺が抱きついたら恥ずかしがってたのに。
「いや、だって、その……胸とか」
「もうっ、何言ってるんですか。お兄ちゃんのえっち」
 にこにこ(←激しく罪のない笑顔)
「おふぅっ!?」
 胸にどっくーんと来たぞ。
 お兄ちゃんのえっち、おにいちゃんのえっち、オニイチャンノエッチ……。
 や、やばい。なんて甘美な響きなんだ。
 罵られてるはずなのに、羽毛でくるまれているような心地よさ。
 妹がいるならと何度夢精……じゃない、夢想しただろうか?
 そして、『お兄ちゃんのえっち』と微笑み混じりに言われる光景を何度想像したか。
 これが妹の威力……これこそ妹の破壊力。
 そうだよ、こんな妹が欲しかったんだ!
「えと、そういうことで今日から兄妹そろってお世話になります」
「了承」
「よろしくね、栞ちゃん」
 秋子さんも名雪も歓迎ムード。
 妹って運んでくる空気も違うよね。
 すーはー、ああ、なんて爽やかな空気なんだろう。


 ……は、いいとして何で誰もツッコミ入れなかったんだろうか?
 おかしいところありまくりなのに、完全に流されている水瀬家一同だった。






 そんな経緯で栞を二階へ案内。
 本気で水瀬家に住み込むつもりのようだ。
 でっかいトランクに服を一式詰め込んで持ってきてるし、家具は後日引越し業者が持ってくる予定だという。
 うーむ、なんかもう……ドッキリって雰囲気じゃなさそうだな。
 とはいえ、複雑な事情だったらと思うと迂闊に訊けない。
「で、栞の住む場所だが」
 って言っても、何度かここ来てるし、水瀬家のことは知らないわけじゃないんだよな。
 今更どの部屋が空いてるかなんて説明するまでもないんだが。
 と思いつつ、名雪の部屋の隣を指差す。
 一月にどこかの家出娘を保護してた部屋だ。
「そこの部屋が空いてるから、そこな」
「異議あり」
 うんうん、とりあえずこれでOKっと。
 ……ん?
「今、なんと?」
 気のせいか? 異議ありって聞こえたような。
「あの部屋は嫌です」
「嫌って、他に空いてる部屋はないぞ」
 そんなのお前も何度も来てるんだから知ってるだろ?
 が、栞はふるふると首を横に振って拒否のジェスチャー。
 ま、まさか……。
「お、俺と一緒の部屋がいいと!?」
 兄と妹……教本(含むエロゲ)によれば、同じ部屋で生活というのが理想のシチュエーション!
 となると、そこから導き出される栞の希望はそれしかない!?
「え? 本当にいいんですか?」
 にこー。
「い、いや、そんなわけないだろ。年を考えなさい年を」
「残念です」
 あぶねー。
 自分でトキメキしておいてなんだが、危うく自分から最大級の地雷を踏むところだった。
 いくら兄妹でも思春期真っ盛りに同室はないだろ。
 むしろ思春期の男にこそ一人部屋という男の城が大切なのだ。
 オナニーとか落ち着いてやれないもんな。
 ……自分で言ってて節操無しが情けなくなった。
 若いんだから仕方ないだろ、ちくしょう。
「とにかく、同部屋は駄目だ。大人しくそこの空き部屋に入れ」
「嫌です」
「だから、嫌って言ってもそこしか空いてないんだから……」
「そんなところで何やってるの?」
 あ、名雪。
「聞いてくれよ。栞がそこの部屋に入るのは嫌だっていうんだ」
「え? じゃあ、祐一の部屋で一緒に?」
「なわけないだろ。なんの躊躇いもなくさらっと言うな」
 なんでそんな発想がさらっと出て来るんだか、こいつは。
「じゃ、じゃあひょっとしてわたしと一緒の部屋……?」
 名雪……何故顔を赤らめる?
 しかし、トキメキな名雪を待っていたのは無情な栞の一言だった。
「名雪さんの部屋に私が入って、名雪さんが隣の空き部屋に移るべきだと思います」
 ビシッィ、と何かに亀裂が入る音が響いた……気がした。
 名雪が心なしか真っ青になってるようにも見える。
「あ、あの、栞ちゃん。今なんて?」
「いいですか、名雪さん。私はお兄ちゃんの妹で、名雪さんはお兄ちゃんの従兄妹です」
「そうだけど、どうしてわたしが部屋を移らないといけないの?」
 どこから取り出したのか、栞がスケッチブックにキュキュキュとマジックで何かを書く。

『兄=妹>叔母>>(超えられない壁)>>いとこ』

 超えられない壁って、栞さんあんた。
 そこまで名雪いじめたいか?
「こーゆーことです。血のつながり的に妹がお兄ちゃんの傍にいるのが自然なんです。なのに、従姉妹なんてマニアックすぎますっ!」
「血のつながりはないだろ」
「では家族の絆的にということで」
 ……さらりとツッコミ受け流された。
 ていうか、マニアックって何だよマニアックって。
「で、でも、だったら同じ部屋に住めばいいんじゃないかな?」
「名雪さん、年頃の男女が同じ部屋に住むなんていいことだと思いますか? 同じ部屋で着替えをしたいですか?」
 いや、あんたさっき一緒の部屋って言ったら喜んでなかったっけ?
 と言いたいが、スラスラ立て板に水に語る栞を前に何も言うことが出来ない。
 名雪に至っては元からスローペースな頭でこれ聞いてるもんだから、傍目にも丸分かりなくらいの混乱ぶり。
 まるで酸欠金魚のように口をぱくぱくやってる。
「で、でも……」
「名雪さん。せっかく会えた兄妹なのに、お部屋が隣同士じゃないなんて悲しいです」
「う、ううう……」
 駄目だ。もう言い返す言葉がなさそう。
「あら? どうしたの、こんなところで」
 あ、秋子さん。
「お母さん聞いてよ。栞ちゃんがね、わたしにお部屋を出て行けって言うんだよ」
「……まぁ」
 これぞ天の助けとばかりに母に救いを求める名雪。
 よかったよかった。これで栞も諦めるだろう。
 秋子さんはおおらかでもワガママ許すってわけじゃないしな。
「ご、誤解です。出て行けなんて攻撃的なことは言ってませんっ」
 まあ確かにそこまで露骨には言ってない。
 が、内容的にはあんま変わらないだろ。
「私が言いたかったのはこういうことなんです。名雪さんにもちゃんと襟を正してもらおうと思って……」
 そう言って涙目で秋子さんにスケッチブックを見せる。

『兄=妹>叔母>>(超えられない壁)>>いとこ』

 だから何なんだその公式。
「……なるほど。事情は分かりました」
 って、分かるんですかい秋子さん!
 まだ何も説明されてませんよ!?
「名雪。栞ちゃんの言う通りだわ。隣のお部屋に移りなさい」
「お、お母さん!?」
「ちょっと秋子さん、それはいくらなんでも名雪がかわいそうですよ」
 慣れ親しんだ自室を出て行けだなんて。
 俺が名雪の立場でもそんなこと受け入れ難い。
「名雪、あなたももういい年頃でしょう? 何か間違いがあったらお母さんも心配なの」
「間違いなんて起きないよ。そんなこと言ったら栞ちゃんだって」
「栞ちゃんは祐一さんの妹じゃない。祐一さんが妹を毒牙にかける人だと思う?」
「お、思わないけど……何か違うような」
 何か、じゃなくて明らかに間違ってるぞ名雪。
 まあ、そこで『昨日まで恋人だったじゃない』と反論しても『恋人同士ならいいでしょう?』と返されるのがオチだろうが。
「祐一さんもそんな人じゃないですよね?」
「も、もちろんですっ!」
 なんでこっちに話振るんですか。
 しかもそんな楽しそうな笑み浮かべて。
「じゃあ栞ちゃんの部屋は祐一さんの隣で決定ね。みんなで名雪のお引越しを手伝いましょう」
「はいっ」
 にこにこと笑顔で名雪の部屋に入っていく秋子さんと栞。
 残された俺と名雪は途方に暮れるしかなかった。
「せめてもう少しとなりにいたかったのに……もうちょっと夢見てたかったよ……」
 あうあう、名雪の呟きが耳に痛い。




 その日の深夜。
「美坂さんと姉さんから事情聞きましたけど、妹とは考えましたね栞ちゃん」
「いえいえ。でも、秋子さんこそ良かったんですか? 名雪さん、泣いてましたよ」
「今のうちに恋愛競争の厳しさを知っておくのは、あの子にとってもいい勉強よ。今のままじゃ母親として心配ですもの。それに栞ちゃんの気持ちもよく分かりますしね」
「そうなんですよ。名雪さんが傍にいると思うと気が気じゃないです」
「でもね、栞ちゃん。今回のことで名雪が奮い立つことも考えられるわ。手を出せない妹より、祐一さんが名雪や他の子を選ぶ可能性も考えてるかしら?」
「うーん、そこが問題なんですよね。まあ、そうなっちゃったらそれも勉強ということで」
「前向きですね。そんな栞ちゃんをわたしは応援してるわよ」
「あの、どうして私を応援してくれるんですか? 今日も秋子さんが出てきた時には内心ダメかなーって思ちゃったんですけど」
「確かに名雪も大事ですけど、栞ちゃんは他人じゃないですからね」
「えと、どういうことでしょう?」
「栞ちゃん。わたしも『妹』だったんですよ。もちろん、今もですけどね」
「ああっ!」
「妹同士、仲良くしましょうね」
「はいっ」
 そんな妹同盟が結成されていたことなんて、当時の俺には知る由もなかった。



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【後書】
 ということで、やってることはいつも通りのシオリーでした(笑)
 また何か良からぬことを企んでるのでしょう。
 でも、たぶん本質はラブ。きっと真剣にラブ。
 だって、それがシオリーだから。
 ちなみに、この企画を後押しした人の助言で視点は祐一一人称をとりました。
 色々制限は出てしまうのですが、祐一のいない場面もなんとかやってみようと思います。
 その実験が今回の最後だったり。


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