理解不能な日曜日から一夜明け、次の日の朝。
ははは、嘘だよな。栞が俺の妹だなんて。
まったく、なんて夢見てたんだろう。
さあ、今日も朝ごはん食べて学校行くぞー。
「おはようございます……」
うわ、朝からテンションめちゃ低っ!
ていうか、俺もいつもより早く目が覚めてしまったってのに、よく名雪が起きられたな。
いや、これは起きてるというより……。
「お、おう。おはよう名雪。今日は随分早いな」
「……昨日一睡もしてないんだよ」
やっぱりか。
目が据わってるわ、充血してるわでとても見られたもんじゃない顔してる。
そんな顔で汚れたけろぴーを引きずってるところなんか、色々怖いぞ。
で、俺と名雪の間に挟まれた部屋の扉を見ると……見慣れた『なゆきの部屋』のドアプレートはなくなっていた。
今は遠く、俺の部屋から一つ扉挟んだ向こうの扉にそれらしきものが揺れている。
いもーと?
3.水瀬名雪は二度死ぬ!
「……夢じゃなかったんだな」
ウソのような昨日の出来事。
でも、やっぱり夢じゃなかったらしい。
名雪は部屋を移され、俺と名雪の部屋の間に妹を名乗る栞の部屋が挟まれて……。
「うー、部屋が変わると寝られないって本当だよ」
「いや、そんなのお前だけ」
もっと複雑な理由かと思ったらそれかい。
それだけ慣れ親しんだ部屋から出されたのが悲しかったのかもしれないが、名雪らしいっていうか……気が抜けた。
「でも、家具も全部そっくりそのまま前の部屋と同じ配置だろ」
「それでも、祐一の音が聞こえないと寂しいんだよ。今までずっと隣に感じてたのに」
「は、恥ずかしいこと言うなっ」
「うー……」
こいつ、お子様なのか大人びてるんだか時々分からない時あるな……。
まあ、今回一番かわいそうな目に遭ってるのは事実か。
「なあ、名雪。ものは相談だが、あいつ追い出すか?」
「えっ!? あいつって、栞ちゃん!?」
半分閉じた瞼を全開にして名雪が驚く。
「何で驚くんだ? 栞のせいで一睡も出来ないなんて目に遭ってるんだろ?」
「そうだけど……でも、いいの? 祐一の彼女さんだよ?」
まあ、そりゃそうなんだが……。
「だいたい何で妹なのかも分からないし、ワケの分からないのは苦手だ。ただの悪ふざけなら追い出すに限る」
「そう、かな……?」
「本当にあいつの家族も納得してるのか? 特に香里」
「うーん……してなさそう……」
あんまり納得してるようには思えない俺達だった。
というか、今頃本当の血の繋がった姉である香里はどんな状況なのか?
よく考えたらそれも謎だ。
あんまりいい方向の予想はできないが。
「とにかく、嫌がらせをして自分からここを出て行くように仕向けるんだ」
「分かったよ。でも、嫌がらせって何をするの?」
うーむ。
一言に嫌がらせと言っても、生卵投げつけるとか、牛乳ぶっかけるとか本格的に嫌われそうなのはもちろん選外だ。
どうせ名雪も乗らない。というより、名雪に止められる。
ここにいるのが嫌になりそうなさりげない嫌がらせ。
「……ひとつだけある」
「え? ほんと?」
「ただし、これを実行すると俺達も痛いかもしれない。いや、確実にダメージを被る」
「だ、ダメージって!?」
「耳貸せ、名雪」
名雪を引き寄せて、耳にごにょごにょと作戦をささやく。
あ、露骨に嫌な顔に変わった。
「ほんとにやるの?」
「さりげなく嫌がらせするならアレしかないだろ。悪ふざけで居座ってるなら、毎日アレを食したいとは思うまい。俺なら三日で逃げる」
「そ、そうだね。うん、それでいいよ」
身をもって威力を知ってるアレ。
まさかこんなことで役に立つとはな。
アレは効くぞ。雑巾の絞り汁なんてメじゃない。
くっくっく、覚悟しろ栞。水瀬家の洗礼というものを教えてやる。
「ねえ、わたし達も笑い事じゃないと思うんだけど」
「……笑わなきゃやってられん」
名雪と二人でダイニングに行くと、いつも通り秋子さんと……異物感ばりばりの先客がいた。
ていうか、栞。ああ、やっぱりいたのか。
とりあえず目を合わさんとこ。作戦前に余計な情けが生まれてはならない。
鬼になれ祐一。非情に徹するのだ。
食卓には……よしよし、おあつらえ向きにトーストが並んでるな。
「おはようございます、秋子さん」
「おはようございます、祐一さん。あら?」
「おはようございます……」
「珍しいわね、名雪がいつもより早く起きるなんて」
「……寝てないんですよ、秋子さん」
「まあ……徹夜なんて頑張ったわね名雪。生まれてはじめてじゃない」
「うん、わたしがんばったよー」
おーい、名雪。何か間違ってる気がするぞ。
と、言おうとしたが目がとろんとしている。
駄目だなこりゃ。どう見てもまともな判断力は期待できそうにない。
徹夜明けなんて誰だってこんなものだが、そろそろ疲れがどっと来たか。
ちょいちょいっと肘で名雪の腕を突く。
「だいじょうぶ。何とか起きてるよ」
「頼むぞ」
「うん」
小声で確認終了。
ここで寝られたら、作戦上困る。
徹夜明けの名雪には悪いが、是が非でも起きててもらわないと。
「おはようございます、お兄ちゃん」
「あー、うん。おはよう」
とりあえず栞とは目を合わせてなかったのだが、合わせるや否や挨拶が返ってきた。
ぺこっと頭まで下げて礼儀正しい。
むう……我が妹ながら良く出来たやつだな。お兄ちゃんは誇らしいぞ。
って、ちがうっ!
目的を忘れるな俺。
何を考えてるか分からない、この自称『妹』を追い出すんだろうが。
ああ、でも妹に爽やかな『おはよう』を言ってもらえるなんて、何度空想したことか。
そんな妹がいるというこの感動、鼓動、躍動!
ちょいちょい。
ん? なんだよ名雪。脇腹に肘なんか入れて。
「祐一、しっかりしてよ。わたし一人でやれなんて嫌だよ」
「はっ!? だ、大丈夫だ。任せろ」
「しっかりしてよ、もう」
いかんいかん。
妹のささやきに騙されるところだった。
「二人とも朝から元気ですね。愛し合ってました?」
「ぶっ!」
って、栞は栞でいきなりなんてこと言いやがる。
「ないない、そんなわけないだろ」
「そ、そうだよ。そんなわけないよ」
慌てて二人で否定。
声は弾んでても顔が笑ってないんだけど栞。
ていうか、俺と栞の彼氏彼女の関係って存続中なのか?
妹になったから恋愛はご法度……いや、しかし義妹だからその気になれば恋愛は不可能では……。
「祐一」
「はっ!?」
また名雪に突かれて我に返った。
そうだ。『水瀬家の洗礼』作戦を実行する時だ。
そうすれば、家族関係か恋愛関係かの疑問に終止符を打てる。
栞が美坂家に戻ればすべて元通り、晴れて彼氏彼女というわけだ。
これすなわち――
愛を取り戻せ!
……なんか違う。
とにかく、全ての平穏を取り戻すため作戦決行だ。
「あー、こほん」
まずはわざとらしく咳を一つ。
ダイニングの視線が俺に集まる。
「秋子さん、今日の朝食ですが一つ提案があります」
「はい? 提案、ですか?」
「ええ。今日は水瀬家に新しい家族が増えためでたい日です」
「賑やかになりそうでいいですね」
よしよし、いい具合に秋子さんは乗ってきたぞ。
「ひいては、秋子さんのジャムで歓迎ということでどうでしょうか? な、名雪?」
「うん、そうしようよお母さん。イチゴジャムじゃなくて、お母さん自慢のジャムで」
「自慢のジャムですか……? 祐一さん達に出してるのはどれも自信作なんですが」
……自信作じゃないジャムもあるのか?
ちょっと気になる。
いや、今はそれよりリクエストの内容を明確に、だ。
ごくんと緊張と一緒に唾を飲み込む。
「オレンジ色の甘くないジャムです」
ああ、何で俺は自分から地雷を注文しようとしてるんだろう。
「まあ!」
うっわ……。秋子さんもの凄く嬉しそうな顔してるし。
こっちは思い出しただけであの戦慄の味が口の中に広がってきたぞ。
名雪は隣で顔面蒼白になってる。覚悟を決めたとはいえ、やはりアレを口に入れるのは抵抗があるらしい。
「ええ、そうですね。では是非」
ほとんど一瞬とも思えるスピードで、ドンッと食卓の真ん中にジャムの大瓶が置かれる。
久々に見るけど……やっぱりとても鮮やかなオレンジ色だった。
「わー、綺麗なジャムですね。美味しそうですー」
くっくっく、そう言ってられるのも今のうちだ栞。
何せそのジャムは、見かけとは裏腹にぞっとするほど表現不能の味がするからな。
「では、いただきましょうか」
「はい」
全員席について、各自パンにあのジャムを塗っていく。
製作者の秋子さんは元より、事情を知らない栞は何の躊躇いもなくスプーン大匙でジャムをすくっていた。
で、向かいに座ってる名雪を見ると……。
コノヤロウ、被害を最小限に食い止めるためにちょびっとしか塗ってねえ。
睨みつけると視線に気付いたのか、名雪が顔を上げる。
とりあえず首を横に振った。
名雪が目をうるうる、今にも泣き出しそうな顔をする。
駄目だ。と、ここは硬派にもう一度首を横に振る。
名雪はしぶしぶ大匙ですくったジャムを、べちゃりとトーストの上にぶちまけた。
案ずるな名雪よ。
いくら俺でも二度も同じ轍は踏まん。
ちゃんと緩和策は用意してある。
「秋子さん、コーヒーをお願いします。ブラックで」
「あ、わたしもブラックで」
「はいはい。栞ちゃんは?」
「えと、じゃあミルクをお願いします」
名雪に目で合図を送る。『噛まずに飲み込め』と。
コーヒーの強烈な苦味なら少しは緩和されるだろう。
ようは味あわなければいいのだ。
それぞれ希望の飲み物が並べられ、いよいよ運命の時……もとい朝食タイムの開始だ。
「では、いただきましょうか。たっぷりありますから、いくらでもお替りしてくださいね」
ああ、笑顔が眩しいです秋子さん。
ジャムに差し込む朝日が反射して、オレンジ色に映えるくらいに。
覚悟を決めてトーストを握る。
そして……。
「いただきます」
思い切って口の中に突っ込んだ。
「いただきます」
と隣と正面で栞と名雪もそれに続く。
って、観察してる場合じゃない。
ジャムが舌に当たる前にコーヒーだ。
さあ、黒き泥流よ、全てを胃袋の底まで押し流してくれ!
噛み千切ったパンがでかいとか、コーヒーが熱いとか色々文句はあるが背に腹は変えられない。
思い切ってごくんと飲み込んだ。
「ふぅ……」
ダメージ大幅減に成功。
しかし、これはこれできついぞ。
喉に何か詰まってるような嫌な気分が……。
「ううっ……」
正面を見ると、名雪もしかめ面になりそうなのを必死に堪えてるところだった。
少なくともこれは『食事』って言葉に分類される行為じゃない。
だが――!
それでもダメージ大幅減なのだ。
全く知らずに食った栞は、こんなもんで済むはずがない――!
「……ふむ」
「どうですか、栞ちゃん」
げぇぇぇぇっ!? もくもくと食べてるーーーっ!?
ありえん。あのジャムだぞ!?
美味そうに食ってるとはとても言えないが、それでも平然とした顔で食ってるし!
「精液っぽい味ですね」
しかもいきなり喧嘩売ったーーーっ!?
よりによって、料理の感想に『精液っぽい』なんて言うか普通!?
やばい、やばいよ、やばすぎるよ。秋子さんキレるぞ。
……って。
「飲んだことあるのか? 処女のくせに」
「知りませんけど? 処女ですから」
待てやコラ。
しかも、にこーじゃねえ。にこーじゃ。
「まあまあ、ここは体験者に訊いてみましょう」
「体験者って誰だ?」
「秋子さん、このジャムの味……」
「待て! それ以上言うなぁっ!」
火に油を注ぐな。
どこの世界に自慢のジャムを『精液っぽい味』なんて言われて喜ぶ奴がいる?
「そうですね……あの人の味はこんなのだったかしら」
「思い出の味ですね」
「ええ。目を閉じれば今もそこに思い浮かびます」
「じゃあ、おかわりをお願いします」
「ふふ、嬉しいわ。このジャムをそんなに気に入ってくれて」
って、何ですんなり話続けてるんですか秋子さん!?
しかも今、『あの人の味』とか言いましたよね?
って、ことはこのジャムって名雪の父親の……。
ちらりと正面の名雪に目を向ける。
「って、名雪ーーーっ!?」
名雪は天を仰いだまま、まっ白に燃え尽きていた。
かすかに動いている唇からは『せーえき』『おとーさん』と反復してるように見える。
本当のところはよく分からないが、もう名雪がこのジャムを口にすることは一生あるまい。
『水瀬家の洗礼』は栞にではなく、名雪の心に深いトラウマを刻み込んでしまったようだ。
「何でお前は精液っぽいジャムを平気な顔して食べられたワケ?」
「昔からお薬たくさん飲んでて、苦いのには慣れっこですから。辛いの以外は何でもいけますよー」
なるほど、と思った通学路での会話。
そういや、栞は栞で苦労してるんだよな。
……で、結局あのジャムって何なんだ?
「知りたいですか?」
「分かるのか?」
「だいたいそうじゃないかなあ、って予想はついたんですけど」
「せーえき……おとーさん……」
隣にはいまだに魂抜けたまんまの名雪。
徹夜明けの頭はそろそろ意識があるのかも怪しい。幻覚見てるんじゃないだろうか。
多分今頃頭の中では……。
名雪は幻を見ていた。
父の大きな腕に抱かれ、精液を飲み続ける夢を――。
なんて光景が繰り広げられて……繰り広げられてたら哀れすぎる。
既に手遅れかもしれないが、そんなことがないように祈っといてやろう。南無南無。
「まあまあ、名雪さん。女の子なら精液なんてそのうちぐびぐび飲むことになるものなんですから、そんなに落ち込まなくても」
「慰めになってないぞ。ていうか、お前ってそういうキャラだったか?」
「何がですか?」
にこー。
「いや、いい。そんな奴だった気もしてきた」
そうだ。こいつはそんな罪のない笑顔を浮かべながら、さらりととんでもないこと言ってのける奴だった。
……って、ジャムのこと聞きそびれた。
もういいや、精液ジャムで。
また食べたいなんて思わないし。
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【後書】
タイトルは前回とペアでネタでした。
元は『ゲルショッカー出現! 仮面ライダー最後の日!』と『仮面ライダーは二度死ぬ!』なってます。
で、結局栞はあのジャムについて何を言おうとしたのかですが、『薬膳っぽい』というのが裏設定。
何をどう配合してるのかは謎のままですが、名雪の猫アレルギーを治すための『完全万能薬』(平仮名羽身さんステキです)を目指しているのかもしれません。
本当に精液っぽい味なのか、秋子×栞のジョーク応酬なのかは、栞が精液グビ生した時に分かるでしょう。
とりあえず、原作といい祐一のせいで貧乏クジばっかり引かされる名雪をなでなでしてあげたい今日この頃。
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