「それでは、私は自分の教室に行きますね。お兄ちゃん」
「ああ。またな」
 お兄ちゃん、を強調して栞は昇降口を去っていった。
 うわ、なんか周りの視線浴びまくり。
 羨望の視線というか、憧れの視線というか……。
 仲のいい兄妹の一幕って和むものなのね。
 俺が観衆の立場だったら同じ想いで今の光景見てるだろうし。
 はぁー、いいねえあんな妹がいるって。
 幾つかの不審の眼差しさえ気にしなきゃ、だけど。
 たぶん栞か俺を知ってる奴らが、関係を図りかねてるんだろう。

「何アレ? あの二人って彼氏彼女だったでしょ?」
「きっとアレよ。プレイってやつ。兄妹プレイ」
「ああ。あの男、むっつりスケベっぽいもんね」
「健気な美坂さん……」

 ……聞こえないフリ聞こえないフリ。
 栞のクラスの女子だな、あいつら。
 好き放題言いやがって。これだから女子高生ってやつは。
 誰がむっつりだ、チクショー。
「うにゅ……」
「とりあえず君は起きよう。教室着いたら存分に寝ていいから」
「はぁい……ご主人様……にゃー……」
 駄目だこりゃ。名雪のやつ完全に落ちてる。
 精液地獄の次は、猫になった夢でも見てるんだろうか?
 仕方ない、引っ張ってこ。
 かくんと今にも落ちそうな首の後ろを掴んで、牽引。
「にゃあ……」
 ……このカッコ、ほんとに猫だな。

「ねえ、今度は何のプレイ?」
「あれはそうねえ、ネコミミメイドとご主人様じゃないかしら」
「むっつりでオタク。やだねー」

 ぷちっ!
「どっか行けお前ら! 見せ物じゃないぞ!」
「きゃあっ、むっつりがキレたわ!」
「逃げるのよっ」
 だだだっと脱兎のごとく逃げ出す一年生達。
 まったく、これだから最近の若者って奴らは……。
 ゴシップ集め以外にやることないんかい。暇人め。

 以上、今年受験生相沢祐一の愚痴。
 はあ、数ヶ月前の気楽さが恋しい……。






いもーと?

4.カオリー流どたまかなづち殺法大地斬






 ぐったりにゃんこな名雪を席に預けて、額の汗を拭う。
 ふう、さすがに四階まで連れてくるのは骨だったぞ。
 三年生になってとても嬉しかったこと。教室が一つ上の階に上がって、景色が大変よろしい。
 ……なワケない。毎朝の登校がだるくなっただけだ。
「おう、相沢。珍しく早いじゃないか」
「お前もな、北川」
「日直だからな」
「ほー、お前が日直を任されるようになったか。大した出世じゃないか」
「不真面目なお前とは出来が違うのだよ、相沢」
「はっはっは、クラスの奴隷として牛馬の如く働くんだな。見事責任を果たした暁には、千日日直を任せてやろう」
「そいつは夢のある話だ」
「どうだ、日直が楽しくなってきただろう!?」
 拳をぐっと突き出し、楽しさをアピール。
 対する北川はサムズアップ。
 そう、日直はこんなにも楽しい仕事だっ。

「……なるわけないだろ」
「……そうだな」

 ノリで誤魔化せるほど日直の業務は軽くなかった。
 今日一日の辛抱と思ってガンバレ、北川。
「ところで、水瀬はどうしたんだ? 珍しく早く来たと思ったら、いきなりご臨終か?」
「ああ……。環境の変化にショック受けて、昨日寝てないんだ。そっとしておいてやってくれ」
「水瀬が徹夜だって? マジか!?」
「と、本人は言っていたし、朝の様子見る限りでは本当っぽい」
「一体、何があったというんだ?」
「……まあ、今日のところはそっとしておいてやってくれ」
「あ、ああ。そこまで言うならそっとしておく」
 名雪は体を机に預けて、差し込む朝日の中気持ちよさそうに眠りこけていた。
 やっと安息を得たといわんばかりの安らかな寝顔。
 これを無理矢理叩き起こすってのは残酷だな。
 いい夢見ろよ、名雪。帰宅前には起こしてやるから。


「で、まだ姿が見えないようだが、相方の日直は誰だ?」
「美坂だ」
「……香里か」
 日直だというのに北川が心なしか嬉しそうだと思ったら、やはりそういうことか。
 何だかんだで付き合い長いみたいだし、結構脈ありとみんな思ってるようだけど本当はどうなのかねえ。
 俺も結構イケてると思う。
 ま、いいや。さっきのギャルと同類になりたくないし、黙ってよ。
 ……って!

「香里だと!?」
「うおっ!?」

 香里。美坂香里。その名が意味するところは、まさしく美坂栞の姉。
 や、やばい。名雪のあんまりな姿につい忘れていた。
 今のあいつは、いったいどんな状況にあるんだ?
「おい、相沢どうした? いきなり叫んだり、顔真っ青にしたり……」
「北川。俺はこの場を離れる」
「は? 何を言ってるんだ?」
「屋上前に避難してるから、香里が来たらその様子を知らせるように。じゃ、そういうことで」
「おい、待てっ!」
 そそくさと逃げ出そうとした俺の肩を、北川ががしりと掴む。
 は、離せコノヤロウ。空気の読めないヤツめ……って、事情知らんのかこいつは。
 どっちにしてもここはヤバい。
 気丈に見えて香里はかなり脆い。だが、それだけに危険なヤツだ。
 香里の出方を探るまでは、直接顔を合わせるのは避けたいんだよ。

「……見つけたわ。相沢祐一」
「お、美坂」

 き、来た……。
 ヤバイ。今の声聞いたか?
 なんてどんより曇った声なんだ。
 明らかに機嫌は最悪。
 顔を合わせてさらに悪寒。なんて面してるんだ。
 まるで鬼か修羅。殺気が肉眼でも見えるようだ。
「おい、どうしたんだ美坂。そんな物騒な顔して」
 事情を知らずとも、北川もさすがにこの異様な気配に気付いたようだ。
 だが、香里は北川には目もくれず、ずんずんと俺の方に向かってくる。

「死ねっ!」
「ひょえっ!」

 とっさに両腕で上段ガード。
 左腕に痺れるような痛みが走る。
 あ、朝の挨拶がハイキックだなんてハードだな……なんて言ってる場合じゃないっ!
 今の、止めてなかったら結構ヤバかったぞ。
「お、おい香里、落ち着け!」
「問答無用っ!」
「うひゃっ!」
 今度は左のハイ。ガードしてるというのに、体がぐらついた。
 な、なんつー威力だ。素人の蹴りじゃないぞこれ。
「落ち着け、パンツ見えてるぞ」
「死んで忘れなさい!」
 え、ちょっと……。あの、何そのエビぞり体勢。
 マジ? マジでそんな攻撃するのか?
「この恥知らず!」
「ぐえっ!」
 頭をハンマーに見立てて叩きつける、すなわち頭突きが飛んできた。
 慌てて正面で腕を十字に交差させるも、あまりの突撃力に体がぶっとばされ、尻もちをつく。
 普通平手打ちだろ! 左右のハイキックに頭突きのコンボなんて女の攻撃じゃない!
 ていうか、学年一位の頭を惜しげもなく凶器に使うな!
「おい、美坂。何があったか知らないが、落ち着けって」
「部外者が口を出さないで!」
「ぐはっ!」
 後ろから羽交い絞めで止めようとした北川だったが、気配を察知した香里のターンキック一閃であえなく轟沈。
 ……鬼だ。こんな人間凶器な女初めて見た。
 って、のんびり観察してる場合じゃない。
 このままじゃマジで問答無用に絶殺される。
「ま、待て香里。これはどういうことだ。身に覚えがない!」
 尻もちで後ずさりながら、右手を突き出して命乞いポーズ。
 情けない。ああ、なんて情けない。
 でも、怒りに燃える目で上から見下ろしてる香里が怖いんだから仕方ない。
「身に覚えがないですって? 妹欲しさに人様の妹を奪う異常者が何を言うの!? このドくされ外道が!」
「い、いや、奪ったんじゃなくてあれは栞が勝手に……ていうか主犯は俺じゃない……」
「やかましいっ!」
「うおっ!?」
 今のはマジでぞっとした。
 とっさに体ひねって立ち上がってなかったら、由々しき事態になっていた。
 こいつ、何の躊躇いもなく俺の股間踏み抜こうとしやがった。
「あたしは馬鹿な姉よ。だけど、また姉妹でやり直せるって信じてたのに……あの子を拒絶した罪を償おうって思っていたのに……」
 涙を流しながら、肩を震わせる香里。
 そのきつく握られた拳に怒りと狂気が集まり始める。

「あなたはあたしの償いの機会を奪った。その罪は重い! 重いわよ、相沢祐一!」

 冗談じゃない。
 全力で殴りかかってくる香里を、体を開いてひょいっとかわす。
 立ち位置がくるりと逆転。
 勢い余って前のめりに倒れそうになった香里が、憎々しげにこちらを振り返った。
「かつて美坂姉妹は一つだった。引き裂かれた姉妹を一つにする。そのためには絶対的な何かが必要なのよ。姉妹をまとめるに足る、絶対的な何かが!」
「何か、ってなんだよ!?」
「相沢祐一っていう生贄よ! これで姉妹は救われる。スクワレルノダ!」
「目がイっちゃってるよこの人!」
 再び襲い来る拳をひょいっとかわす。
 当たったら笑い事じゃ済まないぞこれ。
 くそったれ。このままむざむざやられてたまるか。
「やっと構えたわね。いいわ。どっちが妹を持つに相応しいか、決着をつけようじゃないの」
「望むところだ。来いっ!」
 これ以上駄々っ子に付き合ってられるか。
 こっちにゃ柔道経験があるんだ。
 一発投げて大人しくさせてやる。
 ……しかし、何このバトル漫画な展開?
 って、余計なこと考えてる場合じゃないだろ俺。
 少なくとも香里はやる気満々だ。


 お互いに拳を構え、ぎりぎりと円を描きながら隙をうかがう。
 観衆が群がり始めて、あたりがざわざわとやかましい。
 香里の背後で北川が心配そうにこっちを見ている。安心しろ、何とかする。
 右で女子達がおっかなびっくり観察している。あんまり激しい反撃加えたら俺悪者だな……。
 左に目をやると、栞がわくわくと期待に目を輝かせながら俺達を見守っている。
 ……って、栞? 何故ここにいる!?
 俺の視線に気付いたのか、香里もそっちを見る。
 闘技場の男女と、観客席の少女の目が合った。
 少女はにこーと微笑むと――

「さあ、戦って下さいお兄ちゃん、お姉ちゃん。勝った方は私が全身全霊をもって愛してあげます!」

 ――と両手を広げて高らかに宣言。
 待てやこら。
 あぶねー。
 危うく香里と不毛な死闘を演じてしまうところだった。
『私をかけて闘うふたり。素敵ですー』
 なんて妄想でご機嫌なんだろうが、そうはいくか。
 びしっ、と栞を指さして怒鳴りつける。

「煽るなそこっ!」

 まったく、とんだ茶番だ。
 やれやれ……。
「あのー、お兄ちゃん」
「何だよ?」
 もう俺は降りるぞ。こんな馬鹿なことやってられるか。
 って、誰だ? 人の腕掴むなよ……。

「げっ!?」

 振り返ると香里。
 それも、闘志いまだ衰えずな香里。
「ちょっと、タンマ! この戦いは無意味だ香里!」
「やってやろうじゃないの! 待ってなさい栞、あなたから悪魔を追い出してあげるわ!」
「待て、悪魔ってなんだ!?」
「消えなさい悪霊! 天誅!」
 聞く耳持たずかよ!?
 あ、天地が逆さまに……。

 背負い投げ。
 投げっぱなしジャーマン。
 巴投げ。
 ジャイアントスイング。

 香里式空の旅フルコースをくらい、俺は鳥になった。
 観衆が香里を取り押さえてなかったら、今頃エンジェル・ハイロゥ(天使の輪)を頭上に抱いた存在になっていたことだろう。つまるところ昇天。
 助けてもらっておいてなんだが、もっと早く止めろ野次馬連中。
 ああ……やっててよかった、ジュードー。
 役に立ったのは受身だけだけど。


 まあ、それはともかく……。
「先生、香里どうにかしてください。俺殺されます」
「うーむ。美坂の気持ちも分からんでもないが、公開殺人を認めるわけにもいかんしなあ。しばらく別のクラスに隔離するか」
「マジで頼みますよ」
 担任の石橋に交渉して、落ち着くまで香里を隔離してもらうことにした。
 はぁ、やれやれ。
「うにゅ……何かあったの、祐一?」
「知らない方が幸せだ。寝とけ名雪」





 その日の深夜。水瀬家のダイニングにて――。
「そうですか。香里ちゃんが……」
「まさか、祐一さんがクラスから追い出しちゃうとは思いませんでした。作戦的には成功なんですけど、想定外です」
「栞ちゃん。お姉さんの取り乱す姿に何か思いませんでしたか?」
「そうですね。私を大事にしたいって気持ちは痛いほど分かりました。でも……」
「でも?」
「これくらいで丁度いいんです。お姉ちゃんは祐一さんと反目しておいてもらわないと困ります」
「そうね。姉妹の好みは似るものですもんね」
「はい。だいたい、お姉ちゃんったら私の知らない所で祐一さんに体預けて泣いたっていうんですよ。知ったときには冷や汗流れました」
「ふふっ、昔を思い出すわね」
「秋子さん……?」
「わたしも姉さんと同じ人を取り合ったのよ。結局、ちょっと遠慮した隙に姉さんに負けちゃったんですけどね」
「えと、その取り合った人って……」
「そう。祐一さんのお父さんですよ」
「そうだったんですか」
「出会いは一つだけじゃないけど、その時は一晩中泣いたわ。真剣に恋してたんですもの。だから、同じ恋する妹として栞ちゃんを応援してますよ」
「任せて下さい。姉妹といえども、恋愛闘争に情けは禁物なのです。秋子さんの話で確信しました」
「それはそうと、美坂さんのお家に少し帰ってあげたらどうですか? 香里ちゃん、かわいそうですよ」
「えーっと……やっぱり遠慮しときます。同情とか贖罪で姉妹だなんて嫌ですもん。今の私には、あの家は居辛いです」
「そう、そうだったわね」
「でも、一番はやっぱり祐一さんの傍にいたいからですけどー」
「ふふっ、いいわねえ青春って。わたしも新しい恋探してみたくなっちゃうわ」
 ……親しげに何の会話してるんだろうか、あの二人。
 と、たまたまトイレに降りてきて、ダイニングのドア越しに立ち聞きしてしまった俺だった。


 しかし、同情と贖罪か……。
 俺はどうなんだろう?
 あいつを想う気持ち、想っていた日々は同情じゃないって言い切れるだろうか?
 胸にちくりと痛みを感じた夜だった。



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【後書】
 前話で言ってませんでしたけど、一応全年齢版を元にしてるのでシオリーは処女です(何)
 ZOEのノウマンに続いてカテジナさんまでこなしたシオリーはどこまで行くんでしょう?

 ところで、本当のアバン流どたまかなづち殺法なら『地』の技はなんて言うんだろ?(注:どたまかなづち殺法はありません)


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