闇の中を、光が舞う。
それを、汐は見た。
深夜の町の中を、たくさんの光が踊るのを。
「綺麗……」
両親が、町が寝静まる中。汐は一人、窓の外を眺めていた。
幻想的な光景を、ただ吸い込まれるように、じっと。
「あ……」
そして、汐は見た。一際大きな光が、町にゆっくりと降り落つのを。
ルミノ・ファンタズム
第一話 光降る町
季節は春。
沈みかけた日が世界を赤く染める夕方、とあるパン屋の前に一人の少女が立っていた。
少女の名前は岡崎汐。元気な小学校3年生だ。
母親譲りの栗色の髪は両端を小さくリボンで結んであり、くりくりとした大きな瞳は今は一点を見つめている。
そしてその視線の前にあるパン屋は、彼女の祖父母が経営する古河ベーカリー。
商品の陳列棚の一角が死の世界へ直行していることと、店の主人が店先でタバコを堂々と吸ってること以外、何のへんてつもないパン屋である。
「アッキー、いないみたい」
店前から中を覗く。アッキーとは古河ベーカリーの主人であり、汐の祖父である秋生のニックネームだ。
とはいえ、今現在その名を使用しているのは汐だけであるが(しかも小さいころ本人による刷り込みで)、汐はあまり気にしていない。
余談ではあるが、臨死体験ができると評判のパンには正式名称があるにも関わらず、祖母の早苗の名が冠されている。
そして、その通称早苗パン(日替わり)は今日も一つも売れてないだろうに、置かれてあるはずの場所は既にもぬけの殻と化していた。
商品の名と値段を示すカードには、「丸ごとメロンパン」と書かれている。
察するに、当然普通のメロンパンではなく、皮ごと生地に混ぜ込み、等身大メロンを再現したようなものだろう。
秋生がいないことを考えると、愛妻家の秋生が妻を悲しませないよう何かしらの手段で本日の早苗パンを処理をしに出かけているのだろう。
どうやら早苗もいないようだった。こちらもまた、いつものようにパンをまずいと言われ、泣きながら逃げ出したのだろう。
「むー」
実に困った。精神が子供から抜け出ていない祖父兼パン屋の主人が不在であるのは珍しいことでもないのだが、今日は急ぎ聞きたいことがある。
その内容は無論、昨夜の光のこと。なぜなら、以前汐は、秋生から似たような話を聞いたことがあるからだ。
汐の母である渚が幼いころ体調を崩した時に一度、二回目は汐が産まれる時、両方とも渚を助けるように降り注いだという。
数年前に一度聞いたきりの話ではあったが、異様に印象に残っているのでよく覚えている。
その詳しい話を聞きに、今日は古河家に一人で来ていたのだった。
ということで、家主が二人ともいないので、待ちぼうけとなってしまっている汐である。
いくら祖父母の家とはいえ無断に入るのはためらわれるし、家に帰る時間があまり遅くなるのも避けたいところだ。
「……あれ?」
ふと、何か、視界の端に写った気がした。しばしきょろきょろと周りを見回してみる。と、
「わっ!」
何かが突如、目の前に現れた。
思わず跳び退る汐の前に飛び出てきたのは、汐の手のひら程度の大きさの、青色の光だった。
そして、光は、汐にこう呼びかけた。
「――私の名はミンク。あなたの、力を貸してくれますか?」
「おう、誰かと思えば汐じゃねーか。よく来たな……ってうわなんだこりゃっ!」
思わぬ事態に汐が呆然としていると、いつの間にか秋生が帰ってきたようだった。
いつも通り、私服の上にエプロンをかけ、タバコをくわえたままの姿で片足を一歩引いている。
「あの……私が、見えるんですか?」
かけられた声にはっとした汐の横から、光がそっと、秋生に向かって前に出た。
「あん? どういうことだ?」
「そうですか……状況は思ったより深刻なことになっているようですね……」
眉をひそめて光をじっと見詰める秋生。そして、おもむろにミンクと名乗る光の玉をわしづかみにした。
「な、何をするんですかいきなりっ」
ように見えたが、光は秋生の手をすり抜けていた。
「……ちっ、おとなしくつかまれっ!」
逃げ回るミンクを捕まえるべく、秋生は両手を振り回して追いかける。
「な、何を言ってるんですか! 素手じゃ絶対つかまえられません……って、ちょっ、変なところ触らないでくださいぃぃぃ――!」
「うおっ!」
ミンクの前に魔法陣が出現したと同時、バケツ一杯分ほどの水が秋生の頭上に落ちた。
水浸しになった秋生がぽかんと、動きを止めた。
「な、何だ……? 今の」
「……アッキーびしょびしょ」
「へ、へーっくちっ!」
大きなくしゃみを一つするのを見て、ミンクは汐の背後に逃げ込み、安堵したように動きを止めた。
「ふー……」
「えっと、大丈夫? 二人とも」
「ええ」
「ああ、俺もだ。くそ、完全に不意をつかれたから思いっきりかぶっちまった。あー、着替えてくる」
水をかぶって駄目になったタバコを口からはなし、頭をかきながら踵を返して店の中に入ろうとする。が、ふと振り向くと、
「汐、その変な光みてーなのと一緒に家入ってな。今は早苗がいないから何も出せねぇが、ゆっくりしててくれ」
「あ……うん」
「えっと、いいんですか? お邪魔して」
「かまやしねえよ。その代わり、聞かせてくれるよな。お前の事情」
「……はい、もちろんです」
「うっし、じゃあちょっと待っててくれ」
それだけ言うとまた正面を向き、もう一つ大きなくしゃみをして、秋生は店の中へと入っていった。
そして時間が過ぎ、ここは古河家の居間。
汐と着替えてきた秋生の前にミンクが浮かび、説明を行っていた。
一通り終えた後、今一理解し切れなかった汐の隣で秋生がふむ、と一息つく。
「つまりは、こういうことか? 今この世界は危機に瀕していて、それを防ぐためにお前は異世界からやってきた、と」
「ええ、若干端折りすぎとは思いますが、単純に言えばそういうことです」
「細かい説明をしていてはきりがないのですが、要するに、今この世界に私たちの世界から力が過剰に漏れ出していて、それを放っておくととんでもないことになってしまうんです」
なるほどー、と汐が頷き、疑問を口にする。
「とんでもないことって、どんなこと?」
「今のところは、どうなるかはっきりとわかりません。何せ私も初めてのことですから」
うーん、と汐と秋生が唸る。
「んで、お前は俺たちに……ていうか、汐にか。何をして欲しいんだ? ミンク」
(そういえば、最初力を貸して欲しい、とか言われたんだっけ)
汐はつい先ほどあったばかりのことを、いまさらながら思いだした。
「はい。漏れた力を集める手伝いをしていただきたいんです。いくつかの大きな塊となって存在していると思うので、それを回収すれば、きっと危機は去ります」
「私なんかでよければもちろん手伝うけど、本当に私でいいの?」
「ええ、汐から、強い魔力を感じますから」
「ふーん…」
魔力といわれても今一ぴんとこない。言葉や意味は理解できるが、今まで感じたこともないものを言われても実感が沸かないのである。
ちなみに、秋生が着替えている間に汐とミンクは仲良くなり、互いの名を呼び捨てるようにしていた。
こういう順応が早いのは汐の、ひいては古河家を血を継ぐものの長所である。
真剣な口調で話すミンクに、汐は一瞬考え込む。
嘘はついていない、と思う。何より先ほど魔法を見せられたばかりだ。
とはいえ、こう頼られても自分に何とかできるようにも思えない。何せ、頼りにされている魔力自体の自覚がまったくないのだ。だが……。
「よくわからないけど、何とかしないとパパもママも、アッキーも早苗さんも危ないんだよね。それに、他の皆も」
「ええ、恐らくは……」
「なら断る理由はないよ。私にできることなら何でも言って」
汐が笑顔とともに答えると、ミンクは光の点滅で喜びを表した。
「ありがとうございます! それで早速お聞きしたいのですが……。どこか力がいそうなところに心当たりとかありますか?」
「そう、言われてもなぁ……」
そんな、まったく未知のものがどこにいるのかと突然聞かれても、わかるはずもない。
「この世界において力は、私のように光として存在します。昨夜、たくさんの光がこの町に降り注いだのを汐は見ましたよね。あれが集まって大きくなったようなものですが……」
その言葉に、秋生がはっと目を見開いた。
「……今、お前、光って言ったか?」
「え、ええ……それが何か?」
ミンクの返答を聞くと、秋生は目を閉じ、腕を組んだ。
そしてしばらく考え込んで、言った。
「……あるぜ」
「えっ!?」
秋生の静かな声に、ミンクが驚きの声を上げる。
「一箇所だけな、心当たりがある……」
Bパートへ続く
幕間
「――私の名はミンク。あなたの、力を貸してくれますか?」
汐は思わぬ事態にしばし呆然としていたが、ふと我を取り戻し、叫んだ。
「しゃ、しゃべるヒトダマ!?」
「あっ、違います。そんな怪しくて邪悪なものでは」
「……もの凄く怪しい」
じーっと不審気に目の前に浮かぶ青色の光を見つめた後……。
「天誅っ!」
「えええっ!? ちょっと、話を聞いてください!」
汐は傍に置いてあったバットを問答無用で振り下ろした。
ちなみに、そこにバットが置いてあったということを疑問に思う必要はない。なぜならそこは古河ベーカリーの店前だからだ。
結局、三回スイングしても当たらないのを見ると、汐は若干悔しげに引き上げていく。
「あっ、あっ、ちょっと、どこ行くんですかーっ!?」
「空振り三振……岡崎汐、無念の凡退……ついでにスリーアウトでゲームセット……負け越し……」
「な、何を言ってるんですか? もしもーし」
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