そして、一同は病院に到着した。
 正しくは、病院の敷地内にある庭の、大きな木の下に……。
 秋生は空を敷き詰める葉を見上げ、どこか遠くを見つめていた。
「俺の心当たりっつったら、ここしかねーな。昔、渚……汐の母親だな。そいつが風邪でぶったおれてたとき、俺が無我無心で連れてきた場所だ。そんとき、光が舞い降りてきてな。そしたら渚の具合が急に良くなっていったんだ」
 独り言のようにそう言うと、感慨深く呟いた。
「病院が建つことになって、切られてるかと思ったが、残ってたんだな……」
 汐はそんな祖父の姿を見つめながら、自分もまた思いをはせていた。ここが、かつて自分の母が命を救われた場所なのだと。
 しばらく無言のまま時が過ぎ、そして汐はミンクにたずねた。
「どう、ミンク?」
「はい……どうやら正解のようです。気配を感じます」
 ミンクの言葉に秋生も下を向き、声を上げた。
「うっし、ならとっとと捕まえようぜ。どこにいるんだ?」
「それは……」
「……あ」
 一声あげ、汐が手を伸ばす。秋生がゆっくりと指の先に視線を乗せていくと、そこには果たして、緑色の光の玉が宙に浮いていた。
「あれか?」
「はい」
「ただのお前の緑色版の気がしてならないんだが……」
「逆に言えば、それが異世界の力である証拠でもあります」
「なるほどねえ……」
 今のところ、緑の光は特に何かをする様子は見られない。
 一定のリズムで光の点滅を繰り返し、ただ宙に漂っている。
「さあ、汐さん。今こそあなたの力を借りるときです」
「え? でも、どうすれば……」
 突如呼びかけられ、うろたえる汐。
「先ほどの説明でも言ったとおり、この世界で私たちは光という形でしか存在できません。そして、そのままでは実際の力の半分も出せません。そこで、異世界に対応できるよう体を作る必要があります」
「んで、具体的にはどうするんだ?」
 ミンクの言葉をうまく飲み込めずに戸惑っていると、秋生が隣からフォローを入れてくれる。改めて、汐は頼れる祖父の姿に安堵を覚えた。
 そして、ミンクは汐の正面に移動し、言った。
「私を式として使役させてください」



「式?」
 またも聞きなれない言葉に汐は首をかしげる。
「はい。体を作るには、何かしらこちらの世界のものを媒介にしなくてはなりません。この世界の何かと契約する必要があるんです。そして、その相手は魔力が強ければ強いほどいい」
「そんなこと、急に言われても……どうすれば……?」
 ミンクがおもむろに頭を垂れる。
 実際にはミンクはただの光の玉なので頭を下げることなどありえないのだが、なぜか、汐にはそう感じ取れた。
「我、水の精ミンクは、ここに魔法士、岡崎汐と契約することを宣言する」
「え? え?」
「許す、と申し付けください」
「え……えっと……」
 いきなりの事にうろたえるだけの汐に、ミンクは今一度、強く言った。
「どうか、許す、と」
「えっと……許す」
 汐が言葉を発した直後、光の玉が一層輝きを増した。
 驚く二人の前で光はゆっくりとその大きさを肥大させていき、やがて人の形をとる。そして、一際強い光を発した。
 あまりの眩しさに汐と秋生は目を瞑る。
 やがて光が収まり、二人が目を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
 年は16歳ほどだろうか、流れるような水色の髪の毛はところどころに水玉のような泡が付与しており、身に纏う衣服もまた青を基調としたローブだ。
 いかにも現実離れした、幻想的な姿に目を奪われる。
 少女が瞑っていた目をゆっくりと開き、言った。
「契約を完了しました。魔法士、岡崎汐。水の精ミンクは、貴女をマスターとして認証します。指示を!」



 そして数分後。
 いささか周囲の水気が増した庭でミンクは申し訳なさ気にうなだれていた。
「……お力になれず、申し訳ありません」
「ったく、大仰な口ぶりだった割に情けない奴だな」
「うぅ、まだこの世界に順応しきってないのです。それに、思ったよりこの世界へ来るのに魔力を消費していたようで……」
 ミンクが若干拗ねた調子で言う。
 精一杯の奮戦の結果、ただの水を打ち出し、光をたじろかせる程度しかできなかった。
 秋生が頭をかき、ミンクが依然うなだれ、汐が考え込む。
「じゃあ、どうすれば良いのかな」
「しゃーねぇ、いっちょ俺がふん捕まえてやる。汐! アッキーのかっこいいとこ見てな!」
 息をまいて腕をまくる秋生に、ミンクが首を振る。
「秋生さんでは無理です。あれは異世界の力そのものですから、魔力ダメージでないと……通常の物理的な攻撃は一切通じません」
 先ほどの私のように、と付け加えた。
「ちっ、ここまで来て役立たずか」
 悔しげに悪態をつく。そんな秋生を見た後、汐はたずねた。
「……でも、私も魔法なんて使えないよ? このままじゃ捕まえられないんじゃ」
「いえ、一つだけ手があります」
「どんな?」
「杖を作るのです。汐の、魔法の杖を」
「魔法の、杖?」
「はい。魔法の杖は、それ自体に使用者の魔力を吸い取る効果があるので、自然と攻撃に魔力ダメージが付加されます。それを使えば」
「んで、杖を作るにはどうすればいいんだ?」
「杖は使用者の心の中から呼び出します。だから、私が魔法でサポートすれば、すぐにできるはずです」
 そういって、ミンクが汐を見る。決意を迫られている目だ。
 汐はしっかりと見返し、強く頷いた。
「……うん。やってみる」


 一旦光のいる場所から離れ、人に見られぬよう木々の中に移動した。
 そして今、汐の足元に魔法陣が広がり、まさに杖の生成準備が整っていた。
 正面で両手を重ね、手を突き出したままの状態でミンクが叫ぶ。
「何でもいい、あなたの、一番強く想えるものを思って!」
「わたしが、一番強く想えるもの……」
「そう、その思いだけを感じて、形にするようイメージして!」
 汐は目を閉じ、自分の心に問いかける。
 自分が一番大切なものは何か? それは、一つしかない。そして、それを具体的にイメージするべきものも、一つしか思いつかない。
 それに気付くと、自然と頭の中で杖のイメージが具現化されていく。
 杖を掴むため、汐は手を宙に伸ばす。
「出てきて……わたしの杖!」
 瞬間、ミンクが、そして汐の手が輝き出した。
 汐の手にある光は徐々に強さを増し、ミンクが実体を持ったときのように、段々と杖の形を模していく。
 一際強い光が周囲を満たした後、汐の手には一振りの杖が握られていた。
 てっぺんに丸い、透明な宝玉がついた、シンプルなデザインの杖。微かに光を放っている宝玉には、デフォルメされた顔のようなデザインが刻み込まれていた。
 汐は軽く振り回し、杖を正面に向け、じっと見つめる。
「あなたの名前は、そう、大事な人たちを思い、守る力――ファミリーロッド!」
 主の言葉に呼応するように、宝玉の光が明滅する。それを見て、汐は満足げに微笑んだ。
「うん。よろしくね、ファミリーロッド」
 足元の魔法陣が消え、一部始終を見届けた秋生がゆっくり近づく。
「頭にひっついてるのは、だんご大家族か?」
「うん」
「……そうか」
 笑顔のまま頷く汐に、ニカッと笑い、秋生が背中をポンと叩く。
「よし行って来い!」
「おー!」


 かくて舞台は大きな木の下に戻る。
 汐たちが帰ってきたことに気付くと、光はふよふよと浮かんでいるのをやめ、その位置を固定する。人で言うところの身構える、というやつだろうか。
 先ほどのミンクの捕縛劇(失敗)のせいでそれなりに警戒しているようだ。
 光から十メートルほど離れた位置で、汐とミンクが、その少し後ろで秋生が見守っている。
 汐が杖を両手で持ち、構えると、ミンクが右手を突き出して。
「私の魔法で動きを抑えます。隙ができたら攻撃を!」
「うん!」
 ミンクが足元に魔法陣を展開し、詠唱を始める。
 その唇が紡ぐのは汐の耳では聞き取れない……いや、この世界の人間では聞き取ることができない言語。魔法陣が詠唱に呼応するように動きを早め、ほどなく臨界に達する。
 瞬間、魔法陣の各所から水柱が飛び出し、標的である光の周囲へとその力を向けた。
 周囲に水のはじける音が響き、その中央で光は見るからにおろおろとうろたえていた。
「今です!」
 その声を引き金に、汐は自慢の足で一気に間合いを詰め、杖を思いっきり振りかぶり――
「ええーーい!」
 理想的なスイングで振りぬいた。
 結果、見事に杖に殴打された光は弱々しく点滅しながら草むらの中へとすっ飛んだ。
 後ろのほうから祖父の歓声が飛んでくる。
「うっし、ナイスバッティングだ、汐! さすが俺の孫だな!」
「ああ、自分で提案しておいてなんですが、魔法の杖をそんな風に使う人は初めてです……」
「でも……私まだ魔法使えないし」
 魔法陣を消したミンクが頭を抱え、汐がやや不満気に言う。と、ミンクが復活し、こう言った。
「いえ、そんなことはないですよ。封印の魔法を使えるはずです」
「封印の魔法?」
「はい。杖に最初から組み込まれてる魔法の一つで、光を杖の核に取り込み、自らの力とする魔法です。言ってみれば、光を捕獲する魔法ですね」
「核…って?」
「汐のファミリーロッドの場合、だんごの部分ですね。とりあえず、光が復活しないうちに封印してしまいましょう」
「うん。どうすればいい?」
「私が杖を通して手伝いますから、汐はそれに身を任せてください」
「わかった」
 頷き、光が飛んでいった方向に駆け寄る。
 幸いにも思ったより遠くには行っておらず、ほどなく光は見つかり、汐は杖の先端、宝玉を光に向けて突き出した。
 目を閉じ、杖から流れ込むイメージに従って唱える。
「魔法士、岡崎汐の名において命ず。光よ、我に従い、我の力となれ!」
 言葉とともに汐の足元に魔法陣が展開され、光がゆっくりと浮き上がる。
 次第に宝玉、だんごに吸い込まれ、一瞬だんごを緑色に輝かせ、消えていった。
「……ふう」
「お疲れ様でした。封印完了です」
「これで、私も魔法が使えるようになったの?」
「光に備わる固有の魔法が使えるようになります。この光はどうやら、跳躍の光のようですね」
「ちょうやく?」
「はい。要するに、ジャンプ力が増します。その気になれば、ビルの屋上ぐらいまでは軽く跳べるようになりますよ」
「ふーん」
 今はもう光が完全に収まってはいるが、どこか命の脈動のようなものを感じる。
 杖から伝わるその感覚に、汐は人知れず心が弾んだ。
「よくやったな、汐。かっこよかったぞ」
「アッキー」
 満面の笑顔で振り向く孫の頭を、秋生は無言で撫でた。
 女の子に対してかっこよいと言うのはいささか疑問が残るが、秋生にとっては最高の褒め言葉である。
 頭を撫でられる、心地良い感触を、汐は快く感じた。



 帰宅後。
 古河家の一室で汐、秋生、姿はそのままにサイズだけ光のときのものに戻したミンクがいた。
「んじゃあ、あまり他の奴に知られないほうがいいんだな?」
「はい。なるべく混乱させたくありませんし、心配をかけることにもなってしまいますので」
「そっか、そうだな。じゃあ悪いが、早苗や渚にも黙っておくことにするか」
「パパも?」
「ああ」
 秋生は一つ頷き、ミンクに顔を向ける。
「しかし、お前自身はどうなんだ? 食べ物とか、後どこに住む?」
「大丈夫です。汐の魔力をいただいていれば食べ物はいりませんし、姿を消すことも可能です」
「姿を消す?」
「ええ、こんな風に」
 言ったすぐ後、その言葉通りミンクの姿が消えた。試しに元いたところを手で探ってみるが、何の感触もない。
『こんなところですね』
「あれ?」
 汐が疑問の声を上げたと同時にミンクがまた出現する。
「今のは念話です。魔力を通して、声を使わずに対話することができます。ちなみに、汐とならいつでも念話が可能ですので、何かあった時はそちらでお申し付けください」
「便利なもんだなー、魔法ってのは」
 感心したように秋生が唸る。
「しかし、これで汐は魔法少女か……いいねー、可愛いぞ、汐!」
 汐はなぜ褒められてるのかよくわからなかったが、とりあえず可愛いと言って貰えるのは嬉しい。
 そんな二人の姿をほほえましく見ながら、ミンクは改めて言った。
「何はともあれ、これからよろしくお願いします。二人とも」



 翌日、これからの方針を決めるため古河家居間に集まる三人。
 汐の正面であぐらをかいてしばらく考え込んでいた秋生がふと口を開く。
「そういえば、戦闘服が必要だな」
 突然の祖父の狂言には慣れているものの、今一つ意図を理解しきれず首をかしげる汐。
 だが、思わぬところから反応が来た。
「確かに、私自身が必要としないから忘れてたけど、汐には必要でしたね。これからもっと攻撃的な光もでてくるでしょうし」
「うーん……戦闘服かぁ……」
 ミンクがそう言うのならば用意せねばなるまい。だが、あまり気乗りはしない。
 まだ汐はファッションより、機能性を重視するのだ。男子顔負けで元気に飛び回る元気っ子故に。
 昨日も今日も、そして普段から服は常に動きやすいよう、汚れても問題ない服を着ている。
「汐は、もう少しおしゃれをしても良いと思いますよ。幸い、杖と同じように魔力で作り出すので原価も材料もいりませんし」
「よっし、いっちょ俺が見繕ってやらぁ!」
「おー!」
 秋生がパンと手を打ち鳴らし、汐が右腕を上げて気合を入れる。
「……心の中で、どこか不安が渦巻いているのはなぜでしょうか……」




第二話

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