「汐、今です!」
「魔法士、岡崎汐の名において命ず。光よ、我に従い、我の力となれ!」
汐の詠唱とともに、光がだんごへと吸い込まれていく。
そして、だんごが一度、亜麻色に輝いた。
「封印完了、と」
「汐、お疲れ様。今日も穏やかな光で助かりましたね」
「うん」
小学三年生の女の子、岡崎汐。魔法少女を始めて三日目、二つ目の光をゲットした。
ルミノ・ファンタズム
第二話 魔法発動
「今回の光は……教養のようですね」
封印を終え、帰宅への道中でミニサイズになったミンクが汐の肩で告げる。
現在時刻にして深夜一時三十分、辺りは電灯が照らす光以外に何もない。
万が一人に見つかりそうになったら、人形の真似をする手はずだ。
「あんだそれ? つっかえなそーな魔法だなぁ」
学業という言葉に程遠い秋生の率直な感想。だがふと思いなおし、
「いや、待てよ? これならテストで簡単に満点を…」
「アッキー、わたし、全部満点だけど」
「あー……そういえばそうだったな」
秋生は学校の成績にはほとんど興味を示さない。汐は当然として、娘である渚の時すらも学業に関しては一切口出しをしていなかった。
逆に、運動会や学芸会では馬鹿みたいにはしゃぎ通す。
役が決まれば徹底的に練習に付き合い、本番では観客席の一番前をキープする始末だ。
最も、汐の演技力や運動能力は他の子供たちよりも明らかに抜きんでているので、秋生がそうするのも無理はないと思えなくもないが。
「それに、これは知識ではなく、教養ですので、使ってもテストの点数が上がるということはないと思いますよ」
「む……どう違うんだ?」
「教養というのは、一般的な知識、常識、品位や人格、物事に対する理解力や創造力……といったところですね」
「……悪ぃんだが、もう少しわかりやすく言ってくれ」
「えっと、つまりは人としてその地域ごとにおける常識や良しとされる人となりと、ある程度の能力を……」
「あー、もういい、わかった。何となくわかったからそれぐらいにしてくれ」
手を振って拒絶を示す。既に秋生の頭は理解を拒否していた。もし機械なら煙がぶすぶすと出ていることだろう。
「すみません。説明をうまくできなくて」
「俺は小難しい話は苦手なんだ」
「ええ、そんな感じはします……」
「結局、今の汐にとって役に立つものなのか?」
「いえ、立ちませんね」
断言された。
「なんだ、無駄足か」
「そ、そんなことないですよ。集めなきゃいけない要素に代わりないんですから」
「あー、もういい。またややこしくなってきた」
「だったら余計な質問しないで下さい!」
「ふわぁ……」
さりげなく失礼なミンクに秋生が制裁を与えようとしたところで汐があくびを一つ。
無理もない、生活習慣だけはとても正しい岡崎家、古河家の最年少児童には中々つらい時間帯である。
それを見た秋生は無言でしゃがみ、汐に背中を向ける。
汐はそれを見ると、自然にその大きな背におぶさった。暖かな祖父の背に、思わず安堵のため息がもれる。
「俺が家まで連れてってやるから、寝てていいぞ」
「……うん。ありがと、アッキー……」
秋生が立ち上がり、歩き始める。
ゆりかごのような振動に包まれ、すぐに汐は小さな寝息を立て始めた。
ちゅんちゅんと鳥が囀る声が朝の空に響く。
岡崎家の住居はとあるアパートの一室にある。両親が結婚前から同棲していた思い出のある部屋だ。
畳に敷かれた布団の上で、少女が掛け布団に包まれぐっすりと眠っている。
「んー……」
汐は薄眼を開け、むくりと上半身だけ起き上がり、時計を見る。
そして、一気に開眼した。
三本の針が示す時刻は――九時十二分。
「いけないっ」
「あ、おはようございます、汐ちゃん」
飛び上がる汐に台所からやってきた母、渚が朝の挨拶をかける。
その姿を、着替えようとパジャマに手をかけた状態のまま呆然と見つめる汐。
「今日は祝日ですから、もうちょっと寝てていいですよ」
「あ……」
母の言葉にほっとし、気が抜けて横倒れになる。とはいえ、もう眠くはない。
眠気は、驚きが一瞬にして吹き飛ばした。
(そういえば、今日は休みだったっけ。よくよく考えてみれば、寝坊した時はいつもママが起こしてくれたんだった。……あー、びっくりした)
もぞもぞと寝転がっていると、もう大分慣れた、ミンクの念話が頭に直接入ってくる。
『おはようございます、汐。昨夜はすみませんでした、眠っている最中に起こしてしまって』
『おはよう、ミンク。いいよ、気にしないで』
んー…と背伸びをし、今度はきちんと起き上がる。
ふと、自分の身を見おろす。
小さな体を包むのは、だんごの刺繍が入った、ピンク色の一般的な、でも一番のお気に入りのパジャマ。
使い古された跡はあるものの、これといった大きな汚れはついていない。
(良かった。あまりたくさん動いてないから大丈夫だとは思ってたけど、汚れてない)
昨日夜遅く、ミンクの突然の念話で叩き起こされた汐は、隣で寝てる両親を起こさぬよう、着の身着のまま靴だけ履いて飛び出してしまったのだ。
その後古河家へ立ち寄り、何故か公園で煙草を吸っていた秋生を連れ現場へ、という流れである。
とりあえずいつものように布団をたたみ、押入れにしまう。
と、玄関のドアが開く音がした。
「お、汐起きたか」
部屋に父、朋也がやってきて愛娘の頭をなでる。
「汐はえらいな。いつも布団を自分で片付けて」
父の優しい微笑みにつられ、汐もにっこりと笑う。
「さ、朝ごはんです。朋也くん、ちゃぶ台を出してください」
「おう」
そして、いつもの休日の朝が始まった。
朋也がキーを回し、エンジン音が唸る。
中古で買おうと思ったところを、秋生に止められ、安物ながら新車で購入した岡崎家の車。
その運転席には朋也、補助席に渚、そして広めの後部座席は汐が独り占めしている。
「さて、準備はいいか?」
「はい」「おー」
「じゃ、出発ー!」
かくして、岡崎家の車が発進する。
岡崎家の習慣として、日曜日は古河家へ、祝日は家族揃ってお出かけと決まっている。
たまに日曜も、祖父母とともに出かけることになるが、頻度はそう多くない。
ちなみに今日はハイキングに、近くの小山へ向かっていた。
ハイキングコースを一通り歩いた後、ふもとにある広場でバーベキューをやる予定だ。
『汐』
車の中で軽くうとうととしていると、不意にミンクから声をかけられびくっとする。
『何、どうしたの?』
『戦闘服の構成が終わりました。次から杖と一緒に呼び出せますよ』
『ありがとう、お疲れ様』
『じゃあ、思考に直接デザインを送ってみますね』
『わかった』
目を閉じ、意識を頭のどこか一点に集中すると、一着の服がおぼろげに浮かんできた。
視点を変えたり、イメージの中で着てみたりして、着心地を吟味する。
『うん、良いと思うよ。見た目よりずっと動きやすそうだし』
『ありがとうございます』
満足げに微笑むミンクが目に浮かび、汐も口元を緩めた。
『眠いから、到着するまで少し寝るね』
『わかりました。良い休息を』
目を閉じたまま横になる。
前の座席では両親が仲良く話をしているようだ。
話し声を子守唄に、心地よい眠りについた。
「着きましたよ、汐ちゃん」
まどろみの中で、体を揺さぶられる感覚と優しい母の声で目覚める。
目をこすり、むくりと体を起こす。
「おはよう、汐ちゃん」
「おはよう、ママ」
二度目になる目覚めの挨拶を母と交わし、外に出る。
大きく胸を広げ、深呼吸。綺麗な空気をいっぱいに吸い込み、意識を覚醒させる。
そよ風が頬を撫で、髪を揺らす。
「気持ちいい……」
自宅からそう遠くに離れてもいないのだが、やはり自然のあるところは空気が違う。ちなみに、自分たちが住む町もそう汚れているというわけでもない事を補足しておく。
周りを見渡すと、汐がいる駐車場の、道を隔てた向こう側が広場になっていた。
正面に大きな案内図があり、朋也が眺めている。
母が父の名を呼ぶと、すぐに気づき、車のあるここに戻ってきた。
車の鍵を閉め、手荷物を持つと、朋也はにっこり笑った。
「さて、まずはハイキングコースを回ろう。帰ったら、美味しいバーベキューが待ってるぞ」
しばし時が過ぎ、今は午後一時頃。昼飯時である。
朋也と渚が車のトランクからバーベキューセットを運び出し、広場の一角でセットを始めている。
朝方回ってきたハイキングコースは、中々充実したものだった。
深い崖を繋ぐつり橋を渡ったり、鳥の合唱に耳を傾けてみたり、ちょっと道を外れて木々の下を歩いたりと、ひとしきり自然を堪能した後、広場へと戻ってきた。
ちなみに汐は手伝おうとしたところを拒否され、一人暇になってしまったので、少し離れたところでミンクと話をしていた。
久々の家族での遠出に、ミンクも加わったことで気持ちが浮き立ち、自然と笑みがこぼれてしまうのが自分でもわかる。
いくら口が動かないと言っても、一人でにこにことしている姿を人に見られるのは避けたい。そんな理由で広場の外れまで場所を移した。
『いいところですね、汐。自然に満ちていて、楽しんでいる人もたくさんいて。活気がこちらにも伝わってきます』
『うん。わたしも凄い楽しかった。ミンクはどうだった?』
『汐の目を借りて見てましたが、楽しかったです。私のいる世界では、見られない光景ですから……っ!』
『どうしたの? ……もしかして』
感覚の中で、ミンクが急に神経を研ぎませたのがわかる。
楽しげに話していた汐も、それが意味することを理解すると一変して表情が険しくなる。
『はい。光の波動を感じました』
『よりによってこんなときに来なくても……』
楽しんでいたところ、急に用事がやってきたことに、汐はこれ以上ないほど肩を落とした。
何より、家族にそれを知られてはならない。結果として事情を隠すことになり、心配をかけてしまうことになるのだ。
嘘が嫌いで、家族が大好きな汐には、中々重い。
『汐……』
『うん、わかってる。行かないといけないよね。それに、ミンクが頑張って作ってくれた戦闘服も活躍できるし、行こう!』
きゅっと唇を結び、気合を入れ、汐は両親の元へ駆け出した。
Bパートへ続く
幕間
古河家の一室にて。
「うし、どうだっ? 岡崎汐、戦闘形態!」
イメージをわかせるためそれっぽい服を着てでてくるはずの汐が、某アニメの連邦の制服を着て、ビームライフルと連邦の盾を装備してでてきた。
口をあんぐりと開け、唖然とするミンク。
「秋生さん……」
「何だ? いや、何も言うな、俺にはわかる。あまりの素晴らしさに声もでないんだろう!?」
「最悪です」
「なにぃっ!?」
これでもかというほど大きく首を振り、否定の意を示すミンクに、心底意外そうに驚く秋生。
「………」
そんな中、汐は無言で自分の姿を見ていた。
無言であるのは呆れているのか、状況を理解していないのか、どちらであるかは定かではない。
「かっこいいかも……」
いや、ちょっと見惚れていたようだ。
「汐 は ビームライフル をそうびした! ってとこか、はははっ!」
両手を腰にあて、大えばりで笑う秋生。
「これで300ダメージは堅いぜ。ラスボスも楽勝だな」
「言っている意味がわかりませんが、私はこういうのを望んでいたわけじゃありません」
「何だ、チェーンソーのほうがよかったか?」
「貴方は孫に何を持たせようとしているんですかっ!」
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