唐突ではあるが、朋也と渚は久々に「ほうける」という言葉を思い浮かべた。
それは何故か。愛娘である汐が自分達の下へやってくるや否や、こう言ったのだ。
「パパ、ママ。ちょっと周り見てきていい?」
何の変哲もない、可愛い子供のお願いである。
それだけなら良い。汐もそこそこ我侭を言う年相応の子供だ。問題は、その言葉を口にしたときの汐の様子である。
申し訳なさげに、上目遣いでお願いをする。普段の汐なら絶対することのない、あまりにも少女らしすぎる姿。
そんな可愛さ全開の娘に惚けと呆けのコンボを食らった、という次第だ。
とはいえ、二人は復活するのも早く、笑って娘に許可を出した。
「ああ。でも、あまり遠くには行くなよ」
「すぐ準備も出来ますからね」
「うん」
準備に戻った二人を背に、たたたっと小走りで小道に入る。
しばらく進むと後ろを振り返り、
「嘘ついちゃって、ごめんね。なるべく早く帰るから」
小さくつぶやき、聞こえるはずのない両親に謝った。
そして道をはずれ、うっそうとする林の中に入る。人目のつかない、魔法が使える場へ。
『そろそろ、出てきても大丈夫かな』
言葉とともに、少し前の中空にミンクがミニサイズで実体化した。
人形ほどの大きさで女の子がふわふわ浮いている姿は、汐の目から見ても中々に可愛いのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
右腕を天に伸ばし、精神を集中させ、体内の魔力を目覚めさせる。
空いてる時間に魔法の練習をしているおかげもあって、汐は魔力の感覚を大分掴めるようになってきた。
密かな自信を胸に秘めながら、プロセスを進める。
足元に魔法陣が展開し、杖のイメージを固め、実体化する。
「出てきて……ファミリーロッド!」
右手を前に差し出すと、小さな宝玉が生まれる。
そして、手のひらの上に浮く宝玉の中から棒が伸び、杖が出来上がった。
「さ、汐、戦闘服を」
「うん」
ミンクの言葉に頷きを返し、腕をまっすぐ伸ばし、地面と平行に掴んだ杖を持つ。
「バトルコスチューム、装着!」
杖の先端にあるだんごが光を放ち、幾つもの光筋となって汐を包みこむ。
全身を覆い、そして光がはじけ飛んだとき、汐の服装は変わっていた。
ピンクを基調としたフードつきローブを身に纏い、胸元で留めた、端に赤のラインが入った白のケープをたなびかせてた。
着慣れない服装に、汐は若干の違和感を感じる。何より、普段スカートを着用しないため、下がスースーする感覚に不慣れであった。
「成功です。さすがですね、汐」
ミンクの褒め言葉に汐はにこっと得意げに笑って、顔を引き締める。
「じゃ、急ごう。場所は?」
「頂上付近ですね。時間もありませんし、跳躍の力を使いましょう」
「うん」
杖を前に掲げ、意識を宝玉に、そこに眠る光へと向ける。
ぽうっと緑色に輝き始めた。
「いくよ……ジャンプ!」
名前を呼ぶと同時、宝玉が強く輝き、緑色のだんごとなった。
足から、強い力が湧き出ているのがわかる。
「よーっし、とうっ!」
気合一閃、両脚に力を込め、地面を蹴り上げる。行ったことは普段と同じ、だが、結果が大きく違う。
汐は、通常では考えられない高度の空を翔っていた。
「うわあ……すっごーい!」
ちょうど頂上の高度で最高点に達し、地面に降り立つ。
ふぅ、と一息つくと、だんごから緑色の光が消えた。
「さて、どこだろう?」
「あそこです!」
木々の間にひっそりとたたずむ紫色の光。
紫の光が、その輝きを増した瞬間、
「うわぁっ!」
何かが汐の頬をかすめていった。
「うわっ、うわわっ!!」
更に連続して発射される敵の弾幕に逃げ惑う汐。
たまらず後退し、木の陰に隠れる。いくらか被弾したが、戦闘服のおかげでダメージはない。
「何? 今のっ!」
安全圏に逃れるとすぐさまミンクに問う。あまりの驚きに、珍しく声を荒げていた。
「衝撃波ですね、今回はついに攻撃的な光がでてきたようです。戦闘服が完成していて良かったです」
「むぅぅ……負けるもんかー!」
ミンクの解説を聞くか聞かずか、体勢を低く構えて突進する汐。
「ひああああっ!」
絶え間なく放たれる弾幕を前に、あえなく頭を抱えて退避する汐。
「はぁっ……はぁっ……」
「どうやら、遠距離攻撃を得意とする光のようです。中々凶暴ですね。あの弾幕をかいくぐるのは無理でしょう」
息を切らす汐に淡々と説明するミンク、その目はじっと光を見つめている。
青い瞳からは感情が失せ、獲物を狙う猛獣のように、敵の動きを分析していた。
「大丈夫。何とかしてみせるよ」
そんなミンクの様子を知らず、汐は特攻覚悟で杖をぎゅっと握りしめる。
さすがに至近距離で食らえばかなり痛いだろうが、このまま手をこまねいてるわけにもいかない。
何より、自分を待つ父と母がいるのだ。そう時間を割くわけにはいかない。
そのような焦りの気持ちが、汐から冷静さを欠かせていた。
「いえ、ここは私にお任せください」
元の大きさに戻り、木の陰から出ようとする汐を遮り、一歩前に出るミンク。
「今度は私が言いましょう。大丈夫です、何とかしてみせますから。先日はお見せできなかった私の本領発揮。今ここでそのベールを脱ぐときが来たのです」
にっこり笑い、両手を前に伸ばした。
「いきますっ!」
ミンクは正面に魔法陣を展開させ、高らかに開戦を宣言した。
魔法を使えるようになったとはいえ、経験が浅く、光に頼らねば全く魔法を使えぬ汐は、まだ魔法に対してあらゆる知識が薄い。
そんな中、今眼前で繰り広げられるミンクと光の戦いは、まさに人知を超えていた。
目にも止まらぬ撃ち合い、両者共に横運動を加えながら目標に向け攻撃する。
勝負は互角だった。
ミンクが放つ水の魔法は光の攻撃を次々と相殺していくが、こちらの攻撃も光にまでは届かない。
戦いは、果てない消耗戦に見えた。
「……ミンクっ」
しばし考え、やっぱりわたしも、と言いかけたところで、ミンクが視線で汐を制した。
「大丈夫、と言ったはずです。安心してみていてください、汐」
そしてまた前に向き直り、つぶやいた。
「そろそろ、頃合ですか……」
左手で光を牽制しつつ、右足を下げて身を傾け、斜め後ろに右手を伸ばす。
右腕がぴんと伸びきると、足元と手の平の前に魔法陣が展開し、散った水がミンクに向かって戻り始めた。
「これは……もしかして、一度使った水を集めてるの!?」
「そう、これが私の魔法の最大の利点。使用して周囲に散った水分を集める、魔力の再利用!」
掲げた右手に水が集まり、圧縮され、それでもなお膨張していく。
「そして当然、その力には更に力を水増しすることが可能。……さあ、惜しまず食らいなさい、水の精ミンク最大の魔法を!」
集束したその力を放つべく、右手を勢いよく前に突き出す。
「ハイドロプレッシャー!!」
指先に続いて振り下ろされた魔法陣から、巨大な水柱が噴出した。
光に向かって直進する水柱は攻撃のことごとくを弾き返し、なお勢いを衰えずに猛進し、直撃し、そして破裂した。
水浸しになった草地の上に、光がゆっくりと弱々しく点滅しながら落ちる。
「今です、汐!」
「うん!」
駆け足で近寄り、宝玉を光に向けて掲げた。
「魔法士、岡崎汐の名において命ず。光よ、我に従い、我の力となれ!」
足元に魔法陣が展開され、光がゆっくりと浮き上がり、光はだんごに吸い込まれた。
そして、強く紫色に輝き、消えた。
「封印完了…っと」
「今回は、射撃の光ですね。言うまでもないでしょうが」
隣にやってきたミンクがその体をミニサイズにし、汐の肩に乗る。
「さ、戻りましょう。お二人が心配する前に」
「うん。……でも、ミンク」
「何でしょうか?」
「ちょ〜〜っと、やりすぎじゃないかな……?」
視線の先には、水に飲まれて見るも無残な姿になった林の一角。
「あは、あははは……」
ミンクの乾いた笑いが林の中に木霊した。
ため息をつき、気を取り直して杖を正面に構える。
「とりあえず、帰ろうか」
「はい」
汐は今一度跳躍の力を発動し、再び大きく跳んだ。
空中を白いケープが舞い、ショートヘアが風になびく。ちなみに、スカートは服の特性で翻らないようになっている。
そして、光が制御してくれたのか、広場近くの林に着地した。
無事到着したことを確認し、ミンクが横を見ると、汐が何故か固まっていた。不思議に思い、尋ねる。
「どうしました? 汐」
「……降りるの、ちょっと、怖かった」
翼を持たぬものの落下の恐怖を知らないミンクは首をかしげることしかできなかった。
帰りの車の中、後部座席で、汐は一人思案にふけっていた。
ミンクのおかげであっさりと封印できたと思ったが、それでも時間がかかっていたらしく、帰ったら渚は半泣き状態でおろおろしており、朋也からこってり叱られてしまった。
汐が素直に謝ったこともあり、二人ができた親であることもあり、今回は事なきを得たが、次があったらこうはいかないだろう。
(魔法少女って、大変なんだなぁ……)
これは、ミンクと相談する必要があるかもしれない。
汐は真剣に、そう思った。
(帰ったら話してみよう。そう決めた)
念話という便利なものがあるため、今でも話をすることができないことはない……が、それ以上に今日は疲れた。
行きと同じように、両親の話し声を子守唄に、汐は眠りについた。
第三話
戻る