「あ、おはよ、汐」
「おはよう、汐ちゃん」
「おはよー、二人とも」
 とある平日の朝、汐は教室に入ると仲の良い友達に挨拶を交わして、自分の席に向かう。
 その動きはどことなく鈍い。
(ふぅ、眠いー。昨日はつい魔法の練習で遅くなっちゃったからなぁ。授業で眠らないように頑張らないと……)
 ランドセルから道具を抜き出して机にしまい、ため息をつく。
 魔法少女は中々に多忙なのであった。




ルミノ・ファンタズム
第三話 汐の運動会




 授業終了のチャイムが鳴り響く。
 ちなみに、汐の担任の先生は帰りのHRが短いことで人気がある。必要最低限の連絡のみ伝え、とっとと終わらせるのだ。
 その分、ちょっとした聞き逃しや確認の怠りは致命的になるのだが、それは置いておこう。
 ともあれ帰りのHRもすぐに終え、学校から解放された汐は友達と別れた後、古河家へと足を進めている汐である。
『秋生さんの家へ向かうんですか?』
 ミンクが念話で話しかけてくる。
 この、いきなり頭の中で声が響いてくるのも慣れたものだ。
 最初はどうしてもびくんと反応してしまっていたので、軽く肩を叩いてもらって先に知らせたりなんだりと色々試してみたのだが、結局全て裏目にしか出ず、結局汐が感覚に慣れるのを待つしかないという結論に至った。
 今はもうまったく動じることは無く、二人相手に同時に話すことが出来るというスキルも身についてしまったほどだ。
『うん。今日はアッキーの家でご飯食べる予定だから、直接行ってなさいって、ママが』
『そうですか……』
 しばし口をつぐんだ後、トーンを落としたミンクの声が聞こえる。
『体調は、大丈夫ですか? このところ、魔法の練習をしてるせいで、睡眠時間が足りなくなっていると思いますが』
 そう、最初の光を手に入れた後から、汐はミンクに魔法の練習をしたいと申し出たのだ。
 実際に魔法を使う練習は人目や両親の目があるためあまりできないが、イメージトレーニングを地道に重ねていた。
 イメージトレーニングとはいえ、ミンクが作り出す負荷は決して軽くは無い。それを汐は、暇があれば実行している。
『平気平気。夜に気持ちよく、ぐっすり眠れるようになったし、練習は辛いばかりじゃないから』
『すみません……私が巻き込んでしまったばかりに』
『ううん。そんなのはいいんだよ』
 思わず首を振ろうとしてしまうところを抑える汐。さすがに道を歩きながら一人首を振るのはあまり良くない。
『それよりも、前みたいに、こっちが忙しいときに光に来られたらってのが不安だよ。あらかじめ場所がわかればいいのに』
『光が発動してしまえば強い魔力反応が起こるので、かなり遠くからでもわかるのですが、それはそれであまり好ましい事態ではありませんし』
『……それもそうだね』
『とりあえず秋生さんに相談してみましょう。何か妙案が浮かぶかもしれません』


 場所は変わって、古河家居間、汐は秋生の対面に座り、事情を話していた。
 ちなみにミンクはミニサイズのまま、ちゃぶ台の上、汐の斜め前にちょこんと座っている。
「ふむ……なるほどな」
 話を聞き終えた秋生が腕を組み、唸った。
「確かに、そいつは結構な問題だな。俺がいればある程度は誤魔化せるんだが、そうそう一緒にいられるもんでもねーし。何より学校がある時間帯は完全にアウトだな。外に出られたとしても、誰かに見つかっただけで大問題だ。渚も早苗も、果てには小僧まで卒倒するかもしれねぇな」
 軽く情景を思い浮かべるだけで、両親+祖母が倒れる様がありありと想像できる。
 それだけはできない、と汐は思う。家族に迷惑や心配はかけたくない。
「私一人でも光の活動をある程度抑えることはできるのですが、封印は汐にしかできませんし、周りの影響とか私のスタミナを考えるとあまり長い時間は耐えられません」
「俺は魔法が使えねぇから、店を抜け出せてもしょうがねえしな。難しいもんだ」
 いくら普段から早苗を追いかけ、よく店を空けてるとはいえ、さらりととんでもないことを言う店長である。
「なぁ、よくある結界魔法とか使えねぇのか?」
「光が実体を持てば可能ですが、光だけを封じることは不可能です。とはいえ、今まで見てきたとおり、光は単体でも厄介な力を持ってますから。せめて、平日学校がある時間に現れないことを祈るしか……」
 ため息をつき、首をふるミンク。
「せめて、私の他にも式がいれば話は別なのですが」
「他の式?」
「お前の他にもこの世界に来てる奴がいるのか?」
 漏らした言葉に汐が疑問の声をあげ、秋生が問う。
「はい。今この世界に、私を含めて最低でも三人来ているはずです。同時にこの世界へと来たのですから」
「で、どうして今は一緒じゃねぇんだ? 話を聞く限り、別れて探索しようって雰囲気でもねーみたいだしな」
「それが、この世界へとワープアウトした際に散り散りに降りてきてしまったみたいで。恐らくこの町のどこかにいるとは思うのですが……」
「念話は使えないの?」
「残念ながら。相手の位置を特定できないと、たとえ距離が近くても使えないんです。360度全方位に発信させることも可能ではあるのですが、光が反応してしまう可能性があるので」
「結局、あてにはできねーわけか」
 くわえていた煙草を灰皿に押し付け、火を消す。
 さり気なく汐の前では煙草を控えめにしている秋生であったが、その事実を知るのは早苗だけだったりする。
「光を集めていけばきっとめぐり合えます。時が来るのを待つしかありません」
「つーことは、結局、具体的な解決策はゼロってことになるな」
「むー」
 眉間にしわを寄せ、難しい顔をして考え込む汐。
 それを見た秋生は立ち上がり、汐の傍まで歩き、その小さな頭の上にぽんと手をのせた。
「あまり気にすんな、汐。まだ考え始めたばっかだし、今は何もできなくても、これから何とかなるかもしんねーだろ?」
「うん」
 秋生の手の感触に表情を緩める。それを確認した秋生は満足げに笑った。
「ま、いざとなったら俺も手伝うからよ。あまり役に立たねーかもしれねーけどな」
「ありがとう、アッキー」
「さて、んじゃそろそろ早苗と店番交代してくら」


 その夜。
 居間でちゃぶ台を囲み、岡崎古河両家による夕食会だ。
「そういや、そろそろ運動会じゃねーか?」
 孫のスケジュールを完璧に把握している祖父である。
「そうですね〜。去年も大活躍でしたから、今年も楽しみです」
 そして、にこにこと手を合わせ楽しそうにしている祖母。
 全くもって、この二人が孫持ちなどと誰が想像がつくだろうか。この外見の若さは尋常ではない。
 実は朋也はこっそりと、秋生より先に老けまいと心に決めているらしい。
 以前秋生が汐の父親と間違えられたのが発端なのだが、それはまた別の話である。
「出る競技は何だ?」
「……ん。100m走と学年別紅白リレーだよ」
 秋生の質問に答える汐。きちんと口の中のものを飲み込んでからしゃべる汐は良い子である。
「今年はどっちの組になったの?」
「……赤組」
 ご飯を口に放り込んだところで来た早苗の質問にも、きちんと飲み込んでから答える。
「汐は運動神経抜群だからな。今年も一等賞間違いなしだ」
「何言ってんだ小僧。俺の孫なんだ、当然だろう?」
 実に親馬鹿な朋也と、祖父馬鹿な秋生である。
 血が繋がってもいないのに、似たもの同士な二人だった。
「汐ちゃん、お弁当楽しみにしててね。腕によりをかけて作るから」
「うん、楽しみ」
 ぐっと握りこぶしを作る渚に、汐は笑顔を向け、程なくにこーっと笑いあう二人であった。



 そして、運動会当日。
 体操着で学校にまで来た汐は、まず教室へ荷物を置きに向かった。
 前日のうちに椅子を全部校庭へ運び出されているため、教室は机だけが立ち並んでいる。見慣れないその光景は、若干の違和感を感じさせた。
 自分の机の上にランドセルを置き、とって帰るように校庭へと出る。
 前日用意した自分の席へとゆっくりと歩きながら、雲一つない晴天の空を見上げる。
 全身に降り注ぐ春の日差しが心地よい。まさに絶好の運動会日和だ。
「よっし、がんばるぞー」
 母、渚がよくするように、ぎゅっと握りこぶしを作り、自分に激励した。

 春の大運動会。一般的とは言いがたい季節ではあるが、それがこの学校の校風である。
 気温もほどよく、何より周囲に植えられている草木が青々と茂っている。
 子供たちも元気で、保護者のわが子に対する応援にも熱が入る。特に、運動神経が良い子の親は一塩だろう。
 そして、ここに例に違わぬ親と祖父がいた。
「っしゃー! いけー、汐ー!!」
 秋生の声援を受け、汐は更に足に力を込める。
 残り20m、10m……。
 ピィーーー!!
 汐の体がゴールテープを切った瞬間、笛と共に銃声が鳴った。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
 スピードをゆっくりと落としながら足を止め、乱れた呼吸を整える。
 一位の旗を持った係員の生徒が迎えに来たとき、ようやく二位の子がゴールした。
「さすが汐だな。ぶっちぎりだぜ。小僧! しっかりビデオは撮ってるな?」
「オッサンに言われなくてもばっちりだよ。声がうるさいから少し黙っててくれ」
「けっ、汐の勇姿を撮り逃すんじゃねぇぞ」
「わかってる。入場もばっちりだ、退場も任せとけオッサン」
「やるじゃねぇか小僧」
 ぐっと親指を立て、キラーンと歯を光らせる大の男が二人。
 そんな朋也と秋生の姿は、保護者席の中でもなかなか異彩を放っている。
 汐は、いろんな意味で恥ずかしかったが、父が構えるカメラにサービスすることにした。
「……えへっ」
「汐ちゃーんっ!」
 小さくピースサインを送ると、横で騒ぎ出すのは母だった。続けて早苗も大きく手を振ってくる始末。
 結局、家族全員で全力の歓声を送るという事態になってしまった。
「うぅ……やっぱり恥ずかしい」
 そんな、とても正視できそうもない光景から顔を背け、係員の指示に従って地面に座る。
 するとミンクがやや興奮した様子で、念話で話しかけてきた。
『凄いですね、汐。一等賞ですっ』
『パパやアッキーといつも遊んでるから。男の子相手だったら、多分負けちゃうよ』
『でも、凄いですよ。ただ一位なだけじゃなく、二位からあんなに差をつけて』
『あはは、照れちゃうよ……』
 運動して体温が上がっているところに恥ずかしさが募り、顔がほてるのがわかる。
 頭を前に倒して、膝で顔を隠す汐。赤くなってるかどうかはわからないが、こんな顔を人に見られたくはない。
 しばらくそうしたままミンクと話していると
『あ、そろそろ競技が終わるようですよ。さぁ、顔を上げてください』
『うん、わかった』
 流れていたクラシックが止まり、競技の終わりを告げる銃声が二度ほどなった。


 全競技の半分ほどを消化し、昼休み。汐は秋生とともに、保護者席で昼ご飯を食べていた。
 ちなみに、朋也は次の保護者による競争の準備に、渚と早苗は近所の皆さんと談笑中である。
 その場にいるのが汐と秋生だけなので、ミンクも実体化し、汐の肩の上に乗っかって話に混ざっていた。
「元気が一杯で良い行事ですね、皆さんの活気が私にも伝わってきます」
「そうだね。私も運動会好きだよ」
「俺もガキん頃はおおはしゃぎしてたなあ。出れるだけの競技は全部出てよ」
「今でも十分おおはしゃぎしてると思いますけど……」
「何か言ったか、ミンク?」
「いえ、何も」
 最近、秋生の扱い方を心得てきたミンクである。
 思い出に浸ろうとして阻まれた秋生はおかずをつまみ、しみじみと言った。
「しかし、相変わらず早苗の料理の腕は最高だな。お前も飯食えればよかったのに」
「いえ、私は汐を通じて感覚を共有できるので、食事の際は汐の好意で一緒に味あわせてもらってますよ」
「何だ、そうなのか。どうだ、早苗の飯はうまいだろ?」
「今まで食べたどの料理も、とても美味でした。早苗さんはお料理が上手なのですね。それに、渚さんも上手ですし」
「そうだろうそうだろう。さすが俺の娘だ」
 うんうん頷き、秋生は食べ終わった弁当箱を片付ける。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
 最後に箸をしまい、両手を合わせる汐と秋生。ミンクも汐の肩の上で同じように手を合わせた。
「さて、次は小僧の出番か。去年は仕事での怪我に泣いて二位だったが、今年こそ一位にならねぇと承知しねぇ」
 秋生はにやりと楽しそうに笑う。
 何だかんだ言って、秋生は朋也の出番も楽しみにしているのである。
 去年など「怪我なんざ気合で何とかなる。むしろいいハンデじゃねぇか。何ならこの秋生様が代わりに走ってやろうか?」と言って、棄権しようとした朋也をけしかけて出場させたほどだ。
 当然その後しこたま渚と早苗に怒られたわけだが、既に忘却の彼方らしい。秋生は意気揚々とカメラのセッティングに入った。
「汐、何か嬉しそうですね」
「あは、わかる?」
「そんなにこにこしながら言っても、丸分かりですよ」
「あ、そっか」
 と言いつつも、汐は笑顔を崩そうとしない。
 朋也と秋生が仲良く遊んでたりする(ように見える)姿を見るのが、汐は好きなのだ。もちろん、渚や早苗も同じであり、用は自分の周りの人が仲良くしているのをとても幸福に感じるのである。
「汐は、良い子ですね」
「そんなことないよ。きっと、これは皆同じだと思う。ミンクもそうじゃない?」
 ミンクはしばし考え、答えた。
「そうですね。そうかもしれません。……でも、やっぱり汐は良い子だと、私は思いますよ」
「うん、ありがと」
 えへへっ、と笑いあう二人。
 その時、今まで感じたことのない、何か、力が弾けるような感覚が襲った。
 まず反応したのはミンク、すぐに汐も表情をはっとさせた。秋生は……気づいていない。
「――こ、これは!」
「私にもわかるよ。この感覚、今までと違う。もしかして……」
 汐の顔をしっかりと見、ミンクは頷いた。
「光が、実体を持ったようです」



Bパートへ続く


 幕間

 学校にいる汐から離れ、ミンクは一人、古河家へと来ていた。
(魔法の練習を熱心にするのは良いのですが、あまり無理をしては体が持ちません。これは、秋生さんからも言ってもらうしかないかもしれませんね)
 居間で秋生を見つけると、早速声をかける。
「秋生さん、ちょっとお話が……」
「あん? 孫はやらねーからな!」
 この人は駄目だ、と思った一瞬でした。
 と、後ほどその状況をぶつぶつ語って聞かせてくるミンクに、汐は笑って誤魔化すしかなかったとか。


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