夕暮れが町を赤く染める中、汐は光を追いかけ走っていた。
 空を見上げながら走るのは危ないので、ミンクの魔力感知を頼りに誘導してもらっていた。
 と、ふとミンクが汐に問いかける。
『汐っ、汐っ! まさか貴女、このまま走って追いかけるつもりですか!?』
『そうだけど、なんでっ?』
『それはいくらなんでも無茶です。跳躍の光を使い、屋根を伝って追いかけましょう』
『え?』
 突然の提案に、思わず足が止まる。
『でも……そんなことして大丈夫なの?』
『大丈夫です。それに、この方向は先ほどの道をそのまま戻ってます。このままではお友達に追いついてしまうかもしれませんよ』
『うっ……』
 万が一見つかってしまったら、真央と凪だけならともかく、恐らく杏は誤魔化しきれないだろう。
 そうなれば、例え今回はやり過ごせたとしても、不信感を大きく募らせることになってしまう。それだけは避けなければならない。
 大事な人たちに、心配をさせたくない。
『私を信じてください。そうすればより早く、より安全に追いかけることができます』
『……うん、わかったっ』
 汐は周りを見回し、手近にある家と家の隙間に入るとすぐさま杖を具現化させた。
 手早くバトルコスチュームをまとい、念のため周囲を確認した後、両手で杖を構えた。
 すう、と深呼吸をし、心を落ち着ける。
「ジャンプっ!」
 汐の言葉と共にだんごが緑色に輝き、跳躍の光が発動する。
 足に光の力が流れたのを感じると、汐はひとまずそのまま垂直に跳びあがり、近くの家の屋根の上に着地した。
『ミンク、光は?』
『あっちです。見失わない内に急ぎましょう。それと、屋根の上を走るのではなく、光をつかったジャンプだけで追いかけてください。細かな調整は光がやってくれますので』
『りょーかいっ』
 夕日をバックに、光を追いかけ、汐は空へと跳んだ。


「あれ…?」
「どうしたの、凪?」
 ふと空に目を向け、足を止めた凪に杏が問いかけた。
「何か今、屋根の上を人影が飛んでったような……」
「人影……?」
 杏と真央は凪の視線を追って空を見るが、何もない。
「あはは、凪ってば何言ってるのー。そんなのあるわけないでしょ。気のせいか鳥じゃない?」
「うーん、そうなのかな……」
 真央は笑い飛ばすが、凪はなおも首を捻る。
「とにかく早く帰りましょ。暗くなる前にね」
「はい……」
 釈然としないまま、杏に手をひかれ凪は再び歩き出した。


 ミンクの言う通り、跳躍の光を使うことによって、追跡は大分楽になった。
 家々の屋根を足場にし、ジャンプを使って追跡する。これによって、体力を温存しながらも、確実に光との距離は近づきつつあった。
 と、それはいいことなのだが、汐には一つ、気になることがあった。
『ねえ、ミンク。これってどういうことなの?』
 跳躍の力を使うことによってジャンプ力が上がるのは良いのだが、着地の際における地面への負荷が全くないのだ。
 そのことに汐が気づいたのは、瓦屋根を足場にしたときである。あ、まずい。と思いつつ踏んでみれば、すんなり跳べたのだ。
 つまり、どんな足場であっても、そこに何かがあれば足場に影響を与えずに跳ぶことができたのだ。
『説明は後にします。とにかく今は今やるべきことに集中しましょう』
『……そうだね。って、あれ? 何か光が下りてきたみたいだけど……』
『どうやら、あの林へと入るようですね。汐、私たちは少し離れたところに着地しましょう。私の魔力感知を頼りに探索すれば、気づかれないように近づけるはずです』
『うん、わかった』
 少し遅れて到着した汐は、最後の一歩を弱めに踏み出し、光が入ったところからやや離れた場所に向けて跳んだ。
 光の感覚に体を任せるままに、汐は木の枝を何度か経由し、体を傷つけないように順々に高度を下げていく。
 無事地面へと着陸すると、すぐさまミンクが姿を現す。今回は人目がないので、最初から元の大きな姿だ。
「どう、光のいる場所わかる?」
「……ばっちりです、行きましょう」


 ミンクの感覚を頼りにしばらく探索すると、無事二人は光を発見した。
 今は距離を置き、遠くから光の様子を眺めている。
 視線の先にいる金色の光は、速度はそれほどでもないが、とにかく縦横無尽に飛び続けていた。
「あれは、飛翔の光ですね」
 つぶやくミンクの言葉に、汐がぴくっと耳を反応させる。
「飛翔……? じゃあ、あれを封印できたら飛べるようになるの!?」
 興奮に声を弾ませ、ぐっと顔を近づける汐。
 その思いもよらぬ剣幕に、ミンクがやや狼狽する。
「は、はい。もちろん光を発動させれば飛べますが……」
「うん、じゃあちゃっちゃと終わらせちゃおう!」
 ミンクの答えを聞いて、汐は意気揚々と杖を構えると、意識をだんごに集中させ、望む光の発現を願う。
「ショット!」
 汐の発声とともに射撃の光が発動し、宝玉が紫色に輝き始めた。
 魔力を杖に込め、標的を強くイメージし、目標を定める。
 照準は、ショットに任せて……
「いっけー!」
 発射のイメージを爆発させ、集中させた力を開放する。
 すると、構える杖の先端にあるだんごからやや大きい魔力光が放たれ、標的である光に向かい、紫色の軌跡を残しつつ空を駆ける。
 ショットによって精密に狙いを定められた魔力の弾丸が光に迫り、届く……と思った刹那、光はさっと動きを変え、ショットを回避した。
「そんなっ。ショットをかわすなんて、何てスピード……っ!? 危ない、汐っ!」
「えっ…きゃあっ!」
 攻撃を避けた光は高速で二人に接近し、身をすくませた汐のすぐ横を掠めていった。
 二人の横を通り抜けると、光はそのまま木々の間を縫って直進を続け、林の奥へと身を消す。
「はぅ、びっくりしたぁ」
 遠ざかる光の後姿を見て汐はほっと一息をついた。が、ミンクは対象的にやや厳しい顔つきで光が飛び去った方向を見つめていた。
「まずいですね。こちらに気づかれた上に逃がしてしまった。次に接近するときは間違いなく警戒しているでしょう」
「……何かに憑依するかな」
「その可能性も高いですね。ここは人気のある場所から遠いので、他の方に迷惑をかける心配はないですが。何か動かれたら厄介です。早く封印しましょう」
「うん、急ごうっ」
 汐が歩き出そうとしたその時、ふとミンクが何かに気づいた。
「……? いえ、ちょっと待ってください、汐」
「え……わっ!」
 ミンクが制止をかけたその時、突如、光が消え去ったのとは違う方向から黄色い光が飛び出した。
 光は驚く汐の近くで一旦止まると、くるくると周辺をせわしなく動く。
「うー、どこいったのよあの飛翔の馬鹿ぽんたんは! ようやく反応つかんだっていうのに、もういなくなってるじゃないー!」
「あなたは、マロンっ!?」
「ふみ? あっ、ミンクだー!」
 ミンクが驚きの声をあげるとマロンと呼ばれた光は動きを止め、びゅんとミンクの目の前に飛んできた。
「ひっさしぶりだねー、元気してた?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうっ。あなた、どうしていたのですか?」
「えー? 光みっけたから追いかけてきただけだよー」
「追いかけてたって……あなた、そのままじゃ何もできないでしょう! まったく何て無謀な……」
「そうだけどさー、見つけたら捕まえなきゃって思っちゃって………って、あれ?」
 先ほどからとまどい、視線を二人の間を彷徨わせたままの汐。
 そんな汐に、ようやくマロンが気づいたようだ。
「君、ひょっとしてミンクの…?」
 興奮気味だったミンクもはっとし、こほんとわざとらしく咳を一つつく。
「紹介が遅れました。そうです。私の契約者で……」
「岡崎汐です。よろしくお願いします」
 ミンクの紹介を受け、汐はぺこりと小さな頭を丁寧に下げる。
「こっちこそよろしくー。あたしはマロン。ミンクと一緒にこの世界に来たんだよ……ってそんなこと言ってる場合じゃないんだ! 飛翔の光だよっ!」
「光なら先ほど私たちでも確認しました。まだ魔力反応はつかめてます。ただ、あちらからも発見されたので、恐らく、警戒していると思われます」
 急に慌て始めるマロンを冷静になだめるミンク。
 先ほどからの様子を見るからに、二人は姉と妹のような関係なのだろう。そう汐は思った。
「ん、そっか。ならこっちも万全の体勢を整えなきゃね。……それじゃあ汐ちゃん、あたしと契約しよ」
「うんっ」
「どうもあなたは緊張感がないですね。まあいいですけど」
 なぜか少々ぼやいてるミンクを無視して、マロンはゆっくりと汐の前まで移動し、静止した。
「我、鞭の精マロンは、ここに魔法士、岡崎汐と契約することを宣言する」
「……許す」
 二人は儀式の言葉を交わし、ここに魔法士と式を結ぶ契約が成立する。
 かつてのミンクと同じようにマロンの光が強く輝き始め、反射的に汐は目を瞑った。
 そして光が収まり汐が目を開けると、そこにいたのは、汐と同じぐらいの背丈の、陽光に煌く黄色の長い髪をツインテールにまとめた少女だった。
 服装はミンクよりは現代のそれに近く、そこかしこにひらひらの装飾がついている、背中が明けたノースリーブシャツとミニスカートをまとっていた。
「契約を完了しました。魔法士、岡崎汐。鞭の精マロンは、貴女をマスターとして認証します」
 マロンは目を開き汐をじっと見つめ、契約の完了を告げる。
 真剣な顔をしていたのもつかの間、即座に表情を崩し、テンションを戻した。
「さて、じゃあさっさと光見っけて、封印しちゃおう!」
 先頭を切り張り切って歩き出すマロンだったが、なぜかふと立ち止まる。
 そしてゆっくり振り向くと、申し訳なさげに小さくつぶやいた。
「……で、光はどっち行ったのかなぁ?」
 たははーと頬をかいて笑うマロンに、一気に脱力する汐とミンクであった。


 マロンとの契約を終えた汐らは、魔力感知ができるミンクとマロンが分かれ、別行動をとって光の探索を行っていた。ちなみに、汐はミンクと一緒である。
 そして、一早く光を発見したのは、ミンクだった。
 魔力反応が完全に感知できないところまで光が遠ざからなかったのが幸いだった。おかげで、あまり労せず光を見つけることができた。
『……いましたよ。マロン、こちらへ来てください』
 念話を使い、ミンクはマロンに発見の報告をすると、汐と共に木の影から再び飛翔の光の様子を眺める。
 相変わらず光は目標を定めることもなく、ただふらふらと飛び続けているようだ。
(まだ私たちには気づいていないようですね。これなら――)
「ホントだ、見つけたっ」
「あ、馬鹿!」
 すぐに飛んできたマロンが大きな声を上げると、一瞬光の動きが止まり、すぐに茂みにもぐりこんでしまった。
 そして次の瞬間、光が逃げ込んだ先から無数の石つぶてが汐らを目掛け飛んできた。
「ひやぁぁぁ!」
 突然の攻撃に汐が悲鳴をあげるのを聞くや否や、ミンクは石つぶての前に出ると、右手を突き出し水のシールドを張った。
 高速で回転する水の盾が石つぶてをすべて弾き飛ばしていくのを見て、汐は安堵する。
「大きめの石に乗り移って高速で飛び、加速がついた瞬間に抜け出て次々と撃ちだしていってるんですね。なかなか厄介な弾幕です。誰かさんのおかげで……」
「あはは……ごめんごめん」
 ミンクがマロンをジロ目で見ると、わざとらしくマロンがそっぽを向いた。
 その様子を見てミンクは一つため息をつくが、すぐに思考を切り替える。
「やってしまったことは仕方ありません。とにかく、現状からどうあの光を封印するかを考えましょう」
「どうしよう……。射撃の光で応戦するとか?」
「それも一つですが、多分いたちごっこになってしまうでしょう。ショットが通じない今、汐には戦いの決め手となる魔法がありません」
「そっか…」
 肩を落とす汐に、ミンクが優しく語り掛ける。
「落ち込む必要はありません。これからもっと学んでいけば良いのです。ともかく、この場は……」
「はいはーい、あたしに任せてよ!」
 言葉をさえぎってマロンが大声と共に挙手をする。
 ミンクがやれやれといった顔で、しかし信頼をこめ、マロンを見つめる。
「そういうと思ってました。お願いできますか?」
「もっちろんっ」
 自信たっぷりに、大きく胸を張ると、マロンは一歩前に出た。
 そのままミンクの張るシールドの手前まで歩くと、ふと振り向いて汐にピースサインを送る。
「見てて、汐ちゃん。あたしの華麗な魔法、見せてあげる!」
 やや戸惑いがちに汐がピースを返すと、マロンは笑顔で頷き、踵を返して光へとその視線を向ける。
 そして両腕を軽く横へ広げ、ぴんと伸ばした。
「あ……」
 今まで気づかなかったが、白い手袋をつけたマロンの両手の甲には、それぞれちょろんと丸みを帯びたぽっちが付いていた。
「鞭の精マロン、行きます!」
 掛け声をあげ、手のひらを大きく開くと、手首の周りを囲むように環状の魔法陣が展開される。
 そして魔法陣に呼応するように手の甲のぽっちが強く輝き出し、そこから光る二本の鞭が生まれた。
「はっ!」
 勢いをつけて両手を前に突き出すと、鞭はぐんと伸び、石が飛んでくる方向へと向かっていった。
 黄色い光の双鞭が唸り、飛び来る石を的確に打ち砕いていく。
 その狙いは正確無比。石が攻撃範囲に入ると同時に即座に砕き、止まることなく前進を続ける。
「叩き壊す、まだ壊す、さらに壊す!」
 そしてついに目標にたどり着く。叩き割った石から光が飛び出たのを、マロンは打つ鞭の感覚から知った。
 マロンの顔からにやっと笑いが漏れる。
「見つけたっ、これで終わりっ! トルネードウィーーーーップ!!!」
 両手を大きく上に上げ、ぐるんと大きく肩を回し正面で両手を組む。
 すると、二本の鞭が渦巻くエネルギーの奔流となり、飛翔の光へと襲い掛かる。
 黄色の渦はぐるぐると回転しながら光を押しつぶしていき、最後にパーンッとエネルギーがはじけ飛んだ。
 光の残滓が周囲に舞う、幻想的な光景の中、魔法を解除したマロンはくるりと振り返った。
「我ながら完ッ璧な魔法だったわ」
 そう言うとマロンは前髪を右手でさらっと払い、きらんと歯を煌かせて片目をつぶり右腕を突き出し、グッと親指を立てる。
 しかし、ポーズを向けた肝心の汐の様子はややぎこちなかった。
 その間に、ミンクが石がもう飛んでこないことを確認し、シールドを消す。
「い、いや、その……」
 ちらちらと光がいると思われる方向を見、やがて汐はためらいがちに口を開く。
「ちょっと、やりすぎじゃない、かな?」
「大丈夫だって。ちゃんと加減はしておいたんだから」
 にっこりと笑って断言するマロン。訝し気の汐とは対照的に、その笑顔には一点の曇りもなかった。
 汐は救いを求めてミンクを見た。が、無言で視線をはずされたため、仕方なくもう一度マロンに問いかける。
「…本当?」
「マジマジ、本気と書いてマジ」
 マロンのその瞳には一点の曇りもない。手加減を加えたのは確かなようだ。
 それが、どの程度のものかはまったくわからないが……。
「なら、いいんだけど……」
 汐はそろそろと、先ほど光がやられたと思わしき場所へと近づいていく。慎重に足元を確認しつつ、歩みを進めていく。
 しばらく草むらを掻き分け探していると、弱弱しく、本当に弱弱しくなってはいたが、光が地面に倒れていた。
「あ、いたっ。大丈夫みた……い……?」
「だから大丈夫だって言ったじゃなーい」
 語尾についた疑問系を無視してマロンが声をあげる。
 大丈夫というにはいささか弱りすぎている感は否めないが、とりあえず無事ではあるようだ。
 いささか気は引けるが、弱まっている間に封印をしてしまうことにする。
「魔法士、岡崎汐の名において命ず。光よ、我に従い、我の力となれ!」
 封印の呪文を唱えると、心持ゆっくりと光はだんごへと吸い込まれていった。
 だんごの中から暖かさと力を感じてほっと一息をつく。
「やったね、汐ちゃんっ」
「うん。これで五つめだね。……で、物は相談なんだけど、ミンク?」
「何でしょう?」
「試しに、光使って飛んでみていいかなー……なんて?」
 妙にしおらしくお願いする汐を見て、ミンクがしばし考え込む。
「……そうですね、どうせここからだと、歩いて戻るには時間がかかりすぎてしまいます。飛翔の光を使って帰りましょう」
「やったぁーっ!」
 汐は飛び跳ねて喜ぶと、早速杖を構え、飛翔の光に呼びかけた。
「………あれ?」
 しかし、いくら念じてもだんごに反応がない。確かに光が存在してる感覚は伝わってきているのに、発動しないのだ。
「ああっ」
 ぽんっ、とミンクが手を打つ。
「私としたことがうっかりしていました。弱りきった光では、その力を発揮することができないのです。力を使うためには、光が再度力を出せるまで回復するのを待たなければいけません」
「そんなぁ……」
 ミンクが告げた衝撃の事実に、汐はがっくりと崩れ落ちた。
「あは、あははは……。まぁ、どんまいどんまい。元気だして、汐ちゃんっ」
 落ち込む汐の背中をマロンがぽんぽんと叩く。が、原因である当人がそうしたところで、果たして慰めの効果があるかどうかは謎である。
 かくして、念願の初飛行は先延ばしとなり、行きと同じく跳躍の光を使っての帰宅となったのだった。


 翌日の学校帰り、凪や真央と別れた後、汐は古河家へと立ち寄った。
 もはや恒例となった、古河家魔法会議を開くためである。汐に秋生にミンク、そして今日からはマロンも加わった四人で開かれた。
 ちゃぶ台を汐と秋生が囲み、ミニサイズのミンクは汐の肩の上。更に中央のちゃぶ台の上に、本日主役のマロンが同じくミニサイズでちょこんと立っている。
 そしてまず最初に、秋生から朋也と渚に昨日突然いなくなったことのフォローをしていたことが伝えられた。
 先日汐が帰宅した時特に問いたてられずに迎え入れられたので、不思議に思っていた汐はようやく合点がいった。
「なるほど、やっぱりそういうことだったのか」
 汐とミンクによる昨日の報告を聞き終えると、秋生は視線をちゃぶ台上にいるマロンへと移した。
「しかし、同じ式っつーわりには、ミンクとは随分感じが違うもんなんだな。ま、トーゼンっちゃトーゼンかもしれんが」
 じっとマロンを観察すると、当の本人であるマロンがむっとする。
「ちょっとおじさん! 気持ちはわかるけど、女の子相手にそんなじろじろ見るなんて失礼でしょ!」
「おじさんじゃない、お兄さんと言え!」
「反論するのはそこですか……」
 割と本気で目を据わらせている秋生に、ミンクが脱力気味に突っ込む。
 以前はそれほどでもなかったが、孫ができてから秋生も割と年を気にするようになったらしい。十分過ぎるほど若い容姿のままではあるのだが……。
「人にも一人一人個性というものがあるように、式にも個性が存在します。似た種の式でも、人格や外見が全く違うということはよくありますし」
「ふーん。人間とあんま変わんねぇもんなんだな」
 気を取り直したミンクが解説をすると、秋生がむぅと唸る。
 見た目は同じだけど色違い、などというものでも想像していたのかもしれない。この男ならあり得る話である。
「と・も・か・く! あたしが来たからにはもう安心だからね、まっかせておきなさーい!」
 腰に手を当て、マロンはどーんと大きく胸を張る。
 正直ミニサイズでやられてもまったく迫力はないのだが、本人はわりとご満悦らしい。
「まあ、実力は確かなので、信用はしてもいいと思います」
「なーによ、ミンク、その言い方ー」
「先ほど後先考えずに光を追いかけていた貴女が言いますか」
 ミンクの鋭い突っ込みにうぐっ、と言葉が詰まると、気まずく視線を泳がせた。
 二人の様子に苦笑しつつ、汐が気になっていたことを訊く。
「ところで、今までマロンは何してたの?」
「えっとね。この世界に来てしばらくはまだそこそこ元気だったんだけど、すぐばたんきゅーってなっちゃってさ、しばらくずっと寝てたんだ。で、飛翔の光の波動を感じて目が覚めて、見っけたらそのまま追いかけてたってわけ」
「眠っていたのは魔力の回復と、この世界に順応するためですね。私は運良く汐とめぐり合えたので、眠りにつくことはありませんでしたが……」
 マロンが質問に答えると、ミンクが説明を付け加える。
「へぇ、どうして汐がいると起きていられるんだ?」
「世界に慣れるまでは汐の魔力を少しもらうことによって意識を維持していたんです。汐がいなければ、マロンと同じようになってたでしょうね」
 ちなみに、光の出現がばらついてるのも、それぞれこの世界に慣れる速さが違うから、ということがあるらしい。
「何にしても、これで大分光の封印も楽になります。二人いれば、たとえ平日の朝に光が出たとしても、汐が学校から帰るまで持ちこたえることができるでしょう」
「そりゃめでてえっ! 本当によかったぜ。なあ、汐!」
「うん。でも……」
 吉報に秋生が喜ぶのとは対象的に、汐は一瞬頬を緩ませるも、すぐに表情に影を落とした。
「……最近私、あまり役に立ってないよね……」
「そんなことはっ、汐は十分にやってくれています」
「そうだよ。封印だって、汐ちゃんがいなきゃできないんだよ?」
「でもっ! でも………」
 押し黙り、深くうつむく汐に、場が沈黙に包まれた。
 汐は、自分の意思で引き受けたことなのに、きちんと手伝えないことを心苦しく思っているのだろう。
 きっと、今のままでは足手まといだということを理解しているのだ。それでも尚、大事な友達が頑張っていることを、心から手伝いたいと思っている。
 手伝いたいのに、力が及ばない。そんなもどかしさと悔しさを感じているのだろう。汐はそんな子だ。
 そのことを理解しているミンクは、ただ汐と同じように沈黙するしかなかった。
 そんな時、静寂を破ったのは、秋生だった。
「おい、ミンク。ちょっといいか?」


 秋生はミンクを手に乗せ、場所を自室へと移動した。
 部屋へ入り、扉を閉めると、そのまま扉によりかかった。
「……秋生さん、いきなりどうしたんですか……?」
「お前、汐に魔法を教えるのを戸惑ってるな」
「え……?」
 戸惑いを見透かされ、ぽかんとした表情で驚くミンク。
 その様子を見て、秋生はやっぱりな…と呟いた。
「今の汐じゃ足手まといになっちまうのは確かなんだろ? なら、汐の実力を伸ばすのが一番の解決法のはずだ。そして今も魔法修練をしてるって話じゃねぇか。なのに、お前はは黙ったままで汐に何も言ってやらない」
 ミンクが何も言ってこないのを見て、自分が間違ってないことを確認すると、秋生は話を続けた。
「つまりだ。俺には詳しい事情はわかんねぇが、汐には超えて欲しくない一線でもあるんじゃねぇかと思ってな」
「……そのとおりです。今まで私は、本来この世界に存在しない魔法という力を、汐に与えすぎることを避けていました」
 真剣な表情で秋生を見つめ、ミンクが静かに肯定をした。
「汐の人生の中で、魔法の力が成長に悪影響を及ぼしてしまうのではないか。そんな危惧をしていました。私たちがそばにいられる間、光の封印をしている間は良いのです。しかし、これからの汐の人生の上で、今という時間はイレギュラーなものでなければありません」
「なるほどな、確かにお前の言うことはわかった。でもよ、今まで一緒にいたなら、わかってんだろ? 汐はそんなやわな子じゃねえってことをよ」
 ミンクは目をつぶり、秋生が語る言葉を黙って聞いていた。
「それに、あいつは一人じゃない。俺たち家族がいる。事情も、俺がきちんと知ってんだ。汐が道をはずすこたぁねぇよ。確証なんかいらねぇ、俺はそう信じてる」
「……そうですね。きっと、秋生さんの言うとおりなのかもしれません」
「だろ?」
 ミンクがそっと目を開けると、秋生がにかっと笑った。
「しかし、教養の光を手に入れたときに何かおかしなこと言ってた人とは思えませんね」
「あ、あれはその……なんだ。そう、若気の至りってやつだっ!」
 慌てる秋生を見ると、ミンクはにっこり笑い、いたずらっぽく目をつぶった。
「ふふふ。わかってます。貴方たちはたとえ間違っても、きちんとわかることが出来る人です」
 ミンクはふと横を向き、遠くを見つめた。
「実は、先ほどまでは教養の光を使おうかと、少し思っていたんです」
「それは、どういう意味だ?」
「教養の光は発動中、術者に教養を持たせるのと別に、ある特殊な使い方があるんです。……光に、特定の相手の教養レベルを判断させるという力が」
 顔を戻し、ミンクが首を振る。
「でも、やめにします。そんなことに意味なんてないことが、今はっきりとわかりましたから」
 そうしてにっこり笑ったミンクの顔からは、もう迷いが完全に消えていた。


「それでは、汐。毎日やっている魔法の修練ですが、そろそろ発展系へと進みましょう」
「え…?」
 秋生とミンクは居間に戻ると、失意気味の汐に早速結論を伝えた。
 突然の言葉に一瞬呆けた汐だったが、段々とその顔に理解の色がともる。
「ええ。もう基礎も大分身についてきていますし、汐ならきっと使いこなしてくれると、私は信じています」
 今日までずっと一緒にいて、汐は信じられる子だと、ミンクはわかっている。
 そして、先ほどとの秋生との会話で悩みも完全に吹っ切れた。この子になら力を与えても大丈夫だと、そう確信できた。
(何より昨日、これから学べばいいなどと言ってしまいましたしね。自分が言ったことには責任をもたないといけません)
 くすっと笑いが漏れてしまうが、ミンクは気にせず続ける。
「その代わり今までよりも厳しい修練になりますが、構いませんか?」
「……そうすれば、私ももっとミンクたちを手伝えるんだよね。役に立てるんだよね」
「もちろんです」
「うんっ。望むところだよっ」
 汐が力強い返事と共にぐっと両拳を握る。
 その様子を見て、ミンクは満足気に頷くのであった。



第五話

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