「ねぇ、汐ちゃん」
「なぁに?」
「昨日さ、私たちと別れた後に、空飛んでたりしないよね?」
ぶーーーっ!
思わず噴出し動揺する汐。幸い口には何も入っていなかったため周囲への被害はまったくなかったが。
「と、突然何言い出すの凪ちゃんっ!?」
「凪ってばまだ気にしてたの? そんなわけないよねー汐」
「そ、そうだよねー。凪ちゃんの勘違いだよー、うん、絶対。あはははは……」
「「?」」
明らかに挙動不審な汐に、真央と凪は同時に顔を見合わせ、首をかしげた。
ルミノ・ファンタズム
第五話 続く日々
「なんてことがあったのですが、秋生さんはどう思いますか?」
「んー……。まぁ気にしなくていいんじゃねぇか?」
「あらまぁあっさりと……」
いつものように古河家居間に集まっている汐・ミンク・秋生と、新たに仲間になったマロン。
今は早苗が店に出ていて、客と会話をしている声がかすかに聞こえてくる。きっと知り合いが買い物に来ていて、そのまま談笑しているのだろう。
相変わらず汐と秋生がちゃぶ台を囲み、ミンクとマロンは汐の肩の上に乗っている。
「自分自身でもあんま信じてはいねーだろーよ。いくらなんでも非現実的すぎるからな」
「そんな、秋生さんから非現実的なんて言葉を聞ける日が来るだなんて…」
「うんうん」
ガーンと言わんばかりの顔をしたミンクに、マロンが深く頷く。秋生との付き合いはまだ浅いマロンだが、大体の性格は把握したようだ。
二人の様子に一瞬顔をしかめる秋生だったが、気を取り直して話を続ける。
「ま、そんなわけだからよ。とりあえず放っておこうぜ。変に反応すると余計怪しまれるだろうしな」
「確かに、そのとおりですね」
「あはは……」
既に思いっきり怪しい反応をしてしまったことは言えない汐は、ただ空笑いを浮かべることしかできなかった。
「でだ、今日は別に本題があるだろう? そっちのことを話そうぜ」
「そうですね。早速説明を始めましょう」
本題というのは、つまるところ先日ついにミンクが重い腰を上げ決断した、魔法の修行の発展のことだ。
「で、具体的には何をするの?」
「今まで汐は、言い方は悪くなってしまいますが、光に頼りきりの魔法を使ってきました。これからの修行の目的は、簡単に言うなら、それを自分のものにするのです」
「ということは……もしかして、光を使わずに自分だけで魔法が使えるようになるの?」
「ええ、最終的には可能になるでしょう。でも、とりあえずの目標は違うところにあります。各魔法になれることでただ光を使うだけでなく、その魔法に自分の力を上乗せし、さらに強い魔法を使えるようにするのです」
「たとえば?」
「ショットの力、それを増幅することができます。つまり、必殺技です」
「おーっ!」
必殺技という単語に孫と祖父が強く反応する。
「必殺技と聞いちゃ黙ってられねぇのが男ってもんよ! んで、一体どんなのだ? こう、目からビームとか出たりするのか!?」
「……今先に言ったばかりじゃないですか」
話を聞かない秋生にミンクが肩を落として脱力すると、気を取り直して説明を再開する。
「当然、魔法の規模が大きくなれば周囲への影響も大きくなります。下手をすれば汐自身を傷つけかねない。魔法に慣れることも含め、これからは実際に魔法を使って修行していきたいと思います。ですので、人の目に付かない場所で行いたいのですが、場所は最初に光を手に入れたあの病院の裏で大丈夫でしょうか?」
「そうだな。距離的にも、あそこ以外近くにはねーだろうな。皆、都市開発されちまったからな」
どことなく陰のある口調で秋夫が言う。
「ただし、散歩コースにもなっている場所だ。気をつけねぇとすぐ見つかっちまうぞ」
「そこでマロンです。マロンもいれば、見張りができますからね。何よりいざというとき汐を助けやすいですし」
「む、それって…どうせあたしは馬鹿だから、何かを手伝わせるよりも、見張りをさせておいたほうが役に立つ…ってこと!?」
「まさにその通りです」
「即答っ!?」
しれっと返すミンクにマロンがショックを受ける。秋生にもまれてきたせいか、ミンクも大分あけすけに物を言うようになった。
「マロンって、馬鹿なの?」
「ストレートだねっ、今すっごくストレートに傷つけてきたよね、汐ちゃん!」
「ご、ごめん、つい口が滑っちゃって……」
「せめてシュートかシンカーあたりでお願いしたいな、あたしとしては…」
「それは一体どんな言い方ですか…」
はっと口に手をそえ、申し訳なさそうに謝る汐とは対照的に、もはやため息すらつかず半目でマロンを見るミンク。
「あれだ、よくある結界とかは作れねーのか?」
「広域結界を作る魔法は確かにあります。一応、私も使えることは使えるのですが、その……あまり得意じゃないので……完全に集中しないといけませんし、長時間は使えないのです」
「そういうのはメイムが得意だからねー」
「メイムって?」
初めて聞く名前に、汐が首をかしげ、尋ねる。
「あたしたちのもう一人の仲間。あたしとミンクとメイムの、三人でこの世界に来たんだよ」
「メイムは攻撃補助を問わず広域魔法を得意としています。彼女がいれば何の問題もないのですが……無いものねだりをしてもしょうがありませんしね」
自嘲気味に笑うと、ミンクはぽんと手をたたく。
「というわけで、今日は早速最初の修行といきましょう。準備は良いですか?」
「おーっ!」
ミンクの掛け声に、残る三人が拳を天に突き上げる。
「で、どうやって修行するの?」
「まずは今までどおり光を発動させて魔法を使います。ただし、無意識に使うのではなく、使ってる間魔力がどう流れてるか、だんごの中でどうなってるかを感じてください」
「うーん、難しいよ」
「最初はそんなものです。出力は最小でいいので、じっくりやっていきましょう。バトルジャケットもいりません」
「わかった」
最初にそんな会話を交わした後、汐は跳躍の光を発動し、淡々と木々を渡る訓練をしていた。
ミンクは汐のそばについて指示を出し、マロンは少し離れたところで汐と周囲に気を使っていた。
ちなみに秋生もついて来たがったが、店を早苗に任せっぱなしにしてはいけませんという汐とミンクのお叱りによって、しぶしぶ店に残ることになっていた。
ぴょんぴょんとさながら忍者のごとき調子で汐は一時間ほど林の中を跳びまわる。
そして休憩に入ったところで、気になっていたことを訊いた。
「ねぇミンク、何で跳躍の光ばっかりやるの? これって一番最初に手に入れた光だし、似たようなのなら飛翔の光の方が凄そうなのに」
「確かに、飛翔の光も扱いが難しいですが、それは魔法制御の問題です。意外かもしれませんが、跳躍の光は高度な魔法なんですよ」
「えーっ! それはびっくり……」
「跳躍の光はただ脚力を上昇させているものではありません。安全に跳躍できるよう、いくつか他の魔法も併用して構成されているんです。先ほどまで木の枝を伝っていながら、枝が折れることはありませんでしたよね。不思議に思いませんでしたか?」
「うん……」
汐はふと、マロンと出会った日、家の屋根を跳躍の光を使って渡っていったことを思い出す。
「跳躍の光はジャンプする際に目的地に届く程度の運動エネルギーを付加すると同時に、地面への衝撃をキャンセルしているんです。だから、例えば細い木の枝でも、足さえつけば足場にできますよ。そうですね……試しにあそこの枝を経由してみてください」
そういってミンクが指差す先には、明らかに今までよりも細い、人がのれば簡単に折れてしまいそうな枝があった。
「え…でも…」
「大丈夫です。いざというときは私もマロンもいますから」
「うん……」
もちろん不安はあったが、ミンクの言葉を信じ、汐はミンクが指差した枝に向かって跳んだ。そして足をつけ、さらにぐっと力をいれる。
すると、果たして木の枝は折れることなく、汐の身体は更なる目標へと跳んでいた。
「うわあ……すごいすごいすごい!」
「あ、汐! 前前!」
興奮に我を忘れた汐の前に木の幹が迫る。
それを見たミンクとマロンはすぐさま魔法陣を展開、木の幹にクッションを作り出す。無事、クッションに汐の身体がぼふんと受け止められた。
「ご、ごめん……ありがと……」
「もう、気をつけてよねー」
クッションに身体をうずめたままの汐の元に、マロンが腰に手を当てぷりぷりと怒りながらやって来る。
「マロンの言うとおりです。まあ慣れないうちは仕方ないですが、魔法はとても大きな力です。使うときは気を抜いてはいけません。わかりましたね?」
「うん……ごめん……」
改めて謝り、しょぼんとする汐を二人で地面に下ろす。
そしてミンクは表情を和らげ、優しく語りかける。
「いいんです。そうして学んでいってください。失敗は成功の母とも言います。人は間違いを知ることで学んでいける。失敗をただ恥じるだけでなく、それをバネに成長するのが大事なんですよ」
「うん。ありがと」
二人の暖かい視線を受けながら、汐はそう言って微笑んだ。
明くる日の休日。昼前ほど。
岡崎家では朋也と渚がテレビをつけながら、ゆったりと過ごしていた。
テレビをBGMに夫婦水入らずの会話をしていると、ふと来客を告げるチャイムが響いた。
「はーい」
すぐに渚が立ち上がり、返事をしながら小走りで玄関に向かう。鍵を外し扉を開けると、そこにいたのはよく知った友人、藤林杏だった。
「やっほー」
「杏さんっ、いらっしゃい。どうぞ、今お茶を出しますから」
「ああ、おかまいなく。それよりあんた、まだ昼食の支度してないわよね?」
「あ、はい、まだです」
「朋也の奴もいる?」
「はい………?」
「よしよし、んじゃちょっと上がらせてもらうからね」
頭に?マークを浮かべている渚を放置して、靴を脱ぎ、杏は家へと上がりこむ。
そのまま居間へと入ると、ニュースを見ていた朋也が振り向いた。
「ん、何だ、誰かと思ったら杏か。どうしたんだ?」
「出かけるわよ」
「……は?」
唐突な言葉に朋也は間の抜けた声をあげる。
それを聞いて杏もさすがに説明が足りなかったと思ったか、続けて説明を加えた。
「昼飯、食べに行こうってことよ。わかった?」
「ああ……それはわかったが、一体どうしたんだ、急に……。ていうか、お前、凪ちゃんは?」
「凪なら汐ちゃんたちと遊んでるわよ。ちゃんと途中で拾うから安心なさい。さ、わかったならとっとと準備準備」
「おいおい、何なんだ、強引だな」
されるがままに外出準備を整えられると、そのまま朋也と渚は外へと引っ張られていった。
「それホント?」
「うん、杏さんが、お昼は外で皆と食べようって」
同じ頃、公園で遊ぶ少女たちもまた、件の話を凪が切り出していた。話をする汐たちの間に飛び交っているのはサッカーボール。
小学生の少女が三人、公園でボールを使って遊んでいる光景はなかなか珍しいものではあるが、この町には追いかけっこを未だに繰り返す夫婦がいるのでそう不思議でもないかもしれない。
「へー、どこ行くんだろう」
真央が待ちきれないといった様子で、目の前にやってきたボールを勢いよく蹴ろうとするが、見事に空振る。
無情にも遠ざかるボールを追いかける真央を見つめる他の二人も、口に出してはいないが、とても楽しみにしている。
今までも杏は何度か店を紹介してきているが、そのどれもが美味しい料理を提供してくれるところばかりだった。これはむしろ期待するなという方が無理というものである。
「ねーねー、もうすぐ時間かな?」
「だと思うけど……」
ボールを抱え戻ってきた真央が尋ねると、汐が公園に設置されている時計を見上げる。とその時、ちょうど聞きなれた声が耳に入ってきた。
「おーい」
「あ、噂をすればってやつだね」
声がした方向を見ると、そこにはまさしく、杏ら三人が歩いてこちらに向かっていた。
「こんにちは、杏先生」
「こんにちは」
「はい、こんにちは。うん、きちんと挨拶をしてるね、いい子たちだ」
にこっと笑って杏が少女たちの頭をなでる。
と、汐が杏の後ろにいる、若干困惑した表情を浮かべたままの朋也と渚を見て、首を傾げた。
「どうしたの? パパもママも」
「ああ……いや、何でもないよ、汐」
「?」
朋也に頭をなでられつつも、結局違和感をぬぐいきれない汐は再度首を傾げる。
「さて、んじゃ出発するとしますかね!」
「おー!」
そんな岡崎親子を無視して、杏と子供たちは元気よく手を上げた。
杏に連れられしばらく歩いていると、周りの様子を見て、朋也がふと何かに気づく。
「もしかして……これ、高校の方向じゃないのか?」
「あら、覚えてたの?」
「さすがに覚えてる、馬鹿にすんなって」
「あはは、そっかそっか。ま、とにかく後ちょっとだから、ついてきなさい」
どうにも釈然としないが、今何を言っても無駄だろうと思った朋也は、素直について行くことにする。
そして間もなく、目的の場所についたのか、杏は足を止めた。
「さ、ついたわ、ここよ」
紹介されたそこは、一階建てのいかにも古い家屋と言うべき外見の店。よく言えば歴史を感じられる赤いのれんには『ラーメン』とだけ書いてある。
杏が引き戸になっている扉を、がらっと音を立てて開けた。
「おっちゃーん」
「おう、先生さんか、いらっしゃい。今日はまた大人数だねぇ」
カウンターの中にいる店の主人らしき人が気さくな笑顔で一同を迎える。真っ先と店内へと入った杏は、扉の外で立ち止まったままぼけーっとしてる朋也らを手招いた。
「ほらほら入った入った。口はちょっと悪いけど、良いおっちゃんだからさ。ちょっと江戸っ子入ってるけど気にしないでいいわよ」
「はは、さすが先生さんだ。よくわかってらっしゃるぜ。ささ、あんま綺麗とは言えねー店だが、遠慮せずに入ってくれ」
汐は隣の真央や凪と顔を見合わせると、おじぎをして店に入り、朋也と渚もまた、娘たちに倣った後、赤いのれんをくぐった。
さて、肝心のラーメンの味だが、古臭い外見に反してなかなかに美味なものだった。ちなみに店主自身はまだまだ修行が足りないと言っていた。まだ満足がいっていないらしい。メニューが少ないのも、自分が納得がいかない物を出さないからだということだ。
だが特筆すべきは味よりも、その低価格さとボリュームであろう。加えて、終始陽気さを絶やさない店主を初めとしたアットホームな雰囲気は心地よいものがあった。
朋也自身に立ち寄った経験はないが、よく聞く学生御用達食堂という言葉がぴったりの店だった。
少々量の多い昼食を堪能した帰り道、杏は朋也に語りかける。
「このラーメン屋、結構学校帰りの学生に人気があったのよ。当時の店主のおばあちゃんもまた気さくな人でねー。ま、あんたはあの馬鹿ぐらいしか友達がいなかったから知らなかっただろうけど」
「悪かったな」
杏の軽口に小さくぼやく朋也。忘れたい思い出というものでもないが、大人になり、子供もできた今となっては少々痛い過去だ。
「あたしもさ、結構前になくなったって聞いてたし、卒業してからずっと来てなかったんだけどね。この前通りがかって店がやってるのを見てびっくりして、思わず入っちゃったわ」
ふと足を止め、話を区切り、杏は朋也を見つめた。
「一度はあの店もなくってしまった。でも、今はあの店主さんが後を引き継ごうとしている。……確かに、この世に変わらないものなんて、本当は一つもないかもしれない。でもさ、それは完全になくなるわけじゃないのよ。たとえ変わっちゃったとしても、残るものはある。想いが続いていく限り、それは確かに存在するのよ」
「続いていく……」
「そ。それにさ、いつまでも変わらないものばっかりだったら、人生つまらないじゃない? 第一あんたなんか、一番変わった筆頭じゃない。あーんな可愛い子供もできてさ、高校時代からは考えられない幸せだわ」
杏は朋也の背中をばんばんと叩いてわざとらしく笑う。
「言いたかったのはそれだけ。柄にもないこと言っちゃったわね」
最後にそう締めくくると、杏は先を歩いている渚と子供たちのところに走っていった。
走り去る杏の後姿を見つめながら、朋也はしばしぽかんと立ち尽くす。
「……そっか、そうなんだな」
変わるということは、イコール消えるということではない。
だから、変わるということに悲しみばかりを感じてはいけない。自分たちのように、嬉しい変化もあるんだ。杏はそう言いたかったのだろう。
(まったく、前集まったときのこと気にしてたんだな。ちょっと感傷に浸っただけだったのに、本当にお節介な奴だ)
前を行く杏の後姿を見て、朋也は苦笑する。でも……。
ふと、空を見上げる。そこには、雲が緩やかに流れていた。
(その想いが続いていく限り、決して消えはしない、か。サンキュー杏。すっきりした)
視線を下ろし、早く来いとはやし立てる杏を見、自分が随分お節介な友人を持ったことを、朋也は幸せに思ったのだった。
Bパートへ続く
幕間
「ぶえーっくしゅ!」
「どうしたのよ、お兄ちゃん。風邪?」
「いや、どうも誰かに忘れられているような気がしたんだが」
「気のせいじゃない?」
「んーむ」
ずずずっと鼻をすする、男春原陽平。彼の春はまだまだ遠いようである。
「余計なお世話だーーーーっ!!」
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