「汐ちゃんはいつもみたいにお茶でいい?」
「うん、お願い」
「いつも思うけど、なんか年寄り臭いわね〜」
「そうかなぁ?」
「でも健康には良いじゃない。少なくともジュースよりはよっぽどね」
「う……凪はうるさいわね、もうっ」
 ちょうどコップに手を伸ばそうとしたところで凪に言われ、真央は思わず手を引っ込める。
 少女たちがくつろぐのは凪の家、つまり杏の家だ。学校帰り、汐と真央はよく遊びに来ているのである。ちなみに平日なので杏は仕事中だ。
 お盆に急須と湯のみを二つ乗せてやってくる凪を見て、真央の眉がぴくんと動く。
「何よっ。凪までお茶なんて、もしかしてあたしへのあてつけっ?」
「そんなことないわよ。私もたまにはお茶がいいかなーって思っただけ」
 くすくすと笑いながら凪が急須にお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を入れる。
「ふーんだ、どうせあたしは二人みたいに勉強も運動もできないし、一人寂しくジュース飲んでますよーだ」
 頬を膨らませ、すねる真央がアップルジュースの入ったコップに口をつける。
 その様子を見かねた汐がなんとか笑顔を浮かべて口を開く。
「真央ちゃんもお茶飲んでみたらどう? 飲んでみたら、案外美味しいかもしれないよ」
「あたし猫舌だから、熱いお茶は駄目なの。ぬるいお茶は美味しくないし」
「あ、そっか。この前ラーメンを食べた時も、凄いふーふーして冷ましてたっけ」
 というかそれで真央が猫舌だということを汐は知ったのだが、すっかり忘れていた。
「これ大変なのよねー、直そうと思って直せるものでもないし。これのせいで熱々じゃないと美味しくない食べ物はみーんな食べられないし」
 真央はテーブルに突っ伏すと、ぶつぶつと愚痴をこぼす。
「ごめんごめん、だから許して、真央ちゃん。本当にいじわるしようとしたわけじゃないから」
「ほんとに……?」
 少しだけ顔を起こし、目だけ覗かせる真央。凪は時々真央をからかうことがあるので、真央も簡単に信用できないのだろう。
「本当だってば。ほらすねないで、お菓子もあるから、早く食べよ?」
「むー……しょうがないなー」
 そう言いつつ起き上がる真央の顔は、視線はお菓子を向き頬は嬉しそうに緩んでいる。
(そこで納得しちゃうのが、真央ちゃんの良いとこでもあり、悪いとこでもあるんだよねー……)
 などと、クッキーを摘みながら汐は思うのだった。


 そしてあっという間に日が暮れ、汐は友達二人と別れて家路に着いた。
「ただいまー……?」
 家に辿り着き、玄関で帰宅の挨拶を口にする。が、その言葉は語尾が尻すぼみに小さくなる。
 どこかいつもと雰囲気が違う……。
 汐はそんな感覚を覚えながら、靴を脱ぎ、居間へと入る。そこには、暗い表情でテーブルを囲む、秋生と早苗がいた。

「ママ、大丈夫……?」
 布団の中で寝込む渚を前に、汐は心配そうな声で朋也に尋ねる。
「ああ。ただの風邪だって、お医者さんも言ってたしな。きっとだんご大家族のグッズでもあげればすぐ元気になるさ」
「だんご大家族っ!」
 朋也が発した冗談にぴくんと反応すると、不意に渚が飛び起きる。
「うわっ! いきなり復活した!?」
「だんごっだんごっだんごっ!」
「わかったわかった、ここにあるから、ゆっくり寝てろ!」
「……」
「ん?」
「……ばたんきゅー」
 力尽きたように渚はこてんと倒れ、再び眠りにつく。
「……やりたいだけやって倒れたか」
 先ほどまでの元気さとは裏腹な、静かな寝息が聞こえる。
 起きた時落ちた布巾を改めて水にぬらし、絞って額に乗せた後、そっと二人は部屋から出た。
 居間にはあまり大人数で囲んでもかえって目覚めたときの渚の負担になるということで待っていた秋生と早苗がいた。
 二人は部屋から出てくる朋也と汐を確認すると、早苗は無言で頭を下げ、入れ替わるように渚が寝ている部屋へと入った。
「渚の様子はどうだ?」
「静かに寝てるよ。見た感じ、いつもの風邪と同じだと思う」
 テンションがおかしかったのは熱のせいだと信じたいところである。
「そうか……」
 もともと渚は体が弱い。というより、原因不明の慢性的な熱に悩まされていた。
 汐を出産してから母としての強さを示すように大分丈夫にはなってきたが、それでも風邪を引いた際に家族は心配しないではいられない。
 いつもならここで渚が「いつまでも子ども扱いしないでくださいっ」と頬を膨らませるところなのだが、今日はいささか熱が高い
 暗い顔で話す父と祖父を見つめ、汐はミンクとマロンに話しかける。
『ねぇ。私もママに、何かできないかな?』
『うーん……。看病は秋生さんたちに任せたほうが良いでしょうし、そうですね……お見舞いには花を持ってくるとは聞いたことがあります』
 ちなみにその後にはテレビドラマで、と続くのだが、それは黙っておく。
『お花……』
 その一言を考えて、汐はぴんと思いつくものが一つあった。
『小さい頃一緒に見た、あのお花畑のお花……』
 汐がまだ幼稚園の時に朋也と渚と一緒に行った、朋也の父と祖母がいる花畑。そこに咲いていた綺麗な花を思い浮かべていた。


 思い立ったら吉日とばかりに、汐はすぐさま行動に移した。
 今の汐には魔法がある。飛翔の魔法を使い、さらに魔力を付加してスピードを上げれば短時間で往復できるだろう。
 曾祖母の家には何度も連れられているから、駅からの道は全部覚えている。後は、線路を伝って駅間を飛翔の光で飛ばせばいい。
 そうして久々に訪れた、曾祖母の家。広い緑で覆われた土地に一面の花畑、そしてぽつんと立つ一軒屋。
 玄関前に立ち、ノックをすると、はーいという控えめな声と共にこちらへと歩いてくる足音が聞こえてくる。
「何だい? お嬢さん。こんなところに君みたいな若いお客さんだなんて、珍しいね」
 扉を開き、現れたのは初老の男性。汐の祖父であり、朋也の父である、直幸だ。
 直幸は目の前に立つ十八歳ほどの少女を穏やかな視線で見つめている。
 十八歳ほどの少女……それはもちろん、汐のことだ。
 汐は誰かに見られても気づかれないように、というミンクの助言に従い、成長の光を使って、一時的に成長した姿になっていた。
 ちなみに、服は家のタンスから持ち出した母のワンピースを着ている。現在の汐の力では、服まで成長の魔法を適用できないからである。
「何だか、君にはどこか見覚えがある感じがするよ。名前は、何と言うんだい?」
「えっと……その……」
 成長した姿とはいえ整形をしたわけでもなく、その上渚の服を着ているせいか、直幸は今の成長した姿からでも、汐の面影を感じてしまったようだ。
 名を尋ねられるとは予想外だった汐は、慌てて適当に名前を頭の中で組み立てる。
「お、岡河、奈緒と言います」
 とっさに適当な名前を作り出す。両親の苗字と親友の名前を合成した単純なものではあったが、即興の割りにはなかなか良い感じかもしれない、などと汐は思った。
「あの……ちょっと探している花があるんですが。そこのお花畑から探して、あったら摘んでいっても良いですか?」
「ああ、いいよ。好きなだけ摘んでいくといい」
 やさしい笑みで直幸は答える。普段自分に向けられる笑顔とはまた違う、柔和な笑顔に、汐は何となく嬉しさを感じていた。



 花を摘む許可をもらえたお礼を直幸に言って、早速汐は花畑へと出る。
「どれにしようかなー」
 などと口にしながら、中腰で花を物色していると、ふと、花畑の中のどこからか何かの波動を感じた。
 汐はおもむろにすっと背筋を伸ばして立ち上がり、注意を周囲に向ける。
『……ねぇミンク、マロン。これって……』
『はい。発している力が弱いのでまったく気づきませんでしたが……光ですね』
『でも弱ってるってわけじゃないみたい。穏やかな光みたいだね』
 二人の返答を聞くと、微かに感じる光の波動を頼りに、軽く周りを見回すと、ほどなくして少し離れたところに光を見つけることができた。
 汐はゆっくりと歩いて近づいていくと、そっと花の上に乗る光を発見した。光を見たミンクがぽっとつぶやく。
『これは、治癒の光ですね……』
『治癒……』
 その言葉を聞き、脳内に真っ先に思い浮かぶのは熱にうなされ布団の中で眠る母の姿。
(もしかして、これでママを治せるかな……?)
 そんな、子供なら思って当然の考えが汐の頭に湧き上がる。
『何か交戦意思なんてまったくなさそうだし、そのまま封印できちゃいそうだね』
『そうですね。さあ汐、周りには誰もいないですし、今のうちに封印を』
『うん』
 手早く杖を具現化させ、汐は目の前にいる光にだんごを向ける。それでもなお光は動くことがない。むしろ、封印を許容するような、そんな雰囲気さえ受け取れる。
 汐はそれに答えるように、光を安心させるようにそっと笑みをこぼすと、封印の呪文を唱えた。
「魔法士、岡崎汐の名において命ず。光よ、我に従い、我の力となれ!」
 最早大分見慣れた、光がだんごへゆっくりと吸い込まれていく光景。そして光が完全に入りきると、だんごは一度クリーム色に光った。
 だんごの中から感じられる暖かい力を感じて、汐はほっと一息をつく。そして目を細め、先ほど光が入っていっただんごを見つめた。
『これを使えば、ママも治るかな?』
『……そうですね。きっとこれならすぐに治ると思いますが……』
『ミンク……?』
 歯切れの悪いミンクの返事に、汐が首をかしげる。
 するとミンクは逡巡した後、首を振るようなそぶりを見せた。
『いえ、何でもありません。さあ、早くお見舞いに持っていくお花を探しましょう。どの道、治癒の光を使えるのはご両親が寝静まった後になりますし』
『? うん、わかった』
 口調を和らげ、ミンクが汐を誘う。汐もまた笑顔でそれに応じ、再び腰を落として一面に広がる花を眺め始めた。
 そんな汐の姿を見つめ、ミンクは心の中で思う。
(つい前、私が決心したのは一体なんだったのですか。汐なら大丈夫だと、私は信じたのではなかったのですか! それを今になって私は……)
 そう自分に言い聞かせるも、胸の内からどうしようもない不安が消えることはなかった。



 時は過ぎ、岡崎家深夜。
 家族に風邪がうつってはいけないと、今日は渚だけ寝室に、汐と朋也は今に布団を敷いて寝ていた。
 家が、町が寝静まる中、汐はむくりと起き上がる。
 そして朋也を起こさぬよう、そっと寝室の扉を開け、眠る渚に近づくと、枕元に膝を突いた。
『うん、大丈夫。朋也さんはぐっすり寝てるよ』
 こっそり実体化し、居間に残ったマロンからのテレパシーが頭の中に響く。
『渚さんも同じく、ですね。風邪を治す程度ならば起きる心配もないでしょう。汐』
 汐は無言で頷き、杖を具現化させる。
「お願い、力を貸して。トリート……っ!」
 小さな声で呼びかけると、だんごはクリーム色に光り始める。
(これが、治癒の力……)
 流れ込んでくる、今までに感じたことがないほどの、暖かな感覚。
(わかる……わかるよ。あなたの人を助けたい、癒したいと思う気持ち。だから、力を貸して、ママを助けて!)
 右手でぎゅっと杖を握り、左手をだんごに添え、母の回復を強く、強く願う。
 すると、だんごの輝きが一層増し、同時に渚の身体もクリーム色に光りだした。
 渚を包む光はまるでシャボン玉のように全身から立ち上り、空中へと発散していった。
 そうして数分ほど経った後、渚を包む光が、続いてだんごの光が、静かに消えていった。
『……これで、大丈夫なの?』
『ええ。渚さんの治療は完了しました。お疲れ様です』
 渚の顔に視線を向けると、先ほどよりも幾分寝顔になっていた。
『……よかったぁ』
 急に気が抜け、汐は両手を地面につく。
(ありがとう……治癒の光さん……)
 杖を胸に抱きだんごに頬を寄せ汐は心の中でお礼を言う。
 すると一瞬、汐の言葉に呼応するように、ぽうっとだんごがクリーム色に光る。
『さあ、杖をしまって早く寝ましょう。マロンも早く』
『言われなくてもわかってるよー。もう、ミンクは一々うるさいんだからー』
 しかしその光に気づく者は誰もおらず、汐はそのまま杖を消し、居間へと戻った。
 先ほどと同じように静かに扉を閉め、ぶつくさ言いながらやってくるマロンを受け止める。
 自分の布団の所にまでやって来ると最後にもう一度眠る朋也を見、汐は布団へと入り込んだ。
『お休み二人とも。また、明日ね』
『はい、お休みなさいませ』
『お休みー』
 朝起きた時、母が元気になっている事を祈りながら、汐はゆっくりと目を閉じた。


 
 そして、汐が眠ったその後。
 岡崎家からクリーム色の光が一つ、飛び出したことに、汐たちは気づかなかった。


第六話

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