ガンダム外伝 Horizon Over



 第一話:すれ違う運命

   プロローグ:里村茜の忙殺

 どうせろくなことではない。そう思って司令室のドアを叩いたのが五分前。自分の勘も捨てたものではないな、と五分後の里村茜は思う。
「特務、ですか?」
 このご時世――ジオン公国が宣戦布告して、はや九ヶ月――特別任務なんてものは吐いて捨てるほどある。所詮、人の命を使う方便でしかない。それでも、里村茜は連邦軍の小隊を率いる長であり、中尉の位を与えられた軍人なのだ。
「そうだ、里村大尉」
 だから覚悟はできていたし、任務をこなすのは今までと変わらないことだと、そう思っていた。
「大尉、ですか」
 茜は表情を変えない。そういうこともあるだろう、そう思うだけで。対する上官も命令を下すのは慣れたものである。
「君は特別任務第三部隊としてモビルスーツ数機と戦艦一隻をもって、ボゴダの神尾准将の下へと向かってもらう。指示はその場で受けてくれたまえ」
「昇進しても大尉の私が、戦艦を扱うのですか?」
 心中ため息をつきながら茜は思う。所帯が大きくなれば命の数も増える。けれど、乗り物の重さが増えても、軍にとって人命の重さは変わらないのだ。まして、戦艦に乗って特別任務とくれば、なおさらだった。
 上官はちらり、と外を一瞥してからただ命令をする。
「その点については、神尾准将がボゴタ到達時に正式な小隊として認可し、君と君の部下の昇進も決まる。それまでは残念だが正式な部隊ではないと言うことだ。安心したまえ、リマ途中の補給地点とリマでの補給は約束されている」
 何に安心しろと言うのですか。まさかあなたの言葉を? ご冗談を。
 胸中に言葉を止めるため、茜は何気ない仕草で、上官から遠くの空気を求め軽く息を吸う。
(馬鹿ですか、私は……)
 締め切った部屋のどこに清浄な空気があるというのか。この地球のどこに、安心して呼吸をできる場所が存在しているというのか。いっそ宇宙にでも行けばそんな心配もいらないかもしれない。
 茜は一度だけ奥歯を噛み締め、姿勢を正した。
「了解いたしました。これより四日後の一五〇〇をもって私の小隊はボゴダの神尾大佐の元へと向かいます」
 軽く頷く上官の、口の端が歪むのが、茜には見えた。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
 おかしいほどに、そのままのカタチで止まる口元を見て、茜は拳をきつく握ることで対処した。同時に同僚である青年の顔が思い浮かぶ。
「何だね?」
 彼は――いや、彼らはなんと言うだろうか。茜は小隊に所属するパイロットの顔を思い浮かべる。
「何故、私の小隊なのでしょうか?」
「不服かね?」
 上官の時間が動き出し、顔が歪んでいく。醜いものだな、と茜は思う。
「いえ、そんな事は……」
 思うだけで、結局のところ――
「では、行きたまえ」
「はっ、失礼しました」
 ――私も変わりはしないのだ。
 扉を閉めてきつく目を閉じる。せめてまぶたの裏には綺麗なものを描きたいな、と思いつつ。


 閉められた扉を司令官は睨む。
「ふん、生意気な女だ。小娘に高価な機体をくれてやるのは癪だが、まぁ厄介払いの餞別だ。せいぜい派手にやるがいい、派手にな……」
 司令官の言葉は茜に届くことはなく、聞くもののいない言葉は消える。


   1:里村茜の溜息

「なにをやっているんですか、あなた達は……」
 茜はため息をつきながら、ハンガーに集った面々を見渡す。
「いや、なにって」
 パイロットである相沢祐一が後ろを指差す。そこには戦艦――ペガサス級強襲揚陸艦『ホライゾン』が鎮座していた。
「ホント、男ってバカな生き物よね。すぐはしゃぐんだから」
 髪の先端をいじりながら七瀬留美が器用に肩をすくめてみせる。その顔が不意に強張る。きっと枝毛が見つかったのだろう。私も手入れを怠らないようにしなければ、と茜は思いつつ、一人の青年を見やる。
「そのバカな生き物に惚れるのは、どんな生き物なのかね、茜ちゃん」
「知りません。隊長と呼ぶようにといつも言っているはずですが、北川少尉」
 そっぽを向く茜を見ても青年は笑みを崩さない。北川潤というのが彼の名で、相沢、七瀬両名と同じくモビルスーツのパイロットである。
「それで、なにを騒いでいたんですか?」
 大体の想像はついたが、茜は一人の少女――月宮あゆに説明を求めた。
「祐一君と北川君がはしゃいでて……」
 相沢の顔を一瞥して、少女は状況を告げる。童顔な上に、彼女の放つ空気から「トロそう」と思われがちであるが、メインオペレーターを務めている。彼女もまた、連邦政府の里村小隊に所属する軍人なのだ。
 月宮からの報告を受けた茜は、一度頷いてから戦艦を見上げた。
「気持ちも解らなくはありません」
 ほら見ろ、うぐぅ、さすが茜ちゃん、社交辞令よ、とそれぞれの反応が返ってくる。あっという間に騒がしくなるハンガー。注意しなくては、と思う反面、眺めていたい気もする。頬が緩みそうになったので、慌てて口元を押さ――茜は自分の体から余計な力が抜けていることに気づいた。
(ここの空気は、悪くありませんね)
 だからこそ、ただ眺めているわけにはいかない。
「注目! これより、相沢、七瀬、北川の三名は搭乗する機体のシミュレーションを行ってもらいます。出発まで三日しかありません。今度の作戦はこれまでとは違います」
 一端言葉を区切り、茜は皆の顔を見渡した。場の空気は一変し、お調子者の男性陣でさえ厳粛な顔つきになっている。
(それでいい。これが私の役割だから)
 茜はわざと威嚇するように部下を睥睨してから言葉を紡ぐ。
「もちろん、これまでと変わらないこともあります。常に危険と隣り合わせであること、戦争であること、なによりも無事に生きて帰ること。時間は限られています。ここまで言えば十分でしょう。総員駆け足っ」
「ハッ!」
 駆け足でその場を去るパイロット三名。月宮も「うぐぅ、ボクも行くよ。祐一君待ってよ〜」と後を追いかけていく。全員の姿が見えなくなったのを確認して茜はため息をついた。
「詩子、いるんでしょ?」
「ども〜、鬼軍曹殿。お久しぶりであります」
「誰が鬼軍曹ですか。――場所を変えましょうか」
 にこやかな口ぶりとは反した、詩子の眼を見ての判断だった。
「とりあえず、昇進おめでとう」
「まだ中尉のままです。詩子、あなたは本当に、おめでたいことだと思っているのですか?」
「少なくとも、上の連中にとっては、ね。実際のところはただの厄介払い」
「わかっています。このままここで前線にも出ず、たいした指揮もとらずに終戦まで生き延びて甘い汁だけすすろうとしてる司令官様が癖の強い上に能力だけは高いっていう私の小隊をスケープゴートにしようっていうのでしょう?」
「言うね、茜……。まぁね、正直な話、延期されたオデッサ奪還作戦のための囮部隊にする上、ホワイトベース隊の囮でもあるわけだもんねー。ご大層にジムの顔ガンダムととっかえちゃってさ。でも、彼らも大変だよね。なまじっかガルマ大佐なんて大物を倒しちゃったばっかりに」
「そうですね。大きな事を成し遂げた結果が、常に最前線でいいように使われるだけですし。大きな力を持ちすぎると敵からも味方からも疎まれるいい見本、といったところでしょうか」
 疎む味方は、上の無能な首脳陣だけどねー、と詩子は笑ってみせる。
「ところで、この特別部隊が三つ作られたのは知ってる?」
「私たちの部隊が第三ですから最低限それだけあるとは思ってましたが……。詩子、神尾准将は結局何のために私たちを?」
「んー、囮部隊としての役割が大きいとは思うんだけど、普通に戦力としても、ね。向こうもエース揃いだけど、なーんか攻めあぐねてるみたいだしさ」
「陽動でキャリフォルニア攻めですか。どこか矛盾しているような気もしますが、あそこの戦力を考えると少しでも多いほうがまし、と」
「だろーね。最戦線だし、あそこ落とせばアメリカ大陸縦断のいい拠点なんだろうけどそうはいかないもんね」
「長く、なりそうですね」
 今日何度目になるのか……茜は肩をおとしてため息を吐いた。


   2:予期せぬ再会
「艦長! 前方に敵影発見、モビルスーツ三機確認!」
 月宮の一言で艦内に緊張が走る。けれどそこに動揺ない。そろそろだろう、という予測はたっていたからだ。
 これぐらい、あの司令官殿でも予測できるでしょうね、と茜は胸中で呟く。明日の天気が晴れである確率を五十パーセント、晴れでない確率をもう半分であると予測するぐらいには。
「聞こえましたか?」
 茜はハンガーへと問いかける。
「パイロット、モビルスーツとも出撃の準備整っています」
 内線電話で整備班長である住井からの返答が入る。すぐさまモビルスーツからの無線がブリッジに届く。
「いつだって俺は準備万端だけどね、茜ちゃん」
「北川少尉、無駄口を叩かないように。総員第一種戦闘配備、モビルスーツ隊は直ちに出撃してください」
「里村小隊の白き流星と呼ばれるであろう俺の活躍が始まるわけだな」
「偽者だけどね」
「あゆ、テメー」
「相沢、偽るのは良くないな。少し黄ばんでるだろ、お前の流星は」
「ちょっとあんた達、乙女の前でくだんない会話してんじゃないわよ!」
 茜は思う。どうしてこうも緊張感がないのだろうか、と。
「進路クリア、発進どーぞ!」
「総員出撃! 敵モビルスーツおよび戦力の殲滅を開始してください」
 モビルスーツが二機、降下していく。北川の搭乗するジムスナイパーは地面には下りず、戦艦の上に陣取った。
「っしゃ、行くぜガンダム」
「顔は撃たれるなよ」
「そういうことは自称乙女に言えっての。――相沢少尉、これより作戦を開始する」
「こちらホライゾン。了解、作戦開始。七瀬軍曹は先行する相沢少尉を援護してください」
「まかせといて」
 相沢の搭乗するガンダム――その実態は先行量産型ジムにガンダムの頭部パーツをつけたという代物である――が北上して敵へと向かっていく。その後方に七瀬機であるガンキャノンが、最後尾に戦艦ホライゾンが追う様にして進んでいく。
「マゼラアタックが二体、ザクが二体、旧式が一体か」
「いけそう?」
「ガンダムならな」
「なら、やらなきゃね」
 マゼラアタックの砲台が相沢に狙いを定める。相沢はサイドステップをして相手の射線から外れる。陣形は整っていないため、連携で行く手をふさがれることもない。
「ガンダム効果ってやつか。今のうちに接近する、援護頼む」
「了解」
 言うが早いか七瀬がハンドグレネードを続けざまに投擲する。距離はまだ遠く、敵との中間地点に落下し、爆発する。巻き上がる砂塵に紛れ、互いにしばらくの間視界がきかなくなった。
 ジオン軍はこれを好機に陣形を整える。連邦の白いモビルスーツに備え。
「七瀬軍曹は挟撃の態勢を整えてください。北川少尉はそのまま待機で」
「それだと相沢少尉が……」
「彼は囮です」
 七瀬の言葉をあっさりと切り捨てる茜。視線を月宮へと向けると、肩がぴくりと震えるのが見えた。
 月宮のことは気の毒に思う。けれど、この小隊を率いた時間は一日二日ではない。パイロットの力量を信頼すればこそ、だ。
 この先、相沢機が過分に狙われるのは目に見えている。だからこそ、茜は示したかった。戦力としての戦艦を。そして、自身も共に戦っているという確かな証拠を。
「ホライゾン射程範囲まで前進。メガ粒子砲発射準備してください。相沢、七瀬両名は合図と共に行動を開始。北川少尉、あなたは自分の判断で行動してください」
「りょーかい」
「初戦です、派手にいきましょう」
 一方相沢機は進路を北東へとかえる。風下のため、砂塵はそちらへと流れていき、視界が晴れたころ、いまだ砂塵の中であった。
 よって、敵機の前には巨大な戦艦が見えるだけで、戦艦の前には敵機しか映らない。
「メガ粒子砲、ってぇーっ!」
 ジオン軍は陣形を整えてあったのが裏目に出た。密集し、まともに射線に入っていたため、モビルスーツ以外の回避が遅れてしまったのだ。
 戦艦の砲撃を合図に砂塵の中から相沢機が躍り出る。突如出現した連邦の白いモビルスーツにジオン軍は浮き足立った。それでもさすがというべきか、モビルスーツ三機は散開しつ、旧型のザクの左右前方にザクが展開しガンダムへと立ち向かっていく。
 接近戦になってしまえば戦艦の火力は役に立たない。しかも戦力差は明らかになり、戦艦を落としにかかれば挟撃も免れない。ならばいっそ、粉骨砕身、捨て身の気迫をもって連邦の新型モビルスーツを撃墜しよう、確かにそれは正しい判断だった。
 しかし、彼らの目の前でマシンガンを乱射しているのは、ガンダムではない。なによりも、この状況を作り出した存在を彼らは完全に忘れていた。
「もらったあああああああああああああああああああああああ」
 相沢とは反対方向――砂塵を隠れ蓑に森林へと向かい、機を窺っていた七瀬機であるガンキャノンが突進してきたのだ。
 両肩に装備された二四〇ミリキャノンが火を噴く。狙い違わず最後尾にいた旧型のザクが爆発した。
 ジオン軍の兵士は惑う。このままガンダムに特攻すべきか、それとも一対一に持ち込むべきか否か。
 その逡巡が命取りとなった。わずかに動きが鈍った瞬間、
「その一瞬が命取りだ」
 戦艦から一条の閃光が走った。北川機であるジムスナイパーによる狙撃である。見事に打ち抜かれたザクが爆発する。
 残るは一体。
 完全に包囲されたザクに相沢機が接近していく。
「相沢、動力炉を破壊しないよう気をつけろよ」
「爆発させたやつが四の五の言うなっての」
 マシンガンからビームサーベルへと武器を切り替えた相沢機がザクに突進していく。ザクは武装を変えず、バズーカの砲身を相沢へと向けたままだ。
 バズーカが相沢機を射線に捉えた瞬間、ガンダムの体が沈む。発射された弾丸は標的を見失い、相沢機の後方へと飛んでいく。相沢機は低姿勢のまま突撃し、片腕を突き出すようにしてビームサーベルを繰り出した。
 狙い違わずビームサーベルがコックピットを貫くと、ザクは完全に沈黙した。

「敵機完全に沈黙」
 月宮の報告に、茜はそっと息を吐いた。十数分という短い時間だというのに、いつになっても戦闘中の時間の流れは遅く感じられる。
「作戦終了、各機帰還してください」
 パイロットから了解の意が返ってくる。と――
「敵影出現、数――五! 増援です!」
「見逃してはくれないでしょうね……。モビルスーツの破損状況は?」
「半ば奇襲だったからな、ほとんど無傷だ」
「相手だって無傷だけどな。で、茜ちゃん、どうする?」
「総員迎撃態勢。頃合を見て離脱します」
「そううまくいくかしら?」
 七瀬の緊張をはらんだ声に茜は、おや、と思う。彼女は他のパイロットが言うほど逞しくはない。むしろ、もっとも繊細だとすら思えるたりする一面を持っている。けれど戦闘中にあってはあまり悪い方向に思考を向けないのを茜は知っていたからだ。
「遠目だから確信はもてないんだけど、あのザク……」
「司令機、ですか」
「多分ね。さっきの奴らには奇襲が成功したけど、統率のとれた相手だと分が悪いかも」
「そうはいっても、今からじゃまくったケツにバズーカをぶち込まれるぞ。俺たちを収容している間に戦艦ごと落とされちまう」
「相沢大尉、どうかご無事で」
「二階級特進させといて無事もクソもあるか!」
「ガンダムヘッドは伊達じゃない、だろ?」
「伊達だ。顔だけだからな」
「囮の自覚ができてなにより」
「うぐぅ、祐一君、それじゃあ墓穴掘ってるよ」
「ハカアナ、か。準備のいい奴だぜ」
「バカやってないで――来るわよ!」
 ザク三機、ドップ二機がはっきりと視認できる距離まで迫っていた。パイロットの技量は信ずるに足るものの、いかんせんこのモビルスーツでの実戦は初めてである。機体性能の差という優位は、性能を引き出してこそだ。
 茜は素早く頭の中で計算を始める。最適の選択肢を選び、最善の道を辿るために。
「おそらく敵は無理にこちらを攻めないでしょう。今の彼らにとって必要なのは情報を持ち帰ることです。連邦の白いモビルスーツが現れた、という」
「でも、私たちを目の敵にしてるのは間違いないわよ? 潰しにかかっても不思議じゃないわ」
「もちろん、そうでしょうね。ですがあちらには司令官がいるようです」
 その根拠は七瀬の言葉である。同時に、茜自身、同じ立場としての考えもあった。
「目的地までいかずに情報が敵に渡ることになるぜ?」
「覚悟の上です。囮部隊ですから、宣伝をするのも役目の一つと思ってください」
 その言葉に呼応するようにモビルスーツ間で射撃の応酬が始まる。
「ドップ二機、こちらに接近してきます!」
「ホライゾン、対空砲火準備。北川少尉はモビルスーツの援護を行ってください」
「戦艦を囮にするつもりか? 茜ちゃん」
「それも一つの手です。ホライゾン、高度を維持しつつ後退してください」
「おいおい、茜ちゃん……」
「長期戦は不利です。かといって短期決戦を望める火力もありません。ならば相手がこの場を引くように適度な損害を与えるほかありません。それもできる限り素早く」
「早期決着か、早いのは相沢の専売特許なんだけどね……」
「回線開いたまま独り言ってんじゃねぇ!」
「立派なモンぶらさげてんならさっさと援護したんなさいよ! ああ、もう!」
 地上もかなり苦戦しているようだった。もともと七瀬は接近戦、それもモビルスーツを使った格闘戦が得意なので、ホライゾンへ的を絞らせないよう射撃戦をするのは一苦労だった。ビーム兵器を扱えるのが北川機だけであることも要因の一つである。
「弾幕展開しつつ後退してください」
 自分にできることは最早ない。この戦艦を守りきることだけに集中しなくては。
 茜は部下に作戦の成否を委ねることに苦い顔をせずにはいられなかった。仲間を信頼していないわけではない。ただ、あの雨の中待ち続けた日々が思い出されるのだった。

   3:平均と均衡

 茜の作戦により、敵を分断することに成功したが、数的優位はない。あとはパイロットの腕にかかっていた。
「あのザク、只者じゃねぇな」
「連携の練度も高いわ」
 おそらく、一対一の戦いなら分があるだろうと七瀬は思う。少なくとも司令機を除く二対――かつて自分も乗ったことのあるザク――なら撃破できる自信がある。
 しかし、陣形を崩すことは容易ではなく、事実先ほどから分散させようというこちらの試みはことごとく失敗していた。下手に一対一の状況に持ち込もうとすればこちらが孤立してしまう。
「なら、俺たちもいっちょみせますか」
「にわかコンビネーションなんて自殺行為よ」
「チームプレイじゃ向こうが上だが、スタンドプレーから生じるチームワークは負けてないんじゃないか? どうだ、相沢」
「そうだな。どっちにしろこのままじゃジリ貧だ。下手すりゃ相手の連携プレーで一人ずつ餌食になっちまう」
「…………」
「自分を信じるんだ、七瀬。基地のフェンスを突き破ったお前なら、モビルスーツぐらいわけはない」
「乙女なら当たって砕けろよ。花は散り際が美しいっていうぞ」
「あ、あんたらああああああああああっ! 不謹慎にも程があるのよ! 口を開けばバカなことばっかで、こんな時でさえ人のことバカにして、緊張感なんて欠片もなくって、最低最悪でムカツクし、ぶん殴ってやりたくって――」
 次の瞬間、戦場に乙女の咆哮が轟いた。
「――でも、本当に憎いのはジオンのやつらなんだからああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 意図的なのか、オープン回線で怒鳴る七瀬。ほんの一瞬、ジオン側の動きに停滞が生まれた。その刹那に七瀬だけが動き出していた。
「モビルスーツの一つや二つぅぅぅぅっ!」
 右斜め前方へ、高々とハンドグレネードを投げ飛ばしながら直進する。ジオンのモビルスーツは七瀬の左手へと回り込むように移動。
「待て、俺より目立つな!」
 相沢もまたオープン回線で雄叫びを上げながら七瀬の左手――ジオン兵の回避先へとマシンガンを乱射しながら突撃する。
 期せずして挟撃の形となったが、前後どちらかに引く素振りはない。ジオン側にとっては各個撃破できるチャンスができたに過ぎないからだ。
 そしてジオンが選んだターゲットは相沢機、連邦の白いモビルスーツだった。司令機であるザクともう一体が相沢機に迫り、もう一機は七瀬を牽制する。
「相沢、三十秒だ」
 北川機がその一機へと攻撃目標を定める。戦場では二対一の構図が二つできあがっていた。もし、七瀬機を牽制するのが司令機だったら分が悪かっただろう。
「そこだ!」
 だが、北川の照準の先にいるのは普通のザクだった。
 ビームライフルの閃光がザクの片腕を粉砕する。
「次で決める」
 回避運動を行おうとするザク。だがバランスがとれないのか、その動きは鈍い。
 北川が引き金を引くその瞬間、一機のザクが相沢機からマークを外し援護に回った。ザクのマシンガンが北川のモビルスーツに命中したが、損傷は軽微だ。
 司令機もこの状況はまずいと悟ったのだろう。態勢を立て直すべく、相沢機から距離をとろうとした瞬間、
「させるかっ!」
 二機がもみ合って倒れた。
 ガンダムが上、ザクが下。
 相沢機に照準を合わせようとしたザクを北川がビームライフルで牽制する。
 突如訪れた膠着。
 事態は意外な場所で進展し始めた。
「祐一、なの……?」
 ザクからの接触回線で相沢機に女性の声が届いた。
「私」
「な、名雪……なのか?」
 相沢の全身に動揺が駆け巡る。目の奥が熱く、喉がひりつき、手は震えだしていた。
「さっき、びっくりしたよ。まさかとは思ったけど、祐一だったんだね」
「どう、して……」
 まともに思考が働かない。ただ「名雪」という名前だけが、相沢の頭の中一杯に広がっていた。
「相沢、どうした? 応答しろ!」
「な、名雪」
「もしかして、北川君もいるのかな」
「相沢? 何を言ってるんだ、おい!」
 相沢はただ呻くことしかできないでいた。このままではまずい、北川がそう思ったときだった。
「祐一君死じゃだめぇぇぇぇっ!」
 ホライゾンからの通信が最大ボリュームで入ってきた。
 ドップを撃破したホライゾンが全速力で向かってきていた。
「悪いけど、ここは退かせてもらうね、祐一」
 言うが早いか、ザクが相沢機を蹴りのけた。同時に通信も切断される。
 立ち上がった司令機は素早く撤退を始める。ザクの放ったクラッカーに阻まれ、追撃の機を逸してしまう。
「クソッ、なんだってんだ。おい、相沢!」
「名雪だ……名雪がいたんだ!」
「水瀬が? まさか……」
「間違いねぇよ。間違えるわけがない」
 立ち尽くすモビルスーツ隊のもとへホライゾンから帰還命令が入ったのはその時だった。

   エピローグ:相沢祐一とジオンパイロットの関係ついて

 機体を収容した後、主だったメンバーがブリッジに集まっていた。招集をかけたのはもちろん茜である。戦闘中にあるまじき行為に対する詰問、釈明の場を設けたのだ。連邦の兵士であるからという理由だけではない。
 あの時、相手が殺すつもりだったら、相沢祐一という人間はこの世から去っていたのである。
 本人もそれが解っているのか、ばつの悪そうな顔をしていた。
「それで、さっきのは一体何だったんですか?」
「さっきの指揮官機のパイロット――名雪は、俺の従姉妹なんだ……」
 従姉妹、肉親、身内、家族……。様々な言葉が茜の頭の中を過ぎる。動揺を奥歯でかみ殺しつつ、一同を見渡す。北川以外の人間が驚愕しているのも、事実のもつ重さを理解したからだろう。
 茜は視線を相沢へと戻し、口を開いた。
「それで、あの体たらくですか?」
「ちょっと、隊長!」
 茜の冷たい一言に七瀬が思わず、といった感じで口を挟んだ。誰かが口を挟み、相沢を庇うのは予想できた。その役目は月宮だと思っていたが、誰であれ、相沢を支える側に回ってくれるのならそれでよかった。誰かが言わなければならないのなら、結果憎まれたとしても、それをやるべきは責任を負う人間だと茜は思う。
 茜は七瀬に一瞥もくれず、ただ黙って相沢の返答を待った。
「いいんだ、七瀬」
 相沢が軽く頷いてみせると、七瀬は一歩下がって茜を一瞥したがそれ以上口を開くことはなかった。それを見届けてから相沢がゆっくりと語りだす。
「俺の両親は七年ほど前に地球である事故に巻き込まれて消息不明になったんだ。それで叔母である水瀬家――秋子さんと、さっきの従姉妹の名雪のところにおいてもらうになって」
 相沢は視線を北川へ向け、そこで北川とも出会ったんだ、と続けた。
「それからしばらくして、今からだと五年位前かな。名雪と秋子さんと北川や他の仲がよかった友人一家と一緒に旅行に行く予定だったんだ。けど、前日に俺と北川がスゲー酷い風邪ひいちまって、俺らのせいで旅行が取りやめるのは申し訳なくてさ、気にしないで行ってくれ、って」
 相沢の言葉が切れる。月宮がそっと背中に手をおき、あやすように撫でた。北川が軽く手を挙げてみせ、語りだす。彼もまた関係者なのだ。
 ふと茜は思う。私は彼のことを、無機質な情報でしかしらないな、と。
「ちょっとした旅行のはずでさ、皆楽しみにしてたんだ、俺も、相沢も。ガキだったけど、気を遣うぐらいには大人だったのかな。いや、ガキだから虚勢張っちまったんだな。俺たちに構わずにいけ! ってマンガみたいなこと喚いて、さ」
 北川の口元が自嘲で歪められる。いつも微笑んでいるようなイメージが茜の中にあっただけに、北川のそういう笑みが見ていて落ち着かなかった。
「俺たちが乗るはずだったシャトルが反連邦組織にハイジャックされたとかで、最終的には自爆。ニュースを見ながら呆然としたよ」
「ボクはその頃、祐一くんたちとは別の場所にいて、その事件は知ってたけど、秋子さんや名雪さんたちが巻き込まれたって知ったのは、もっと後のことだったんだ」
 ブリッジを重苦しい空気が支配する。誰もが仲間の数奇で過酷な運命に圧倒されていた。茜とて例外ではない。ただ、顔には出さないだけで。
「死んだと思ってた、ずっと……。当たり前だよな。それが生きてた……生きて……だってのに……っ!」
 誰にともなく、相沢が呟く。
「戦えるんですか?」
「わからない。でも何であいつがジオンにいるのか……。秋子さんも、香里も栞も生きてるのか、それを知るまでは、俺は戦う……っ」
「祐一くん……」
「その言葉を、今は信じましょう。北川少尉、あなたは?」
「ン、いけると思うぜ。確かに戦うのは気が引けるけどさ、何もしないで殺されるのはどうもね」
 そう言った北川の顔にはいつもの笑みが戻っていた。
「とりあえず、この話はここまでにしときましょう。またいつ敵襲になるかわかったものじゃないんだし」
「そうですね。では、三人とも一先ず休んでください。疲れを残すわけにはいきませんから」
「そうだな。いこうぜ、相沢」
 北川が相沢を連れ立って退出していく。二人が去っていった方向を眺めながら、七瀬がぽつりと呟いた。
「こんな時、乙女ならどうするのかしらね……」


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