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――全世界に営業拠点を持ち、圧倒的なシェアを誇る多国籍企業。先々代がトラック1台から始めたこの会社には、たくさんの伝説がある――。
「倉田運輸」
作 Mumuriku
−第1章−
1.
北の小都市、駅前にある倉田運輸本社ビルは12階建て。衛星通信用の大きなパラボラアンテナや屋上のヘリポートさえなければ、普通のテナントビルと変わるところがない。
これほどの企業にしては小さすぎると思われるかもしれないが、コールセンターや計算部門は分離され、本社に勤務する人間は驚くほど少ない。情報化の進んだ今日、地価の高い都会に本社を構える必要はなく、倉田氏のお膝元で街の税収に貢献している。学校を卒業した面々は、佐祐理さんに勧められるままこの会社に入社していた。
「はい、こちら倉田運輸。潤ちゃんでーす」
本社の一室。特送課と書かれた部屋で北川が電話に出た。
「北川、ノリ乗りだな」
「相沢……オレだって恥ずかしいんだぞ」
北川が受話器を手で覆いながら文句を言う。専務兼特送課担当役員である佐祐理さんから、”あはははーっ、お客さん商売ですから愛想良くしないとダメですよ〜”との訓示がでており、中には頑固に抵抗した者も居たが、ここではこんな対応がマニュアル化されている。
「ただいま戻りました」
「あうー、疲れたわよっ」
バイクのエンジン音が止まり、ヘルメットをぶら下げた美汐と真琴が戻ってきた。1年遅れで入社した2人は主にバイク便を担当している。
「おお、お疲れさん」
「酷い依頼でした」
美汐が、いつも以上に不機嫌そうな表情で呟く。
「いきなり呼びつけられて、1時間以内に届けろとは無茶もいいところです」
「まあ、そう怒るなよ天野。中途半端な都市だとヘリの発着場所が限られるんだ」
「それはそうですが」
「40〜50q位の距離なら、小回りの利くバイクの方が早いだろ?」
「もうっ、散々だったわっ!」
祐一が見ると、ぷりぷりと怒る真琴のジャンバーが大きく綻んでいた。美汐もほつれた自分のジャンバーを気にしている。
「どうした? 破れてるじゃないか」
「風圧で裂けちゃったのよ!」
「革の物に着替える余裕がなかったものですから……」
「天野、スピード出し過ぎなんじゃないのか?」
「急ぎませんと間に合いません」
「おまけに、高速で交機に追いかけられたのよっ」
「ええ、説明している時間がないので無視しましたら、病院の玄関までついてきました」
「それで、移植手術は成功したのか?」
「はい、そう伺ってます」
「それは良かったな」
「あの……相沢さん?」
「なんだ、天野?」
「このライダージャンバーは真琴とお揃いの私物なんです。社の経費で代わりを買っていただけませんか?」
「佐祐理さんか舞に頼んでみろよ」
「今、いらっしゃいますか?」
「専務と主任なら、出かけたわよ」
パソコンに向かっていた香里が振り向く。
「急に牛丼が食べたくなったからって、午前中から食事に行ったわ」
「香里、裏の牛丼屋か?」
「学校よ」
「はあ?」
「学食の牛丼を食べに行くんだって」
「舞だな……」
「制服まで着て行ったのよ。それも歩いて」
香里が呆れたような顔でコーヒーを啜る。
2.
「お疲れさまなんだよ〜」
「ご苦労様です」
秋子さんと名雪が給湯室からお盆を持ってやってきた。女性が多いせいか、ここでは時間に関わらずお菓子が出される。手作りの物が多いが、貰い物やおみやげが供されることもあり、今日、お盆には小さめの肉まんが人数分と、銘菓五勝手屋の円い筒が乗せてあった。
「羊羹ですか」
「ええ、お中元のいただきものです」
「秋子さん、天野に渋い茶もつけてやって下さい」
「相沢さん……また、そのような事を」
「なんだ、いらないのか? 天野」
「いえ、出来ればお願いいたします」
「あらあら、じゃあ早速用意しましょうね」
そう言って、エプロンをした秋子さんが給湯室に戻っていく。
「そういえば、久瀬さんと斉藤さんがいらっしゃらない様ですが?」
緑茶仲間が居ないことに気付いた美汐が、上品に筒から羊羹を押し出しながら訊いた。
「ああ、久瀬たちは南極観測船まで精密機器の補修部品を配送中だ」
「またハリアーですか?」
「いや、距離があるからF−15を出した。俺と北川がフィリピン沖で空中給油して、今戻ったとこだ」
「メルボルン支社から、軽空母を向かわせたわ」
香里が、食べづらそうに羊羹を糸で切っている。
「そろそろ南回帰線を越える頃じゃないかな……」
祐一の視線の先には、ほとんど壁全体を覆い尽くすほど巨大な世界地図が設置されており、地図のあちこちに、現地時間を示すデジタル表示が浮かび上がっていた。
「あと、出てるのは月宮さんと栞ね」
地図上、中東のあたりに飛行機のマークが貼られている。ミッションボードに、丸っこい字で行き先が書いてあった。
【あゆ・栞】
使用機種:C−130輸送機
配送行先:自衛隊PKOイラク駐留部隊
帰社予定:グリニッジ標準時09:30
「夜までには戻ってこれそうね」
3.
「ダメだ! そんな依頼は受けられない。他を当たってくれ」
長々と通話していた北川が、乱暴に電話を切った。
「どうした?」
「北朝鮮なんかに行ってられっかよ」
「またか? 最近多いな」
「荷主は胡散臭いし、積み荷も怪しい」
「どこからウチの事を聞いたのかしら?」
「香里、倉田運輸は世界でも有名だ。北朝鮮が知ってたっておかしくない」
「他社じゃ扱わない特別送達も受けてるからなあ」
”プルプルプルプル”
「北川君、電話よ」
「今度は美坂が出てくれ」
「どうしてよ」
「いいから、いいから」
「香里、あんまりお客さんを待たせるなよ」
北川と祐一が、ニヤニヤと顔を見合わせる。
「はい、こちら倉田運輸特送課……か、かおりんです……」
「わははははは!」
「香里、もっと楽しそうに言わなきゃダメだろ」
「そうだぞ〜美坂」
「うるさいわねっ!」
「香里、怒っちゃ駄目なんだよ〜」
「もう……」
香里が渋い表情で、メモを取りながら受注を受ける。
「で、どこからだ?」
「外務省」
「ふーん?」
「中国で外遊中の首相にケータリングよ。それも大至急」
「荷物は何なんだ?」
「さあ? 支払いは堅いんだからどうでも良いじゃない」
「そうしますと、羽田で受け取って直行ですね」
コーディネート役の秋子さんが、大きな地図を見ながら飛行プランを検討していた。
「直行って……北朝鮮上空にかかりませんか?」
「大丈夫ですよ祐一さん。領空侵入の際に強力なジャミングを行いますし、ステルス機のF−117ナイトフォークを投入しましょう」
「うにゅ、私なの?」
「あの機はお前の専用だろ」
「名雪、私も一緒に行っていいかしら」
「お母さんも?」
「ええ、折角ですから本場で食材を買ってきましょう」
「じゃあ、晩飯は中華ですか!」
「今晩は珍しく皆さんが揃いそうですから、頑張って作ります」
着替えを済ませ、社の空港に向かう秋子さんと名雪を見送るとまた電話が鳴った。
「今日は大忙しだな」
「はい、倉田運輸特送課。みっしーです」
にこりともせずに、美汐が応対する。
「はあ……少々お待ち下さい」
「どうした、天野?」
「お爺さんが、老眼鏡を忘れたそうです」
「え?」
「北海道のお宅から日光見物に出かけたそうなんですが、届けて欲しいと」
「報酬は?」
「それほどいただけないでしょう。どうしましょうか?」
「あはははーっ、佐祐理と舞がいきますよ〜」
「やっぱり学食は美味しい……」
声のする方を見ると、食事から戻った佐祐理さんと舞が制服姿で立っていた。舞が提げたビニール袋には、発泡スチロールの容器が入ってる。最近の学食はお持ち帰りもできるらしい。
「でも専務、採算とれますか?」
「食後の運動にちょうどいいですからね〜」
「牛さんになるのは嫌……」
「じゃあ、早速航空機の手配をするわ」
そう言って香里が電話に手を延ばそうとすると、
「佐祐理……あれで行く……」
舞が、ぼそっと言った。
「えーっ、駄目だよ舞。使えるのは緊急の時だけだよ〜」
「あれがいい……」
「ふえ〜、仕方ありませんねえ〜。香里さん、近くに空き地はありますか?」
「良いんですか?」
「舞のお願いですからね〜」
「(こくこく)」
「解りました……地上オブジェクトを選んで、こちらからプログラムをアップロードするわ」
「あはははーっ、お願いしますね〜 香里さん」
4.
「なんだろ?」
「え? うわーっ、落ちてくるよぉー!」
住宅街にある小さな公園。数人の男の子たちが今では珍しいカンケリをしていると、上空で何かが光った。海沿いにある倉田運輸支社から打ち上げられたロケットは、7分24秒後、パラシュートで減速しながら、北海道札幌市にある依頼主宅裏の公園に着陸した。
「あはははーっ、ちょっと衝撃がありましたね〜」
砂場に転がった司令船カプセルの中で、佐祐理さんが驚いたように大きな目を何度も瞬きさせる。
「……おもしろかった」
「舞〜、ベルトを外すの手伝って下さい〜」
佐祐理さんと舞が焼け焦げたカプセルから這い出して服の皺を伸ばしていると、隠れるように覗いていた子供がおずおずと近づいてきた。
「お姉ちゃんたち……宇宙人?」
「はえ?」
「だって、空からきたじゃないか」
「あはははーっ、お姉ちゃんたちは運送屋さんなんですよ〜」
「ロケットで来た……」
「コレ、本物のロケットなの?」
子供が、砂場に鎮座するカプセルを指さす。
「そうですよ〜」
「うわぁ!すげーや! さわっても良い?」
「いい……」
「もう使えませんから、欲しかったらあげちゃいますよ〜」
「ほんと!」
「お姉ちゃんは、嘘はつきません」
佐祐理さんがポケットから携帯電話を取りだし、手近な支社を呼び出した。
「今、札幌に着きました。座標はノベンバー・タンゴ・X線上です。迎えを用意して下さいね〜。それと使用済みのカプセルを公園に備え付けて、子供が遊べるように危険なものを取り払って下さい」
しゃがみこんで目線を合わせた佐祐理さんが、にこにこと一人の男の子に話しかける。
「これから、倉田運輸っていう服を着たおじさん方が来ますから、その人たちのお仕事が終わりましたら中に入って遊んでも良いですよ〜」
「わーい! やったあ〜」
「ぼく、大人になったら宇宙飛行士になる!」
「あはははーっ、頑張ってくださいね〜」
「佐祐理……そろそろ行かないと……」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
目を輝かせた子供たちに見送られ、佐祐理さんと舞が歩き出す。
5.
”ぴんぽーん”
「倉田運輸で〜す」
「……荷物を取りに来た」
玄関のドアが開き、腰の曲がった婆ちゃんが出てきた。曲がっているというか、素直な舞は、このお婆さんは前が見えるのだろうかと本気で心配した。
「おんやまあ、はやいねえ」
「お荷物はどこですか〜」
「はいはい、コレだよ」
下を向いたまま、婆ちゃんがケースに入った老眼鏡を差し出す。
「それで、料金はいかほどかいね?」
「舞、どうしようか?」
「800円……」
「えっ?」
「牛丼2杯分……」
「そんなに安くて良いんかいの?」
「舞がそう言うなら、佐祐理はそれで良いですよ〜」
「おんやまあ、ならちょっと待ちんしゃい」
ぺたぺたと裸足で奥に消えた婆ちゃんが、何かを持ってきた。
「……大きなお魚さん」
「一昨日、お爺さんが釣ってきた鮭だよ。お礼に持っていきんしゃい」
「ふえ? いただいてよろしいんですか?」
「店で売ってる物より絶対美味しいから食べてみんさい。塩してるからしばらくは大丈夫だよ」
舞は、しばらくつついたりじーっと見つめていたが、お礼を言って魚を受け取った。
「重い……」
「お爺さんが釣った一番の大物だよ」
婆ちゃんが、カラカラと笑う。
”ヒュンヒュンヒュンヒュン”
閑静な住宅街に、低空を飛ぶヘリのローター音が聞こえてきた。
「迎えが来た……」
「それではこれが預り証になります」
「頼んだよ、お嬢ちゃん方」
「あはははーっ、任せて下さい〜」
玄関先で佐祐理さんが発煙筒を炊くと、上空で旋回していたヘリからワイヤーが降ろされた。
「あはははーっ、行ってきま〜す」
釣り上げられた佐祐理さんの笑い声が響き、舞が新聞紙に包まれた鮭をぶら下げながら、ぶんぶんと手を振る。
「あれまあ……」
腰がゴキッと鳴った。数十年ぶりに、婆ちゃんは青空を見上げる。
「長生きはするもんだねえ」
数時間後、いろは坂で観光バスを追いかけるジェットヘリが目撃された。
6.
夜8時。その他にも小さな依頼をこなした課員たちが夕食を囲む。何故かシステムキッチンまで備えられている給湯室から、食欲をそそる料理が大量に運ばれていた。
「秋子さんっ、最高です!」
北川が豪快にチャーハンを掻き込む。
「あら、ありがとうございます北川さん」
「酷い目にあったんだよー」
「ほんと美味しいわね」
「えう……私にはちょっと辛いです」
栞が、残念そうに箸を置く。
「辛くないのもありますよ」
そう言って秋子さんが小皿を取り出す。
「対空ミサイル撃たれたんだよ〜」
「あゆ、イラクはどうだった?」
「何も面白い物なかったよねっ、栞ちゃん」
栞はうんうんと頷きながら、辛くないエビチリ堪能している。
「北朝鮮の空軍が5機も上がってきたんだよ〜」
「久瀬たちの方は?」
「うむ、なにせ外気温が低くてな、機体に氷着が起こって大変だったのだ」
「寒冷地仕様の機も配備して欲しいな」
生春巻きをくわえながら、斉藤がこぼす。
「それと、リリーフチューブが故障して斉藤がトイレに駆け込むのは滑稽な見物だったな」
「久瀬、それは内緒だっていったじゃないか……」
「わははは、難儀なことだな斉藤!」
北川が、口いっぱいにほおばりながら大笑いする。
「北川君、行儀が悪いわよ」
「何キロもチャフを撒きながら飛んだんだよー」
「あうー? 皮しか食べないの?」
「真琴、北京ダックとはそう言うものです」
「もう、どうして誰も聞いてくれないのっ!」
名雪が、頬を膨らませて拗ねたように怒る。
「水瀬さん……チャーハンにまでイチゴジャムをかけるのはいかがなものかと思うが?」
「久瀬君! そんな事じゃないんだよー!」
「名雪、お前……操縦中に寝てたんだろ」
「えっ、そんなことないよー」
「秋子さんから聞いたぞ。いくらステルス機だっていっても、テポドン発射基地の上空飛ぶか?普通」
「うー……」
「腕はいいんだけどな、名雪は」
「今度から、祐一のあの目覚まし時計を持って搭乗するよ」
「それだけは止めてくれ」
今日一番働いた久瀬が、佐祐理さんに訊いた。
「倉田さん、今日は結構な売り上げになったのではないかね?」
「そうですね〜。香里さん、どうなってますか?」
「そうね、えーと」
香里が伝票をめくる。
「バイク便がしめて61万円。久瀬君たちが340万円。秋子さんと名雪が600万円ね」
「香里、ふっかけたな」
「いいじゃない、相沢君。ウチはかなり税金払ってるんだから、少し返して貰っただけよ」
「どうせ、奴らの懐が痛む訳じゃないしな」
「それと専務と主任が……えっ、800円?これって何かの間違いかしら?」
「合ってる……」
「天野さん、損益はどうですか〜」
「燃料や地上経費、名雪さんが使ったチャフの補充も含めて750万円程度です。あとは、ロケットの発射経費が12億ほどかかりました」
「どういうことかね?」
「あんなに頑張ったのに、大赤字なのかい?」
半日以上飛びっぱなしだった久瀬と斉藤が、がっくりとうなだれる。
「あはははーっ、舞、当分ロケットは使えませんよ〜」
「……がまんする」
7.
課員たちがどでかいちゃぶ台を囲んでいると、緊急通信が入った。
『CORD−RED! 緊急出動!』
「はえ〜慌ただしいですね〜」
「……外地展開?」
「皆さん、ヘリで空港まで移動ですよ〜」
「むうー、デザートの杏仁豆腐がまだですっ」
「オレだってまだ半分も食べてないのに!」
「じゃあ、お弁当に作り直しましょう」
急いで出動準備を整え、課員たちが屋上に集合する。最後に、大きな風呂敷包みを抱えた秋子さんが乗り込み、本社ビルからヘリが飛び立った。
「佐祐理さん、今回はどこなんだ?」
「タジキスタンです」
「やれやれ、南極圏まで行ったというのに直ぐ出動とはな」
「嫌なのかよ、久瀬」
「そんなことはない。これでも僕は夢とか希望とか言うものに弱い人間なのだ」
「人は見かけによらないからなあ」
「どういう意味かね? 北川」
「親の会社を放っぽいて、変な奴だよ久瀬は」
時間がないため、移動中にブリーフィングが行われる。秋子さんが資料を配りながら説明した。
「目的地はタジキスタン北東部の山岳地帯です。ドシャンベに降りて、そこからは陸路になります」
「経由地は?」
「緊急事態なので、補助タンクを満載にしてノンストップで飛んでいただきます。上空通過については、既に各国の承認を取り付けました」
「秋子さん、向こうの状況はどうなんですか?」
「現地営業所からスタッフを向かわせました。確認次第、追って連絡します」
「前回のインドネシアみたいに仮設滑走路なんて事になりませんよね?」
「滑るから嫌……」
「滑走路は1本だけですが、ちゃんと舗装されてるそうです」
数十分後、煌々と照明が灯る倉田運輸の私設空港にヘリが到着した。兵員区画を取り払った6機のC−5ギャラクシー輸送機が、最大限の貨物を積載して飛行前の点検を行っている。
「気をつけて行ってきて下さいね」
そう言いながら、秋子さんが一人一人に特製弁当を渡す。
「鮭の焼いたのも入れておきました」
「いつもすいません」
「でも、せっかくの料理が冷めちゃったよね」
「斉藤、秋子さんの料理は冷めたって旨いぞ」
「食べる前に、下に付いている紐を引いていただけば大丈夫です」
「え?」
底の厚い弁当箱は、やたらと重かった。
「生石灰を反応させて加温できるようにしてみました」
「凄い……」
「私の自信作です」
「もしかして、手作りなんですか?」
「ええ」
秋子さんが、頬に手をあてる。
「佐祐理さん、私はここで後発部隊の指揮を執らせていただきます」
「秋子さん、よろしくお願いしますね〜」
「また、長いフライトになるのか……」
「久瀬、ほら行くよ!」
秋子さんに見送られながら、それぞれが割り当てられた機に向かう。
8.
『こちら特送課1号機フライトリーダー佐祐理です。各機応答して下さい〜』
『2号機、搭乗完了だ』
「久瀬、全て異常なしだよ」
「斉藤、僕はそんなに非情な奴に見えるのかね?」
「中身はそうじゃないよ」
「では、何が悪いのだ?」
「顔じゃないかな?」
「即答……するのか」
「もっとリラックスして、笑ってみたらどうだい」
「……善処しよう」
『3号機、準備完了ですう〜』
「栞、また持ってきたの?」
「お姉ちゃんは、何時間もアイスなしで飛べと言うんですかっ!」
「高空を飛ぶから、かなり寒くなるわよ」
「私は平気です」
「丈夫になったわよね、あなた」
「お姉ちゃんのおかげです」
「え?」
「お姉ちゃんみたいに、今度は私が誰かを勇気づけてあげるんです」
『4号機、いつでもいけるわよっ!』
「真琴、小包頭を食べるのは後にしなさい」
「あと1個だけ」
「仕方ありませんね」
「なんか美汐楽しそう」
「空からお菓子が降ってきたら素敵です」
「あはっ、それ面白そうね」
「専務なら、本当にやらせてくれるかも知れません」
『うぐぅ……5号機いいよっ』
「あゆちゃん、最初の操縦お願いなんだよ」
「え?また寝ちゃうの?」
「3時間くらいだけだよ〜」
「ボクだけで大丈夫かな」
「あゆちゃんだって、もう1500時間以上飛んでるんだから平気だよ」
「うん……ボクだって一人で出来るんだよねっ」
『6号機、燃焼は正常だ。続いてタキシングに移る』
「なあ、北川」
「どうした?」
「俺たちって、奇跡を起こしてるのかな?」
「らしくないこと言うなよ、相沢」
「お前はどう思ってるんだよ」
「多分……お前と同じだ」
「ねえ、舞」
ヘッドセットのマイクを手で覆って、佐祐理さんがささやく。
いつもの笑顔はなかった。
「なに?……」
「……間違いではありませんよね、佐祐理たちのやっていること」
「佐祐理は……みんなのいいお姉さん……」
管制塔の秋子さんが、真っ黒な空に向かって信号弾をあげる。眩い光が闇を切り裂いた。それを合図に6機の輸送機が西を目指して飛び立つ。
9.
タジキスタン北東部。
大規模な地震から一夜明け、壊滅した街に呆然と立ちすくむ市民たち。病院では負傷者が治療をまち続け、瓦礫の下で、被災者が救助を求めている。突然の災厄に生活を破壊され、自分の無力と孤独に怯え、生きる気力を失いかけたとき。
――彼らは見る。
彼方にあがる土埃。
疾走してくる車両。
重機や資材、食料や医療品を満載して、分断した道路を踏破し、たどり着いた倉田運輸の6台のトレーラー。
土地の住民は、親しみと多少の尊敬を込めて語る。”災害が起こると真っ先にクラタのトレーラーが来る。そのあと国や国連がやってくる”と。
奇跡を起こす企業がある。
――倉田運輸。
その社章には、小さな男の子の笑顔が描かれている。
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