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 ジングルベルが鳴り響き、街が赤と緑と金色に飾り付けられる。商魂たくましい商店街の親父たちがイルミネーションを灯し、通りはうっすらと雪化粧を纏う。12月24日の朝。クリスマスイブの当直という貧乏くじを引いた香里が、うつむき加減に歩いていた。
「はぁ……」
 溜息を漏らすが、別にクリスマスは嫌いじゃない。子供の時も、大人になってからも。なんとなくいつもより優しくなれる気がするから。
「でも、鬱陶しいのよね」
 出勤途中にケーキでも買おうと商店街に寄ったものの、店が酷く混んでいたのと、カップルのあまりの多さに止めにした。今夜は北川君でも呼びつけて、トナカイの格好で泥酔してやろう。香里はそう決めた。

 社の玄関で、歩哨に立つ護衛隊員に軽く会釈をしてビルに入る。駐車場には本物のトナカイと橇が置いてあった。きっと専務たちのアイディアだろう。まあ、ディスプレイとしては悪くない。
 美汐の厳命から、経費節減のために休止されているエレベーターを廻り、階段を上る。課のドアを開けようとすると鍵がかかっていなかった。

 まさか泥棒?

 香里が覗き込むと、太った爺さんが応接セットに座って茶を飲んでいた。




「倉田運輸」
  作 Mumuriku



               −第4章−

1.

「誰なの?」

「儂の事か?」
「あなたしか居ないじゃない」
「儂はサンタクロースじゃ」
「…………」
 やれやれといった表情で、香里が近くの電話に手を伸ばす。
「何をする気じゃ?」
「直ぐ迎えに来て貰うから、静かにしていてね」
「おぬし、信じておらんな」
「はいはい信じてるわよ〜、お爺ちゃん」
「むむっ?」
『――もしもし、そちら市立病院?お宅からサンタクロースの妄想にとりつかれた患者さんが逃げ出してないかしら?』
「こらっ!」
「お爺ちゃん、大人しくしてないと駄目じゃない」
 受話器を覆いながら、香里がたしなめる。
「ぬぅ……」
「黙ってそこに座っていてね。いい、わかった?」
「仕方あるまい……儂の力を見せてやろう」

「はっ!」

 爺さんが気合いを込めると、テーブルに置いてある花瓶に一輪の花が現れた。
「あら?」
「どうじゃ」
「意外と器用なのね……」
『――それと元手品師みたいなんですけど、該当有ります?』
「違うわっ!」
「もう……仕方がないわね。護衛隊を呼ばせてもらうわよ」
 そう言って、電話を切った香里が壁際のボタンを押した。

「うぐぅ、香里さん?」
 爺さんの叫びを聞いたのか、奥からあゆが出てきた。
「あら、月宮さん居たの」
「どうかしたの?」
「勝手に入ってきたお爺さんを引き取ってもらおうと思ったんだけど、邪魔するのよ」
「儂は本物じゃ。それに、この子に連れてきてもらったんじゃ」
「え?」
「うん。昨日の帰りに、サンタさんが行き倒れになってたんだよっ」
「それについては面目ないがのう」
 爺さんが頭を掻く。
「行き倒れって……月宮さん、この人何処から連れてきたの?」
「ボクが昨日C−1輸送機でフィンランドの上空を飛んでたら、レーダーに映ったんだよっ」
「はあ?」
「ふらふら〜って墜落していくから、ボク、ビックリしちゃった。それでね、近くの空港に着陸して助けに行ったら、お爺さんが頭から半分雪に埋まってたんだよ」
「このお爺さん空飛んでたの?」
「当たり前だよっ香里さん、サンタクロースさんなんだよ!」
「うんうん」
 爺さんが嬉しそうに大きく頷く。

「信じられないわね……」
「出がけに北回り航路の777とニアミスを起こしてのう、ルドルフが怪我をしよったんじゃ」
「駐車場に止めてあったアレ?」
「大した事がなければ良いのじゃがな……」
 呆れ顔で腕を組んでいた香里が言った。 
「ここに連れてきなさい」
「なんじゃと?」
「いくら丈夫な動物だって、怪我で体力が落ちているなら暖かい部屋の方が良いわ」
 警報を聞きつけ、どかどかと上がってきた護衛隊に香里が指示を出す。
「駐車場にいるトナカイを連れてきて。怪我をしてるみたいだから優しくね」

「ダー、カオリーン!」

 男たちは、数分もしない内に緩衝材を使って何重にも梱包したモノを担架に乗せて運び上げた。課の休憩室に寝かせられた相棒を見ながら、サンタクロースが訊く。
「おぬしは信じておらんのじゃないのか?」
「ええ。でも怪我をしているのに放って置けないじゃない」
「ふーむ?」



2.

「おーい、美坂。寂しそうだったから来てやったぞ〜」
 紙袋を抱えた北川が課のドアを勢いよく開けた。
「あら、北川君?」
「ん?誰だこの爺さん。それに……鹿か?」
「鹿じゃなくてトナカイだよっ!」
「どこに配達するんだ? これ」
「怪我をしたんで此処に上げてもらったんじゃ。そして、飼い主の儂はサンタクロースじゃ」
「行き倒れになってた、ね」
「ふーん、そいつは大変だったな。その年であんまり無理するなよ」
「?」
「時給はどれくらいなんだ?爺さん」
「もう、説明するのも面倒じゃ……」
 
「北川君、それは何かしら?」
「ああ、ケーキだ。みんなで喰おうぜ」
 北川が、小脇に抱えた紙袋から箱を出してみせる。
「ほう、手作りか?」
「よく解ったな爺さん。一緒に喰うか?」
「戴こう」
 あゆが給湯室に皿を取りに行き、北川が器用にケーキを切り分けた。
「むむっ……これは」
 ケーキを口にした爺さんの頬に、赤みが差す。
「どうした、爺さん」
「いや……」
「それにしても、この寒さに大変だな。爺さんは幾つになるんだ?」
「はて?」
「自分の年だぞ」
 北川が笑う。
「人々が考える事を始めたときじゃからのう、7000歳くらいじゃな」
「答えとしては2004歳の方が良いんじゃない?」
 香里が、カップに入った紅茶を爺さんに渡す。
「どうしてじゃ?」
「クリスマスはキリスト教の祭典よ」
「はて? それは何の事じゃ」
「サンタクロースなんだろ? 爺さん」
「いやのう、本当は儂に名前など無い。皆が勝手に色々な名で呼んでおるから此処ではその名前を使っただけじゃ」
「え?お爺さんには名前がないの?」
 不思議そうにあゆが訊いた。
「人種や言語、宗教ごとに違う名前で呼ばれとる。それに名前など無い存在として皆が知っておろう」
「真顔で言われてもねぇ……」
 性格は悪くないけど、やっぱりちょっと変な人なんだろうと香里は思った。

 髭に付いた生クリームを拭いながら、徐に爺さんが立ち上がる。
「では、少し元気が出てきたところでお前たちを驚かしてやろう」
「え?」
「ケーキは実に美味かったからのう。気持ちが籠もっておったぞ、彼女への」
 にやにや笑う爺さんが、北川に向かってウインクしてみせる。
「爺さん、何を言い出すんだっ!」
 照れる北川をよそに、爺さんがあゆに訊いた。
「お嬢ちゃん、何か好きな物を言うてみい」
「タイヤキだよっ!」
「ほう、餡はしっぽまでの方がいいかの?」
「うんっ!」
「焼き加減はどうじゃ?」
「はじっこがカリッとするくらい」
「なかなか通じゃのう」
「もちろん、タイヤキは焼きたてが一番だよっ」
「爺さんって、テキ屋だったのか?」
「まあ、黙って見ておれ……」

「ふぬっむぁあああはああーーーっ!」
 唸り声を上げながら、爺さんが緩慢な動きで体をほぐし始める。
「ふんっ、ふんっ!」
「…………」
「ほっ!はぁああああああ!」
「爺さん、なに始める気だよ……」

「はいーっ!」

 真っ赤な顔で唸るサンタクロース。妙な声を上げて体をねじ曲げた爺さんが両手を掲げると天井の空間が歪み、そこから無数のタイヤキが出現した。
「えっ、えっ?」
「んがぁーっ!」
 逃げ遅れた北川が、ぼてぼてと落ちてくるタイヤキに埋もれる。圧力を受けた窓ガラスを破壊して、破片と共にタイヤキが外まで溢れ落ちて行った。

 香里を驚かそうと足音を忍ばせて階段を上がってきた栞は、ドアの外で派手な物音を聞いた。
「まさか、お姉ちゃんはあんまり寂しくて暴れているんでしょうか?いえいえ、それは学生時代の川澄主任です」
「キャーッ!」と、中から叫び声まで聞こえる。何でしょう?声はお姉ちゃんみたいですけど……。あんな可愛らしい悲鳴を上げるなんて、きっとかなりの事態ですっ!
「お姉ちゃん、ど、どうしたんですかっ!」
 栞がドアを開けると、はじけるように開いた空間から凄い勢いでたい焼きが溢れ出る。
「えうぅーーーっ!」
 巻き込まれた栞は、廊下から階段を伝って階下に流されていった。



3.

 気絶していた北川が意識を取り戻すと、自分の頭が柔らかいモノに乗せられている。薄目を開けて見ると、香里の顔が見えた。このアングルはもしや? 暫くこのままで楽しむことにした北川は、香里に見えないように爺さんに親指を立てて合図を送る。 
「北川君、しっかりして!」
 真剣に呼びかける香里には可哀想だが、こんなチャンスは滅多にない。
「お爺さん、どういうつもりなのよっ!」
「はぁ、はぁ、大丈夫じゃ」
「北川君にもしもの事があったら、ただじゃおかないわよ!」
 香里が爺さんを睨み付ける。
「だが……そやつはもう気がついておる様じゃがのう」
「え?」
「ちぇっ」
「北川君!き、気が付いてるんなら、さっさとどいてよっ!」
「いや、その……なんだ。あははは」
「恥ずかしいじゃないのっ!」

 ”どがっ”

 照れ隠しのカウンターを喰らった北川が、裏切った爺さんを問いつめる。
「じじい! どういうつもりだ!」
 アンコまみれの北川は、本当は嬉しくて感謝したいくらいなのだが。
「これで儂の事を信じたか?はあ、はあ……」
「息づかいが荒いぞ?」
「儂はな、人の優しさがないと力がでんのじゃ」
「本物なの?」
「初めからそう言っておるじゃろう」

 1階まで流された栞が、タイヤキの丘を踏破して戻ってくる。
「えぅ〜、まさかタイヤキに押し流されるとは思っていませんでした。なんか体がべたべたしそうです」
「凄いよっ、屋台のおじさんのタイヤキより美味しいよっ!」
 手近な一匹にかぶりついたあゆが、幸せそうに歓声を上げた。



4.

 香里が送信した緊急信号に応えて、課員たちが出社してくる。比較的近場にいた美汐と真琴がやってくると、課室には山のようなタイヤキがあり、あゆが、一生懸命一枚一枚ラップに包んで冷凍庫に保存しようとしていた。
「一体どうしたのですか、これは?」
「あうー、この部屋暑いわよ」
 大分少なくなったものの、大量に残る焼きたてのタイヤキが余熱を放っている。

 護衛隊の当直士官と一緒に現れた魚屋の源さんが大声で言った。
「タイヤキで建前でもやらかしたのか?」
 若い隊員は、源さんから変化球の投げ方を教わっていたらしく野球のユニフォームのままだった。がっちりとした上半身に、革とバネで出来た妙なものを付けている。
 大リーグ養成ギプス?
 ツルハシを持った源さんは、仕事があるからと言って帰って行くが……あんた商売違うだろ。
「トウチャン……」
 見送るスヴィヤドフが源さんの背中に向かって呟く。目には炎が揺れていた。短期間でここまで土地に馴染んでくれたのは嬉しいが、少々芸達者になりすぎた気もする。だが、最高169q/hの速球を投げるスヴィヤドフは、本当に源さんの夢を叶えてくれるかも知れない。
「どうしたって言うんだよ美坂さん、僕は今日のために半年も前から予約してあったんだよ」
 珍しく着飾った舞と斉藤が入ってきた。
「偶の休みだというのに、何が起こったのかね?」
 ディナーショーにでも行くつもりだったのか、タキシードを着た久瀬も不機嫌そうに言う。

「か〜お〜り〜」
「え?」
 香里が振り向くと、ふさふさの猫の手が肩に乗っていた。
「きゃあ! 名雪、な、何なのよそれ」
「祐一からもらった誕生日プレゼントなんだよ〜」
 名雪がレバーを握ると、猫の手がくいくいと香里の頬を撫でる。
「昔流行ったおもちゃだ。名雪にぴったりだろ?」
「そんな物を贈る、相沢君のセンスの方が理解できないわ」
「本人が喜んでるんだから良いじゃないか。で、今日はどうしたんだ?」
「あのお爺さんの事で集まってもらったのよ」
「ん?」

「ハロー」
 爺さんが手を振る。
「どこの芸人さんだ?」

「すいません、少し遅れてしまいました」
 そう言いながら現れた秋子さんを見て、爺さんが短く叫ぶ。
「おおっ!」
「はい?」
 爺さんが駆け寄って、秋子さんにすがりついた。
「変態かっ!」
 祐一が来客用スリッパで爺さんの頭を叩く。
「違うわ!何という崇高な心じゃ……」
「……で、この爺さんがどうしたんだ? 北川」
 スリッパを持ったままで祐一が訊く。
「相沢、ちょっと待ってくれ」
 北川は、香里に手伝ってもらいながら焼きたてのタイヤキで火傷をした箇所に軟膏を塗っていた。アンコを落とすためにシャワーを浴びた筈なのに、それでも一房の癖毛は直らない。
「みんな、クリスマスに悪かったな。実は此処にいる爺さんは……サンタクロースらしいんだ」

「「はあ?」」

「あはははーっ」

 北川の言葉に呆れる課員たちは、外からの乾いた笑い声を聴いた。
「あはははーっ、いったい何があったんですか〜」
 声のする方を見ると、佐祐理さんが横付けしたヘリからワイヤーを伝ってガラスの割れた窓から入り込んでくる。
「専務、なんでそんな所から?」
「食べ物を踏んづけちゃうなんて、佐祐理には出来ませんよ〜」
「だからってさぁ……」

「!!!」

 佐祐理さんを見る爺さんの窪んだ眼が見開いた。
「ふえ? どちら様でしょう?」
「儂は、おぬしに会いに来た」
「はえ?」
「綺麗な心じゃ……噂は聞いておったがここまでとは」
「?」

「わははははー、力がみなぎってきよったわいっ! 今なら鉄パイプも噛み切れそうじゃ!」

「北川、やっぱこの爺さん危なくないか?」
「……オレもそう思う」
「本物なのですか? デパートのお仕事じゃなくて?」
 美汐が爺さんに話しかけた。
「うむ」
「お会いできて嬉しいです。でしたら……空からお菓子を降すなんてこともできますか?」
「ルドルフがおらんからあちこち配るのは難しいが、出すことくらいなら訳はない」
「本当ですかっ!」
「見損なってもらっては困るのう。お嬢ちゃん、何が良いかの?」
「あめ玉が良いです!」
「良かろう」
 サンタクロースが諸肌ぬいで唸り始めた。

「はっ!ほあああああっぬぉおおおおおおっ!」

「…………」
「…………」

「ふんっ、ふんっ!はーぁあっ!」

「…………」
「あ、あの、お爺さん?……」
 爺さんのお腹の肉がふるふると波立つ。
「……子供には見せたくない姿です」
「現実を直視しなきゃ駄目よ、天野さん」

「待て!爺さん!」
「ん、どうした?北川」
「みんな逃げろ!」
「なんで?」
「じじい、こんなところで出すんじゃねえ!」

『ぼんっ』

「うがーーーーーーっ!」
「はえぇーーーーーっ!」
「あうーーーーーーっ!」

 滝のように流れ出る塩飴が、じゃらじゃらと課員たちを飲み込む。元気になりすぎた爺さんの両手から溢れ出るお菓子の勢いは止まることを知らず、壁をぶち破り、床を抜き、コンクリートの外壁が剥がれて亀裂を生じた。
 避難した本社詰めの社員と、外まで流された特送課の面々が見守る中、12月24日、クリスマスイブの午後、よく晴れた冬の日差しを浴びながら、本社ビルが……ゆっくりと倒壊した。



5.

 黄昏時の真っ赤に染まった空。煌々と照明が点る倉田運輸の空港には、山のようなお菓子が出現していた。
「爺さん、見直したぞ」
「はあ、はあ、儂の力がようやく解ったかっ」
 栄養ドリンクの瓶が転がり、ブドウ糖の点滴を受けながらサンタクロースが疲労困憊の体で意地を張る。
「後はお前さん方に任せたぞ」
「ああ、任せてくれ」
 祐一が頷く。周りでは、パワーショベルやホイールローダーが忙しそうに作業をしており、美汐と真琴が待ちきれないように重機へ乗り込み、輸送機への積み込みを手伝っていた。

「おーい、斉藤。何やってんだ?」
「うん、こういう事は徹底的にならないとね」
 斉藤は、輸送機に絵を描いていた。社章である一弥の顔の隣に、力瘤を作ってポーズを決めるサンタクロース。
「なかなかの出来映えだろ?」
「斉藤、いいじゃないか。俺たちの機にも描いてくれよ」
「え?北川がもう描いてたよ」
「あいつが?」
 気になった祐一が愛機の向かうと……
 既に描いてあった。デッサンも、色使いも完璧に、諸肌ぬいで大笑いするサンタクロースが。
「いいだろ?相沢」
「北川、才能は認めるが、なんだこりゃあ?」
「現代のサンタクロースさ」
 塗料の入った缶をぶら下げ、あちこち色が付いた顔で笑う。
「全部とは行かないが、少なくとも課員の機には何か描きたいなぁ」

 空港には、世界中の支社・営業所から使える航空機が集結している。何故か、ロシア空軍のベア戦略爆撃機の連隊まで飛来していた。佐祐理さんは相互支援協定に基づいて、フェディクッスやKLM、エアロフロート社などからも機を融通してもらったが、この時期どこでも輸送需要が多く、旧型機や退役した機体まで引っぱり出したものの全て捌ききれるか疑問だった。
「航空機が足りないな」
「ああ、爺さん頑張ってたからな」
「出しすぎな気もするが……10万トンは有るぞ」
「僕に任せたまえ」
 久瀬が携帯電話を取り出す。
「もしもし、僕だ。会長に繋いでくれ」
「久瀬、どうする気だい?」
「親父に協力させるのだよ」
 しばらく話した後、久瀬が携帯電話をぱちっと閉じた。
「これで良い。パイロット付きで10機の輸送機を手配できた」
「この時期にか?なかなか良い親父さんじゃないか」
「いや、少々脅したのだ」
「え?」
「広告費に数十億もかけながら、偶には良いことをして見ろとな。それに僕は、空自から受注した新型輸送機が引き渡し前の状態で倉庫にあることも知っているのだ」
「それはちょっと拙くないのかい?」
「性能試験の一環としてのテスト飛行だと言えば問題なかろう」
「久瀬も話せるようになったな」
「お前なら、良い経営者になれるぞ」
「北川、ここをクビになったら何時でも雇ってやるから安心したまえ」
「ははは、そんなヘマはやらかさないって」
「久瀬グループにあるヘリでも気球でも、飛べるものは全部倉田の空港へよこす様に言って置いた」
「さすが、次期社長だな」
「まあな」

「なあ、久瀬」
 祐一が、らしくない真顔で言った。
「何かね?相沢」
「俺は……以前はお前のことが大嫌いだった」
 学生時代のしこりは、まだ二人の間に残っている。
「そうかね……」
「でも今は違う。いつかはここを辞めるんだろうが、出来るだけ長くお前に居てほしい」
「ああ、僕もそのつもりだ」
 晴れ晴れとした表情で久瀬が応える。自分の居場所。やり甲斐のある仕事と、癖はありすぎるが信頼できる仲間達に囲まれた職場。
 ここを辞めるなど考えられない。



6.

 秋子さんが、大勢のパイロットを前に飛行経路を説明した。機体と同じく、大急ぎでかき集められたパイロット達は、大手航空会社を引退した者、自家用セスナで駆けつけてきた者、元軍人など、人種も国籍も年齢も様々である。前大戦時に戦闘機や爆撃機を駆っていた老人たちの姿も見えた。特送課の課員たちは、それぞれが数百機の編隊を率いて史上最大の作戦にあたる。

 北米から南米方面は久瀬と斉藤。ヨーロッパへは真琴、美汐。アフリカ大陸は、名雪、あゆ。東南アジアからオーストラリアにかけては美坂姉妹。中東から南アジア周辺を祐一、北川が担当。ロシアは、護衛隊が話を付けロシア空軍が受け持つ。また、日本および東アジアは秋子さんの管轄の下、航続距離の短い小型機やヘリが充てられた。
 火事場のような騒ぎで地上整備員が走り回る中、パイロット達は秋子さんの特製弁当を受け取り、各々の機に搭乗した。どうやって秋子さんがこれだけの弁当を作り上げたのかは謎だ。

「栞、また持ってきたの?」
「お姉ちゃんは何時間もアイスなしで飛べと言うんですかっ!もちろんお姉ちゃんの分もありますからね」

「美汐、なんか凄く楽しそう」
「本当に空からお菓子が降ってくるなんて、素敵です!」

「あゆちゃん、最初の操縦お願いなんだよ〜」
「うん、任せてよ名雪さんっ!」

「北川、俺たちって奇跡を起こしてるのかな?」
「そんな眉唾もんじゃない。ただの人間にだってこれくらいの事は出来るさ!」

「準備は良いか?斉藤」
「チェックリストは確認済みだよ」
「では、出発しよう」
「久瀬、クリスマスキャロルって話を知ってるかい?」
「ディケンズのかね」
「うん、久瀬は変わったよ。主人公のスクルージみたいに」
「僕は寝間着姿で飛び跳ねたりはせんがな」
「タキシードで輸送機を操縦するのも、同じくらい可笑しいけどね」

 夕闇の迫る空に、2発の照明弾が上がる。

『管制塔、特送課 Christmas transported specially 離陸する!』

 その日、倉田運輸に所属する総数1500機を越える航空機が空に舞い上がった。太陽が地平線の下に隠れ、街に明かりが灯り始める。その一つ一つにそれぞれの生活、それぞれの家庭がある。プディングを焼いて精一杯のご馳走を作り、人々が語り合い、いつもより少しだけ優しくなれる日。



7.

 東から西へ。タイムゾーンをまたいで飛行する航空隊に連絡が入った。 
「真琴、後部を開けてください」
「うん」
 酸素ボンベを背負い、小さなスコップを手にした美汐が貨物室に向かう。

 ――空からお菓子が降ってくる。そんな夢を持つのは子供っぽいかも知れませんが素敵なことです。地上では、どんな人が受け取ってくれるのでしょう。起こるはずがないことを目にしたとき、きっと思えるはずです。もしかしたら、自分の希望も叶うのではないかと。辛いことや悲しいことがあっても、あなたは一人ではありません。あなたのことを想っている人が、必ず居るんです。だから、思い出してください。世界が輝きに満ちて見えたあの頃のことを――

 スコップを持ったまま、大きく開いた貨物ハッチから地上を覗いてみる。轟々と音を立てる気流に、それほど長くない髪の毛が乱れた。

 あの子にも届くでしょうか――

 ”さくっ”

 美汐は、カーゴベイ一杯に積み込まれたお菓子の山にスコップを差し込み、4万5千フィートの高空から、心を込めて最初の一掬いを空に投げ込んだ。

 ・・・・・

「相沢、そろそろだぞ」
「ああ」
「最初はどっちが後部に行く?」
「俺がやる。だけど結構重労働だな」
「大丈夫だ相沢。ほら、これもってけ」
「ん? なんだこの鍵?」
「電動フォークリフトを積んできた」
「え?」
「積荷を掬えるように改造してある」
「おいおい、均等に配らなきゃ駄目だろ」
「相沢」
「何だ、北川?」
「幸せはさ、ドカドカ降ってきたって良いじゃないか?」

 ・・・・・

「あゆちゃん、もう時間がないんだよ〜」
「うぐぅ……もうちょっとだよっ」
「蓄電量がほとんど無いし、機内の電圧がぎりぎりだよ」
「でも……」
「わかってるよ、あゆちゃん。焼きたてを食べてもらいたいんだよね?」
「うん!」
「あと15分。急いで冷凍のタイヤキをオーブンで暖めるんだよ〜」

 ・・・・・

「お姉ちゃん、いよいよですよっ!」
「ホント元気になったわよね、あなた」
「えっ?」
「嬉しいのよ、あたしは……」
 奇跡、なのかもしれない。今、栞が隣に座っていることも、一緒に航空機を飛ばしていることも。あたしたちがやろうとしていることも。
 だけど、起こっても良いと思う。たまに起きちゃうから奇跡なのよ!

 ・・・・・

「斉藤、時間だ。無線で編隊に連絡を送りたまえ」
「了解っ!」



8.

 航空機から投下されたお菓子は、ほのかに光りながら地上に降り注いだ。奇跡を信じる者と、それを望む者。全ての人たちの手のひらへ。

 復興が進められている街で。
「おい、何か降ってくるぞ」
「流れ星かな?」
「きれいだ……」
「何か良いことがありそうだなあ」
「俺たちも頑張って街を立て直さなきゃな」
「きっとできるさ!」
「ああ、昔より賑やかで活気のある街を創るんだ」

 東京郊外の狭いアパートにも。
「お父さん、お帰りなさ〜い!」
「綺麗に飾れたね」
「うんっ!」 
「母さん、それは何だ?」
「七面鳥ですよ。この国では今日お祝いをするそうですから」
「買ったのか?高かっただろう」
「いえ、倉田さんからの贈り物ですよ」
「そうか、あの人らしいな」
「あれから1ヶ月、早いものですね。お父さん、振り込みはしてきてくれましたか?」
「お父さん、空から何か降ってくるよ!」

 北朝鮮にある営業所にも。
「イーよ、この働き口はなかなか良いじゃないか」
「おう、仕事は大変だが外貨で貰える給料はありがたい」
「俺は客に喜んで貰えるのが一番嬉しいなぁ」
「倉庫は一杯だし、足りなければ運んで来るっていっても最初は信じて貰えんかったぞ」
「ああ、米を買いに来た奴らはまるで魔法を見るみたいな表情をしてたな」
「従業員の皆さん、今日の仕事が終わりましたら帰る前に事務所へ寄ってください」
「何ですか?」
「今月分の給料とケーキをお渡しします」
「へ?」
 北朝鮮にある倉田運輸合弁事務所の玄関には、呆れるほどの数の箱が積み上げられていた。
「こいつは一体……」
 箱の山を見上げると、背景の夜空が輝き始めた。

 北海道の老夫婦宅に。
「婆さん、ちょっと来て見い」
「何ですか、おじいさん」
「空が光っとる」
「あんれ?」
 婆さんの腰がゴキっと鳴った。
「そう言えば、若い頃よく星を見に行きましたねぇ」
「儂は、ニューギニアで見た星空が忘れられん。戦地ではいつもお前のことを想っておった」
「昔の話です」
 婆さんが少女のように顔を赤らめる。
「そうじゃ、あの頃のレコードがあったな」
 爺さんがくたびれたプレイヤーを引っ張り出し、老眼鏡をかけ直しながら慎重に針を乗せた。古き、それほど良くなかった時代。それでも輝いていたあの頃。
「婆さん、踊らんか?」
「ええ」

 そして、das kanonenfutter。今なお戦場で戦う兵士たちの頭上にも。
「上空から何か降ってきます!」
「新兵器かもしれん。臨戦態勢をとれ」
 塹壕で縮こまる少年が見上げると、空から微かな光の粒が落ちてくる。本で読んだことがある、ここには降るはずがない雪のように。
「何だろう?」
「近寄るんじゃない、危険かもしれんぞ!」
「いや……僕にはそうは見えない」
 目の前に落ちた物を拾い上げてみると、あめ玉だった。セロファンを剥がして口に含む。懐かしい味だった。子供のとき、ふるさとで太陽の光を浴びて走り回っていたあの頃。きらきら輝く海で、時間を忘れて泳いだ夏の日。家に帰って、談笑しながら手作りの晩ご飯を食べる夕暮れ。幼い兄弟を連れて、つりに出かけた休日の午後。

 どうして?

 おかしいじゃないか……僕は、なぜこんな所に居るんだろう。



9.

 一人コマンドセンターに残った秋子さんが、無線で指示を出した。
「発射準備を進めてください」
 先ほどの大混雑が嘘のように空っぽになった空港には、奇妙な車両が展開している。車両発射型SS−20弾道ミサイル。25基の発射機が、夜空に向かって立ち上がった。
 秋子さんが外に出てくると、部隊指揮官が晴れ晴れとした表情で準備状況を報告する。以前は、そのボタンの意味からノイローゼ状態になっていた青白い顔に微笑みが浮かんでいた。

「お前たちは、これで良かったのか?」
 エプロン脇で座っていたサンタクロースが、秋子さんに話しかけた。
「全員で決めたことです」
「ふーむ……」
「何かおかしいですか?」
「普通は富や栄達を望む物だ。だが、お前たちはお菓子だと!」
「それで良いんです」
「悪いと思ったが、儂は何人かの心を覗いてみた。弟を失った悲しみや親しい者との離別、大病を患っていた者、過去の過ち、自分の生き方……皆、悩んでおる。それなのに何故じゃ?」
「さあ?」
「一番興味深いのは、あの黒髪の女の子じゃ。あの子は不思議な力を持っておる。そのせいで辛いこともあったろうに」
「過去を思い煩っても仕方ないじゃありませんか」
「……強い心じゃ」
「ええ、みんないい子ばかりです」
「お前さんもな」
「はい?」
「前を向いておる。綺麗な目じゃ」
「いつかあの人と会うときに、恥ずかしい思いをしたくありませんからね」
 頬に手を当てて、秋子さんがにっこりと微笑む。


  貴方……名雪は大人になりましたよ。

  良い友達にも恵まれました。

  それに、

  貴方が守ろうとしたものは、

  少しずつですが、良くなっている気がします……。

  私も、まだまだ頑張らなくてはなりません。


 秋子さんが見上げる漆黒の夜空に、炎を吹き上げる弾道ミサイルが発射された。ゆっくりと発射機を離れた25のミサイルが、高度を上げていく。人の叡智と技術の粋を尽くして創られた鳥たちには、今夜の任務ほどふさわしい物はない。



10.

【北朝鮮、平壌】
「極東地域から我が国に向けてミサイルが発射されました!」
「攻撃目標は何処だ」
「今のところ不明です。しかし着弾までは数分しかありませんっ!」
「ミサイルの発射基地や発電所が破壊されてしまえば、我が国は終わりです」
「主席っ」
「地上軍は第一級警急体制で待機……報復攻撃として全ミサイルの発射準備を開始しろ!」

【アメリカ、ワシントンDC】
「極東地区にミサイル発射の熱源を確認!」
「北朝鮮のミサイル基地が発射態勢に入りました!衛星写真で上部ハッチの開口が確認されてます!」
「3段階化された北朝鮮のミサイルは、我が国の領土を射程に納めています」
「空軍に迎撃命令を出しましたが、もし核が搭載されているとすれば大惨事になります!」
「大統領、人類として国家としての存亡の危機です。もし……いま直ぐこちらから攻撃を開始すれば、北のミサイル基地を事前に破壊できます」
「北朝鮮市民に数万の犠牲者が出る」
「しかし敵国人が数万人で済みます。我が国への核攻撃を許せば数百万のアメリカ人が死にます!」
「大統領!」
「……私はアメリカ大統領ジョージ・ブッシュ。33604209」
 カードに記された たった8桁のコードが読み上げられる。
「私は、先制攻撃を卑怯だとは思わない」
「身分証明コードは確認されました。あなたはアメリカ合衆国大統領です」
「国民を守るため、私は核による攻撃を命ずる!」

【ロシア、クレムリン】
「数分前に、衛星が日本列島北東部でミサイル発射と疑われる画像を捉えました」
「日本には弾道ミサイルなど無いではないか!」
「PVOモスクワセンターからの至急報です!アラスカから多数の弾道弾が飛来!」
「なにっ!攻撃目標は!」
「飛行経路から、シベリア、中国北東部……朝鮮半島と思われます」
「アメリカからの事前通告は?」
「全くありませんでした」
「対弾道ミサイル部隊に警戒態勢を取らせろ!ICBM基地にも臨戦態勢に入るよう指示を出せ」
「大統領……万一アメリカが本気で祖国を侵攻しようとするなら、軍備の削減で我々には阻止することなど不可能です」
「将軍、何を言いたいのだ?」
「通常戦力の劣勢を挽回するためには、核の利用しか採るべき手段はありません。我々はまだ、アメリカを上回る800基の大陸間弾道ミサイルと340基以上の潜水艦発射弾道ミサイルを保有しています!」

【中国、北京】
「極東地域にミサイル発射らしき熱源。ロシアの戦略ミサイル軍が動き始めました!」
「アメリカも同様です!」
「再び混乱の時代が訪れるのか……」
「首相!」
「敵は我が国のミサイル発射基地を攻撃してくるでしょう。我々にはたった100基のミサイルしかないのですぞ!」
「凋落したといえ、ロシアには我が国を攻撃可能なミサイルが10倍以上あります!」
「いかに地上軍の戦力が大きくとも、このままでは国が滅びます!」
「座視する訳にはいかん……。わかった、吉林の第23軍にウラジオストックの制圧を命ずる。IRBMでロシアのICBM発射基地を攻撃、その後通常軍による侵攻を開始する!」

【フランス、イギリス】
「アメリカでデフコン−2が発令されたそうだ」
「世界はどうなってしまったのだ!」
「続報が入りました……」
「どうした?」
「”スナップカウント”です」
「ミサイル原子力潜水艦にメッセージを送れ!」

【インド、パキスタン】
「第三次世界大戦だ……」


 様々な場所から、恐怖の連鎖が発射された。

 心ある人々は祈った。

 様々な言語で、色々な呼び名で。

 それらは全て同じ。

 ささやかな幸せと、希望を望む声となった。


「お爺さん、そろそろ始まりますよ」
「大丈夫じゃ」
「よろしくお願いしますね」
「あのなぁ……儂もお願いがあるんじゃがのう」
「何でしょう?」
「ちゅうしてくれんか?」
「はい?」
「ほっぺたに、ちゅーっとな」
「あらあら」
「やっぱり駄目かいの?」

 髪を押さえながら、秋子さんが拗ねる爺さんの脇にしゃがみ込んだ。
 そして――

 ”チュッ”

「ほぉおおおおおおっ!」
 サンタクロースの体が光り始め、空に飛び上がった。爺さんの体から、眩しいほどに輝く数千本の光の筋がクリスマスイブの夜空に弾け飛ぶ。
「わははははは!今年はいい仕事が出来たわい!」
 真っ黒な空に浮かぶ爺さんの笑い声があたりに響く。
「お爺さん、来年も来てくださいね」
「もちろんじゃ!」
「いきなりでも結構ですが、できれば前もって電話してください」
 秋子さんが携帯電話を空に投げつける。
「儂がプレゼントを貰うとはな、わはははは!では、また来年!」
「お待ちしてますよ」
 どこからともなく、空港上空にトナカイたちが曳く橇が現れた。足取りのおぼつかない先頭のルドルフは、しきりに後ろを気にする。赤鼻のトナカイのお尻には、社章の焼き印があった。

 橇に乗り込んだ爺さんが手綱を握り、手を振ってみせる。

『メリークリスマス、心優しき人たちよ!』


 ・・・・・


「イワノフ、何を見てるんだ?」
「俺にも判らねえ」
「何かあるのか?」
「こないだ来た久瀬って奴がな、地球を見てろって連絡してきたんだ」

 と、何かが光った。

「こいつは何だ!」
「凄いっ!一体何が起こったんだ!」
「ハラショー!あいつめ、やりやがった!」

 数千発の弾道ミサイルが、大都市上空で炸裂した。しかし全世界を覆い尽くしたのは、放射能ではなくお菓子。薄いセロファンに包まれただけのあめ玉は、燃えることもなく輝きながら地上に降り注いだ。
 上空400キロの軌道を回っている宇宙ステーションから眺めるちっぽけな惑星。幾多の生命を育み、漆黒の宇宙に浮かぶ太陽系第三惑星。

 星は、金色の光に包まれた。



11.

 下北半島北部。銅鑼が鳴り数本の紙テープが出航を告げる。フェリー会社の破綻により欠航していた大間−函館間に、今日、株式会社倉田運輸による連絡船が就航した。

 甲板に、重そうな荷物を抱えた婆ちゃんが居た。
「ふえ?重そうですねぇ〜 おばあさん、持ちましょうか?」
「あんれ、すまんのう」
「気にしない……」
「どちらに行かれるのですか?」
「これから函館の孫に会いにの。あんたたちみたいに器量は良くないが可愛い子でな」
「あはははーっ、じゃあクリスマスのプレゼントですね〜」
「孫が楽しみにしてるからのう。船便が無くなって今年は行けんといっといたが、いきなり行って驚かすんじゃよ」

 二等船室の畳に荷物を置くと、佐祐理さんが悪戯っぽく舞に訊いた。
「そう言えば、舞がもらったプレゼントは何だったかな〜」
 真っ赤になった舞が、佐祐理さんの頭をチョップする。
「あはははーっ」
 舞は、今日何度もしているように小箱を開けてみた。
「綺麗……」
「舞、どうして付けないんですか?」
「綺麗なままが良い……」
「はえ?でも身につけているのが大事なことですよ〜」
「汚れるのは嫌……」
「おやおや、お嬢ちゃん。いい人からええもんもらったのう」
「(こくこく)」
「指輪を守るいちばんの方法はのう、一日三度、皿を洗う水に浸けることだよ」

「おんや、何かいの?」

 ここにも光は降り注いだ。












  「パタン」












 エピローグ

「そんなお話だよ」

「うん、面白かった。お父さん」
「そうかい」
「でも、本当にあったお話じゃないんだよね?」
「どうして?」
「だって、そんなの信じられないもん」
「さあ……自分で考えてごらん」
「うん」
 折角、忙しい時間を割いて息子と話してみたんだけどな。まあいいや、いつかは解ってくれるさ。ふと時計を見ると、思ったより長話をしてしまったことに気づく。
「さあ、そろそろ晩ご飯の時間だ。お母さんに言われる前に手を洗っておいで」
「はーい」
 5歳になったばかりの息子が駆けだしていった。
 書斎から顔を出して訊いてみる。
「母さん、今日のご飯はなんだい?」
「牛丼」
「またかい?」
「美味しい……」
 少しずつレパートリーは増えつつあるものの、今でも1週間に2回は牛の日がある。
 ”プルルルルー”
 居間で電話が鳴った。
「手が離せない……出て……」
「ああ」

「もしもし、斉藤です」
「久しぶりだな」 
「久瀬かい? どうしたんだよ、こんな時間に」
「緊急出動だ」
「当直の若い連中に任せればいいじゃないか」
「少々面倒なミッションでな。相沢や北川にも連絡した」
「北川のとこは、そろそろ生まれるんじゃなかったのかい?」
「うむ。香里さんは無理だが、奴はもう社の空港に向かっておる」
「他には?」
「あの頃のメンバー全員を招集した」
 また、行かなければならない出来事が起こったのか。数年ぶりだ。
「久瀬、息子を連れてっても良いかな?」
「君の所はそろそろ小学生だったな」
「うん、なかなか生意気になってきたよ」
「男の子はそれぐらいが良いのだよ」
 電話を切って、台所の妻に言う。
「舞、出動する。こいつの支度を頼むよ」
「わかった……」
 舞が、冷蔵庫に掛けてあるタオルで急いで手を拭く。指には数年経っても変わらず輝き続ける指輪があった。

 庭で斉藤がローターを回して待っているMi−8に、お揃いのフライトジャケットを着た舞と息子が乗り込む。

「お父さん、何処に行くの?」

「まだ解らないよ」

「解らないのに出掛けるの?」

「そうだよ」

「待ってる人がいる……」

「お前の目で確かめてみるんだ」

 奇跡を起こし続ける企業がある。
 倉田運輸――。終戦後、先々代がオート三輪一台で創業した会社。久瀬グループと合併し、多様な事業展開と全世界に営業拠点を持つコングロマリット。
 今も、その社章には在りし日の倉田一弥の笑顔。息子の死を悼み、運命と悲劇を心底憎んだ父親が出した答え。
 そして、全ての人たちのために。

 特送課は飛び立つ。

 届けるもの、それは―― 希望。

 受け取る報酬は、笑顔。

 輝く世界を息子たちへ、次の世代へ譲り渡すために。



「離陸する」 




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