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「倉田運輸」
作 Mumuriku
−第2章−
1.
「パリッ」
「ずずずっ」
「パリッ」
「ずずずずーっ」
昼下がりの特送課。休憩室で、美汐が機械的に煎餅をかじっていた。いつも見ている昼のワイドショーも上の空に、ぼーっとしている。
「どうした、天野?」
「相沢さん、このごろ暇ですね」
「事件が無いのは良い事じゃないか」
「事件は別として、仕事は有った方が良いです」
「そういえば、大口の依頼が減ってきてるな」
「まさに不況です。これを見て下さい」
美汐がちゃぶ台に置いてあったノートパソコンの向きを変え、慣れた手つきで表示を切り替える。
「売り上げ推移のグラフです」
「前年同月比▲5%?天野、これなら健闘してる方じゃないか?」
「次が……費用を加味した収支構成です」
「うわっ」
祐一が覗き込んだ液晶画面では、急カーブで下降する折れ線グラフに沿って、赤い数字がどんどん大きくなっていた。
「酷いものです」
「思ったより、かなり悪いわね」
香里が、マグカップ片手に和室に上がり込んできた。
「天野さん、どうしてこんなに経費が増えてるのかしら?」
「そうなんです。仕事が無いのにおかしいとは思うのですが」
「変ね」
「あれからロケットは使っていませんし」
「増えてるのは、主に装備関連の支出項目ね」
「あの……誰かが私用で機を使っているとは考えられませんか?」
「ギクッ」
美汐の言葉に、祐一の顔が強ばる。
「どうしたの?相沢君」
「いや、何でもない」
「ふーん、そう?」
香里がデスクに戻り、何冊かのファイルを持って来た。そして祐一の目の前で、パラパラとページを捲っていく。
「相沢君、先週ガルフストリーム使った?」
「いや……使ってない」
「あら、妙ね。飛行計画に相沢君のサインがあるわよ」
「すまん……名雪がな、どうしてもイリオモテヤマネコに逢いたいってきかなくて」
「相沢、そんな事してたのかよ」
遅い昼食から戻った北川が、休憩室の襖を開けた。
「オレなんて、休暇にドラえもん列車で北海道へ行っただけだってのに」
「原因は相沢君ね」
「ちょっと待て、この数字は俺だけじゃないだろう?」
「オレは関係ないぞ」
「北川じゃない、香里だ。栞が得意になってみんなに自慢してたぞ」
「な、何のことよ」
「一昨日の休暇だ」
「あれは、仕事の帰りにちょっと寄っただけよ」
慌てて香里がファイルを閉じる。
「美坂、どこに行ったんだ?」
北川が、腕を組みながら訊いた。
「エーゲ海……」
「は?」
「栞が、風景を描きたいからって」
「皆さん人として不出来です。私はまだジャンバーを買って貰ってないんですよ」
「天野さん、伝票をチェックしよう」
そう言って、北川と美汐が分厚い帳簿をめくり始めた。
「なんだこりゃ」
いきなり大当たりだった。
「ヘリの使用許可。目的:たい焼きの買い出し」
「月宮さんでしょうか?」
「F−15の使用。目的:お盆の帰省」
「これは斉藤か?」
「でも、ちゃんと専務の承認印がありますよ」
「物品購入。書籍”これであなたも魅力的なプロポーション”(CD−ROM付)」
「天野さん?」
「北川さん、決して私ではありませんっ!」
「じゃあ、栞ちゃんか……」
「備品購入。本格石焼き窯?工事及び付帯設備一式って……」
「秋子さんですね」
「そういや、昨日のピザはやけに旨かった」
他にも色々と出てきたものの、それでも金額的には赤字額の1%にも満たなかった。
「頑張って仕事しろって事だな」
「もう少し営業しないと駄目ね」
「政治家呼んで、接待でもするか?」
「そうですね、専務たちが帰ってきましたら提案してみましょう」
2.
モーターのようなエンジン音と共に、派手な軋み音を立てて車が止まるのが聞こえた。
「おっ、帰ってきたかな?」
「ただいまなんだよ〜」
元気良くドアを開けたのは、名雪だった。続いて秋子さんと栞、そして青い顔をした真琴とあゆが部屋に入ってくる。
「うぐぅ……怖かったよ〜」
「気持ち悪いよぉ」
真琴は洗面所に直行していった。
「あゆ、一体どうしたんだ?」
「うぐぅ……」
あゆは、精神的にかなりのダメージを受けていた。
「名雪、何かあったのか?」
「えっ?帰りにちょっとドライブしただけだよ〜」
「名雪さん……10秒で150q/hなんて速すぎるよっ!」
あゆが、ふくれながら抗議する。
「おいおい、公道でそれは拙いだろ」
「カーブはガードレールに向かって斜めに走るし、シートに押しつけられて動けなかったよっ」
「ドリフト?市街地で?」
北川が呆れる。FC3Sに5人も乗せてそんな運転をするとは……。
「祐一、ロータリーエンジンはどんなに回しても焼き付かないんだよ〜」
「いや、その通りだけどさ」
「それに、お母さんが助手席から「もっと踏みなさい」って何回も私に言うんだもん」
「あ、あのー、秋子さん?」
「4500回転以下に落とすと、スラグが溜まってエンジンに悪いですから」
「そ、そうですね……」
「シールを交換しましたので、ブースト圧もかなり改善しました」
前々から思っていたが、秋子さんって若い頃は何ををしてたんだろう。祐一も名雪も、全く過去の話を聞いたことがない。
「で、みんな揃ってどこに行ってたんですか?」
「駅前にできたジェラート専門店の開店セールですぅ」
栞が喜々として答えた。
「あ、広告に出てたあの店ね」
「今日だけ特別に、1,000円で食べ放題だったんですよ」
秋子さんも甘い物は好きなようだ。
「いっぱい種類があったよっ」
「うん、百花屋さんに負けないくらい美味しかったよ〜」
「栞ちゃん、どれだけ食べたんだ?」
北川が何気なく訊いた。
「10種類しか挑戦できませんでした……」
「えっ!どうしたのよ栞! 具合でも悪いの?」
心配した香里が、いきなり栞に体温計をくわえさせ、眼球を調べ始めた。
「お姉ちゃん、私はどこも悪くありませんっ!」
「いいえ、そんなことあり得ないわ」
「むうー」
むくれた栞が、くわえた体温計をもごもごと上下に動かす。
「変ね、熱がないわ」
香里が、不思議そうに体温計のデジタル表示を見つめた。
「当たり前です」
「香里、栞ちゃんは大丈夫だよ。お店の人が「もう勘弁して下さい」って、帰されちゃったんだよー」
「全部タダにしてくれたんだよっ」
「そりゃ良かったじゃないか」
さすがは栞だ。
「私は納得できませんっ!」
「人騒がせな子ね」
「お姉ちゃん! 午後もう一回行きますから一緒に来てください」
「あたしには、零細企業を経営危機に陥らせるような妹は居ないわ」
3.
”ごんっ”
鈍い音がしたので一同が振り向くと、ドアが開いた。
「あは…ははーっ……ただいま戻りました〜」
「……いま何時?」
疲れきった表情で、ふらふらと歩く佐祐理さんと舞が部屋に入ってくる。舞は、赤くなったおでこをさすっていた。
祐一が代表して切り出した。
「佐祐理さん、今度、赤坂で食事をセッティングしませんか?」
「はえ? 祐一さんは何か食べたい物でもあるんですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「秋子さんのお料理の方が美味しいですよ〜、佐祐理でもかないません」
「お得意さんを呼んで、接待でもしないかと思ってさ」
「ふえ、接待ですか?」
寝不足なのか、とろんとした表情で話す佐祐理さんは微妙に揺れていた。
「祐一君、”せったい”ってなあに?」
首を傾げたあゆが訊いた。
「偉い人にご馳走して、仕事をもらうんだよ」
「?」
「美味しい物を食べさせて、相手を持ち上げて良い気分にさせるんだ」
「持ち上げるの?」
「いや、本当に持ち上げるんじゃなくて……なんて言ったらいいかな」
「?」
「なあ、あゆだってタイヤキをご馳走してもらったら嬉しいだろ?」
「もちろんだよっ!」
「それで、機嫌の良くなったところに相手からお願いされたらどうだ?」
「うぐぅ……断れないよ」
「そういう事だ。解ったか?」
「うん!偉い人にタイヤキを奢ってあげるんだねっ!」
「違う……」
「相沢君、月宮さんには無理よ」
「そうだな」
「専務たちも似たようなものだと思うけど……」
仕方ないわね、とばかりに香里が言った。
「専務、課に認められた予算がもうありません。何とかしていただかないと!」
「その事でしたら大丈夫ですよ〜、香里さん」
「どういうことです?」
拍子抜けした香里が聞き返す。
「ヨーロッパで大きな仕事を取ってきました」
「本当ですか?」
「契約書……」
時差ボケの残る舞が鞄から書類を取り出した。香里の顔色が変わる。
「凄い! 30億円ですか!」
「ぶっ」
値段を聞いた北川が、飲みかけのコーヒーを吹いた。
「汚いわよ北川君」
「いや、悪い……ゴホ、ゴホッ」
「まったく、これくらいの金額で驚くなんて」
本当は自分も驚いているのだが、香里は無理に冷静を装う。
「ふえ? そんなに安かったでしょうか?」
「単位……」
「え?」
舞の言葉に、全員の視線が香里の持つ契約書に注がれる。
「30億ユーロ?」
「ぶーーーっ!」
今度は、祐一が盛大に吹き出した。香里も唖然として視点が合っていない。
佐祐理さんが説明した。
「故障続きのスペースシャトルに代わって、宇宙ステーションに補給物資を届けるんですよ〜」
「宇宙ですか」
「バイコヌール営業所には、もう連絡しました」
舞が、壁にもたれながら呟く。
「エネルギア……」
「はい、シャトルは旧ソビエトの「ブラン」を用意してます」
私企業が良くこんな契約を取れた物だと祐一は思ったが、NASDAよりも、倉田運輸による打ち上げの方が比較にならないほど信頼性と成功率は高かった。
「で、佐祐理さん。誰が行くんだ?」
「ロシア語が出来るのは、どなたでしたか?」
「久瀬と斉藤だけど……」
北川が、ミッションボードを見ながら答える。
「ふえ?二人とも居ませんねえ〜」
「仕事が無いもんだから、築地に向かうトラック便に廻ってもらった」
「しょうがないですねえ、天野さんと真琴さんで迎えに行って下さい」
「わかりました」
美汐が頷く。
「後は久瀬さんたちにお任せしましょう。佐祐理たちは仮眠を取らせていただきますね〜」
「疲れた……」
そう言って佐祐理さんと舞は休憩室に上がり込み、押入から引っ張り出したオオアリクイのぬいぐるみを枕に、並んで寝てしまった。
後で課員たちがそっと覗いてみると、舞はぬいぐるみを抱きしめ、その舞の背中に頭を乗せた佐祐理さんが、笑顔のまま大の字になって眠り込んでいた。周りには倒れたポットや湯飲みが散乱しており、寝相はかなり悪い。でもそれは、二人を知っている者にとって微笑ましい姿だった。
4.
その頃。北の大地を、水産物で満載の大型トラックがひた走っていた。
「いちばんぼーし、みーつけたーぁあ」
ハンドルを握る久瀬が、陽気に口ずさむ。
「久瀬、変な歌を歌うなよ。それにまだ昼間だよ」
「うん? 僕はトラック野郎一番星が好きでな」
「だから、こんなに派手なトラックなのかい?」
桃太郎とか書いてあるし。
「君にも用意してやったというのに、面白くない男だ」
「1万円札を描いたトラックなんて変だよ!」
「欽也より、青大将の方が良かったのか?」
「そうじゃない」
斉藤が呆れて答える。
「このロマンが解らんとは、不憫だな」
内装までこだわり抜いた運転席で、腹巻きをした久瀬がにやりと笑う。
「河岸じゃ目立って恥ずかしい、子供にまで笑われてるじゃないか。見なよ、久瀬」
「ふふん?」
「隣で走ってるワンボックスだよ」
久瀬が覗き込むと、併走する家族連れらしい自家用車の中で子供が指をさして笑っていた。
「斉藤、そのスイッチを入れろ」
「これかい?」
「ああ、サービスしてやろうじゃないか」
斉藤がつまみを弾くと、トラックに付けられた数百のデコレーションが灯り、大音響でテーマソングが流れ始めた。
『いちばんぼーし、そーらからー』
「わはははは」
久瀬が豪快に笑う。子供は大喜びだが、助手席に座る母親が関わり合わないように叱りつけ、自家用車は慌てて減速してトラックから離れていった。
「久瀬……この頃、行動が過激だよ」
「君に言われたとおり、笑ってみようと思ってな」
スモークシールドの高級車にさえ道を譲られ、ど派手なトラックは一路苫小牧港を目指していた。
「あれ?無線だよ」
少々砕け過ぎてきた久瀬に不安を感じる斉藤が、目の前の機器を調整する。
「斉藤、どこからだ?」
「この周波数は課の緊急用だね」
バックノイズの酷い通信に、落ち着いた声が飛び込んできた。
「こちら天野です」
「どうしたんだい?天野さん」
「大きなプロジェクトが開始されました。直ぐに私と来て下さい」
「そんなこと言われても、僕たち高速に乗っちゃってるよ」
「既にそちらの場所から20分の位置にいます」
「やれやれ、今度は何だというのだ」
予定通りの20分後。道東高速道を走るトラックにジェットヘリが横付けした。斉藤が、一足先にトラックの荷台に上がっている。
「天野さーん、何があったんだーい!」
風圧を受けながら、斉藤がヘリに向かって叫ぶ。
「ロシアに行きまーす。トラックの運転要員を降ろしますから手伝って下さーい」
「わかったよー」
「久瀬、乗り移るらしいから速度を一定に保ってくれるかい」
「任せたまえ」
長い直線を利用して、ヘリから男が降ろされた。荷台の上の斉藤がしっかりと捕まえ、交代の運転手が助手席側の窓から入り込む。
「久瀬さん、私が運転を替わります」
「こいつを頼むぞ」
「大丈夫ですよ、大事に運転します。ですが……」
「なにかね?」
「デコレーション、消して良いですか?」
5.
乗り換えたヘリの中で、久瀬が尋ねた。
「ロシアに何の仕事があるのかね?」
「宇宙ステーションISSへ資材を運びます」
「天野さん、僕たちだけでかい?」
「いえ、現地スタッフや専門家がサポートします。打ち上げは明後日の予定です」
「この頃、こき使われているような気がするが……」
「そんな気もするね」
久瀬と斉藤がため息をつく。
「男のくせに、なにごちゃごちゃ言ってんのよ!」
サングラスをかけた真琴が、操縦席から大声で言った。
「お二人は有能だからこそ選ばれたのですよ、専務と主任は久瀬さんたちに任せると言って寝てしまいました」
「倉田さんらしいな」
「天野さん、またあのぬいぐるみでかい?」
「はい」
「不思議な人たちだ……」
急に真面目な顔付きになった久瀬が呟いた。
「は? 何と仰ったんですか?」
騒音のひどい機内で、美汐が聞き返す。
「これ程の企業組織を統率しているというのに、彼女たちは自分をしっかり持っている」
「少々、破天荒な時もありますけど」
「まあそういう面もあるがね。僕は法や道徳よりも、そんな倉田さんたちの良心こそ信じられる物だと思っている。僕の親父も会社を経営してるが、普通は利益や事業の拡大、競争を勝ち抜くことだけに腐心するのだがな」
「確かに、うちの会社はちょっと変わってるね」
「人として、当たり前の事をしているだけです」
「その通りだな。企業といえどもその存在は社会的な物だ。そして彼女たちはありのままに求め続けている」
「あうー?」
込み入ってきた話に、真琴が不思議そうに振り返る。
「彼女たちには叶えたい希望があるのだよ。人として……いや、考える事もないのだろう。全ての人たちが自分の家族であるかのように支援の手を差しのべる。特送課は自己満足の慈善団体ではない。哀れみや同情からではなく、友愛から飛び立つ組織なのだ」
「一弥さんの事もあるんでしょうね」
「そうかも知れんな」
例えそうだとしても……。
ここ数年、特送課は世界中でその理念を行動として示してきた。それに応えるように、荷を選別したり事務作業を行うような一般社員までが仕事に誇りを持って働いている。数十万の社員一人一人が、自分たちの仕事を通して社会に貢献している事を理解していた。
久瀬はあらためて気付く。倉田運輸の組織を学ぶために入社したはずが、何時までもここに居たいと思う自分の変化を。
「久瀬、経営者って色々大変なんだろうね」
「ああ、組織を維持していくだけでも並大抵の事じゃない。今回の受注にしてもかなり難しかったはずだ」
「でも専務たちは、そんなに偉く感じませんけれど?」
「ここでは皆が同じチームの一員なのだよ。何も気を遣う必要などない。同じ理念を持った人間が、同じ目標に向かって仕事をしている。これは素晴らしいことだ」
胡散臭そうに聞いていた真琴が、簡単に真理を言い当てた。
「難しいことはわかんないけど、真琴は今の会社も仕事も大好きよっ」
「真琴、それは私もです」
「僕もな」
「僕だってそうだよ」
「うん?斉藤、君の場合はちょっと違うのではないかね?」
「え?」
「なんと言っても、斉藤の場合は川澄さんの……」
”ばちっ!”
斉藤が、手の平でいきなり久瀬の口を塞ぐ。
「にゃにをひゅるっ、ひゃいとー」
「どうしたのですか?斉藤さん、顔が赤いですよ」
「だ、だから、そんな社のために頑張って稼がなきゃ!」
「はぁ……」
「先が思いやられるな」
6.
久瀬と斉藤がロシアに向かった翌日。
”ピ・ピ・ピ・ポーン”
”お昼のニュースです”
正午となり、課のテレビでNHKの全国ニュースが始まった。習慣でスイッチを入れたものの、課員たちは興味無さそうに眺めているだけである。公開された情報など最早無価値であり、ただ確認するだけの物でしかない。そのため、社では独自の情報網により「アーリーバード」と名付けられた通信が毎朝発行されている。
だが、今日はNHKから得る物があった。
”日本時間の今日10時頃、アフリカ南部のアンゴラで大規模な紛争が発生しました。ただいまの情報によりますと、双方で120人以上が死亡。負傷者の数は……”
課員たちがテレビの前に集まってくる。
「また、紛争か」
「大国の影響力が低下すると、こうなるんだよな」
北川が、カップラーメンにお湯を入れながら言った。
「情報部に問い合わせてみるわ」
LAN接続のパソコンを操作する香里の表情が、酷く不機嫌になっていく。
「うーん、状況はかなり複雑よ。コンゴーに囲まれた飛び地のカビンダで武力衝突があったみたい」
「香里、その国について教えてくれ」
「いいわよ」
香里がマウスをクリックした。
「旧ポルトガル領のアンゴラは1975年に独立。だけど東側が支持するアンゴラ解放人民運動(MPLA)と、アメリカ、南アフリカが支援するアンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)による全面的な内戦に突入。この内戦は1991年にMPLAの勝利で一旦は収束するんだけど、92年の大統領選挙で不正があったとしてUNITAが選挙結果を拒否して再び内戦。1994年から国連が介入して97年に統一政府が結成されたんだけど、翌年には武装組織の軍隊への編入を巡って戦闘が発生――」
「その国の歴史は、戦争と内戦しかないのか?」
「美坂、簡単に纏めてくれよ」
「内戦の背景にはUNTIAとMLPAの利権争いが関わっているわ。アンゴラの石油資源はアフリカ最大のナイジェリアを凌ぐ規模があるそうよ。それに、世界第五位のダイヤモンド鉱山を持つ事で各国の支援……要するに、大量の武器が流入しているようね」
ディスプレイをスクロールさせながら、香里が続ける。
「アンゴラ自体は最近になってようやく和平合意に至っていたんだけど、周辺国との問題を抱えていたそうよ。隣国のコンゴーは、98年に東部地域でツチ族と旧ザイール軍関係者の反政府勢力が武装蜂起。内戦が勃発。アンゴラは、カビンダの石油施設の保全のため政府側についてコンゴーへ派兵。一旦停戦になったものの、01年にカビラ大統領が殺害されて息子のジョゼフ・カビラ将軍が大統領に就任。歴史的にこの地域は部族間の対立や政情不安を孕んでいて、今回の紛争にも周辺国の関与が疑われているわ」
「ややこしい話だ」
「北川君、植民地時代からの情報評価がPDFで150ページ位あるけど、読む?」
「勘弁してくれ」
「数万人規模で難民が発生してるらしいわよ」
テレビのブラウン管には、怪我をした住民や虚ろな目をした子供たちが写し出されていた。
「行きましょう」
声の主は、佐祐理さんだった。
「え?専務……」
「あはははーっ、行きましょうって言ったんですよ〜」
「でも、特送課は戦闘地域や紛争国へは派遣できない事になってるはずだわ」
「香里さん、規則に縛られることはありませんよ〜、佐祐理たちにはちゃんと理由があるんです」
「ですが危険です」
美汐が顔をしかめる。
「佐祐理たちの他に、誰がやると言うんですか?」
「そうだな、国連や正式な機関の行動を待ってると時間がかかる」
「相沢、国連は無理かもしれないぞ。あの国じゃ何年か前に輸送機を撃墜されて手を引いたんだ」
「やる……」
「子供たちに、あんな顔をさせちゃ駄目ですぅ」
「真琴も行くわよっ!」
「いつもみたいに、荷物を運ぶだけなんだから大丈夫だよっ」
早速出動態勢を取ろうと、課員たちが作業を始めかけた時、
「駄目です!」
秋子さんが、いつもとうって変わった厳しい表情で課員たちを引き留めた。
「ど、どうしたんですか、秋子さん?」
こんな秋子さんは見た事がない。
「秋子さん、特送課は出動します」
「いいえ、佐祐理さん。危険な地域にあなた方を行かせることはできません!」
「たくさん難民が発生してるんだよっ」
「あゆちゃんまで……私は絶対に反対ですっ」
「大丈夫だよお母さん。私たちはもっと遠くまで飛んだこともあるんだよ〜」
「名雪、生意気なことを言うんじゃありません!」
「えっ」
秋子さんは、エプロンを丸めて出ていってしまった。
「お、お母さん、待ってよ〜」
名雪が、慌ててその後を追いかけていく。
取り残された課員たちが、不審そうに見つめ合った。
「相沢、秋子さんどうしちゃったんだ?」
「俺にもわからない」
「何か変だったわね」
「あんな秋子さん見たこと無いよっ」
「……祐一さん」
「ん、なんだ? 佐祐理さん」
「実は、秋子さんの旦那さんは倉田運輸で働いていたんです……」
「え?」
7.
佐祐理さんが、静かに話し始めた。
「一弥が亡くなって……お父様が特送課を作る事を決めた時、空軍にいた秋子さんと旦那さんの腕を見込んで社に迎えたそうです」
「秋子さんが軍隊にいた?」
航空機の運行や専門的な知識があるのも当然だ。
「社でも、航空機のパイロットだったそうです」
「全然知らなかった」
「ですが、それが何の関係があるのですか?」
美汐が先を促す。
「十数年ほど前、アフリカでの活動中に内戦が始まってしまったんです。もちろん社では直ぐに撤退することしたのですが、出国を求める人たちが詰めかけて、現地のパイロットの方々は住民の皆さんを中立地帯へ輸送することしました」
「それで?」
佐祐理さんの話す声が、だんだん小さくなる。
「全員を乗せる事が出来ず、急いで出発しなくてはならなかったそうです。たくさんの人たちを残して飛び立った飛行隊は、名雪さんのお父さんが指揮していました。もう、かなり危険な状態だったはずなんですけど……名雪さんのお父さんたちは、もう一往復だけだと再びヘリを離陸させました……」
「まさか?」
「……帰って来なかったんです」
「なんて事だ」
北川が、カップラーメンを持ったまま立ちすくんでいた。
「その時から、社では戦争や紛争地域への展開を禁止したそうです」
話が終わり、誰もが何も言えなかった。何時も微笑んでいる秋子さん。課員たち全員の母親役として活動を支えている秋子さんに、そんな悲しい過去があったなんて。
「佐祐理さん、それでも行く気か?」
「はい……二度と同じ過ちは繰り返しません」
8.
課員たちが向かった社の空港には、いつものC−5輸送機よりも一回り大きい機体が駐まっていた。
「おお、でかい!」
「旧ソビエト製のアントノフAn−124ですよ〜」
SS−20中距離弾道ミサイルを発射車両ごと搭載できる能力を持つ機は、巨大だった。
「佐祐理さん、ギャラクシーじゃないんですか?」
「土の滑走路に降りるには、頑丈な旧ソビエト製が一番ですから」
「どこから持ってきたんだ?」
「3ヶ月前、旧式装備の放出があったんですよ〜、他にもいろいろ買いました」
「お買い得……」
「買ったんですか?」
「順次引き渡しが始まっています。支払いは分割で一部はバーター取引にしました」
「あの赤字はこのせいだったのですね」
美汐は、この前調べた膨大な額の支出経費を思い出していた。
各々が、機に向かって歩き出す。
「さあ、出発です〜」
タキシングを開始した輸送機のコックピットで、祐一が北川に話しかけた。
「秋子さんの弁当がないと寂しいな」
「仕方ないだろ、相沢。今回はコンビニの弁当で我慢しろ」
「北川、俺たちは秋子さんの旦那さんみたいな事が出来るかな?」
「さあな」
「正直言って、俺は自信がない」
「…………」
「誰かのために、そんなに優しくなれる物なんだろうか。危険を冒してまで」
「…………」
「なあ、北川?」
「オレはやるぞ」
「なに?」
「それだけじゃない。無事に帰って来て見せなきゃならないんだ」
「……そうだよな」
秋子さんと、旦那さんのためにも。
「直ぐに飛んで行けるのはオレたちしか居ないんだ。届けられるのは、たった5機の輸送機に積んだ荷物だけどな」
「北川……俺たちはもっと大きな物を運んでるんじゃないかな?」
「何のことだ?相沢」
祐一が真顔で言った。
「希望」
「相沢……」
「なんだよ」
「オレは……思ってたとしても、恥ずかしくてそんなこと口に出せないぞ」
「悪かったな、口に出るのが俺の癖だ!」
「はははっ、相沢、気を引き締めて行こうぜ!」
北川が機を離陸位置に着ける。
「紛争だろうが内戦だろうが、オレたちが必要なら何処へだって行ってやるっ。特送課の新しい出発だ!」
「お前だって、充分恥ずかしいこと言ってるじゃないか」
ぐんぐん加速する巨人機。
「V1…… V2……」
「VR!」
規定の速度に達したというのに、北川はなかなか離陸させようとしない。
「どうしたんだ、北川」
「相沢っ! 重いぞ!」
「おい、前、前!滑走路がもう無い!」
「ぬおおおおおお!」
「MAXパワー! フラップ全開!」
”ゴザッツザザサー バリバリッ”
機は、雑木林の木立を掠めて何とか浮かび上がった。
「5号機からフライトリーダー!」
「はえ?」
無線に、暢気な佐祐理さんの声がした。
「倉田さん、オレたちの機が異常に重い!」
「あ、北川さんの機だけ積荷が違うんですよ〜」
「そういう事は前もって教えといてくれよ……」
9.
離陸から十数時間。
ヒマラヤ山脈を越え、パキスタンのラホールで給油を行った飛行隊は、左翼に焼け焦げたアフリカ大陸を見ながら、サントメ=プリンシペの南東500qを飛行していた。
高度を下げつつ大西洋側から空港を目指していると、管制塔からの呼びかけがあった。
「進入中の航空機は、国籍と意図を報告しろ」
声の調子は傲慢だった。先頭に位置する佐祐理さんが応える。
「佐祐理たちは倉田運輸の航空隊です。救援物資を輸送しています」
「そんな物を依頼した覚えはない」
「敵対的な意図はありません。中立的な活動です」
「着陸は許可できない。交戦地域にあるこの空港は閉鎖された」
「ですが、難民が多数発生してると……」
「引き返しを指示する。これ以上接近した場合は迎撃する。以上だ」
交信は、一方的に終了させられた。
「どうしようか?舞」
「……わからない」
「おい、相沢。今の通信聞いたか?」
「ああ」
「倉田さんたちはどうする気なんだ?引き返すのか」
「ここまで来てか?」
『そのまま着陸しなさい』
無線から女性の声がした。
「え? 誰だ」
「私です。後方12マイルを飛行中です」
「うぐぅ? 秋子さん?」
「あうー! やっぱり来てくれたのねっ」
「名雪も一緒です」
「祐一〜」
無線から、のんびりした声が聞こえた。
「私が援護しますから、任務を続行して下さい」
「わかりました! おい、北川行くぞ」
「よっしゃあ!」
「秋子さん、ありがとうございます……」
輸送編隊の先頭を飛ぶ佐祐理さんが、空港へのアプローチに移る。
「上がってきたわね」
秋子さんが、自機のレーダーフリップに現れた敵機を識別した。
「あらあら、MIG−17でしょうか?」
「そんな機がまだ飛んでるの?第二世代だよ〜」
「名雪、低速域では結構運動性は良いですよ。AA−1アルカリ空対空ミサイルを搭載するタイプもありますし侮れません」
「大丈夫? お母さん」
「パイロットが有能なら、ですよ」
秋子さんが機の速度を増し、輸送機の隊列と敵機の間に位置を取る。
「名雪、AMRAAMを発射しなさい」
「まだ射程に入ってないんだよ〜」
「撃墜が目的ではありません。輸送機に近づかないように少し時間がかせげればいいんです。有効射程距離は知らないでしょうから、驚きますよ」
その通り、対空ミサイルの発射を悟った敵機は大きく回避して行く。
「倉田さん、今のうちだよ!」
10.
真っ先に気付いたのは舞だった。
「佐祐理っ、ゴーアラウンド!」
「ふえ? どうしたの、舞?」
前方、滑走路の脇から機銃が連射され、数門の対空砲が火蓋を切った。驚いた佐祐理さんが推力を増して機を再上昇させる。
「はえ〜、ダメです。空港に進入できません〜」
「おいっ北川、先頭機が撃たれてるぞ!」
「……ミサイルなんかは無いだろうな」
「最先端の兵器をこんな国に供与するはずないし、有っても少数じゃないか?」
しばらく考え込んでいた北川が口を開いた。
「相沢、この機は土の滑走路でも大丈夫なんだよな?」
「東欧で、整備不良の空港でも運用されてるくらいだ」
「なら周りは空き地だし、滑走路を多少はずれたって大丈夫だよな?」
「ああ多分……って、何考えてるんだ?北川」
「燃料を投棄しよう」
「なんだって?」
「この巨体だ、機銃や携帯SAMの数発食らったって木っ端みじんになるようなことはないだろ?」
「おいおい」
「撃ってる防御施設は一カ所。滑走路の直ぐ脇だ」
「……マジでやる気か?」
「防弾衣は着た方が良いだろうな。こういう事は任せてくれ」
地上では、空港守備隊の隊長が毒づいていた。
「我々のパイロットは、なぜあんなに弱腰なのだ!」
「仕方有りませんよ、機体そのものが古いですし、ろくに訓練もしてないんですから」
「しかし、たった1機の戦闘機にあしらわれとる!」
「でも、輸送機の奴らは引き返したようですね」
「そうだな」
「な、何だ!」
掩蔽壕から監視していた一人の兵が、怯えて報告した。
「隊長! 奴らが帰ってきました!」
「なにっ!」
見上げるが、上空には何もない。
しかし、エンジン音が近づいてくるのがはっきり解る。
「信じられん……」
地上数メートルの高度を、巨大な航空機が一直線にこちらに向かってくる。目にした光景に一瞬ひるんだが、我に返った指揮官が大声で命令を下した。
「迎撃しろ!」
機銃弾があたり、兵が発射した地対空ミサイルがエンジンを捉えたが、巨大な輸送機はそのままの勢いで飛び続ける。
「隊長! 逃げましょう!」
「なんだと!」
「奴らは此処を狙ってます!」
「くそっ!」
「北川っ、四番エンジンが吹っ飛んだ!」
「もういらん!」
「燃料系統は遮断した。火災は起きてない」
「後は、狙ってそのまま落ちるだけだ。相沢、行くぞ!」
「おう!」
全長70メートル、幅74メートル。全備重量400トンを超えるAn−124独自の着陸装置が、土嚢を積んだだけの対空陣地を文字通り踏み砕いた。機体本体に直結した14のタイヤは破損したものの、地上高の低い輸送機は土埃を上げながら荒れ地を滑り、15キロも進んで止まった。
「北川君、生きてる?」
無線から心配そうな香里の声がした。ちょっと血が出ていたものの、北川が陽気に答える。
「美坂、もう撃たれることは無いからゆっくり降りてきて良いぞ」
「もう、なんてことするのよ」
「はははっ、ちょっとやりすぎたかな?」
「専務に怒られるわよ」
「やっぱり? 壊しちゃったしな……」
「当たり前よ」
通信に佐祐理さんが割り込んだ。
「あはははーっ、北川さん、さすがですねぇ〜」
「怒って……無いみたいね」
11.
残る4機の輸送機も無事着陸したが、課員たちが地上に降り立つと、激憤した指揮官が小隊を引き連れてやってきた。
「貴様ら全員拘束する!」
「それは出来ませんよ」
戦闘機のキャノピーを跳ね上げ、ずんすん歩いてきた秋子さんがきっぱりと言う。
「なんだと! 捕虜の分際で!」
「あなたは知らないかもしれませんが、ここにいる佐祐理さんたちはとても有名な方々なんですよ」
「貴様らは警告を無視した!」
「独断で事を運んで責任を受けないように、あなたの政府に問い合わせてみてはいかがです?」
面目を潰された指揮官は、提案を無視して課員たちをちっぽけなターミナルへ連行した。建物に入ると、少年のような兵が駆け寄ってきた。
「隊長、司令部より至急連絡するようにとの伝言です」
「ああ後でな。先ずはこいつらの処分を決める」
「しかし、緊急にとのことで……」
指揮官はののしりながら装置を受け取ると、自分で上官を呼びだした。
「空港警備隊だが、本部の大隊長を頼む」
無線から聞こえてきたのは、怒鳴り声だった。
「貴様は何をしでかしたのだ!」
「はっ?」
「外交ルートで数十カ国から抗議や問い合わせが来ているっ。我が国に対する取引企業のほとんどが、契約破棄や取引中止を言い出したそうだ!」
「私は、与えられた命令に従って引き返しを求め、それでも進入してきた航空機へ攻撃を指示しました」
「自分の頭で考えられんのか!」
「ですが、私に与えられた聖戦の意義は……」
「お前は我が国を破滅させたいのか?」
「い、いえ……」
「お前は知らんだろうが、我が国の海上貿易の8割以上を担っているが彼らKURATAだ!それに、今回は難民への支援活動だと言うではないかっ」
「KURATA?」
少年が驚いたように振り返る。
「あなた方が?」
「ふえ?そうですよ〜」
「母から聞きました。昔、家族を助け出してくれた方たちなのですね!」
「それは……私の夫でしょう」
秋子さんが、辛そうに答えた。
「僕はとても感謝しています。そして今はこの国のために戦っています」
「国のため?」
「伺いますが、あなたはどんな国を作りたいのですか?」
佐祐理さんが少年に話しかけた。
「みんなが、幸せに暮らせる国です」
「では、どうして戦うんですか?」
「理想の実現のためには、ある程度の犠牲は付き物です。僕たちは正義のために戦っているんです」
「そうですか……」
秋子さんが、寂しそうに言った。
「夫は、あなたにもっと違う生き方をして欲しいと思っていたはずです」
「その人に会わせてください、お礼もしたいんです」
「それは無理です」
「どうして?」
「夫は……あの日から、まだ帰ってきません」
「お母さん……」
名雪が、震える母親の手を握る。
いつかは、ここに住む人たちも理解する時がくるだろう。
願わくはできるだけ早く。
その為にこそ私たちは……
目を伏せていた秋子さんが振り向く。
「行きましょう佐祐理さん。私たちを待っている人たちの所へ」
12.
課員たちが作業に取りかかる。
「積荷を降ろしましょう」
「そう言えば、オレたちの機に何乗せてんだ?」
祐一と北川が輸送機の後部を開くと、いつもの様に物資を積載したトレーラーではなく、グリーンの車両が搭載されていた。
「なんじゃこりゃ?」
「こんな物まで」
分解されていたが、明らかに武装したヘリコプターらしき物もあった。
「あはははーっ、T−72と攻撃ヘリMI−24ですよ〜」
「川澄さん”T−72”ってなあに?」
「……主力戦車」
「うぐぅ?一台だけ上が違うよっ?」
「カチューシャですよ〜、月宮さん」
「うぐ?」
あゆが頭に手を乗せる。
「……無誘導ロケット弾」
「あはははーっ」
「スターリングオルガン……」
「佐祐理さん、俺たちこんなのに乗ったこと無いぞ」
「大丈夫ですよ、祐一さん。徴募兵が扱えるような車両なんですから」
「ですが、護衛がこれだけですとちょっと心配ですね」
「あと15時間だけの辛抱ですよ〜」
「どういう事かしら?」
香里が訊いた。
「増援部隊がこちらに向かってます。仮設空港用の資材も持って来てるんですよ〜」
「舞、何が来るんだ?」
「……自動車化1個連隊」
「え?」
「面倒だったので、削減予定の連隊をそのまま買いました〜、プロの軍人さんも700人付けてくれたんですよ〜」
「……お買い得」
「あらあら、仲間が増えて楽しくなりそうですね」
笑顔になった秋子さんが、頬に手をあてる。
「さあ、目的地までは200q足らずですよ〜」
佐祐理さんが、トレーラーを牽引するT−74の車長席から身を乗り出して手を振る。攻撃ヘリに守られた奇妙なトレーラーの縦列が、治安の悪い荒れ地を進み始めた。
13.
一方、宇宙では。
「がはははは! 貴様、久瀬とか言ったな。実に気に入った!」
「そっちこそ、なかなか良い飲みっぷりだな」
作業を終えた久瀬が、宇宙ステーションのロシア人搭乗員とウオッカを痛飲していた。
「しかし、お前の相棒は少々酒に弱いようだな」
「うん? ああ、斉藤はコップ一杯も飲めないはずだ」
「だらしがないっ!それでも男か!」
「いや、僕の相棒は地味だが頼りになる男だぞ」
「ほう?」
「ジェット機から回転翼機まで乗りこなすし、空母への離着艦資格も持ってる。こいつが1番ワイヤーを外すのを見たことがない」
「そいつは凄げえ。海軍さんでもかなわないな!」
「気が弱そうに見えるが信頼できる男だ。惚れた女の為に猛勉強したらしい」
「なかなか愛嬌があるじゃないか」
ロシア人が、がははと笑う。
「それにな」
久瀬が、酔った勢いで話し出した。
「……以前の僕は、わがままで嫌みな性格から皆が関わりを避けるような人間だった」
「あ?」
「そんな時、普通に接してくれたのが斉藤だったのだよ。初めて友人という物を持った気がした」
「お前ら、良いチームだな」
「ああ」
「よしっ! そんな相棒を讃えて、もう一回乾杯だ!」
「そんなことを言って、また飲む気なのだろう?」
「わはははは!」
盛り上がる酒宴の横で、体を丸めた斉藤が、浮かびながら寝息を立てていた。
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