俺達は、けじめを着ける為にものみの丘へ向かった。

これを最後にするつもりで。

ここに来る途中で散歩中のぴろを見つけた。折角なのでこいつも連れてきた。

祐一「来てしまったな」

天野「そうですね」

天野「相沢さんも、始めはここであの子と出会っていたのですね」

祐一「ああ、そうだな」

祐一「それと、夏休みには今は学校になった麦畑で天野とも出会っていたんだな」

天野「そうでしたね…相沢さんは…がさつでした」

祐一「そうだな。俺は…あの時は天野が男だと思ってたしな、『未司雄』って名前の」

天野「ひどいですね、両親がつけてくれたとても女性らしい名前です」

そう言って笑い合った時だった。

俺は見つけた。

木の枝にひっかかり、風にたなびく物があった。

真琴に被せたヴェールだった。

そこに駆け寄ると…

回りが光に包まれた。

やがて光はヴェールの近くで2点に収束していき、2つの人型になり…

そして落ちて来た。

少女「イタイッ!」
少女「んにゅごっ!」

少女「あう〜」
少女「んに〜」

のびてしまった二人の元にぴろが駆け寄る。

祐一「…真琴? 真琴…だよな?」

それと、もう一人の少女にも見覚えがあった。

天野「みちる? それに真琴?」

みちる? そうか、天野の元に現れていた妖狐がこいつだったのか。

真琴「あう〜っ…痛かったよう…」
みちる「んに…」

真琴「…あれ…?」
みちる「…んに…?」

2人とも呆然としながら自分の体を見つめて、手をにぎにぎと動かしたり振ったりしている。

真琴「わっ!」
みちる「んに…!」

真琴「やったぁ! 人間に戻れたぁ!」
みちる「もどれたもどれた!」

みちると呼ばれた少女と真琴は、ふたりで手を取り合いぴょんぴょんと飛び跳ねている。

祐一「戻れた? 生きてるんだな? 本物なんだな? お前ら!」

天野「戻れたんですね!」

真琴「…祐一? それと…天野?」
みちる「んに? 美汐?」

そうだった、あの時の天野は名字しか言わなかった。

真琴「帰ってきたよ!」
みちる「ただいまっ! 美汐!」

そう言ってふたりは駆け寄ってきた。

俺は真琴を優しく抱きしめようと両手を広げた。

今の俺は…素直になれると思う。

しかし…

真琴は俺を素通りして、みちると共に天野に飛び付いた。

祐一「………」

この両手…どうすりゃいいんだ?

三人の少女達は言葉もなく、ただ抱きしめあっていた。

天野の姿は、聖母を連想する程に優しく、そして美しかった。

そして…天野の涙を始めて見た。

………

……

真琴が戻って来た事が嬉しくて、素直に抱き締めようとした俺が照れくさくて…

そして…俺より先に真琴に飛び付かれた天野にちょっとだけ嫉妬して…

思わず乱暴な口調になってしまった。

祐一「馬鹿野郎! 心配させやがって!」

真琴「あぅ…丘のみんなが力を貸してくれたの…」

祐一「力?」

真琴「あれ…?」

真琴「わっ!  ぴろ♪」

ぴろが飛び乗った。凹凸の合う最高に居心地のいい頭が戻ってきたのだ。

祐一「力を貸してくれたって?」

真琴「うん…あのね、仲間がこう言ってたの」

真琴「人間って変な生き物だねって」

みちる「思い出がないと生きていけなくて」

みちる「泣いたり笑ったり怒ったり一生懸命になってる」

真琴「バカみたいでちょっと可哀想だけど…」

真琴「面白そうだねって言ってたの!」

みちる「そんな変な生き物でいいんなら勝手になってしまえって」

みちる「そう言ってみんなが力を貸してくれたんだよ!」

祐一「そうか…」

ありがとう…

妖狐達、ありがとう。

変だのバカだの、ずいぶんな言いぐさだけど…

こいつらを俺達の元に戻してくれて…

元気にしてくれて…

人間にしてくれて…

一緒に居させてくれて…

ありがとう…

天野は、こう言っていた。

『もしかすると、この街に住む人間の、その半分 ぐらいがあの子たちなのかもしれませんよ?』

そうなのかもしれない。

こいつらは、こうやって人間の世界に入り込んで来るのかもしれない。

真琴を抱きしめた。

暖かいぬくもりがそこにあった。

とくん…とくん…と、力強い鼓動を感じた。

こいつは間違いなく生きていた。

真琴「あぅ…苦しい…」

真琴が窮屈そうに身をよじった時、ちりん! と鈴の音がした。

真琴「ん…?」

ここに埋めてしまうつもりで持って来た、真琴の鈴だった。

祐一「そうだ、これ、忘れ物だ」

鈴を真琴の腕に巻いてやった。

真琴「わぁ♪」

俺が何よりも見たかった元気な真琴の笑顔だった。

……

何だか…結婚式で花嫁に指輪をはめるてやみたいだな…

真琴「………?」

何かを思い出したようだ。

真琴「祐一、あのさ…」

何かを言い出したくて、口ごもっている様子だった。

祐一「真琴…」

じっと見つめ合ってるうちに…

俺は不覚にも…真琴にキスしたくなってしまった…が。

ぼかっ!

真琴に向けた顔をそのまま思い切り殴られた。

祐一「何すんだよ、いきなりっ!」

真琴「勝手に真琴と結婚しないでよっ!」

あまりの剣幕に、ぴろは逃げていた。

祐一「勝手にって…俺はそれなりにムードを作ったし、ちゃんと『結婚しようか?』と訊いたぞ」

真琴「え…真琴、なんて答えたの?」

祐一「結婚する、って」

真琴「あ…!?」

真琴「う、ウソだーっ! 祐一、黙って結婚したんだぁっ!」

ぽかぽかぽか!

祐一「だから、おまえが結婚していいって返事したんだよっ!」

真琴「う、ウソだウソだーっ! そんな事絶対にしないーっ!」

ぽかぽかぽか!

祐一「大体、いつまでも一緒に居たいから結婚したいって言ったのお前だぞ!」

真琴「あぅ…!?」


     『祐一とけっこんしたい…』


  『そうしたらずっといっしょにいられる…』

漫画を読んでやった時、真琴はそう願った。

それは、真琴が人の言葉で残した、最後の願い事だった。

そして、発熱した朝、お気に入りの漫画を朗読した後に『結婚しようか?』と訊いた。

肉まんの時のように、無理やり手で押さえつけて頷かせた訳ではない。

俺が指を差し出すと、真琴がそれを小さな左手で握った。

間違いなく、真琴の意思だった。

祐一「そう言えば…」

真琴「………?」

祐一「お前は…俺と結婚されたら舌噛み切る、とか言ってたよな?」

真琴「あぅ…そ…それは…!」

祐一「どうするどうする?」

真琴「あぅ〜っ」

真琴「……」

真琴「……そんな事されたら祐一の寝覚めが悪いだろうから、今回だけは大目に見てあげるわよっ!」

そう言って、そのまま背中を向けて、すたすたと歩いていった。

祐一「やれやれ…元のあまのじゃくに戻っちまったな」

元通り元気になった。それが嬉しくて…俺は泣いていたのかもしれない。

その時だった。

「成る程、いい子ですけど…確かに不器用ですね」

「にゃはははは、ふうふげんか〜♪」

恐る恐る振りかえると…

天野「仲がいいですね」
みちる「なかよきことはうつくしきかな」

ぐあ、こいつらを忘れていた。

祐一「お、おい、真琴! どこ行くんだよ!」

そう言ってその場を逃げ出した。

天野「みちる、私達も帰りましょうか」

みちる「んに…みちるのお家は…」

天野「私達のお家に帰りましょう」

みちる「んに?」

みちる「うんっ!」

 

 

真琴「ぴろ、そこの上、もっと上だよ!」

真琴「あ、そこじゃないそこじゃない!」

真琴「そこ! そこでジャンプ!」

ぴろがヴェールをくわえて飛び降りてきた。

すたっ!
真琴「わぁっ!」

真琴「ぴろ、ヴェール取ってくれてありがとね」

真琴はヴェールにくるまったぴろを幸せそうに抱きしめた。

真琴「祐一がくれた…ヴェール…」

 

 

天野「それでは私達はここで失礼します」
みちる「またね〜まこまこ、ついでに相沢祐一〜」

まこまこ…真琴だからか?

このセンス、なんだか他人のような気がしない。

しかし…俺はついでかい…だが、何故にフルネームで呼び捨て?

真琴と同様、妖狐の考える事はよく解らない。

真琴「………」

天野は真琴の頭を撫でてこう言った。

天野「真琴、またあした、遊びましょうね」

真琴「あうっ!」

 

 

昨日、季節はずれの大雪が降った。

が、今日の陽気で見る見るうちに融けていく。

もう、春だからな…真琴が待ち望んだ、春。

くい。

不意に上着の裾が引っ張られた。

祐一「ん?」

真琴「………」

祐一「どうした? 真琴?」

祐一「肉まんなら我慢だ、秋子さんに美味しいご飯作ってもらおうぜ」

実は手持ちが心細かった。

真琴「体が…熱い…」

祐一「………!!」

体が熱いって…まさか、また発熱したのか?

折角戻って来たのに、また消えてしまうのか?

思わず乱暴に真琴の体を抱きしめた。

真琴「わっ」

祐一「真琴…真琴ぉ…消えないでくれよぉ…」

真琴「あぅ…祐一…」

祐一「いつまでも一緒に居てくれよぉ…」

俺は人目をはばからず真琴を抱き締め、泣いていた。

真琴「…祐一…恥かしいよ…」

…良く見ると…真琴のセーターの首筋から緑色の布地が出ていた。

カエル柄のパジャマだった。

二度目の発熱をした朝、出かける為に着替えさせようとしたが…

脱ぐのを嫌がり、仕方なくパジャマの上にセーターとGジャンを着せたのだ。

この陽気では暑くて当たり前である。

しかし…あの時パジャマは着ていた真琴と共に消えたのに、何故…鈴だけが残っていたのだろう…謎だ。

祐一「…早く帰って着替えようぜ」

Gジャンだけ脱ぐ事は諸事情によりできないのだ。

真琴「うん…このパジャマは気に入ってたけど…暑いもんね」

よかった、脱ぐのを嫌がったのは、やはり気に入ってたからなんだ。

俺に脱がされるのを嫌がった訳ではなかったのだ。

それで安心して…思わずこう言ってしまった。

祐一「帰ったらまた名雪と俺が着替えさせてやるからな」

真琴「子供じゃないからひとりでできるっ」

真琴「って…真琴が着替える時、祐一がそばに居て…」

真琴「真琴の裸…見た!?」

祐一「見たも何も、俺と名雪のふたりで服脱がして着替えさせたんだから、そりゃあ見るだろ」

発熱してから、真琴は着替えも自力ではできなくなっていた。

だから風呂と同様に、着替えも名雪と力を合わせて行っていた。

真琴の体重がいくら軽くても、女の子の力では重荷だし、秋子さんは色々と忙しい。

なにより、俺がそばに居ないと真琴は不安になったのだ。

真琴「脱がさないでようーっ!」

ぽかぽかぽか!

祐一「こらっ! 人聞きの悪い事言うなっ!」

祐一「まあ…確かに出る所はちゃんと出てたから見られたら困るか」

真琴「そうでしょ?」

真琴「って、だから脱がすなーっ!」

ぶんぶんと拳を振るう真琴。

それをひょいひょいとかわす俺。

拳に合わせてちりんちりんと鳴る鈴。

その様子を冷静に見守るぴろ。

他愛もないやり取りが戻って来た事が、何よりも嬉しかった。

 

 

帰って来た。

みちるは帰って来たのだ。

美汐「ただいま」

みちる「………」

美汐「ほら、みちる」

みちる「…おじゃまします…」

美汐「違うでしょう? ここは私達の家なのよ?」

母「お帰りなさい、美汐、それと…あなたは…?」

 

夕食の準備ができた。

はじめ、みちるは戸惑うばかりだった。

無理もない。これまで家族として食卓を囲む事などなかった。

みちるは両親を『おじさん』『おばさん』としか呼べず、あくまでも客人という立場を演ずるしかなかったのだ。

みちるは目の前の大好物のハンバーグにも手をつけることもなく、

ただひたすらに、目の前の穏やかな微笑をぼうっと眺めつづけるだけだった。

母「そうだわ、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」

みちる「………」

父「君の名前は?」

みちる「んに…なまえ…?」

母「そう、お名前」

みちるは私を上目遣いで見上げる。

美汐「教えてあげて」

みちる「んに…あのね…」

みちる「みちるはね…みちるっていうの…」

父「みちる…?」

みちる「んに…」

母「そうね、そうだったわね」

みちる「んに…?」

父「君はみちるだったな」

母「ずいぶん長い家出だったわね、心配したんだから」

両親もあの夜の一件で、みちるの正体について直感があったのだろう。

荒唐無稽な話だが、今のみちるは、あの時と全く同じ姿なのだ。

もう何でもアリだと開き直り、受け入れてしまったらしい。

父「お帰り、みちる」
母「お帰りなさい、みちる」

みちる「…ただいま…おかあさん…おとうさん…」

父「腹減ってるだろう、さあ食べなさい、ハンバーグ大好物だろう?」

みちる「うんっ! いただきます」

みちる「おいしい…」

父「美汐、みちる、お前達の名前の由来、教えていたかな?」

父「『美汐』という名は、お母さんの『美凪』と言う名にちなんで考えた」

父「見守る者、包み込む者、そういった母なる海の様に優しくあってほしい、そう願ってつけたんだ」

母「そして、あなた達の未来が海のような優しさに満ちているようにって願って『みちる』って名前にしたのよ」

父「私達の願い、かなっているかな?」

美汐「はい」
みちる「うんっ!」

 

 

帰宅した。

俺達の家に帰って来たのだ。

祐一「ただいまー」

真琴「………」

祐一「どうした、真琴? 出かけて帰って来た時は、なんて言うんだ?」

真琴「あぅ…ただいま…」

祐一「そうだ、ただいまだ」

真琴「わあっ!」

そう言って、わしわしと乱暴に真琴の頭を撫でた。

名雪「お帰り、祐一」

名雪はまだ制服だった、部活の関係で今さっき帰ってきたばかりらしい。

名雪「それと…真琴?」

真琴「名雪…?」

名雪「お帰り、真琴っ」

真琴「あうっ、ただいまっ!」

名雪「は………」

名雪「くしゅんっ!」

真琴「………?」

名雪「猫さん…?」

祐一「わっ! まずい!」

真琴「………え?」

名雪「ねこおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」

名雪は真琴に襲いかかった!

真琴「わあっ!」

 

真琴「…2階に連れてっちゃった…」

祐一「大丈夫、とって食いはしない…多分」

真琴「多分って… 祐一〜」

そう。

名雪はいつもそうして、遠くから猫を見ているだけだったのだ。

そしてその猫がいなくなった後…

ネコグッズを身に着け、

自分をその中に投影させていた。

でも、もうそんなネコグッズなんて、持っている必要はない。

憧れだったのだ。

ずっと、あいつはこうしたかったんだ。

猫の体から生まれる温もり。

そんな温もりを密着させて、ぬくぬくとそれを感じていたかっただけなんだ。

あいつが切望していたものとは、こんなにもささやかなことだったんだ。

等としみじみしていたら…

秋子「お帰りなさい、祐一さん」

祐一「ただいま、秋子さん」

真琴「………」

秋子「あら…真琴?」

真琴「あぅ…ただいま…」

真琴「………」

真琴「…おかあさん」

秋子「お帰りなさい、真琴」

秋子さんは真琴を抱きしめていた。

そうなのだ、秋子さんは、真琴のお母さんになっていた。

2度目の発熱したあの日、秋子さんに声もなく告げた言葉も『おかあさん』だったのだろう。

秋子「じゃ、おいしい晩ご飯、作るわね」

その時、秋子さんの目に光る物を見たような気がした。

 

 

喉が乾いたので冷蔵庫から飲み物を取る。

振り返ると…

何かをじっと見つめていた。

祐一「どうした? 真琴」

真琴「祐一、これ…」

テレビの横の棚には、色々な写真を額縁に入れて置いていた。

祐一「覚えていたのか?」

真琴「あうっ!」

何のへんてつもない、プリント機で取った写真だ。

ごく普通の、どこにでもありそうな(#FFFF00 そうか? )仲のいい家族の写真。

だが、ここに写ってる暖かいぬくもりこそが…

真琴が切望していたものだった。


再会
  再会1部
  再会2部
  再会3部
再会エピローグ



おまけ
(本編とは関係ありません)


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